翌日の海老フライは硬いので
本作に誤って別作品のエピソードを投稿していました。該当エピソードは削除しました、大変申し訳ありませんでした
寒い。
記録的寒波の到来で西日本にも雪が降る。朝から風が強くて吹き付ける冷気は皮膚を裂くかまいたちのように痛みすら覚え、叩きつけられる細かな雪が体温を奪った。
電車も止まりなんとかタクシーでいつもより遅い帰宅を果たした俺を家で待っていた琴葉がポテチを抱えたまま玄関まで走ってきた。
「ただいま。ご飯なんにしよっかね?」
「兄ちゃん。」
「なに?…中寒いね。暖房つけていいよ?」
「兄ちゃん。」
「ん?」
「エアコン壊れた。」
「にゃ。」
--雪が楽しくなくなったのはいつからだろうか…
俺が思うにそこが子供から大人になるっていうひとつの境界線だと思うんだが…
子供の頃は雪が降れば雪遊びのことしか考えないだろう。
しかし大人になったら、雪の影響で交通が麻痺したらどうしようとか、雪かき大変だなとか、仕事に行きたくないなとかそういうことばかり考える。
灰色の空からゆっくり降りてくる白い粒は幻想的だし、夜の街灯に照らされた粉雪の流れは綺麗だ。
でもマイナスにまで下がる真冬日にエアコンがぶっ壊れたらなんて考えたら、やっぱり雪は嫌いだ。
「……お亡くなりになりました。」
「かわいそう。」
「合唱。」
リモコン片手に琴葉と見上げる先で静かに佇むオブジェと化したエアコンさん……昨日まであんなに元気だったというのに……こんな日に限って昇天するとはクソッタレが。
「直してもらお?」
「今日は遅いし無理。休みまで我慢して。」
「ポテチが死んじゃう。」
怠け者のうちの猫が琴葉の腕の中で切なそうにエアコンを見つめてるがそんなに見たって彼は帰ってこないんだ……
リモコンもうんともすんとも言わんしお手上げ。電池を変えたけどダメ。変な音がするとか風が来ないとか以前にそもそも動かない。
まぁ…彼のことは忘れよう。いつまでも構っていても仕方ない。
「電気ストーブ付けよっか。」
「うん。」
居間の片隅にちょこんと収まっていた電気ストーブさん。
秋から本格的な冬の訪れにエアコンに役目を奪われてかと言って仕舞われることも無く肩身の狭そうにしてたストーブに今火が灯る。カーボンヒーターの中がじんわり赤くなっていく。
「……兄ちゃんこれ好きなんだ。」
「なんで?」
「部屋を暗くしたらさ、なんかロマンチックじゃない?」
「ろまんちっく?」
居間の明かりを消して琴葉とポテチの3人でストーブの前に並ぶ。
薄暗い室内をぼんやりと赤い明かりが照らし出してなんだか落ち着いた雰囲気。
「あったかいね。」
「あんまり近づくと熱いよ。」
「……ポテチ、これ好き?」
琴葉の膝の上で丸くなったポテチも瞼を閉じて寝ようとしてた。丸くなるとさらにでっぷりして見える。
なんだか2人が可愛くて琴葉の後ろに回って後ろから抱きしめてみた。温かい。
「琴葉、おっきいね。前はさ兄ちゃんの前に座っても顎まで頭がこなかったよ?」
「琴葉は成長期だから。」
「そだね。」
「声変わりはまだ?」
「女の子は声変わりしてもあんまり変わんないよね。」
「そうなのか。」
「そうなんです。」
昨日変えたばかりのシャンプーの匂いがする。つやつやの白髪がほんのりオレンジに輝いてた。
エアコンばかり使ってたがたまには悪くない。ただ電気代がなぁ……
「……キムチ鍋にしよ。」
※
「ただいまぁ……寒いぃ……」
夜中22時40分。鍵を開けて冷風と共に図々しく上がり込んでくる女が悲鳴を上げながら居間までやって来た。
椿はいつものスーツの上に厚手のコートを羽織り首にブラウンのマフラーを巻いて完全防寒。その上に溶けきれない白い粒が積もってた。
「おかえり。キムチ鍋ね。」
「じゃあビールだ…熱燗いきたいところだけど……って寒。」
「寒くないだろストーブつけてるし…」
「この家に帰ってくれば何時でも暖かいと思ってたのに思ったより暖まってないもん……寒い。」
「風呂入ってる間消してたから……」
「エアコンつけようよケチ……」
椿が居間の机からリモコンを手に取ってエアコンに向けるが……
「あれ?」
「残念。エアコンは実家に帰った。ストーブに浮気したからな…今離婚調停中。」
「電池でしょ?」
「変えたけど無理。諦めてストーブさんに引っ付け。こいつが今日から俺の女だ。今日はこいつと寝る。」
「ハルがそんなことだからエアコンさんが実家に帰んのよ!!ふざけんな馬鹿!!家事になって燃えちまえ!!」
「風呂入れ。はよ。」
「馬鹿!!」
……さっきから酷くない?
--随分長風呂な椿が出てくるまでにとっくに鍋の準備が出来てしまった。具材ぶち込むだけだし……
「あー、寒い…湯冷めする……」
「寒いならちゃんとパジャマ着ろ。」
俺の向かいに座りながらパジャマのボタンをひとつずつはめていく。覗いた紅潮する肌が少しずつ白い布に隠されていく。
「……見すぎじゃない?」
「目の前にあるからつい……」
「すけべ。」
「たまたま視界に入ったんです。」
「すけべ、変態、覗き魔。」
「覗いてねー。」
「もー、琴葉ちゃんも居るんだからそういう目はやめてください。」
「寝てるけど……」
「おんなじ家に居るでしょ?」
……なんだろう?最近こいつの言動は少しおかしい……気がする。
まぁいいや。椿に取り皿とビールを渡して俺は昨日の残りの海老フライを摘む。
「……硬い。」
「ん?ちょーだい?」
「あーん。」
「…………ぐっ、言ったそばから……もう。」
「?」
「あーん…んぐ?硬い……」
「な?」
「この海老フライいつの?」
「昨日の。まぁ一日経ったら仕方ない。」
「海老の繊維を感じる…硬い……裂けた繊維がまるで爪楊枝……」
「そこまでか?」
「しかも衣がべちゃべちゃ……」
「チンしたから……」
「でもさでもさ、こういうのがお酒のアテにはいいよねって思う時ない?」
「……俺はアツアツサクサクプリプリの海老フライを食べたい。」
「じゃあ食べきろうよ……」
「琴葉が昨日はおやつ食べすぎたんだよ……これ全部食べてね?」
「え?お鍋あるのに……」
「お前フライドポテト冷めてても美味しいって思う派?」
「ううん。」
「なんか前も同じような会話した気がする。」
「繰り返すものさ…人だから……」
「外雪どうだった?」
「最悪。今日もさお客さんのとこ行くはずだったけど高速止まるし電車動かないし……寒いし風強いし道路は凍るし…もう2月だよ?なんで今降るかな?」
「正月も降ったじゃん。」
「おかしいよ降り方が……あーあ、これも地球温暖化だな。私が子供の頃はこんなに降らなかったよ?2月。」
「寒波と温暖化って関係あんの?」
「北極の氷が溶けて大気中の水分が増えたんだよきっと。」
「デタラメ言ってんじゃねーぞ?」
「あ、よく考えたら私が小さい頃は毎年こんなもんじゃなかった…かまくら作れたもん。」
「まじ?新潟すげー。」
「秋田だけど?」
「秋田すげー、俺も行きたい秋田。琴葉に雪遊びさせたい。」
「いいね。」
「連れてってくれんの?」
「いや勝手に行って?」
そりゃないだろ。長年の友情にヒビが入ったわ。入らんけど。
「ところで話変わるけど、ハルはマタマタって知ってる?」
「またまた?」
「亀。」
「あー…分かる。」
「分かんだ……」
「水棲のでっかい亀だろ?首の長い…」
「それ。それをね、この前ペットショップで見かけたんよ。」
「なに?なんか飼うの?」
「いや、外回りの途中で後輩の寄り道に付き合っただけなんだけどさ…それでね!あの亀顔正面から見たことある!?めっっちゃ可愛い!!」
「笑ってるみたいだよな。」
「ニッコリ笑ってんの、私を見て!」
「誰に対しても笑ってるぞあいつ。」
「頭の形ヘンテコだし……可愛い。飼いたい。」
「無理。」
「なんで?実家でミドリガメ飼ってたし亀くらい飼える。ちょっと高かったけど…でもさ、ウチのマンションあんまり帰らないからこの家で……」
図々しい。なんてこと言い出すんだこいつは。あとお前はマタマタを舐めてる。
「うちのボロ家で飼えるわけねーだろ。水槽の重みで床が抜けるわ。」
「そんなおっきい水槽で飼ってなかったよ?お店では……」
「それ、まだベビーだろ?」
「そうなのかな…?」
「あいつ甲長だけで40センチくらいなるんだぞ?頭から尻尾まで80とか90いくぞ?」
「え?」
「ミドリガメの倍以上なるからな?どんだけデカい水槽要ると思ってんだ。」
キムチ鍋をつつきながらスマホを取り出した椿がマタマタについて調べる。検索結果を見て椿の目が飛び出た。
「すご……これ亀?」
某ペットショップのホームページか何かの写真に怪獣みたいな巨大マタマタを抱えあげる店員の写真があった。椿が見せてくる。
ワニガメほどにはならないがこいつも充分バケモノだな……
しかし確かにこういう写真を見せられたらロマンを駆り立てられる。俺も飼ってみたいと思ったことがある。
「寿命も長いし……とても飼いきれん。」
「ぬぅああああああ、運命感じたのに……めっちゃ可愛かったのに…」
「お前って人よりツボがズレてるよな。女子はこいつ見ても何も感じないぞ?普通。」
「ハルは感じないの?」
「感じる。飼いたい。」
「飼おう!」
「ふざけんな。ポテチの食費が月50円になるわ。」
大型の爬虫類は日々の世話自体はそうなくても飼い始めるまでに金がかかるやつが多い。それに日本産じゃない種類は温度とか湿度とか管理しないといけないし…
生き物を飼うってのはそんな簡単じゃない。
「マタマタ……いつか飼おう。私が一戸建て買ったら……」
「やめとけ。」
「マタマタってネーミングも素敵……」
「皮膚って意味らしいな。」
「このちょっと汚らしい感じが素敵……」
「汚い言うな。このびらびらしたのはマタマタの皮膚だ。枯葉に擬態してんだよ。」
「ほぅ……」
あんまり動かないって言うし普段鑑賞しててそこまで面白い亀ではないのかもしれない。
「なんかこんな感じで可愛い亀いないかな……」
「マタマタってヘビクビガメの仲間だっけ?」
「ヘビクビガメ?」
「こいつみたいに首の長い亀……こいつら首が長すぎて甲羅に入んないんだって。」
「面白い生き物だね……」
「てかマタマタ売ってるペットショップなんてどこにあんの?この辺?」
「〇〇〇町。国道沿いの……ガソスタの近く……」
「あー、スーパーのとこ?」
「スーパーとかあったっけ…?え?なにこれかわいい!」
「今度はなんだ。」
「ミツヅノコノハガエルだって!つぶらな瞳が素敵。」
「なんなんだお前は……」
「これ飼おう。」
「ポテチの餌にされるぞ?」
※
カエルの餌が虫だと知った瞬間スマホを放り出した椿。これでは爬虫類両生類は飼えんな。
掃除機並みの吸引力でキムチ鍋を空にした椿と洗い物を済ませ、時刻は23時48分。
「暑…鍋食べたら汗かいた。シャワー浴びていい?」
「だめ。タオル洗濯したから。朝にしろ。」
「ストーブ弱くするね……」
「ん…」
ストーブの調整をしながら「痛い」とボソリ。何が痛いのかと思ったらさかむけか。
「あーあ、早く暖かくならないかな?てか、なんで冬場は皮が剥けるんだろ……」
「乾燥するから?」
「…この中途半端に剥けた皮、ムカつくよね。ハルならどうする?」
「むしる。」
「え?やだ痛い……」
「でも気持ちいいぞ?」
「ドMなの?」
「怖いならむしってやる、指出せ。」
「嫌ですけど!?」
「ならめくれてるとこだけ切れば?」
「爪切り貸してー。」
「1秒500円。」
爪切りでさかむけ処理を始めた椿を放っといてスマホをいじる。マタマタの話をしたら爬虫類を見たくなった。誰にでも起こりうる自然な欲求だ。
「……ワニガメいいなぁ……」
「飼おう。あ、特定外来生物じゃなかった?」
「定着予防外来種だ。特定外来生物はカミツキガメ。」
「じゃあ飼おう。」
「特定動物だから飼えん。」
「特定動物ってなに?」
「人の生命と財産に害を与える生き物。要するに危ない生き物。」
「飼えんの?」
「飼えなくなった。」
「え?じゃあマタマタさんは…?」
「マタマタは違う。」
「あ痛っ!!」
「うわぁびっくりした。なに?」
「爪切りが傷口に刺さった…痛い…血が出た……バンソーコーちょうだい。」
小学生か。
絆創膏を持ってきてやって貼ってやる。絆創膏って貼るの難しくない?両側からペリペリ剥がしながら貼るの無理。
「ねぇ、ちょっとここ絆創膏同士張り付いてるし…」
「いいじゃん貼れたんだから。」
文句あるならてめーでやれ。
「実家のミドリガメ、元気?」
「急に何…?元気だよ?今…11年くらい?」
「飼い始めて?」
「うん。こんなだよこんな!ザリガニ食べるからね!ハル、亀のご飯食べるとこ見たことある?すごいから…普段はボケーッと日に当たってる亀さんがこう…首伸ばしてバキバキ噛み付いてさ、亀って爪鋭いんだね。千切るんだよ?」
「ザリガニとかやってんのか…いいもん食ってんな……」
「昔ね。あげたことあるの。亀ってすぐ水汚すから大変……でも案外テキトーでも飼えるよね。亀って丈夫。」
「やっぱりマタマタは飼えないな…」
「なんで?」
血が出た指に涙しながらマタマタとミツヅノコノハガエルに想いを馳せる。
あんまり亀とカエルの話変わるするから夢に出た。




