151 救いたい心
「サラド、しらばっくれるなよ」
「えっと? 何を?」
「あっちもこっちも中途半端にほっぽって、のこのこ移住先に行き、てめぇは何してた?」
「その、ちょっと、井戸を探す術を伝えに…」
「くそっ。あのガキ共には関わんなって言ったろ? 俺がお前を利用するなって釘刺した所で、お前から会いに行ったら意味ねぇだろうが」
「あー…、うん、そう…だよね」
またぐいっと顔を寄せられて、サラドが体を斜めに反らす。ランタンの中で小さな火がクルックルッと回る。
「ディネウの場合は釘を刺すんじゃなくて、脅した、でしょ?」
「うるせぇ」
「あ、脅したって自覚はあるんだ? いいんじゃないの~、別に。サラドが利用する側なら」
「あ?」
シルエの軽口にディネウがドスの利いた声で唸る。
「コイツの顔見るなり『弟子にしてくれ』なんてほざくヤツだぞ? サラドのことを散々『魔力が少なくて残念』とかぬかしやがったくせに」
「は?」
シルエの異常に低い声の「は?」を耳にし、ディネウはしまったと口を塞ぐがもう遅い。シルエの目は「詳しく話せ」と語っている。後でマルスェイの代わりに首を絞められるくらいのことを覚悟し、ディネウは半ばヤケクソになった。
「どうせまた『何か術を教えてくれ』とか言い出したんだろ」
「‥‥」
おまけにサラドは図星なのか、目を泳がせ口を噤む。
「ほら、見ろ! 絶対に『術を教わった自分は弟子も同然』とか言い出すぞ」
「何? 自称弟子? サラドの特別だとでも言うの? ツラの皮が厚いの? 誰なのそいつ?」
「…同じ人物?」
「えっ、何、ノアラも思い当たるの?」
「あっ、待って。弟子はとらないってはっきり断っているし、今回は教えてはいないし。その、マルスェイにはもうノアラに迫らないようにと、約束させてきたから」
「…それを素直に聞くようなヤツじゃないだろ」
「うーん、多分、悪気はなくて、ちょっとがむしゃらなだけなんだと…」
「あ?」
サラドはやや躊躇いながら話し出した。ディネウがあくまで「ガキ共」と呼ぶショノアたち、ことマルスェイの心証は頗る悪いらしい。
「マルスェイは何て言うか…何としてでも魔術で身を立てなければという強迫観念に駆られているいうか…それが、ちょっと痛々しくて…」
「それがどうした?」
領地を魔物に襲われ、全滅の危機に瀕した経験はマルスェイの心的外傷になっている節がある。その時、騎士見習いでありながら自身は守られる立場に甘んじるしかなかったことも、捨て身の構えをとる父と兄と兵たちを見て武だけでは限界があると痛感したことも、今のマルスェイを形作っている。
家族の役に立つ力をつけねば、強い強い力で守らねば、と。後継である長兄、その補佐になるであろう次兄、ならば別の力を得る役割を担うのはマルスェイで、それが魔術だと。
己は「魔術に認められた者」だと自己催眠に近いくらいに強く信じるのも、少々不遜なくらいに自信過剰なのも、その基を揺るがさないため。ともすれば恐怖と無力感に陥る心を、無意識のうちに魔術への情熱に転換して乗り切っている。
「こういう場合、治癒とか解呪とかって効かないかな?」
「えー。僕を差し置いてサラドの特別とか思い上がっているコを診てあげろって言うの?」
期待をこめたサラドの視線を、素直に「いいよ」と言いたくないシルエは冗談めいた口調でいなす。
「う、うーん…。だから、マルスェイはそういうんじゃないんだよ、多分」
「ふぅん。解離的反応とか、悪夢で眠れないとか、急に過呼吸になるとか、攻撃的になるとか、パニックを起こすとかあるの?」
神殿の名誉を上げるために各地を廻らされた際、シルエは〝夜明けの日〟以降も災害や魔物被害の後遺症、心に負った傷に苦しむ者を少なからず見てきた。怪我などと違い、克服するのに長期を見据える必要があるし、個人差も大きい。行動も治癒する相手も完全に管理されていたため、そっと全体に『ちょっと心が軽くなる』ように力を送るしかなかった。その後の経過は見ていないので、功を奏したかどうかはわからない。
(本当はそういう効果のある歌がありそうなんだけど、サラドは人前では歌いたがらないしなぁ…)
歌い熟す実力がないからと子守歌以外は聴かせてくれないサラドをその気にさせられないかとシルエは思案する。サラドの負担を増やすことは本意では無い。だが、子守歌の機会などない今、代わりとなる歌がなければ、歌声が聴けない。
「その症状は…なかった、かな?」
「俺には、自分の利を得る機会は逃さないってだけに見えるがな。そりゃあ、悔しい思いはしたのかもしれんが、自己中心的なのは性格だろ?」
「えっ、じゃあ、サラドを敬うんじゃなく利用だけしようってこと? なにソレ。サラドのことも、魔術のことも舐めてんの?」
重い症例を羅列しながらも軽い態度でいたシルエがディネウの言葉を受けてスウッと目を細める。サラドは分が悪くなっていく雰囲気にまごついた。
「その…子供の時にノアラの術を見たものだから、これこそが打開する力だと感銘を受けたらしくて。しかもそのノアラはまだ少年ともいえる年齢だったから、自分にもやってできないはずはないって思っているみたいだ」
ノアラは自分の鼻を指し、それから記憶を探るように眼球をゆっくり上下させた。おそらく、不可視の術が使えるようになる前の話と推測する。
「ノアラは昔、子供の頃の生育が悪かったせいかちっちゃかったもんね。実際より年下に見えていたんじゃない?」
「小さいのはお前もだろ」
「うっさい」
シルエがディネウの二の腕に拳を突き立てる。予想していたのか力んでいた筋肉に阻まれ「痛っ」と小さく呻いたのはシルエの方だった。ディネウが「ふん」と鼻を鳴らし、ニヤっと笑みを浮かべた。
マルスェイは最も強く望んだ火の術には恵まれなかったが、魔術の素養はあり、努力した結果は早くに現れた。それも才能有りという自尊心を増長させている。宮廷魔術師団設立のため関係を取り付けた高齢の師匠方よりも魔術を扱えると自信に満ちている。
「なまじ自信があるから、目標値が高いんだよな。それ自体は悪くないけど、目の前の課題を飛び越した力を求め過ぎている。まだその段階でないのに手を出せば、必ず事故を起こす。誰かが正しく導かないと…」
「己の力量を把握するのは基本だろ? あと、教えて貰うのが当然って態度、何なんだ?」
「それくらい押しが強くないとこれまで出会った魔術師には話も聞いて貰えなかったんじゃないかな」
「サラドが責任を感じて面倒を見る必要はない」
ノアラの師匠にあたるのはサラドとジル。初歩以上の術は、ほぼ独学に近い。一部の良い出会いを除いて、旅の途中で接する機会のあった魔術を研究する者は、ノアラに敵愾心があるか、やたら崇めるか、総じて話が通じないという印象だった。
傭兵の中にも魔術を使う者は少数いるが、それは珍しい部類。基本、修得に時間がかかる魔術を志す者は保守的で個人主義の研究肌が多い。自ら戦いに身を投じるなど、魔物が跋扈する状況に手をこまねいていられなかった者か、戦わずにいれば食い詰めるしかない者か、派手に術で魔物を倒すことを夢見たタイプか。
魔術で戦い続けるには魔力量が相当多いか、余程の熟練でないと難しい。サラドたちと関わった傭兵には一発目の奇襲、あとは補助に徹する方法を提案した。バンバン魔術を放つ派手な活躍は無理でも、魔術師は重宝する存在となった。その後継も少しずつではあるが育っている。
「うん…。でも何だか放っておけなくて」
「えー…。もしかしてサラド、井戸は二の次で、魔力操作の習練のためにやらせたの?」
「え? ええ…と、それもあるかな。でもあれを覚えておけば色んな場面で応用できるから。身に付けば、それをいつかまた誰かに教えられると、いいかなって」
「応用ねぇ…。そもそもサラドのようにできる人なんてそうそういないからね? 応用するって発想も」
「基本から応用していくのは普通だろう?」
サラドが同意を得るようにノアラを見る。こくり、と頷くノアラはサラドに同意したのか、シルエに同意したのか。
「でも、さぁ。その体験が努力する原動力になっているなら、別に悪いことでもないんじゃないの? ディネウが言うように態々こちらから、はい、治療しましょ、っていうのは、ない、かな」
「うん。まあ、そうだよね。マルスェイが望んだわけでもないし…。ただ、少しでもあの感情の起伏や考えの傾向が落ち着けば、本人も周囲も楽になるかなって」
「単純に迷惑だからな」
腕を組み眉間に皺を寄せたままのディネウにサラドは眉根を下げ、しょんぼりとした顔をシルエに向ける。
「あー…、もぉ。納得は出来かねるけどー。もうサラドには言い寄らなくなるっていうなら、やってあげないこともない。でも傷や病、呪いとは違うから快癒は望めないよ。あくまで自分の心と向き合う手助けをするって程度になる」
「それは、もちろん」
「じゃあ、うっかり邂逅することがあれば、ね。僕からは出向かないよ」
「うん。もちろん」
「どんなコなのか、逆に見てみたくなってきたよ」とシルエが疲れたように言う。サラドが嬉しそうな笑顔になり、八重歯がチラッと見えた。結局、サラドの願いにシルエは弱い。
「あんな無礼なヤツに心を砕くなんて、気が知れねぇ」とディネウはむくれつつも、サラドの意向をこれ以上は否定しない。
「じゃーあ、そのコの話はこれでおしまい。で、これを…」
シルエがテーブルに運んで来たのは紙束と、箱の中でコロコロと転がる球体。シャランシャランと涼やかな音がした。
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