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165 アンデッドの脅威 再び

 これまでの経緯を聞きながらも、シルエは抜かりなく索敵を行い、指の本数や動きでノアラにアンデッドがいる大まかな場所と数を伝える。


「前ン時とはちょっと違うな…」

「ふむ…。積極的に襲ってくるというほどでもないが、ただ無為に甦ったというわけでもない…か」


アンデットの動向を聞き、シルエは思考を整理するように杖の先端で額を突付く。


(魔人が死霊術でできる範囲が不明だけど、随分中途半端だな…。一例目が墓地なのにアンデッド化させたのは一体だけなのも前回と違う。だけど惑うアンデッドの様子は術が乗った警鐘の影響下のものと近い。なぜこんなまどろっこしいことを?)


市場からも通りからも人が消え、不気味な静けさを漂わす町。ディネウは鐘楼がある方角にチラと目を遣った。


「その時、警鐘は鳴らしていたか?」

「あっ、はい」


 傭兵の指示で警鐘は止められた。それによって安全になったと勘違いして人々が家から出てくる心配もあるが、墓地から一斉にアンデッドが押し寄せて来るよりはましと説得され、衛兵はそれに従った。

それなりに鍛えている兵であれば、町中にいるアンデッドを躱しつつ住民の安全を確保することは可能だろう。動きを見誤らなければ緩慢なアンデッドからは逃げ果せるはずだ。


「そのお話を聞いて鐘を確認したのですが、これが…」


衛兵に焼き切れた護符を差し出され、ディネウが無言でシルエを称えるように背中をバシバシと叩いた。力の強さにシルエはげんなりしている。それを見て、不可視を纏っていてもノアラはディネウと一歩距離を取った。


「ってことは、他の町でも同様の事を仕掛けて失敗してるってことも考えられるね。それで手法を変えた…か」

「一度、各地の鐘を確認しといた方が良さそうだな」


前回の対策が実を結んでいたのは確かに喜ぶべきこと。だが、相手にそれを気取られたということは、こちらも次策を考えねばならない。


「他に何か気付いたことはあるか?」

「それが…、何故か五区の、終夜祈願で遺体を守っていた家では何事もなく。こんな事態になったため葬儀も延期になっているのですが、ご遺体は静かな眠りにあり、異変はないそうです。それに町を徘徊する…その…アンデットも五区には近寄ろうとしていません」

「五区って?」

「あ、この町では水路を境にして区画を分けていまして。五区は住宅の多い下町の辺りですね」

「ああ、そっか、なるほど」


得心がいったというシルエの様子を見て、衛兵が「何か思い当たりますか?」と尋ねた。


「ん? 気にしないで。こっちの話。それで、怪我など被害者は?」

「遺族の方がお一人、止めようとして噛まれたり引っ掻かれたりして昏睡状態でして、他にも逃げる際に転倒して足を挫いた者などがおります」

「噛まれたのはまずいな。毒を受けている可能性がある。シ…お前はまずそっちに行ってくれ」


 ディネウは腕を組み、衛兵と私兵が信用に足るか、探るような目を向ける。兵個人の資質はどうあれ、シルエの能力が報告されると面倒になりそうだと悩む。特に商会の御隠居に良いように使われるのは気に食わない。


顎で指し示されて、シルエは口をへの字に閉じたまま、短く鼻息を出した。


「…まあ、いいよ。でもその前に、ちょっと、こう、剣を水平に構えて」


 身振り手振りで指示された通りにすると、シルエは少し屈んで剣身を捧げ持つように両手で下から支える。天を仰いだ後、お辞儀をし、まるで口付けるかのように剣に顔を近付けた。口の中で唱えられた言葉が淡い光となって剣を纏う。


「一時しのぎだし、完全には無理でも、これでちょっとはアンデットに対抗できるはず」

「おっ、助かる。いざとなれば、細切れにするしかねぇかと思ったからな」

「あと…」


ノアラに手を出すよう促し、懐から鈴を取り出してコロリと置く。ボロンと鳴った鈴はサラドの歌を聴かせた試作品。浄化の力はなく、歌の効果もないと思われていたが――。


兵たちにはシルエの手から離れた鈴が宙に浮いて見えた。それが光の反射の中で霞んだかと思うと消えてなくなる。衛兵と私兵はまた口が開いたままになった。


「…おい、こんな時に何する気だ?」

「こんな時、だからこそ。…悪いことないはならないから。こんな機会そうないし、ついでに実験。どっちにしろアンデッドを集める方が効率いいでしょ」


訝しがるディネウにシルエは確信めいた考えがあるのか自身満々に頷き、こそこそと小声で答える。ディネウは小さく舌打ちした。


「来い! ヴァン!」


 突然、ディネウが空に向かって上げた鋭い叫びに、衛兵と私兵がびくりと体を震わせ萎縮する。

ひと呼吸の後、ザワリと風が吹き、ゴゴゴ…と地鳴りがした。ブルルっと嘶きが聞こえたかと思えば、ふらつくほどの突風が巻き起こり、ピタッと止む。風が巻き上げた砂に堪らず閉じた目を開けた時には、ディネウに鼻先を寄せる魔馬ヴァンの姿があった。


「あの鈴に付与した、音を大きくしないで響く範囲を広げる効果、術でもできるんでしょ? この鈴にホントは威力があるのかどうか、アンデッドに聞かせて試してきてよ」


衛兵と私兵が、大きさも見目も登場の仕方も普通でない馬に目を白黒させている隙に、シルエがポソポソと囁く。ノアラがこくりと頷く気配があり、返事のようにボロンボロンと心が落ち着く音が奏でられた。

前掻きをするヴァンにディネウは腰に提げた袋から糖を出して与え、ノアラがいる方を向いて顎をしゃくる。それに従いノアラはヴァンに跨った。馬上で魔力が揺らめき、人影が見え隠れする。


「…ああ、それから。余計な詮索はすんなよ?」


「わかってるだろ?」とディネウがひと睨みして釘を刺す。ヴァンが脚を踏み鳴らして一歩詰め寄ると、硬直していた衛兵と私兵は勢い良く首を縦に振った。



「…では、怪我人が収容されている処へ案内を」

「は、ハイッ!」


 別人格かのように威厳ある声音と所作でシルエが腕を振ると、衛兵と私兵はキビキビと先導した。


「怪我人はこの先、五区の集会所に避難させています。そこが一番、安全そうでしたので」


 道中、町の各所に分散している兵と何度も会った。その度に情報の交換を行う。

兵たちは数名で組み、アンデッドとは距離を測って監視し、無理に追うことなく、移動した先の組と引き継いでいた。時には囮となって市民や家屋が被害に遭わないように奮闘している。


見たところ、商会の警備服を着用している私兵の数はそれほど多くはない。あくまでも複数ある商会関連の社屋周辺に配備されている様だった。


行く先にアンデッドがいることを知らされると、先導する衛兵と私兵は遠回りを提案した。だが、シルエは二の足を踏む二人にそのまま行くように命じる。

衛兵は「怖くないのですか?」と思わず問うた。泰然として「まさか」と返され、それぞれの代表として連絡役を担った衛兵と私兵はゴクリと唾を呑んだ。

衛兵も『最強の傭兵』の存在はもちろん知っている。だが、実際に会ったことはなく、そのトレードマークは変わった色の毛皮と斑模様の毛皮と聞き及んでいたため、黒ずくめのディネウとは直ぐに結びつかなかった。それでも、その覇気は強いことを十二分に表している。

それに対して、少々小柄で細身、特別強そうに見えないシルエも、本能が逆らってはいけないと感じ取っていた。


 狭めの道で彷徨くアンデッドの脇を衛兵と私兵は小走りで抜け、シルエは速歩で続いた。のろのろと追いかけてくるアンデッドに対し、シルエはまるで挑発するかように何度か行く手を阻んで接近しては飛び退く。


(うん。強烈な殺意や怨恨は感じない。特別な目的も吹き込まれてなさそう。これではただの愉快犯だ。魔人は何を考えているんだ…?)


道の先が丁字路に開け、水路が見えた辺りでアンデッドは不意に立ち止まり、横方向に行き来を始めた。道幅は広くないので二三歩で家壁に当たり、向きを変え続けている。進めないことへの不満かのような「ヴアァ」と唸る声。


大人なら跨いでも渡れる幅の水路に掛けられた石板の小さな橋を越えた所で、衛兵は振り返って「早く、早く」とシルエを急かした。

高水敷で立ち止まり、アンデッドの様子をじっくりと観察しているシルエに、水路を挟んだ向こうから衛兵が再度「早く、こちらへ!」と責付く。

シルエが水路を越えると、アンデッドは追っていた存在を忘れたかのように徘徊に戻って行った。


(やっぱり…)


 そこは見覚えのある住宅地。浄化の力を持たせた貝と音の術を付与した結晶、シルエとノアラの合作による魔道具を上水の取水口にこっそり設置した水路の付近だった。


(期せずして効果の確認が取れたな。水路からの距離を見ると、全ての水路に配置したとしてもどうしたって穴ができるな。町全体の守備は無理か。でも、まずまずの結果…かな。

あのアンデッド、ここからでも滅することはできるけど…。派手にやるとノアラに実験して貰っている方に影響が出ちゃうかもだし…。もうちょっと皆に頑張ってもらうか)


 避難場所となった集会所内は水路に面した立地だった。終夜祈願をしていた家も水路沿いにあり、今も傭兵が付いて亡骸を監視しているそうだ。


(なるほど…。他のアンデッドはこの水路を越えられないから、その遺体には影響が出なかった。それで五区と呼ばれる地域には被害が出ていない…と)



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