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大晦日なので

 

  クリスマスは特に何事もなく過ぎて、いつも通り琴葉と椿の3人で家でささやかなパーティーをして終わった。


  これで1年のイベントも残すところあとひとつとなり、その日の夕方居間ですやすや眠る琴葉を見守りつつ夕飯の支度に精を出す。


  「ただいまぁ!」


  つけっぱなしのテレビの音だけが響く家にやけくそ気味の声が割り込んで、鼻ちょうちんを膨らませてた琴葉がハッと起きた。


  「……姉ちゃん帰ってきた。」

  「ね。うるさいね。」


  天ぷらを揚げる俺の後ろで琴葉が毛布を蹴っ飛ばしてドタドタと玄関に走っていく。遅れてポテチが琴葉について行く。


  「姉ちゃんただいまぁ!」

  「それを言うならおかえりい!」


  玄関の騒がしい声が居間まで到着すると、琴葉を抱き上げた椿が入ってくる。


  「ハルただいま。」

  「おかえり。」

  「お♡いい匂い。今日何?」

  「天丼。」

  「おせちは?兄ちゃんおせちは?」

  「おせちは明日。」


  12月31日、大晦日--

  坂の上のこの家の住人が集まって、ようやく今年最後の1日が慌ただしく始まる。




 ※




  --紅白○合戦。

  大晦日にテレビで流れてる番組代表。観ないけどなんかついてる番組を長年ちびまる○ちゃんと争ってる(俺調べ)国民的番組。


  今年も例によって我が家の茶の間では紅白が流てる。流行りの曲とかアーティストとか全然分かんない。


  「今年のレコ○ド大賞誰だった?」

  「知らん。椿観てないの?」

  「うん……熱っ!」

  「てかお前、大晦日まで仕事なのな?」

  「そーだよ!?」


  突然テーブルを叩き出す椿に琴葉がびっくりする。ごめんごめんと平謝りする椿の天丼を虎視眈々とポテチが狙ってる。


  「どうして!?大晦日はお休みだよね!?ハルは昨日まででしょ!?おかしいよね!?大晦日は大掃除とか、家の事する日だよね!?お休みだよね!?」

  「…………そうだね。」


  流石に1年の最後の最後まで働かされる椿が可哀想になってきた。流石にいつもみたいに終電間に合わないレベルの残業はないようだが今日の帰宅は16時だ。

  可哀想だから日本酒をそっと注いでやった。


  「姉ちゃん、海老あげる海老。」

  「うぅぅ……琴葉ちゃんありがとう……お返しにかぼちゃあげる……」

  「……かぼちゃ……嫌。」

  「あれ?かぼちゃ嫌い?」


  琴葉と椿がわちゃわちゃしてる隙にポテチがテーブルに飛び乗ろうとする。慌てて俺が止めると引っかかれた。


  「ポテチ、天ぷら食う?」

  「琴葉、ダメダメ。ポテチのご飯はもうあげたでしょーが。」


  てっ見たらもう完食してるし……


  「……ポテチなんか食うの早くね?噛んでる?」

  「ちゃんと噛まないから太るんだぞ?」


  琴葉の方に逃げてきたポテチを椿が突っつく。


  「噛まないと、太る?」

  「そうだよ。ちゃんと噛むと満腹中枢が刺激されてちゃんとお腹いっぱいになるの。逆に噛まないとお腹いっぱいでもそう感じにくいから、余計に食べるんだよ?琴葉ちゃんも、ちゃんと噛もうね?」

  「噛まないと消化も悪いしね。分かりましたか?琴葉。」

  「んだ。」


  ピーマンの天ぷらを一口で頬張る琴葉がこれでもかってくらい噛んでる。偉いね……

  ……ん?


  「あれ?ピーマン食べた!?」

  「あっ!琴葉ちゃん偉い!!」


  俺と椿からの賞賛の嵐。琴葉も自分を誇るように胸を張って見せる。ほっぺにご飯粒ついてる。


  「琴葉ね、天ぷらなら食べるの。」

  「いやいや偉いよ。お姉ちゃんの分もお食べ?」


  さりげなく自分のピーマンを琴葉の方に押し付ける椿を全力拒絶。別に好きではないようだ。


  しばらくそんなふうに呑気に食事を進めてたら、椿が唐突に箸を止めた。


  「……ねぇ。」

  「あ?」

  「ん?」

  「ご飯余っちゃった……」

  「だから?」

  「天ぷら……」

  「残りは年越しそば用だから……」

  「ぬぅぅぁぁぁっ!!」

  「どうした!?柚姉!」

  「ねぇ、2人に聞きたいんだけど……丼物とかカレーとか……ご飯とオプションの配分、どうしてる?」

  「?おぷしょん?琴葉、何言ってるか分かんない……」

  「天ぷらとご飯……どうやったら最後までちょうどいい塩梅で食べられるかな……」

  「……ご飯の量を逐一チェックする。」

  「してたさ!?してたんだよ!でもね!気づいたらね?天ぷらが無くなってたんだよ!!」

  「……天つゆあるぞ?天つゆかけて食え。」

  「いや、ご飯だけ食べれないって話じゃないの。天丼だから天ぷらと食べたいの。」

  「天つゆかけたら白米だって天丼だ。」

  「違う!!」


  天ぷらマネージメントを失敗した椿がヤケ酒。豪快に飲み干した傍から注いでやる。今日はお酌してあげる。仕事だったから。


  「……ハルはカレーのご飯とルーが別々の器で出できたらご飯にルーかける?」

  「かける。」

  「ご飯余らない?」

  「別にいい。なんならルー少なめでいいもん。」

  「なんで!?」

  「ご飯好きだから。」

  「ご飯屋に行け。カレー屋来んな。」

  「カレー屋とか行ったことない……てかカレー屋もご飯屋さんだろ。」

  「白米屋に行け。」

  「?柚姉は、カレーとご飯、別々に食べるの?変なの。」

  「ご飯をね、ルーにつけて食べるの。そしたらさご飯余らないじゃん?」

  「ルーが余りそう……」

  「ルーは余ってもいいんだよ。美味しいから。そのまま食べてもいいし、ご飯おかわり出来るとこあるでしょ?」

  「米だってそのまま食っても美味いだろ?」

  「味気ない。」

  「てめぇは二度と米食うな。」

  「先生言ってた。お米が1番のご馳走だって。」

  「ねー?」


  そうだと思う。日本人はお米好きだよね?

  対して椿は「えー?」という顔。


  「私できるならご飯にはなにかかけて食べたい……」

  「なんで?」

  「その方が美味しいじゃん。」

  「何かってなに?」

  「ふりかけとか…卵とか…納豆とか……」

  「飯になにかかけて美味いのは飯が美味いからだぞ?」

  「ふりかけが美味しいのはふりかけが美味しいからでしょ?ご飯そんな味しな--」

  「舐めてんのか?」


  海老の尻尾をバリバリ噛み砕きながら凄む。ご飯味あるわ。


  「お前こそよく噛めや。お前、ホ○ムレス中学生って知ってるか?」

  「お笑い芸人の自伝小説だっけ?」

  「それにな、米を噛み続けたら味の向こう側があるってエピソードがあんの。あんまり味しない米でも、ずっっと噛んでたら甘みがな…」

  「お米が甘いってのは分かるよ?私が言ってるのはそういうデンプン系のほんのりした甘さじゃなくて、もっとしょっぱかったり辛かったり……」

  「そんなことだからお前の舌はバカなんだ。」

  「バカじゃないし!!」

  「バカだ。お前のメシはしょっぱい。」

  「ぬぅ……普通だもん。」


  俺たちが言い合ってる中で琴葉がずっとご飯を口の中で噛んでる。味の向こう側に行こうとしてる。

  その隣でポテチがまだじっと天丼を見つめている。


  「…………天つゆで分かんない。」




 ※




  椿と琴葉がお風呂からあがったので俺も入ってきた。

  浴槽の栓を抜いて浴室から出てきたら琴葉と椿がポテチを抱いてテレビの前で仲良く座ってる。


  「兄ちゃん、じょやのかね。」

  「まだ早いよ。」


  まだ22時だ。


  「琴葉ちゃん、今年は聴くんだって。去年は寝ちゃったもんね?」

  「……まだ眠くないよ。」

  「そかそか、それでテレビつけてんのね。」

  「ハルゥ。琴葉ちゃん寝ちゃう前にお蕎麦食べない?」

  「柚姉!寝ないもん!!」


  不服そうに頬をふくらませる琴葉をなだめて、俺は用意していた蕎麦を茹でる。

  晩御飯の海老天を乗せてネギを散りばめる。


  「はい、できたよ。」

  「……結構あるね。食べられるかな私…少食なんだよね。」

  「ほざけ。おかわりあるからね。琴葉。」

  「んだ。」


  テレビ画面ではバラエティ番組で年越し企画してる。年が明けるまであるみたいだ。

  最近のテレビ番組は面白くないって言うけど、実際どうなんだろうか。


  「……ハル、焼酎まだあったよね?」

  「は?夕飯で飲んだじゃん?」

  「えー?素面でお蕎麦食べろと?」

  「やかましい。だめ。」


  どうせ正月も家に入り浸って飲むんだろ?無くなるぞ?


  「柚姉、年越しそばの意味、知ってる?」

  「知ってるけど……教えて?」

  「あんね。来年も細く長く長生きできますようにって意味なんだよ。兄ちゃん知ってた?」

  「知ってる。琴葉物知りだね。学校で習った?」

  「図書館で、調べたの。」


  得意げな琴葉が転がってるポテチの前に蕎麦の麺を垂らした。ポテチの年越しそばのつもりだろうか。


  「ダメだよ琴葉。ポテチは食べれないよ。」


  なんか猫にも蕎麦アレルギーってのがあるらしい。あと、普通に塩分高いから…


  目の前に垂れ下がる蕎麦の麺をくんかくんかするポテチから琴葉が慌てて麺を回収する。

  引き戻される麺を名残惜しそうにポテチが追いかけた。


  「ポテチはないの?年越しそば……」

  「年越しちゅ○るあげたら?」


  年越しちゅ○るかぁ……

  椿のアイディアに便乗して台所からポテチのおやつを取ってくる。

  おやつの気配に敏感にポテチが寄ってきた。全く現金な奴だ。


  俺の手から奪い取る勢いでちゅ○るを舐めてる。正面から見る丸々した顔はなんか……


  「……ポテチの頭にみかん乗せたら鏡餅になりそう。」




 ※




  --23時30分過ぎ。


  「……寝ちゃったね。」

  「無理だったか。」


  居間で毛布にくるまった琴葉がポテチを捕まえて寝息を立てている。クッションに埋めたほっぺが潰れてる。可愛い。


  まぁ…予想はしてた。

  風邪を引かないようもう1枚毛布を被せてやってから俺は椿とテーブルを囲むように座った。


  「……口が寂しいから。」

  「おっ!気が利くぅ〜。」


  冷蔵庫に眠ってたワインとチーズを皿に盛ってテーブルの中央に置くと目にも止まらない速さで椿がグラスとワインを奪い取っていった。


  「飲みすぎるなよ?明日辛いぞ?」

  「ハル、初詣行く?」

  「話聞け……琴葉が行くなら……」

  「せっかくだから遠くに行きたいな……太宰府行かない?」

  「お前の頭を何とかしてもらうのか?」

  「……ハルより頭いい自信ある。」


  ワインを口に運んで舌に残ってるうちにチーズを放り込む。白ワインは冷やしていいんだっけか?


  「美味。」

 

  対面の椿は幸せそうだ。まぁいいだろう。こいつはアルコールならアルコールランプでも喜んで飲むさ。


  「……年越しそばの話だけどさ。」

  「ん?」

  「なんで細く長くなのかね?太く長くのが良くない?年越しうどんでいいじゃん。」

  「うどんなら太いのか?」

  「うどん太いじゃん。蕎麦よりうどんが好き。」

  「……来年はうどんにしてみるか。」

  「わーい!」

  「わーい?来年も来るつもり?」

  「まじやめてその反応傷つく。」


  冗談だけど。椿がいないときっと琴葉も寂しがる。


  クリスマスやら大晦日やら正月やらに椿が居てくれるのは助かるんだけど……どうしても気になることがある。


  「……お前、実家帰らなくていいのか?」

  「は?やだ。」

  「やだって……正月ぐらい顔見せてやれよ。」

  「やだ。」


  こいつやっぱり家族と仲悪いんじゃないだろうか…

  まぁ、俺が気にすることじゃないか。


  「いいの。たまに電話してるから……」

  「親不孝なやつだな……もっと恩返ししとけ?」

  「顔見せるだけで恩返しになる?」

  「元気にやってるよって……」

  「電話してるってば……年賀状も送ってるし?」


  え?年賀状って家族に送るの?

  なんかため息出てきた……もしかしてまだ家族が鬱陶しい年頃なの?


  「……まぁ、なんでもいいけど。会えるうちに会っときなよ。居るうちだけだからな?会えるのは……」


  居なくなってから気づくものだ。

  唐突に頭によぎった両親の顔。不意に曇った俺の表情に椿は気づいたけど、気づかないフリをしてくれた。


  「……分かったよ。」


  それでも俺の口から漏れた戯言を受け取ってくれたみたいだ。


  「……ただ。」

  「ん?」

  「私はさ、ハルと琴葉ちゃんと一緒に居たいの……なるべくね。」


  テーブルに顎を乗せて、下から覗き込むみたいにして赤い顔の椿が笑った。


  …………。


  「……酔ってるぞ?」

  「うーん?そうかもね。」


  俺の指摘に椿は楽しそうに笑ってた。何がそんなに愉快なのか。心做しか椿の瞼も重そうだ。


  ……なんだかんだ今年も1年間、こいつと居た。

  すっかり当たり前になってしまった日常。もし椿が唐突にいなくなることがあったら……琴葉は、俺はどうするんだろうか?


  居るうちだけだからな?会えるのは……


  自分で言ったことがそのまま頭に返ってきた。なんでそんなふうに思ったのかも謎だけど。


  ただ、椿はいつまでこの家族ごっこに付き合ってくれるんだろうか?

  いつまでこの曖昧な関係を続けてくれるのだろうか?

  それが終わることがあった時、俺は不安なんだろうか?


  「……つば--」

  「くかぁ……」


  思わず口にした名前はいびきにかき消されて、ぽかんと目の前の酔っ払いを見つめる俺だけが居間に取り残された。


  酒飲ませるんじゃなかった……


  「……にゃ。」

  「……お。」


  たった1人年の終わりに取り残された俺の膝にポテチが擦り寄ってきた。

  ずっしりした愛猫を抱き上げて膝の上に乗せたらごわごわした毛並みの向こうに温かさがあった。


  「……来年もよろしくな?」

  「……にゃ。」


  寝坊助たちのいびきの中で、1人と1匹が声を交えてた。

  こんなに静かなのも今だけだろう。2人が起きたらまた、騒がしくなる。


  『--ハッピーニューイヤー!!あけましておめでとうございます!!』


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