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133 再び堕ちた都へ

「じゃあ、何だ? ノアラが怪しいと踏んでいた通り、魔人の本拠地は堕ちた都なのか?」

「ノアラは慎重派だからねー。もっと自信持っていいのに」


 サラドの帰りを待ち、四人揃ってから万全の体制で遺跡、堕ちた都の本丸といえる部分を目指す。先頭で獣道を探るサラド、シルエ、ノアラと続いて殿にディネウの並びはかつての旅路を思い起こさせる。


「そういや、こんだけ有名なのにこの遺跡には来たことなかったな」


 アーチ状通路の一部が残っている壁の手前で、草と土に埋もれたタイルの床に手を着いているサラドは罠の解除中。うっかり発動させないように、ディネウはその場から離れず、周囲をきょろきょろと見回した。

壁の殆どは崩壊していて、向こう側に行くのも大岩を乗り越えれば簡単そうだが、うかうか進めば身が焦げる、落とし穴に身が沈む、なんてことも遺跡ではよくある。

ここまで来る途中にも確かに石塁などはあったが、ディネウの目にはただ森深い地に見えた。すぐ近くに遺る岩に何かしら刻まれていないか調べていたノアラが顔を上げて後方を振り返った。森の木や岩には方向を見失わないように付けられた印がいくつも見られる。


「ここは多くの研究者が狙ってる。惑いの術も強い。無理に優先しなくても、他にも遺跡はあったから」

「ん? つまり、そんなに興味を惹かれなかったって事?」


杖に体重をかけて、退屈そうにしているシルエが問うと、ノアラがふるっと首を横に振った。旅路の途中で見つけた遺跡は数ある。遺跡調査中にバッタリ鉢合わせすると、見知った仲でもないのに持論を講じにグイグイ来る者がいて、ノアラはそれが苦手だった。


「強力な術が施されているということは強力な呪詛がある可能性が高い。シルエに再会してからで良いと」

「えー、なになに? 僕待ちだったの? 照れるなー」


観光にでも来ているかのような軽いノリのシルエも邪なる気配の探知を忘れてはいない。


「解除でき――あっ、待って」


サラドが手を上げ、ふうっと息を吐いたかと思えば、慌てて制され待ちぼうけの三人は乗り出しかけた身を引いた。緊張した様子で再び床を探り出したサラドは数歩先で同じ作業に入る。次は壁面、次いでまた床と、前方、左右に進みながら作業は繰り返された。


「しつこいな」

「せめてそこは『厳重』じゃない?」


ディネウの言葉尻をからかうシルエも同意見ではある。解錠された瞬間に某かに襲われる危険性もあるので、気を抜けない。


「うん、今度こそ最後そうかな。みんな、ここに並んで」

「何?」

「入る者を認証する機能らしい。それで出入りを管理していたみたい」

「へー、門番とか審問とか要らないのか。便利だけど監視の穴がないってのもなかなか怖いね」


 無事に抜けたその先に広がった光景は外からは見えなかったもの、木や草に侵食された大きな都の跡だった。


「古代王国の首都はここだっていう説もあながち間違いではなさそうだね」


シルエが感心したように口笛を吹く。ノアラは立ち尽くして目を瞠った。その表情の差は他人には僅かばかりだが、良く知った仲の彼らからすると興味に目が爛々と輝いている。


「邪なるものの気配は――この範囲にはなさそう。本当にここに魔人が?」


コツンと杖の石突を地に着け、シルエが半分閉じていた目を開けてノアラを見た。疑われてノアラがしどろもどろに手を彷徨わす。「シルエ」とサラドに小さく名を呼ばれ、「だって」としゅんと肩を落とした。


「だってさ、ここ、あんまりにも平和そうで」

「確かに」とディネウも同意した。


 陽の光が燦燦と輝く。小鳥が囀り、小動物が忙しなく動き回る。森の生命の営みに飲み込まれた遺跡。穏やかで温かい、ゆるりとした時間が流れている。


「魔人も自分の根城をわざわざ穢したりはしねぇか」

「…うん。精霊たちも普通にいる」


 小さな旋風に髪を引かれ、サラドがその行方を見遣り、彼方此方に目を向ける。笑みを浮かべ、迎えるように広げた手。それからしばらくサラドは傍目にはぼうっとしていた。

その間に三人は手短の場所を調べた。やはり牆壁の跡には術が残っているらしくシルエとノアラは「はー」とか「ほー」とか声を上げたり、謎の頷きをしている。焦れたディネウがサラドの腕を引いた。


 住宅の基礎と思える凸凹が延々と続く。その世帯数の多さから王都よりも大きな都市だったのは明らか。

一際目を引くのは高台にある巨大建造物。ディネウが両腕を伸ばした幅よりも太い柱が幾つも並び、重そうな屋根を支えている。苔むしているが、元は磨けば光沢の出る美しい模様のある石材だろう。

切妻型屋根の棟に角のような突起があるが、これも崩れていて左右対称だったのか非対称だったのかわからない。倒れた柱もあるし、屋根の一部は崩落しているけれど残っているだけでも驚異的な大きさ。

何のための施設なのか、内部に階や部屋を分けるような柱も壁もなく、ガランとしている。壁は失われたのか元々ないのかはわからない。屋根の日陰でじめじめした箇所は沼のようになっていた。


「儀礼用か何かかな?」

「それにしては祭壇も何もないな。こんなデカさ必要か?」


感嘆というよりも呆れの強い様子でディネウが目に手をかざした。見上げきれない建物上部、屋根の妻側に何か彫刻がされているようだ。


「権威を示したりするには有効なんじゃない? お迎えする神が非常に大きい設定だとか」

「設定とか言うな」


 名残惜しそうなノアラを促して更に奥へと進む。

街道側から遺跡の森に入った彼らは都を縦断するように北へと向かっていた。段々と住居跡も石畳もなくなっていき、ついに牆壁があったと思われる場所に行き着いた。その先に建造物の影が見える。そこに繋がる小さな門の跡を見つけ、解錠の作業に取り掛かったサラドが首を捻った。


「なんだろう、これ。壊されている…? いや、意図的に作り変えられている? こちら側からは壁面と同じ扱い、向こう側からは厳しい制約が設けられていて、戻ってくるのは至難の業かも」

「ってことは、あの建物が訳アリ確実ってことだね。どうする?」

「行くしかねぇだろ」


牆壁に小さな半円を付け足したように、ひとつの建物を囲む壁の残骸がある。都からポコンと飛び出した箇所は、蔦の絡まる伸び放題の枯れ草ばかり。遺跡の中にあってなお、寂れた場所にポツンと佇む、崩れた円形の建物。


建物には訓練を積んだ者でも跳躍ではギリギリ届きそうにない絶妙な幅の堀が巡らしてある。水は涸れているが、橋のようなものはなく、深さもかなりのもの。堀の壁は剥き出しの土で、指を掛けようにもボロボロと崩れて力が入りにくい。


「うーん、外側から魔術や魔力による干渉を防ぐ結界?…とはちょっと違うかな…が、張られている。かなり複雑な…壊すくらいなら、降りた方が早そう」

「そこまでして守りたいものってなんだろうな」

「守りたいのは中なのか、外なのか…」

「どういう意味だ?」


サラドが最初に底に降り、三人をサポートする。土壁を背にしたサラドが指を絡めて手を組んで構え、そこに足先を乗せ、勢いをつけてもらえば一番身長の低いシルエでも軽々と上がれた。最後に垂直に跳躍したサラドの手をディネウが掴んで引き上げる。


「これはまた…面妖な」


 外壁の瓦礫は巨大建造物とは違い、石材は飾り気もなく暗い色で、とにかく頑丈そうな分厚い岩。

異様な存在感を放ち中央に立つ、丸みを帯びた石柱。壁の崩壊時に岩が当たって砕けたらしく、中の空洞に鉱物が育っているのが覗ける。その石柱の台座と管で繋がった長方形の箱が放射状に八個ある。そのうちの半数は岩の下敷きになって潰れていた。


残りの内二つにディネウとシルエが近付いた。土で汚れた表面を擦ってみると、透明の石のような材質で、中がぼんやり透けて見える。


「うーん、汚れが酷いし、細かい傷もあってハッキリは見えないな」


中に横たわるのは、崩れた土人形のような、人の姿に似ている朽ちた木のような。どちらも箱に破損箇所がある。


「棺か?」

「いや…多分、仮死状態で封印する…牢獄だろうね」

「これが、か?」

「で、きっとあの鉱物の石柱が動力源」


ディネウが靴裏で管が配された床を擦ると彫られた溝が浮かんできた。石柱を調べていたノアラも這いつくばって土を手で払うが、その溝が記号や文字だとはわかるものの、何分、規模が大きすぎる。


「床そのものが魔術陣だよね? 間違いないな。この建物全体がギリギリ死なないように生命を維持させるための魔術装置」


シルエの考察にディネウは「言い方…」と顔を歪めた。


 残る箱は二つ。

四人みなでじっと覗き込むのは、蓋が開いていて中は空の箱。綿が敷き詰められていて、人が寝そべっていたことを語る窪みが残っている。内部に土が積もっていないことから、開け放たれたのは最近だとわかる。


「魔人はここの施設で唯一、時代を超えて生き残り…偶然か故意か封印が解けた」


重々しい表情から一転、シルエがちっと舌打ちをする。


「で、もうここにはいないと」

「逃げたか。こっちの動きを嗅ぎ付けたか」

「多分、遺跡の外に移住者が来て騒がしくなったせいじゃないかな」


サラドがすっと北の方角を指差す。


「遺跡には入って来られないだろう? ここにいた方が安全そうなのにな」

「遺跡を目指して森を開墾していく計画らしい。裏側のここは主な牆壁の外だし、魔人からしてみれば手薄で不安があるのかもな。獣が行き来できるように…脅威にならないと見做された、古代でいう『魔力なし』なら抜けられるとしたらって」

「なるほど?」


 最後の一つの箱は、上部に手折られた野辺の花が手向けられていた。床には枯れて乾ききった花が多数、散らばっている

その箱の中身は他の二つとは違い、人だと認識できる姿を残していた。

まだ小さな子供だった。今にも目を開けそうな幼い顔。ミイラ化しているが、かなり状態は良く、髪も睫毛も残っており、僅かに開いた唇からは歯も覗いている。

箱は形状を保っているが、管が断たれていた。


「もしかして、魔人はこの子のために魔力を得る方法を…」


初冬の今、咲いている花は少ない。この建物の近辺は特に荒れ放題で、花をつけている木など見当たらない。サラドは低木に歩み寄り「もらうね」と声をかけた。まだ鳥たちに食べ尽くされていない赤い実をつけた小枝をひとつ、箱の上の萎れた花に添えるように捧げる。


「だとしたら、ここに残して逃げるのは断腸の思いだろうな」

「箱から出して外気に触れさせたら、一気に崩れ去る可能性があるからね。運び出せないでしょ」

「‥‥」

「ダメだよ、サラド。あくまで仮説でしょ。勝手に同情しない。もしそれが理由だとして、魔人を野放しにはできないし、ミイラは操れても生き返りはしない」


死霊術が得意な魔人が隣で眠る子供にそれをしなかったのは、道具として扱った果ての姿を知っているからだろう。もしくは、生き返らせる方法を本気で探しているか。


「そう…だね」

「とにかく、どこに逃げたか探さないとな。ノアラ、何か手がかりは?」


じっと集中して音術を操ったノアラは徐に首を横に振った。


「ダメか…」

「でも…どこかで似たような設備を見たような…」


記憶力が良いはずのノアラが表情を陰らせて首を捻った。



ブックマークありがとうございます

(*^。^*)

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