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153 街道の守り

 魔物が頻出した範囲を地図で確認し、王都から港町に続く道と、山林の町を経て聖都に至る周辺で、どの地区に鈴を託せば効率的か意見を交わす。

「追加をお願いして、今、職人さんに頑張ってもらっているから」とシルエは言うが、短期間で大量に作れるものでもなく、まだ数は限られている。中に入れる浄化の玉だって、まだ祈りを捧げた湧き水に浸している状態だった。

頭を突き合わせながらも、サラドは手元も見ずに指をくるくると動かして端切れの革で鈴につける紐を編んでいる。


「警らか…。今よ、港町で護衛の依頼が増えているんだ。報酬が出るきちんとした仕事だから、それを優先して貰いたいと思ってる。もしかしたら、魔物が出たとしても手薄になるかも」

「ふーん、もしかして聖都までの?」

「そうだ」


 聖都で導師の鎮魂の儀が執り行われることが公示され、その日取りが近付いている。俄に入国者が増え、審査と手続きで滞在することになる港町もちょっとした賑わい。

今現在は落ち着いているとはいえ、街道に魔物が出没していたにも関わらず延期も中止もしないのは正気の沙汰ではないと思える。

聖都の門前は一応、奇蹟の使い手である神官たちと聖騎士・私兵が魔物を退けるよう頑張っているようだ。実質は、聖都の手前の宿場で、宿屋や店の経営者が協力して雇った傭兵が魔物を屠り、今のところ事なきを得ている。観光が収入を左右する宿場は死活問題だろう。


「へーぇ。わざわざ他国から参列しに来るなんて物好きが居るんだね」


 開祖が神に導かれたと謂われる聖都への古道と最大の神殿はもともと他国からの参拝者が一定数居る。巡礼者の身分を証明する往来手形を持っていれば入国手続きが早く済むくらいだ。

今回の入国者の多さは、神官職にすら就いていなかった導師の存在が他国でどう扱われていたのかを示しているが、シルエはまるで他人事のように言う。


「じゃあ、その護衛任務を請け負う誰かにも持ってもらおう。道程は魔物が出た範囲とも被るしね。丁度良い」


港町から聖都まで地図上の道をシルエがスルッと指で辿る。ディネウは「おう」と短く返答した。



 いつの間にやら鈴にはどれも編んだ革紐が取り付けられ、箱の中できれいに並べられていた。その上に護符の束を載せ、ディネウが持ち上げようとしたところ、箱の外に置かれた二つの鈴がコロリと転がる。ボロンとした低音を奏でたのは、カンも銀糸細工もなくツルリとした表面に一周ぐるりと極小の文字が彫られている球体で、もう一つは一般的な形状の小鈴だった。


「ん? これだけちょっと違うな?」

「あー、それは試作してもらったやつ。というか、特別製。僕のだから」


球体を慌てて手の中に収めたシルエが大事そうに包む。小鈴の方はノアラが拾い上げ、チリリと大きな音が響いた。


「何だ、怪しいな」

「何も怪しくないよ。残念ながら魔道具としては失敗作でただの鈴に近いもん」

「中に収めているのがサラドの歌を聴かせた玉」


ノアラの告げ口にディネウが「何だ」と興味を失う。


「え? 何、その態度。この良さがわからないなんて」

「あー? 別に歌が再生される訳じゃねぇんだろ」

「そうだけど!」


そんな言い争いにサラドは困惑している。確かにシルエに頼まれ、水に浸った鉱石に向けて鎮魂歌を歌った。その玉が中に入っているらしい。


「鈴の構造も、石の粒の大きさもほぼ同じ。なのに、これだけちょっと良い感じの低音なんだよね。というより完成品が試作よりどれも高音。細工師も不思議そうにしていたな。別に音がちょっと高くてもそこは想像通りというか、そこまでこだわりはないというか」

「中の柱が太いんじゃないのかな」

「試作は球の直径が僅かに大きい?」

「かもしれないけどね。そんなに違いが出るのかな。ねぇ、サラド、試しにさ、また石に聴かせてくれない? 癒やしの歌とか、ちょっと幸せな気分になる歌とか、混乱や精神の異常を回復させる歌とか、精霊が教えてくれたりしてない?」


だんだんと渋面になっていくサラドにシルエは決まり悪くも食い下がった。


「ほら、地下の演習室なら音も漏れないし、歌の練習ついでにでも。こっそり聞きに行ったりしないから。ねっ」

「うん…。暇になったら…考えてみる」


今のところそんな時間も余裕もないが、いつか歌ってもらうための布石ができ、シルエは「やった」とこっそり拳を握りしめ、肘を引く。


「んで、ノアラが持っているそっちの方は?」


 そう訊かれてノアラが手にした小鈴を振るとチリチリと大きな音がし、ディネウは思わず耳を塞いだ。


「うわっ、喧しいな。何だそれ?」


音が漏れないようにノアラはぎゅっと小鈴を手に握り込んだ。それでも腕の動きに合わせて濁った音がする。シルエも苦笑してノアラの拳を指差した。


「これがね、一回目の失敗作。この鈴だとちょっと揺れただけで音がするし、やたら響いちゃうし」


「可愛い音もでかいと耳障りだよね」と手の平を上に向けて肩をちょいと竦める。

「確かにこれじゃあな」とディネウが耳に当てた手を解いた。


「見本として取っておいたんだけど」

「意図した効果ではなく、何故か音を広げる方ではなくて大きく響かせる方に作用したらしい。これを解析すれば拡声の魔道具が作れるかも」


失敗作から見出した新たな可能性をスラスラと語るノアラはどこか満足げに頷く。二作目の密閉型を試作するまでにはその問題点を解決済みで、音の拡大は一際せず、浄化の効果だけを波及する補助の役目に改善されている。その見事さにシルエは舌を巻きつつ、ややうんざりした表情を浮かべた。


「使い処があるかわからないけど、まあ、ノアラならすぐ作っちゃうんだろうねぇ…」

「魔人の件が先。これは後回し」とノアラが面映ゆく首をふるっと横に振る。

「あーあ、ノアラといると自分がとても凡庸に感じてくるよ」


シルエの愚痴にノアラが今度はブンブンと大きく首を横に振った。その慌て振りを見ても「天才は謙虚~」とシルエの八つ当たりによる嫌味は止まらない。助け船を出すようにディネウがガタッと椅子を乱暴に引いて立ち上がった。


「それじゃ、早速届けに行くとするか」

「あ、急ぐ? 傭兵たちにも水、って言ってたよね。あれも一緒に持っていけば? 準備しちゃうよ」

「水?」


シルエが「希釈液を傭兵の詰所にも、それを酒にも合う味で」とディネウと話していた内容を伝えるとサラドは朗らかに笑んで食材庫へと向かった。ノアラも書庫へ、堕ちた都の監獄と同類とみられる設備が欠片でもどこかに遺されていなかったかと、これまで調べた遺跡の資料を探しに行く。


「僕は湧き水をもらいに行くよ。ディネウも手伝って」

「人使いが荒いぜ、ホントに」

「出来上がるまでディネウは休んでいればいいからさ」


シルエに引っ張られ、ディネウは水瓶を抱えて湖畔の小屋に通じる転移装置の扉を潜った。




「今までのディネウや傭兵たちや自警団に所属している人たちの努力とか頑張りを否定するわけではないけどさ」


 ややあって徐にシルエが口を開いた。


「本来は主要な街道を守るのは国が担うべきだと思うんだよね。復興を優先するって国の方針、現状もそのままってどうなのかな。警らを奉仕活動にせず、国から俸禄を出すか、せめて領主や代官と国が委託業務や給金について取り決めるべきだよね」

「そりゃ、そうなんだが…」


ディネウが苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「あー、ごめん。違うよ。ディネウたちを責めているんじゃなくて。これは僕の愚痴? みたいなもの」


 神殿への弔問は政治的に国賓扱いにはならないにしても、要人もいるはず。道の安全について国が考え直す機会にならないかとシルエは考えていた。


 〝夜明けの日〟以前、魔物の討伐依頼を出したくとも、災害や疫病で疲弊した村や町にはもう差し出せる金銭などなかった。金で雇われる身の傭兵だが、それでも報酬がないからといって見捨てて逃げる者は殆どいなかった。ここで退却するような者ならとっくに破落戸に成り果てている。例え隣国に逃げようとも状況は変わらない。この国よりもっと悪い場合もある。それなら腕一本で生きてきた誇りにかけて戦う方を選ぶ。

そんな傭兵たちにせめてもの礼にと飲食物を差し出してくれた所もあった。日々の生活にも困るほど余裕のない暮らしの中で、最大限の感謝の示し方だったのだろう。そうして持ちつ持たれつ生き延びたのだ。


 その名残か、各地の名士は折々に触れて、自警団に寸志や飲み食いの場を提供して、日頃の労を労っている。事後でも、有事に備えた積立金から傭兵に謝礼を出す体制もある。

近頃の魔物問題でも、傭兵たちは依頼などなくても率先して戦い、自警団も見つけ次第、彼らに救援を要請した。素早い対応が功を奏し、街道近隣では町や村の中には被害を出していない。


自警団は地元に各々職を持つ者で構成されており、引退してその地に腰を据えた傭兵が設立にも運営にも大いに関わっている。自ら所属したり、若者を育成したり。それ故、傭兵との結束は堅い。逆に国所属の兵や騎士、聖都の私兵や聖騎士との折り合いは悪い。


「…そうあるべきだよな。だが、急にその話が進展した場合、傭兵を使ってもらえるかってぇと…」

「ああ、そうか。王宮が主導するとなると威信が何だとか言って、傭兵や自警団がその役目から追い出される可能性も否定できないね」


 港町から上陸して真っ直ぐ聖都へ向かうならば、辻で分かれた先の王都前を通ることは無い。

王都の守りが今にも瓦解しそうなのは隠しようがない事実。食糧や物資を納入しようにも街門前が一番の難所。商売にならないその状況はすぐに噂にのぼる。安全が売りだった王都の信用は大きく揺らいでいるだろう。王宮も相当焦っているに違いない。


「王都近郊の魔物をこれ以上放っておくのは問題だよな。小鬼の群だって異常だろ?」

「国の要の都がそんな有り様だなんて、他国につけいる隙を与えそうだよね。ま、僕には関係ないけど」


ディネウは眉を顰めたがその言葉を諫めはしない。素知らぬふりをしてシルエは湧き水に許しを乞う祈りを捧げ、柄杓を静かに外周に浸した。


 度重なる魔物の衝突で、王都の牆壁の防御結界はヒビだらけとなっている。それの大元を壊したのはシルエだが、まさか魔物に襲来されるとは思っていなかった。何事もなければ何年もかけて自然に消滅していく筈だったのだ。多少、責任は感じるものの、結界の弊害の問題も待ったなしだったため、後悔はしていない。



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