お墓参りなので
曇天の下。12月1日、水曜日。
すっかり吐く息も白くなった…とまではいかないけどダウンがないと寒いくらいの日々が続く。今年も残すところあと30日ということで、街も気持ちも年末の様相だ。
こんな日は外に出たくないけど、そうもいかないかな。
平日だけど休みを取って俺は琴葉と目的地を目指す。
繋いだ琴葉の手は冷たい。空いた反対の手には花やら掃除道具やらが下がってる。
「琴葉、今日お昼親子丼でいい?鳥肉いっぱいあるからさ…」
「いいよ。」
「晩御飯何にしようね……あ、あとクリスマスなにか欲しいものある?考えといて。」
「姉ちゃんと兄ちゃんとご飯食べに行こ?」
「そんなんでいいの?プレゼントとかは?」
「ない!」
琴葉は物欲がないなぁ…物をねだることも少ない。家計に優しい妹だ。
「……まぁ考えといてよ。」
「んだ。」
ひんやりした風が吹き抜ける中駅からしばらく歩いた。
自宅から電車で30分。そこから徒歩で20分。
閑静な街中に緑の映える敷地が見えてくる。開放された門からその敷地内に足を踏み入れたら、奥の方にひっそりと灰色の墓石が等間隔に佇んでた。
ここは霊園。今日は俺の両親の墓参り。
12月1日、今日は両親の命日。
広々した霊園の中を琴葉と歩く。平日昼間だけど広い敷地内では時々人とすれ違った。
「あった!」
「毎回どこか忘れるんだよな……」
我が家の墓の前を通り過ぎようとする前に琴葉が俺の手を引いた。
久しぶりに来た。1年ぶり。
一応毎年命日には琴葉を連れてきてる。毎年顔を見せてるとはいえ年1回。だけど我が家の墓はそれほど汚れてない。
「……ひょっとして霊園の人が掃除してくれるのかな?」
「な?」
よく分からんが、とりあえず済ませてしまおう。
まずは掃除だろう。
持参した小さいホウキ、タオル、バケツ、ゴミ袋等をエコバッグから取り出す。
「琴葉、あそこの蛇口で水入れてきて。」
「んだ。」
挨拶代わりか墓石をぺちぺち叩いてた琴葉が小さなバケツを手に走っていく。
その間周りの落ち葉やら他所から転がってきたゴミやらをゴミ袋で回収する。雑草やらは生えてない。整備されてる。
「……まず合掌だっけかな?」
いきなり掃除を始めたが、まだ来たよって挨拶してない。
故人の家にいきなり土足で上がり込んで掃除を始める……一人暮らしの息子の部屋掃除に来たオカン……
まぁ堅いことはいいだろ。身内だ。
琴葉が危なっかしい足取りでバケツを持ってくる。
琴葉にタオルをあげて2人でタオルを濡らす。
「ちべたいっ!!」
「もう冬だなぁ。」
大して汚れてない墓石をタオルで拭いていく。灰色の墓石が水に濡れて黒くなっていく。タオルを見たらタオル地も真っ黒だ。綺麗に見えてもやっぱり汚れは溜まってた。
何枚もタオルを使い捨てて墓石を磨いていく。
その間琴葉は親父とお袋に何やら話しかけてる。微笑ましい。
血縁はなくとも琴葉にとっては自分を家族として迎えてくれた両親。ちゃんと情がある。琴葉が家族を大切に想える優しい子で良かった。
……一方俺の方はあまり両親にいい感情を抱いてないが……
一通り掃除も済んで最後に手桶の水をぶっかける。打ち水だ。
その後花屋で買ってきた黄色やら白やらの菊を供えて、蝋燭に火を灯して墓石の水鉢に水を入れる。
琴葉にお供え物を渡して供えさせる。ビール缶と、柿ピー、インスタントの袋麺に、チョコレート菓子。
親父とお袋の好物。
お香を供えて合掌。
仏教では五供と言って香、花、灯燭、浄水、飲食のお供え物が基本。
香はお香、花はお供えの花(菊とかが無難)灯燭は蝋燭とか石灯篭に火を灯して、浄水は綺麗な水を張る。飲食は故人の好物等のお供え物なのだそう。それぞれにちゃんと意味もある。
灯燭は煩悩を消すため、浄水は清い水で自分たちも浄化するんだとか。
……まあ墓参りに明確なルールはないから、ぶっちゃけ気持ちがこもってたら全部揃ってなくていいと思う。
しばらく合掌してから琴葉が墓石に向かって顔を上げた。
「……今年もね、すごく寒いよ。でもね、まだ雪は降ってないよ。お父さんとお母さんは、寒くない?」
「……。」
「風邪ひかないでね?」
琴葉が自分の巻いてたマフラーを墓石に巻き付けた。墓石の頭に帽子みたいに乗せられた丸まったマフラーの端が風に揺れてる。
「また来るね。」
※
俺が高校生になってすぐ、突然妹ができた。
施設から引き取ったというその4歳の女の子は突然家族として迎えられたことに困惑していた様子で、坂の上にひっそり佇む家で終始固くなってたのを覚えてる。
新村琴葉--俺たちの家族となり暁琴葉になった女の子を、俺の両親は愛情を注いで可愛がった。
俺の両親は共働きで、父親は高校教師で母親は弁護士だった。
家は裕福で両親も立派な職に就いた人格者……
小さい頃の俺はそんな両親を誇らしくすら思ってた……
そんな両親への情景も反抗期を迎えれば霧散し、それが過ぎれば無関心へと変化していった。
琴葉はそんな母さんが仕事で知り合った児童養護施設の職員から相談され引き取ってきた子供だった。
俺の琴葉への最初の心象は戸惑いだった。
突然歳の離れた妹ができたと言われても、俺にはどう接したらいいのかさっぱり分からなかった。
琴葉がまるで別の生き物に見えていた。
琴葉の方も俺のことを警戒していたのか、あんまり接点はなかったと覚えてる。
琴葉は母さんにはよく懐いたようで、よく一緒に居た。
琴葉は先天性白皮症とのことで皮膚や目のことで神経を使った。
多忙な両親に代わりそれらは俺の仕事になった。
琴葉がどういう経緯で孤児になったかは知らない。
ただ、幼いうちから家族を無くした琴葉に対して同情の気持ちはあった。それもあって琴葉の世話を一生懸命覚えた。
困惑はあったが、良き兄になろうという気持ちも確かにあった。
ただ、家にいないことも多い両親の代わりに琴葉の世話をするのは大変で、俺の中には少しずつ不満も溜まってた。
そんな俺の心情を察してたのかもしれない。琴葉自信、自分が“手のかかる子”だと理解してたんだと思う。
甲斐甲斐しく世話しても琴葉との距離はそう縮まらなかった。
高一の11月、文化祭に連れていった。
仕事で両親も家に居ないので連れてきたんだけど、琴葉は終始俺の背中について回って正直邪魔だった。
友達も多くないので、別に妹を置いて友達と文化祭を楽しみたい--とかではないんだけど、クラスの出店するテントで店番する時も、琴葉がベッタリ着いているのは居心地のいいものじゃなかった。
それまでは接点のなかった椿と出会ったのはその時だった。
クラスの違う椿とその友達がうちのクラスの友人に会いにいたとき、俺はちょうど別の出し物の準備を頼まれてテントを後にしてた。
「兄ちゃん出かけてくるから、ここに居なさい。」
淡々と告げて不安がる琴葉を置いてテントを後にした。多分30分くらいだったと思う。
与えられた仕事を片付けて遊び呆ける同級生を横目にテントに戻った時、数人の女子達が泣きじゃくる琴葉を囲んであやしてた。
椿の友達のテニス部部員だった。
その中の1人が俺の方につかつか寄ってきて俺の胸ぐらを掴んだ。
「あんた何してたの!?妹ちゃん放ったらかして!!」
俺と琴葉の関係は同級生から聞いたらしい。眼鏡をかけた女生徒は鬼のような剣幕で俺を怒鳴りつけて呆然とする俺に張り手を食らわせてきた。
--それが椿柚だった。
文化祭が終わっても不安がる琴葉に椿は自宅まで付き合ってくれた。
俺に置き去りにされたのは琴葉にとって相当なトラウマだったらしい……本当に可哀想なことをした。
そして椿にも感謝してる。
椿との交流が始まって直ぐ……12月の1日に、突然親父とお袋が死んだ。
確か…その日は日曜日で夫婦揃ってスーパーマーケットに車で向かったんだった。俺と琴葉は家で両親の帰宅をずっと待っていた。
親父とお袋の乗った車は逆走してきた車に真正面から突っ込まれたそうだ。
車は大破して2人とも即死だった。
相手側の運転手も即死。お互いの車は紙くずみたいにひしゃげてた。
原因は77歳の相手側運転手の運転ミスだった。
※
「ただいまぁ。」
帰宅。外が寒かった分風が無いだけで家の中が暖かく感じる。
玄関先まで顔を出したポテチを琴葉がすかさず抱き上げて居間に走っていく。道中買ってきた昼ご飯の材料を片手に台所に直行…
「兄ちゃん。」
しようとしたら琴葉に捕まった。
「ん?」
「髪の毛編んで。」
「いきなりどしたん。」
「おしゃれする。編んで。」
ぐいぐいと引っ張ってくる。お出かけした後におしゃれするの?変なの。
琴葉を連れて来客--もとい椿の部屋へ。
床一面に散らばった衣類を片付けてながら部屋の隅っこの化粧台の前に2人で座る。
琴葉が椅子に腰掛け俺がその後ろに膝立ち。ポテチが興味津々で着いてきた。
「……あいつ化粧とかしてんのかな?」
完全に椿の私物と化した化粧台はお袋のもの。流石に置いてある化粧品は椿のたけど…
しばらく使ったりした形跡がない。化粧水くらいしか減ってない気がする。化粧品の消費度なんて知らんけど……
「…仕事帰りも風呂上がりも顔変わんないもんな…あいつ。」
流石にすっぴんで仕事には行かないだろうけど……
「…兄ちゃん。琴葉にも化粧教えて?」
「まだ早いよ。大きくなったらね。」
「や。」
「お化粧なんて顔真っ白にするしか考えてないんだから…琴葉がしてもそんなに意味ないよ。」
偏見ですごめんなさい。
鼻をヒクヒクさせながら上を見上げるポテチを傍らに琴葉の髪の毛を編んでいく。
たまに色気づく琴葉の髪の毛をセットする。おかげで色んな髪型作れるようになった。
指の隙間を真っ白な髪の毛が抜けていく。サラサラだ。頭を撫でたら手のひらが気持ちいい。
後ろ髪の上の方を編み込んでバレッタで留める。ハーフアップにしてみた。
髪の毛が白いと編み込みが目立つ気がする。ちょっと大人っぽい。バレッタは花びらが重なったみたいなデザインのもので化粧台に置いてあった。黒い花が白髪に映える。
「できたよ。いかが?」
「…………。」
振り返った琴葉がニッコリ笑う。お気に召した様子。
「明日これで学校行く!」
テンション高めに跳ねながらポテチを捕まえて居間に向かっていく。
抱きかかえられて足をプラプラさせるポテチを見送りながらなんとなく化粧台に向かった。
鏡の向こうに映る自分にお袋の顔が重なった。俺はお袋似だった。
俺が両親へ抱く感情は複雑だ。
理不尽だと分かっていても、何故琴葉を引き取って直ぐに死んでしまったのかと、落ち度のない彼らに対して何度も問いかけた。
琴葉は2度も家族を失った。
同時に、琴葉を我が家に連れてきてくれた両親にも、感謝してる。
琴葉のお陰で俺は両親亡き後も生きてこれたし、椿にも会えたから……
それでも……
自分から親としての責任を背負ってそれを完遂する前に俺たちを置いていったあの2人を俺は素直に『好き』とは言えなかった。
言えないし、それでもいいって思ってる。
※
すっかり日が暮れていつの間にか琴葉が居間に毛布でくるまって寝てた。
すやすや眠る琴葉の横に同じように丸まるポテチがでっぷり鎮座してる。
ポテチと琴葉も随分仲良くなった。
ポテチはあんまり人を怖がらなかったけど、最近は自分から琴葉に寄っていく。反対に椿にはあんまり懐いてない気がする……
琴葉を見守るポテチがなんだか兄妹みたいで微笑ましい。ポテチの喉を撫でてやったらぐるぐる鳴いた。
「琴葉、ご飯できたよ。起きて。」
「……んにゃ。」
体揺すったら折角セットした髪の毛をボサボサにして琴葉が頭を持ち上げる。眠そうにゆらゆら揺れる頭はまだ夢心地の中。
琴葉を起こしてポテチの前にご飯を用意してから居間のテーブルに夕飯をならべる。
ご飯と味付き海苔、大きなお鍋の中にラーメン、あと漬物とお味噌汁。我が家では基本お味噌汁はつける。
「…ラーメン。」
「ラーメン。久しぶりに作ってみたよ。」
なんだか琴葉が興奮してる。懐かしいのかもしれない。
3人での夕飯。ポテチが器に鼻を突っ込んでご飯を貪る傍らで琴葉と行儀よく手を合わせる。
菜箸で鍋から麺を取り分けて琴葉に渡す。鍋の中にはスープと麺しかない。
両親が死んですぐの頃、俺の課題となったのは料理だった。
それまでは料理なんてしたことなくて、これから毎日作らなきゃいけないとなって必死で勉強した。
両親がいなくなって最初の頃はいつもこれだった。ていうか、これしか作れなかった。
鍋に袋麺入れて置いとくだけで出来る。たまには具材を入れた。
これはその時の思い出の味…
少しずつ料理ができるようになってきたら、試験的に色々作った。当時の料理は琴葉には不評だったけど、この子は文句を言わずに食べてくれた。
「美味しいね、兄ちゃん。」
「美味しい?また作ろうかね。」
懐かしい味に2人で舌鼓を打つ隣で満腹のポテチが寝たそうな顔で顔を洗ってた。
今日は椿は来なかった。




