お正月なので
肌寒さに身震いすると同時に目を覚ました。傍らで毛玉みたいに丸くなるポテチを潰さないように体をどける。
タイマーにしてた暖房もいつの間にか消えてて、毛布1枚では震えてしまう寒さを部屋が満たしてる。
居間で寝こける琴葉に俺の毛布をかけてテーブルに突っ伏したまま寝てる椿が腕で潰した眼鏡をよける。
俺がゴソゴソしてたらポテチも目を覚ましたようで、まん丸な体を伸ばして大きな欠伸をひとつ。
縁側に向かう俺の足元にポテチがまとわりつく。足が温い。
「……あ。」
引き戸を開けて縁側に出たら一層ひんやりした空気が肌を突き刺す。曇った空からはしんしんと静かに小さな雪の粒が降り注いでる。
「雪だ……ポテチ雪だよ。」
ポテチを抱き上げて空を見上げる。どおりで寒いはずだ。眠気を引きずった頭が痛いくらいの寒さに完全に目が覚める。
--1月1日、土曜日。
新年がやってきた。
※
「むにゃ……おはよう。」
「おはよう。椿。眼鏡が可哀想なことになってたぞ?」
「んん……眼鏡……あった……あけましておめでとう。」
「はいおめでとう。」
お雑煮を作ってた俺の隣にようやく起き出した椿が並んでくる。
冷蔵庫を漁って朝っぱらからビール缶を取り出そうとするよっぱの手を叩く。
「……ハル。寒い、暖房つけて。」
「つけた。少し待てば暖かくなる。お雑煮食べる?」
「……食べる…けどお餅入れないで。」
「えぇ?餅入ってないお雑煮とか……」
「私お餅嫌い。」
そんなやつ居んの?
「えー……いっぱい買ったのに……」
「餅って何がいいの?ねぇ。お正月になんでお餅食べるの?」
「そりゃ……楽だし、なんにでも使えるし……」
「あ!おせち!!」
「あるからあるから。」
朝ごはんの用意が出来たら時刻は8時半。
居間でまだ寝てる琴葉にポテチがちょっかいを出して起こした様子。寝ぼけてる琴葉に捕まったポテチが両腕でしっかり締めあげられる。
「琴葉おはよ。」
「……!除夜の鐘!」
「とっくに終わりましたよ。あけましておめでとう。」
「おめでと!」
「はい。今年もよろしくね。」
「琴葉ちゃんおめでとう。」
「あけましておめでとう。」
ポテチを抱いたまま正座で俺と椿にぺこりと頭を下げる。かわいい。
大人しくしてたポテチも我慢の限界か琴葉の腕から逃げ出した。
家族全員目覚めたところで朝食。元旦の朝食はおせちとお雑煮と決まってる。というか正月中はずっとこれ。
「お、おせちに伊勢海老が……気前がいいね。」
「それ、ロブスター。」
「ほら、琴葉ちゃん海老さん。」
「だからロブスター。」
「ロブスターだって海老の仲間でしょ?」
「ヤドカリじゃなかったっけ?」
俺の指摘に琴葉の手がピタリと止まった。
「…やどかり?」
「美味しいから、大丈夫だよ。殻剥いてあげる。」
おせちだから見栄え重視なんだろうけど、殻は剥いてて欲しい。台所から包丁持ってきて硬い殻の両端を切る。下の殻をベリベリ剥がしたら白い身が出てきた。
身入りはまぁ……こんなものだよね。
「…ロブスターはザリガニの仲間だって。」
スマホで調べた椿の言葉に身に齧りつこうとした琴葉がまた止まる。
「……ざりがに?」
「美味しいから、大丈夫だよ。」
「…ざりがに……」
不思議そうな顔をしながらロブスターの身をもぐもぐ食べてる。
「美味しい?」
「…………海老の味がする。」
「海老さんもザリガニみたいなものだもんね。」
「ザリガニって美味いのかな?」
「食用のザリガニって無かったっけ?」
アメリカザリガニも元々食用…だった気がする。いや、食用ウシガエルの餌だっけ?
「タラバガニもヤドカリの仲間だもんね。」
「……たらばがに。」
「そういえば今年は蟹用意してないね。琴葉食べたい?」
蟹は好きなはずだけど今日はプルプル首を横に振った。琴葉の中でのご馳走がひとつ、得体の知れない生き物に変わった。
「で、ヤドカリとザリガニは仲間?」
「ヤドカリもザリガニもカニもエビ亜目。」
「へー、今度ヤドカリ食ってみよ。」
「……やどかり。」
※
洗濯物を部屋の中に干してたら初詣に行こうとせがまれた。
雪降ってるし寒いし人多いし行きたくなかったけど琴葉に頼まれたら仕方ない。
「あ、その前に……」
「う?」
事前に用意してたお年玉袋に千円札を折りたたんで入れて、その様子を凝視する琴葉に両手で手渡した。
お年玉だ。
「はい、大事に使ってね。」
「……おお。」
毎年あげてるんだけど……何やら感激した様子で大事そうにお年玉袋を抱え込んでる。
千円は多いのか少ないのか……子供のお年玉の額っていうのはいつだって議論の種だ…
まぁ議論する相手いないけど。
小学3年で千円は普通か少ないくらいだと思ってる。そもそも琴葉にはお小遣いをあげてないから。
琴葉がせがんだら必要な分だけ渡してる。大体500円とか。それが月に1回あるかないか。
あんまり外で遊び歩くこともないので、お金はあっても有り余ってしまうのかもしれない。
だから本当はもっと包んでも良かったかなって思うけど……
「柚姉は?」
「今出かける用意してるよ。ねだったらくれるかもね。」
「貰ってくる!」
毎年元旦だけがめつくなる琴葉。
そして椿は琴葉に甘いんだ。もうメープルシロップ並に甘い。
多分例年通り大量の札を渡すんだろう……だから俺からは千円でいい。
ドタドタと駆けていく琴葉を見送ったら、足元にポテチがまとわりついてじーっと俺を見上げてた。
「……なんだ?お前もお年玉欲しいの?」
顎の下を撫でてやったら目を細めてごろごろ喉を鳴らして寝転んだ。
それにしても今日は冷える。ポテチの為にこたつを買ってもいいんじゃないかと思う、今日この頃。
※
大雪ってほどではないけど、西日本では結構降った方だと思う。
昨日の夜から降り出したのか、数時間で街中は真っ白になってた。積もった雪を踏んだらちょっとだけ足が沈むくらいには。
風邪をひかないようにしっかり厚着して3人で神社に向かう。椿は太宰府天満宮に行きたいと本気で言ってたけど、冗談じゃない。
「ださいふてんまんぐう?」
「学問の神様が祀ってあるんだとさ。」
琴葉に教えてあげてもピンと来てない。菅原道真とか言ってもまだ分かんないだろう。
「琴葉が受験の時は、お参り行こうね。」
「ん。」
よく分かってないながらも、琴葉は力強く頷いた。
「……でも、怨霊にお参りするってのも変な話だよね。ん?なんで怨霊になったんだっけ?」
「大宰府に左遷させられたとかじゃなかったか?」
「うわぁ…そんなので京を祟っちゃうんだ…怖。この前飛ばされたウチの会社の本田さんも、怨霊化したりするのかな……」
するか。
「出世コースから陰謀で外されて左遷させられた大宰府で死んだんだっけ?なんかドラマになりそう……」
「なってんじゃない?」
そんな話だったっけ?高校の授業でやったっきりだ。もう覚えてない。
さて、そんなことを駄べりながら雪の中進んで行ったら、20分程で目的の神社に到着。
鳥居をくぐったすぐ目の前は多くの参拝客で列ができてた。この長い石階段を登った先でお参りする訳だが……
「……渋滞だ。」
「じゅーたいだ!」
しばらく横にはけて様子を見ていたが全く前に進まない。その間も人混みの間を氷のような冷たい風が走り抜けていく。
正直、帰りたい……
「……人多いね。」
「帰ろう。」
「やだ!」
露骨に帰りたい俺と椿を押して琴葉が列に並ぶ。しょうがない。
「神様に挨拶しないとだめ。」
「ハイハイ。」
「あとね、千歳飴!」
「それは七五三でしょ?琴葉はもう終わったよ。」
「う?」
何と勘違いしたんでしょうか?
さて亀のような歩きでようやく境内まで辿り着く。前の親子がお参りを済ませて俺たちの番。
さて神社の参拝の作法と言えば二礼二拍手一礼。そういえば手水舎でお清めするの忘れた。
まぁ神様もそれくらいは大目に見てくれるだろう……ごめんなさい。
お賽銭の額にはルールはないが5円が好ましいんだとか。5円とご縁をかけてるそうで。
逆に500円は硬貨で1番高いからこれ以上幸がない、10円は遠縁になる的な意味合いであんまり良くないとか……うろ覚えだから間違えてるかも。
しかし5円でお願い聞いてくれるなんて安上がりだ。いや、聞くだけなら安いものか。聞いてもらうだけで5円取られると思ったら高いような……
こういう奴は大体願い事が叶わない。
ところで神社のお参りの時は手を鳴らすんだっけ?覚えてないから控えめに鳴らしといた。「え?鳴らしてないですよ?」って言い訳できる程度。
お願い事の前にまずは昨年のお礼と自分が誰なのかを心の中で神様に告げる。
どこに住んでる誰々です。昨年はありがとうございました、的な。
その後お願い。
お願いは基本ひとつで。欲張ったらだめだそうです。家内安全とか健康で過ごせますようにとかそんな感じ。
お参りが済んだら折角なので破魔矢とかお守りを見る。
境内に並んだお守りに琴葉は興味津々。
「買ってあげるよ琴葉ちゃん。何がいい?」
「えっとね……これ!」
椿に手渡されたのは商売繁盛のお守り。
「あとね、これ!」
金運。
「琴葉ちゃん、意味分かってる?」
「う?」
とりあえず一通り買ってあげて俺たちはようやく人混みから脱出できた。ただお参りしただけなのにすごく疲れた。
いい時間なのでお昼にしよう。
※
正月でも飯屋はチェーン店なんかは開いてるもので俺たちは目に付いたファミレスにふらっと立ち寄った。
愛想のいいウェイトレスに案内され適当に何品か頼む。注文が終わってすぐに琴葉はドリンクバーに走った。
「……正月なのに仕事ってのも大変ね。」
「お前も似たようなもんだろ?」
他人事みたいに言うけどあなた大晦日まで仕事してたぞ?
「……雪、止んできたみたいだね。」
「椿はいつまで雪が嬉しかった?」
「中学生。てか新潟じゃ雪なんて珍しくないし……」
「東北出身でも西日本の冬は寒いか?」
「冬はどこでも寒い。ハワイ行きたい。」
「ハワイって冬は暖かいのか?」
「常夏なんじゃないの?」
常夏とか言われても日本から出たことの無い俺にはピンと来ない。日本には当たり前のように四季があるから。
ずっと暑いとか寒いとかってどんな感じなんだろ……衣替えなくて楽そう。
なんて言ってたら琴葉がジュースを持って帰ってきた。なんか2杯も持ってる。
「琴葉何持ってきたの?」
「んっとね…ナ〇ちゃん!」
2杯とも同じだ。好きなんだな。欲張りめ。
「ねー、2人ともお参りで何お願いしたの?」
「ん?兄ちゃんは琴葉が元気で過ごせますようにって。」
「元気だよ。」
両腕を持ち上げてマッスルポーズ。今日も元気で結構なことです。その調子で病気も怪我もなく過ごして欲しい。
「姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんも同じ。それともうひとつ。」
「ふたつも?欲張りめ。」
「お願いするだけなんだからいいじゃん?タダだし。」
「5円払ったろ。」
「払ってんだからいいじゃん?」
「てことはひとつにつき2.5円だな。願いひとつの単価が下がった。お前の願いは叶うまい。」
「え?そういう計算なの?」
「で?もうひとつって?」
「秘密。」
椿がいたずらっぽく笑うと琴葉が不満そうに唇を尖らせた。
「琴葉ちゃん、こういうのは人に言ったら叶わないの。」
「それ、流れ星じゃない?」
「一緒でしょ。琴葉ちゃんは?何お願いしたの?」
俺と椿の視線に琴葉は両手で口を塞いで黙秘のポーズ。
「教えてよ。兄ちゃんだけ。」
「やだ。」
「椿が余計なこと言うから。」
「あはは。いーじゃん。大事な願い事は胸に秘めとくもんだよ?ね?」
「ねー。」
なんで俺だけ胸に秘めた願い事ひけらかす羽目に?
そんなふうに……
どこにでもあるありふれた正月のひと時を俺たちは雪の降る中で過ごしてた--
また、今年が始まる。
--そして仕事も始まるのだ。




