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男の匂いのする女なので

 

  寝坊しました。


  時刻は朝の6時20分。5時には起きるつもりだったけど完全に寝過ごした。


  慌てて顔洗って歯磨いて朝食と夕食の準備を始める。

  今日は遅くなるから食事の用意はしなきゃならない。冷蔵庫から焼きそばの麺を取り出して焼きながらトーストをオーブントースターにセットする。


  「あとは……うわぁ!お米洗うの忘れてた!」


  炊飯器の中は空っぽだ。当然だ。昨日の私と来たら酒飲んで寝てただけ……


  「お風呂の支度と……なんか洗濯物も取り込んどかないと……うわきゃいっ!!」


  え?こんなやることあるん?

  やること多くて目を回しながら奇声を発する。長い髪が色々邪魔だ。


  食事の支度に振り回されてたら、のそのそと階段を降りてくる琴葉ちゃんがやって来た。一緒に寝てたポテチを危なっかしく抱えてる。ポテチは脚を投げ出してぬいぐるみみたいに抱かれてた。


  「……おはよぉ。」

  「あー、琴葉ちゃんおはよ!顔洗って歯磨いといで!」

  「……んー。」


  のんびりした返事でポテチを抱っこしたまま台所を通過していく。部屋の明かりが眩しそうだ。

  丸形蛍光灯を1個だけ付けて、少し部屋を暗くしながら焼きあがったトーストをテーブルに運ぶ。


  ポテチを引き連れた琴葉ちゃんが居間にやって来た。用意されたトーストを前に行儀よく手を合わせてた。

  正座する琴葉ちゃんの隣にポテチが寄り添って丸くなる。朝からほのぼのした光景が繰り広げられてる。時刻は7時。


  庭に出て洗濯物を中に放り込んだ。畳むのは……後でいいや。


  出来上がった夕飯にラップをかけて冷蔵庫に戻す。チラシの裏にレンジの加熱時間を書いて冷蔵庫に貼りつけたらようやく一息だ。


  「私もご飯食べよ。」


  自分の分のトーストを焼き始めたのは、琴葉ちゃんが皿を片付けに来たタイミングだった。


  「あ、琴葉ちゃん。今日ね私遅くなるから晩御飯先に食べておいてね?冷蔵庫におかず入ってるから、ジャーからご飯食べるだけお椀によそってね?」

  「……んだ。」

  「あとお風呂は洗っとくから…お湯沸かして入れる?」

  「んだ。」

  「分かんなかったら、お姉ちゃん帰ってくるまで待ってて?」

  「ボタンポチってしたらお湯出るんでしょ?」

  「そうそう。給湯機の電源入れてね…」

  「んだ。」

  「先に寝てていいからね?お姉ちゃん今日お兄ちゃんから鍵預かってくるから、お家入れるからね。洗濯カゴにパジャマ用意しとくから、服は洗濯機に入れといて。」

  「んだ。」


  一々頷いてくれるのが可愛くて頭を撫でた。まだ眠そうな琴葉ちゃんはこくこくと首を揺らしながら撫でられてた。


  「じゃあ、学校の支度しておいで?」

  「んだ。」


  お風呂掃除の間に琴葉ちゃんは学校の支度を終えた。

  誕生日に私があげたワンピースを着てランドセルを引きずってきた。おー似合う。


  「帽子も被ろうね。」

  「んだ。」


  9月とはいえまだまだ日差しは強いから…念入りに日焼け止めを塗ってサングラスも持たせる。



  全ての支度が終わったので一緒に家を出た。坂の下は相変わらずひっそりしてる。


  「姉ちゃん。今日体育していい?」

  「お外はやめときなさいね。体育館なら、いいよ。」

  「うん。今日、ドッチボール大会なんだ。」

  「お、そーなんだ。頑張って。」

  「んだ。」

 

  ……んだって上の方の方言だよな。なんか懐かしい。どこで覚えたんだろ?




 ※




  会社からさほど離れてない場所のメディカルセンターに私はやって来た。

  お昼を誘われたけど断って、その足で。


  面会の受付をして、病室へ。四人部屋らしい。


  ハルの病室は四人部屋のうち、ベッドが二つ埋まってた。一番窓際の、一番落ち着くポジションに、ハルは陣取ってた。


  「ハル〜。」

  「……おう。」


  窓の外を見て黄昏てたハルが呑気に手を挙げた。右脚は仰々しく天井から吊られていた。


  「これ、着替えとかね。」

  「うん…悪い助かる……」

  「割と重症?」

  「バキバキに折れた。」

  「何したのよ。」

  「だから脚立から落っこちたんだって。つれー…」

  「まだ痛い?」

  「…そんなでも。」


  私たちが話してたら斜め前のカーテンが開いておじいちゃんが顔を覗かせた。うるさかった?


  「…おや、彼女さん?」

  「ちげーです。」


  しわくちゃの顔を綻ばせて笑うおじいちゃんにハルは断言する。


  「いいねぇ…若いかわい子ちゃんにお見舞い来てもらって……」

  「かわい子ちゃんじゃねーです。」


  おい、そんな否定するなよ。


  ホッホッホと笑いながらおじいちゃんはカーテンの奥に引っ込んだ。茶々入れるだけ入れてなんだ一体。


  「…ああいう人って大体すけべよね……」

  「聞こえんぞ。」

  「聞いたかね?彼女ですかってよ。よかったねぇハルさん。」

  「要件は済んだろ、はよ帰れ。」

  「よかったねぇかわい子ちゃんが来てくれて。」

  「お前も入院する?なぁ。」


  迫力のない人形みたいな綺麗な顔で脅すハルを笑ってあしらって私はお見舞いのフルーツ缶詰をテーブルに置いた。


  「食べる?」

  「……後で。てか、なんで缶詰?開けるのめんどいじゃん。」

  「缶切り持ってきたから。後で食べるなら置いとく。」

  「家のじゃねぇか。」

  「それよりほら。鍵。」

  「……。」


  はよ寄越せと手を出す私にハルは下唇を突き出してなんだか不服そう。なんだねその顔は?


  「なぁに?ほら。今日お家入れないでしょ?」

  「……悪用しない?」

  「なに、悪用って……」

  「勝手に合鍵作らないでね。」

  「なんだと思ってんの?」


  ハルはなんだか心配そうに私の手のひらに鍵を落としてくれた。


  てか、そんな心配なの?私に鍵預けるの。これだけ長年の信頼関係あって?


  「私が鍵持ってちゃ心配?」

  「勝手に合鍵作って勝手に入ってきそう。」

  「作んないわよ……いや、でも便利か。」

  「ほら。」

  「いーじゃん。私とハルの仲だし。」

  「俺とお前の間に何があったって言うのさ。」

  「深い友情。」

  「やっぱり返して。鍵琴葉に開けてもらって?」

  「私今日23時過ぎるから…」

  「は?お前…琴葉一人にすんなよ。」

  「しょーがないでしょ?9月は繁忙期なんだから。昨日私が20時に上がるのにどれだけ苦労したと思ってんの?」

  「……そんな会社辞めちまえ。」

  「ハルが養ってくれるなら。」

  「やだ。」

  「可愛い彼女だろ〜?」

  「無理。」


  おいそれは傷つくぞ?


  「……まぁ、感謝してる。悪いな。忙しい時に……」

  「……。」


  まぁ、私が忙しいってことは、毎日やってるハルはもっと大変ってことだ。しかも、その中には私の洗濯物やら食事の用意やらも……


  やっぱり……ハルって凄い。

  よく考えなくても、深夜に転がり込んでくる私の為に食事とか風呂とか用意して待っててくれる友達って……


  前世でどんな徳を積んだらハルみたいな友達できるんだろう……


  「……いや、ハルが風邪ひいた時も思ったけど……」

  「ん?」

  「やっぱりハルってすごいね。」

  「だろ?」

  「あと……居ないと寂しいや。」

  「……。」


  ハルが友達でよかった。感謝してる。


  突然ハルが私のほっぺを指で挟んできた。引っ張ってそのままねじるように捻ってくる。


  「痛い痛い痛い痛いっ!なにっ!?」

  「……。」

  「え?何!?なんで!?」


  感謝を伝えたら頬を拗られた。どういうこと?


  「……日頃の恨み。」

  「ええっ!?」

  「缶詰開けて。食べたい。」

  「嫌ですけど!?」




 ※




  ブラック企業でも仕事中に休憩くらいはとる。

  社内の休憩スペース--窓際でオフィス街を見渡せる、ちょっとした椅子と机と新聞とか雑誌とかが用意されたスペース。


  午前中とかは古株のおっさん達が占領してて、私たち若手が使えるのは午後のおっさん達が出ていったあとだ。


  ……いや使えるんだけど、おっさん達のセクハラがすごいから……


  「先輩猫飼いだしたんですかぁ?」


  私の向かいに座る沖嶋さん--りっちゃんが私の手元の猫の○持ちを覗いて尋ねてきた。


  ……そういやこの子猫飼ってた。


  「あん?椿のとこペットオッケーか?」


  と、宮さん。この三人では一番先輩なのにここでコーヒー飲む時は何故かいつも真っ先に三人分用意してくれる。


  「いえ…友達が。」

  「友達が飼ってんの?なんでお前が読むん?」

  「世話頼まれることあって……」


  会社の人達にハルのことは言ったことない。だって変だもん。交際してない男の家に入り浸るって……


  「へぇ〜……人間様が獣畜生の世話たぁ情けない話だけど……」

  「宮さん……」


  なんか……宮さんってハルと仲良くなれそう。


  「先輩、そのお友達って、男の人ですかぁ?」

  「んむっ!?」

  「あ、そうなんだぁ。そうじゃないかって思ってましたぁ。」

  「……え?なんで?」

  「お友達じゃなくて、彼氏さんではー?」

  「……ほんとになんで?」

  「え〜?だって先輩、絶対男居ると思ってたから……」

  「なに?そうなのかてめぇ。」


  横から宮さんに首を締められる。死ぬ……


  「ないない。彼氏とか……え?そう見える?」


  なんか知らんけど勝手に口角が吊り上がる。どうした私。


  「だってぇ、いっつも飲み会来ないし……」

  「おう。」

  「休日も付き合ってくれないし……」

  「おう!」

  「男いないって言いながらなんかそれっぽい雰囲気滲んでるし〜……」

  「おう!!」

  「宮さん……落ち着いて下さい。」


  クルクルとウェーブのかかった長い黒髪をいじくりながらりっちゃんが言う。説得力あるのかないのか分かんない。

  ただ……そうか、私は男の匂いがする女になったか……


  「てめぇっ!!」

  「ぐえっ!?」

  「てめぇ入社した時、『一生懸命頑張ります』って言ったろーが!!それが男だと!?」

  「いやいやいや。」

  「先輩、今日お昼どこ行ってたんですか?」

  「吐け!てめぇ!!」

  「宮さんやめてください。パワハラです。」

  「てめえ昨日私に仕事押し付けて男のとこ行ってやがったな!?そうだろ!!」

  「せんぱーいっ!やば〜。」

  「宮さんだって藤島先輩と--」

  「おいやめろ。」


  露骨に話を逸らしたら宮さん動揺した。


  前々から噂になってるけど、この二人ほんとにデキてんのか?

  いつぞやの飲み会の後、二次会すっぽかして二人だけで夜の街に消えた宮さんと総務課の藤島さん……


  「宮さん……この際はっきりさせませんか?藤島先輩と、あれからもちょくちょく飲んで--」

  「おい、てめぇ。くらァ。今はおめーの話してんだよ。」


  宮さん怖い……元ヤンだからなぁ……学生時代の写真やばかった。


  「いや〜宮先輩、どうなんですかぁ?」

  「黙れ沖嶋。二度と見れねぇ顔にしてやろうか?その話はすんな。」

  「え〜?気になりますぅ。」


  怖いもの知らずのりっちゃん。私は睨み合う(?)両者の隙をついて脱出。


  「あ、私はメールチェックしないと。」

  「待て椿。てめぇ…」

  「宮先輩〜。」


  激しい(?)攻防が繰り広げられる休憩スペースからオフィスに逃げ帰る。

  ただでさえ、早く仕事を片付けて帰らないといけないんだ……男の家に……


  「……男の居そうな雰囲気って…なに?」


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