(3)戦闘の開始
がくんっと体は支えられているにもかかわらず大きくバウンドする。
ウィンディアは他の機体と比べ機動性を高めるため軽量化されている。
その分安定感がなく、装甲も薄い。
砂漠といってもそこは日本、広大な平地が広がるわけではない。
それでも昔に比べて山脈は無くなったが、代わりに廃墟と化した都市の建築物が行く手を邪魔する。
「キオウ、場所ここで合ってるのか?」
『はい。旧国営鉄道の渋谷駅です。渋谷地区の由来はここの都市名からきているんですよ』
観光案内をし出しそうな鬼王の言葉に夜叉がうんざりした表情を浮かべた。
『夜叉、もう少し会話をですね・・・』
「で、どこに向かえばいいんだよ」
あまりにも冷ややかな夜叉の声に鬼王も大人しく任務を遂行する事にした。
『ここ一帯のどこかに誘拐された弟が居るのは間違いないです。反応がありますし、義仲からの情報でも裏取りできています。ただ・・・妨害されているようで正確な位置がつかめません。状況から誘拐犯も同じ場所にいるんじゃないかと推測します』
「それなら周りを調べるしかないか。キオウの方でも反応があれば教えてくれ」
『了解しました』
人形内部、人形乗りが乗り込む操縦席と呼ばれる場所には全方向に外部が映し出されるスクリーンが設置されており、人形を起動した状態だと人形乗りが座る座席がまるで空中に浮かんでいるように見える。
座席には両手両足を差し入れる筒のような機器が設置されており、人形乗りがそこに手を入れ血管認証を行うことで人形は起動する仕組みだ。
基本的に操縦席の造りは同じだが、人形乗りが自分の機体をカスタマイズすることは許されており、現在夜叉が使用しているウィンディアの座席は真っ赤な布張りのものだった。
薔薇であろうか柄の入ったその椅子は、本来の所有者、迦楼羅のカスタマイズだろう。
椅子と言えば簡素なもので背もたれなどなく、木や金属で作られただけのもののイメージしかなかった夜叉がそれぞれの機体の操縦席を見た時は言葉を失った。
戦闘するだけの椅子に、ここまでの装飾が必要な理由が全くわからない。
『ところで、夜叉。同調具を『腕輪』ではなく『額飾り』に変更していただけないですか?その方が同調率がいくらか上がるはずです』
先ほどから夜叉の座る椅子の周りに現れては消えるを繰り返していた鬼王が再び現れると、その手には宝飾品を乗せた布張りのトレーを持っていた。
そこに乗っているのはいわゆる女性ものの『額飾り』である。
赤い宝石なのかガラスなのか、夜叉にはその価値は全くわからないがなんかジャラジャラとついている。
なんだってこんな雨を繋げたような、稲穂がいくつも連なっているような、そんな邪魔なものを身に着けたいのかわからない。
再び顔をしかめるとこれまた赤い石がはめ込まれて、植物の蔦が這うようなきめ細やかな細工の『腕輪』を見る。
「なんでこんなにジャラジャラしてんだ・・・どっちも。わかった・・・変更を許可する」
『ありがたき幸せ。では付け替えますね。これは機体ごと迦楼羅からお預かりした物ですから、彼女の趣味でしょう。夜叉にも似合ってますよ』
立体映像である鬼王たち人形使いは生身の人間にもちろん触れることはできない。
ただここ、操縦席内でだけは、触覚などの五感の認知に介入する事で人形乗りに触れたように思わせることが出来た。
また幾つも設置されている操縦席内のアームなどによって、まるで人形使いが物量のある物質を動かすことができるように錯覚させられる。
許可を取れば、うやうやしい態度で『腕輪』を外し、『額飾り』を夜叉に着ける。
夜叉としては初めて人形に乗り、知識としては知っていたが本当に人形乗りが触れてくる感覚に何とも言えない気持ちになった。
しかも、こんな風にうやうやしく装身具をつけられた経験など勿論ないので、非常にむずむずする。
「ほんとこれ・・・気持ち悪いよな」
『夜叉ってしれっと酷い事いいますよね』
その感情を打ち消すように夜叉が呟くと、鬼王が苦笑し、手にもっていた『腕輪』の乗せたトレーを空中に差し込むような動作で消す。
全方向スクリーンを展開しているので空中に消えたように見えるが、単に所定の場所にしまっただけだ。
人形乗りと人形を繋ぐのに必要な同調を起こす為にアクセサリを身に着ける。
『額飾り』『腕輪』『首飾り』の形をそれぞれしており、基本的にはどれか一つを身に着ければ同調を維持できる仕組みになっている。
3点の中でも『額飾り』が一番同調率を上げやすいとされているため、そちらを利用する人形乗りは多い。
人形の操作はこの同調具を身に着け、操縦席に座る。
それだけだ。
人形乗りが同調すると、それは人形使いを通して人形に反映して自分の手足のように自由に動かすことができ、瞳を閉じることで視界も同調し、操縦席のスクリーンよりもクリアに外部を見る事が可能だ。
あたかも自分が巨人にでもなったかのように感じる。
更に慣れてくると各種レーダーなどもその状態で操作、確認が出来る・・・らしい。
これらは訓練で夜叉は知識として知ってはいるが、体感したことは残念ながらまだなかった。
そして人形と五感を共有する代わりに操縦席の人形乗りは、自身の本当の身体を動かすことが出来なくなる。
指すらも動かせず、ただ椅子に座りそれこそ自分が人形になったようなこの感覚は、訓練で何度体験しても夜叉は未だに慣れない。
認知、認識の問題なのか夜叉には難しい事はわからないが、本当の身体が動かせない感覚と、自由に動かせる巨大な体の感覚が共存する。
訓練用人形使いはもちろん今の鬼王のように話しかけても来ないし、同調具を変更してくれる事もない。
身体が動かせない違和感にも慣れないのに、世話をされるのが好きであれば甘受できるのであろうこの状況に、慣れる日が来るのか・・・と夜叉は自分の今後に不安を抱く。
ちなみに自分の意志でを人形を動かし、おおよその感覚は共有するが、唯一痛覚だけは完全に遮断されていた。
痛みは全て人形使いが吸収する。「身を呈してお姫様を守る騎士」という構図だそうだ。
痛い思いをしなければ成長しないんじゃないか、と夜叉は自らの経験からそう思うのだが、お姫様気分の同僚たちには理解してもらえなかった。
夜叉は大きく深呼吸をすると、空中にサブスクリーンを展開して熱感知などを利用した対物レーダーを起動する。
それだけでも頭にちくりと痛みが走ったので、同調具を変えたとしても同調率は50%を切っているのだろう。
ただ、訓練用人形使いで乗った時と比べれば、だいぶ身体が軽く感じるのは確かだった。
「アースノアが二機?一つは玲央だろ?これは誰だ?」
『アリスです。ビットが乗ってますから』
「・・・アリスってあいつか、会うたびに攻撃してくる奴」
『あれは夜叉に抱き付いているだけですよ。勢い余ってラリアットみたいになってるだけで。夜叉が可愛いから仕方ないですよね。僕も抱き付きたいけどそんなことしたら嫌われそうだし』
「てめぇいいかげんにしろよ。無駄口叩いてる場合でもない・・・いてっ」
ずぐんっと今度は大きく頭が痛み、思わず声を出す。
『同調率41%。これ以上下がるとさすがの軽いウィンディアでも動かせなくなりますよ』
「・・・わかってるつーの・・・っ?!!なにか来る?」
夜叉の反応は早かった。
操縦席内のスクリーンで一瞬太陽光を反射したようなものを見て取ると、近くにあったコンクリート壁に身を隠す。
平和であった時代には高層ビルと呼ばれたもののなれの果てだ。
夜叉の乗るウィンディアが居た場所を幅広い光が照らし、一瞬にしてその周囲を真っ赤に染める。
高熱によって溶かされたコンクリートや砂が、まるでマグマのようにドロドロと溶けたのだ。
あと一瞬回避が遅かったら・・・。
ぞっと背筋に冷たいものが伝った感覚がした。
だが夜叉には目的がある。訓練ではなく実戦で。この戦いで。必ず成果を残す。
だからこんなことで心を折るわけにはいかない。
瞳を閉じ、視界を人形と同調させると、夜叉は注意深くまわりの様子をうかがった。