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146 マルスェイは天然?

「見世物だなんてとんでもない! 私は素晴らしき魔術に心惹かれ、ただ見たいだけなんだ。魔術は口伝が基本。こんな機会を逃したら一生目にすることはない。そうでなくても魔術は衰退の一途なのに」


 マルスェイが吠える。その熱意に負けたのか、それともショノアとセアラとニナの辟易した様子に申し訳なさを覚えたのか、不承不承ながらにサラドが折れた。


「では…、一度だけご覧に入れます。その代わり今後、()に教えろと迫るような真似はしないと約束してください」


間近で観察されても術式を読み取られない自信はある。マルスェイの魔術に対するやる気と自尊心を挫くつもりはないが、まずは必要な力をつけることや精緻な制御の大切さを理解してもらえたら、と願ってサラドはマルスェイに向き合った。


「相分かった」


何故かサラドの方が「約束を違えないようお願いします」と頭を下げた。鼻息荒く良い返事をするマルスェイが今の言葉をちゃんと聞いていたのかは甚だ怪しい。


 サラドが胸前で合わせた手を離し、球体を持つような形で隙間を作る。マルスェイはその一挙手一投足を見逃すまいと目を見張いた。眼球が乾こうとも瞬き厳禁だ。


(サラド殿の魔力量であれ程なら大魔術師の手に触れたらどれ程なのだろう…)


ふと、そんな疑問がマルスェイの頭を過ぎる。

山火事を鎮火するのに魔力を貸してと言われた時も、清めの術を教わった時も、つい先程も。サラドに手を繋がれた状態で得られる魔力の感覚は、無二のものだった。書物からの知識や宮廷魔術師団の師匠方との研究とは比にならないほど、魔力の深淵に触れ、急成長する自己を感じられる。図書館で大魔術師とまみえた際に『手を取って貰ったか』と問われ、『それが始まりで全て』だと言われた真意がわかった気がした。


マルスェイは今回もどうしてもその魔力に触れたくなった。しかも二種の混合術だという未知の世界。こんな機会をみすみす逃すわけにはいかないと欲望のままに指先を狭間に近付ける。

それに気付いたサラドが「あ」と声を出した。「手を引いて」と注意する間は残されてなく――刹那、薄闇に鮮烈な光が奔った。

サラドの右手から左手へ横向きに走った青色の小さな小さな稲妻は、差し込まれたマルスェイの指先に引き寄せられパチッと音を立てて消失した。


「痛っ! バチっていった! ビリッとした! 信じられない…、無詠唱で、陣もなく、この速さで発動など! 全く何も見えなかった…」


マルスェイは痛みの走った指をブンブンと振っている。雷の術を我が身で受けるという予想外の結果になったものの、折角目の前で発動したのに片鱗さえも捉えることができなかった。「もう一度だけ」とごねても、サラドが頷くことはない。


「マルスェイ、往生際が悪いぞ」

「そんなっ!」

「…オレもそろそろ戻らないと、仲間に心配をかけますから。遅くまで付き合わせて申し訳ありません」

「…行ってしまわれますか?」


無理を言って長引かせたのはこちらであるのに、サラドに「うん。夜明けまで残り時間が少なくなってしまったけど、体を充分に休めて」と気遣われ、セアラは伸ばしかけた手を引き、胸の前で握った。


「では、井戸の件、よろしくお願いします」


 サラドが指笛を鳴らすとザッと突風が吹いた。木々が激しく揺れて、葉に付着した水滴が雨のようにバラバラと落ちてくる。強風に堪らず目を伏せた間に、蹄の音を残して彼の姿は消えていた。馬車脇の野営場所に吹いていた微風も旋風となって去り、冷たい北風が残った。


「待ってくれ」


呼び止めてどうにかなるわけでもないが、反射的に立ち上がったショノアは視界の急激な暗さにたたらを踏んだ。焚き火の灯りは表情が判別できないほど濃い影を落としている。つい先程まで薄暗くともそれほど不自由していなかったというのに、と目を瞬く。


「何も得られないとは…無念だ…」


頼りない光に照らされた輪郭でもわかるほどにがっくりと肩を落とすマルスェイにセアラは軽蔑の眼差しを投げた。とんでもなく貴重な贈り物を受け取った身では「自分も何か欲しい」と強請るマルスェイのことを批難できなかった。サラド本人はマルスェイの言動や態度を咎めないのだからセアラが責めるのはお門違いなのかもしれない。それでも腹に据えかねる。

明日からも井戸の調査でマルスェイと協力をしなければいけないのかと嘆息した。


「セアラ、そんなに重く溜め息など吐いて、どうしたんだい? 疲れたか?」


セアラに配慮してかけた言葉とマルスェイの表情は一致せず、機嫌良さ気に笑っている。声も奇妙に高い。魔術を目撃したため興奮状態で、感情の起伏がおかしくなっているらしい。


「マルスェイ、貴殿はサラドを尊敬していたのではなかったのか? 以前も不遜な態度をとったことを反省していただろう?」

「もちろんだ」

「なら何故あんな言動を? 理解に苦しむぞ…」

「どこがだ? 敬意を払ったつもりだが? まともに使うことができない術の知識まで頭に入っているなど、どれだけ努力をされたのか」

「まさか…、本気でわかっていないのか。小馬鹿にしているようしか聞こえなかったぞ」

「えっ 嘘だろう?」


マルスェイは衝撃を受け、ショノアと違う意見が聞けるかとセアラとニナを交互に見る。ニナは無表情だが、その目はどこか嘲りを含んでいるし、セアラはショノア以上に厳しい目でマルスェイを睨んでいた。そんな機微も暗くて伝わることはない。しばしの無言は不穏な空気に包まれた。焚き火がパチッとはぜたのと、呆れたショノアが言葉とともに飲み込んだ息を吐いたのは同時だった。


「はぁ…、マルスェイは人の好いサラドなら強く出れば断らないと踏んだのだろう? 見え透いたことをして…」

「…最低です」


ショノアの叱責に乗じてセアラもぼそっと呟く。


「違う。そんなつもりは全くない! サラド殿は英雄たちのまとめ役で、実力だってこの目で…」

「盛り上がっているところ悪いが、騒げば兵士に勘付かれるぞ。朝まで残りの見張りは請け負うから、黙って寝てくれ」


ニナが至極冷静に言い、顎でしゃくってテントを示した。

サラドと一緒にいた時は普通に会話していたので失念していたが、音や気配を遮ってくれていた微風はもう吹いていない。全ての物音は寒空に響いてしまう。


「そういえば、あれも何の術…そもそも魔術なのか…んっ、むぐっ?」


ショノアはニナに「では頼む」と言い残して、目が爛々としているマルスェイの口を塞ぎ、テントに押し込んだ。セアラも「いつもごめんね、ニナ」と馬車の幌に入る。

やっと訪れた静寂なる闇にニナはほっと息を漏らした。



 翌日、ショノアが話を通して、高官と騎士の立ち会いの元、井戸に適した場所の選定を行った。


 昨晩と同じ手順でひとつ残されている目印を探す。日の下ではぼんやりと光ったところで目立たないが、魔力を感知して迷いなく見つけられた。傅くようにピタッと手の平を地に着けるセアラと、杖を構えるマルスェイ。程なくして二人が頷き合う。

セアラもマルスェイもサラドと一緒の時ほどはっきりではないが、反応を得ることができた。昨晩は感じられなかった二箇所も試してみたいとは思ったが、目印は回収されていたため、もう何処だったかはわからない。


「ここを掘るとよろしいかと」

「それは、ありがたい。祝福された井戸になるでしょうな」


 高官は心のこもっていない称賛を述べ、口端を引き上げた。見極めをすると称していたが、ただ地面を見つめただけではないか、と心中で毒づく。


ここでも井戸掘りは進めていたが、深さが人の身長を超えた辺りから全く掘り進まなくなったことで、そこは埋め戻す決定をしたばかり。徒労に終わった作業を再開するのに、士気が保てるのであれば丁度良いと思ったのだが、見物していた者もあっさりと終了した儀式に「何をしたんだ?」と顔を見合わせている。もう少しそれらしく見せればいいものをと、高官は不満を抱いた。


「この様に他の箇所でも井戸に相応しい場所を探したいと存じます」

「ほう、全ての集落を見てくださると? 再び御足労いただけるとは、みな喜ぶことでしょう」


(なぜ、二度手間を?)という本音を隠そうともしない皮肉っぽい笑みを向けられ、セアラは思わず俯く。対してマルスェイは自分も此度は力を振るっているのだと主張するよう胸を張った。握られた杖の玉もキラリと光を反射する。


「何より祈祷が優先でしたから。井戸については無事に祈祷が完了したために可能になったのです」


ショノアは爽やかな笑顔を絶やさぬように応酬した。




 高官は奇蹟の力にも聖女という存在にも期待などしていない。良いアピールになるなら利用する、それだけ。

祈祷にしたって最後に見たあの光も目眩ましの奇術か何かだと疑っているくらいだ。近くに宮廷魔術師が侍っていたのも、会食の時に彼がやたらと喋っていたのも疑惑を募らせる。


ずっと王都の中枢で生活してきた高官は魔術のなんたるかを知らない。〝夜明けの日〟をもたらした英雄とやらの活躍も誇張が過分に含まれているという認識だった。魔術師にしても治癒士にしても、人知を超えた技など信じるに値しない。どんなからくりを使ったのか、はたまた何らかの偶然が重なってそう見えただけのまやかしか。


宮廷魔術師団は女王陛下の名の下に結成されたので表立った批判はできないが、単なる道楽者の集まりで金食い虫にしか見えない。魔術は生活を豊かにするなどと謳っていたが、未だ王都の暮らしに何一つ貢献していないのが現状だからだ。王都を守る火の加護ほどの効果を期待したが馬鹿を見た。


宮廷で長く官職を務めていると、権威にすり寄って来る者は多く、人を見る目は嫌でも養われる。高官は改めて『特別な祈りを届ける』などと真面目くさって言う若者たちをじろじろと観察した。騎士の方はあまり巧みではないが、宮廷魔術師の方は小手先の技と口先で渡ってきたのが会話や態度から垣間見えた。聖女と呼ばれる少女はそのオドオドした様子から、象徴のために連れ回されていると推測する。もし、真摯に祈る姿も、純真そうな姿も演技だとすればかなりの役者だ。


王子が再訪問するまでに諸々整えておきたい高官は、ショノアたちが邪魔立てしないのであれば、好きにさせておくことにした。祈祷時もそうしていたように、兵士にショノアたちの動向をそれとなく監視するように指示する。これまで特に不審な動きの報告はなく、本当に祈祷と慈善活動をしに来ただけなのではとうっかり信じそうになった。



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