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ブラック企業の空に  作者: 山木 拓
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2018年2月の出来事−2


 結局のところ我々がやっていることは、博打とそう変わらないと思う。この意見を言うと怒られそうな気もするが、大きな括りを考えると間違っていなはずだ。競馬は、馬券を買って予想が当たるか外れるか。パチンコは、玉を買って穴に入るか入らないか。宝くじは、くじを買って祈りが神に通じるか通じないか。そして証券取引は証券を買って、値段が上がるか下がるか。定義的にはほぼ同じだ。


 そして、親が儲かる仕組みも同じ。開催している側が券や玉を渡し、博打を打つ手伝いをして、ひとまず終わり。証券ならば、証券を売り買いする手数料によって稼ぎを出している。確かに株価がゼロにならない限りは続く、とか株を買ってもらった会社が価値を生み出しているとかそのあたりの話は違いはあるが、こちらの売る側からすれば構造は同じだ。


 そうなると、会社で評価されるものは、客をたくさん儲けさせて満足させた社員ではない。そうではなくて、より多くの証券を売り捌き、手数料をより多く稼いだ社員なのだ。


 先日の会議で引き上げられたノルマに対し、社員のリアクションは二つに分かれた。


「土曜日出社したくないし、説教されるのも嫌。だったら頑張ろう」


 藤田や宮本さんはこっち側だった。二人とも根っこは真面目な人間で、体力もある。だらけるのがそもそも嫌いなタイプだった。


「もう土曜日出社すればいいや」


 私や石井がこのタイプだった。どの道達成出来ない可能性の方が高いし、土曜日は外回り。外回りはサボっていてもバレようがない。であれば、最初から諦めてしまった方が、どう考えても効率が良い。


 きっとこれがノルマ至上主義の弊害だろう。ノルマに興味がない社員は、報酬で釣ることも罰で追い込むのも出来ない。逆にノルマに追い込まれたものは、これを達成するために家族や友人に頼り、関係を悪化させたりするかもしれない。そう考えると仕事には、金銭や時間的な利害以上のものも、何か必要と思う。


 それにしても、宮本さんと藤田の働きぶりは異常だった。宮本さんは、朝一番に会社に来て新聞を読み込む。家でも読めるかもしれないが、誰もいない会社が一番集中できるとの事だ。そして夜は顧客の下に赴き、付き合いを深めていった。長時間働き続けた宮本さんに対し、藤田は残業を出来るだけ減らしていた。基本的に証券取引は平日の朝九時から昼の三時まで可能なわけだが、その間席を全く立たない。電話がメインの日は受話器を置いている瞬間すら見ていない気がする。ましてや水すら飲まない。となるとトイレに行く可能性が減る。どこか、鬼気迫るものを感じた。


 私や石井は、いつも通り業務を続ける。時間があれば営業をするし、電話がくれば対応する。それだけ。後藤や木下は、宮本さんと藤田に振られた厄介な案件を代わりに手伝っており、結果としてそれが成績向上にはつながっていた。


 二週間ほど経って、やはり二人の成績は飛び抜けた。延々と働く宮本さんと、定時まで猛スピードで働く藤田。対照的だったが、二人ともまるでこれがラストスパートかの様に働き続けていた。支店長からメールが届き、『ほら見たことか、やればできるだろう?』みたいな内容が書かれていたが、とても気まぐれで出せるやる気とは思えない。多くの社員が、彼らを心配していた。


 しかし私は、藤田に関してだけだが、何故これほど働くのかを知っていた。


 会議の翌日、藤田のカバンが変わっていた。いつもはごく普通のビジネスバッグだったのだが、かなりスポーティーなリュックを使っていた。そして帰りがけは、会社のビル一階のトイレに入り、スーツから運動着に着替えて出てくる。どうやら彼は会社から自宅まで走って帰るらしい。以前自転車通勤を検討していたの考えると、おそらく走れなくはない距離なのだ。


 今まで退職者を何人も見てきた身からすると、この会社から逃げるように脱出する人間の目、この会社から旅立つ様に脱出する人間の目は見れば分かった。彼はおそらく、再びトライアウトを受けようとしている。私にはわかる。藤田は挑戦によって旅立とうとしているのだ。




 だがいくら残業を無くそうと努力しても、終業間際に大量の業務が降りかかることがある。この会社の株を今日中に捌け、だとかこの会社の債券の買い手を今日中に見つけてこい、だとか。ノルマが云々の上に当然この業務は入っていて、支店長も時々視察に来るようになってしまった。現場は疲弊する。日によっては全員が遅くまで残る事もあり、藤田もその例外ではなかった。




   ・・・




 その月の最終週。結局ノルマ達成出来たのは宮本さんと藤田だけだった。だが、課長はご満悦だった。幾つか分かれていた営業課の中で、どうやらウチがトップだったらしく支店長からは何も叱責を受けずに済んだらしい。


「お前ら、飯でも行くか! 奢るぞ!」


 これはかなり珍しい発言だった。確かに部下を酒に誘うことは時々あったが、全員に声をかけてその代金も出すなんて羽振りの良さは、私が働いてきて初めてだった。


「藤田! 宮本! 朝まで行くぞ!」


 二人とも明らかに渋った顔をしていた。宮本さんは疲れもあるだろうし、藤田は特に、家に帰ってからやる事がある。これには付き合ってられないのだろう。


「あー、ちょっと自分は、その」


 なので藤田は話を濁していた。


「なんだ、ノリ悪いな。木下、なんかないのか!」


 課長は何故か、木下に話を振る。木下は数秒悩んで、


「ここで出前でもとりましょうよ。ピザとか寿司とか」


 そう提案した。何人かはたまには良いかも、といった具合で賛同してたが、少なくとも私と石井は早く家に帰りたかった。


「…たまにはそういうのも良いかもな!」


 店に行くよりはマシではあるが。


 何人かは、こっそりバレないように上手く抜け出していた。藤田も、木下が課長と喋っている間に帰っていた。




 そしてその週末、藤田は退職届を提出したらしい。

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