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バケツでラーメンは嫌なので

 

  遅くなっちゃった。と言っても21時前だけど。

  両手に提げた紙袋が坂を駆け登る振動でガサガサ揺れる。割れ物だから気にしながらも早足で坂を登りきる。


  いつも通りの佇まいで静かに私を出迎える我が家。いや、最早我が家……家の周りの木々がザワザワと冷たい風に揺れて枯れ枝を鳴らす。私の帰宅のチャイム。


  貰った合鍵を鍵穴に差し込んでるとふと不思議な気持ちになる。

  自分の家じゃないのに鍵を開けて入るっていうちょっと特殊なこの行為--しかも男子の家……


  --……大事にしないとね?仕事ばっかりだったら愛想つかされるよ?


  うるさいな真鍋先輩…頭の中でまでうるさい。


  --そういう関係?恋人みたいにその…分かりやすいかっちりした関係よりさ、その距離感近い男友達っていうのがさ…


  --なんかエロい。


  エロくないです。


  「ただいまー。」


  中途半端な時間なので中途半端に控えめな帰宅の挨拶。そろーと扉を閉めてたら騒がしい足音が可愛らしく響く。


  1番にお出迎えしてくれたのはポテチ。この子も最近はなんだか私に優しくなった気がするよ。

  ポテチを追いかけるように玄関まで出てきたパジャマ姿の琴葉ちゃん。

  琴葉ちゃんを見たら条件反射的に頬が緩むのなんでだろ。


  「柚姉ただいま!」

  「おかえりだよ?」

  「おかえり!」


  脚に抱きついてくる琴葉ちゃんの体が温かい。お風呂に入ったばかりって感じ。


  「琴葉ちゃん温かくしないと湯冷めしちゃう。また風邪ひくよ?」

  「風邪、やだ。」

  「でしょ?折角元気になったんだから…」


  体を冷やさないようにポテチを抱きしめてよいしょよいしょと居間に引っ込んでいく。私も続く。


  「ハル?ただいま。」

  「おかえり…段々遠慮なく鍵開けて入ってくるようになったな?」

  「えぇ?なんのための合鍵…?」

  「鬼〇観る?」

  「〇滅?」


  居間で寝転んだハルの前にポテチを抱いた琴葉ちゃんが座る。テレビには録画された番組が並ぶ。


  「琴葉、鬼滅〇刃観てんの。」

  「お、琴葉ちゃんついに流行に追いついたか。」

  「あ、風呂入るならはよ入れ。」

  「うん。」




 ※




  --近場の男友達の家に上がり込んで半同棲みたいな感じでズルズルと……


  --なんかエロい。


  男友達の家でシャワー浴びてるという状況……普通に考えたらどうなんですか?

  なんか先輩やりっちゃんのせいでへんな方向に思考のベクトルが向いてるんですけど……


  暑いからさっさとあがる。


 

  「--あがったよ。」

  「おかえり。飯ね、ラーメン。」

  「お、珍しく手抜き感……」

  「何言ってんの?スープから作ったし。」

  「まじか。え?ラーメンのスープってどーやって作るん?」

  「色々煮込んだりぶっ込んだり…知らんけど……こーいうのが地味にオシャレな料理より繊細でめんどくさかったりすんの。」

  「…豚骨?」

  「鳥の骨…鶏白湯?」

  「わーい。」


  冷蔵庫からビールだけ出して居間に座る。


  「琴葉ちゃん、離れて観よう。近いよ。」

  「うん。」

  「目、チカチカしない?」

  「うん。」


  ……夢中だな。

  琴葉ちゃん、この前まで鬼滅〇刃とか興味示してなかったじゃん。いつか無限列〇借りてきた時興味なさそうだったじゃん。アイ・〇ム・レジェンド観たじゃん。

  何気なーく私も画面に目を向ける。


  『--死にやがれ!!』


  ドアップに迫る敵の顔面。鮮やかな爆発の効果から飛び出した敵が多分味方の人と激しい剣戟を……


  『伍ノ型、鳴弦奏々ッ!!』


  --バンバンバン!!ドンドンドンドンドン!!


  ……うわすっげ。


  「ハル!ハル!!これすごくね!?映画かよ!え、鬼〇ってこんな動くの?」

  「ねー、すげーね。F〇teの会社だしね…」

  「あ、まじ?」

  「まじまじ。ユーフ〇ーテーブル。ほらできた。」

  「いただきまーす。」


  ビール開けながらラーメンのスープを一口。なんか懐かしい味がする。


  気づいたら3人とも画面に釘付けでございます。


  …………プレゼントいつ渡そう。


  「…これいつの放送分?」

  「昨日。」

  「2人ともうるさいのだ!」

  「あ、ごめんなさい琴葉ちゃん……」

  「……映画もとってあるけど観る?」

  「……観る。」




 ※




  --巷で大人気のレンゴクさんというのは無〇列車にしか出てこないのか……


  「初登場は柱合会議だけどね。」

  「チューゴー…?」

  「煉〇さんはここでお亡くなりになるから…出番は映画までだけど……」

  「え…観始めて5分でネタバレ……」

  「知らねーの?」

  「初めて観るもん。」

  「初めて観ても大体知ってんじゃねーの?日本の新総理知らなくても〇獄さん死ぬのはみんな知ってんだろ?」

  「あれ?…今総理大臣誰……?」

  「えぇ?営業職でそんなことも知らないの?鳩〇だろ?」

  「なわけない。菅さんでしょ?」

  「岸〇だろーが。」

  「なんかあの人影薄くない?知らない間に変わってたっていうか……」

  「そんなこと言ってやんなや……ところで総理大臣って今回で何代目なのかね?」

  「101代目?」

  「うわ……数も中途半端だ。」

  「100代目でもあるんでしょ?歴代で言ったら64人目。」


  いやそんなことどーでもいいんだけどね?まだおめでとうも言ってないんだけど……


  「初代総理大臣知ってる?」

  「え?伊藤博文でしょ?」

  「12人目は?」

  「加藤友三郎。」

  「……26人目。」

  「米内光政。」

  「すご……椿すご……なんでパッと出んの?しかも何人目で…」

  「数えればいいじゃんそんなの。」

  「覚えてんの?歴代総理大臣。」

  「うん。」

  「は?なんで?」

  「日本人だから。」

  「の割には岸〇パッと出てこないし……」

  「パッとしないから。」


  覚えるでしょ?学校で?暗記させられなかった?それは徳川か。


  じゃなくてー……


  「あー、それよりハルさ……」

  「あ?」

  「ハルきょ--」


  --男か。


  --彼氏ですか?


  --好きだからプレゼントあげるんじゃないんですか?


  ……あー、へんなの。なんかもう…あーっ!!


  「なにさ。」

  「あーーーーっ!!」

  「ぶー…柚姉うるさい。しー。」

  「あっ、ごめんなさい……」

  「なんなのさ。23代目の総理大臣は?23“代目”ね。」

  「清浦奎吾!誕生日だね!」

  「…………清浦奎吾の?」

  「ハルの!!おめでとう!」

  「あー、ありがとう。」


  ……なにこれ?


  「急に何?」

  「いや、毎年お祝いするし……」

  「うん。ありがとう……でさっきのヒステリーはなに?」

  「もー、みんながうるさいから!!あんなに言われたら意識するじゃん!?」

  「なにを?」

  「別に?」

  「は?」

  「替玉ください。」

  「てめーで取ってこい。」



  「…それでですね、プレゼントを……」

  「おー、はよ寄越せはよ。」

  「なんか図々しい……」

  「何くれんの?普段から世話焼いてやってるわけだしよっぽどいいモノじゃないと釣り合わないよ?」

 

  ぬぅ…勝手にハードル上げるな。というか言い方がムカつく。もらう側の態度ですかそれが。

  すんなり渡しても面白くねーな……


  「……プレゼントは私です!」

  「…………………………………………………。」


  はいスベった。死にたい。


  「嘘ですすみませ--」

  「じゃあ遠慮なく。」

  「!?」


  間抜けにラーメンを啜る私に前のめりになるハルがずいっと距離を詰めてくる。ホントに遠慮なしに私のパーソナルスペースを侵略してくるその躊躇いの無さに思わず体が硬直した。


  てか…え?

  は?


  いやいやいやいや冗談だから!なになになになに?近い近い近い!!


  --半同棲みたいな感じでズルズルと……


  いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


  「ハル!?深陽さん!?お待ちくださいそんな琴葉ちゃんの前で…あーーーーー!!」


  体が引っ付くくらいの距離まで近づいたハルがそのまま私を包むように腕を--


  ……伸ばしたと思ったらそのまま通り過ぎて私の後ろに雪崩込んだ。


  「琴葉ー。」

  「?」


  私を通り過ぎて後ろの琴葉ちゃんの背中に優しく覆い被さる。抱きつかれた無〇列車に夢中の琴葉ちゃんも突然のスキンシップにそちらに意識を傾けた。


  「……?兄ちゃん、甘えんぼ?」

  「今日誕生日なの。」

  「うん。さっきおめでとーした。」

  「うん、ありがとー。」

 

  ……………………。

  あーあ、何がしたいんでしょーか私は……


  「……どうかしたかね椿くん。」

  「どーかしたかね?」

  「…………プレゼント渡していいっすか?」




 ※




  色々考えたけど他に喜びそうなものが分からなかった。

 

  赤い袋から取り出したリボン付きのこれまた赤いケース。そこから透明なガラス製のグラスを取り出した。


  「……バ〇ラ?」

  「うん、ハイボール飲むやつ…1万3000円くらい。」

  「渡す時にわざわざ値段言ってくるのやらしーよね。」

  「高かったから大事にしてねってこと。」

 

  プレゼントに興味を示したのはハルより琴葉ちゃんだった。

  ハルの膝の上に乗っかって興味津々。ハルは琴葉ちゃんに向けてグラスの飲み口を指で弾いてやる。

  薄いグラスの打ち鳴らされるキーンッていう甲高い音。


  「……おー。」

  「気に入った?」

  「……いいね。きーん。」

  「……琴葉ちゃんにも、あるよ。違うやつだけど。」

  「う?」


  反応する琴葉ちゃん。

  別の紙袋から取り出した白い箱。そこから白にラベンダーの柄の入ったマグカップを取りだした。


  「はい、ミルクとか飲んで。」

  「……おー。」

  「あら、良かったね琴葉。マグカップ?お礼言いな。」

  「ありがと!」


  マグカップを持ったままハルから私の膝に移動してくる。かわいい。

  まぁハルに渡してたら欲しがるかなーって思ってなんか買ってあげようと思った。喜んでくれたみたい。

  ……ちょっとおばさんくさい柄かなって思ったけど琴葉ちゃん、漫画とかアニメとか観ないし子供向けのマグカップ喜ばなさそう……

 

  こういうとこハルに似てる……


  この兄妹は趣味嗜好が分かりずらい。


  マグカップを握りしめたまま映画鑑賞に戻る琴葉ちゃん。膝上にポテチを寝かせた後ろ姿は何となく少しお姉ちゃんになったかなって思わせる。


  「はよラーメン食えよ。伸びるぞ。」

  「うん…あー、ビールのせいでお腹いっぱい……苦し……」

  「は?残すなよてめー。」

  「残しませーん……」

  「スープもな?」

  「ハイハイ……大食いとかってスープまで完食しなきゃダメなのかな?」

  「いきなり何?知らん。ダメなんじゃね?」

  「……今度自分の限界に挑戦してみよう。私の会社の近くに特大カツカレー出す店があってさ……」

  「美味しく食えよ……」

  「私って食べる方かな?少食かな?」

  「お前は食道楽だろ?」

  「にしてはスタイルいいよねー……今度限界まで食べてみよう。」

  「バケツ一杯にラーメン作ってやろか?」

  「なんかねー……食べれる気がするんだー……」

  「……言ったな?」

  「でもバケツはやめて欲しいな…衛生的に。」

  「ちゃんと新品買ってくる。」

  「気持ち的に……」


  21歳になった友人とその妹と猫で映画を観ながらラーメンを食べる……午後9時半。


  別に誕生日だからといって何かが変わるわけでもなく……

  当たり前に過ぎていく。

  そうやって……明日が来て……巡ってまた誕生日が来るんだろう。


  来年は何を贈ろうか……



  ……後日本当にバケツでラーメンが出てきた。


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