テニス部だったので
--日曜日。
生憎の雨模様で朝からポツポツと雨粒が降り注いでる。午後からもっと酷くなるみたいだ。
が、我が家では外出日和。
「……悪いな。休日に……」
「別にいーよ。」
助手席に乗る俺の声にハンドルを握る椿が返した。日曜日だけどこんな天気だからか道は空いてるようでスイスイ車は流れてる。
後部座席に行儀よく座ってる琴葉は、コーラを片手になんだか楽しそうに外を眺めている。車に乗る機会はあまりないから珍しいのかもしれない。
今日は車で買い物。
椿に車を出してもらって、離れた家具屋さんまで色々買いに行く日。
「……暑いな。」
「ん?エアコン入れる?琴葉ちゃん暑い?」
「あちー。」
靴を脱いで短い脚を後部座席に投げ出している琴葉が溶けた雪見だいふくみたいな顔で言う。椿は笑いながらエアコンをつけた。
「……ん。コンビニのコーヒーって美味い。」
「ハル。こぼさないでね?これ会社の先輩から借りた車なんだから…」
「中古でいいから買えば?」
「車?やだよ維持費かかるし駐車場代もかかるし保険とかあるし……って、この話前もしたけど?」
言いながら都市高速に乗る。田舎だからちょっとした買い物でも遠出しないといけない。
料金所で料金を支払って先に進む。
「下道でよかったじゃん。あれ?ETCついてねーの?」
「先輩のだって。悪いじゃん。」
「そりゃそうか……別にレンタカーでも良かったんだけど…」
「ええ?たった数時間の買い物のために?馬鹿らしいよ。」
ハンドル片手にドリンクホルダーからコーヒーを手に取る椿がストローを咥える。
「……ぬるい。」
「すぐ飲まないから……」
都市高速は一般道に比べて車が多い。数台前のトラックが遅いのか俺らの車までちんたら走る。
「兄ちゃん。お昼ご飯、なに?」
「なに琴葉。もうお腹空いた?」
「何食べるの?」
三人でのお出かけが楽しいのか琴葉は朝から上機嫌。頭に乗っけたサングラスがなんだか服装とちぐはぐで面白い。
「何にしようかね。決めてないけど…」
「柚姉は?何食べるの?」
「お姉ちゃん?お姉ちゃんはなんでもいいよ?琴葉ちゃん何食べたい?」
「北京ダック。」
え?何そのチョイス。
「あはは。お昼は中華だね。ハル。」
「どっち持ち?」
「え?私が払うの?運転させて?」
「……冗談です。」
言いながらラジオをつける。ちょうど音楽番組を放送してて、BGM代わりにかけておくことにする。
「知ってる?この曲。」
「なんかよく聴く。椿は?」
「Y〇ASOBIでしょ?たまーに聴くよ?」
「へ〜。」
音楽がかかった途端なんか後ろで琴葉がノリだした。小刻みに体を揺らしてリズムをとってる。かわいい。
「そーいやさ。ずうっと前から言おう言おうと思ってたんだけど……」
「ん?」
椿は一瞬俺の方に視線だけ向けてから、
「……エアコンつけよーよ。」
「……つけてる。」
「いや、家。」
家?
「……暑いってこと?」
「うん。」
「まだ6月だぞ?」
「いや…暑いって。何月だからとかじゃなくてさ…座ってるだけで汗かく。」
「だって雨降ってるし…窓開けらんないし……」
「だから、エアコンつけよーよ。」
何を言ってるんだね君は。
「……まだ早い。」
「ハルってさ、なんかこだわりあるよね。エアコン嫌い?」
「いや…7月後半までは扇風機でいい。」
「暑いよ。」
「暑い方がビール美味いよ?」
「いや……琴葉ちゃんも暑いでしょ?」
椿が後ろの琴葉に加勢を求める。しかし、外の景色と音楽に夢中だった琴葉は前の話なんて聞いてなかったのか、「?」と首を傾げて…
「……暑くない!」
多分、「今暑いかどうか」という質問だと思ったんだろう。今車内はエアコンきいてるし。
「え?逆に椿はいつからつけるの?」
「いつからって…暑くなったら。」
うわぁ金持ち。
「エアコン代もバカにならんのだよ。てか、他人の家のエアコン事情はいいだろ?」
「だって、暑いんだもん。というか、今はエアコンつけて良くて家はダメなの?」
「車はタダだから。」
「タダじゃないよ、エアコンつけるだけでガソリンどんだけ食うか知ってる?」
「知らない。」
蒸し暑いからかパカパカコーヒー飲んでたらもうなくなった。
「あ、椿リースとかは?リース車って保険とか車検とか諸々全部やってくれるんだろ?あれ月いくらくらいかかんの?」
「分かんない。会社によるでしょ。どっちみち駐車場代はかかるんだし……」
椿は車は欲しくないようだ。なんかすごく頑な。
「それよりエアコンだよ。まじで入れよ?死ぬよ?家の中でも熱中症って怖いんだから。」
「俺、エアコンかけるとすぐ体調崩すから。」
「それは寒くしすぎなんだって。」
「てかフィルター掃除まだしてないな。めんどい。」
「兄ちゃん、兄ちゃん。」
俺と椿の雑談に、後ろの琴葉が割り込んできた。体を前に乗り出してなにか訴えるように俺と椿を交互に見る。
「なに?」
「トイレ。」
わお緊急事態。
「椿〜。パーキングは?」
「それよりもう高速下りるから、下道でどっか探そ。琴葉ちゃん我慢してね。」
「う〜…こんにちはしかけてる。」
え?大きい方ですか?
「待って待って。一旦サヨナラして、これ借り物だから。お願いだから車でしないでね!?」
※
目的の降り口で高速をおりて、そのまま2、3分走る。
すぐに大きめのコンビニを見つけたのでそこに停る。駐車と同時に琴葉がバタバタと車から駆け下りた。
「トイレ空いてる?」
「今入った。空いてたみたい。」
間に合ったみたいだ。一安心。一番ほっとしたのは椿だろう。先輩から車を借りてまさかミソをつけて返す訳にもいくまい。
「ハル。ところで今日何買うの?」
「ん?琴葉の部屋の椅子がもうボロボロだから新しくしようかなって……ついでに学習机も……」
「ハルのお下がりだもんね。でも学習机なんて小学生くらいまでじゃない?もっとオシャレなの買ってあげたら?ずっと使えるし。」
「それは考える。てか、椿はいつまで学習机?」
「え?高校で寮に入るまで…寮は普通の机だったから……」
「……ん?椿って地元どこ?」
俺の問いかけに椿は信じられないものを見るみたいな目で俺を見る。
「え〜…嘘。何年の付き合いよ。秋田。」
「秋田!?」
椿の返答に今度は俺がびっくりする。だって遠くない?
「……秋田から福岡まで出てきたの?…なんで?」
「推薦。」
「……何してたっけ?」
「テニスだって。え?なに?知らなかったの?」
「テニス部とかあったっけ!?」
「……まじか。知らないで3年間も私とつるんでたの?」
「え?だって興味無いし。へ〜強いんだテニス。」
「……いや、私はからっきしだけど……」
「推薦取ったんだろ?」
「県大会1回戦負けしたし……でも、うちの高校は強かったよ?テニス…」
「え?なに?スポーツ女子なのお前。やば。陽キャじゃん。」
「何その陽キャ選定基準?」
まじか。知らなかった。テニス部女子で彼氏いたとか、バリバリの一軍だ。やばい。
「うわぁ絶対近寄れないタイプ……」
「いや、大親友じゃん?私ら。」
「俺とお前が仲良くしてたの多分なんかの間違え。」
「え?ひど…」
「え?今でもテニスとかやるの?」
「いや。やらないよ。部活だけ。別に好きってわけじゃなかったし…ただね。実家出たくて…それだけよ。」
椿は家族と上手くいってないのだろうか?なんにせよ俺からしたら羨ましい話だ。だって居るだけマシだから。
俺の両親がいなくなってから、椿はよく琴葉のこと見てくれたし、俺のことも気にかけてくれていた。
きっと部活が忙しかったろうに……
「…………ホントになんで?」
「え?なにが?」
椿と俺がこうして社会人になってからも関係が続くほどの仲になった訳が分からない。
そんなことに首を傾げている間に琴葉が戻ってきた。
「すっきり!」
「全部出たかね?」
「出た!兄ちゃんたちは?」
「兄ちゃんはいいや。椿は?」
「女の子に訊くな。大丈夫。行こっか?」
※
目的の家具屋さんのある商業施設まではもう少しだ。多分あと10分も走れば着く。
その間俺はさっきの話を引きずっていく。
「椿はさぁ……部活の試合とか出てたわけだ。へぇ……」
「え?ホントのホントに知らないわけ?「明日試合なんだよね〜」とか、「今日練習長いから先に帰っててね〜」とかさ、そういう会話……」
「なくね?」
「……ないか。」
学生時代、椿と四六時中一緒にいた訳ではないし、待ち合わせて一緒に帰ったりしてた訳でもない。
「……にしても知らなさすぎでは?あれ?なんかみんなでテニス部の試合の応援とか来てなかったっけ?私覚えてるよ?トモちんとかも来てたし…あれクラスみんな来てたんじゃないの?」
「誰だよトモちん。知らん。」
「トモちん。内藤巴。いわゆる陰キャの……」
失礼なやつだ。覚え方が陰キャって……
「ディスるなよ。」
「ディスってないよ。仲良かったし……今何してんだっけ…専門学校入ってたような……で、あの時とかハルは?応援来てないの?」
「ない。」
そんな催しあっても行かない。行けない。琴葉の世話しなきゃだし。
そこら辺は椿もよく分かってる。すぐに納得した顔で「そりゃそうか…」って引き下がる。
「なんだ残念。いい試合した記憶あったけどな…負けたけど……」
「え?勝ったことあるん?お前。」
「失礼な。そりゃあるさ。」
「へ〜……やっぱり想像つかねー。俺お前水泳部だと思ってた。」
「なんで?てか、体育祭の時とか部活対抗リレー……」
「見てない。」
「……だから陰キャなんだよ。ハルは……」
「やかましい。」
「評判だったのになぁ、私のテニスウェア姿……眩しい太ももがさ……」
「へ〜。じゃあ今度着て見せて。」
「え?やだ。てかもう持ってないと思う…」
「俺もやだな…20歳になって学生時代の部活着着てるやつ……見たくない。」
「なんなん?」
そうこう言ってるうちに目的地に着いた。
大型ショッピングモールの広い駐車場に俺たちの車は入っていく。
「あ〜1時間くらいかかったね。こんな遠いとこじゃなくて良くない?」
と、運転手の椿が愚痴る。その隣で俺はぽつりと…
「ここなら色んな店入ってるし……水着とか買えるじゃん?」
「……え?」
あ〜やだやだめんどくさい。
「水着?水着買うの?」
「……琴葉の買わなきゃじゃん?な?」
「な!」
車から降りながら、琴葉が紫外線に晒されて大丈夫かチェック。問題なし。いつも通りの完璧コーデ。
「お前も学生時代の入るか怪しいし?また車出してもらわなきゃだし?」
「入るわ失礼な!まだ2、3年しか経ってないし!てか…え?まじでプール行くの?」
だって琴葉が行きたいんだし……やだけど。
は〜やだやだと首を横に振る隣で、何故か椿のテンションが上がっていくのを、冷めた目で俺は見ていた。