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12 サラドの理由

「あ、アニキのお兄さん…」

「俺は弟じゃねぇ」


 剣匠と呼ばれた男――ディネウの側につきまとっていた、傭兵にしては細身の男がサラドに挨拶をしようして、食い込み気味に吼えられ「すんません…」と身を縮めた。


 ディネウは重い足音をたててゆっくり歩み寄り入口を塞いで立つサラドの目の前に立った。そのままじっと睨み合う。

筋肉質で大きく見えるが並ぶとサラドの方が幾分、身長が高い。二人とも黒髪だが、癖っ毛で陽に透けると毛先が赤いサラドと返り血を浴びて濡れている表される紺色の艶のある直毛のディネウとでは全く印象が違う。目元もやや垂れ目と切れ長で全く似ていない。むしろ真逆な二人だ。

 その二人の髪がそよそよと揺れていた。

睨み合い――実際には眉間に皺を寄せ苦々しく僅かに歯を剥いたディネウと穏やかに微笑むサラド――は周囲がハラハラするほど続いた。

たまりかねたようにディネウが掌で顔の半分を覆い盛大な溜息を吐く。


「…ったく。何やってんだよ。てめぇは!」


ディネウがサラドの肩に腕を回し、首を締める勢いで店の外に連れ出した。


「おい! そこのガキ共。おとなしく宿屋に帰りな。こいつにはちとツラを貸してもらう」

「あ! 心配しないで。彼は…えっと幼馴染みで友達で…えっと弟みたいな…」

「兄貴ヅラすんじゃねぇ!」


サラドはショノアとセアラにひらひらと手を振った。首に腕を回されたまま遠ざかって行く。


「え? 傭兵に顔が効くサラの友達って剣匠…?」

「なあ、お坊っちゃん。ここにはあの方に心酔するヤツがゴロゴロいる。口には気をつけな。『剣匠』は御法度だ」


呆然とするショノアに店内にいる年嵩の男が忠告した。


「それよりもうひとりの! あの人、ディネウのアニキの口添えがないと手を貸して貰えないっていう斥候だろ? あんた、どういう関係だ?」

「え? サラとは今、旅を共にしている仲だが…」

「クソ羨ましいな! あの人に頼めたらその時点で仕事はほぼ成功間違いなしっていうぜ…。教えを請いたい奴はいっぱいいるのに。ずりいな。どうやって口説いたんだ」


 最強の傭兵と名高い男の登場で店にいる男たちも興奮気味なのかワイワイと詰め寄り、好き勝手に喋りだす。そこから抜け出して宿屋へ帰れたのは熱りが冷めてからだった。


「びっくりしました…。サラさんてすごい方みたいですね」


ずっと身を縮込ませていたセアラはやっと人心地ついた。


「そのようだな。隠していることがまだまだ多そうだ」

(あれが剣匠だと? 騎士より騎士らしいと言われた? 紳士らしさの欠片もない粗野極まりないあの男が…話と全然違う!)


ショノアの憮然とした面持ちにセアラはぎゅっと杖を握り不安を隠した。



◇ ◆ ◇ 



 ディネウはサラドを連れ、下町の端にある色街までやってきた。


「よう、姐さん。奥の部屋借りるぜ」


勝手知ったる風で酒瓶とカップを掴み、返事も聞かずに奥へとズカズカ入り込む。

まだ昼の最中、娼婦たちは眠っている頃だろう。大きな足音を聞きつけた女将と飯炊きの娘がひょっこりと顔を出した。サラドが居ることに気付いた娘が嬉々として駆け寄りぎゅっと抱きついた。


「久しぶり。元気にしてた? 背が伸びたね」


サラドの手が頭を撫でようとして躊躇い、肩をポンポンと叩いた。いつの間にか少女ではなくなっていた娘は嬉しそうに顔を上げてにっこりと笑う。顔に痣があり声が出せない娘は子供の頃からここで働いている。


「あんまりうるさくしないどくれよ。みんな寝てんだから」

「わかってる。商売が始まる前には出て行くから」


 何かと目立ち注目されるディネウはどこに居ても会話を盗み聞きされるため、ゆっくり酒を愉しむことも喋ることもできない。ここはディネウの母が用心棒をしていたよしみで幼い頃に世話になっていた。この周辺は庭のようなものだ。以前はディネウ自身も用心棒を引き受けていたが、時の人となり懸想した女性が押し掛けて、娼婦と間違えた客と揉めたりなんだりとそれも不可能になってしまった。

齢三十を過ぎた頃から一時の苛烈さはなくなったものの、彼の話題は今でも人々を賑わす恰好のネタらしい。

そのため時折こうして潜窟として使わせて貰っている。

 一番奥の部屋は、今は使われていない。物置のようになっているが、元の主の残り香がいまだに少しあるようだ。煙草のような、香辛料のような、男性的な香りだ。


「で、さっきの話じゃ埒が明かない。どうなってんだ?」

「うん。まあ…どうなっているんだろうね?」


ディネウの顔に苛立ちが浮かぶ。サラドは渡されたカップを回して水面をゆらゆらと波立たせるばかりで口をつけようとしない。もともとサラドが酒を嗜まないことを知っているため注いだ量は少なかった。その間にディネウは二杯を続けざまに呷っていた。



 傭兵の溜り場となっている酒場で、二人はただ見つめ合っていた訳ではなかった。

サラドによる風の精霊の術で他の人を遮断し聞かれない方法で会話をしていたのだ。指示など短い言葉を飛ばす分には便利だが、そこそこの会話をするのには少々の骨がいる。余念を排し頭にしかと伝える言葉を浮かべつつ口は動かさず、そ知らぬ振りをしなければならない。思ったらすぐ口にのぼるディネウは苦手だった。


*サラっていうのは、誤解されたままで通しているんだ。偽名としてはちょっとアレだけど。今、彼らと宮廷魔術師の代役として各地を回ることになっている*

*はぁ? 騎士と神官とか?*

*あともうひとり、多分、王配殿下の配下の組織の者がいるよ*

*暗殺者だろ、それ! 王都へ行ったらしいって、ノアラが心配していると思えば…どうしてそんなことになっているんだよ*

*うーん…成り行き?*


「…ったく。何やってんだよ。てめぇは!」

結局まどろっこしいのが苦手なディネウはたまらず叫んでしまった。



「お前は、王宮のヤツらに何をされたのか忘れたのか?」

「忘れていないよ。だからこそずっと王都には入らなかった。でも会えなくなる前に宿屋の親父さんと女将さんに挨拶したくて」

「今までは俺が遣いをしてやってただろ?」

「まあ、そうなんだけど、魔力を流すのはディネウには無理だろう?」


サラドによればディネウにも魔力は些かあるそうなのだが、魔術には明るくない。不向きなのか基礎さえもこれっぽちも頭に入らなかった。できる弟がいるのだから剣技を磨く方が有用だった。

サラドは宿屋で宮廷魔術師に呼び止められた件から箝口令を敷いた命を下されたことを説明した。

聞くディネウはギリギリと奥歯を噛みしめている。


「なんでそんなこと引き受けた? ってか、なんでのこのこ王宮に行った?」

「うーん、最初は何をするつもりなのかって気になったのもあるんだけど…。後進を育てるなんて立派なものじゃないけれど、ちょっとした手助けというか…。各地を、なるべく地方を直に見回って現状を伝える者がいれば、それもしかとした組織で…効果が出れば人員を増やすことも視野に入れて貰えるかなって…。まだ十年だろ? 何が起こっても不思議じゃないし、一度は回復したものも反動だってあるかもしれない。そういったことをさ、上の人たちが対処したり改善したり、必要だろ?」

「だからってお前がやるか? ばれて、捕まるかもしれねぇだろ。絶対はねぇぞ」

「オレもね、何かあったらすぐ逃げようとは思っていたんだ。だけど…その…なんて言うか…みんながね…心許なくて」

「絆されてんじゃねぇよ。俺たちだっていっぱい失敗して、恥もかいて、騙されそうにもなって、死にそうな思いも何度だってしてきただろ」

「うん、まあ、そうなんだけど」

「それは…精霊に呼ばれたから…なのか」


サラドがゆっくり首を振る。


「じゃあ、呼ばれたらどうするんだ? 同時に両方は取れないだろ。途中であのガキ共を見捨てる覚悟はあるのか」


この件から早々に降りろと言いたげにディネウが真剣な眼差しを向ける。それをしかと受け止めてサラドが見つめ返した。その表情はいつもの穏やかなものではない。


「そう…なんだけど、小鬼が出たんだ。それも裂け目から現れたみたいでさ。これもちょっと放っておけなくて。獣ではないことも含め、あれは作為があるものだと思う。またなのか、新たになのか、それとも前に押さえ込んだものが力を取り戻したのかはわからないけれど」

「残党ってこともあるのか。そういやなんか捨て台詞を言っていたヤツもいたような…」


ディネウが考え込むように腕を組む。眉間の皺が更に深くなったように感じられた。

 大きな獣は昔からいたという。だが小鬼や不死者、血や魔力を啜る者、魔術を使う者、そういった人を象った魔物は黒い雲が広がる数年前から急激に増え、その戦いは熾烈を極めた。


「これをディネウに相談しようと思ってノアラの所に行ったんだけど行き違いだったね」

「ノアラに説明はしたんだな? ああ見えて心配性だからな、アイツ」


ディネウがサラドの左手の小指に嵌められた指輪をコツコツと指す。これはノアラ謹製の魔道具だ。見た目は飾りのないシンプルなもので引っかかりもなく邪魔にならない。その内側に媒介となる小さな石が埋め込まれ、極小の文字が彫られている。良くできた品だった。


「一応したよ」

「どんな顔してた?」

「んー、いつもの無表情だったけど、まあ、嫌そうではあったね」


ディネウはすっかり空になった酒瓶とカップを持って立ち上がった。サラドの手からカップをもぎ取ってそれも一気に呷る。


「とにかく、魔物の話はわかった。こっちでも対策はしておく。…代役、なんだろ? 当事者が来たらすぐ辞めろよ。いいな? シルエがいないんだ。絶対に無茶はするなよ」


「わかってんだろ」と言ってディネウがサラドの右の鎖骨あたりをトンッと叩いた。

とっくに痛みも忘れた古傷がしくりとした気がした。


「うん…わかってる」



 サラドには子供の頃から精霊の声が聞こえていた。

村の一部の大人たちからは疎まれ、子供たちとの交流は許されなかった。なぜ、なんて当時のサラドには知る由もなかった。

森で精霊たちと過ごしている時間は寂しさもなかった。ジルとマーサと同じくらいに精霊たちからたくさんの知識を授かった。

 下位の精霊は彼にとって仲間で友達だ。力を貸してもらう分、サラドも返す。精霊から助けを呼ぶ声があればそこへ向かう。

そうして旅を続けて来た。シルエ、ディネウ、ノアラを彼の我儘ともとれる行動に付き合わせてきた。


 その結果、噂に翻弄され、傭兵仲間から可愛がられ慕われていた本来は気さくで面倒見の良いディネウは世間からキラキラしい王子様然としたイメージを押し付けられた。それを否定しても否定しても真実の彼は受け入れられず、そのうちに眉間に皺を寄せた顔が常となり、乱暴者のように振る舞い、果てに半隠居の身になった。

ノアラは元より人と接するのを苦手としていたが、旅の途中で見つけた遺跡、古代の魔術師の屋敷に研究がてら引きこもった。

シルエは…。


「シルエ…」サラドは天を仰ぎ、目を細めた。弟の名を呼ぶ声はその元へは届かない。



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