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137 移住地での祈祷

 目的の移住地に近付いた頃、後続の王子一行からの指示でショノアらが乗る馬車は少しだけ速度を上げた。王子は小休憩を取り、不自然さがない時間を置いてから現地入りするという。


「そんな小細工に何の意味があるのでしょうね。そも殿下の意向だというのに」


マルスェイは文官や侍従のやり口が気に入らないようだ。セアラの緊張は増すばかり。顔色もあまり良くない。

ショノアはこれから開拓を進めるということを聞き、隣国からの難民によって興された村を訪問した際の記録を振り返っていた。何か参考になる記述がありはしないかと。


 馬車の到着に移住地の兵士たちの緊張が俄に高まる。つい先程、早馬が駈けて来て、王子の到着を先触れした。だが見えてきたのは大きな馬が一頭で牽く幌馬車だった。


「なんだ…。おどかすなよ」


ボソッと零し、胸を撫で下ろした兵士は住民に「キビキビ動け」とがなる。


 第一王子が視察に訪れるという報せに高官、騎士は焦慮にかられた。ごまかしの利かない抜き打ちのような日程。お世辞にも開拓は順調ではない。逃げ出した避難民はいるわ、妨害行為で材木が燃えるわ、良い報告ができない。最も問題なのは、遺跡がある方向へ森を切り拓くように指示した者たちが全く従わないことだ。森に入った者は次々に逃げ戻り、わけのわからないことを口走る。生活基盤を整えるのが先と勝手に住居作りに混じってしまった。

また、逃亡者が向かった先も良くない。打ち棄てられた村にもともとあったであろう塀の跡を境に、北方面は開墾を進めないよう厳命されている。国境と神域を侵してはならないからだ。


高官も兵士を統括する騎士も王子に納得してもらえるよう、何とか見栄え良くしようと必死だった。だが、避難民たちはどんよりと暗い表情でやる気もない。特別に食事を豪華にしてみても効果はなく、叱責や折檻は言うに及ばず。



「何用だ?」


 ゆっくりと歩みを止めた馬車に兵士が誰何を問う。面倒事なら王子の到着の前に追い払って置きたい。

馬車から降りたショノアは『自分たちは〝夜明けの日〟から十年を迎えるにあたり、さらなる復興を祈念し、特別な祈りを届けるために国内を巡っている』と淀みなく告げた。顔には社交用の笑みを貼り付けつつ、チクリと胸が痛むのを感じる。マルスェイに手を取られたセアラがゆっくりと馬車を降り、頭を下げた。星の意匠の杖につけられた金属製の籠がカチャと音をたてる。


「ここで村を再興していると聞き、住民が健やかであるよう、土地が祝福されるように祈りを捧げたいのだが良いだろうか?」


ショノアの問いに兵士たちは顔を見合わせる。重責で硬いセアラの表情が気取っているように誤解された。


「…判断がつかぬようなら、ここの責任者と話ができないか取り合ってもらえると助かるのだが」


丁度良く、高官と騎士が王子を出迎えに来たため、ショノアは同じ説明を繰り返した。さり気なく剣の柄を主張したショノアの動きに、見窄らしい革鎧姿でも騎士であること、この訪いが王宮の思惑あってのことと察した高官は許可を出した。


 セアラが小石の多い地面に直接膝を着こうとした所にマルスェイがサッと厚地の敷物を敷く。人ひとり分の小さなものだが、一枚あるだけでも膝の痛みは軽減されるだろう。セアラはちょっと目を上げてマルスェイに目礼した。

一心に祈るセアラの背後を守るようにショノアとマルスェイがピシッと姿勢良く構えた。王宮の警護にも就く騎士として、美しい立ち姿を保つ訓練も積んでいる。朝夕の務めとは比にならない長い祈祷。微動だにせずいる二人だが、時折目配せを交わし、それも何かの儀礼であるかのような所作で、痺れを逃すために位置を入れ替わった。ニナは王子の到着時に馬車が邪魔にならないよう移動させた場所で馬に着いている。


 祈りの言葉が滔々と紡がれる中、王子は少数精鋭のみを連れて到着した。何台にもなる馬車や多くの護衛は細道に入る前に残してきている。ショノアとマルスェイも臣下の礼を執って控えた。チラッと目だけで後ろを振り返り、祈りに集中するセアラを窺う。高官と騎士が挨拶を終えると王子は悠然とセアラに近付いた。


「あの…、恐れながら」

「ああ、良い。神聖な祈りの最中だ。邪魔立てはしない」


セアラが不敬に問われないか不安に思い、頭を上げることなくショノアは口を開いた。すぐに意図を察した王子はそれを制し、眩しいものを見るようにその姿を眺める。


「なるほど。かように清廉とは。聞きしにまさるな」


王子が満足げに頷くのを見て、ここで祈祷を行うことを承諾した高官も心中でほっと息を吐く。全く終わる様子のない祈りに王子は高官と騎士に案内されて移住地を見て廻ることにした。避難民たちは平伏しているのでその心中はおろか、働きぶりは伝わらない。

魔物の襲撃と移住によって憔悴しているのだと思い込み、それが気掛かりだと述べるに留まり、王子はほんの少しの滞在だけで聖都に向かう道程に戻った。

成果を急いでいるのは寧ろ文官達の方であったらしい。王子自身は劇的に開拓が進み、既に村の体を成しているなどとは期待していなかった。作業の遅れについても指摘されず、高官は首が繋がったと安堵した。



 神殿の教義ほぼ全ての祈りの詩句を唱え終えたセアラは、しばしぼんやりと宙を見つめ、ゆらりと立ち上がった。長時間膝を着き、胸前で手を組んだ姿勢を保っていたためにふらりとよろける。ショノアは咄嗟に彼女を抱きとめた。


「大丈夫か? 無理せずゆっくりでいい」

「ご、ごめんなさい」

「お疲れ様、殿下にお褒めの言葉を頂きましたよ」

「えっ! す、すみません。私、気付きもせずに」

「いや、それ程までに真摯だと伝わったことだろう」

「そう…ですか。でも、住民の方々には納得いただけたのでしょうか」


避難民たちは遠巻きにして見ているだけで、誰も声をかけてこようともしない。その表情は戸惑いや不審。

それでも、この移住地の総責任者である高官から直々に「集団の各所で祈祷を」と依頼され、ショノアたちは全ての箇所で祈祷を終えるまでここに逗留することになった。

車止めをした馬車の傍には既にテントが張られ、野営の準備が整えられていた。ニナは森で集めた柴をポキリポキリと折っている。


 陽が傾くと、燃料の節約のために日暮れと共に就寝する避難民は慌ただしい。配給の列に並び、受け取った者から思い思いの場所で食事を摂っている。それはまだ引き抜かれていない切り株であったり、手頃な大きさの岩だったり。良い場所にありつけなかった者は地面に直に腰を下ろしていた。食事時くらいは気が緩みそうなものだが、皆黙々と口に運ぶだけ。

そんな様子にセアラは胸を痛めた。夕べの祈りを終えた後、心を鎮静化させる香を杖の籠に入れて燻らせ、人々の間を歩く。胸前で手を組み小さく頭を下げた者もいたが、兵士の目を気にしているようで、やはり誰もひと言も発さない。


ニナが熾した火を囲み、ショノアたちも温めればよいだけの野営食にありつく。テントの中で避難民はもう休み、しんとしていた。


「…衣類の支給などはないのでしょうか。汚れも目立ってきていますし…。その…酷く傷んだ服とそうでない人と差があって」

「そうだな。ボロを纏う者は貧民街でも尚、低層にいたのだろう。目つきが違う」


セアラが言葉を選んだのにマルスェイは気にもせず明け透けに話す。トントンと指すマルスェイの目元も鋭利な印象だが、それとは全く違う鋭い目は誰のことも信じていない荒んだものだった。


「神殿も有志の貴族も奉仕活動はしていたようだが、それでも比較的安全な地域でだったんだろうな」

「本当に助けが必要な弱者にまでは届いていなかったと…?」

「ああ…、あの中でも競争に負けて、施しを受けられなかったのかもしれないな」


ショノアは千切った硬いパンを口に入れる前に溜め息をひとつ零した。ニナはちょっとだけ目を上げただけで会話には加わらない。


「…では、神殿の教えも…祈りなど聞いたこともないのでしょうか」

「おそらくは」


思い詰めた表情で俯き加減だったセアラが顔を上げた。


「ショノア様、お願いがあります」




 翌朝、朝の祈りを終えたセアラは教義を説こうと試みた。彼女に頼まれてショノアは兵士に支援物資の配布の許可を得ている。余り良い顔はされなかったが、高官から正式に依頼をされたのを知っているため、強く拒否はされなかった。


飴炊きされたナッツをもらえると聞き集まった避難民は、セアラの話が終わるのを黙って待っている。思った通り甘味は皆の注意を引きつけた。昨晩と同じように胸の前で手を組む者、睨むような目で見る者、様々だった。


「セアラ大丈夫か? その…辛くはなかったか」

「いいえ、全ての人に受け入れられないのは当然です。私は教えを広める立場にありますが、押しつけるものだとは思っていませんし…。でも少しでも心に触れるものがあれば嬉しいのですが」


セアラはにこりと微笑んだ。決して全員が良い態度で聞いていたわけではなかったが、セアラは手応えを感じたようだ。やはり彼女の心根は素晴らしいなとショノアは改めて感心した。



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