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129 治癒士は気難しい

 閃光に眩む目を腕で覆い、足を止めざるを得なかったショノアの耳にガチャンと重い扉が閉じられた音が届いた。続くゴンッゴンッという音は閂か。

光の刺激に目をしばたたかせ、通用門を睨むように見る。固く閉ざされた扉。近くに護衛の姿もない。


(王子殿下は無事に戻られたか)


ほっとするも束の間、光の中、一瞬通り過ぎた人影がニナだったような気がして、その姿を探して首を巡らせた。だが、すぐにそうしていられる余裕はなくなり、夢中で小鬼に剣を振るい続ける。勝ち鬨が上がっても暫くは肩で息をして、命があることを実感するまでに時間を要した。



 炎の羽根を降らせていた火鳥は上空を一周する間に薄くなり消え失せた。それと入れ替わるように気象とは違う雷が空を裂く。それに見惚れた一瞬の隙にマルスェイは大魔術師の姿を見失ってしまった。

息つく間もないほど続けざまに紫雷は小鬼の身に落ちる。

アンデッドを包み込む真白い光の波。

素早い小鬼をものともしない剣捌き。

どこに注目していいのか、マルスェイはせわしなく首を回した。



「セアラ、マルスェイ、無事か」

「ショノア様こそ、お怪我はありませんか」

「ああ、大事ない」


 頬にできた掠り傷を拭おうとした手をセアラが止め、〝治癒を願う詩句〟を唱える。ヒリヒリした痛みと疲労で痛む喉が和らいだ。


「…セアラは、また治癒の腕を上げたようだな。すごいよ…」


頬に軽く触れて陶然と呟くショノアにセアラは「いいえ。まだまだ」と首を振った。遠くに目を遣り、貧民街の残民に治癒を施す淡い灰色のマントを見て、ほうっと息を吐く。


「病をも癒す奇蹟の持ち主…。やはり、あの御方、火災の際にも助けてくださった方ですね」


セアラの尊敬に満ちた呟きを拾ったマルスェイは「え?」と息を飲んだ。魔術師の姿を探そうとキョロキョロしたり、目の前で展開された術の仔細を書き留めておこうと忙しくしていたが、「あの時の」と急に顔を上げて目を細める。常に光を纏うような術の連投で、その姿は霞んでいる。


「…騎士の仲間や兵士の多くが負傷して苦しんでいる。なんとか助力を願えないだろうか」


切望するも、願ってはならないことのようにショノアはポツリとこぼした。治癒士が傭兵と近しい関係にあるのは見て取れる。その人に傭兵を蔑んでいた騎士が助力を請うなど都合が良いにも程がある。同僚が港町まで招致に行ったが会えなかったというのも、きっとただの不在などではなく避けられているのだろう。


「お願いしてみましょう!」


セアラが拳を握り力強く頷いた。王都の神殿も寄付の強要や患者の選別などの不正がちらほら散見されるが、施療院の理念は、病や傷の前で貴賤や善悪を問わず、だ。

王都の施療院にも治癒を求めて多くの兵が運ばれて来ており、セアラも昨日帰るなり手伝いをしたので惨状は知っている。奇蹟の力を持つ神官や施療院で働く者の疲れ具合から昨日今日のことではないのも。


「そうだな。何もせずに諦めるのは早い」


ショノアとセアラは連れ立って、火と煙を吐く穴の淵に向かって歩き出した。酷い臭いと火に炙られる小鬼の姿に尻込みをしてしまう。

簡略化した死後の安息を願う祈りの言葉と術をかけている背中は厳かで、気安く声をかけて良い雰囲気ではない。

それでも近くに侍り、静かに好機がないかと窺う。祈りの言葉の結びを聞き取ったセアラが意を決して口を開いた。


「お願いです。どうか手を貸していただけませんか」

「治癒士殿! 弟子にしてくださいっ」


小走りで追ってきたマルスェイの場違いな願いがセアラの言葉に被さってしまった。


「ばっ馬鹿っ マルスェイ、何を言い出すんだ。あのっ、非礼を詫びますっ」


ショノアとセアラはひたすら頭を下げるが、更に不味いことに牆壁上から叫んだ騎士の命令が響く。


「そこの宮廷魔術師! その治癒士を王宮に連れて来い! 中にも負傷者が大勢いる!」


命令はマルスェイに向けられたものだが、それに従うのが当然とした治癒士を侮る態度。ショノアは思わず頭を抱えたくなった。


「も、申し訳ありません。どうかご同行願えませんでしょうか。魔物との闘いで負傷した同僚が苦しんでいるんです」


取り繕うようにショノアは平身低頭で謝罪をした。治癒士は泰然と構え、一言も返さず視線だけを牆壁に向けた。威厳に満ちた立ち姿に自然と跪礼を執りたくなる。不躾に顔をじろじろ見るなど以ての外だ。

マルスェイもその圧にあてられ、今更ながらに冷や汗を掻いている。

ズカズカと歩み寄って来た最強の傭兵が治癒士とショノアの間に割って入った。肩に掛けた黒い毛皮を後ろに払い腕組みをしてジロリと見据える。治癒士は「ふうっ」と溜め息ひとつして、淡い灰色のマントを翻した。熱風にはためく二重の裾は銀の翼のよう。

どんな悪態や叱責が降ってくるかと覚悟をしたが、最強の傭兵もショノアたちに声をかけることもなく、踵を返す。その背に隠れた瞬きほどの間で治癒士の姿は消え去っていた。


「あ…」


射竦められ、ゆっくりと去って行く最強の傭兵を引き留めることも縋り付くこともできない。最初に威圧感から解放されたマルスェイがへたりとしゃがみ込むまで、三人はただ立ち尽くしていた。


「なんだ、あの態度は? ショノア、騎士隊の礼儀作法はどうなっている? あれが王族に仕える者か? 治癒士殿を呆れさせてしまったではないか! 宮廷魔術師の私に命令するのも道理がなってない」


マルスェイは牆壁を指差して「騎士の宣誓」だの「またとない機会だったのに」だの文句を垂れている。ショノアは片手で顔を覆い、ゆるゆると首を振った。頭が痛い。


「マルスェイは魔術師殿に突撃した件で、己の態度を反省したのではなかったのか」

「マルスェイ様って本当に節操がないんですね」


年上だろうと遠慮を止めたショノアが責め、折り目正しいセアラにしては珍しく軽蔑したように吐き捨てる。二人に挟まれ、マルスェイは身を縮めた。


「あっ…と、その、…面目ない」


余程我慢がならなかったのかセアラは尚「さっきまであんな状況なのに魔術が素晴らしいってペラペラ喋っていたのに。不謹慎にもほどがあります」とぶつぶつ言っている。


「マルスェイ様なんて、結局どっちつかず。何も守る気ないんだわ」

「そんなことはないっ。私はどれに対しても真剣そのものだ。サラド殿()できるのだから私にも魔術と奇蹟の両立の可能性はあるだろう? その第一人者から教わることができればきっと…」

「それ、本気で言ってます? サラドさんだからこそ(ヽヽヽヽヽ)、って私は思いますが」


まるで我が事のように目を潤ませ、ぎゅっと唇を引き結んで怒るセアラ。マルスェイも紳士的な振る舞いを忘れ、声を荒げる。騎士仲間の治癒の機会をみすみす失った落胆に思わずマルスェイを詰ったショノアも睨み合う二人を見て幾分か冷静さを取り戻し、自分の行いが八つ当たりだったと気付く。


「すまない。マルスェイ、言い過ぎた。何も貴殿のせいばかりではない」

「いや…、失態をしたことは事実だ」


そもそもが王宮の、傭兵や王都外の民に対する態度が悪かった因果だろう。


「…それでも、どうにかできないだろうか。もし、ここにサラドがいてくれたら橋渡しをしてくれただろうか…」


ショノアの呟きは寂寥とした荒れ地に吹く風に掻き消された。茫然としている間に事後処理が済み、傭兵も住民も手際よく去っている。先程までの喧噪が嘘のように生き物の気配すらない。


 王宮の目論見通りに貧民街だった場所から住民は排除された。もともとこの通用門は貴族街にも近く、不要品や塵がそこから投棄されることもしばしばあり、それを目当てに人が住み着き出したという。今後は門の通行にも厳しく制限を設け、この場所はひとまず演習場へと整備される予定だという。騎士や兵士が頻繁に行き来をすれば、再度の定住を妨げることができるからと。


「通用門は開けてもらえそうにない。仕方ない。正門まで歩くしかないな」


小さくも重厚な扉にノックをしても返答はない。用心して歩き出したショノアに、むっすりと顔を背けるセアラと落ち込むマルスェイも続いた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ちっ。やっぱり結界を壊しておけば良かったかな」

「お、でたな破壊主。サラドが聞いたら悲しむぞ」


 ニヤニヤとディネウがシルエをからかう。


「もう、悲しんでたじゃん! 何アレ? 民も傭兵も死んでもいいみたいなことして!」

「ありゃあ、なァ。聞いていた以上だったぜ」


ディネウはボリボリと頭を掻いた。

 傭兵たちも危険視はしていたが、貧民街は王都に張り付いた場所のため、騎士や兵士との対立を避けて、ここまでは警らを行っていなかった。王都周辺で倒しきれずに退けた魔物は最も近場である貧民街奥の林に逃げ込むことが多く、案の定、魔物が傾れ込んだ。


しかし、兵士たちは貧民街を見捨てるような行動を取ったため、傭兵たちは堪らず助けに入った。既にシルエの薬でも助からず、息を引き取った者も。せめて弔いをと思ったが、魔物が討伐されると兵士がうろうろしだし、傭兵が留まって活動ができない。そうこうしているうちに住民はどこかへ連れて行かれた。

その凄惨さを聞いたディネウは三人にも伝えていた。林に潜む魔物がいるという証言から再度の襲撃があると踏んで。


「王都の前でもだいぶ苦戦しているらしいぜ。戦える頭数はジリ貧だろう。このままだと突破されるのも時間の問題か。サラドがいたらあのガキに請われるまでもなく『シルエ、頼む』って言うだろうな。いいのか? 行かなくて」

「でもサラドは王都に入ろうとしないでしょ? ヘンなところで律儀だし。僕が行く義理はないよね?」


シルエの袖がくんっと引かれた。ゆらりと空気が揺れてノアラが姿を現わし、こくりと頷く。


「えー? 何? ノアラは行こうって言うの? まあ、僕とノアラが組めば姿を見せなくても、怪我の程度を軽減したり、回復を早めたりするくらい簡単だけど…。サラドが『行って』と言うなら考えるよ」


シルエがふんっと鼻を鳴らす。説き伏せるだけの言を持たないノアラは小さく息を吐いた。



評価、いいね、ありがとうございます

ヽ(^0^)ノ

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