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150 軽視される人権

 ディネウが歯を剥いて額がつくくらいの距離までサラドに迫ると、腰に提げたランタンから小さな火が飛び出し、その間に割って入ろうとした。チリっと微かな音と、毛先が焦げた嫌な匂いがする。流石のディネウも体を仰け反らせ、サラドが慌てて火を両手で包む。


「待って! ディネウはオレに危害を加えたりしないから! これは…その、兄弟の戯れ合い、みたいな? 彼は大事な仲間だよ。何かあれば君に守って欲しい」


 目を合わせるような高さで、手の平にのせた火に言い含める。その姿は变化する間も惜しかったのか、蜥蜴に羽が生えたような形。まるで頷くように頭を振ると、背から突き出た羽のような部分が体から離れ、ポワッと消えた。ランタンへと導くサラドの手の中で、頭部をぐいぐいと指先に押し付けている。


「…兄貴ヅラすんな」


片手で顔を覆い、呻くように呟いたディネウにもう怒気はない。


「大丈夫? 火傷した?」

「してねぇ。そんなにトロ臭くねぇ」


前髪の燃えた部分をザリザリと指で磨り潰す。サラドも同じ様に焦げた髪を引っ張り苦笑した。


「テオ、おやつが終わってたら、悪いけどもう少し瓶の煮沸をお願いできる?」

「はい!」


 一触即発の事態に半口を開けて固まってしまったテオの肩にシルエが手を置いた。ハッと我に返って、良い返事をしたテオがピシッと立ち上がる。カップを片付けたテオが居間から離れたのを確認して、シルエが緊張感の欠片もない間延びした声で問うた。


「で、その女のコたちは無事だったの~?」


 シルエが気にしているのは女性たちの身の安全ではなく、ディネウが遂行を告げないことで、サラドが不安そうな顔をしていたこと。


「あ? ああ。命は無事だよ。ただ、厳つい俺らじゃ怖がるかと思って姐さんやアオさんに任せている」

「ふーん、それで? これって上からの指示だったの?」

「いや、兵士の悪巧みらしいな」


 ディネウは傭兵を率いて、貧民街から避難の途中で拐われた女性たちの救出に向かっていた。


 きっかけは移住地を抜け出した若者のひとりが妻を探していたこと。外見を細かく表現するも、その特徴を持つ女性は洞窟の管理人が把握できている中にいなかった。貧民街からの避難する際、仕事中だった夫は妻とは別の場所にいた。妻は兵士が用意した避難用の馬車には乗らず、移住地には来ていないのかもしれない。が、ふと、管理人が気になることを口にした。


「そういえば、聞き取った中に年頃の女性が少ない」


比率的にも、もう少しいても良い筈だと語る。そこに、避難時に馬車が一台、逆方向へ行ったという目撃証言が洞窟内にいる者から寄せられた。


 情報を追った結果、一部の兵士が女性たちを慰み者にしようと共謀し、行きつけの飲み屋に連れて行こうとした事がわかった。二階に休憩用の個室を備え、娼婦が酌などをして客待ちをする兵士向けの飲み屋だ。

兵士は少女くらいの女性なら簡単に言うことを聞かせられるし、恐怖で抵抗もしてこないとでも思ったらしい。中には気弱な者もいるが、貧民街でそれなりの危険を掻い潜り、逞しく生活してきた彼女らはされるがままにはならなかった。


大声を上げる女性たちに、兵士らは慌てた。そんな声を響かせながら王都内に入れば怪しまれるのは必至。兵舎近くにある飲み屋で騒ぎを起こせばすぐに足がつく。

馬車は咄嗟に行き先を変えた。御者の兵士が王都近くの町出身で、そこに丁度良い空き家があることを思い出したのだ。

この時点で過ちを正し、欲をかかずに移住先へ送っていれば良かったものを、隠す方を選んだ。一旦閉じ込めて、ほとぼりが冷めてから一人か二人ずつ迎えに行くつもりだったらしい。


 食料や毛布は置いて行ったものの、曰く付きの空き家は廃屋同然で、閉じ込めた場所は窓もない地下室。壊れた天扉を廃材の板と重い家具で塞ぐ。湿っぽく、埃や汚れ、吹き込んだ砂が山積し、およそ人の住む場所ではない。

しかもその後、共謀した兵士は皆それぞれ移住地配属になったり、魔物襲来で王都を離れられず、女性たちは暗い地下に放置された。


「拉致監禁だよねー。しかも考えなし。馬鹿だね~」


 救出に向かう際、港町の花街の女将に協力を願った。数々の悲惨な状況下の女性と接してきた女将なら信頼を得やすいだろう、と。同じくアオも同行してくれた。

王都に近い場所では傭兵への偏見は強い。衛兵と衝突しかねないし、要らぬ疑惑を招く。そのため、商談で通りがかった一団を装い、傭兵も従業員か護衛に扮している。


「まったく、王都の兵士に罪を擦り付けられないように気ィ使うとか、面倒くせぇ」


 状況確認のためにもまずはサラドが地下に降りる。以外に高さがあって、女性が自力で上がるには厳しい。助けに来た旨を伝えようにも、怯えと疑心と錯乱でなかなか理解してもらえず、強攻策に出るしかなかった。衰弱していても屈強な男に罵声を浴びせ抵抗する。顔に引っ掻き傷を負ったりと傭兵には損な役回りをさせた。

幾日かぶりに陽の下に出た女性たちは眩しさに顔を伏せ、身を寄せ合ってひとかたまりになっている。救出されたことが伝わるまで暫くかかった。落ち着くと、差し出したカップも素直に受け取り、汚れていない水を喜んだ。


 衛兵や町民に「助けを呼ぶ声を聞き、従業員が地下から女性たちを見つけた」と女将とアオが説明している間、ディネウは馬車脇に控えていた。その横でサラドは気もそぞろな様子。訊けば少し前から「気になる声がする。怨嗟のような…」のだという。そんな折に、左手の小指に嵌まる指輪がリンリンと微かな音を告げた。罠で仕掛けた術の振動を感知したノアラが転移を促してきたのだ。サラドは離脱してしまった。

商人だと認識するように幻術をかけていたというのに、その術者であるサラドがいなくなった。サラドは気休めのお守りくらいだと言うが、ディネウには術がどの程度有効なのかも、解除されたのかどうかもわからないため、気が気でない時間を過ごした。


「後を全部任せて行ったのは悪かったよ。その、ごめん」

「せめて説明してから行け。急に術が解けたら変に勘繰られンだろ」

「うん、ご尤も」

「僕らのことも堕ちた都に残して行っちゃったもんね」

「うっ、ご、ごめん」

「あ? そうなのか?」

「それで? 首尾よく女のコたちをその町から移動できたんでしょ~?」


経緯の続きを促すシルエはさして興味がなさそう。


「そこは問題ねぇよ。ヘマはしねぇ。もし何かあっても突っ切るしな」


 取り立てて特徴のない小さな町は俄に騒然となった。町外れに建つ人の寄り付かない空き家からの異音に町民も「犯罪者などの良からぬ者が住み着いたのか」と訝しがっていた。女性たちが監禁されていたことに驚きはしたが、解決したことでほっとした様子が大きい。アオと女将を疑いの目で見る者はいなかった。


 女性たちに負担を強いるが、兵士の悪行を公にするためにも、事情聴取に応じて貰った。だが、女性たちは衛兵にも不信感と恐怖を示し、端的な事実しか答えていない。無理もない。衛兵が兵士の肩を持つことだって考えられる。


アオが彼女たちの心身を守る為にと衛兵に話をつけ、保護先を伝えることで解放して貰った。今は港町で過ごしている。移動中は周囲を傭兵たちで守り、港町に着く頃には信頼を寄せてくれたが、一部の女性には怖がられたままだった。


「いいか、傭兵(あいつら)の立場がまた危うくなるなら、逃げるヤツの移送ももう請け負わせねぇからな」

「…本当にごめん。でも無事に送り届けてくれてありがとう」


 港町は傭兵にも移民にも理解があるが、貧民街から移って来た者の数が短期間で急増すれば目立つ。その人物たちが傭兵と挨拶などしていれば、関係があると疑われて当然だ。


「上に立つ(モン)の態度に下に従う者が同調しやすいとはいえ、壁一枚隔てた所に住んでいたってだけでよ、ああも非人道的な扱いをするかね? 理解に苦しむぜ」

「衛兵も町長も報告しないわけにはいかないだろうから、さすがに貧民街の住民の避難及び移住を指揮した者にも咎が及ぶだろうね。もみ消されなきゃ、だけど」

「被害に遭ったのが貧民街の者だから、罪に問わないなんてことは?」


 ノアラが首を傾げる。上役にいる者は大抵貴族筋。貴族が路地裏に住む者に狼藉しようとお咎め無しになるのを見てきている。

現女王の治世になってから奴隷は禁止となったが、名や形を変えて存在し続けている。栄える場所には後暗い輩がたむろする闇があり、人買いや人拐いが横行しているのが現実だ。

ノアラの手がほんの少し震えていることにサラドが気遣わしげな視線を送った。ノアラはそれにこくりと頷いてみせたが、その震えが心の傷によるものなのか怒りなのかは窺えない無表情っぷり。


「まー、なくは、ないねー」

「その…、移住の責任者も王宮ではそれなりに切れ者らしいんだ。嘆願書の取捨選択も的確で、優先すべき案件の判断や処理も迅速だと。王都を、ひいては王国を富ませるため勤しんでいるって。だけど王都のために尽力していたのにって、不満みたい。有能さを買われて王子から任命されたんだろうけど、本人は左遷だと思ったんだろうな」

「其奴を擁護する気か?」


「そういうつもりじゃないけど…」とサラドは手をブンブン振る。

ディネウは仕事の能力と人柄を混同しない。傭兵は自由な立場と思われがちだが、いざ戦う場では結束が物を言うため秩序が必要。彼の下に付いた傭兵には時にやんちゃをする者も出てくる。親しくしていた者が過ちを犯しても、情に流されずきちんと処罰できるし、悔い反省して罪を償えば、見限ることもない。もちろん犯した罪にもよるし、それをできない者を切り捨てることは躊躇わない。

だからこそ、ディネウやシルエが無駄に王宮を憎むようなことがないようにと思っての発言だったが、逆効果だったと落ち込む。


「王宮での評判なんて関係ねぇよ。それでやる気をなくすって、アホだろ」


実際に細々した施策を講じたり、指示を出したりしたのは補佐役の者であろうが、責任者はそれを容認した立場だ。采配したのも、管理責任だってある。単なる労働力としての扱いも、罪とも思わず女性を攫ったのも、自分は関係ないと逃れることをディネウは許さない。


「王都が一番って典型、王宮の要職に就いていることに価値を見出す…、結界の悪い影響が色濃く出たタイプかな。貧民街もそこの住民も王都を脅かす存在でしかなかったんでしょ」


やれやれといった感でシルエが肩を竦める。ノアラが「質問いい?」というようにスッと手を顔の高さに挙げた。


「王都を離れれば、精神はその影響下から脱する?」

「うーん、長くその官職にいたのなら、どっぷりその考えに染まっているんだろうし、抜けるまでどれくらいかかるかは、正直わかんない」


「そうか…」と残念そうにノアラは頷いた。人の考えはそう簡単に変わらない。自発的なものなら尚更に。



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