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148 必要な協力者

 従業員にテキパキと指示を出すと、代表者の商人はショノアたちの活動を見学させて欲しいと申し出た。

井戸の探知を始めたセアラとマルスェイの二人は祈りの言葉を唱えるでもなく、あまり動きもない。その様を商人は適度な距離を保ち、絵画でも鑑賞しているかのように、腰の後ろで手を組んでゆったりと眺めている。これまで何度となく、兵士から無遠慮に質問されて中断するという事があった。ショノアは商人の場を弁えた態度に警戒を少し解いて、説明を買って出た。


「残念ながら俺にはわからないのですが、ああして魔力を流し、可否の反応を測っています。二人は別々の力を持っているので、より良い井戸を判断できるということです」

「ふむ、ふむ、なるほど」


これまでの経緯や避難民の様子、要望などもショノアは話した。それから、今回切りではなく支援の継続を期待する旨も。相槌を打ちながら静かに傾聴する商人は二度連続してゆったりと頷くのが癖らしい。


「皆様方は素晴らしい理念をお持ちなのですね」

「いや…。これは、俺の贖罪のようなものだ」


聞かせるつもりのない小さな呟き。自嘲気味に目線を落としたショノアの表情が陰る。

セアラとマルスェイは次の目印に移動するのに離れていく。それを目の端に捉え、ショノアも一歩を踏み出そうとした時、商人が明るい声で今回持って来た織物の特徴を話し出した。律儀なショノアはその場に留まり、売り込みのための話かと特に気負うことなく耳を傾ける。今度はショノアが相槌を打つ番となった。


 最近、吟遊詩人からマントの注文が次々に入るという特需があったそうだ。吟遊詩人はそれぞれ自分が得意とする歌の模様を織り込むことを望み、他と被らない柄を所望していた。もともと異国渡りの柄織を特色としており、あまり他にないような一枚柄も扱っていた店として注目されたらしい。

織職人は伝統的な柄に留まらない大胆な構図に挑戦することになり、染め職人も色味を増やす努力をし、総じて腕が上がったそうだ。特異性を出すため新たなアイデアも採用していくとそれが受け、複数の吟遊詩人を通じて評判や商会の知名度が広まった。現在もまだ先々まで注文の予約は埋まっているという。


「いやぁ、まさに吟遊詩人様様ですよ」

「…その流行の発端の人物を知っているかもしれない」

「そうですか! 甘く切ない恋歌の名手だとか。お聴きにはなりました?」

「ああ、胸に迫る歌声だった」


商人はにこにこ顔で「いつか私も聴きたいですねぇ。織物を扱う商売人として、どんな衣装なのかも非常に気になります」と語った。


「それにしても、移住地(ここ)の情報はどこで? 町では噂になっているのか?」

「あるお方に頼まれましてね。移住した先で生活基盤が整わず困窮しているから、少しばかり気にかけてやってくれないか、と」

「あるお方? もしかして、橙色の…」


にこりと笑む商人の目はみなまで言わせない圧があり、ショノアは口を閉じた。


「その方々に私共は返しきれない恩があるのです。恩返しなどいらない、どうしてもというならいつか富んだ時に、と仰る粋な方でしてね。『助けて欲しい』というのでやっとお役に立てるかと思えば、個人的な望みではなく人助けとは、あの方らしい」


行商人から商会を興すまでに成長し、軌道に乗って利益を上げ「堂々と恩返しができるまでになりました」と感慨深い顔をした。


「たまたま一番乗りであっただけで、お声がかかったのは私共だけではないと存じます」

「他にも支援に来る者がいると?」

「ええ、おそらく。皆、自分のできる範囲で働くでしょう。ですから、貴方もそう背負い込む必要はありませんよ」

「だと…助かるな」



 セアラとマルスェイが意見を交わして最終判断を下し、井戸に適した場所を兵士に伝える。これで全ての目印を調査し終えた。

マルスェイはそそくさと小石の回収に向かう。入れ替わりでニナが手押し車を運んで来てショノアの前に置き、しっかりと車止めをすると何も言わずに去って行った。

樽にたっぷりの水、熱々の湯が入ったやかん、清潔に洗浄した深皿と匙が複数組、色々と載せられている。

これまた最後の一瓶になった希釈液を樽の水に投入する。ふわりと立った果実の香りに商人の目がキラリと光った。ショノアはできたての水を一杯勧めた。


「ほう! これは、また何とも興味深い」


その横でセアラが粉末をすりきりで計って深皿に移し、湯を注いで栄養食の準備をしだす。その粉を目にして商人が焦った様子で覗いてきた。


「ほんのちょっぴりでいいので、味見させていただけませんか」


セアラはその勢いに驚きつつ、匙を傾けて商人の指先にトロリと流動食を載せた。ペロリと舐めとった商人は舌を動かし、じっくりと味わい「やはり」と呟く。


「何か、おかしな味でした?」

「いいえ。もしや、似たような食料が既に存在しているのかと思ったのですが、これは間違いなく、私共が関わったもの。うちの従業員が教わりながら製造した時の物でしょう。出来上がった品の大半を買い取ると仰ってお持ちになられたのは…そうですか、なるほど」


商人は一人で納得したように「うん、うん」と頷く。


「買い付けや納品で長距離を移動することも多いことから、私共の商会には携行食や保存食を取り扱う部門もありまして。まあ、身内向けの小さな規模ですが。今のこちら、商品化の最中なのです。品質が均一に作れるようまだ試行錯誤している次第で、市場に出せるのはもう少し先になりますが…」

「まあ! きっと養護院でも施療院でも重宝いたします! これで助かる子も増えるかと」


商人は「ええ、ええ」と相槌を打つ。ぱぁっと花開いた笑顔を見せたセアラが急に表情を曇らせた。


(でも…お値段もそれなりに高いはず。こんなに良い品だもの…)


養護院も施療院も予算は潤沢とはいかず、経営は厳しい。そんなセアラの心を読んだように商人は顔の皺を深めて笑った。


「誰でも手が届くような値段にできるよう努力させて頂きますよ。商人の誇りに賭けて」

「! よろしくお願いしますっ」

「あれは、どれくらい前でしたかね…、染め物の知恵を借りたいと言っていらしたことがあって。その時にうちで携行食も作っていることを知り、それならと、この栄養たっぷりの流動食を製造販売してはどうかと伝授してくださったのです。もし、供給できるようになったら、販路はできれば庶民にも頼む、と頭を下げられて…。本当にもったいないお話なんですよ」


商人は溶かす前の粉末に目を遣り「一体どんな秘訣があるのやら」と独り言つ。


「今回もお持ちしてはいるのですが…。材料の配合も手順も合っている筈なのに、同じ物にならないんですよね」

「わかる気がします。作り手がとっても特別なんだって…」


口元を綻ばせるセアラに商人も嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、ですが私共も必ずやその域に達してみせますよ。まずは篩の見直しから…」


商人が持って来た粉末を見せてもらうと所々にだまが存在する。褐色の粗い粒が目立ち、混ざり具合も濃い所と薄い所があるように見えた。溶かした際に良く撹拌すれば問題はないそうだが、商人としては見栄えも気になるらしい。

試しにそちらも少量を溶いてみて味見をさせてもらうと、確かに味ではない部分の何かが違う気がする。それが何かはわからなくて、セアラは首を傾げた。その反応に商人も苦笑し、セアラは慌てて「違います! その…」とあたふたと手を泳がせた。気を落ち着かせるため、ふぅと深呼吸し、セアラは改めて商人の手を取り両手で包むように握って感謝を伝えた。


「どうぞ、この後をよろしくお願いいたします」

「ええ、ええ、任されました」


ここまで通って来た集団で、母親たちに粉末を分けてきたものの、何日分もない。その後のことがとても気掛かりだったのだ。


「そうそう、私共は商人ですので、この機会に販路を拓き、後々儲けさせていただく所存です。いわば先行投資のようなもの、ですからお気になさらずに」


セアラが憂うことがないように、商人は片目を瞑り、茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。



 夕べの祈りを勤めるセアラの影が長く伸びている。夕暮れの風が冷たく吹いているのにも関わらず、頭を垂れて手を組み祈りに参加している者がいる。その人数は何日か前の時よりも確実に多い。祈祷後の説話が無駄ではなかった証だ。

商人は紡がれる祈りの言葉と背筋をピンと伸ばした後ろ姿を見て「ほう、ほう、これは」と感嘆の声を上げたきり、自身も静かに手を合わせている。祈りを終えたセアラに感謝と労いの言葉をかけるも、あからさまな美辞麗句を並べ立てておだてるようなこともしないし、「まさしく聖女」と持ち上げることもない。その態度に心底ほっとし、セアラは素直に「こちらこそ、ありがとう」と応えた。



 夕食は商人の従業者が用意したものを相伴に預かった。それも自社商品の保存食に手を加えたものだという。

ニナが調達に行ったとはいえ、伝手もなしにいきなり大口の購入は難しく、そう何往復もできない。物資も底を突きかけている。ここ数日はショノアたちの食事もかなり質素な内容になっていた。

久々に料理らしい食事を口にして、知らず張り詰めていた気が緩み、疲労が押し寄せるのを感じる。


「あの、この栄養食を作った方とは他にもどんな交流が? よろしければお聞かせ願えませんか」


もじもじと話をせがむセアラに商人は(おや? こんな若い娘さんまで…。罪なお人だなぁ)と思った。


「そうですねぇ。では楽しい思い出話をひとつ。

ある時、大きな袋いっぱいにぐちゃぐちゃに詰められた糸をお持ちになり、布にして欲しいと依頼されたことがありましてね。

洗って解し、縒っていくと極細の見たこともない繊維。透明な糸は束だとまるでそれ自体が光り輝いているようで。これはすごいものができると、予感しましたね。

思った通り、織り上げられた布は極上の薄さと柔らかさ。透けるのに、光を照り返し美しい。一反にも満たない長さしか織りあがらなかったのは残念でしたなぁ。

お渡しするときに、是非うちでも扱いたいのでどこで手に入れたものか伺ったら、巨大な虫の魔物が吐いた糸だというではありませんか。

その頃はまだ家族で商売を営んでおり、糸を縒ったのは妻、機織りは娘で。それを聞いた途端、悲鳴を上げましてね。

申し訳なさそうに慌てるお姿はなんだかお可愛らしく…。後日、お詫びにとお持ちくださった菓子が非常に美味で、妻と娘はすっかりその味の虜になったものです。魔物の気味悪さなど忘れるほどに」


素材欲しさに魔物に戦いを挑むような力のない商人は諦めた。代替品で再現できないかと工夫したがそう簡単ではない。代わりに透けるほど薄く軽やかな布と、光輝いていた色味を表現しようと途中で染め色を何度も変えた糸で織った布で「一儲けしました」と笑う。


商人は喋りが上手く、話に引き込まれる。セアラは自然とサラドの朗らかな笑顔や、困った顔つきを思い浮かべながら聞いた。祖父と孫娘の語らいのような和やかな時間が過ぎていった。


「これも何かの縁です。私共で見習い神官様方の活動のお助けになることがあれば、何なりとお申し付けください」

「それは、心強いな」


ありがたいとショノアが握手を求めた。


 セアラに与えられた『祝福の祈りを捧げよ』という命令は完了し、サラドに頼まれた井戸の件も伝え終えた。王子殿下に接触も試みたい。何より、もう何日も野営同然の生活をしていることもあり、一度町に出て体を休める必要性を感じている。支援者が現れた今が引く好機であるように思えた。


 ショノアは翌朝ひとりで中央の本部を訪ね、心なし機嫌が良い高官に発つ旨の挨拶をした。

立派な天幕の脇には、商人の手土産らしき木箱がいくつも積んである。すんなりと受け入れられるようにこの高官にはこうしておくべきと商人の勘で判断したのだろうか。それとも単に兵士の方も労うべきで、それをしていたらもっと滞りなく協力しあえたのか。賄賂は容認できないけれども、根回しの重要性は実感した。


 馬車がすれ違うだけの幅がないガタゴト道で、脇に逸れて通り過ぎる荷馬車をやり過ごすことが何度かあった。これらの荷馬車の目的地は移住地以外に考えられない。


「ちょっと声をかけただけで、これだけの荷を用意してくれる人脈があるとは、驚きだな」


マルスェイが感心した声を漏らす。

道を譲られた御者がにこやかに挨拶をしてくれるが、ニナが同じく返すのは期待できないのでショノアが対応に出ることにした。


移住地の心配は一先ずこの人々に任せて、町への道を急いだ。



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(*’▽’*)

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