表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

夏といえばスイカなので

 

  風邪ひいた。


  朝起きたらすげー頭痛かったから熱計ったら、38.0℃あった。

 

  ……やべえ夜風に当たりすぎたか。


  とりあえず会社に電話してお休みを貰う。昨日も体調不良で少し早めにあがったので、予想してたのか案外素っ気ない返事が返ってきた。

  その後りっちゃんに電話。今日休む旨とお客さんのところに行っておくようにと伝える。

  そのあと月島さん(同期)に、私の代わりに急ぎの仕事をいくつか頼む。


  諸連絡が一通り完了したので、私は冷蔵庫を漁る。

  大したものが入ってない。というか食欲ない。それでも昨日の夜からなんにも食べてないからなにか胃に入れようと思ってバナナを引っ張り出す。


  「……賞味期限ギリだ。」


  いつ買ったのかも定かじゃない若干黒ずんできたバナナをコーヒーで流し込む。


  時計を見たら8時。かかりつけ医は8時半からなので、支度する。

  顔洗って歯磨いて寝巻きから着替える。服は適当。


  鏡で見た自分の髪がだいぶ伸びてた。ので、何となく化粧台の引き出しからヘアゴムを取り出す。


  「……おお、なんか学生時代っぽい。」


  昔はこんくらい伸ばしてたなぁ……なんて思いながら寝室の机へ。なんだか懐かしい風貌に引き出しから当時のメガネケースを取り出した。


  縁の太めの赤いメガネ。かけてみたら全然見える。視力そんなに落ちてないもんな。


  ちんたら支度してたら8時半を過ぎる。マスクだけして財布とスマホと鍵を持って家を出る。


  目の前のエレベーターに向かうまでに、共用部の縁から下を覗く。

  下には吹き抜けの自転車置き場が見える。遥か眼下に、ひとつ上の階の真田さんがスーツ姿で自転車を持ち出すのが見えた。


  真田さんはよくお菓子とかくれる。だいぶ歳上だけど奥さん共々気安く付き合ってる。


  ……いいなぁロードバイクとか欲しい。


  なんて考えながらエレベーターで1階に降りた。かかりつけの病院はすぐそこなので歩いていく。正直きつい。


  近くに小学校がある。子供たちが楽しそうに登校していく。最近のランドセルは青いのとかあるんだなんて思いながら子供たちの列とすれ違っていく。


  ゴミステーションのカラス達を避けながら信号を待ってると、向かいの通りを自転車で走っていく茶髪のあんちゃんを見つけた。

  よく行くコンビニのバイトだ。でも私が行く深夜帯に出てるのにこんな朝から出勤だろうか?

  バイトをかけ持ちしてるのか、シフトを押し付けられたか……

  あのあんちゃんは対応が雑だから嫌い。




 ※

 



  診断の結果はただの風邪ということだった。


  薬局からの帰り道、私はふらっとスーパーに立ち寄った。

  入口で買い物かごを手に取ってあてもなく店内を物色する。真っ先に酒類のコーナーに足を運んで、色々見る。

  ビールってストックがあるのに買っちゃう……


  何となく野菜コーナへ……きゅうりが安かったのできゅうりをかごに詰める。ついでにスイカが安かったので買った。


  いくつかの食材を購入してフラフラと帰路に着く。店の外に出ると肌をじりじりと焼く夏の日差しが熱線みたいに襲いかかる。気づけば11時を過ぎてた。


  汗がドバっと吹き出る。怠さと暑さにやられながらマンションまで歩く。蝉がうるさい。




 ※




  何とか自宅にたどり着いてベッドに横になる。途端に瞼が重くなったけどなんとか堪えて服を着替えた。

 

  エアコンを入れて麦茶を用意する。シャワーを浴びたい気分だったけど億劫なのでやめた。

  買ってきたスイカの存在を思い出して台所へ。

  手早くスイカをカットしてついでにきゅうりも一本そのまま皿に乗せる。


  食欲はなかったけどほとんど水のスイカときゅうりはなんとか受け付けた。処方された薬を飲もうと麦茶に手を伸ばした時、スマホがベッドの上で震えた。


  着信はハルからだった。なんだろうか?


  「はい?」

  『わり。今いい?』

  「よくなーい。きついから……風邪ひいた。」


  電話の向こうで呆れたみたいなハルの声。


  『あーあ。仕事は?』

  「休んだ。私はそんな仕事熱心な方じゃないんで、熱出してまで出社しませーん。ゲホッ。」

  『あー、熱は?』

  「38℃くらい。」

  『あーあー。日頃の不摂生だろ。馬鹿め。』

  「バカは風邪ひかないので私はバカじゃないよー。」

  『知らんの?夏風邪はバカがひくんだぞ?てかテンションおかしくね?』


  熱で頭がボーッとしてる。ハルの声が遠くの方で響いてる気がする。なんだかふわふわした気分。


  『まぁ、はよ治せよ?』

  「オーライ。ところでハルはなんの用事?」

  『別に?昨日電話で体調悪いって言ってたからどうなったかなと……』

  「ほほぉ、優しいなぁ。一人暮らしの風邪は辛いんだよ。助けて。」

  『ハイハイ。看病に行ってやろうか?何が欲しい?』

  「酒。」

  『死んどけ。』

  「あははは。そろそろ薬飲んで寝るわ。ありがと、ハル。」


  通話が切れた途端どっときつくなった。忘れてた体の怠さが一気に出てきたみたい。私はベッドに倒れ込む。


  「…あ、薬。」


  危うく寝そうになったところで薬の存在に気がついてササッと飲み込んだ。


  ……明日には治るといいなぁ。


  熱があった時は「ラッキー、仕事休める♡」くらいに思ったけど、存外きつい。


  学生の頃は微熱でも休んでたなぁ。あの頃は風邪ひいたらラッキーだったけど……


  あの頃の気の所為程度の熱で得た休日とは違った。社会に出ると、楽に休日なんて作れないもんだ……



  --気づいたら寝てたみたいだ。不快な寒気と汗のじっとりした感触が気持ち悪くて私は目を開けた。

  でも起きたのはそれが理由じゃないみたい。


  部屋の中にけたたましく響くチャイムの音が来客を報せてた。


  重くてだるい体を起こして玄関に向かう。ドアスコープから外を覗いたら……


  「…ハル?」




 ※




  気づいたら時刻は17時前だった。4時間半くらい寝てたみたい。


  「……うわ、めちゃ涼しい。」

 

  迎え入れたハルが部屋に入った瞬間顔を緩めた。汗が滲んでる。暑かったんだろうな。


  寝てる間つけっぱなしだったので部屋は冷房で冷えまくってた。私はちょっと寒いくらい。


  「……どったの?」

  「どったの?って、看病しに来てやったんだよ。」


  そう言うハルは片手にスーパーの袋を下げて、服装は上下青い作業着だ。人形みたいな可愛らしい顔には似合わない。


  「……まじ?」

  「助けてぇって情けなく言ってたじゃん?ほら喜べ。ほら。」


  恩着せがましく袋から取り出したスポーツドリンクを押し付けてくる。うざい。

 

  えー、わざわざ電車乗って来てくれたのか……

  なんだろ。ちょっと嬉しい。


  「ま、俺が風邪ひいた時も面倒見てくれたし……」


  ついっと背中を向けるハルが台所に直行する。流しにはスイカ食べた時使ったままの皿とマグカップが放置してある。


  ……てか部屋が汚ぇ。恥ずかしい。


  「来るなら連絡して欲しかったな。掃除したのに。」

  「なんで病人が部屋掃除するん?てかいい部屋住んでんなあ。高いだろ?」

  「ん〜……社畜なんで金はあるからね。てか、知ってたんだ私の部屋。」

  「前来たじゃん。上がったのは始めて。」

  「そうだっけ?」


  ああ思い出した。去年の年末になんか荷物運んできて貰った気がする。なんだっけ?多分家電かなんか……


  「ああテレビかな?買い換えたテレビ持って帰ったんだよ。そん時家まで運んでくれたっけ?」

  「送ってもらえよ。店に。」

  「送料高いもん。」


  わざわざ車に積んで持って帰ってきたんだ。その時以来か。ハルが来るの。


  「冷蔵庫の中身勝手に使っていい?てか、飯食った?」

  「昼は食った。夜は食ってない。」

  「何がいい?そうめん?にゅうめん?」

  「そうめんしかないじゃん。」

  「暑いし、楽だし、早いし。豆腐もあるよ。」


  そうめんと豆腐か……酒のアテだな。


  「おまかせー……あ、スイカ食べる?冷蔵庫にあるよ。」


  なにやらカチャカチャ音がして、すぐに皿に盛られたスイカがやってきた。三角に切られたスイカを見ると、夏を感じる。


  「私はいーよ。昼も食べた。」

  「そ?まぁ置いとくから、腹減ったら食え。」

  「ハルにあげるって。」


  ベッドに横になる私の元にまたハルがやってくる。洗面器に氷水を張って、その水を吸ったタオルを絞って頭に乗せてきた。


  「……冷たい。」

  「冷え○タ買い忘れた。洗面台の下にあったタオルだけどいい?」

  「それトイレ掃除用。」

 

  速攻でタオルをぶん投げた。



  綺麗なタオルに変えてもらってしばらくボーッと天井を眺める。遠くの方で聞こえる食器の音や水音がなんだか頭にやけに響いて不思議な感じ。


  この家に人が来たのっていつぶりだろうな?ハルがこないだ来た時は玄関先までだった。


  てか、風邪ひいたのがいつぶりだろう?社会人になってから風邪ひいたこと無かった。

  なんなら人に看病してもらうのなんていつぶりだろう?実家にいた頃ぶりだ……


  「……今凄い人の温かさ感じてる。」

  「どうした?熱で頭がやられたか?」


  台所からハルの声が飛んできた。それがなんだか嬉しい。

 

  ハルの家で喋るのとはまた違って、自分の家にハルが居るのがなんだか不思議だ。ちょっとワクワクしてきた。


  「でけた。でーけーたー。」


  一人でワクワクしてたらハルが透明な器と小皿を盆に乗せてやって来た。乙女の寝室に侵攻するそうめんと冷奴。


  「ありがとうね。ハル。」

  「ん。」


  手を合わせてそうめんを麺つゆにつける。時刻は17時半過ぎ。

 

  「晩御飯には早いね。」

  「まぁね。はよ食ってはよ寝な。」


  薬味でネギとみょうがが別皿に盛られてた。合わせて食べる。


  「昔はそうめん嫌いだったな〜、味気なくて。」

  「俺もー。」


  ベッドの隣の地べたに座ってスマホをいじくる。その横で駄べりながらそうめんと冷奴を食べる。

  食欲がなかったけどなんだか食べられる。人の作ったご飯って好きだな。


  「ハル料理上手いよねぇ……いい嫁さんになるよ。」

  「うっせーはよ食え。」

  「……ハル仕事は?もしかして早上がり?」

  「大体こんくらいだ。残業なければ……」

  「いいなぁぁぁ!えぇ?定時何時?」

  「16時。」


  なんだそれ?そんなのでお金貰えんのかい??


  「……いいなぁぁ。」

  「そーいやバイク買った?」

  「買うか。免許からじゃん。」

  「取れば?乗るんじゃねーの?」

  「面倒くさいよね?って結論になったじゃん。」

  「なったっけ?なったのお前だけだろ。」

  「私がなったらつまり乗らないってことじゃん。」

  「乗らんの?」

  「乗らん。でも自転車は欲しい。」

  「だから買えば?」

  「ん〜…乗る暇ないもんなー……」

  「いくらでもあるだろ。日常生活で使えるじゃん?」

  「違うんよ、ハル。スーパーとかコンビニ行くのに乗りたいんじゃないの。サイクリング。したいの!」

  「あ、アサシ○クリードじゃん。」


  ハルの興味が一気に逸れた。ハイハイで隣の部屋まで行って色々拾ってる。


  「それさー、やろうやろうって思ってんだけど……」

  「バ○オもあるじゃん。え?やりたい。てかP○5あるし。」

  「そりゃあるさ。それのためにテレビ買い換えたと言っても過言じゃない。」

  「え?やらねーんだろ?ちょうだい?」


  何言ってんの?


  「……それいくらするか知ってる?」

  「知らん。俺ん家でやろーや。持って帰っていい?」

  「だめ。ここでやればいいじゃん。」

  「来ないし。」


  ……まぁ、用がないと来ないか。


  ハルとこんな形で喋るのも、中々ない体験だ。そもそも、友達の家にあがったことなんてあるのかなこいつ?


  ……まぁ、なんにせよ。


  一人で居るよりだいぶ楽に感じた。体も気持ちも、少しだけ……




 ※




  ちんたらそうめん食べて、ハルが洗い物をしてくれて、時刻は18時半になった。

  洗い物を食器棚に片付けたハルがそろそろ帰るって言い出したのはそれくらいの頃。


  「え?もうちょい居てよ。」


  つい口をついて出た一言にハルは目を丸くした。私も丸くした。


  風邪を引いた時って、無性に心細いからかな?ハルにこんなこと言うなんてちょっと想像出来ないけど……


  「いや、琴葉の飯作らないと。」


  ハルの一言に何も反論出来ずに黙ってしまう。そりゃそうだ。家では琴葉ちゃんが待ってるもの……


  「そうだね。」

  「なんかして欲しいことでも?」

  「ううん。ただ……何となく。動くのかったるいし。」

  「ざけんな。」


  悪態を吐くハルを笑いながら玄関先まで見送る。寝てろって言われたけどなんだか名残惜しくて着いて行った。


  「……そういや髪伸びたな。懐かしい感じ。」


  帰り際振り返りざまにハルがそう言って思わず髪の毛の毛先を触る。


  エレベーターに乗って降りていくハルを見送って部屋に戻ったら、また体がだるくなった気がした。


  急にしんとする部屋がやけに寂しく感じて私はテレビをつける。

  賑やかなテレビの音を聞きながらベランダに出る。外の熱気はまとわりつくみたいに不快で嫌になる。

  それでもベランダから身を乗り出して外に視線を巡らせるけど、ハルの姿は見えなかった。


  私はベランダから涼しい部屋の中に戻る。


  がらんどうで静かで寂しい。人が居ないだけでこんなに空っぽに感じるのは、風邪のせいだろうか……


  足下に放られたゲームのパッケージが目に入った。拾い上げてそれを見つめる。


  ……元気になったらこれ持っていこう。

  そんなふうに考えながら、私は話し相手の居なくなった部屋の中でベッドに潜った。


  ……早く明日になりますように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ