プレゼントを悩んでるので
1月24日、月曜日。
なんでもない平日、週の始まりの憂鬱な月曜日……
ただ、今日はちょっと特別な日なのです。
「……椿、今日は付き合う?みんなで飲むんだけど……」
営業の帰りの車中で運転中の先輩が声をかけてくる。
この人は真鍋さん。私の先輩の女性社員。
真っ直ぐな髪質の少し茶色かかった長髪を低い位置でひとつに纏めてる。切れ目の綺麗な瞳と滑らかな肌。クールな印象が宮さんとよく似てる。
この人は私が入社したての頃宮さんと一緒に新人教育でついてくれた先輩だから、私は今でもよく懐いてる。
今日は久しぶりに一緒に仕事。
「あー…今日もちょっと……」
「こういう付き合いも仕事のうちなんだよ?寂しいなぁ……」
「いやぁ……今日はちょっと大事な用がありまして……へへ、仕事も早めに切り上げて上がりたいと思ってて……」
「じゃあ昼は?」
「あ、お昼も用事あるんで……」
「ええ?そういや最近昼ご飯食べてる?なんか椿、休憩してるとこ見たことないんだけど?」
「いや今日はちゃんと休憩します。ちょっと買い物に……」
「今日はて普段してないんじゃん……なんでそんなにまじめちゃんになっちゃったのかな……」
「だめなんですか?」
「いや?まぁ…あれね…ほどほどにね?ところで買い物って何買うの?」
「うーん…いくつか悩んでて……何がいいかなと……」
「悩む?…贈り物?」
え?この人察しいいな……
「まぁ…はい。」
「今日の用事と関係ある感じか……」
ヤダヤダこわい。考察しないで。
「……誕生日か、記念日!」
「……。」
「それも家族とかじゃないでしょ?どう?」
「……まぁ。」
「うーん…椿友達居ないっていつも言ってるしな……でも猫のこと聞いてきた時は友達って言ってた……」
いつのことを覚えてるんですか?
探偵みたいに探りを入れてくる。この人察しがいいからちょっと付き合いにくいよね。
「先輩、信号青ですよ。」
「うん。」
「あ、そこ右……」
「おっけ……よっ!」
「え…曲がるの下手……今の危なかったです。」
「運転苦手なの!」
「私がすればよかったですね。」
「椿なんでも出来るもんなー。機械強いし……営業課は椿が居なかったら潰れてるね。」
「いやいやそんな……」
「誰より仕事するし…」
「誰より仕事押し付けられるだけです。」
「頼りにされてるんだよ。」
「定時前にあんまり頼られたくないですけど……」
「いつもありがとう。」
「いえいえ。」
急になんスか?照れちゃう。
「……男か。」
「え!?」
飲みかけたコーヒーが真鍋先輩の一言で吹き出した。横からボソッといきなり変なこと言わないで欲しい。
「鼻に入った!!痛っ!!」
「男の誕生日か……」
「えぇ……先輩勘弁してください。」
「椿がたまにする『友達』の話もその男の話とみた。違う?」
「どーでも良くないですか?」
「そうなんでしょ?そーかー、椿に男か…」
「なんでみんな私の恋愛事情がそんなに気になる--」
「え?恋人なん?」
……え?
今の文脈はそういう意味の『男』じゃないの?
なんだかすごく意外そうな顔で驚いてる先輩に私も思わず驚きの顔で見つめ返してた。
「いや、男友達かと……」
いや引っかかるな。ここで慌てたら「やっぱりそうなんだー」とか言って茶化すんでしょ?
「そうですよ?」
「あ、男は男なんだね…へー、気になるわ。どんな人なの?どれくらいの付き合い?」
あ、認めてしまった。
いや別にいいだろ。そこを隠す理由もないし……
…………。
でも確かに、『男』=『恋仲』じゃないよね?いや、こういう会話ならそういう意味なんでしょ?
真鍋先輩がそういう意味で使わなかっただけ、私の反応は普通よね?
……うーん。
「高校の頃からの友人で……まぁ、ここら辺に住んでて…」
「あ、そーなんだ。え?じゃあさもしかして同棲とかしてるの?」
は?
「だから恋人じゃないです。何故同棲なんて単語が?」
「椿って電車って言ってなかった?でも毎日あんな時間に帰ってたら電車ないでしょ?近場の男友達の家に上がり込んで半同棲みたいな感じでズルズルと……」
……え?怖い。
盗聴器とか付けてます?それとも私ってそんなに分かりやすいですか?
流石にこれを素直に認めるのはなんだか恥ずかしいというか不味い気がする。
「ないです。たまに泊まるくらいです。」
「その人一人暮らし?」
「いえ、妹と二人……」
「お幾つ?」
「9歳です。」
「えーっ!歳の離れた妹さんだね。その人椿と同い歳よね?」
「はい。」
「あー、じゃあ流石にそういうのはないよね。9歳の妹さんが居たらね…」
「え?疑ってます?彼氏とかではないですって。」
「男女の仲ってそれだけじゃないでしょ?」
なななな、何を言ってるんですか!
いや落ち着け。また墓穴を掘る。私の妄想が飛躍してる。
なんで飛躍するのかは謎です。
「でも憧れるな…」
「あ、左から自転車。」
「あいよ…」
「何にですか?」
「そういう関係?恋人みたいにその…分かりやすいかっちりした関係よりさ、その距離感近い男友達っていうのがさ…」
「……はい?」
「なんかエロい。」
「真鍋先輩私で遊んでますね?」
「椿は好きなの?」
出た!!また始まった!!先輩、そうそう何度も先輩のおもちゃにはなりませんよ!!
………………。
実際……いや……。
「友達としてなら、好きです。」
「異性として。」
「普通です。」
「普通って何?」
「普通ですよ?」
これ以上遊んでたら帰っても続きそうだからあえて素っ気ない態度を返す。
視線を外に向ける私の横顔に先輩の生暖かい視線を感じる。むず痒くなってきて思わずそっちに視線を向けた。
「……大事にしないとね?仕事ばっかりだったら愛想つかされるよ?」
「……だからそういうんじゃなくて--」
「普通にさ、女の子泊めてあげる男友達なんだから椿のこと好きなんじゃない?それもさ、小さい妹さんも居る家なんだし、マジで下心とかなしに……」
「………………………………………………。」
うわー、暖房効きすぎ。暑。
「はぁ……」
何とか絞り出した曖昧な返事。はぁってなんだ。
また自爆するよ柚!関わるな!!
面白がるように耳の暑い私に先輩がくすくす笑いかける。先輩の言葉がひどく胸に残った。
「いい子だね。」
「知らないのにテキトーなことばっか言わないで下さい…」
※
色々悩んだんだけど、ハルが欲しがりそうなものって分からない。
私が買いに行く予定の物ってのはハルの誕生日プレゼント。今日はハルの誕生日なのです。
ハルは毎年私に何かしてくれる。去年の誕生日で言うとシャンパンくれた。
大仰に祝ってくれたり、すごく高かったりするプレゼントをくれるわけじゃないけど、家族とも普段会わない私には毎年祝ってくれるハルと琴葉ちゃんの気持ちが嬉しいのです。
なので私も祝ってあげることにしてる。
ハルはケーキとか食べないし、美味しいものとかも……うーん。
私が帰る頃には食事は琴葉ちゃんと済ませてるだろうし…やっぱり何か物がいいと思う。
候補として考えたのがまず腕時計。
次に服。
靴。
いつもはお酒とか、ちょっといいお菓子とか、社会人になってからは服とか…ハル服とか全然持ってないし……
毎年同じ傾向だとアレなので何か違う物にしたいけど……
「……アイツあれが欲しいとか言わないもんな……」
仕事の隙間時間にデスクで色々検索してスマホ画面と睨めっこ。
私が彼氏いた時は……腕時計あげたような…
--俺腕時計とかしねー。めんどくさい。
ああ、言いそうだ…ハルの仕事って多分肉体労働系だし、邪魔かも…普段外でないし仕事中くらいしか使わなそうだし……
でも腕時計って男はみんな好きなんじゃないの?
「……例えば、G-SH〇CKとか…頑丈だし。うーん……」
買えなくないけど高い……あんまり高いのはアレだし安すぎるのもアレだし……
「第一こういうデザイン趣味じゃなさそう……ゴツイし、重たい時計は嫌がりそうだなぁ……」
時計以外も考えよう。
検索キーワードを腕時計から『男性 誕生日プレゼント』に変えて……
「……あーっ!」
「えっ!?」
後ろから甲高い驚きの声。反射的にスマホをデスクの下に隠して背を丸めた。仕事中にそれ以外のことしてて声かけられたら反射的に隠そうとしちゃう。
声の正体は後ろから私の手元を覗き込むりっちゃん。
まずい見られたか?だとしたら一番面倒くさそーな奴に……
「先輩、資料のコピー終わったんですかぁ?お局待ってますけど…?」
「ああ、それならこれ……」
そんな雑用とっくに終わってますけど?
「あ、じゃあ渡しておきますねぇ…」
「ああ…ありがと。」
見られてない…か。あぁよかった。
りっちゃんは私に彼氏いる疑惑を根強く持ってて正直めんどくさいレベルに詮索するからあんな検索キーワード見たら絶対……
「プレゼントって彼氏のですかぁ?」
「ぐはっ!?」
資料を抱えながら屈託のない笑みを向けてくるりっちゃんの質問が矢のように胸に刺さる。
ああ始まる……怒涛の詮索の波が……
「……お父さん。」
「先輩お父さんと仲悪いんでしょ?てか、この前実家に帰ったって言ってましたよ?普通その時渡しません?」
「…………。」
「彼氏ですか?」
「友達。」
「なんでお父さんとか嘘つくんですか?」
「りっちゃんが信じないから。友達って言っても「え〜?ホントは彼氏じゃないんですかぁ〜?」って疑ってくるじゃん。」
「だって先輩、友達居ないんでしょ?」
「いや、1人や2人居るわ。」
「うーん、嘘をつくのが怪しい。」
始まったよ。暇なのかなりっちゃん?
「……私仕事するから、りっちゃんも早く持ってって?」
「男性へのプレゼントなら財布とかどうですか?」
「……財布。」
あ、いいかもね……
「でも腕時計イマイチなんですよね?そういうのじゃ引きが弱いかもですね……」
「……?」
「別に物じゃなくても、一緒にディナーとかどうです?」
「……ディナー。」
「ディナーというか、一日デートとか?デートスポット巡って、いいとこでご飯食べて、お泊まりして……」
「だから彼氏じゃないってば!男友達だから!」
「……だから、友達から彼氏になりたいってことでしょ?」
真顔でとんでもないことを口走るりっちゃん。会ったこともないのにまるで決めつけるような言い方。
「……いや。」
「え〜?たまーに話するお友達ですよね?その人……好きだからプレゼントあげるんじゃないんですか?」
……私の話そんなふうに受け取られてたんだ。もうハルの話するのやめよ。
「違うし…そもそもデートとかって男がリードするんじゃないの?女の方からプラン立てて誘ったりする?」
「……先輩は引っ張られたい女子でしたか。」
「え?違うの?」
「大体そーですけど…あ、やっぱりその人からアプローチして欲しいんですね?」
この…っ!
「あんまり茶化してるともう仕事手伝わないよ?」
「私、先輩を応援してるんですけど……」
「いいです結構です。」
「じゃあせめてプレゼント一緒に考えさせてください。先輩より詳しいと思います!私!!」
……純粋な善意っぽいけど、言外に「私、先輩よりモテますから!」って言われてるような気がする……
「猫ちゃん飼ってる人ですよね?首輪とか?」
「……えぇ、なんで知ってるの?」
「この前友達が猫飼ってるって言ってました。」
そうだっけ?
「……猫の首輪は猫へのプレゼントじゃない?」
「うーん……趣味とかは?」
「………………。」
趣味?ハルの趣味?昼寝?
「……低反発枕とか…いっそベッドか?」
「わっ!先輩やらしー!!付き合う前からいきなりがっつくと引かれますよ?」
「違うってば!!」
「やっぱり喜ばせるなら気持ちの篭もった物より自分が好きなことに関する物ですよ!気持ちが篭ってても要らないものだったら嬉しくないし…」
「身も蓋もないなぁ……」
「--沖嶋君!ちょっと!!」
嬉々として相談に乗ってたりっちゃんが奥で課長に呼ばれる。なんだか不機嫌そうな課長の声音にりっちゃん分かりやすく嫌そうな表情。
露骨に私に助けを求めてくるけどこればかりは知らない。
「呼ばれたよ。行っておいで。」
「ふぇぇん。怒られる……」
「ガンバ。あと色々ありがとね?」
素直に礼を述べるとりっちゃんは少し意外そうに目を丸くしてから可愛らしく笑った。
課長の元へ向かうりっちゃんの背中を見つめながら時計を眺める。そろそろ仕事に戻らないと定時に上がれない。
……好きなことか。
ハルが好きなこと……毎日してること……
家事?料理?食器とか……?
それか……
「お酒はこの前あげたし今年貰ったし……うーん……」
考え事しながら仕事を進められるほど器用じゃない。無意識に手が止まる。
……お酒……うーん……。
食器……
……あ。
「……グラスとか?」




