13/13
2019年11月の出来事
皮張りのソファーに座った支店長は、私の退職願を持ってしばらく黙っていた。封筒を開きもせず、そこに書かれている『退職願』の文字をじっと見つめている。そして意味もなく裏面を2回ほど確認した後、ついに口を開いた。
「転職先は決まったのか?」
私が退職願を渡すと、決まってそう言ってきた。
「…いや、決まってないです。」
嘘をつけない人間だった私は、そう答えるしかできなかった。
「だったらやはりコレは受け取れないな。辞めるにせよ続けるにせよ、ひとりの人間として俺はお前を放っておけないんだ。決してお前の人生の邪魔をしたい訳ではない。俺は、お前のためを思って言ってるんだからな。」
そう言って、支店長は退職願を机において、私の方へ滑らせた。
「わかりました。ありがとうございます、失礼します。」
その退職願を、私は置いて帰った。
私はきっと、この会社から旅立つ様に脱出する人間の目をしていたのだろう。