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15 傭兵の事情

 夜中、サラドは宿屋を抜け出した。

港近くにある安酒を提供する荒ら屋からは騒がしい声がまだ響いている。その灯りと喧噪からも離れ、昼間であっても人の足が赴かない護岸へとやってきた。

精霊の力を借りて夜目を補い、じっと海面を凝視する。昼と違い、月の明かりが海面に鱗模様を描き出している。ざぷんざぷんと岩に当たり砕ける波の音が夜でも静寂にさせない。


(うん、問題なさそうだな)


 海は揺りかごのように静かにたゆたう。邪気も怖気も鋭敏な神経に触れない。

もう一度、仔細をノアラに話しておこうと考え、サラドは左手の小指の指輪に唇を近付けた。鍵となる言葉を口にしかけた時、指輪がリンリンと小さな音を頭に届けて来た。指輪に輪をかけるように魔術で刻まれた陣と言葉が薄紫色の淡い光で浮かんでいる。諾の言葉を返すと呼応するように指輪の陣が目の前に移動し、その上に人影が現れる。

藍色の、裾や袖口がすり切れたぼろぼろの魔導着を纏い、端正な顔立ちに紫色の怜悧な目元、右目を隠すほどに伸びた金髪が揺れている。月と鱗のように光を反射する海を背景に幽玄な姿。

魔法陣の光が収まると音もなく地に足を着いた。肩に手をおいた状態でディネウが続く。


「やあ、ノアラ。それにディネウも。丁度そっちに行こうと思っていた」


魔法陣で転移してきたノアラはサラドのにこやかな笑顔に頷きをひとつ返す。

根なし草でひとつ処にいないサラドと連絡をつけられるようにその指輪には移動の座標となる陣が組み込まれている。サラド側からはノアラの住居に繋がる。小さく作ることに心血を注いだためサラドが使える回数は一回きりだが、使った際は必ず会うことになるので、すぐにノアラにより魔力を補充して貰えるため問題ない。


「おう、こいつに手伝ってもらって各地に魔物への警戒を伝えてきたぜ。どこもまだ町の近くでは魔物は見ていないそうだ」


ディネウがノアラを親指で指す。ノアラが首肯した。


「それにしてもなんでこんなところにいるんだ?」


ディネウが首を回して周囲を見るが、人の寄りつかない港の端も端、そこには岩と暗い海と波の音しかない。


「それがさ、ディネウと別れて少し後にここでまた裂け目が出たんだ。今回のは自然発生っぽかったけど、一応事後確認に」

「あ? ひとりで対処したのか?」

「今回のは本当に小っちゃかったし、精霊も騒いでなかったし。魔物が出てくる前になんとかなったから。大丈夫だから」


慌てたようにノアラがサラドの左腕をねじり掴み、鏃で刺した傷を確認した。傷とも呼ばないぷつっとした小さな赤い点だけだが、無表情の中にも僅かに眉間に力が入る。


「こんな人の近くでか? …確かに普通ではないな。この町にも警戒は促すし信頼できるヤツもいる。俺も気にかけておくから安心しな」

「…シルエとともにならば町に大きな結界を張って守ることも可能だが、僕だけでは魔物の動きを鈍らせるくらいが限界だ」

「お、ノアラが三言以上喋るの久々に聞いたな」


ディネウがノアラの肩に肘をついてニヤニヤ笑った。肩を回して腕を払い、目を少しだけ細めるノアラは嫌そうだ。彼は体の接触を好まない。


「動きを鈍らせてくれりゃあ充分だ。ここにいる傭兵たちでも戦えるだろ。本音を言えばお前らと暴れたいところだけどな」


ディネウがニヤッと不敵に笑う。

「ああ、でも」とすぐに腕を組んで唸り出した。「見回りをさせるとなると報酬も人選も考えないとな。

領主に掛け合うか…」と渋面をつくるディネウの悩みのタネは多いようだ。


「正直言うとさ、少しくらいなら魔物が出てもいいんじゃないかと思ってる」

「ディネウ、何を?!」

「いや、さ。お前の気持ちもわかるけどよ。世の全てを俺たちで何とかできるわけじゃないだろ。だからこそお前だってガキ共の子守りみたいなことやってんだろ? …あれからそろそろ十年経つ。あの頃を知っていて戦える者は大分減った。訓練になるとか言ったら怒られそうだけどよ」


 この町だけでなく傭兵が抱えている事情をディネウはぽつぽつと話しだした。



 魔物が跋扈した頃は死を恐れぬ傭兵たちが大いに活躍した。各地の権力者、有力者も己が土地を守るため積極的に雇い入れ、その数は膨らんだ。

しかし今、現役で傭兵を名乗る者の多くは魔物との戦いも他国との紛争も経験していない。


 ディネウよりも年上の、魔物との戦いに身を投じて来た傭兵たちの多くは世が平和になるにつけ、所帯を持ったり力の低下を感じたりして引退し、別の仕事に就いた。

〝夜明けの日〟以後、町の復興作業でも力自慢の傭兵たちは貢献した。荒れた町を再興させる中で地の利や土木に造詣の深いノアラの設計により水道工事の大改革があちこちで行われた。それを進めるにはたくさんの人員がいる。人をまとめ動かせる人物も必要になる。傭兵隊で小隊のリーダーを務めたような者は適任だろう。おまけに体力も凄みもある。人前には立ちたくないノアラの代わりとなるディネウが統率しやすいのも打ってつけだった。そこで技術を身につけ親方となった者もいる。

もともと小隊のリーダーには面倒見が良い者が多く、定住した先にその人を慕って移住してくる者もいれば、他の傭兵を勧誘して仕事や住まいを斡旋することもあった。人数が集まれば、その土地の有力者に働きかけ自警団を設立してその技能も活かせる形となる。

そういった者がまた若者に指導していく良い系列を築けていた。


 しかしそれは上手くいっているケースで所によっては理解のない権力者が傭兵上がりなどと見下し、地位も収入も少ないままそこから抜け出せず困窮している者もいる。

また仕事を求め各地を転々とし、次第に少なくなる仕事に行き場をなくす者もいた。


 そして、この港町は傭兵の立場が確立された地域だったのもあり、変な気位を捨てきれず、もともと血の気も多く戦うことに拘り便利屋のような仕事はしたがらない者もいた。


 交易が活発になったことで商人を護衛する仕事が一定数あることで新たに傭兵に志願する者もいる。

だが護衛は信用問題が大きく左右する。経験の浅い駆け出しの者にはなかなか掴めない仕事だ。支払える金が少なく、誰でもいいと護衛を頼む場合、雇う側も雇われる側も危険な思いをすることが多々ある。

豪商や金持ちを顧客に持っている者は譲りたがらないし、なかなか次の人材も育たない。


 以前は盗賊より魔物から守る方が主だった護衛だが、もう何年も街道での魔物の報告はなく、護衛は対盗賊で保険のようなものだ。今はまだ盗賊による被害報告は街道より外れた道での小規模なものくらいだが、これから富める者との差が開いてくれば盗賊も増えることが予想される。

相手が魔物と人とでは戦い方も違う。盗賊団ともなれば一筋縄ではいかなくなるだろう。


 港町を拠点にしている商会や有力者に街道の警邏隊を作ること、また護衛の人材を紹介、育成をする機関を作れないかと持ちかけてはみたが、母体となる団体を作り専門として身の置き場を作るのか、その人となりや技能の保証や身分の証明はどうするのか、賃金の問題、仕事の割り振りはどうするのか、護衛がない場合は別の仕事を引き受けてもいいのか、もし護衛を失敗した場合に責任は誰が負うのか、問題は山積みで話し合いも膠着状態だ。

それが儲けにならないのであれば商会は首を縦に振らないし、有力者も傭兵に町を守られた過去があろうとも損得を考えれば慎重になるだろう。

そして仮に護衛請負の専門機関を作ったとして傭兵たちが所属するかどうかもわからない。

個別の契約を禁止させることができる立場ではない。


 この町でなら傭兵として仕事に有り付けると辿り着いた者があぶれてゴロツキに成り下がる事は珍しくもない。この先そうした者が徒党を組んで盗賊になることだってあるだろう。今はまだディネウと懇意にしていた者が目を光らせているが、いつ衝突が起きてもおかしくはない。


「だからさ、ゴロツキ紛いになるようなヤツらは魔物が出たら尻尾を巻いて逃げるだろうし、それで淘汰されないかな、と…。やる気を出してくれりゃあいいんだけどよ」


あとは傭兵が活躍する場と言えば真っ先に浮かぶのは戦争だが…。

「キナ臭い話はあるにはあるが…そっちは関わる気ねぇし」


 数年前から『最強の傭兵』として傭兵を一纏めに仕切ってくれないかと懇請され、ディネウも頭を抱えているという。ディネウは支配者ではない。あくまで傭兵を生業とした一人でしかない。そんな広範囲の、管理しきれない人数を、現実的ではない。

それでも一緒に戦ってきた同胞の現状をどうにかしたいという思いはある。


「俺が(かしら)とか向いていないのはわかってんだろ。それに別の誰かを据えたところで上手くいくと思えねぇ」


 仮に傭兵をひとつの組織に纏めるとして、皆が皆それに納得するとも思えない。登録、管理されることに反発もあるだろう。自由さを求めている者もいるだろうし団員になるのが向いてる者ばかりではない。どうしたって集団になるとはみ出す者はいる。では団に帰属しない者を切り捨てていいのか。


「俺、ごちゃごちゃ考えんの苦手なんだよ。ただ親父とお袋の背中を追いかけて傭兵になっただけだし」


ディネウはガシガシと頭を掻いた。


「そんなの、ディネウに責任を押し付けるようなものじゃないか」


 サラドはポツリと呟いた。ぎゅっと唇を噛む。

そんなの到底受け入れられない。

もしディネウが傭兵団のトップに君臨し全ての傭兵がひとつに纏まったとしたらそれは大きな戦力になり脅威ともなるだろう。戦争の準備をしていると懸念されかねない。

そんなこと、成就しない前提で要請しているに違いない。この機に権威が潰れることを欲して。

しかも数年前ということは劇の流行も無関係ではなさそうだ。噂はディネウを追い込み、逃げ場をなくすための思惑が見え隠れする。


「お? わかってんじゃん。自分のことには疎いのにな。やれるだけのことはして俺は逃げたけどな。お前と作ってた小屋も完成した頃合いだったし」


ディネウの住処は王都よりずっと北の山の麓にある湖畔だ。木の伐採から、建材に使用するのに風雨に晒して灰汁を抜くところから始め、何年もかけてこつこつ建てた。

ディネウはいつかそこに骨を埋めるつもりだと。


「…オレも逃げてるよ。ずっと、ずっと…」


サラドだけは今も変わらず根なし草のままだ。


「なに辛気くさい顔してんだよ。背筋伸ばせ!」


ディネウが猫背気味のサラドの背をバシリと叩く。腕力が強く気合いを入れるというよりよろけてしまう。

 三人はその後も波音を囃子に情報交換をした。ノアラは主に頷くだけだが。

どうやら『魔王』探索の人選が自分たち四人をなぞったものらしいということにも話は及んだ。


「で、オレはノアラの代わり。本当は若くて金髪で紫の瞳の魔術師が良かったそうだよ」


「笑っちゃうよね」とサラドがからからと笑う。ノアラは無反応だ。


「げっ。じゃあ何か、あのボンボンっぽい騎士が俺? 冗談だろ…。女王は一体何を企んでやがんだ…」

「口止めされてはいたけど、何処でまた噂が立ったり探りが入るかわからない。二人とも…ディネウは町の出入りが増えるだろうから気を付けて」

「いや、お前が一番な…」


サラドが代役を終えるまで続けると言うとノアラがほんの少しムッと口をへの字にした。



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