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愛してるので

 

  金曜日。いつもより遅い時間に琴葉に起こされた。真っ先に飛び込んでくる味噌汁の匂い。布団の中が温かいと思ったらポテチが布団に潜り込んでた。


  「……おはよ。」

  「兄ちゃんおはよ!」


  琴葉は俺にまとわりつきながら布団の中で丸まってるポテチを抱き上げる。ポテチを探しに来たらしい。


  「ハルー起きたー?朝ごはんだよ。」


  台所から椿が顔を出してくる。朝起きたらご飯ができてて、台所にエプロン姿の女の子…変な気分。あれ?眼鏡は?


  「……朝ごはんなに?」

  「ご飯と味噌汁と鮭の切り身。」

  「朝はパン派なのに……」

  「この前と言ってること違うし!もー……」


  ポテチと戯れる琴葉を連れて行って朝ごはん。


  「ごめんハル、私今日合コン琴葉ちゃんのご飯……」

  「あぁ、うん。」

 

  そうか、今日はこいつパリピだった。


  「ご飯いらないから。」

  「ん。」

  「ごーこん?」

  「男の人と女の人とご飯食べてくるの。琴葉ちゃんもいつかやるかもね。」

  「今したい!兄ちゃんごーこん!」

  「だめです。」


  合コンかぁ…琴葉もいずれはするのかな?大学とか行ったらサークルで……

  今からもやもや。


  「ところで眼鏡は?」

  「ん?コンタクトにしてみた。どう?」

  「どうってなに洒落っ気出してんだよ。お前は眼鏡が本体だろ?朝見た時誰かと思った。」

  「眼鏡が本体て……新○じゃあるまいし…」


  おーおー、気合い入っちゃって……なんだかんだ楽しみだったりするのかね?色を知る年齢か!


  ……合コンかぁ。

 

  椿、案外目がおっきい。やっぱり眼鏡してたら小さく見える…あと、つり目なんだな…へぇ…


  眼鏡で印象だいぶ変わる。やっぱり、大事なのかもしれない。若く見える気がする…少しだけ。

  やっぱり椿も陽キャだね。こういう催しで気合い入れちゃうとことかさ。


  朝ごはんを終えて仕事と学校に向かう椿と琴葉を玄関先で見送る。琴葉と1回ハグしてから玄関から出ていく2人の背中を見送った。


  ……まぁ、ハメ外し過ぎない程度に楽しんでおいで。




 ※




  夜の22時半。

  俺は琴葉を寝かしつけた後に台所でしじみ汁作ってた。骨折してると立ってるだけで四苦八苦する。そろそろ治ってると思うんだが……


  しじみ汁と一応簡単な夜食を用意してたら、玄関の鍵が開く音。一瞬何事かとビクリとしたけどそういえば椿には鍵渡してたんだった……

  玄関の扉の開く音と共に、「おかえりー…」という控えめな声が台所にまで届いてきた。酔っている。間違いない。

  ついでにガサガサビニール袋の擦れ合う音。まさかまだ飲む気か…?


  「……ただいまだろ。」

  「あ、ハルただいま。」

  「はいおかえり。」


  玄関まで出迎えたら少し赤らんだ顔で椿がニカッと笑ってた。楽しんできた様子。良かったですねぇ……


  「……もっと遅くなるかと思った。日付が変わる前に帰ってくるとは…」


  なんなら普段終電逃すより早ない?


  「いやいや…みんなは二次会行ったけど私はねぇ?まぁ明日は珍しく休みだから、まだ飲んでても良かったんだけど…ハル!」


  コンビニ袋を顔の高さまで掲げて目を輝かせる。絶対中身ビール。それとTS○TAYAの袋まである。


  「ハルと飲まないとね!」

  「はよ風呂はいってこい。」


  コンビニ袋を奪い取ったら椿は風呂場に直行。脱衣所で派手に脱ぎ散らかしたスーツをいちいち拾う。この格好で合コン行ったの?まぁ……仕事終わりなら……


  「……合コンとかって休みになるんじゃないのか?」


  土曜日休みなら明日やればいいのに……


  まぁ、休みなの椿だけかもしれんが……日曜出勤当たり前の会社だし……


  しかし俺と飲むために帰ってきた割には既にできあがってるが……まぁなんにしろ早めに帰ってきたのは安心……

 

  ……何が安心なんだろうか?


  今朝からすこーしだけモヤモヤしてたけど……これはあれだろうか?仲の良い女友達が男と遊んでたら彼氏でもないのに嫌な気分に……

  いや、やめよう。控えめに言って気持ち悪い。

  酒飲んで遊んでくるこいつを遅くまで待ってるのが嫌なんだ。うん。


  だって椿は友達だし……



  椿が風呂からあがるまで、とりあえずしじみ汁をテーブルに用意する。ビールは一応冷蔵庫に。

  気になってTS○TAYAの袋を覗いたら、中身はアウ○レイジシリーズだった。しかも2作目と最終章……最初のは?


  「ただいま!」


  勢いよく居間に突っ込んできた椿は、どっから引っ張ってきたのか分からない『大納言』というプリント入りのシャツを着て、いつも通り眼鏡を着用。

  普段の椿が帰ってきた。ただいま。


  「あ、味噌汁。」

  「飲んでいいぞ。」

  「おビール様は?」

  「散々飲んだろてめー。」

  「うぇー?やだ。飲み直し。」

  「うっさい。しじみに肝臓癒されとけ。ところでこれは?」

  「あ、それ明日休みだから今から観ようと思って……ハルも観るでしょ?」

  「なんでビヨンドと最終章なん?」

  「え?何となく……」

  「俺最初のやつが1番好きなんだけど……大使館の大使が最推しだからさ、このシリーズ……」

  「大使館?知らん。」

  「……お前アウ○レイジ観たことある?」

  「ビヨンドは観た。」


  最初から観ろ。


  俺はブルーレイをレコーダーにセットする。ビヨンドから。隣で椿が「飲ませてよー」とぼやきながらしじみ汁を啜ってる。


  「それ、西○敏行出るやつよね?」

  「うん。」

  「誰やったっけ?それでめっちゃ怖かった人。西○と一緒に居た……」

  「塩○?」

  「そーそー。塩○さん。」


  やいのやいの言ってるうちにヤクザ映画が始まった。前作ででっかくなった山王会とビー○たけしが喧嘩するというストーリーだ。


  早速最推しである石原が出てきた。大使?あれは嘘だ。


  「……これ最初がおもろいの?第一作。」

  「俺は1番好き。なんでもシリーズものは初代がいいよ。うん。歯医者でドリルグリグリするやつやばい。」

  「何それ?」

  「村瀬。」


  石原を演じた加○亮は素晴らしい演技をする。好き。ギャンギャン喚いてて喉が心配になる。

  加○さんは石原のことを前作ではネチネチした蛇、第2作では喚くチワワって言ってたけどほんとそれだ。石原という男の本質が演技に押し出されている。個人的には第一作の石原のが好きだけど……


  「……ねぇ、ヤクザってさ、ほんとにこんな抗争とかするのかな?」

  「するんじゃね?」

  「銃バチバチ撃ったり?」

  「昔あったじゃん。交番に手榴弾投げ込んだりとか……」


  あ、椿がしじみ汁こぼした。ふざけんなてめぇ。


  「熱いっ!」

  「もー、拭いとけや?」


  しばらく映画に熱中する。久しぶりに観たけどやっぱり何度観ても俳優さん達の喉が心配になる。

  それにしてもみんな結構歳いってる俳優さんだろうに……すげーよなぁ。

  俳優さんってすげー。


  「……私入れ墨入れた人とか見たことないなあ……」

  「今日の大学生にはいなかったか?」

  「いるわけないじゃん。ねぇ、入れ墨とかしてると銭湯とかプールとか断るけど、やっぱりヤクザお断りって意味なのかね?」

  「知らんけど……そうなんだろ。」

  「墨ってなんで入れるんだろ?」

  「渡世で生きる決意表明?」

  「そうなん?堅気には戻りません的な?」

  「知らん。ヒュー○ンバグ大学でそんなふうに言ってた気がする。」

  「ふぅん……」

  「あと酷い殺され方した時にそいつって分かるように……って言ってた。」

  「それもYo○tube?」

  「うん。」


  くっちゃべりながら映画観てたら椿がスマホいじり出した。お前観んのかい。


  「……へぇ。なんか江戸時代は腕に墨入れて犯罪者って分かるようにしてたんだって。刑罰で。刑罰になんの?」

  「痛んじゃない?入れ墨だから……」

  「あそっか…猗○座だ猗○座。」

  「猗○座入れ墨とかしてた?」

  「あれ入れ墨じゃなかったっけ?腕とかのあの黒いの。」

  「そうなんか!?ただの模様かと思ってた。」

  「いや詳しく知らないけど……へぇ、あとおでこに『犬』って入れる刑罰もあったって。」

  「犬?」

  「1回事に入れ墨して4回目に『犬』って字になるみたい……5回目は死罪。」

  「犬畜生ってことか…」

  「酷いねー。犬だよ?犬。しかもおでこに。昔の人って髷結ってるじゃん?おでこ丸見え。」

  「ぶっ!」


  想像したら吹き出してしまった。確かに酷い。まあ、見えるとこにしないと意味無いもんな。


  「おでこに『肉』って書くのと同じじゃん。」

  「ぶっ……くく、しかも髷……」

  「お?ツボったか?ハル。」

  「くだらねーこと調べてないで映画観ろや。」

  「あ、あとナチスとかでも入れ墨してたって。自分の血液型入れてたってさ……へー、元々は識別コード的なものだったんだね。多分……」

  「お前も入れたら?元カレの名前とか。『船越』って。」

  「……本気で言ってる?」


  椿が割と引いた顔で言ってきた。仮にも元カレだろ?そんな嫌か。


  「可哀想に船越くん……」

  「ハル船越くんの顔とか思い出せないでしょ?」

  「多分そもそも知らん。」

  「卒アルあるよ?見る?」

  「そんなもん持ってくんな!また家に置きっぱなしにするつもりだな?てか映画を観ろ!」

  「観てる観てる。あ、ビー○たけし撃たれてんじゃん!」

  「撃たれてんじゃんじゃねぇよ。観てねぇじゃん。」

  「あ、入れ墨といえばさ、外国人とかが漢字とか意味わかってなくてタトゥーとかで入れるじゃん?あれ。シャツとかならいいけどさ、体に掘るのはやばいよね。あれ意味教えたらどんな顔すんだろ。」

  「よくある企画じゃん。それ。いいんだよ日本人だって意味わからん英語のシャツとか着るじゃん。てかお前のシャツも大概意味わからん。なんだ『大納言』って。」

  「これはかっこいいもん。」

 

  『大納言』はかっこよくても唐突にシャツの胸元に『大納言』て書かれたらどんな顔したらいいか分かんねーよ。


  「外国だとやっぱタトゥーとか当たり前なんかな?」

  「まぁ……日本よりは……」

  「そういやワイル○スピードかなんかの3でヒロインも首に『安』って掘ってた気が……」

  「それトラン○ポーター。」

  「ああっ、そっかそっか。ジェ○ソン・ステイサムのやつ!ヒロイン誰だっけ?」

  「確か……ナ○リア・ルダコーワ。大臣の娘かなんかの設定だったような……」

  「あれ……3って手首に爆弾仕掛けられて一定離れたら…的なやつだっけ?」

  「的なやつ。あ…観たくなってきた。」

  「あれって3で最後だっけ?最後フランクとヒロイン結ばれたっけ?2人で釣りとかしてなかった?ラスト。」

  「……どうだっけ?覚えてない。」

  「明日借りに行こう。」

  「いや、アウ○レイジの最終章観ろや。」




 ※





  画面の向こうで怖い顔が凄んでる前で椿はビールを流し込む。どうしても飲みたいんですお願いしますとしつこいから出した。


  「椿ぃ。休肝日作れよ。死ぬよ?」

  「ハルが言うん?それ。ハルも死ぬよ?ついでに運動不足で私よりより死ぬよ?いいの?あ、足治ったらまた走ろうね。」

  「俺は仕事で動いてるからお前より運動量は多いの。」

  「あ〜……ハリー・ポ○ターも観たいな……」

  「おい。いい加減にしろ。お前それ明日新しいやつ借りてきて全部観きらんで返すやつ。」

  「秘密○部屋観たい……」

  「は?死○秘宝一択なんだが?」

  「いや……後半はさ、ダニ○ル・ラドクリフおっさんすぎてちょっと……」

  「……ちょっと分かる。」

  「ね?昔は可愛かったんだよ!」

  「でもエ○・ワトソンは綺麗になった。」

  「うっせ。言ってろ。」


  シリーズ物は最初が面白いと言ったけど、ハリー・ポ○ターに関しては後半のが好き。個人的最推しはナギ二。


  「……そういや今日合コンでね、面白いゲームを知りまして……」

  「なんやねん。あ、そうだ合コンどうだったん?誰かと連絡先交換とかした?」

  「したよー。えっとね…カズヒロくんとレイジくん。」

  「へぇ…2人も……モテるなお前。」

  「だろぉ?嫉妬した?ねぇ、嫉妬した?」

  「どこの大学?」

  「知らん。忘れた。」


  忘れるか普通。


  「ほほぉ…じゃあ近いうちに連絡とか来るんかね?お前から飲みに誘ったりするん?てかさ、イケメン?」

  「……なんでそんな興味津々なの?ちょっとキモい……ハル、やはり妬いているな?唯一の親友に彼氏が出来たらって…わ〜、寂しいねぇハルくん。」


  何こいつのテンション意味わかんないしウザ。


  「……まぁ、椿に彼氏できたら今までみたいに家には来ないだろうし……寂しいね。」


  ムカついたので素っ気なく返す。画面の向こうでビー○たけしと目が合った。主人公だけあっていい役だよねやっぱ。大友かっこいい。


  ……なぜに無言?


  ちらっと横を向いたら椿がなんだか複雑な顔してた。なんて言うか……


  「……何その顔。」

  「いや失礼。言い方よ。てか…そう、寂しいのね。嬉しいこと言ってくれるねぇ?」


  やめろ触んな。ほっぺをつつくな。


  「安心しなさいよ。私から連絡することも、向こうからの誘いに応じることもないのだ。私は数合わせで行っただけだし…合コンで男を漁るほど飢えてませーん。」

  「あっそ。」

  「そんなことより!面白いゲームがあるんだ。やろう!」

  「いや映画!」

  「『愛してるゲーム』って言ってね……」

  「うわうざ。キモ。合コンでそんなのやんの?うわぁぁぁキモいいいいいいっ!」

  「……そんな引かなくていいじゃん、ちょっとショック……やりたくないならいいよ別に。」

  「いや分かったよ…まじに凹むな。ルールは?」

  「知らんかったんかいっ!?」


  『愛してるゲーム』とは--

  お互いに見つめあって「愛してる」って言うゲーム。笑ったり照れたりして視線を逸らしたら負け。


  ……くっだらねぇ。なんだそれ?


  「……何が面白いん?」

  「え?ほら、メンタルが試される。」


  意味がわからん。

  俺的には人と目を合わすだけで割とハードル高いんですけど……

 

  俺と椿は向かい合って座り直す。なんでこいつはこんなに嬉々として待ち構えてるんだ?意味が分からん。

  完全シカトのアウ○レイジ。北野監督に謝れ。


  ジャンケンして先攻を決める。負けた。


  「よっし!いくぞー…」

  「よし!ばっちこいっ!」

 

  くっだらねぇ。なにこれ?何が始まるん?


  「……。」

  「……。」

  「……。」

  「はよ言えや。」

  「いやちょっと待って。やばい…これ知り合いでやるもんじゃないわ……」

  「照れてんじゃん!もう負けてんだろーが!」

  「いやっ!待って!!まだ早いっ!」

  「負けだろ!終わり!」

  「あ!逃げようとしてる!照れてるんですか?」

  「照れてないっすよ?」

  「何その言い方。○州力?」

  「うっせはよ言えや。」


  いやホントなんなん?


  意を決して椿が大きく息を吸う。まるで一世一代の大勝負に挑むような--ホントの告白でもかましそうな雰囲気。


  「……あ、愛して--ぶはっ!!無理っ!!」

  「なんなんだよてめぇっ!!」


  後ろに倒れ込んで顔を覆う椿。耳が赤い。ほんとに照れてるじゃねぇか!

  くっだらな。


  「ゲームだと理解しててなぜ照れる?ホワイ?くそ雑魚メンタルめ。」

  「じゃあやってみてよ!!」


  元気よく起き上がる椿が赤い顔のまま俺を真正面から睨む。酒のせいで赤いのか照れてるのかよう分からん。きっと照れてる。


  ……てか、え?俺勝ったよね?なんでまだやるの?


  椿がじりじりとにじり寄ってくる。距離を詰めてくるのは反則だろ。眼鏡の奥で目が爛々と輝いてる。ちょっと怖い。


  「ほら、言って!くそ雑魚メンタルって煽ってあげるから!!ほらっ!!さぁっ!!!!」

  「愛してる。」

  「--っ!!」


  サラッと言ってやった。頑張れ俺の表情筋。

  ムンクの叫びみたいな顔で仰天する椿が俺から後ずさる。なんだその反応は。


  「……え?」

  「は?」


  いや、恥ずかしいです。はい。二度とやらない。大体『愛してる』なんて言葉は本気の時しか使っちゃダメだと思いますはい。

  何故口角が吊り上がろうとする?耐えろ。


  しばらく驚きを顔に貼り付けた椿は、長い沈黙を経てようやく口を開いた。


  さあ、聞かせてみろ敗北の言葉を--俺の勝ちだっ!


  「……えっと、気持ちはありがたいけど……いきなりすぎてなんというか…ごめんっ!!」

  「いやなんでだよ。」



  『…親分、どうも。』

  『何が親分だコノヤロー。』


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