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123 人馬一体

 酒と芸術の町から帰る前に屋台でサラドが串焼きを購入するのを「待って!」と止めるのが間に合わず、シルエとテオは苦い顔をした。


「どうしたの? これ、嫌いだったっけ?」

「いや~、何ていうか…似たようなのが続いちゃったから」

「なるほど。それならこのタレも使って、野菜と合わせて煮込みにでもしようか。下味もついているし時間も短縮できるからちょうどいい」


それを聞いて思わずシルエとテオは目を合わせ、ほっと息を吐いた。

串焼きの肉は臭みを消すためにタレの味も濃く、使用している部位も歯応えがあるというより硬い。それがスープの具へと変じ、味もタレが基本なのに同じ物とは思えないほど優しい味がした。



「水道に設置した魔道具の方はどうだったんだ?」

「まぁまぁ、予想通りってところ。もともと浄化と浄水は別ものだから、本質的な結果は得られないんだよね。浄化の力が水中でなくて、空中にどれだけ拡散されているのか、がさ。かといってわざと穢したりアンデッドをけしかけたりはできないから、ね。でも、期待は持てる…かな」


珍しくシルエが自信なさげだ。ノアラはこくりと頷き、顎に手をあてて考え込む。あの貝にはノアラの魔力が凝り固まった緑の石の破片を使った。数が必要になるなら、石を作り出す技術を身につけるか、代替品を見つけないとならない。


「サラドの鎮魂歌を記録して、引き出せる道具ができるとまた違うんだけど」

「オレの魔力の強さでは付与は無理だよ」

「そこはさ、いい感じにノアラがこう…できたりしないかな」


シルエがサラドの口元を指し、ノアラを経由して適当な石にトンッと触れる。ノアラは無表情なりに「えっ」と驚いた顔をして、腕を組んで唸ってしまった。

音の術はまだまだ研鑽中で究められていない。


「ねぇ、試しに、これにさ。歌を聴かせてくれない?」


閃いた、というように顔を輝かせたシルエは窓辺に置いている木皿に手を伸ばした。鉱石の球をひと粒、匙で浸していた水と一緒に掬い、小さな皿に移す。


「石に歌を?」

「そうそう。今ね、このノアラが付与した石に浄化の力を込めた湧き水の記憶? とでも言えばいいかな、それを覚えさせているんだよ。そこにサラドの歌が加えられたら最高じゃない? 聞かれるのが恥ずかしかったら、一人になってからでいいから」

「う…うん。でも期待はしないでくれ」

「いいの、いいの。まだ実験段階だから」

「うん。わかった」


 その夜、サラドは庭に出て、月明かりの下、小皿を手に鎮魂歌を歌った。本来であれば弔う死者を前にするのを、張った水が波打つくらい小皿を口に寄せて歌う姿は少々奇怪。普段は緊張などしないし、誰に聞かれているわけでもないのに、声が少し震える。対象者のいない歌は風にのり、土に沁み込み、宵闇を柔らかくした。

歌うにつれ、サラドは人だけでなく精霊や魔物も含めた動植物、あらゆるものを想い、心を込めた。


 歌が聞こえたからか、寝小屋から勝手に出て来た魔馬ヴァンは裏庭を跳ねるように駈け寄ってきた。サラドが「みんな寝ているから静かに」と念をこめて鼻筋を撫でると、理解したのかまたポックリポックリ跳ねる。着地する時にドンと振動するほどの巨体だが、今は足にシュルシュルと風が絡んでいてとても静かだった。

人が知識や修練によって魔力を繰るのに対し、獣は本能でそれを操る。だから夜目も利くし、本来の臆病さはない。夜の森に行って肉食獣に狙われたとしてもヴァンの脚であれば間違いなく逃げ切れる。ヴァンが楽しそうにしているのでサラドも好きにさせ、歌に集中した。



 翌朝、庭で足を投げ出して横になっているヴァンを見たテオが悲鳴を上げた。


「ど、どうしよう? 病気? 死んじゃうの?」

「あー、仔馬の頃って安全な場所だとこんな風に寝ることもあるって聞いたことあるけど…。もうそんな齢でもないだろうにな。ほら、ヴァン、起きて」


サラドがポンポンと叩くと首を上げたヴァンがサッと立ち上がった。腹についた枯れ草を払ってやるとブルッと鼻を鳴らす。


「…。びっくりした…」

「まさか昨夜あのままここで寝ちゃったのか? 朝方は冷え込むから小屋に入らないとダメだぞ?」


サラドの声がする方に向いていた耳がクリッと正面に戻る。鼻先をぐいぐいと押しつけた後、ヴァンは水桶に口を突っ込んだ。濁りのないきれいな水が岩で作られた水飲み場から流れ落ちた。


テオはまだおっかなびっくりで、ヴァンの近くに寄る時はサラドの足に掴まり、何かあればサッとその背に隠れてしまう。それでも刃物の練習を兼ねて切った野菜を飼葉桶にそろそろと入れた。テオの身長だと踏台に乗らないと届かない高さにある。

顔を上げ、ブルッと水を払った動きに驚いたテオはぴゅんっと勝手口に走った。気まずそうにそっと顔を覗かせるテオに手を振り、サラドは寝小屋の掃除に取りかかった。


 ご機嫌で野菜を食んでいるヴァンの元に鞍と馬銜を担いだディネウがやってきた。


「完成したぞ。なるべく柔らかい素材にしてもらったからヴァンの負担も少ないだろ。これで走りやすくなる」

「良い品だね。あの頑固親父さんのところ?」

「そう。ヴァンを連れて行った時は目ェ剥いて驚いていたぜ。あの顔、お前にも見せたかったな。こんなでけぇのはじめて作ったってよ」


「我慢してくれな」と話しかけながらディネウはヴァンに装着し、具合を確かめた。嫌がる様子は見せなかったヴァンだが、やはり違和感があるのか、首を振ったり後脚を蹴り上げたりしてしている。


「良かったね。いいの作ってもらえて。かっこいいよ」


宥めるように首元をポンポン叩けば、その気になったヴァンが「見て、見て」とでもいうようにポックポックと脚を跳ね上げて二人の周囲を一回りした。


「気に入ったみたいだね」

「そりゃ良かった。もっと嫌がるかと思ったんだが、心配いらなかったな」


無邪気なヴァンの様子にディネウはカラカラと笑った。


「…その後はどう?」

「ヤバめの魔物は出てねぇ。…気味が悪いくらいに落ち着いてる」


ノアラの屋敷内では警戒する必要もないが、密談でもするようにサラドの声が潜められた。ディネウの眉間にぎゅっと皺が寄る。


「自警団のヤツらもいい動きをするようになってきたし、引退したヤツらも手を貸してくれている。自分らの集落を守るのに自警団に加わりたいっていう者も増えているみたいだし、良い傾向だろ」


 このところディネウは魔物対応と同時に各地で代表との連絡、情報共有も頻繁に行い、その際に少々の剣術指南もしていた。ただそれも、ちょっとの癖を指摘する程度のことだ。それでも修正できればぐっと上達する。

以前から目に留まれば、古参の馴染みの者にアドバイスするように伝えていたこと。今までわざわざ人伝にしていたのは、『最強の傭兵』が軍隊を作ろうとしていると怪しまれないように。


また、直接指導するとそれを口実に剣を交えてディネウの実力を推し量り、あろうことか「一本取った」や「大したことはなかった」などとうそぶく者がいたためだ。腕に覚えのある者が私闘を挑んで来る事も絶えない。一人応じたらきりがなく、面倒極まりない。


そのため、ディネウは手合わせや弟子入りの全てに一切応じない態度を貫いてきた。

もちろん不意打ちで襲撃してくる輩は容赦なく返り討ちにしたが。


そんな『最強の傭兵』が指導してくれるとあって皆、血気に逸っている。そのあまりの鼻息の荒さにディネウもちょっとだけ後悔していた。

それでも、魔物の脅威が迫っている今、次代を担う若者には的確な力をつけてもらわねばならない。


「お前の方はどうだ?」

「…あの後も魔物に変じた精霊を倒した」

「あっと…、それは…」


 声音が硬くなったサラドにディネウは言葉を詰まらせて頭をボリボリと掻いた。救援の求めに応じてディネウとノアラで倒した、明らかに獣とは違う魔物も精霊のなれの果てだったのかもしれない。ノアラの術で即座に塵と化したが、魔術にも似た特殊な攻撃を仕掛けてくる相手に若者たちは窮していた。それも数箇所、何体にも及ぶ。

元精霊をサラドが手に掛けずに済んで良かったのか、サラドが屠った方が精霊には救いだったのか、ディネウには判じることができない。

気を取り直すようにゆっくり目を伏せて、短く息を吐く。


「何かわかったことは?」

「依頼された者は単独行動で、各々撒くべき場所を指定されているようだ。足跡から察するに近場でも日は別。そして、おそらく依頼を遂げた後も生きている者はいない。目的は精霊や土地から力を奪うこと。これまでに発生している魔物は直接触れたことで化けた獣が主じゃないかと。地から一定の力を奪うと魔物を生むと予想している」

「じゃあ何だ? この後一斉に魔物が溢れ出る可能性があると?」

「どの程度の時間を要するかは、その土地が蓄えている力によって差異はあると思うけれど。ノアラが触れたことで直後に反応があったことから推察すると、得られた魔力の強さに左右される」

「強い魔力が狙いなら別の場所もあるだろうに。…地域の広がりはどうだ?」


港町や街道周辺が狙われているのは物流を止め、じわじわと人の暮らしを追い込むためか。それともただ慌てる人々を嘲笑うためか。ディネウは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「地域も…南西方面へ飛び火するかも。街道を逸れて一箇所見つけた」

「わかった。お前はこの後も偵察を続ける気か?」

「そのつもり」

「気が向いたら傭兵の詰所にも顔を出してくれ」


精霊も、獣も、ヴァンのように完全に魔物と化す前に救えたら、とサラドは焦れている。ディネウの要請には生返事をしていた。


「ディネウも殆ど休んでないだろ?」

「どうってことねぇよ。昔と大して変わらねぇし」


己は英雄などではなく、あくまで傭兵だと拘るディネウにとって、魔物との闘いも、即席であれ討伐軍を組んで働くのも本分だ。


「よし、ヴァン、早速だが、馴致ついでに見廻りに行くぞ」


 ヴァンの背に跨ったディネウは鞍の座り心地を確かめ、軽く手綱を引く。馬首を巡らし「ヴァン、行け」と声をかけた後で何かを思い出したのか「そういえば、サラ――」と言いかけた途端にディネウの声が風に掻き消える。遅れて枯れ葉が舞い落ちた。


「ディネウ…首、大丈夫かな。走り出しはゆっくり、徐々に加速するように教えなきゃな」



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