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158 潜入

 真夜中の静まり返った地下道に三対の足音が響く。

聖都の神殿の地下霊廟、その奥にある隠し扉から続く通路へと足を踏み出してすぐに、シルエは振り返って「しーっ」と息を漏らした。先頭を行くノアラも足を止める。


「ねー、ディネウ、もうちょっと静かに歩けないの?」

「あ? サラドが先に行って合図くれたから、ちょっとくらい足音がしたって平気だろ」

「全然ちょっとじゃないし。ホント、潜入には向かないよね」


ディネウがムッとした顔をする。互いにポソポソと声を潜めてはいるが、存外その声も響く。


「声が外に漏れないように術をかけている。問題ないが」


ノアラがやや首を傾けた。早く遺跡を調べたくてそわそわしており、先を急かすように奥を指差す。


 安全の確認の為に先行したサラドから「後に続け」と合図が届いたのはつい先程。同時に淡く小さな灯りがノアラの眼前をふよっと過ぎ、導くように通路へ進み出て行った。足音を一切立てず、気配をも消したサラドがどこまで進んでいるかは三人にもわからない。手掘りの整備されていない通路は脇道もなく、細く長く続き、真っ暗で数歩先も見えない。縦一列になっても狭く感じる。


 通路の最終地点、小部屋に三人が到着した時点で先導してきた淡い光がじわじわと光度を増し、室内を照らす。眩しさに目が慣れた後、ぐるりと一周を見回した。

星の飾りが付いた半透明の石柱と棺が置かれただけの小部屋は壁も掘った土を固めただけで脆く、床は小石が敷き詰められている。


「だいぶ歩いたな。神殿の敷地を出ているんじゃねぇか」

「方角と距離からして、この上は神官の宿舎か薬草園の辺り、ギリギリ二番目の壁の内側かな」


サラドが天井を指差す。そこには崩落部分を粗く修復した跡があった。よく埋もれずにいたと思う程に埃っぽく、長年誰も訪れていないのは想像に難くない。


「ふーん。内へは被害を出さぬよう、結界の外に…ってところ? 堕ちた都も追加された場所だったしね」


神殿とそれを囲む壁は疑いようがない古代遺跡。そして一般用の礼拝堂、施療院、養護院や神官たちの宿舎、薬草園などがある二番目の壁の一部にも遺跡と思しき特徴が残っている。

そこから外周の広場や宿屋街は観光地化してから発展した地域で、牆壁を含め後から作られた。


 ノアラの見地では堕ちた都の方が古い。都を手本とし、魔力なしと呼ばれた人々を外敵から守る代わりに労働力として近辺に住まわせていた魔術師もいたのではないかと仮説を立てている。この聖都もその型。

この場所は今ではその二番目の壁の内側にあたるが、当時は保護外に位置したのかもしれない。


 具に観察をしていたノアラの「ハァ」という小さな吐息が聞こえた。同じような装置だったことはわかるものの、起動も魔術の痕跡も望めない。ノアラはがっかりした反面、どこかほっとした様子でもいる。


「この石柱は根元から折れていて、無理に立たせたのだろう。ここ、台座と噛み合っていない。飾りも後年のもの」


 石柱は半透明の鉱石で、身長よりも高い。台座には不自然な修繕痕があり、大きな亀裂もある。下方はどっしりとしているが上に向かって何段階かに分けて先細った形。円柱というより多角形に近い。

サラドに頼んで裏側から光で照らしてもらうと、鉱石自体がぼんやり発光しているように見えて神秘的。中に()や不純物などは見られず、純度は高い。これだけ大きな鉱石が採掘されることはほぼないだろう。堕ちた都で棺のような箱に使われていた石材とも良く似ている。

星の飾りは金属製で、一部に金彩色が残っていたが全体が錆びて崩れ、輝きは疾うの昔に失われている。


二基ある箱は乳白色の波模様がある滑らかな石材で、優美な形。上蓋の一部、中に人が寝そべったら丁度顔にあたる位置に透明度の高い結晶で作った板が嵌め込まれている。両方とも空で使われた形跡もない。台座から木の根のよう延びる管は途中で破損し、箱の方にも管を通した穴は見受けられるが管自体は損失している。その穴の位置から察するに箱の向きも元の設置とは違う。


「発見時で既にかなり損傷してたんだろうね。一応ここも信仰に基づいて飾りをつけ、最低限は整えたけど、重要視はせずに隠し扉の存在すらも忘れられた…ってところかな」


シルエは神殿の見取り図や、発見後からの歴史を記した書物を書架で見た記憶を遡って「うん、うん」と一人納得している。


「壁にも天井にも魔術陣らしきものは見当たらない。設備はあっても術を刻むのは実際に使うことになった時、だったのかもね」

「稼働はしなかったか、滅んだ時には使っていない状態だったってことか?」


壁から指一本分くらい離して手をかざし、入念に調べていたサラドが腕を下ろした。ディネウは足元の砂利を除けようとしていたが、どけてもどけても小石が崩れてきて下が見えて来ず「ダメだ」と諦める。


「こんだけ壊れていたら魔人がどうこうできることはないでしょ。ここには新たな脅威もいないってわかったし」


「聖都の監獄の調査はお終い」と締めくくる様にシルエが明るい声を出す。ノアラもこくりと頷いた。


「念のため、魔人が来たらわかるような罠だけ仕掛けておこう」



 帰りは先頭をサラド、シルエ、ノアラと続き、殿にディネウと、当たり前のように出来上がった順序で長い通路を戻り、隠し扉の裏に着く。


「うん。ここも。堕ちた都みたいに出られても入れないような、厳しい制限はかかっていない」


再度、確認するように扉を調べ、向こう側の気配を慎重に探る。サラドは何かが気になる様子で、間を置いてからそっと扉を開けた。三人には待つように指示して一人、足を踏み込む。


 一度消えた灯りが再び灯り、霊廟内を照らす。それを合図に三人も通路から内へと入った。

霊廟は先の小部屋とは打って変わって、アーチ状の天井と彫刻の施された柱に支えられ、壁も床材も優美なもの。整然と棺が並び、壁を穿った棚にも棺が収められている。一段高い場所に置かれた古い棺がこの神殿を発見した開祖のものだろう。その背後に長く尾を引く星と小さな星を重ねたモニュメントがある。磨かれた金色が淡い光にも輝く。

直上は礼拝堂の広間。この地下空間が元は何の施設だったのかは定かではない。


行きはほぼ灯りもない状態で素通りした霊廟内をシルエは興味津々に見ている。ノアラも調べられるだけの事を吸収しようと目を凝らしていた。


 過去の神殿長、特に篤い信仰を認められた者、抜きん出た功績を残した者だけが眠る場所。因みに先代の神殿長は神降ろしでの託宣の扱いの責や、終末の世の混乱時に聖都の門戸を閉じ、救いを求める人々を見捨てたことの不始末で糾弾され、ここには納められていない。


「なんだかこう…、長居したい場所じゃないな。用が済んだんなら早く出ようぜ」

「なになに~? ディネウってば幽霊が怖いとか?」

「違う。そもそも神殿で幽霊なんか出たら、問題だろ」

「まあ、ね。ちゃんと弔われていないってことだもんね。でも聖都(ここ)なら出てもおかしくなさそう」


ディネウは居心地が悪そうに頭をガリガリと掻く。魔術に明るくなくても勘は鋭い。


「これ…」


 ノアラがひとつの棺を示した。地上階に戻る階段に続く、入口に一番近い場所に納められた真新しい棺の蓋が僅かにずれている。


「あー…、やっぱり」

「やたら慎重だとは思ったが、何か察していたのか?」

「うん。もう離れてはいたけど、人が居たような気配が残ってて」

「えー? このちょっとの間に誰かがここに来たってこと? こんな夜中に? やっぱりディネウの足音がうるさくて見廻りに来たんじゃない?」


にやにやと笑ってからかうシルエにディネウはちらっと歯を見せて威嚇した。


「足音を立てないように靴下で来たみたいだ。布目と足指の跡が入口の扉からこの棺まで二人分。棺に指の跡、緊張していたのか手汗を掻いている。慌てたのか蝋が垂れているし、行きは抜き足なのに帰りは気にしてられなかった様子」


這いつくばって床に残された跡を調べていた顔を上げると、サラドはゆっくりと首を横に振る。


「ここから先、奥には行っていない。オレたちのことを警戒して来たんじゃないと思う」

「サラドは気付かれるようなヘマはしていなかった」


ノアラのキッパリとした言葉にシルエは「違う、違う。そういうのじゃなくて」と慌てる。


「遺髪が欲しいとか他国のお偉いさんにでもせがまれたのかね? 何かあったよな? 偉人とか故人のそういうのを有り難がる風習が」

「…ふぅん。これって導師の棺でしょ」

「いや、お前のだろ」

「僕じゃなくて、導師ジュルディエの、でしょ」


シルエはふんと鼻を鳴らして、棺に手を掛けた。ズリッと重い蓋を動かすと、中で眠る人が露わになる。苦悶に満ちているほどではないものの、落ち窪んだ目元に引き結ばれた口は安らかな死に顔とは言い難い。ゆったりとした白い衣の上に組まれた手は骨と皮のよう。白地に白糸で刺繍を施した布で首が隠されている。痛々しいほど痩せ衰えているが、つい数日前に息を引き取ったかのような姿。


「うわぁ…。防腐処理をしていたとしても、これは明らかにおかしいよね」


シルエが遺体に手を伸ばし、整髪油まみれの金髪擬きに触れようとした途端、像が大きく揺らぎ、一瞬で数百年が過ぎ去ったかのように生々しさが失われた。


「んんっ?! サラド、今、幻術を解いた?」

「いいや。何もしていない。術が保たれているとも思っていなかったし…」


何故、幻が残っていたのだろうとサラドが首を捻る。棺や薬剤の匂いを調べたノアラも同じように首を傾げた。


「棺の影響か…。僕の土人形との相乗的なものか…」

「ちょっと、この土人形さ、リアル過ぎない?」

「遺跡の発掘で出て来たミイラはこんな感じだった」


「うへぇ」と呆れるシルエにノアラがこくりと頷く。

 ノアラには土で作った人形に仮初めの命を与えて操る術がある。代わりに攻撃をさせたり、重い荷を運ばせたりと色々と便利ではあるが、集中力が要り長持ちはしない。命ずる仕事に適した形状であれば良く、写実的な姿は必要ないのだが、これは幻術が解けた後を想定してミイラに似せて作った。サラドの幻術に重ね、触感と重量さえあれば良かったため、命じた内容はない。操ることはなく魔力の供給はとっくに途切れているので、触れれば土と同じく崩れてしまうだろう。


「ははあ? 棺をこっそり開けに来たヤツらもこれを見たんだな。で、驚いて逃げたんだろ? 叫ばなかっただけでも肝が据わっているな」


薄明かりの中、幻術で生前と変わらぬ姿の導師を確かめ、直後に有り得ない年月を経た(さま)に変化したら、霊廟という場所も相まって迫力満点だっただろう。


「前より戒律は厳しくなっている筈だけど、儀式で来賓も多いし、夜中に霊廟に忍び込む者がいるくらいだから、ノアラの不可視の術があっても気は抜けないかな。聖都まで来たついでに書架も覗きたかったけど、今日は止めとこうか」


シルエが残念そうにはぁと息を吐いた。ノアラもこくりと頷く。



 帰りがけにサラドが神殿を振り返った。


「どうかした?」

「うん…。贄になった子は何処にいったのだろうかと…。せめて祈りだけでも…と思ったんだけどね」


ゆっくりと目を伏せたサラドにシルエは何の言葉も返せなかった。



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