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162 鎮魂の儀

 鎮魂の儀に参列する貴賓も多いことから、安全の確保のため聖都への出入りは制限されている。当日を迎えた街門前は町に入れなかった人や馬車の列で溢れていた。牆壁外にも聖騎士や兵士が出て、道が塞がれないように警護をしている。


あまりの要望の多さに予定を変更して、祈りの列は聖都の外にも出ることになった。それを今か今かと待つ人々。

後ろから押された人がよろめいて人垣から少し飛び出た所に、すかさず聖騎士が剣を突き付けた。驚きで余計に足を縺れさせ、尻もちを着いた人と見物人の両方から「ヒッ」と息を飲む悲鳴が漏れる。ピリリとしたその間に割って入る男を見て、人垣から今度は安堵の息が漏れた。男がペコリと頭を下げて転げた人を起こして連れて行くと、聖騎士は苛立たしげに「チッ」と舌打ちをして剣を収める。

がやがやとした声の中には余裕のない対応の聖騎士への文句が含まれる一方、場を収めた自警団への賞賛もある。


 街道沿いに住む人々を戦慄かせた魔物騒動は落ち着きを見せ、聖都への訪問者に被害が出たという話は聞かない。率先して魔物と戦う自警団の姿は度々目撃され、彼らの信頼はうなぎ登りだ。聖都周辺を見廻りしても以前のように表立って疎ましそうにされなくなった。

今日も聖騎士や兵士だけでは手薄な範囲を自主的に守備し、混乱が起こらないように人の流れを整理したり、集った人々が起こす小さないざこざを仲裁したりと多岐に渡って活動している。


また、宿場町の老舗の旅籠や土産物屋の寄合が協力して雇った傭兵も魔物退治で大いに活躍した。自警団との共闘も連携が取れ、若者の育成にも一役買っている。魔物はここ何日も出ていないが、儀式で混雑が予想されるため、雇用は続いていた。騒ぎ立てる客の対応など荒事も任せやすい。


街道に列を成したまま停車せざるを得なくなっている馬車に、小走りで自警団の若者が向かうとシャランと微かな音がした。護衛する傭兵が顔見知りなのか挨拶を交わし、道の先頭付近の状況を説明する。それを聞いて「まだか」「なんとかしろ」と責付いていた馬車の主も諦めざるを得なかった。


 ショノアとセアラも聖都には入らず、というよりも入れず、人垣の外側にいた。いつも通りニナは馬車の傍を守り、マルスェイはあれから抜け殻のようになっている。

「疲労のせいで、一時的な症状では?」と励ましても彼は力無く「そうだと…いいな」と薄く笑みを浮かべた。まだ調子は取り戻せていない。


 人垣を狙って物売りも集まってきている。

花の少ない季節のため、供花用の木彫りの造花をたくさん刺した藁束を担ぎ棒にぶら下げて売り歩く者。それ自体が目にも鮮やかで、独特の歌うような売り声もあり、ひとつの催し物のよう。女の子は野で摘んだ生花を、なかなかの値段をふっかけて売っていた。


 他にも軽食や飲み水など色々ある中で、花びら形の菓子を多く見かけた。折角だからとショノアが手近にいた者から購入してセアラに渡す。小さな薄焼きの菓子はほんのり甘く素朴な味わいが基本で、中には塩気味のもの、砂糖漬けの花びらをあしらったもの、淡く色付けしてあるもの等々、工夫を凝らしたものがあるらしい。

年に一度の〝夜明けの日〟を祈る式典の時に神殿から振る舞われる菓子を模したもので、通年で売られている土産物ではないため、珍しいと求める人は多い。

実際の振る舞い菓子は殆ど甘みもなく、粉っぽく、美味しくはないらしい。しかし御利益があると我先に求める人で毎年混乱し、手にするのは至難の業だとか。


今回の鎮魂の儀は、導師という尊称を得てはいるが神官職にない者との惜別の機会を神殿が直々に設けることからして、異例づくし。振る舞い菓子が出されることになった経緯も、人気取りが大きな目的だろう。式典が終末の世の犠牲者を『鎮魂』するという共通点でこじつけられた。その情報を掴んですぐさま用意する辺り、宿場町の者は商売に余念がない。


「何故、花びらなんだ?」


ショノアは菓子をひとつ摘まんでくるくるとひっくり返し裏表をしげしげと見る。なんの変哲もない焼き菓子だ。


「教義の中に『供養された魂はやがて愛しいものの元へ花びらとなって舞い戻り、守る力になる』というのがあるんです」


愛しいもの(ヽヽ)の対象は人ばかりでなく縁ある土地、畑や山や川など、と説明が加えられる。


「因みに『酷たらしく打ち捨てられた魂は澱となって降り積もり、足元を腐らす』と続きます」


少しおどろおどろしい口調にして悪戯っぽく笑うセアラに、ショノアは「成程」と頷いた。彼女はこんな風に養護院の年少者に教えや物語を聞かせていたのだろう。子供たちがきゃっきゃっと喜ぶ姿が目に浮かぶようだった。


(花に土産の菓子か…。しめやかなものかと思えば、まるで祭りだな)


ショノアは左手を剣の柄に添えて、不測の事態に備えようと気を引き締め直した。



 待つことに退屈し出した見物人は其処此処でお喋りに興じている。


「第一王子殿下もいらしているらしいぞ」

「いいよな。やんごとないお方は無条件で中を拝めるなんて。おれたちは何時だって壁越しだってのに」


 本神殿には客間が何部屋もあり、貴賓はそこに滞在する。本神殿に居を構え、自由に出入りできるのは一部の高位神官のみ。聖都の神殿に勤めている神官でも、特別な式典や儀式の際にしか入れない。寧ろ世話をする見習いや護衛任務にあたる聖騎士になった方が行き来は多くできそうだ。


「そういや王配殿下はまだ療養中なのかな」


 王配の謀反未遂は箝口令が敷かれ、聖都での憑き物落としと謹慎も表向きは静養だ。聖都に到着した時点では悄然としていたものの、体に不調はなかった。それが、王配もまた原因不明の痺れと疼痛を患い、当初の予定を上回って逗留している。

『襲いかかった火の呪いをその身に受け止め、王都を守ったため重症』など憶測で面白おかしく誇張した噂が飛び交い、国の防衛、外交などに不安を漏らす声も多い。

王子も王配への面会を予定に組んでいるであろう。



 チリンチリンと鐘の音が近付き、いよいよ白い装束の行列が見えてきた。騒がしかった沿道もピタッとお喋りが止み、静まり返る。

鎮魂の祈りは低くゆったりと謳うような響き。

先頭に大きな香炉を揺らす者。白い旗を掲げる者。神殿長に神官たち。後方には聖都から配置換えとなり地方に異動した神官らも加わり、長い列を作る。

一歩前に出した片足に後ろの足を揃え、また一歩前に。ゆっくりゆっくりと列は進む。


「あれ? 副神殿長様の姿がないぞ。導師様は副神殿長様がお連れになったのじゃなかったか」

「バカ、お前…。副神殿長様は導師様と同じく、我々の罪を背負われたために伏してるっちゅう話だろ」

「後見した導師様の鎮魂にも出られないほどお悪いのか…」


通り過ぎる神官たちを目にした見物人のひそひそ話に神殿長は僅かに眉を寄せた。お祭りのような雰囲気と聖都の外ということで人々の口も軽くなっている。


「ううっ、儂は恩に報えなんだ…。導師さまには娘の命を助けていただいたのに…」


 感極まり眥を濡らして合わせた手を震わせる男がそう呟いた。


「施療院では断られたが、帰り際に呼び止め、娘の額に一触れして『お大事に』と言ってくださったんだ。『内緒だ』と仰ったのが、何のことかそん時はわからなんだが、娘は聖都を去る頃には治っていて…。あげな奇蹟は…。しかも担当者に寄付金も返すようと…。法衣でなかったし、あの方は導師さまだったに違いない。すぐに護衛の者に遮られて…お礼も言えなんだ…」


嗚咽混じりの告白を皮切りに「私も」「おれも」と似たような逸話が囁かれる。施療院での治癒以外にも、地方を巡回中にそっと村の全体を癒やしてくれただとか、導師が去った後は作付けが良かっただとか。

その中には「内緒だと言って神官から特別な薬をもらった」というのもあり、セアラが「同じだわ」とポソッと呟いた。

正しく故人を偲ぶ人々の話をあの隣国から来た神官も耳にしているだろうかと、セアラはきょろきょろと周囲を見回す。


 そんな受けた恩の自慢大会を聞くともなしに聞いていたショノアは、不意に嫌な予感がして空を見上げた。頭を過ぎるのは、導師の葬儀の日に町を襲った魔物の存在…。



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