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ポテチのお風呂なので

 

  日曜日。ハルが骨を折ってから大体一週間たった。


  例によって仕事で忙殺されてる私は今日も休日出勤。ただ、今日は昼までには上がれる…はず。


  「……柚姉、仕事?」

  「ごめんねー。帰ったら行こうね?」


  今日は琴葉ちゃんをハルの所まで連れていく約束だ。私が時間を取れないせいで、ハルのお見舞いが出来てないから。

  私もまだ鍵を預かった一回しか行ってない。


  「……あんね。今日ね、ポテチをお風呂に入れたいの。」


  まだ起きたばかりの琴葉ちゃんが部屋の明かりに眩しそうにしながら、足元に寄ってくるポテチを抱き上げた。

 

  ……意外と力あるよね。


  ポテチって結構重いんだけど……

  そのポテチも、この家に住み着いて大分慣れたのか、今では自分から琴葉ちゃんや私に寄ってくるようになった。初めの頃は逃げるわけでもないが近寄ってくることもそうなくて部屋の隅で丸くなってばかりだったけど。


  琴葉に抱っこされてお腹を丸出しにするポテチがムスッとした顔で私を見てた。多分ムスッとして見えるだけ…だと思う。


  「……まぁ、元々野良だしね。」


  近くで臭いを嗅いでみる。独特な匂いがした。臭くは…ないかな?


  私が顔を近づけたら嫌だったらしくて前足で私の顔を押しのける。爪は切ってあるから痛くはない。


  「オッケー。じゃあお見舞い終わったらね?」

  「ん。」


  居間で転がってポテチと遊ぶ琴葉ちゃんを眺めながら仕事の支度をする。

  ポテチは特に琴葉ちゃんに懐いた様子だ。じゃれ合う二人は微笑ましい。


  「いってきます。」

  「いってらっしゃい。」


  玄関先で手を振る琴葉ちゃんに見送られて私は家を出る。なんだかすっかり我が家な気分で、久しぶりに自宅に帰ったら違和感がありそうだ……




 ※




  「椿さん合コン行かない?」

  「……合コン…ですか?」


  日曜日の職場。いつもより静かな朝のデスクで書類をまとめてたら、後ろから唐突に声をかけられた。


  椅子を滑らせて私の横に移動してくる田原さん。私より三年先輩。今月の残業時間が既に45時間を超えた猛者だ。労働基準法……


  私より多忙で職場に寝床を作るほどの大先輩が本当に唐突に『合コン』などという単語を投げつけてくる。あなたそんな時間あるんすか?


  「なんですか唐突に…?」

  「なんですかって合コン。人数足りなくて……来ない?」


  はぁ人数合わせですかなるほど……


  「相手は?」

  「おっ、興味あるっしょ?大学生。私の友達がさー、やりたいって。」


  大学生!?なんともまぁ強気なことで…同じくらいの歳でも私らと学生は別の生き物ですよ?やりたいってヤリたいの間違いだろ。


  「沖嶋は行くって。」

  「……うわぁ若いなぁ。」

  「椿さんも若いじゃん、行くでしょ?行くってことね?」

  「行きません。」


  わざわざ相手まで聞いといて私のこの反応に仰け反って目を見開く田原さん。


  「えぇ〜っ!?」

  「すみませんけど忙しくて……」

  「いこーよ。お願い!居るだけでいいから!」


  居るだけでいいってなんだ失礼な。

  合コンなんてパリピイベント想像しただけで胃が痛くなる。私のコミュ力だと部活の打ち上げで限界…

  そもそも会社の飲み会にすら顔を出さない私をなんで誘おうと思ったのか……


  まぁ相手大学生だったら年齢的になぁ……うちの部署ほとんど30代だし……


  「頼みます。このとおり!お礼する!!」

  「いやぁ…仕事詰まってて……」

  「来月だよ?時間あるって。」


  ……うわぁ。

  あんまり絡んで来なかったけど、この人こんな人だっけ?すごい……嫌だ。


  私の脳内関わりたくないファイルに田原の名前がエントリー。


  と、私と田原さんが日曜日に出てきて何の話をしてるんだという会話を繰り広げてたら、さらに乱入者が滑り込んでくる。


  「せんぱぁい。」


  合コンエントリー選手の沖嶋さんだ。

 

  私と田原さんの間に割って入るりっちゃんが拝むように手を合わせてきた。


  「先輩も行きましょうよ。私からのお願いです。」

  「ほらぁ。」

  「えっと……何で?」


  まじでなんでですか?


  「だってぇ…若い人ってあんまいないし……宮先輩は絶対来ないし……」

  「だろうね……でも、わざわざ社内で募らなくて良くない?」

  「お願い!」

  「お願いしますぅ!」

  「……。」


  あんまりしつこいからトイレに逃げる。席を立つ私を田原さんが追いかけてくるけど、ほんと凄まじい執念……


  トイレに逃げ込んだ私にあとからりっちゃんが追いついてきた。二人で洗面台の前で並ぶ。


  「先輩〜。」

  「やだよ。私居てもつまんないよ?盛り上げ役もできないし……」

  「実は私も断りきれなくて……ホントは乗り気じゃないんですけどぉ……」

  「……ええ?」

  「先輩が一緒なら心強いです。ダメですか?」


  一体何が心強いのか?


  「それともやっぱり彼氏さん居るからダメですか?」

  「いや居ないから。それとこれは関係ないよ。」

  「お願いしますよ。私を助けると思ってぇ……」

  「……ええぇ〜。」




 ※




  ……引き受けてしまった。


  私が頷くとりっちゃんはウキウキで「じゃあ田原先輩に言っときまーす」ってスキップして出ていった。ホントは乗り気なんじゃないの?


  「……大学生と何話すんだ?私……」


  合コンと言えばあれか?男と酒飲んでご飯食べて……

  連絡先交換したりするの?二人だけで二次会とか行くの?


  「だいがくせー?」

  「なんでもないよ。」


  電車で揺られる隣で琴葉ちゃんがサングラス越しに私を見上げた。私は帽子の上から琴葉ちゃんの頭を撫でる。


  仕事が終わったから琴葉ちゃんを連れてハルの病院に行く。時刻は12時55分。13時過ぎには着く計算だから、軽く顔を見て外でお昼を食べよう。


 

  病室の前にたどり着いた。琴葉ちゃんはどうも病院が苦手な様子で終始キョロキョロしてて落ち着きがない。

  しっかり手を握って隣を歩く。

  途中すれ違うおばあちゃんから「かわいいねぇ」と帽子とサングラスを褒められた。アウェイな環境だと人見知りする琴葉ちゃんは固い会釈を返してた。


  「ハルー。起きてるー?」

  「……昼間から寝ない。」


  病室のカーテンの中を覗いたら、退屈そうに漫画を読んでるハルが居た。


  「兄ちゃんっ!」

  「おや。」


  琴葉ちゃんはハルの顔を見た途端嬉しそうに飛びついた。ベッドに勢いよく飛び込むのには少しヒヤッとした。


  やっぱり寂しかった様子だ。琴葉ちゃんはハルの胸に飛び込んで頭をグリグリ押し付けてる。ハルもそんな琴葉ちゃんを撫でてやる。


  「兄ちゃん元気?」

  「元気だよ。琴葉も元気そうだな。姉ちゃんの言うこと聞いてる?」

  「ん!」

  「お利口さん。」


  やっぱりアレだ。琴葉ちゃんは歳の割に甘えんぼだ。

  9歳って言ったらそろそろ親兄弟を疎ましく思いだす年頃ではないだろうか?


  「はいこれ、お見舞い。おやつにどうぞ。」

  「……悪い。」


  途中コンビニで買ったポ○トチップスを何袋か差し出す。病人ではないからいいだろ。


  「琴葉ご飯食べた?」

  「まだ!今から!」

  「何食べるの?」

  「ラーメン!」

  「そっか。ここら辺ラーメン屋あったっけ?椿。」

  「二郎系しかない。」

  「じろーけー?」

  「お野菜いっぱい乗ってるやつだよ。」


  私が教えてあげたら「や!」と琴葉ちゃんは首を激しく振った。


  「キャベツとかもやしとか……嫌い?」

  「や。ラーメン食べるの。」

  「椿。あんまり油っこいの食わせるなよ?」

  「ハイハイ。じゃあ醤油にしよーね?少し歩くけど。」

  「ん!」


  納得してくれたらしい。私も昼から二郎系は重い。昼はあんまり食べないから。


  学生の頃は食べてたけどな……あれだ。昼ごはん食べる暇ないくらい仕事してるから、胃が縮んだんだきっと。


  私の体は仕事中心にできてる。


  「ハル、何読んでたの?」

  「はじめ○一歩。」

  「今何巻出てるの?」

  「130くらいじゃね?」

  「…こ○亀で何巻?」

  「201巻。」

  「まだまだ先は長いね。」

  「こ○亀もゴ○ゴに巻数抜かれたけどな。」

  「ゴ○ゴってまだやってるの?てか、今一歩どうなってる?」

  「セコンドだかトレーナーだかやってんだろ?俺が今読んでるの新人王戦だから。」

  「間柴いいよねー。」

  「間柴いいよねー。肘壊して左打つとこ好き。」


  ベッド横にはじめ○一歩が山積みになってる。どこから持ってきたんだろ?

  そういえばはじめ○一歩電子書籍化されたっけ?私も読んでみよう。アニメしか観たことない。


  漫画の話しすぎた。お腹を空かせた琴葉ちゃんがそろそろ昼ごはんを寄越せとせがんでくる。

  ハルにしばしの別れを告げて私たちはラーメンに会いに行く。


  「ラーメン♪ラーメン♪」

 

  ようやく昼ごはんでご機嫌な琴葉ちゃん。手を繋いでラーメン屋へ。

  病院から歩いて15分くらい。ネットで評価のいいラーメン屋に着いた。

  入口になんかステッカー貼ってる。テレビでも紹介されたみたいだ。

 

  流石にテレビに出ただけあって店の中はお客さんがいっぱいだ。幸いすぐに席に着けたのでラーメンを二杯注文する。


  ……こういうラーメン屋入ったら絶対お酒をチェックしちゃうな。


  ○蘭とかだと特に気にしないのに……私の中でラーメン屋=飲む場所みたいな考えが出来上がってるのかも…


  ラーメンすぐ来た。


  「いただきます。」

  「いただきます!」


  私を真似て手を合わせる琴葉ちゃんがラーメンを啜る。私もスープから。


  ……。


  続いて麺を……


  ……。


  ……普通。

  前評判が良かったぶんハードルが上がってたか……なんか普通。不味くはないけど……


  「美味しいね!」

  「…そーだね。」


  まぁ、琴葉ちゃんがご満悦なので、よしとしよう……




 ※




  家に帰ってきたのは14時過ぎだった。

  帰り着くなり一直線に居間に駆けていく琴葉ちゃんから素早く帽子とサングラスを取って私も続く。


  「……さて。」


  ここからが問題なんだ。


  今からポテチをお風呂に入れる……

  猫を洗うのって大変と聞く。個体差はあれど大体の子は嫌がるんだと……


  ペットショップで買ってきた猫用シャンプーやらブラシ、それにペット用のドライヤーなるものを準備する。ドライヤーは見たところ普通のと変わらないけど、なんか音が小さいらしい。ペットがびっくりしないようにってことかな?他に風の温度とかも違うのかもしれない。


  私が風呂場で準備してる間に、琴葉ちゃんがポテチを抱えてきた。

  琴葉ちゃんの腕の中のポテチは、本能でこれから起こる事態を察してか心做しか不機嫌そうだ。いつもよりぶすくれてる。


  「ポテチ、お風呂。」

  「さぁ、いい子だから……暴れないでねー……」


  一応濡れていいように着替えたけど……私はずぶ濡れを覚悟してた。


  琴葉ちゃんからポテチを預かって風呂場に立たせる。

  初めて入る風呂場のタイルに興味津々といった様子で、ポテチは鼻を動かして様子を探ってる。


  「……よし。」


  落ち着いている。いける。


  シャワーを手に持ってお湯を出す。勢いよく出さずに少しずつ。


  水の気配に敏感に反応したポテチは、ビクンと体を揺らしてお湯から逃げるように出口に向かって走る。


  「あっ!」

  「琴葉ちゃん捕まえて。」


  出ていこうとするポテチを琴葉ちゃんが確保。琴葉ちゃんに抱えられるとなんだか大人しくなる。


  「よしよし……いい子だ。」


  琴葉ちゃんから直接受け取って、腕に抱く。私の腕の中で丸くなるポテチの背中にゆっくりお湯をかけていく。


  「こらこらこら。」


  必死にお湯から逃げようと私の体を登ってくるポテチ。必然、私の体も濡れた。


  何とか大人しくさせようとするも制御不能。激しく逃げ回るポテチは普段からは想像もつかないほどアグレッシブ。


  「この……っ!」


  床を這いずるポテチを抑えてお湯をかける。やさしくやさしく……


  瞬間、体を捻るポテチの猫パンチがシャワーノズルに飛んできた。

  鋭いジャブはシャワーノズルを激しく押しのけ、それは狙いを定めていた私の顔面に直撃した。

  シャワーノズルとガッチンコ。鼻先にツンとした痛みが走り、ついでに私の手から逃れたポテチが私の膝に爪を立てる。


  ……こいつっ!


  「逃げるなっ!こらっ!」

  「姉ちゃん頑張れ!」



  --苦節2時間……


  とっくに飽きてしまった琴葉ちゃんはたまに様子を見に来るだけで、風呂場での格闘は私とポテチのタイマンだった。

 

  体を濡らしてシャンプーをつけて洗って流して……

  最も大変だったのは乾かすこと。


  毛が長くて乾かない。ちゃんと乾かないと風邪を引くし……

  しかもこれも嫌がる。お湯程の拒否反応はないけどとにかく逃げる。ブラッシングしながら必死で乾かすけど毛が固くてブラシが引っかかる。

  それが嫌でまた逃げる……


  「……終わった。」


  汗だくでびしょ濡れの私がへたり込む隣を、ピカピカになったポテチが歩いていく。すれ違いざまに私を見る目はなんだか反抗的だ。


  「ポテチ〜。」


  対してポテチを抱き寄せる琴葉ちゃんには従順。抱きつかれてされるがままだ。当然、逃げない。


  「……洗ったのに対して変わんない。」


  毛質のせいか…元から固い毛なのだろうか、散々洗ったのにふわふわにはならず、相変わらず毛並みはゴワゴワだ。


  ちょっと痛そうに、それでも「綺麗になった」と嬉しそうな琴葉ちゃん。


  その光景になんだか達成感がなくてまた項垂れる。


  ……もう二度としない。


  愛があっても辛いのは辛い。切ってあるはずの爪の引っかき傷が、どれほど嫌がられたのかを物語る。


  赤くなった肌を労りながら私は涙目で台所に向かってた。そろそろ晩御飯の準備をしなきゃ……


  ……ご機嫌取ろうとその日のポテチの晩御飯を多めにした。


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