かき玉うどんなので
「私実家に帰らせていただきます。」
家の居候娘がそんなことを抜かして新潟に帰ったその日の夜。
久しぶりに騒がしいのが居ない静かな夜を2人と1匹、のんびり過ごせるかななんて思って、この機会に休肝日にでもしようかなんて考えてたその頃--
「……うー…………」
「…38°か……」
体温計に表示された温度をしかめっ面で見る俺。その横でうんうん唸る琴葉。琴葉の真横で丸い顔して寝こけてるポテチ……
「……風邪だね。」
「……ん。」
新年早々琴葉が風邪を引いてしまった……
お姫様抱っこして居間から2階の琴葉の部屋まで運んでやる。
やっぱり体は熱くて、汗ばんでる。
それと同時に腕にのしかかってくる重たさになんだか成長を感じた。
こうして琴葉を抱っこしてやるのも久しぶりな気がする……
部屋の布団に寝かせて、暖房を入れて熱さまシートを持って戻ってくる。
ほんの1、2分目を離した隙に、もう琴葉がベッドからの脱走を試みてた。
「これ。」
「あう…テレビ観る……」
「だめだめ。とりあえず寝て。」
「……腹減った。」
「食欲はある?ご飯すぐ作るから、ここで待ってて。」
あんなにきつそうだったのに……てか今もきつそうなのにベッドで大人しくしてるのは嫌らしい。子供は体力が有り余ってる。
熱さまシートをおでこに貼って布団を被せる。
赤らんだ顔にぷっくりした頬……
「……なんかいつもより柔らかそうに見える。」
「?」
「琴葉、ほっぺ触っていい?」
「ん。」
了承を得たので指先で頬を突っついてみる。柔らかさは変わらない。
でも汗ばんだ肌が指の腹に吸い付く。爪の先が柔らかい頬肉に沈みこんで気持ちいい。なんか面白い。
「ほれほれ。」
「ん。ん。んん?」
何度も突いて遊んでたら夕飯の支度を忘れてた。
琴葉はされるがままぼーっと天井を眺めてて、とりあえずは大人しくなった様子。
「……ご飯持ってくる。大人しく寝てるんだよ?」
「……ん。」
眠いのかきついのか瞼を半分落とした気の抜けた表情で小さく返事する。
琴葉の返事を聞いて俺は1階に降りていった。
……晩御飯はなににしよう。
こういう時はお粥かうどんが定番。消化にいい物がいい。
ちょっと迷ってかき玉うどんにすることにした。お粥だと味気ないから。
だしの素と薄口醤油とみりんで作ったスープにうどん麺をぶち込む。麺が柔らかくなるまで長めに煮て最後に溶き卵を入れて汁に混ぜる。
トッピングは刻みネギだけ。ごちゃごちゃするから具はあんまり入れない。
食欲があるようだから少し多めに器によそって温かい緑茶と一緒にお盆に乗せて2階に上がる。
うどんを持っていく時ポテチが足下をウロウロしてた。俺が階段を登りだしたらそのまま器用に着いてきた。落っこちないかちょっと心配。
「琴葉、ご飯--」
部屋に入って正面のベッドに視線を向けたら、そこに琴葉の姿はなかった。入口で一瞬固まる俺とポテチ。
琴葉はベッドではなく床でゴロゴロと転がりながら部屋の端から端を行き来してる。
……なにしてんだろ。
「こら。熱でおかしくなったの?」
「……布団暑い。」
「暑くてもちゃんと寝てなきゃだめ。体が冷えるから…あと、何してたん?」
「……。」
「ん?ゴロゴロして。」
「……ちょっと……セイウチになりたくて……」
ああ熱で少しおかしくなったみたいだ。
改めて琴葉をベッドに詰め込もうとしたら今度はポテチがベッドを占領。琴葉が寝てたから温かいのか気持ちよさそうに目を細めて我が物顔でくつろいでる。
「あ、ポテチいらっしゃい。」
「これ。今からご飯だから。」
ポテチを端っこにどかしてから琴葉を寝かせる。と思ったらベッドの上でまたゴロゴロ転がりだしてポテチを盛大に蹴飛ばした。
突然の攻撃に驚いたデブ猫が慌ててベッドから飛び降りる。
……まったく忙しない。
「兄ちゃん、セイウチって日本に来たことあるって知ってた?」
「知らない。セイウチさんはどこに住んでるの?」
「ほっきょく。」
どうやって日本まで来たん?
さてそんなことよりご飯。
壁にもたれる琴葉に布団を腰までかけて小皿にうどんをよそってやる。
ベッド横の小さなテーブルに置いたうどんの器にポテチが興味津々だ。
「食べれる分だけ、お食べ。」
「食べさせて。」
「はいはい。甘えんぼだね。」
うどんを箸で摘んだら千切れた。煮込みすぎた。
1本1本ゆっくり飲み込まれていくうどん。琴葉に気を取られてたらまたポテチがイタズラしようとする。
「兄ちゃん、猫ってなんで髭が生えてるの?」
「え?……感覚器官…的な?」
「かんかくきかん?」
「周りのことを察知する…ため?」
猫って視力とか聴力とかどれくらいあるんだろ……琴葉と2人俺の足元をちょろちょろするポテチを見つめる。
「…猫って不思議だね。琴葉。」
「だね。」
うどんに飽きたのか少し離れた床でゴロンとお腹を見せて寝っ転がる。
この子は家に来る前はどんな生活をしてたんだろうか……
「兄ちゃん、うどん……」
晩御飯が終わって解熱剤を飲ませたら眠くなったのかポテチを抱き枕にウトウトし始めた。可愛い。鼻水が出るのか鼻の穴に透明な鼻ちょうちんが出てきてる。
「琴葉、鼻かみ。」
「ん。」
ちーん。
「今日はお風呂やめとこうね。汗ふくから、服あげて。」
「恥ずかしい…」
「何言ってんの。ほれ。」
上がったパジャマから覗く真っ暗なお腹を濡れタオルで拭いていく。
「冷たくない?」
「ん……」
「明日になったら病院行こうな。」
「やだ。」
「だめ。」
「やだ。」
「聞かん坊にはおしおきだぞ?後で飴あげるから。」
「飴……」
「棒付きキャンディ。」
「…兄ちゃん今日一緒寝て。」
「いいよ。」
脇も首周りも膝の裏も全部汗を拭って布団に寝かせる。体温を計ったら38°。変わってない。
ずっと寄り添うようにベッドに張り付くポテチに琴葉を任せて下に降りる。
風呂に入って洗い物をして片付けたらもう21時。
ちょっと違ったけどやっぱり今日は休肝日だ。
※
棒付きキャンディを持って琴葉の部屋に行ったらもう電気が消えてた。ベッド横の小さなテーブルの上、ランプだけがオレンジの明かりを灯してた。
布団の中で丸くなった琴葉に抱かれたポテチがこっちを見て琴葉も気がついた。
「兄ちゃん……こんばんわ。」
「はいこんばんわ。お邪魔するよ。」
暖房をタイマーにして布団に潜り込む。ポテチをしっかり抱きしめた琴葉の丸まった体に体をくっつける。体は熱いけど丸くなった琴葉は寒そうだ。
「もう寝る?キャンディ明日にしよっか?」
「……うん。」
甘えるように寄ってくる琴葉を抱きしめてやる。挟まれないように逃れたポテチが俺の上に乗っかってきた。
「兄ちゃん、神様っているかな?」
「ん?どうかなぁ…琴葉はどう思う?」
「居ない。」
「どうして?」
「兄ちゃん神様にお願いしたのに琴葉風邪ひいた。」
「あはは…なるほど。そうだね。でもな琴葉。初詣行った時人いっぱい居たろ?」
「居たね。」
「あの人達みんなのお願い聞いてるんだから、神様も大変だと思わない?」
「でも、神様だもん……」
「神様だってできることとできないことがあるさ。だからお兄ちゃんのお願い忘れちゃったのかもね。」
「……叶えてくれないなら居ないのと一緒。」
厳しいなこの子…毒舌だ。
風邪を引いたのがよっぽどご立腹なのか?おでこと首を触って熱を確認する。
「琴葉が無事に1年越えられたのはきっと神様が守ってくれてたお陰だよ。」
「……兄ちゃんは神様信じてる?」
「居たらいいなって思うよ。」
ゆっくり喋ってたら琴葉の目が細くなってきた。
胸を優しく撫でてたら口数も減ってきていつの間にか完全に目が閉じてた。
深くゆっくり呼吸を繰り返す琴葉をしばらく眺めてたらポテチが枕元でモゾモゾ動き出す。
琴葉の頭の横でボテっと座って鼻をヒクヒクさせながら琴葉の寝顔をじっと見守ってた。
「……お前もすっかりお兄ちゃんだな。」
いつも琴葉を見守ってくれる愛猫の頭を撫でる。固い毛がゴワゴワ手のひらを削る。痛い。
頭やら顎やら撫でてたらポテチの瞼も重そうに閉じてきた。しばらく撫で続けたらプープーいびきをかきはじめた。
……猫っていびきかくんだ。
首が体にめり込んだみたいに短くなっていびきをかく姿は座ったまま居眠りするおじさん。
眠りに落ちた妹と愛猫を眺めてたら俺まで眠くなってくる。琴葉が蹴飛ばす布団を何度もかけ直し、きつそうにしてないか見守りながら長い夜が更けていく……
……神様って居るのかな。




