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147 支援を継続するには

 希釈液を指示通りの分量で割ってできた水は爽やかな香りとほのかな甘みがした。ショノアは「美味いな」と言っていただけだが、ただの果実風味の水ではないことをセアラは感じた。すぅと体に染み込み、寝不足と根を詰めた故に残っていた疲労感がふわっと癒え、体が軽くなっている。


(薬…とはまた違うのかしら?)


 配り始めても「単なる水だろう?」とあまり興味を示してもらえなかった。不確定要素のため「飲むと元気が出ます」とも言えず、セアラは気をもんだ。暫くは遠慮していたマルスェイが「余るなら私が頂く」とおかわりをした。自然と体が欲しているのか、勢いよく喉に流し込む。鋭利で冷淡な印象を与えるマルスェイが見た目に反して豪快にがぶ飲みする姿につられて飲む者が現れ、美味しそうに飲む姿がまた人を呼び…最後には「もうないのか」と惜しまれた。


「好評だったな」


ショノアは飲んだ人々の生気を失っていた目にほんの少し明るさが戻っているように見え、喜んだ。


「この水、何か秘密があるのよね? ニナは前にも飲んだことがあるのでしょう?」


確信を持って尋ねるセアラにニナは無言を貫いた。



 井戸を掘る作業は任せ、結果を待たずして次の場所へ移動を開始しようとした時、馬車の御者台に見慣れぬ荷がいつの間にか置かれているのを発見した。

差し挟まれたメモには乳幼児に与えて欲しいという旨と説明書きが添えられている。中身は甘い香りがする乳白色に褐色の粒が混じった粉末。家畜の乳を主に穀物、茹でた芋、豆、木ノ実、根茎などが原材料で、煮たたせたお湯を使って食べやすい柔らかさに溶かして食する。飲み込む力が弱い子にはゆるめに溶かしても良いと書かれていた。味は大人にはぼやっとして塩味が足りないと感じるが、乳児ばかりでなく胃腸が弱っている者にとっても便利な栄養食だ。

養護院出身で施療院の手伝いもしていたセアラから見ても画期的で素晴らしい食物。病や様々な事情で食が細くなった子が衰弱していく例は多い。セアラは我が事のように感謝した。


「…来たのなら、声を掛けてくだされば良いのに」


メモの文字をそっと撫でる。保存が効くように、またお湯で溶くだけ簡単に食せるように加工するのは大変な手間がかかっているだろうと察せられた。


 弱っていた乳児が栄養食を与えられて血色が良くなり、ぐずつかずに穏やかに眠ったのも、ただの食物とは思えない効果だった。

幼子を抱える親には子供の成長に相応しい食事を用意できない日々は心苦しかっただろう。自分に配給された食事から子が食べられるものを匙で潰して与えるしかなく、自身も満腹にはならなかった筈だ。兵糧食の回数が多くなってからは、スープや水に浸して食べさせても、消化が悪く吐き戻したり下痢が見受けられた。不安などの要素もあって乳の出も悪くなっていた母親の安心した顔を、サラドにも見て欲しいとセアラは思った。



 祈祷を行った場所を引き返していく格好でセアラとマルスェイは大地への『問いかけ』を粛々と続けた。目印が一個のみの場所が一箇所あったのを除いては、どの箇所でも数個ずつ、多い所で五個見つかった。

中にはセアラとマルスェイの意見が一致しないこともある。その場合は多少なりとも両者に反応が見られた所に。また二人共に反応はあってもその強度が違う場合は話し合い、一番候補、二番候補として伝えた。


 連日繰り返したお陰でセアラもマルスェイも魔力の操作に大分慣れてきた。制御して『少し流す』が身に付きだしている。全力を出すよりも適度というのは案外難しい。


 余裕が出てくるとセアラは治癒も受け持ち、個人個人に簡易な祈りの言葉をかけて回った。空いた時間でサラドから貰った冊子に目を通す。骨や臓器の図は初めは怖いと思い、背徳感さえあった。知らない専門用語や古語も混じっているため全てを理解はできない。

神殿は〝奇蹟の治癒〟を神から許された力としているため、人の体を切り開くような医療行為には眉を顰める神官も多い。施療院の設立に携わった導師は正しい知識も必要だと奇蹟の力の使い手にも解剖学を推奨した。だが特に高位の神官からは忌避する声も根強く、田舎の神殿までその教えや学術書が届くことはなかった。

セアラはこの冊子を鞄にはしまわず、肌見離さず持つことにした。見習い神官の証や杖とは違った意味で大切なものになった。


 マルスェイもちらほらと清めの術を使う場面を増やしている。雷の術を目標に掲げて水だけでなく風の術の鍛錬も始めたが、やり過ぎて魔力切れを起こしかけ井戸の探知に支障が出たり、風刃が明後日の方向に飛んで危うく人を巻き込みかけたためショノアに禁止を申しつけられた。


 その間、ショノアは様々な作業に加わって住民と交流を持ち、兵士の目を盗んで本音を聞き出すことに尽力した。貧民街で暮らしていた時の知人を心配する声や、家族に会いたいのに移動が許されないと不満を漏らす者は多い。理不尽な扱いにショノアは義憤に駆られたが、仔細を記しておくことで感情に流されないように留意した。


 物資に余裕があるとサラドには見栄を張ったが、不足しそうな物や住民により望まれている物を町まで買い足しにニナが馬を走らせることもあった。サラドが差し入れてくれた希釈液や乳児用の栄養食、それに準じる物も一応探してはみたが町には売っていなかった。



 地面スレスレに構えていた杖を上げ、集中を解いたマルスェイはほくほく顔で目印の石を拾い上げた。袋には石がじゃらじゃらと詰まっていて、ずしりと重い。


「それ、集めてどうする気だ?」

「研究材料に決まっているだろう? 魔力に反応して光るなんてどんな仕組みなのか、調べるのが楽しみだ」


石を傾けて光にかざし、透明な塗料が照り返す様をうっとりと眺めるマルスェイ。その様はその辺に転がる何の変哲もない小石を宝石の如く扱う変人でしかない。

セアラにどうやって探索しているのか教えて欲しいとせがんだが、奇蹟の力と魔術とではやはり違うのかマルスェイには光らせることができていない。探索中のセアラに「手を握らせてくれ」と頼んだものの、断固として拒否された。魔術に関わると箍が外れがちなマルスェイも元は貴族家出身、無理矢理に女性の手を掴むことはしないくらいには紳士だった。


 中央で最初に指定した場所から無事に水が湧き、井戸として機能すると兵士から伝え聞いたのを皮切りに他の箇所からも水が出たと嬉しい知らせが続く。連続すれば偶然ではないのが誰の目にも明らかで、もうセアラとマルスェイを訝しんで見る兵士はいない。目印が置かれているのは最初に訪れた場所を残すのみとなった。希釈液も残り一本。


「サラドさんが見てくれた場所だもの、間違いなどないとは思っていたけど、良かった」


 井戸にしても、果実水にしても、栄養食にしても、その手柄を自分たちのものにするには気が引けたが、サラドが関係していることを王宮に知られたくないのはセアラも理解していた。あんな風に捕らえられたサラドの姿はもう見たくない。


「しかし、支援を一時の気紛れで終わらせては駄目だよな。継続してくれる協力者がいないと…」


数日耐えれば良い訳ではない。生活は続く。物資を配って「はい、終わり」では何も解決しない。特に乳幼児のための食は持続させなければ命に関わる。


「私がいた養護院は田舎でしたけど、篤志家の方が定期的に寄付をくださっていて、それで随分助かっていると神官様が仰っていました。王都の神殿にはあまり滞在していないので、王都ではどうなのか良くわからないのですが…」


セアラが感謝を示すように胸の前で手を組んだ。


「貧民街にも施しの日があったらしいから王都の貴族にも慈善活動に熱心な者がいるのだろう。この近くの貴族や商家に伝手があれば良かったのだが、あいにく、な」

「私も支援をしてくれそうな方に心当たりはちょっとないですね」


魔術を広めるために支援者を求めてあちこちで顔を売っているマルスェイでもないとなると、望みは薄い。一から人脈をつくるのは至難だろう。


 何時までもここに滞在している訳にはいかない。祈祷完了の報告に併せて現状も記載したけれど、その問題提起を王宮にいる文官が取り上げてくれるかといえば、過去の魔物発生時の対応から見ても期待はできない。ショノアは重く息を吐いた。


(あとは、貧民街の移住を推進したという王子殿下に上申してみるか…。殿下は貧民街にも直に足を運んでいたし、ここにも無理に日程を組んでまで来たというから、本気であらせられる筈。殿下のお人柄に賭けてみるか。俺の身分では王宮にいる時なら不可能だが、視察先でならひょっとしたら機会があるやも。…首が飛ぶ危険もあるが、このまま成り行きに任せてはいられない)


ショノアが静かに覚悟を決めた時、この移住地に訪問者がやって来た。


 たくさん積んだ荷馬車と医者を連れて来たのは商会の代表者だという。くたびれた革鎧に不釣り合いな上品さのある美丈夫を見つけ、商人は「はじめまして」と丁寧なお辞儀をした。先んじて中央の本部にいる高官と騎士に手土産を渡し、慈善活動の許可を得てきたという。

今まさに頭を悩ませていた支援の持続問題に光明が差し、ショノアは素直にありがたいと思った。


「貴方が特別な祈りを届けているという一行のリーダーであるリード卿ですかな」

「失礼…どこかでお会いしましたか?」

「いいえ、お噂をかねがね」

「噂、ですか」


噂という言葉にセアラが渋面になる。


「ああ、俗っぽいものではありません。素晴らしく清らかな祈りをする神官見習いの方だと」


商人がセアラに人好きのする笑顔を向け、祈りの姿勢をとる。聖女、と呼ばれなかったことでセアラの緊張が若干解けた。


 商会の拠点があるのは中規模の町、山林の町より内側に位置した川沿いにあり、主要産業は染色や機織り。その特産である織物製品、保温性の高い毛布や上着を多数取り揃えて来ている。冬への備えが十分でない服装の者が多いので需要のある品だ。荷台がそのまま商品棚に変わり、商店さながらとなる。

広げられた色とりどり布製品は見るだけでも住民の心を華やかにした。与えられる物をただ受け取るのではなく、選ぶ行為は買い物の楽しさを甦らせる。少し前まで当たり前だった日常のこと。


「機会がありましたら、私共の町にもお出でください。数々の染め壺が埋められ、家々の間に渡した縄に干された染色糸や反物が風にそよぐ様、色鮮やかな光景は見応えがあると自負しております」

「ええ、いつかお祈りに訪れたいと思います」


社交辞令の挨拶をし、セアラも商人と握手を交わした。




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