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雨が降ってるので

 

  --ゴールデンウィーク。


  その初日は雨天からのスタート。いつもより遅くに目が覚めた俺の耳に、窓を叩く雨音が飛び込んでくる。

  カーテンを開けて外を覗く。結構降っているのが分かる。庭に大きな水溜まりができていた。風はないようだ。


  俺は1階に降りて、顔を洗って、台所に立つ。

  冷蔵庫から卵を取り出して、3つ焼く。手馴れたいつもの作業。


  そうこうして朝食の準備を20分そこらで完了し、俺は再び2階へ。


  一応ノックしてから静かに扉を開ける。薄暗い妹の部屋に入ってすぐ、何かを踏んずけた。痛い。

  床に転がった三色ボールペンを拾って学習机に置いてから、ベッドで丸まる琴葉の体を揺する。


  「おはよう。琴葉。朝だよ。」


  ゆっくり寝かせてやりたいが、朝ごはんが待っている。


  モゾモゾと俺の声に反応して掛け布団が蠢く。中からひょっこり覗かせる小さな顔。ボサボサの頭を撫でてやる。


  「おはよう。琴葉。」

  「兄ちゃん…おはょ。」


  まだ眠そうだ。しょぼしょぼと目を瞬かせ、尻すぼみの声であいさつを返して抱きついてくる。

  まだまだ甘えん坊な妹を抱き上げて自分で立たせてから、琴葉の手を引いて部屋を出る。


  「朝ごはんできてるよ。顔洗っといで。」


  重たい瞼を持ち上げる琴葉の手を握りながら、俺は1階へ下って行った。




 ※




  暁琴葉(あかつきことは)--俺の宝物。


  ある日突然出来た妹に、当初は困惑したものだけど、今では目の前で目玉焼きを頬張るこの子が可愛くてしょうがない。


  休日の朝--2人で囲む食卓。場所はテレビのある居間。

  朝からテレビの情報バラエティ番組をじっと観る琴葉。この番組に出てくるマスコットが好きらしい。

  3枚焼いた目玉焼きとサラダ。あとコーンスープ。牛乳と一緒に胃に流し込む。3枚の目玉焼きのうち2枚は琴葉の分。牛乳は飲みすぎるとすぐ腹を下すので1杯だけだ。


  「琴葉。あんまり近寄らないの。」

 

  良く見えないらしく、ススっとテレビにすり寄る琴葉の体をテレビから離す。弱視である琴葉は近くじゃないと物が見えにくい。しかし、テレビの画面は眩しすぎるだろう。


  これもアルビノの弊害だ。あまりに強い光は網膜を傷つける。


  「ごちそーさま。」


  しばらくして目的のマスコットのコーナーが終わって、テレビへの興味が失せた琴葉が朝食を完食したのは10分後。


  時刻は8時半を回った。琴葉の食事が済んでから、俺は食器を台所に運ぶ。


  琴葉はいい子なので、洗い物も手伝ってくれる。2人して仲良く洗い物を済ませたら、琴葉はどこかへ行ってしまう。


  「……さて、この天気だしなぁ…」


  脱衣場の洗濯かごの中で、脱ぎ捨てられた衣類が山を作っている。いつまでもこのままではいかないので、まとめて洗ってしまうことにする。雨だけど。


  「兄ちゃん!兄ちゃん!」


  洗濯機を回しているとドタドタと琴葉がやかましくかけてくる。ぴょんぴょん跳ね回るものだから眼鏡がずり落ちている。


  「ありゃ、琴葉。眼鏡それ変えなきゃダメだな。」

  「う?」

  「ズレてる。この前落っことして踏んずけたろ?フレーム歪んじゃったな。」


  鼻からずり落ちる眼鏡を直してやり、琴葉の頭を撫でた。さらさらの髪の毛が気持ちいい。


  「どした?暇?兄ちゃん今忙しいんだけど…」

  「ね、今日雨だから外出ていい?」


  琴葉は雨が好きだ。

  アルビノである琴葉には紫外線は天敵だ。日差しの強い日に肌を晒そうものなら、屋内であっても酷い日焼けをする。

  ので、外出時は常に長袖だし、晴れの日は不要な外出も控えている。


  唯一今日みたいな雨天の日は、太陽が隠れるので外に出れる。

  もちろん雨の日でも紫外線はあるけど、さすがに学校の登下校以外は外出禁止というのは可哀想すぎる。学校の体育は見学なので運動不足にもなりかねない。


  まぁ、晴れの日は一切外出禁止というのもやっぱり可哀想なので、たまに日焼け防止の対策を万全に外出する。けど、長袖だと特にこれからは暑くなるので琴葉自身があまり天気の日の外出はしたがらない。

 

  琴葉にとって雨の日は、快適に外で過ごせる数少ない機会だ。


  「いいよ。お出かけしようか?」

  「する!」


  俺が言うと琴葉は嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。かわいい。

  今日は風もないし、どうせ買い物にも行くから、連れて行ってやろう。


  「その前に、家の事片付けてからな〜。」

  「ん!」


  物置から掃除機を引っ張り出す俺に琴葉が着いてくる。よほど嬉しいのか、暇なのか。そういえば最近はずっと天気が良かった。


  築40年にもなるこのボロ屋は、親父の父親--俺の祖父の持ち家だそうだ。今はどっちも死んで、俺の家。


  正直二人暮しには広い家な訳で、掃除も億劫だ。

  もう色んなところにもガタがきている。でも、引っ越すつもりはない。


  「ぶぃぃぃぃん。」

  「これ、重いから乗んな。」


  掃除機の本体に被さるみたいに乗っかる琴葉をいちいち下ろしながら家の掃除を片付けていく。


  「…庭も草が茂ってきたな…そろそろむしらないとね。琴葉。」

  「う?」

  「夏場はもっと生えるから…あと虫が湧くしね。」

  「虫。スズムシ!」

  「スズムシ?」

  「兄ちゃん、スズムシ来るかな?」

  「なんでスズムシ?うーん…来るかもねぇ…」


  曖昧に返しながら本格的に暑くなる前に一度草むしりをしようと思う。真夏の草むしりは地獄だ。前回庭の手入れをしたのはいつだっただろうか?


  「琴葉、暇なら窓でも拭いといで。」

  「や!」


  嫌らしい。


  掃除機をかけ終えて拭き掃除。家の窓をタオルで拭いていく。


  「…UVカットフィルム、買おうかな…」

  「フィルム?」

  「な?」


  この家の窓全部に貼ったらいくら位だろう?

  今は夏場など日差しが特に強い日はUVカットのカーテンを締め切っている。昔夏場の縁側で昼寝をしていた琴葉が全身真っ赤になったことがある。琴葉を引き取った最初の夏だ。


  「カーテンよりフィルムの方が安上がりかな…」

  「な?」

  「外見えないのつまんないもんね。」


  フィルムは1枚いくらくらいなのか、今度調べてみよう。


  俺が1階の窓を拭いている間、琴葉は楽しそうに窓の外を眺めている。外はじゃんじゃん降りで、空には分厚い雨雲がかかっている。


  とりあえず掃除を終えて、第1陣の洗濯機が止まったので洗濯物を干す。部屋干しだ。まぁ連休の間外に出る用事もないので、急いで乾いてもらう必要もない。


  「兄ちゃん。これなに?」


  と、琴葉が第2陣洗濯かごから黒い下着を拾い上げた。それは色気のない椿のブラジャーだ。


  「琴葉にはまだ早いよ。」

 

  頭の上に乗っけて遊ぶ琴葉から取り上げて、下着類を洗濯機に放り込む。


  ……?なんで俺が椿の洗濯物を?


  あいつが勝手に置いていった洗濯物をかごから取り出しながら俺はそんな疑問に襲われる。

  いつの間にか当たり前になってしまったあいつの衣類の洗濯。今ではすっかり女性物の下着の扱いを心得てしまった自分がちょっと気持ち悪い。


  「兄ちゃんあれなに?帽子?」

  「あれは椿姉ちゃんの下着。琴葉にはまだ早いよ。」


  琴葉の顔がすっぽり収まるくらい大きいカップのブラジャーを琴葉から受け取る。これ何カップくらいなんだろう?


  「う〜ん、服の上からだと分からんもんだな…」

  「?」


  あいつは結構でかいらしい。多分。あんまり意識したことないけど。というか、これが平均よりでかいのか小さいのかも知らん。多分でかいと思う。


  くだらないことを考えながら第2陣を洗濯機で回す。

  そういえば最初の頃はやっぱり変な気分とかになったなぁ…今じゃ事務的にこなしてるけど。

  自分の下着を俺に洗われて、あいつはどんな気分なんだろうか?平気なのか?


  洗濯が終わるまでダラダラ過ごす。琴葉は大人しくテレビを観はじめたので、俺は少し横になった休憩。

  しばらくして洗濯が終わり、洗濯機が仕事を完了したとピーピー叫んで俺を呼びつける。応じて洗濯物を取り出して、下着類も部屋に干す。


  「よぉし、家の事終わり。」

  「終わり!!」


  ぴょんと飛び跳ねる琴葉を抱っこして、居間に移動する。結構重い。そういえば背も伸びた。


  居間に移動して時計を見ると11時40分過ぎ。いい時間になったので俺は棚の上から琴葉のサングラスを持ってくる。

  外は暗いから必要ないかもだが、怖いので一応持っていく。


  「さ、お出かけしようか?お昼、外で食べよう。何がいい?」

  「肉!」


  俺のお出かけの号令に琴葉は元気よく返してドタドタと走っていく。向かった先はすぐそこの棚で、中から日焼け止めのクリームを持ってきた。いい子。


  「兄ちゃんトイレ行ってくるから、準備しといて。」


  元気よく敬礼を返す琴葉を撫で回してから、俺は用を足しに向かう。

  トイレを済ませて、鍵と財布と携帯だけ持って戻ると、準備万端の琴葉が元気よく玄関に駆けていくので、俺も後に続いた。




 ※




  朝に比べて少しは雨足が弱くなった。琴葉と二人、並んで坂を降りていく。足元の水溜まりを、琴葉が楽しそうに踏んでいく。その度、茶色の水滴が宙を踊った。


  「兄ちゃん、肉食べたいな。」

  「何の肉がいい?ハンバーグ?」

  「肉!」


  とにかく肉をご所望らしいので、俺たちは商店街に足を運ぶ。

  地元の人間しか来ない少し寂しい商店街。その角っこにひっそりと佇む定食屋。昔はよく来ていたけど、最近はしばらく来てない。


  愛想のいいおばちゃんにとんかつ定食を2つ注文する。

  店内の天気予報では、連休中はほぼ雨だ。5月にしてはよく降る。


  「琴葉、お休みの間はずっと雨だよ。」

  「いいね。雨いいね。」


  雨の日は外に出れるし、窓際でお昼寝もできる。いいことばっかりだ。


  しばらくして運ばれてきたとんかつ定食に二人で舌づつみを打つ。お肉が分厚い。


  「琴葉、全部食べれる?」

  「キャベツ、あげる。」

  「だめ、ちゃんと食べな。」


  ドレッシンをまんべんなくかけてやり食べさせる。小3になってもまだまだ好き嫌いは多い。キャベツは食べるほうだけど。


  結局半分近く残した。ので、俺が1.5人前平らげる。重たい。ただ、肉は全部綺麗に平らげているあたり、現金なやつだ。


  定食屋を出てその足で商店街を見て回る。店の外に出る頃には雨は上がっていた。

  日は出てないけど、雨が止んだだけでも外には活気が戻ってくる。少しだけど人の通りが増えた。


  「晩御飯は何にする?」

  「うなぎ!」

  「うなぎはまだ早い、鮭のムニエルとかは?」

  「うなぎ!」


  うなぎが食べたいらしい。苦笑を返しながら魚屋で鮭の切り身を購入。

  その後琴葉を連れ回してスーパー、コンビニと回る。

  両手に買い物袋を下げた頃にはまた雨が降り出していた。琴葉は雨が好きなのか濡れるのも構わずはしゃいでいる。


  「琴葉、風邪ひく。」

  「や!」


  傘をさすよう促しても拒否された。元気に跳ね回る琴葉を、すれ違うおばちゃんが笑いながら見ている。

  仕方ないので買い物袋を腕に引っ掛けて自分の傘をさす。その中に琴葉を入れて公園に向かった。

  ただ買い物をして帰るだけというのもつまらないので、適当に散歩する。


  --琴葉には何人か友達がいるようだ。家に連れてきたこともある。

  ただ、同年代の子達のように、外で遊んだり出来ないので、休みの日はもっぱら一人だ。

  だから、俺が休みの時はなるべく構ってやることにしている。


  公園に向かってもやはり誰もいない。この雨なのだから当然か。

  無人の公園の砂に二人で足跡を残し、歩く。雨音のBGMに、誰もいない子供たちの遊び場は不思議な雰囲気。


  「兄ちゃん。夏はスズムシ来るかな?」

  「またスズムシ?来たらいいね。」

  「あんね、柚姉ちゃんと、スズムシ見るって約束した。」

  「姉ちゃんと?そっか、出てくるといいね。」


  琴葉はスズムシなんて見たことも聞いたことも無いはずだけど、なんでスズムシなんだろう?

  水溜まりを覗き込む琴葉を眺めながら彼女の頭を撫でてやる。しゃがんだままぴょんぴょん跳ねるものだから転ばないか心配だ。


  「……スズムシかぁ、田舎だったらなぁ……」

  「来るよ。きっと。」


  濡れないように傘をさしてやりながら呟くと琴葉が振り向いてにっと笑った。


  「兄ちゃん、柚姉ちゃん今日来る?」

  「どーかな?来ないかもね。祝日だし。」


  今日は休日出勤だ。流石にそんな日にまで終電を逃すまで残業はしまい。

  ただ、たまに休みにふらっと現れることはある。まぁ、今日は休みではない訳だが……


  来てもいいし、別に来なくてもいい…どうせまた仕事が始まったらすぐに現れる。

 

  なんて思いながら、琴葉と二人雨音を楽しむ昼下がり--


  …あんまりはしゃぐもんだから帰った頃にはびしょ濡れだった。


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