ミヤマクワガタの頭はケツなので
日曜日。8月ももうすぐ終わりというところまで来て、夏休みも終わりが近づいて子供たちが慌てだす時期。
外に出たらこころなしか蝉の声も少なくなってきてような気がする。それでも夏の日差しはまだ健在。
時刻は7時半。俺は椿と家の玄関先に立ってた。
二人とも半袖のシャツに、椿はハーフパンツ。俺はジャージのズボン。椿は伸びた髪を後ろでひとつにまとめてる。
「……よし、走るか。」
昨日、体調も回復したらしい椿から夜に電話があった。
『走らない?』
「は?」
『ランニング。明日の朝。どうですか?』
「……嫌です。」
運動不足を訴えていた彼女、どうやら朝の健康法に目覚めた様子。しかしこういう奴はなぜ周りを巻き込もうとするのか?
『明日日曜じゃん?私も休みだし……ハルの家の近くって公園あったよね?』
「あるからおひとりでどうぞ。冷たい麦茶冷やしといてやるよ。」
『ハルさんハルさん、深陽さん。一人で走るより誰かいた方が楽しいと思うの。』
「椿よ。それはお前だけで付き合う方は楽しくない。」
『運動不足でさー。』
「聞け。」
『ハルも家に籠って酒ばっかりでしょ?たまには体動かしなよ。私より体力なくても、笑ったりしないからさ。』
「酒ばっかりはてめーだろ。」
『頼むよー、相棒。帰りにタピオカ奢るから。』
「……まじか。」
『それで揺れるんだ。』
「タピオカ飲んでみたいんだよねー。美味いのかな?あれ?」
『タピオカは別に美味くない。タピオカミルクティーは美味い。』
最近は少し落ち着いたタピオカブーム。俺の流行りは世間とは一周遅れてやってくる。ただ、自分から飲みに行こうと思うほど飲みたい訳でもない。
『あとスイカ買ってくー。どうだ?30分くらい走ろ?』
「……友達と走れば?」
『だから誘ってる。』
……正直めんどくさい。
めんどくさいけど、そこまで乗り気じゃない気もしない。朝の公園は気持ちよさそう。
朝のランニングというシチュエーションに多少はやってみたくなるけど、やっぱり一人でやろうとも思わない。
人を誘う気持ちも何となくわかる気がする。やりたいけどめんどくさいことってあるよね?
「……えー、どうしようかなぁ……。」
--結局、タピオカとスイカと知多で手を打った。
「いってらしゃい。」
「いってきます。すぐ戻るからね。」
玄関先で琴葉が見送ってくれる。何となく琴葉も誘ったけど断られた。まぁ日差しも強いし……
二人並んで走り出す。最初はゆっくり。
……ていうか、我が家からの出発だと初っ端から長めの下り坂なんだけど。
足が前々にいくのをセーブしながらゆっくり駆け下りる。こうして走ってみると、うちの前の坂って結構急だ。
「……椿、これ毎朝やろうとか言わないよな?」
「むり。そんな時間ない。」
そりゃそうだ。よかった
坂を下って商店街のアーケードを走る。寂れた商店街の店たちはまだシャッターが降りてる。犬を散歩させるおばさんとすれ違う以外人通りもない。
「バイク買った?」
「だから買わないってば。でも、自転車は悩んでる。やっぱり買おうかな……」
「へぇ……買うの?オフロードバイクとか?」
「いや…電動のやつ、あれ良くない?」
「お前サイクリングしたいとか言ってなかったっけ?」
「電動でもいいじゃん。」
「運動不足解消じゃねーの?意味ねーだろ電動じゃ。」
「自転車は自転車。」
アーケードを抜けて、信号。信号待ちの時、止まっとくか迷うよね。その場で足踏みしたり、クルクル回ったり……
まぁ立ち止まるけど……
「琴葉ちゃん、夏休みの宿題もう片付いた?」
「半分くらい残ってる。大変なの読書感想文よ。琴葉、本読むの大変だし。」
「あー、眼球振盪……だっけ?」
「縦読みの本はさ、行を見失って読みずらいんだよね。ルーペいるし……」
「小三の頃読書感想文とかあったっけ?どんくらい書くの?」
「原稿用紙2枚くらい。」
青になった。走り出す。
「で、ルートは?」
「え?適当。とりあえず公園まで。あの公園広いしぐるぐる回ってたらいい感じに走れるんじゃない?」
「じゃ公園まで。」
「あ〜、朝走ると体にいいことしてる気分。」
「なんで朝なんだろうな。」
「日課にしやすいからじゃない?日中はみんな忙しいし。」
「お前今日何時に起きた?」
「5時半。」
「やべぇな。走る為に?」
「電車で来たし。」
「家の周り走れや。」
「じゃあハルが来てくれる?」
「一人で走れ。」
田舎だから朝は人も車も少なくて、静かだ。どこかのクラブチームか何かが集団で走ってたり、子供たちがどこかへ遊びに向かってたり、犬の散歩だったり、おじいちゃんおばあちゃんがノロノロ歩いてたり……
「……夏の朝ってなんか懐かしい気分になる。」
「そう?」
「昔さ、水泳の補習かなんかで夏休みに学校行ってたな……」
「へぇ……補習とかあったっけ?」
「中学の頃。なんかねー、25メートル泳げなかったら補習だった。」
「いいじゃん、人少ないプール楽しそう。あ〜泳ぎたくなってきた。」
「そーいや水着買ったのにな。」
「来年は行こーね。プール。」
正直乗り気じゃない。
「少しペースあげない?」
「ん。」
椿がペースをあげて、俺も続く。ここまで10分少々。
「……最近さ、物をよく無くすんだよ。最終的に見つかるんだが……」
「へぇ…例えば?」
「仕事道具とか、職場で……それとか、家の鍵とか。まぁ、大体出てくるんだけどさ。なんか気づいたら無いんだけど、ちょっと探したら変なとこに置いてたりして。」
「おじいちゃん。」
「失礼な。ああいう時ほんとイラってするんだよね……物によるけど。どうでもいいもんなら諦めるけど……」
「仕事道具はどーでも良くなくない?」
「どーでもいいもんもある。」
「どこ置いたか分かんなくなるってことでしょ?物忘れじゃん?おじいちゃんだ。」
「どっかに置いといてそれ忘れちゃうやつ。」
「やっぱおじいちゃんだ。」
「解決策募集中。」
「決まった場所に必ず戻す。常に持ち物をチェックする。」
「だよねー。」
「出てくるんだったらいいんじゃない?私もそういうことあるし。」
「例えば?」
「メガネ。割と無くす。いや無くしてないんだけど、なんかの時に外したらどこか分からなくなることはままある。」
「メガネなんて体の一部じゃん。」
「だから無いと困る。」
「俺S〇GOCAとモバイルバッテリー無くしたことある。結局出てこなかった。」
「…それはメンタルやられるわ。S〇GOCAいくら入ってたん?」
「3000円くらい。」
「辛。」
駄べりながら走ってたら公園に着いた。
公園は木が生い茂ってて、林道みたいな感じの道が広がってる。中には小さめのグラウンドとか、噴水のあるちょっとした広場とかある。
街灯とかあんまりないので夜中は暗くて不気味だけど、朝は空気がよくていい場所だ。
とりあえず一周することにする。ここまで椿は一切ペースが変わらない。ついて行くのは楽勝だけど、喋りながらなのでちょっと苦しい。
「……さすが運動部だな。」
「ん?辛い?ペース落とす?」
「いい。」
木には昆虫が集まってるみたいで、子供たちが虫取りしてた。今どきの子供はゲームばっかりしてるんだと思ってたけど、こういう子達も居るんだ。やっぱり、男の子はカブトムシとか好きだよな。
「……昔ここで親父と虫取りしてさ。」
「へぇ……お父さん。」
「うん。でっかいクワガタ捕まえたんよ。でも、親父それがなんて種類か分かんなくてさ……後で図鑑で調べたらミヤマクワガタってやつだったんだけど。俺新種見つけたって思って興奮したんだよね。」
「新種?」
「親父がなんのクワガタか分かんなかったから……当時なんてさ、親父はなんでも知ってるって思ってたから……」
「……いい話だね。それ。仲良かったんだ?」
「昔はねー…今は親父もおふくろも、別に好きじゃないけど……もういないけど。」
「なんで?」
「思春期だから。感謝はしてるよ?でも好き嫌いは別。」
「もう終わってるじゃん、思春期。」
虫取りに興じる子供達を見てたら懐かしい気分になった。俺ら世代くらいがギリギリ夏休みに虫取りとかしてたのかな?
公園の中を通る道を大体一周してから、噴水のある広場にやってきた。そこで水分補給する。
「ミヤマクワガタってどんなやつ?」
「ん?頭が変な形のやつ。なんかケツみたいな形してんの。調べてみ?」
「ケツ?」
ハーフパンツのポケットからスマホを取り出す椿がG〇ogle先生で検索する。
「……へぇ。かっこいいじゃん?ケツかこれ?」
「ケツだよ。」
「捕まえたのどんくらいの大きさ?」
「ん〜……大きかったよ?5センチはあったんじゃね?」
「5センチ……こんくらいか。飼ってたの?」
「少しの間な。すぐに逃がした。」
「ふぅん……なんかいいな。ハルの思い出話。もっと聞きたい。」
「特にない。」
休憩もそこそこに再開。目的地がここなのでこの先は特に考えてなかった。とりあえず気持ちいいのでもう少し公園を走ることにする。
「……ほんと、髪伸びたな。」
「ああ。どう?似合う?」
「高校時代みたい。メガネも昔のだろ?なんで?」
「いーじゃん?」
「暑そう。切らねーの?」
「……ハルはどっちが好き?」
「どっちでもいい。」
スマホを見たら8時だ。もう30分走ったみたい。そろそろ戻る。
「帰りタピオカな?てかタピオカってどこで売ってんの?」
「知らないよ。コンビニ?」
「おい、ここらにタピオカ屋ねーの?」
「調べる?」
しばらくスマホをポチポチしてた椿はやがて顔をあげて肩をすくめた。
「無ぇ。」
「おいぃ。」
「タピオカなんてコンビニでも売ってるよ?セブン行こ?」
「行かん。ちゃんと店のでタピオカデビューしたい。」
「……そんな飲みたいん?」
「だって流行ってるし……」
「今はそんなにだと思うけど……まぁ、みんな飲むけど……」
「タピオカブームって一過性のものと思ってたけど…」
「一過性だったじゃん?」
「でも廃れてはなくね?なんかブームが過ぎて当たり前の物になったって感じ。なんか、ブーム過ぎたらどこでも見かけなくなるようなもんだと思ってたけど……」
「元々あるものだし?ブーム過ぎてから廃れたってのは間違いないんじゃない?お店減ったよ?」
「……タピオカ専門店とかってさ、ブームがずっと続くと思って専門店にしたのかな?」
「……さぁ。」
※
20分くらいかけて家に戻ると、時刻は8時半を少し過ぎた。途中買い物とかしたから。
「おかえりーっ!」
「ただいまーっ。琴葉ちゃん、お土産〜。」
帰ってくるなり元気に出迎えてくれた琴葉に椿が袋に入ったスイカを俺から奪い取って掲げる。
「琴葉、スイカ食べる?」
「食う!」
椿がシャワー浴びてる間にスイカを切る。そういえば今年は全然食べてない。
待ちきれないのか台所の周りをウロウロする琴葉に、切り分けたスイカを半分乗せた皿を渡す。
「落っことさないようにね。」
「縁側で食べるー!」
お盆を受け取った琴葉を見送ってから3人分の飲み物を用意する。カ〇ピスの原液を水で薄める。
カ〇ピスを持っていく頃には椿もシャワーから出てきた。結んでた髪を下ろしたら、髪は肩甲骨くらいまであった。一気にボリューミーになった気がする。
「琴葉ちゃん、スイカの種飛ばせる?」
椿と琴葉が並んで座る。俺も少し後ろに座ってスイカを一切れ取った。日差しがあるのでフィルムを貼った引き戸は開けない。けど庭が眺められるのは気分がいい。
「庭に種埋めたら、スイカ生える?」
「生えるかもね。やってみる?お姉ちゃんスイカの種飛ばせるんだよ?」
「飛ばすなよ?椿。」
エアコンの冷気とスイカの冷たさが体を冷やしてくれる。同時に、並んでスイカをかじる椿と琴葉の後ろ姿に、夏の終わりを感じて少しだけ寂しい気持ちにもなる。
学生の頃は夏休みの終わりは寂しかったけど、今となっては8月なんてただ暑いだけ。寂しいと感じるのはきっと、昔の感覚がまだ残ってるからだ。
それとも、夏休みなんて関係なしに夏の終わりは寂しいものなんだろうか……
スイカの甘さが口に広がる。
……早く冬にならねぇかな。




