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127 VS 魔人の影

 傭兵たちは武器を構え、住民が隠れている場所を囲むように配置についた。「ギギギ」と鳴き交わし、林から飛び出して来るのは小鬼。体格は小さいが武器を使い、群で攻撃を仕掛ける厄介な相手だ。足止めをして一体ずつ確実に仕留めるのが最良だが、どんどん数を増していく小鬼は踊るように跳ね回り、全容が把握できない。


「くそっ ちょこまかとっ」


飛びかかってきた小鬼に剣を横薙ぎに払うが軽く避けられてしまった。他の傭兵たちも小鬼の俊敏な動きに翻弄されている。

号令が聞こえ、振り仰いだショノアの目に、牆壁の上部に矢を射かける弓兵がずらりと並んでいるのが映った。


「待て! これでは味方にも当たってしまう!」


叫びも虚しく、矢は雨のように降る。傭兵たちも堪らず瓦礫に身を隠し、防戦一方に陥った。見たところ矢に倒れた小鬼はいない。


「セアラは壁からできるだけ離れないで。マルスェイ、セアラを頼む」


ショノアも剣を構え、チラッと王子を見遣った。通用門まではもう少し。素早い小鬼でもまだ到達していないが、ギリギリ接触せずに逃げ切れるかどうか。


「くそっ。これでは埒が明かない」


王子に狙いを定めていそうな小鬼を仕留めようにも、牆壁から降り注ぐ矢の中にはなかなか踏み出せない。せめてこちらと連携をとれるように頃合を測って合図をくれればいいものを、と不手際に唇を噛む。もう一度、矢を止めるように叫ぼうとした時だった。

一瞬、ピタと小鬼が動きを止めた。「ギ?」と周囲を探るような仕草をしている。


「行ケ。行ケ。喰ラエ。奪エ」


 ジビジビと地を這う惑乱させる囁き声。音声として耳に届かなくても、小鬼の身に影響を及ぼす。その異変を拒絶するかの如くブルリと体を震わせた。


「喰ラエ。奪エ。好キナダケ暴レロ」


一匹が「ギギー!」と雄叫びを上げる。すぐに伝播して、鳴き交わしは耳をつんざくほどになった。攻撃性を強める小鬼、興奮に踊る小鬼、遺体を食い荒らす小鬼…。


小鬼ばかりでなく、遺体がうぞうぞと動き出す。なかなか生前のように立ち上がれず、何度もぐしゃりと頽れながらも頭をもたげる。小鬼に食いつかれた遺体があらぬ向きに曲がった腕で抵抗していた。


牆壁上の弓兵からは「ヒイッ」と悲鳴もあがっている。統率が乱れ、滅多矢鱈に矢を射る。小鬼はヒョイヒョイ避けるし、動きの鈍いアンデッドに刺さってもほぼ痛手はなく、むしろ全身に矢を受けてもゆっくりゆっくり歩む姿は恐怖心を煽るだけだった。


この変化に傭兵たちも面食らった。派手な布を頭に巻いた傭兵は腰に提げた鞄から何かを掴むと思い切り空に放り投げた。上空でパンッと爆ぜ、青い煙がたなびく。立ち上がったせいで矢が数本、体を掠めて血が滲む。



 その振動にも似た声に、小鬼や遺体の他にも如実に心を乱されたのはニナだ。明らかに動揺してキョロキョロと視線を彷徨わせ、逆手に構えた武器も小刻みに震えて定まっていない。


「! 探シタゾ! 愛シキ娘。我ガ種ヲ撒ク者」


鳥が飛んでいるわけでもいないのに黒い影が地を走りニナの足元に迫る。ニナの影とひとつになろうかという瞬間、閃光が弾け、黒い影が退けられた。


「ギャッ!」


影がニナに接触しようとする度にパッパッと光が瞬く。光に守られながらもぶつかり合う衝撃の余波を受けたニナはよろついて尻餅を着いた。光に眩んだ目を武器を構えた腕で隠し、臀でずりずりと後退る。


「コレカ…コレノセイデ、見ツカラナカッタノカ…。忌々シイ光メ!」



 通用門まであと少しというところで王子は閃光に振り返った。人を象って立ち上がる影を目にして、ギクリとする。あの秘された部屋で、母である女王陛下から聞いた、父を操った影の存在。その影はきっとまた襲ってくるだろうと女王は怯え、警戒していた。


「あれは、もしや…」

「殿下、立ち止まらず、お急ぎください!」

「あの光は何だ? あの…あれは少年か? あの少年は影を退ける力を持っているのか?」


動揺している王子の言葉は要領を得ない。護衛はその身を盾にして王子を囲み、牆壁内へと押し込もうとするが、魅せられたように怪しい影に釘付けになって動こうとしない。



 牆壁と貧民街と林のどれとも適度な距離を保った位置で、薄紫色の光を放つ転移陣から四人の人影が浮かんだのは、ちょうどニナに迫ろうとする影に守りの光が閃いた時と重なり、誰も注目はしなかった。


「なんだ…こりゃ、どうなってる?」

「酷い…」


 即座に状況を把握したサラドは腰に提げたランタンに指を差し入れた。手の平に乗り移った小さな火に細く長く息を吹きかける。炎がユラユラと揺れながら膨らみ、大きな炎の翼を広げ、牆壁の上部を掠め飛んだ。

弓兵が放った矢が燃え滓となり、火の色を失いながらハラリハラリと落ちる。新たな敵の登場かと、牆壁上部の兵がざわめいた。


「お、臆するな! こちらには結界がある! 矢を放て!」


騎士の号令に射手は矢を番えるが、悠々と旋回する火鳥に矢は全て燃やされてしまう。だが、他の魔物と違って、牆壁を破壊しようと突っ込んでくることはしない。兵士たちにも軽く熱風が届くくらいで、襲ってくる様子もない。



 転移直後に魔人の影を捉えたシルエはブォンと空を切る音がするほど杖を勢いよく振り下ろした。


「ハッ! 本当にお出ましになるとはね。王都の陥落を諦めていない、絶対にまた仕掛けてくるだろうって、サラドとノアラの読みが当たってた。ディネウの報告を聞いて準備していた甲斐があったよ」


シルエが指先をピッと向けた先には半球状の防御壁が発現する。その中で、大地に手の平をぴったりと付けて蹲るノアラの姿が霞が消えるように明瞭になった。


「ノアラは分析を急いで。ディネウ、僕らはなるべく時間稼ぎを」

「よしきた!」


言うが早く、ディネウは駆け出して、影とニナの間に割り込み、大剣を振りかぶった。


「ハハハッ 剣デ影ガ斬レルモノカ」


嗤うように揺らめいた影が再び濃くなる。シルエが放った小さな光の玉が影の横スレスレを抜けて後方の傭兵に当たって弾けた。警戒してギュッと縮こまった影がまたユラッと保ち返す。


シルエが影の気を引いている隙にディネウはニナの首根っこをむんずと掴んで後ろへ放り投げた。

地面に強かに転がったニナは咄嗟に体勢を直した。幾分冷静さを取り戻し、影と少しでも距離を取ろうと牆壁に向かって走り出す。


連続して放たれる小さな光の玉はどれも影にはギリギリ当たらない。攻撃が無効だとわかりきっていてもディネウは何度となく影を斬る。


「ハハハッ 痒クモ無イ」


二人掛かりの攻撃にも全くの無傷。苛立たしげに歪むシルエの顔に愉悦を覚えている影は、その背後で傭兵たちの傷が癒やされていたり、アンデットが消滅されていることを知らない。


「あー…、いい気になって油断してくれているのはありがたいんだけど、なんかムカつく…」

「おいっ、シルエ、気ィ抜くな」

「わかってる…けどッ」


思わずポソリと呟いたシルエを、攻撃の手は休めずにディネウが小声で諫めた。

二人が影を相手どっている間にサラドが麻痺毒を鏃に付着させた矢を射て、次々に小鬼の動きを奪っている。牆壁からの矢は火鳥が防いでいるので、傭兵たちも形勢を持ち直し出した。林からは馬の蹄が近付く音と、小鬼の叫び声が響く。増援も到着してまだ林の中にいる小鬼と交戦しているらしい。


手持ちの矢が尽きたサラドは弓を置き、片手剣を抜く。白々と光る反りのある剣身を眼前に構え、話し掛けるように詠唱を紡ぐ。

滞空して翼をはためかせる火鳥。抜け落ちた羽根のように炎が舞う。橙色をした炎はアンデッドの元にふわりと落ち、白い炎に変じて不死者の呪いから解き放った。静かに動きを止め、サラサラと灰になり、土に還って行く。



「隊長…もしや、これは敵ではないのでは?」


 牆壁上の兵士が火鳥を指差し、遠慮がちに騎士に進言した。眼下では、矢が防げる場所から移動できずにいた傭兵たちが思う存分、小鬼と闘っている。

王都を守るのが第一で、貧民街の住民や傭兵が矢の犠牲になろうとも厭わずにいた。だが、これだけの弓矢で倒せた小鬼は少数。傭兵たちの勢いを見れば、しばし任せてみた方が良いように思える。


「…構えはそのまま、待機せよ」


射手が動き止めたことで、火鳥は牆壁から離れていく。貧民街上空を舞い、羽根をアンデッドに降らせる。火鳥の行動はこちらの攻撃が邪魔だと告げていたのだと認めるしかない。

戦況の変化にすぐ気付けるよう睨みを利かせながら、騎士はぐっと奥歯を噛んだ。



 漸く、ノアラがすっくと立ち上がった。天にかざした手、その指先をクイッと曲げると、霹靂が一体の小鬼を貫いた。

それが合図とばかりに、ディネウは影の元を離れ、小鬼の首をいとも容易く、果実をもぐが如く落としていく。シルエは杖をクルッと回転させ、その先端で影の胸部を貫いた。当然、手応えなどないが、シルエはニヤッと笑う。


「ハハハッ 懲リモセズ無駄ナコト」

「術者の元に疾く遡り、邪なる身を灼き焦がせ」


小さい光の玉など比ではない眩い光が、影一つ落とすことさえ許さないとでも言うように一面を覆う。


「ギャッ! マダ、マダダ…。忌々シイ光…次ニ苦シムノハ其方ダ…」

「ざーんねん。そうそう簡単には本体まで届かないか」


「ちぇ」と舌打ちしてシルエはムッと口を歪めた。



 視界を白く覆う眩さの中で、とある気配にニナの体は動いていた。強い光を攻撃だと認識し、小鬼が闇雲に投擲した手斧の、その先に王子がいる。

特殊部隊の訓練は王配への絶対の服従と、身を挺して王族を守ることを、条件反射になるまで嫌というほど叩き込む。考えるより早く、王子と護衛の前に身を投げ出している。


「あ…」


それはニナの意思ではない。無情にも手斧は目前、弾き返す程の膂力はニナにはない。避ける、という選択も。

痛みや苦しみが襲う前にニナの意識は暗転した。



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