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後編

「それでまあ、その時に転んじゃって、膝擦りむいたんですよ? 酷いと思いません? 酷いですよね?」

「君のその体験を聞いて、私は何を返せば良いのかな? 無事で良かったと胸を撫でおろすのが一番当たり障り無いとは思うが」

 自分の膝を撫でるシレリアの言葉を聞きながら、ウォルドは考える。技王国の鉄巨人と争い合ってから、一時間は経ったろうか。

 鉄巨人に襲われ、半壊状態になった基地のテントの修理を手伝っていたところ、へろへろと遺跡からシレリアが戻って来てから、それくらいの時間が経過していた。

 来て早々に事件が起こった。これをどう考えれば良いのか、ウォルドはシレリアの言葉を聞き流しながら考えていた。

「楽しくおしゃべりしているところ申し訳ないが、こうなった以上、あんたらを無下には出来なくなったわけか?」

 とりあえずの立て直しが終わったテントの中で、兵隊長もこちらの会話に参加し始めた。

 彼の言葉については、ウォルドとて聞き逃すつもりは無かった。

「敵国の鉄巨人が来たので、こちらは対処したまで。そこまで恩に感じる事は無いかと」

「で、俺達にはあの鉄巨人に対抗する手段は無かったって事だ。なら、あんたらの存在に感謝はするさ。監査か何かは知らんが、鉄巨人っていう戦力を持って来てくれた事にな?」

 その感謝については、複雑な思いで受け止めて置く。ここに来ても、やはり鉄巨人は単なる戦力としてしか見られていない事を知ってしまった。

「あ、じゃあ私達、何かこう、要求できちゃったりします?」

「そりゃあしたって良い立場だろうが、俺達に差し出せるものなんて無いんだが……だから監査なんかしても無駄だって言いたいね」

 あまり魅力的な話では無かった。目を輝かせていたシレリアも、すぐにそれを曇らせている。

 ただ、ウォルドはそれでも、今の状況は無駄では無いのではと思えた。

「要求……それが許されるのなら、もう一度、あの遺跡を調査させていただきたいかと」

「あー、またウォルド君はそうやって、私情を仕事と混同させてぇ」

「そういう事では無い。監査云々の話で言えば、もっとも重要視するべき事態になったと言うだけのことだよ」

 状況は変わった。それだけは言える。敵国の鉄巨人に襲われたなどと言う新たな状況は、ウォルドに行動を促させるには十分であったのだ。

「ふぅむ。思うに、あれは何で俺達みたいな、文字通り場末の基地を襲いに来たのか……あんたはそれがあの遺跡にあると考えているわけか」

 兵隊長の言葉にウォルドは頷きで返した。

 あの鉄巨人の目的を考えるに、そうとしか考えられないからである。まさか妹の顔に泥を塗ったウォルドを、わざわざ狙いに来たと言うわけではあるまい。それは単なる偶然だ。

 ここに最初から存在した、価値あるものを狙った。そう考えるべきだろう。

「シレリア君。それで君が、崩れた遺跡の中で見たものに話が戻るわけだが」

「戻るのなら、最初から聞き流して欲しくなかったのですが?」

 やはりシレリアの言葉を聞き流しつつ、ウォルドはテントの外、遺跡のある方に視線を向けた。

「中にドラゴンが居たと言うのは、本当かね? シレリア君」




 聖王国には神話がある。その国教である白神教が語り継ぐ創世神話だ。

 かつて、この世界には大地と、そして竜と巨人がいた。昼も夜も無いその世界で、ただ巨人と竜が争い合うだけの世界。

 互いに強大な力を持つ二者の戦いは永劫と思える程に続く。

 だが、そこに白神と呼ばれる女神が降り立った。女神はすべての巨人を地に埋め、すべての竜を燃やし尽し、灰にして、大地を肥やし、命を育む世界へと変えた……そんな創世神話が存在しているのだ。

「国の中心教義にあれこれ言うのは不敬なのだろうが、単なる伝説だと昔は考えられていた」

「あらあら、考古学者さんとしては、荒唐無稽な話はお嫌いなのですか?」

 崩れた遺跡へと移動しつつ、ウォルドは必要となる知識について確認して行く。シレリアの方は、真面目に聞いているか怪しいものの。

「かつて、神話などは荒唐無稽なフィクションだと考えていた学者はいただろう。そう考える自分は理知的だと言った様子でな。だが、そんな優越感は捨ててしまえと現実は教えて来る。それが現実だよ」

 そんな現実を認識しながら、崩れた遺跡を進む。崩れたと言っても、どうやらあちこちの壁が倒れている程度のもので、むしろ空間としては広がりを見せていた。

 恐らく、崩れた壁の部分は、何かを隠すために急造された比較的脆い部分だったのだろうと思う。

「そういえば私も聞いた事ありますよ。地面の下に鉄巨人が見つかった時、これが神話で語られる地面に埋められた巨人なんじゃあないかって話」

「聖職者であれば、それはもう、まさに神の実在の証明だとか、神話は真実を語っているとか言われて来たのだろうね。学者側にとっては、手痛い現実であったのだよ。確かに、神話は歴史の一部を語っている事の証明だったのだから」

 まさか本当に、昼も夜も無い大地だけがそこにあり、神秘的な存在が争い合ったと言う事もあるまい。

 ただ、鉄巨人という存在があって、それは戦う力を持っているというのは事実だ。ウォルドが考えるに、鉄巨人は過去の人間が作り出した道具か何かだろうと思われる。

 何時しかその道具を作る技術は失われ、その力のみが古い記録として残される様になった結果、神話に組み込まれる事になったのだと。

「んー……つまりですね。神話の話を再確認すると、巨人が戦ったドラゴンも、何らかの史実を語っているって、そういう事ですよね?」

「ああ、そうなるかもしれない。何らかの痕跡が見つかればの話でしか無かったが……見つかってしまったのなら、やはり仕様が無いと言える」

 遺跡の奥深く。崩れた壁の向こう側に存在していたそれ。

 それはまさにドラゴンと呼べるようなものであったのだ。

「骨……ですよね? これ。本物かな? 作り物だったりして?」

 崩れた壁の向こう側は、祭壇の様になっており、祭壇の上に乗る様に、ドラゴンの骨らしきものが存在していた。

 骨格だけを見て、そうだと分かるくらいには形が残ったその竜の骨。シレリアが言う様に作り物と思えてしまうほど、現実離れした姿をしていた。

 ワニの様な顔に幾つも生えた角。鉄巨人と同じ程度の大きさの身体には、背中側から翼を形作っていただろう骨の芯が伸びていた。

 背骨からそのまま伸びる長い尾と言えば、祭壇からははみ出ていて、竜の骨周囲にぐるりと巻かれている。

「作り物であろうとも、かなり重要視されていた事は確かだ。こうやって隠されていたのもそうだし、この遺跡の頑丈さもある」

「頑丈って、上で騒動があったから崩れたじゃないですか、ここ」

 シレリアの言葉は嫌味を含んでいた。幾らか恨みでもあるのだろうが、建物に恨みを抱いたって意味があるまい。

「崩れて、まだ残っている。それが脅威だよ。この遺跡にある構造をしっかり見たかな?」

「そういう物をしっかり見るという行為は、ウォルド君に一任してるんですよ、私」

「信頼されて嬉しい限りだ。で、この遺跡だが、鉄巨人の様な解析も難しい技術で作られたわけではない。むしろ、我々にとっては既知の技術で作られたものだと分かる」

 周囲を見渡す。壁も、天井も、床も、ドラゴンが配置された祭壇とて、何か突拍子も無い物が使われているわけではあるまい。

 むしろ、古臭く原始的。そういう表現すらできる景色がこの遺跡にはあった。

「なんだ、つまり、大した事も無い遺跡って事ですか」

「そうじゃあない。もしかしたら我々よりも技術で劣るかもしれないそんな人間達が、それでも長い年月を耐える物を作り出したのだよ。それだけ、あのドラゴンの骨らしきものが重要だったと言う事だ」

 遺跡の中心こそがこのドラゴンの骨だ。隠され、しかしとても大事にされた存在。何がしかの価値は確かにそこにあった。

「私もそれくらい分かりますよ? 技王国がこれを狙ってるかも。それくらいの価値はあるかもって、そういう事でしょう?」

「答えだけ言ったところで、ちゃんと理解しているかどうかは怪しいがね」

 しかし、シレリアの言う通り、技王国がこの竜の骨を狙っていたとは、確かにそう考えていた。

 こんな砂漠の中で、長年、小さな基地で監視され続ける程度だった遺跡。それを貴重な戦力を割いてまで狙って来る動機など、この竜の骨以外に存在していない。

「けどけど、長年隠されていたわけで、我が聖王国もこんな骨を発見できなかったんですから、そんなものを技王国がどうして」

「知識に関してはあちらが上だ。昔からそう言われている。技王国の言い草を借りるならば、我々は迷信を語り、あちらは真実を探求する……だったか?」

 人々が知識を得、高め、技能を習得し、社会に貢献する。そのための制度が高度に確立された国。だからこそ技王国などと、かの国は呼ばれているのだ。

「なーんかやな感じですよね? 自分達が賢いって言うくらいなら、嫌味染みた部分くらい治せなかったんでしょうかねぇ」

 一応は聖王国の聖職者だけあって、技王国側に信仰を迷信と言われる事には何がしか思うところがあるらしいシレリア。ただ口が悪い。

「ま、互いに戦争を続けるくらいには、どっちもどっちと言う事なのだろうさ。だが、この遺跡に関しては、我々よりも確度が高い情報を掴んでいると見るべきだ」

 長年、聖王国側がその管理範囲に置きながら、今の事態に発展したと言うのであれば、これは聖王国にとっての恥になるかもしれない。

「思わぬところで、査察の成果ってやつですかね? 戦争なんて続けるから、肝心な部分に目が行かない……みたいな?」

「そういう言い方も出来るし報告もできるが……まだ変な形をした骨が見つかった程度の話でしかないから弱い。だからこそ、基地の兵士達の手も借りたいわけだよ、私は」

 調査の必要があると、そういう事だ。

 この竜の骨を、技王国は狙っている。

 それはつまり、この骨の価値を、ある意味では認められた様な物だ。このまま、この遺跡に置いたままと言うわけには行かなくなったはずなのだ。

「具合の良い事に、聖王国の神話にも竜が登場する以上、これが調べる、運び出す価値のあるものだと認めさせるに、それほど障害があるわけではない」

「まーあ? 神話は真実だった! みたいな事を宣伝する材料にはなりそうですね。そうして運び出すのに、あの基地の兵士さん達にも手伝って貰おうと、そう考えてる?」

「要求をしたって良いとも、遺跡の調査をしても良いとも、どちらの言質も取っている」

「あーらら、結構、考える方ですね、ウォルド君ったら」

 何かいやらしい物でも見る様に視線を向けて来るシレリア。別にそれほど腹黒くあるわけでは無い。

 ただ、査察の結果、価値のあるものを見つけたのであれば、それはそれで確固たる成果になるなと考えているだけだ。




 そうだと決めて、スムーズに事が運ぶのであれば、世の中の悩みの半分は無くなるだろう。

 シレリアは技王国の襲撃を受けてから数日経った遺跡の光景を見て、そんな現実を実感していた。

「人数の少ない基地だし、ドラゴンは大きいし、遺跡の出入口は狭いし。そりゃあ、捗りませんよね?」

 遺跡の出入口付近では、汗だくになった兵士達が、まず出入口を広げようと努力をしていた。

 つまりまだ、その程度の段階なのだ。

「労力の増員に関しては、注文を既に出している……らしい」

 渋い顔をしているウォルドを見て、シレリアは鼻で笑いたくなった。

 こんな国土の端にある遺跡にどれほどの人間が送られて来ると言うのか。

 もし送られて来たところで、遺跡の出入口を開く程度に手間取っているのなら、竜の骨を持ち出すにはどれほどの期間が掛かるのか。

 ウォルドが考えた作戦に対して、所詮は机上の空論だと言ってやる事も出来ただろうが、そこは情けとして黙ってあげる事にした。

「声に出していないだろうが、顔が厭味ったらしいぞ、シレリア君」

「なんと。私、どんな顔をしていましたか?」

 あまり内心を外に出すべきではない。ごくごく一般的な淑女として、その様な考えを身に着けているシレリアだ。今後の反省として置きたい。

「ふぅむ。キノコを見つけた豚みたいな顔と言ったところか……」

「女の子を表現する動物に豚を上げないで貰えます?」

「子? いやはや、まあ、言いたい事は色々あるが、この進捗については想定通りだよ。上手く運び出せたのならそれが一番だったが、不可能であればそれはそれで仕方あるまい」

 実際、渋い顔はしていても、焦っている様には見えなかった。

 これでも考古学者だ。遺跡発掘がどの様に進むかなど、彼なりに予想はついていたのかもしれない。

「けど、竜の骨を回収する事が査察の成果にしようとか考えてたわけですよね? それは近い内には不可能っぽいですけれど」

「こうやって、遺跡の中に大事なものがあって、それを得ようという既成事実さえあれば、それを発見するきっかけになった我々に存在感が発生するだろう?」

「ははぁ、つまり、発掘作業が長く続いたとして、続けば続く程に、私達は安泰だと、そう考えている?」

「いやらしいやり方だから、やはり次善の考えでしか無かったがね」

 とりあえず、この構造を作り出せただけでも、初めての仕事としては及第点と言う事らしかった。

 この後にウォルドがしそうな事はと言えば、この状況を聖都の軍本部にでも報告しつつ、軍事力だけでは無く、重要物資の運搬にも労力を割いた方が、国の利益になるだの何だの難癖を付けたりする事だろう。

(そうとなれば、私の方は暇になりますね。良い事では?)

 報告書の作成も、その内容を考えるのもウォルドの仕事だ。付添人のシレリアはただ、暇を貪るだけの日々が残っている。

「また豚みたいな顔をしているな?」

「だから女子に向かってそういう動物の例えはやめてくださいってば。小鳥とか蝶々とかそういう表現にできません?」

「グランギョル鳥みたいな声を君は偶に発生させる」

「何の鳥!?」

 答えてはくれず、ウォルドは遺跡の方を見るのみだった。作業の進捗がそれでも気になるのか、それとも考古学者としての心が騒ぐのか。

 どちらにしても、シレリアには関係無かった。何時までもひたすらに暑い砂漠だ。どこに行ったところで暑いわけだが、立ったままでは嫌にもなるため、幾らか歩き回ってみる事にする。

 万が一にでも迷ったりしない様、基地のテントが見られる範囲での散歩であったが、十数分ほど続けたところでとある結論を出した。

「砂漠で散歩なんてするもんじゃあないですね」

 気付けば汗だくだ。太陽の光は突き刺す様に強力だし、容易く体力を消耗してしまう。

 何時しか足を止め、テントの方をシレリアは見た。

(あそこに帰るべきだけど、それにしたってちょっと休憩……)

 とりあえず立ち止まり、そこで息を整える。足ったままでも暑くて気力が落ちて来るから、それにしたって何時かは歩き出さねば。

 そこまで考えたところで、ふと、隣から水筒らしきものが放り投げられた。

「はい?」

「よう。ちょっと歩く程度だったんだろうが、大分消耗してるぞ。ここじゃあ水分補給を忘れちゃならん」

 水筒が来た方向を見れば、遺跡の発掘作業には参加していない兵隊長の姿があった。

「……サボりですかね?」

「まあ……だいたいそんな感じだ」

 言いながら、兵隊長は自分の分の水筒から水を口に含んでいた。となると、シレリアの手元に収まった方の水筒と言うのは、それこそシレリアのために用意されたものなのだろうか。

「あー、親切されちゃいました? いやぁ、私、美人ですし、そういう気遣いっていうの、ついついされちゃいがちなんですよねぇ。けど、そういうお相手を見つけるのは、まだちょーっと先の方が良いかなと」

「もうちょっと出るところを出してから言うべき台詞だな。ただ、アプローチは正解だ。ちょっとあんたと話がしたかった。あのお坊ちゃんに関しての話だ」

 お坊ちゃんと言われれば、すぐに思い浮かんでくるのがウォルドという少年だ。

 今でも遺跡を渋い顔して見つめているのか、それとも、発掘調査を手伝い始めたりしているか。何にせよご苦労な事だ。

「不思議な子ではありますよね。どうしようも無く面倒くさい性格しているタイプの」

「やっぱりそういう人種か。あんな子どもが突然監査役なんて当初は戸惑ったもんだが、数日付き合うだけでも、根が真面目なのが分かる。あー……だからな、これは俺みたいな立場がついつい考えちまう事ではあるんだが……」

「隣で誰かしら支えてやった方が良いんじゃないかって、そういう事ですよね」

 兵隊長から、きょとんとした表情を向けられる。彼はその後、居心地の悪そうな顔になってから、漸く口を開いて来た。

「分かってるから付き合ってるのか? あんた」

「さて、どうでしょうね。まあ、付添人だから、仕事ですよ仕事」

 シレリアの方は、そういう事で決着をつけていた。今は恐らく、それで良いとも思えている。




 カツカツと靴で廊下を叩くのは、趣味と言うよりは癖である。

 下の方の姉からは、そういう歩き方は聞いた相手を威嚇する様で良くないと常々言われているが、それでも止めるつもりは無く。むしろそれで良いでは無いかと思う。

 足音の主。紅の三番と言う鉄巨人の乗り手。ラミニ・ネイトはそういう少女であった。

「腹立たしいですわね、リィンお姉様」

 言葉だって刺々しいと良く言われる。ただ、世の中不愉快な事が多いのだから仕方あるまい。

 例えばそう、廊下を歩き、目当ての部屋へとノックもせずに入り込んだその先に、血を分けた二人の姉の内の一人が、怪我をしてベッドで横になっている光景を見ると言うのは、どうしたって不愉快になるだろう。

「腹が立っているのは、姉の情けない姿を見ているからかな? 君の方も、同じ人間にやられたから? それとも……やっぱり足音が鳴る癖が直らない事かな?」

「そのすべてですわ、お姉様!」

 高らかに宣言する。何時だって自信に溢れた心こそがラミニの武器だ。そうして自分の鉄巨人である紅の三番もまた、ラミニの誇りだった。

「今度戦場で出会う事があれば、あの三本角の鉄巨人。わたくしが確実に仕留めてさしあげますから、リィンお姉様はゆっくり休んでくださいましね?」

「わざわざそんな事を言いに来たのかい? ラミニ、だけれどね。ボク達がまたアレと出会うという保証はどこにも―――

「いいえ、必ずまた出会いますわ。だって、わたくしとリィンお姉様の二人。お互いに出会った事はもはや運命ですもの」

「相変わらず、良く分からない理屈で自信を持てる娘だ」

 笑うリィンを見て、ラミニは内心で安心する。誇り高い姉だ。直近の敗北は、その誇りを大いに傷つけたと思う。

 しかし、再戦を誓うならば話は別なのである。また強い心を取り戻す事が出来るのだから。

「ええ、まったくです。今度こそ、上手くやっていただきたいものですね」

 姉との話が良い物になろうとしたその時に、空気が悪くなった。

 男の声が部屋の外から聞こえて来たのだ。

「ノックも無しに淑女の部屋へ入るのは、無礼では無くって? ファンデ・オウルグ」

「これは失礼。扉が開いたままでしたので、入るのも自由かと思ったのですが」

 辞儀をする慇懃無礼な男、ファンデ・オウルグ。今、ラミニがいるのは姉のリィンの部屋で、姉の部屋がある屋敷は勿論ラミニ達の屋敷であるが、この男は赤の他人だ。

 そういう男が屋敷の中をうろつくだけでも不愉快であったが、今はそれを抑えておく。

「まあ、部屋の扉を閉めなかったのはわたくしですし? そこはリィンお姉様に叱られておきましょう」

「いいや、ラミニ。君はボクの妹だ。それくらいのやんちゃは許すさ。だが、そちらの殿方に対しては別だけどね」

 リィンもまた、ファンデの存在を良く思っていない。それは良く良く知っていた。むしろ、この屋敷の中において、ファンデの存在を受け入れている人間の方が少数だろう。

 だがそれでも、この男はここに居る。

「これはこれは。歓迎もされていないらしい。怖くて怖くて、早々に退散したいところですが、今回はそうも行かないのでね。ルデア様、よろしいですかな?」

 またも礼をするファンデであるが、向かう先はラミニ達にではなく、扉の向こう側だ。そこから現れたルデアと呼ばれた女性を、ラミニは良く知っていた。

 燃える様な赤毛を伸ばし、同じく赤く豪奢なドレスを着こむ、ラミニから見て、誰よりも美しいと思えるその女性。

「ラミニ、リィン。そういう事よ。この男は好かないけれど、私達は二度、失敗した。三度目は許されない。そういう事なの」

「ルデア……お姉様……」

 その女性。名をルデア・ネイトと言う。ラミニとリィンの姉。ラミニの一族、ネイト家の当主である女であり、この屋敷の主でもある人。

 その姉がファンデの存在を認めているから、簡単に追い出せないのだ。もっとも、ルデアとて、ファンデに好感を持って居ないだろうが。

「ルデア姉。確かにラミニも一度、あの三本角に敗北したが、それは油断では無く、想定外の事態だったからだ。失態と言うのなら、やはり相手の力を見誤ったこのボクにこそ」

「リィン」

 ラミニを庇おうとしたリィンの言葉を、ルデアは一言で遮る。強い目だ。何時だって、その目に吸い込まれそうになる。

 そうしてその目は、今、使命感と言うものに染まっている様にラミニには見えた。

「それでも、私達は二度失敗した。そう判断されている。この男に」

「訂正させて貰おう。私にでは無く、私の上司にです。私があなた方を審判する権利は無い。評価だって出来ない。それらをするのは私の上司。それをお忘れなく」

 だから安心しろ。そんな意味はファンデの言葉に含まれていない。むしろその言葉は脅しだ。

 ラミニ達、ネイト一家に向けられたとびっきりの脅し。それにまず従っているのがルデアであり、だからこそリィンもラミニも、ファンデを睨む他無くなる。手を出す事が出来ないから。

「技王直下の研究員、ファンデ・オウルグ。それを忘れたわけでは無いわ」

 そう。ファンデと言う男の背後には、技王国のトップである技王その人がいるのだ。

 技王国においては、研究者や技術者と言った存在が重要視されており、王直属という肩書を持つ研究員もいる程だ。

 ファンデもまた、そういう人間の一人であった。

「理解していただけているのでしたら、私からは特に何も。ですが興味本位で一つ。ルデア様はこれから、どうするおつもりで?」

 釘を刺すならとことんと言った様子のファンデ。ラミニには、これから姉が何を言うのか予想が付いていたが、それでも姉からの言葉を待った。

「無論、次は私達三姉妹が挑ませていただくわ。あなたが望む、竜の骨の確保とやらに」

 敵国である聖王国にある遺跡。その奥に存在すると言う竜の骨。それはファンデが技王より研究の許可を賜ったものであり、その骨を確保するための直接戦力こそが、今のネイト一家に与えられた使命であるのだ。

 とりあえず、今のところは。




「何時かこうなる事は、予想の一つとして確かにあった」

 そうウォルドは呟いてみるものの、隣に立つシレリアは冗談とは取ってくれなかったらしく、目と目の間に皺を作っていた。

「ええ、ええ。そりゃあそういう予想はあったでしょうね? 撃退された敵国の連中が、戦力を増して攻めてくるなんて予想。そりゃあ有り得ますもんねぇえ!」

 怒鳴る寸前のシレリアの顔。それを手で押し留めながら、ウォルドは正面に立っている兵隊長の顔を見た。

 ここは相変わらずの基地兼テント。しかし最近までとは打って変わって空気は悪かった。

 先ほど、砂漠の向こうからやってくる紅い鉄巨人三体を発見したとの報告があってから、一気に変わってしまったのだ。

 一番変わったのは、この兵隊長だろう。この場における責任者が彼なのだから。

「こうなる事を予想できたのならもっと忠告を。いや、私の方こそ予想しておくべきだった。そんな事を今さら言うつもりは無い。あとせいぜい数分で、このテントがデカい乱暴者連中に襲われるんだから、何か揉めるなんてアホのする事だろう?」

 なら、どうすれば良いか。答えなら決まっている様に思えた。

 しかも、ウォルドが関わる事になる答えが。

「さすがに全員撤退するべき状況でしょう。そうしたところで誰も文句は言わない。もっとも……撤退するにしても時間を稼がねばならない」

 ウォルドの答えに、兵隊長は頷いた。

 そう、鉄巨人相手に時間稼ぎをする。それを可能とする物がこの基地にはあった。

 いや、数日前にやってきたと表現するべきだろう。

「監査役には申し訳ないが、あのトライホーンとか言う鉄巨人。また動かして貰えるか?」

「簡単に答えは出せな……いや、そうだとしても、動かすという判断をするべき状況か。今は」

 時間が無い。この瞬間にも敵国の鉄巨人は迫ってきている。トライホーンに乗り込む時間すら無いなんて状況になれば、それこそ愚かだった。

「早き蛮勇は遅き慎重に勝る。なんて言葉があったな。頼めるか? 俺達じゃあ鉄巨人の動かし方を知らない。そんなのだから、こんな基地に配属されていてな」

 ますます、ウォルドがトライホーンを動かす他無くなる。そうウォルドも感じているのだが、ただ一人、反対らしき意見を言う人間がいた。

「鉄巨人一体を相手にするのだって必死なウォルド君が、それでもやれるものですか?」

「実力を素直に疑ってくるな、シレリア君」

 多少なりとも心配はされているらしい。その心配の大半は、シレリア自身の無事に対してのものだろうが。

「時間は無い事は承知してますから、行動は止めません。けど、だったとしても聞きます。自信が無いなら、ウォルド君も逃げません? 全力で走れば、もしかしたら戦わなくたって逃げ切れるかもしれませんよ?」

 シレリアにしては、少々優し過ぎる発言に感じた。本当に、そして真剣に、こちらを心配している様な、そんな言葉。

 だからこそ、ウォルドは首を横に振った。

「何にせよ、逃げるよりかは誰かを守りたい気分なのだよ。今はな」

 それだけ言って、時間が無いからテントの外へと向かう。

 そこには横たわるトライホーンの姿のみ。既に二度、これに乗って戦っているウォルドだったが、それでも、戦いの前となれば不安と緊張に押し潰されそうであった。




 トライホーンが砂漠へと立つ頃、まるで待っていたかの様に、すぐ傍まで三体の鉄巨人が接近していた。

「隙を狙えそうではあったろうに」

『あなたは私の二人の妹を倒したと聞くわ。今、こうやって待っているのは、その事に対する敬意よ』

 鉄巨人同士で、声のやり取りが出来るくらいには近い。相手もまた予想が付いた。なんという因果か。鉄巨人乗りとして有名なネイト姉妹三人と、これで全員と戦う事になった。

「三体の巨人に、これから準備万端襲われるというのは、それほど敬意ある状況かな?」

『そこはまあ……こっちもお仕事だから』

 軽く言ってくれる。恐らく相手はルデア・ネイトというネイト姉妹の長女だ。紅の鉄巨人三体も、三女と次女の巨人と戦ったのだから、すべて見分けが付く。

 見た事の無い三体目こそ、長女の鉄巨人だ。

 三女のラミニが剣。次女のリィンが盾を鉄巨人に持たせているが、ルデアのそれは歪な形をした杖らしきものを装備している。

 鉄巨人の名前は紅の一番。三姉妹の中で、もっとも凶悪な力を持つと聞く。

(聞くだけで、実際はどうか分からない。そもそも、私はこれからどうやって戦えば……いきなりか!)

 三体の鉄巨人の内、剣を持つ紅の三番が迫って来る。相変わらず大した鋭さと速度。鉄巨人の性能がそう変わらない以上、動かし方が上手いのだろう。

 これで三体の中では一番経験が無さそうなのだから驚きだ。

『リベンジ……と言う事でよろしくって?』

 ラミニ・ネイトの、声高な言葉が聞こえて来た。それは剣による振り下ろしの衝撃と同時になった。

「話し掛けてくると言う事は、こっちが防ぐ事は承知と言う事かな?」

 ウォルドは以前と同じ様に、相手の剣をトライホーンの光のレイピアで受け止めていた。再びの鍔迫り合い。だが、他に二体いる以上、前よりも悠長していられない。

『そうでなければ、面白くありませんわよ!』

「こっちは端からちっとも面白くない!」

 再現とばかりにすぐさま光のレイピアを鞭とし、相手の剣を奪おうとするウォルドだが、同じやり方は通じない。

 今までとは違う条件である、二体目の鉄巨人が紅の三番の背後から踊り出て来たからだ。

(次は次女の方か! なら、この次は長女が攻撃でも仕掛けて来るかな?)

 もっとも、それは次女の追撃から逃れてからの事だ。

 三女と次女は姉妹らしく息が合う様で、紅の二番が盾を振り被る間は紅の三番がトライホーンと接敵し、行動を妨害。そうして紅の二番の盾が振られる瞬間には紅の三番は逃げ出していた。

「ぬっ……ぐぉお!」

 揺れるトライホーンの中で、ウォルドは悲鳴を上げる。我慢なんて出来なかった。激しいその衝撃は、確かに脅威そのものだ。

 だが、悲鳴だけでそれに耐えた。

『思い切りの良さと言えば良いのか。君にはその才能があるらしい』

「それほど嬉しくも無い評価をありがとう! これでも鉄巨人乗りは本業で無くてな!」

 評価されたウォルドの今の状況。それは剣よりも質量のある盾を、今度は両腕。そこから出るそれぞれの光のレイピアで受け止めていると言うもの。

 衝撃は禄に逃がせていなかったが、それでも耐えられる範疇だ。だが、ここからはどうする? 攻撃を正面から受け止める胆力は褒められたが、褒められて後は倒されるだけか?

(そうもいかん。まだ時間稼ぎすらできていないのだからな!)

 トライホーンは素早く後退する。相手の攻撃は質量あるものだが、盾は盾だ。追撃するにはやや不適切な形をしている。

 なんとかその隙を付いての後退。それ自体には成功した。トライホーンは敵巨人二体の最接近攻撃からは脱したのだ。

(だから考えろ……別にこれ自体は凄い事じゃあない。相手の盾が重い。それだけだ。そうして考えろ。これからどうする? これから、別に勝つ必要は無い。ただ耐えて……時間さえあればっ)

 この際、自らの安全はさて置こう。こうして戦いを始めてしまった以上、背中を向けて逃げる事すら許されなくなった。

 だから、出来るだけの泥仕合をしようじゃあないか。それが出来れば上等だ。そう思う事にする。するのだが……。

『どうしましたの? 手が止まっていましてよ!』

 攻撃を仕掛けて来る輩が二人というのは如何ともし難い。紅の二番の鈍重な攻撃を、ひたすらにフォローし続ける紅の三番。

 個人個人が、ただでさえ腕のある鉄巨人乗りだと言うのに、二人合わさればもっと厄介になる。

 ウォルドにとってみれば、どうしてこの様な受難が自分に襲い掛かるのかと叫びたくなる状況だ。

「だからと言って、はいそうですねとやられる訳も無い!」

 二本の光の鞭を振るう。まるで舞う様に襲い掛かるラミニとリィンの鉄巨人達に対して、ひたすらに足を引っ張り続ける鞭を振るい続けた。

 引っ張るのは足だけでは無い。隙だと思えば振るう。隙で無くとも、振るえるチャンスさえあれば、ウォルドはトライホーンの腕を動かし続けた。

 相手の弱点はどこだ。相手のミスはどこだ。相手より勝る自分の手段は何だ。

(私は戦う事が得意じゃあない)

 本業は学者なのだから当たり前だ。

(考える事は好きだ)

 本業は考古学者なのだからそうもなる。

(だからこそ考え続ける事だけは彼女らよりも勝るさ!)

 幸運な事に考えと観測を続けられた結果、紅の二番と三番の癖の様なものを見つけた。その動きの癖だ。

 紅の二番は真っ向からの攻撃を好むのか直線的な動きが多く、一方の三番は良く言えばトリッキーな動き。悪く言えば慎重性の欠ける動きを続けていた。

(二人揃えば互いの短所を補い合い、厄介になるが……なんとか連携を断つ事が出来れば……!)

 考えている間にも、二体の連携攻撃がトライホーンへと襲い掛かる。後退し距離を取り続けるトライホーンに対して、紅の二番が真っ直ぐ向かって来る中、まだ身軽な三番が回り込む様な軌道を取った。

(後退し続ければ、それでも距離を取れるだろうが……一体が視界から外れるというのが問題か)

 視界から外れた敵が何を仕掛けて来るか。それを考えると不安で仕方なかった。そうして三番がトライホーンの視界粋から外れる。二番はなおも接近してきて、その巨大な盾でもって、やはり視界を塞いで来た。

「明らかに狙っているな。奇襲を」

『それを君は避ける事が出来ない』

 紅の二番からの声は、リィンが不敵に笑っている姿を脳裏に浮かばせる。彼女の顔だってウォルドは知らないのに。

(奇襲は襲う側に幾つもの選択肢があるからこその奇襲だ。選ぶ側に強みがある以上、襲われる側がそれを予測する事は難しい)

 トライホーンを退かせながらも、視界を限定されながらも、次の手を考え続ける。ただ、考えるだけでは駄目な事もあった。

「ぬっ」

『そこだ!』

 退く足が止まった。いや、止められた。トライホーンの背後には、砂の山があった。

 砂漠は見通しが良い様でいて、そこには砂の凹凸が幾つも存在しているのだ。そんな凸である山に足が捕らわれる。

 乗り越えられなくは無いだろう。だが今は、行動が若干鈍ると言うのが問題だ。案の定、横側から衝撃が襲って来たからだ。

『そう、そこですわねぇ!』

 姉妹揃って同じ言葉。トライホーンの横側から剣を叩きつけて来たのは紅の三番とそれに乗るラミニ・ネイト。

 きっと、トライホーンが後退する先に何があるのか分かっていたのだ。そのタイミングを見計らい、彼女はトライホーンに回り込もうとした。

 姉妹揃って、この展開を予想し、トライホーンとウォルドを追い詰めたのだ。

「そう、そこだろう?」

 倒れるトライホーン。ウォルドはそれを笑みと共に受け入れていた。

 追撃とばかりに紅の二番が盾を降り下ろそうとして、動きが鈍るのが見える。

『なっ、待て、ラミニ!』

 姉の方が早く気付いたらしい。倒れるトライホーンが、それでも無事のまま、両腕の光の鞭を振るっているその姿に。

「奇襲は予想するものじゃあない!」

 相手の攻撃を、奇襲で無くせば良い。

 どうせ、奇襲を狙われている時点で、何時かは叩かれる。そうウォルドは考え、叩かれた瞬間に、むしろトライホーンを自ら倒れさせたのである。

 結果、衝撃こそあれ、その何割かを受け流す事が出来ていた。致命的ではない。むしろ次の行動に移る素早さまで確保できていた。

 その早さは、ラミニとリィンの予想より早い。それはまさに奇襲の域。奇襲を覚悟する事で奇襲で無くし、むしろその勢いを利用する。ここまでがウォルドの考えていた事。

 そうしてここからがウォルドの行動だ。

「その武器が、ずっと面倒だった!」

 両腕から伸びる光の鞭は、二番の盾と三番の剣へとそれぞれ向かう。二人共にトライホーンへの攻撃のため、トライホーン側へとバランスが片寄っていた。

 光の鞭を巻き付け、さらにこちら側へと引けば、驚く程簡単にそれぞれの武器を落とす事になる。

「戦いは、これからと言う事だ!」

 武器を落とさせた光の鞭をまた手元に戻し、次に狙うは紅の二番と三番。危機として感じ取ったのか、二体は倒れた状態のトライホーンから、後方へ跳ぶ事で、むしろ距離を取ってくれた。

(それならそれで、こちらの体勢が立て直せると言うものだ)

 ウォルドはトライホーンを立ち上がらせ、近くに転がった剣と盾も確認する。勝負はまだ二体一の状態であるが、それでも、状況は幾らか改善した。

 当初の状態からは相手から武器を奪え、数の有利だってこれから―――

「待て、私は大変な事を忘れているぞ!」

 自分で言って気が付く。そうして漸くその方向にトライホーンの顔を動かす事を思い浮かべた。

 そこで、ウォルドは光を見る。

(ルデア・ネイトの紅の一番っ)

 もっとも警戒するべき一体を忘れていた。いや、忘れさせられた。

 紅の二番も三番も、単なる囮だったのだ。二体でウォルドを牽制し、最後の一撃を放つ。

 その一撃が、紅の一番が構える杖の先から放たれた。物理的と言うより光の放射。一直線に進む光はすぐさまトライホーンごとウォルドを包み込み―――

「いや、こんな事を考えられている時点で、やられてはいない!」

 光り輝く視界に狼狽えるものの、その光はトライホーンにぶつかっていなかった。トライホーンのすぐ近くを通り過ぎ、砂漠のどこかにその光がぶつかる音が響いた。

 光は、確かに光であったが、何らかの質量を持っているらしい。剣や盾の一撃よりも比較にならぬ威力がある。そう思わせる音が砂漠に響いていた。

「実際、見ても分かる……か?」

 質量と共に熱量もあるのだろう。黒く焦げた様な煙が、光が直撃した方向に立っていた。言ってみれば、トライホーンの光の鞭の様なものなのかもしれない。杖によるそれの方が、余程威力と射程に優れている様子だったが。

『さて、あなた達? これからは私が相手をするから、後は頼んだわね?』

 ルデアの声が聞こえる。それはつまり、ルデアの乗る紅の一番がそれだけ接近しているという事だ。

(早い……いや、鋭い!?)

 光線を杖より放った紅の一番であるが、ウォルドが狼狽える隙を突いて、一気に迫って来たのだ。

 まるで瞬時に移動した様に感じるのは、完全にウォルドが油断していたから。既に紅の一番は紅の二番と三番の間を縫う様に迫り、さらに前へ。

「そちらも、接近戦をお望みか!」

『いいえ? 一方的な戦いを望んでいるわ』

 言い放つルデア。彼女が駆る鉄巨人、紅の一番はまさに紅一色の鉄巨人だ。それは他の二体も同様であるが、他の二体より細く、華奢な印象を受ける。

 だが、その戦い方はいっそう苛烈。光線を出す道具と思われたその杖を、次は棒術を扱う様に打撃のための道具として振るう。

 紅の三番の剣筋の様に、曲がりくねったそれではなく、紅の二番の様に真っ直ぐ力任せのそれでも無い。

 唯々細緻。そして的確。時に突き、時には叩き、それを流れる様な動きで実行していく。

(なんだこれはっ……他の二人も私より上の力はあるだろうが……彼女は格が違う!)

 二本の光の鞭を振るいながらも、トライホーンは後退する他無い。光の鞭で防いだ攻撃以上の手数がトライホーンへと襲い掛かり、後退する事でさらに攻撃を受け流すしか方法が無いのである。

『あら、予想より動きが鈍いわね。妹二人はこれに手こずったのかしら?』

「悪いが、鉄巨人で戦い始めてから間が無くてな。君が他の二人程に……隙を見せてくれると有難いのだがね」

『まあ、それは残念。私じゃあなく、あなたに隙を作る事こそが目的なの、私』

「っ……」

 ウォルドに余裕など無いが、それでも後退する前に戦っていた場所に視線を少し向ける。そこには、鞭を使って落としたはずの紅の二番と三番の武装が無くなっていた。

 恐らく、一番を相手にしている間に拾われたのだろう。挽回した状況をさらに覆された。

『けど、時々に面白い動きはする。その腕の構えは何かしら。ああ、そうね。腕から伸びるその光、今は鞭みたいだけれど、剣の様に鋭くも出来るらしいわね。それが狙い?』

 鞭の動きに慣れさせ、光のレイピアに戻して突く事で、相手の驚きを誘う。そう言う目論見は多少あった。だが、行う前に見切られると言うのはどういう理屈だ。

 ウォルドは叫びたくなる衝動を避け、紅の一番からの攻撃を受け続けていた。

(まだ致命的では無い。戦いを続けられる。いや、むしろこうやって時間を稼げている時点で私にとっての有利だ。そのはずだ)

 もうそろそろ、他の兵士達やシレリアが逃げる時間なら確保できているはず。問題はと言えば、武器を拾い直した二番と三番もまた、この戦いに参加してくる事。

 それは十分にあり得るし、だからこそ武器をまた取り戻したのだろうと思えるし、何よりそうなればウォルドは敗北する。

 紅の一番だけに精一杯の現状、少しでもバランスを崩されればそれでウォルドは終わりなのだ。

(ああそうだ、それで私は倒される。そうであれば……何故、倒されていない?)

 必死だった。必死で攻撃を受け続けるトライホーンは今にも倒れそうで、実際、膝をやや突き始めていた。だが、それでも光の鞭を振るえていた。

「私が……才能あるなどと言う自惚れを捨てるとすれば」

『あら、気付くのが早い』

「狙いは別か!」

 ルデアは最初から、ウォルドを倒すために戦っていない。こちらと同じ様に、あちらも時間稼ぎが目的だとしたら。

 ウォルドは隙を承知で振り返った。最初は撤退したはずの兵士達の方向。そちらは無事だ。他の二体、紅の二番と三番が向かった様子は無い。

 何故ならその二体は、別の場所に居たからだ。それは丁度、紅の一番が放った光線が向かった先。黒煙が上がるその場所に、二体揃って立っていた。

 さらにそこに何があったのか、この期に及んで、漸くウォルドは察する事が出来た。

「あそこには……遺跡が」

『そこに気付くのは遅い。もう私達は目的を果たしたもの』

 遺跡近くに立つ二体の鉄巨人は、二体が協力しながら、ある一体の大きな構造物を抱えていた。

 遺跡の中にあった竜の骨である。

「馬鹿な……鉄巨人用の出入口を作るためにあの光線を放ったのか!? その目的の物とやらまで壊れればどうする!?」

『そんな事で壊れてしまうものなら用も無い。けれど……そうでも無かったみたいね?』

 最初からそのつもりで、邪魔になるウォルドとトライホーンの行動を阻害していたのだと今知った。

(ああそうだ。私なんぞ素人に毛が生えた程度の鉄巨人乗りに、彼女らがそこまで苦戦するはずも無いっ……)

 最初から、この状況が目的だったのだ。ウォルドを倒すのは容易くとも、遺跡から竜の骨を運び出すのは相当な労力だ。

 それを、時間を掛けずに一気に行うための戦いこそ、彼女らの戦いだったのだと知る。

「あの竜の骨を君らはどうするつもりだ?」

『戦いに勝てそうに無いから、せめてこちらの目的を探る……と言ったところ? けれどお生憎様。それを教えなければならない程、私達は切羽詰まっていないの』

 なら、これから彼女に敗北するだけだろう。鉄巨人ごと潰されるか、それとも鉄巨人ごと鹵獲されるか。

(馬鹿な事を考えるな、ウォルド・リース。そんな負けた後のことなんぞ、負けてから考えろ。負ける前までは……負けない事を考えろ!)

 考える。考えて考えて、まだ一つ、手段が残されているのではないかとウォルドの脳が囁いで来た。

 これは賭けだ。いや、賭けにしても分が悪いただの一か八か。それでも、可能性があるのなら―――

『あなた、名前は?』

「え?」

 いきなり、考えもしない予想外の事をルデアから聞かれる。これでは一か八かなどと言う状況ではない。

 一体、相手は何を考えているのか。それが理解の範疇から飛び出してしまった。

『だから、あなたの名前。これから、お別れするのだから、聞かないといけないじゃないの』

「ウォルド……リー……いや、何をする気だ!?」

『名前はウォルドね? 姓は聞き逃したけれど……まあ、別に構わないかしら』

 トドメの一撃でも加えてくるつもりか。そう身構えるものの、意外な事に、彼女と彼女が乗る紅の一番は、ウォルドのトライホーンから後退する形で距離を取った。

「何の……つもりだ?」

『それはこちらの台詞……かしらね? 何かあなた、仕出かすつもりに見えたから……だから今日の戦いは中断。だって、目的は果たしたんですもの。ねえ?』

 こちらの狙いを、動き出す前から察していた様子のルデア。それはウォルドに敗北感を抱かせるのに十分な行動だったと言える。

(こちらの……どんな思いにすら、凌駕すると言うのか? この女はっ)

 見逃してやる。そう言われたというのに、ウォルドには安堵よりも何か、心が痛む思いが浮かんで来ていた。

 我知らず操縦桿を握り込む。ただ、そうする事でしか、今の自分の感情を現せないでいた。

『ごめんなさい? こちらも、あまり不確定な要素を抱え込める状況では無くって。確実に任務だけは果たさなければならない。けど……もしそれでも追って来るのだとしたら……』

 ルデアの声が低くなる。世間話をする様なそれは変わらないが、それでも畏れを感じさせるその声は告げた。

『何度だって相手をしてあげる。次からは単なる足止めでは済まないけれど』

 それだけの言葉を残してから、紅の一番はトライホーンに背中を向けた。

 その背中。それを隙であるとウォルドは見る事が出来ず、そうしてやはり、その背中を追う事すら出来なかった。

 間違いなく、言い訳も出来ない程に、ウォルドは敗北したのだから。





 雰囲気的にはまだ良い方だ。

 シレリアは現状のテント内部の状況を見るに、ぼんやりとそう考えていた。

 時間は夜。砂漠の夜はとても寒いから、テントを出たくなんて無いし、テントを出入りする人間は、寒気をテント内部にもたらすと言う事で恨みがましい目線を向けられる、そんな時間帯。

 小さなランプに寄る明かりだけが光源の、一応の軍事基地であるテントは、シレリアが見る限りにおいては、安堵の空気が漂っている風に見えた。

「昼に鉄巨人三体に襲われて、これと言った被害が出なかったんですから、そうもなりますよね」

 ふと、声に出して言ってみる。このテント内部の曖昧な空気を、具体的な形にしたかったわけだが、聞かせたい相手はどうにもテント内部にいない様子。

 代わりにシレリアの言葉に答えるのは、テント内部の管理者でもある兵隊長だった。彼ともそこそこの付き合いになっている。

「被害って話なら、テント以外にはあったさ」

「遺跡が幾らか壊れるなんて、人的なそれに比べたら大分マシじゃないですか」

 とりあえず、テント内部の安堵の中にあって、兵隊長の表情は渋いものだった。丁度、先日、自分が付き添っている人間が浮かべていたそれに似ていた。

「この基地は、あの遺跡を監視したり守ったりするためのもんだからな。それを実行できずに、逃げてばかりだったとあっちゃあ、後の事を考えると、管理者としては頭が痛くもなるものさ」

「じゃあ? 誰かの被害が出てた方が、まだ良かったと?」

「んな事は無い。だからこそ、あんたの連れには感謝してるんだ。どうあったとしても、ここで全員、無事な顔を突き合わせてるのは、あの子のおかげだ。違うか?」

 違わない。そう思う。監査役としてやってきた基地をわざわざ守って、敗北し、それでも全員の命を助けた。

 まだ真っ当な方だろう。何の成果が無かったわけでも無い。ちょっと遺跡が壊れて、その中にあった妙な物を奪われた。その失態に比べて、相応にはやる事をやったとシレリアは思う。

 恐らく、他の人間だってそう考えている。そのはずだ。だと言うのに。

「本人は落ち込んでるんですよね。なーにがあったんだか」

「そいつは俺にも分からんね。だから聞かれても、何も答えられん。気になるなら、聞いて来たらどうだ?」

 くいっと首を動かし、兵隊長はテントの出入口を示した。この寒い夜に、テントの外に出てみろとこの兵隊長は言っているらしい。

「やーですよ。外の、どこまで行ってるか知れたものじゃあない」

「なら、愚痴を言うのは止めな。あの監査役には感謝してるが、付添人のあんたにそこまでの義理は無い。と、そう言ってみるが」

 どうにもこの兵隊長、シレリアがウォルドと話したがっている様に見えているらしい。

 しかも、しかもだ、シレリアが複雑な心持ちでもって、素直に話せないみたいな様子だと、そう見ている。

「愚痴を一番言いたい相手が、外にいるから、やっぱり寒いんですよねぇ。明日じゃ駄目ですか?」

「ダラくさい女なのは承知しているが、そういうのは早い方が良いだろ。あの監査役が落ち込んでるのは今もなんだろう?」

 そういう事らしい。明日になって元気になるなんてことは無さそうだが、変な空元気を振り撒く可能性はあるため、それよりも前に行動しておく必要はある。

「分かりました。わーかーりーまーしーたー。テントの近くにいると良いんですけどねぇ」

 ぼやき、頭も掻きながら、シレリアはテントを出た。

 出て暫くは、近くにウォルドの姿が見えなかったため、あちらこちらへ視線を動かしたわけだが、ふと、彼がどこにいるのか思い付いたため、少しばかり歩く事にした。

 そうして、シレリアの予想は当たる。ウォルドは丁度、破壊された遺跡を眺められる砂の山の上に立っていたのだ。

「こーんな寒い夜に、そうやって突っ立っていられるのって、一種の才能ですよね?」

「シレリア君か」

 こちらを見もせずに、名前だけを呼ぶのは失礼だと思う。

 それを注意でもしてみようかと考えたが、ウォルドの表情は真剣そのものだったので止めておいた。

 恐らく、ずっとこんな表情で、自分が敗北した証拠だとでも思い、壊された遺跡を眺めているのだ。

「言って置きますけど、慰めたりとか、そういうつもりじゃありませんから」

「そんなものを、君に期待した事は一度も無い」

 中々に辛辣な事を言う。こちらを気遣う余裕も無さそうだ。

 癪に障る相手ではあるのだが、今、この状況で余裕があるのはシレリアの方で、何かを話し掛けようとしているのもシレリアの方だった。

 だから言ってみよう。

「私に何を期待されてるかは知りませんが、率直に言って、だっせぇですよ、今のウォルド君」

「それも知っている」

「ああ、はい。そうですか」

 知っているから落ち込んでいると、そう言い放つウォルド。

 ただ、まだシレリアは何も言い終わっていない。言いたい事はこれからである。

「なーにも分かってませんよ、ウォルド君。ウォルド君がダサいのは、失敗した事じゃあ無いんですから」

「……今のこの状況が、成功だとでも思えと?」

「いいえ? 成功だって思えないからそんな風なんですよね? なら仕方なし。けどですねぇ、単純に、そうやって落ち込んでるはダサいって、そう言う事です」

「失敗して、高笑いでもする様な奴はアホだと思うが」

「そういうアホだったじゃないですか。前までのウォルド君って」

「……それを今言うか?」

 今言わなくて何時言うのか。

 鉄巨人に乗って戦い始める前のウォルド・リースは、シレリアだろうが誰だろうが、皆が認める変人であったと思う。

 まだ子どもと言える年齢で考古学者なんぞを続け、自分の中の拘りを隠そうともせず、遺物や遺跡の調査や探索となれば嬉しそうに笑い始める、そんなウォルド・リースを、シレリアは知っている。

 ここ最近、とんと見なくなったウォルド・リースを知るくらいに、シレリアは付き合いがあった。

「頼りが無いんですよ。嘘でも幻でも言いから、付添人である私を安心させようと思わないんですか? 今はクソ真面目ですけど、こと、今の状況においては、昔のウォルド君の方がマシだと思いますけどね」

 その自信がどこから来るのか。まったく分からない少年が傍に居た方が、戦場においては頼りになるでは無いか。

 何時、どんな鉄巨人が襲い掛かって来るか知れない場所で、それでも貴重な遺物がそこにあると喜び目を輝かす。

 そんな人間の方が、まだ、世界を明るく見られる。そうシレリアは思うのだ。

「とりあえず……意味も無く笑えと君は言うわけか」

「意味無く笑いそうな人間の方が、今のウォルド君よりかはマシだとは思いますね。どっちも印象はマイナスから始まりますが」

「まったく、君は……」

 何か可笑しい事でも言ったのか。真面目に落ち込んでいたウォルドの表情に、ちょっとした変化が現れる。

 その口角を、少し上げたのだ。ちょっとした変化はそれまで。そこからは大した変化がやってきた。

「ハーッハッハッハ!」

 ウォルドは大きく笑い始めた。どこかで聞いた様な、うんざりする笑い声。それでも、誰かが落ち込んでいる顔よりは大分マシな、そんな笑い声だった。

「ハッ。確かにな。私もこの方が楽しいし、前に進もうと思うものだ」

 元気を取り戻したらしいウォルドを見て、とりあえずシレリアも頷いた。

「そうそう。終わってしまった事にくよくよしたって仕方ないですし、次頑張ると言う事で前向きに―――

「逃げたあの鉄巨人どもを追うぞ、シレリア君」

「は?」

 今、この少年は何と言ったか。少しばかり、意味が分からない……いや、率直に言って頭でもおかしくなったかと思ったが、実際、おかしくなっているらしかった。

「ふむ? こうなってみると、頭も回ってくるな? そうだ、そうだとも。今の君の様に、誰だってこれから私が逆襲のために追ってくるとは思っていないだろう。勿論、逃げた彼女らもだ」

「いえいえいえ。そりゃあ、こっちからの奇襲になりますよ? 相手だってびっくりするでしょうけど、一度負けた相手じゃないですか!?」

 散々であったと聞く。無様に負けたとも聞く。そうして落ち込んでいたので、シレリアは励ました訳だが、まさかこの様な意見が出て来るとは。

「勿論、こちらが襲われる側として負けた。だが次はこちらが襲う番だ。少なくとも、今度はこちらがどこでどう戦うかを選べると言うわけだよ。これから追うにしても、こちらが少数なのだから、行動も早い」

「意趣返しにしても……思い切ってると言うか、無謀と言うか……あー、もしかして、今すぐとか思ってます?」

「そうだな。そうしたいところではあるが、こちらとて準備があるから、始めるなら明日の朝からだ。今日は良く休むと良い、シレリア君」

「それってつまり……ああ、もう!」

 頭を掻きむしりたくなる。この無茶な人間に戻ったウォルド・リースは、シレリアだって巻き込む前提で話を続けていたのだ。

「その様子を見るに……不服かね?」

「不服ですけど! 危険なのは嫌ですけど!」

 だけれど、どうしてだろう。

 これまで、散々不服な事が続いたせいか、シレリアには別の気持ちも生まれていた。

「はぁ……これからまだ、監査役なんて事をしながら鉄巨人を乗り回す仕事を続けるって言うのなら……こういう事にも慣れないとかもですねぇ」

「ふっ。その通りだよ、シレリア君!」

 どうにもこの少年のノリに染まってしまった。そんな気がするシレリアだった。




 砂漠の風は思ったよりも心地良い。その風景も、邪魔なものが無くて好きだ。暑さだって、鉄巨人に乗っていれば身体を苛む事は無い。

 環境そのものには、少なくとも不快にさせてくるものはない……と、ラミニ・ネイトは考えていた。

(なら、この気分の悪さはやはり彼にあると考えるべきですわね)

 相棒である鉄巨人、紅の三番から、ラミニは地上の砂漠を見ていた。

 砂漠に立つ、二人の人間をだ。

(この大きな骨を運ぶのだけでも一苦労なのに、帰る場所にあいつが待っているなんて、本当に不愉快)

 鉄巨人の視界の先にいる二人。片方は敬愛するべき長女ルデア。この砂漠においても優雅なその姿を見れば、不快になぞなるはずが無い。

 つまり、ラミニの不愉快さの原因はもう一人の方、ファンデ・オウルグの姿にこそあるのだ。

(ま、案外近くで待っていたから、これを遥々と運ぶ必要は無かったわけですけれど。こんな場所まで持ってきて、何をするつもりなのかしら?)

 この砂漠のとある地点。そこに強奪した竜の骨を持って来る事までが、ネイト家にファンデを通して技王より与えられた指令であった。

 今は無事、その仕事を終えた状況であるのだが、どうにもルデアとファンデは話し合いを続けているらしい。

(こんな骨、さっさと引き渡せばよろしいですのに。お姉様は何で揉めているのかしら?)

 どうにも、お互い何か険悪なムードであるらしく、特にルデアの表情が怒りのそれに近くなっている風に見えた。

「鉄巨人の中でなら声も聞こえますのに。こうやって外に出られると、近くに居たって声が聞こえない」

『仕方ないさ、ラミニ。ボク達まで不機嫌にならない様にとのルデア姉の気遣いさ。それに、この骨の護衛の仕事は、あの話し合いが終わるまでは継続中だしね』

 ラミニの気持ちを察する様に、リィンからの声が鉄巨人越しに聞こえてくる。

 装甲一枚隔てた場所の声は聞こえて来ないのに、鉄巨人同士でならすぐ近くにいる様にはっきりと声が聞こえて来ると言うのは、何とも不思議な気分だった。

(そう、不思議。そう言えば、わたくし達はわたくし達が乗るものについて、常々不思議に思えるくらいに何も知らない)

 最近は、強くそう思う様になった。

 その原因については分かっている。あのベージュ色をした三本角の鉄巨人。その乗り手と戦ってからは、鉄巨人とは何だと考える様になったのである。

「ねえ、リィンお姉様。少し構わないかしら?」

『ああ。ボクも丁度、ラミニと同じく暇を持て余していてね』

 自分より我慢強いタイプの姉であるが、それでも今の時間は退屈らしい。彼女がラミニに話し掛けて来たのも、暇つぶしの方が主目的だったのやも。

「その……暇つぶしにしても変な話なのですけれど、リィンお姉様は鉄巨人について、どれほどの事をご存知?」

『それは勿論、ボク達はプロだからね。その性能。体格。特徴に至るまで、自分の身体だと思える程に自分の鉄巨人についてを知っている……と、そういう事を聞いているわけでは無いね?』

 察しが良いけれど、やや回りくどいのがリィンという姉だった。そういう部分も演劇染みていて好きなのであるが、今は話を進めようと思う。

「わたくし達、三人がかりで、例の鉄巨人と戦ったわけですけれど……いえ、それが後ろめたいと言うわけでは無く……」

『そうしなければならなかったからそうした。で、あるならば、何故ボク達はそこまであの鉄巨人に手古摺ったのか。そういう話題なのだろうね』

 相手にこちらの顔は見えないだろうが、それでもラミニは頷いた。

 どうして、一度目はラミニが敗れ、二度目はリィンが敗北し、三度目に三姉妹揃って挑む事になったのか。

 それは恐らく、鉄巨人への知識の差から来ているのだ。

「わたくし達、間違いなく、個人個人でも技量は上でしたわ。けれど負けた。それはつまり……鉄巨人について、どれほどの事を知っているのか。そこが関わってきていると思いますの」

『身も蓋も無い言い方をするなら、鉄巨人の性能の差……なのだろうね。あちらはより、鉄巨人の活かし方を知っている。それは技能云々の話では無く、もっと根本……ボク達が何を扱っているのかの知識において、ボク達は敗北していた』

 その敗北の原因を認める。と言うより、それ以外に理由が無いわけだから仕方ない。

 自分達は鉄巨人に対して無知である。それは一度気付いてしまえば、簡単に受け入れられる理屈だった。

 だって、正真正銘、ラミニ達は鉄巨人の事をまったく知らないのだから。

「自分から掘り出される鉄巨人。誰も作り方を知らない兵器。いったい、これは誰が何のために、何時作られたのか。それを知らないと言うだけで、わたくし達はこの鉄巨人を十二分に動かせていない。のかもしれませんわね」

『そもそもこれがどこから来たのか……か。戦争相手の聖王国などは、鉄巨人は神話の創世記において、ドラゴンと戦っていたと聞くが……』

 ふと、視界に意識が戻って来る。今、自分達が護衛しているものについての話題になった様な気がしたからだ。

「神話は神話。所詮はあちらの国の作り話……でしょうけれど、あの男が、この竜の骨を求めていたのは事実……お姉様もそれを……お姉様!?」

 視界は竜の骨から、未だに話し合っているルデアとファンデの姿へ移動した。

 さらにその色は驚愕にも染まる。視線の先にあったのは、ルデアが護身用の短剣を取り出し、ファンデへと突き付けている姿があったからだ。

『ルデア姉、いったい何を!?』

 驚いているのはラミニだけでなくリィンも同様だった。ファンデはいけ好かない男であるが、それでも武器を突き付けるのはやり過ぎだ。

 彼の、その後ろにいるであろう権力者にまで影響を及ぼす行動であるはずだ。その短剣で相手を傷つけたその瞬間に、ネイト家自体が破滅する様な、そんな行動。

 それをルデアが短慮に行うのかとラミニは困惑した。

(けれど……どうして?)

 短剣を持つルデアの形相は、その姿に相応しく怒りに染まっていた。だが、その怒りを向けられている相手の顔は何だ。

 ファンデはとても喜ばしいものを見る様に、ルデアを。その次には竜の骨と、その両脇を固めるラミニとリィンの鉄巨人に顔を向けた。

「何が起こっていますの? と、とりあえずわたくし達も―――

 鉄巨人を下りるべきだ。そう言おうとしたその瞬間、ルデアがこちらを向いた。口が動いている。何かを叫ぶ様にその口を大きく動かすものの、その声はラミニまでは届かない。

 ただ、どうやらリィンの方はその口の動きだけで何を伝えてきているかが分かったらしい。

「えっ、お姉様達は、何を―――

 リィンの鉄巨人、紅の二番が、ラミニが乗る紅の三番を押し飛ばした。それは全力の、盾での一撃であり、その威力は大きく紅の三番を動かし、転がす。

「くっ……ぎっ」

 歯を食いしばり、衝撃に耐える。紅の二番の打撃力は良く知っていた。それがひたすらに意識を奪い、鉄巨人の中にいる乗り手の骨だって折りかねない威力である事を、家族であるラミニは本当に良く知っているのだ。

 だが、何故その攻撃を、リィンはラミニに向けて来たのか。それが分からない。

 いや、その攻撃の瞬間までは分からなかっただけだ。リィンが乗っている紅の二番の姿を見れば、その理由は簡単に分かってしまった。

 隣に存在していた竜の骨が、どこから発生させたのか骨にこびりつく肉を膨張させ、その肉に紅の二番が食い込んでいたのだ。

「なんっ……で……骨から……っ」

 攻撃の衝撃で頭をくらくらさせながらも、その光景に狼狽えるラミニ。

 リィンは恐らく、あの竜の骨の膨張からラミニを庇ったのだ。そうして、竜の骨に飲み込まれた。

 いや、もうあれは骨ではない。

「ただの骨が、肉を持った……本物のドラゴンに?」

 そうとしか思えない光景。ルデアの聞こえない叫びが何を意味していたのかも、その時点で理解する。

 上の姉はラミニ達に逃げろと叫んだのだ。そうして、リィンはいち早くそれに反応して、ラミニを庇った。その結果が今だ。

 膨張するドラゴンと、それを見つめるくらいには無事なラミニの姿。

 そんな光景の端に、また笑うファンデが映る。

 鉄巨人からはその笑い声は聞こえない。そのはずなのに、ラミニの耳には、彼の不愉快な高笑いが聞こえて来た様な気がした。




 大きく時間を空けない限りは、砂漠において、先を進んだ者の後を追うのは簡単だ。

「単純に、足跡を辿れば良いわけだからね。砂地と言うのはそれが良く残る。重い鉄巨人のそれならば尚更だ」

 観察を続けるウォルド。自分で思うわけだが、これは得意分野である。

 よくよく物事を観察し、何かしらの予想を立てる。そういうのは得意だし、好きな部分でもあった。

「相手の後を付けるのは良いですけれど、それで鉢合わせなんて事になったら、またこっちの不利になりません?」

「いや、それは無いな」

 トライホーンに二人して乗り込むウォルドとシレリア。ちなみに隣のシレリアと言えば、何時も何時も、ウォルドの行動に難癖を付けてきていた。

 彼女にとっては、危険な事なんて不本意なのだろう。そんな事は百も承知で巻き込んでいるウォルドである。ついでに、彼女の難癖にも反論しておく。

「足跡の深さ、輪郭。それぞれの配置と進み方を考えるに、彼女らはもうすぐ近くにいるはずだ。つまり、これから慎重に、隠れる様に進めば、狙い通りの奇襲を実行できるわけだよ、シレリア君」

「そうして、そこから鉄巨人同士の殴り合いが始まるわけですね。しかも、私を乗せて?」

「君を降ろしている暇があればそうしようか。ただ、砂漠のど真ん中で君を見失うと言うのも問題だ」

 お互いに歯に衣着せぬ言葉を交わしながらも、それでも前には進む。彼女との付き合いなんてそんなものかもなとウォルドは感じ始めていた。

「うぇぇ……どっちにしろ嫌ですねぇ。去っていた鉄巨人が、本当に逃げのびている事を祈って置きます」

 もうすぐ近くまで来ていると言っているだろうに。ここから相手を見逃すなんて、余程の馬鹿な状況と言える。

「む……むむ?」

 ただ、事態はどうにももっと素っ頓狂な現実を突きつけて来る。

「ええっと、あれって……煙? ちょ、ちょっと、近づくんですか?」

 丁度、敵国の鉄巨人が進んであろう痕跡の先に、黒煙が立っていた。明らかに何かあったであろう事が分かる。

 シレリアが焦る気持ちも分かるのだが、それでもウォルドは黒煙へと近づく事を決めた。

「実際に観察してみなければ、何も決められないのが私なのでね」

 敵を奇襲する。その目的を捨てたわけでは無かったが、今はそれよりも、状況の確認を優先する事にした。

 そうして結果を言えば、その行為は正しかったと言える。

「……何かあった事は確かだ」

「そんな事、私にも言えます」

 砂漠のど真ん中。黒煙が立ち昇るその場所には、砂が焼け焦げたであろう痕と二体の鉄巨人が倒れていた。

 周囲には明らかな戦闘の痕。

「いや、戦闘よりは純粋な破壊行為だな、これは」

 燻る黒煙を範囲は広く、砂山に刻まれた何者かの攻撃痕は、あちこちに巨大な穴を作り出していた。

 そうして、その中心に存在するのが、倒れた鉄巨人の二体。そうして驚くべき事が一つ。

「あ、あの……片方の鉄巨人。片腕が壊れて……ません?」

 シレリアは驚愕していた。ウォルドの方はもっとだ。

 鉄巨人は、生半可な事では壊れない。長い、悠久の時を超えて、なおも無事のまま、動く事が出来る鉄巨人。それは尋常ならざる耐久性が実現した奇跡の様なものだ。鉄巨人同士の戦いで破壊される事もあるが、それは互いの強靭性から来ている結果だ。

 だが、そんな鉄巨人が破壊されていた。ウォルドの知識の中でも中々に無い事であった。

「……あの二体。どう見ても紅の一番と三番に見えるが」

 腕が破壊されている方の一体は紅の一番。もう片方の三番は無事の様子だが、それでも倒れている以上、中にいる乗り手がどうなったかは知れたものではない。

「この光景。明らかに変ですよ!? 強奪されたあの竜の骨だってありませんし……さ、さっさと退散しません?」

「確かに、竜の骨が無い。いったいどこに消えたのか。そう言えば紅の二番もいない様子だな」

「ああ、もう! なんでさらに近づくかなぁ!?」

 悲鳴に近いシレリアの嘆きは無視しつつ、倒れている鉄巨人へと近づいて行く。

 そうする事で分かる事もあるのだ。

 例えばそう、倒れる鉄巨人の近くに、巨人と同じ数の人間が、やはり倒れている光景とか。

「えっと、怪我人ですよね? 生きていればですけど」

「少なくとも片方は生きている」

 ウォルドと同じ年頃の少女と、シレリアよりも年齢が上に見える女性が一人ずつ。大人である方の女性は怪我をし、意識を失っているらしく、少女の方はそんな女性の横で、どうにも手当をしようとしている様子。

「見るからに、あの倒れてる鉄巨人の乗り手で、さらに言えば敵国の人間ですけれど、どうします? 見捨てて……ああ、そうなりますよねぇ」

 シレリアの言葉は聞き流し、ウォルドはトライホーンをさらに倒れた女性二人へと近づけて行く。

 さすがにある程度近寄れば、向こうもこちらに気が付くらしい。顔を上げ、トライホーンを見る少女の表情。それは恐怖、怒り、叫び、あとは……まあ、憎らしい感じも籠っている様子だった。

(こういう顔を向けられるのも新鮮かもしれんね?)

 思いながら、さらにトライホーンを近づけて行く。さらに少女の表情は必死なものになるものの、特に気にしない。

 だってこれから、トライホーンを止めて、その少女の目の前に生身で立つつもりなのだから。

「どうなっても知りませんからね、私!」

「心配する様な事にはなるまい。少なくともこの状況では」

 特に止められもせず、ウォルドはトライホーンの胸部空間より出て、跪いた格好をさせたトライホーンの身体を滑り降りて行く。

「っ……トドメは自らの手で……と言う事ですの?」

 すぐ近く。鉄巨人同士で無くても声が届くその距離まで来て、ウォルドは相手の少女が誰か分かった。

「ラミニ・ネイト。声の印象通りの外見だ。勝気そうで……そしてまだ幼さが残る」

「幼さについては、あなたに言われる筋合いはありませんわっ。あなたがあの……三本角の鉄巨人乗りだなんて」

 どうにもウォルドの外見に驚かれているらしい。一方でウォルドの方はラミニの姿に驚愕はしない。さっき言った通り、鉄巨人越しに聞いた声に見合った外見だったから。

 ただ、向こうに恐れられ続けている事だけは、どうにも心外だった。

「ええっと、さっそくで悪いが、君の処遇については……」

「やはり、トドメを刺しに!」

「だから何でそうなる? こうやって友好の証と言うか、君らに対して敵意の無い事の証明として、わざわざトライホーンを下りたと言うのに」

 倒れている相手に追撃を加える程、ウォルドは酷な人間では無い。

 軍人でも無い以上、むしろそういう行為が出来ない性質の人間だった。

 だからラミニにしようとしているのは、ウォルドが出来る程度の、単なる取引である。

「君が手当しようとしているその人。君の大事な人間らしいが……こちらはある程度、治療の道具も持ってきている。どうだ? こちらが手を貸す代わりに、この惨状について、私に情報をくれないかね?」

「……こちらが差し出すのは、それだけ?」

「とりあえずは、まあそうだ。どうにもこの光景。あれこれと交渉を続けられる程、悠長にもしていられない様に見える」

 今後、ウォルド自身がどんな行動を始めるにしても、早い方が良い。今、もっとも優先するべきは行動の早さだと考える。

「……分かりましたわ。ルデアお姉様を……治療してくださいまし」

 ラミニの方も同意見の様子だった。

 気を失っている、それが彼女らの長女である事が知れた女性は、すぐさま命にかかわる様子では無かったが、それでも放置していると不味い状況になるだろう。

「シレリア君! 君の出番だ!」

 未だトライホーンの胸部に入ったままのシレリアに対して叫ぶ。

 彼女はウォルドの付添人であり、修道女でもあり、そうして、一応は怪我人の手当くらいはできる技能を持っていた。

「なんだかなー。呼び出されそうとは思ってたんですよ。はいはい」

 心底面倒くさいと言った様子で、トライホーンの胸部から降りて来るシレリア。片手には治療用具を持っているので、こちらの話をしっかり聞いていたらしい。

「女性連れで戦闘を行うつもりでしたの?」

 警戒を解かず、現れたシレリアを見つめるラミニ。シレリアと言う存在をどう説明したものかと考えるものの、先にシレリア自身が口を開いた。

「ねー、この人酷いですよね? 私なんて、戦闘員とは程遠い人間なんですよ?」

 敵意なんてものすら無い軽さでもって、ラミニの警戒から逃れるシレリア。

 ラミニはシレリアが警戒を必要とする様な人間ではなく、もっと呆れるべき人間だと判断できたらしい。

「いったいあなた方……何ですの? そう言えば、名前も知りませんでしたけど」

「ふむ? こうやって面と向かって話すのも初めてだから、名乗りもしていないか。私の名はウォルド・リース。今は軍の監査役をしているが……本業は考古学者をしている男さ」

 とりあえずウォルドは、名乗り、笑ってみせた。どんな交渉事でも、笑う事から始めるべきだろう?




 夜の寒さが姉の身体を苛まないか。

 ラミニが今、抱えている問題の一つがそれだった。

 夕暮れが近くなってくる頃合い。張られた本当に簡素なテントの中に、ラミニと姉のルデアは押し込まれていた。

「いえ、ここはルデアお姉様のためだけの場所ですわね」

「あのう。一応は私もここで待機するつもりなんですけれど?」

 第一印象から、ずっと抜けた印象のある女、シレリアが、相変わらず間の抜けた発言をしていた。

 この女に、ルデアの命を預けると言うのは、正直なところ不安しか無かった。

 しかし、それが交渉の約束なのだから仕方ない。

「彼女には君の姉の看護を続けて貰う。君の姉が動ける状況でない以上、誰かがずっと見ている必要があるだろう?」

「勿論、その通りですわ。けれどその件について、疑問は沢山ありますの」

 テントの幕を捲り、顔だけ見せた男、ウォルドを見るに、さらに疑問が増えた気がする。

 まず、自分と同じ年頃の少年だとは思わなかったとか、鉄巨人の正式な乗り手で無い癖に、どうやって今まで、ラミニやリィンを相手取って勝利する事が出来たのかとか、本当に色々聞きたかったのだが、今は優先順位を付ける事にした。

「ルデアお姉様の怪我を治療していただいている事は感謝しますわ。こちらで起こった事の説明もさせていただいたので、最初の約束については果たしたと思いますけれど……」

 別に隠す必要すら無かったため、ラミニはウォルドに、いったいここで何が起こったのかを話していた。

 ファンデ・オウルグと言う男が何かをした。結果、運び出していた竜の骨が肉を纏い始めた。そうして……。

「わたくしのもう一人の姉、リィンが乗る紅の二番が、肥大化した竜の肉に飲み込まれ……止めようとしたわたくしとルデアお姉様の鉄巨人は、リィンお姉様を飲み込んだ巨大なそれに敗れました……言える事はそれくらいでしたけれど」

「他にも色々と有益な情報を聞けた。例の竜の骨は、まだ生きていると言う事。そうして、鉄巨人を撃退できる程の戦闘力を持って居ると言う事。火も吐いたそうだね?」

 そうだ。単なる肉の塊となるかと思ったが、何か輪郭を持ち始め、口に見える器官からは炎を吐き、周囲とラミニ達の鉄巨人を焦がした。

「それだけではありませんわ。腕と爪の様な物まで生え、ルデアお姉様の紅の一番は……」

「鉄巨人の構造そのものを破壊するとは……相当だな」

 ウォルドの目が鋭くなるのを見た。竜の骨に関わる話をしている間、彼は良くこんな目をしている。

「相当も相当ですねー。そんな化け物、せっかく戦った後にどこかへ去ってくれたんでしょう? だったら逃げるべきですって」

「シレリア君。その件について、先ほども言ったがね―――

「わたくしもそれを確認したいのですわ。そうですわね……その……正気ですの?」

「シレリア君以外から、そういう言葉を向けられるのは新鮮だ」

 驚いた様子のウォルドだったが、誰だって頭がおかしいのではと思うものだ。

 ウォルドはラミニから話を聞いた後、次にこんな提案をしてきたのだ。

 君の、竜の骨ごと攫われたもう一人の姉を、一緒に助けに向かわないか、と。

「ほらほら、ちゃんと自覚してください? ウォルド君は頭がおかしいタイプの人間なんですって」

 器用にルデアの手当を続けながら、減らず口を叩くシレリア。そんな言葉に傷ついたと言った顔をするウォルド。

 そんな光景を見て、ラミニの方はどんな顔をすれば良いと言うのか。

「ルデアお姉様の無事を確保出来次第、勿論わたくしはリィンお姉様と……ファンデと言う男を追うつもりでしたわ。けれどそれは……別にあなたと関係は無い事でしょう?」

 ラミニの胸中で、もっとも大きな疑問はそれだった。

 何故、この男は、ラミニのこれからを手伝うなどと言い放ったのか。

「勘違いしないで欲しいのだが、別に君に思うところがあってその様な提案をしたつもりではない。私の関心は、あくまで君が見た竜の骨の変化なのだよ」

 本業は学者だと、この少年は語っていた。だからその、太古からの遺物か発生した現象について、興味を持っているとの事。だが、そんな答えにラミニは納得していない。

「学者の興味が……命の危険がある場所へ、利益も無しに突き進む事を肯定しているとおっしゃいますの?」

「一応、メリットはあるんですよねぇ。私達、監査役なので」

 付き合いがある側だからか、まだシレリアの方が状況を分かっているらしかった。

 ならば、尚更ラミニは説明が欲しい。

「敵国の人間に話すのは妙な事だが、私達は副業で軍の監査役をしているとは、治療中に言ったが、この監査役、長らく続く聖王国と技王国の戦争に対して、文句を付けるのが目的でね」

 竜の骨の存在は、その目的を達成するのに好都合なのだとの事。

「古代の遺物。それが無暗に利用される様な状況だよ、これは。鉄巨人だけなら兎も角、もっと別の、異質なものまで利用され始めたと私は見ている。鉄巨人同士を戦わせるだけの物では終わらない。管理から抜け出し、混乱と破壊を巻き起こす物へと戦争は変化し始めている……と、そう文句を付けられる。私の望みはそれだ」

 竜の骨の有様を見た今、ラミニはウォルドの言葉が冗談にもこじ付けにも思えなかった。あんなものをファンデは探していたのか。ファンデの後ろにいる権力者は、あんなものを手に入れ、何をしようとしているのか。

 ラミニはまた自らが襲われた光景を思い出し、少しだけ身体が震えた。

「あなたとわたくしが共に戦ったとして、望みは薄い。そういう相手ですわよ、あれは」

「私はそれを見ていない。だからその意見は安易に肯定できんな」

「ならそれは無知から来る蛮勇と考えるべきですわ」

「おお、良く言うわ、この娘。その通りよ! あなたは偉い!」

 どちらの味方か知らないシレリア。ウォルドの方は苦々し気に彼女を見ていたが、再びこちらに視線を向け直して来た。

「幾らか、対策は浮かんでいる。その一つは君が頼りなわけなのだがね」

「話を聞くだけで、いったいどんな考えが浮かぶと言いますの?」

「学者なんぞ、大半はそうやって発想を育むものだよ。私はね、学者だ。鉄巨人乗りなどと逆立ちしたって名乗れない半端者で、やはり本業は学者だ。これは学者としての意見なのだが……」

 そういう学者としての知識が、ラミニやリィンの鉄巨人を撃退した。そう思うのならば、馬鹿に出来ない話ではあるのだろう。

 とりあえずラミニは、ウォルドを見つめ返すのみだ。

「あの竜が骨から復活したとして、火に弱いと考えている」

「その根拠は?」

「あ、神話の事ですね? 技王国の方では語り継がれてるかは知りませんけど」

「は? 神話?」

 答えたのはシレリアの方だったが、ラミニは変わらずさっぱりだ。

「聖王国の神話だよ。創世神話だ。かつて神により罰せられた巨人と竜の物語。巨人は地面に埋められ、竜は火に寄って焼かれた」

「そんな物語を信じると言いますの?」

「事実、鉄巨人は地面に埋まっていたし、竜の実在も証明できた。他ならぬ襲われた君がそれを知っているだろう?」

 だとしても、神話はそのまま信じるなどどうかしている。ウォルド達は信心深い国の出身だから、その様な与太話を根拠に出来るかもしれないが、ラミニにはとても無理だ。

「疑いを消さない表情しているな? そう、それで正しい。神話は神話だ。もしそれを根拠にすると言うのなら、解釈が必要だよ。丁度良い事に君らがそれを後押してくれている」

「わたくし達が何を指しているかは知りませんけれど、どういう考え方出来ると言いますの? 明確に示していただけませんと、対策などと言えないと思いますけれど」

「鉄巨人を使って争ってるだろう。考え方も信じるものも違う国同士で、同じ物を使って。偶然ではあるまい。鉄巨人とは、元々からして兵器だ。恐らく、作られた頃からね」

 だから……それを掘り起こした二つの国もまた、鉄巨人を争いの道具として使っている。ウォルドはそう考えているらしい。

「まーあ? 金属で出来たすごく頑丈な巨人なんて、戦わせるくらいしか思い付きませんよねー」

 軽い発言をシレリアはする。これでルデアの治療を続けていなければ、一度くらい怒るところである。

「神話において、鉄巨人と竜は互いに争い合う存在だ。神話を現実の鉄巨人と、君らが見た竜の姿を見れば、こう解釈はできんかな? あの竜もまた誰かが作った兵器で……鉄巨人を作った側と争っていたと」

「だからその神話は、お互いの兵器の弱点を語っていると……そういう事ですの?」

 創世神話は、鉄巨人達が作られたであろう古代についてを語っているとウォルドは言う。だからこそ、神話は確かな根拠にもなるのだと。

「君の姉が使っていた例の杖。あれらは、他の二体が使う装備とは違って、鉄巨人と共に発掘されたものだな?」

「確かに……火というより熱に弱いのであれば……あの杖は効果があると言う事ですけれど……」

 ルデアが乗る紅の三番。その武器である杖は特別だ。

 鉄巨人には限りがあれど、それなりの数が発掘されているが、鉄巨人が扱う道具と言うのは稀有なのだ。

 だから無理矢理に鉄を固めて形作った様な剣や盾が、技王国では生産されており、それらを武器としている。

 勿論、相応の強度を確保するため、それそのものは高価で貴重な物となるが、鉄巨人と同じく発掘された道具と言うのは、もっと稀だ。紅の一番が使う杖などはその類であり、ネイト家の家宝と言える価値を持っていた。

「あれは鉄巨人が神話の時代に使って居た武器だと私は考えている。つまり、君が話す竜と戦うための武器ではないかな? ならば相手に有効な一撃を加える事が出来ると想像できるが」

「ルデアお姉様はけれど……竜に巻き込まれたリィンお姉様が巻き込まれる事を警戒して……」

「なるほど。だからあの驚異的な威力の武器を使えなかったと。そうして今、この結果があると考えるべきかな?」

 鉄巨人三体。姉妹揃っての敗北。それはラミニにとっての恥であった。実質的には、最初に竜に飲み込まれた紅の二番抜きだが、それでも二体一。

 ハンデがあってこその結果だったが、それでも、それでももっとどうにか出来なかったのかと後悔する。

「わたくし達は……鉄巨人乗りとしてのプライドがあった。けれど、そんなものは―――

「私が君の姉を助ける役をしよう。そうして次に君が竜を杖の力で仕留めろ」

 事も無げに言って見せるウォルド。だが、幾ら竜に対する予測が出来たとしても、無謀な発言だとしかラミニには思えなかった。

「結局、あなた一人で戦うという事ではありませんの。そんな事、出来るはずがありませんわ」

「……けれど、それに賭ける他無い。かしらね」

「ルデアお姉様!?」

 思いも寄らないところから反論がやってきた。

 倒れ、治療を受けている途中のルデアが口を開いたのだ。まだその顔色は悪いままだったが。

「起き抜けに申し訳ないが、あなたの鉄巨人が持つ武装を貸してくれないかと交渉をしていた」

「目は瞑っていたけれど、耳からには聞こえていたわ。そうね、そうしてくださいな」

「出来ればそのまま目を瞑ったままが良いですよー。怪我人なんですから、休んでてください」

 誇り高い姉が、それでも無理をして話をしているというのに、シレリアという女はとことん不躾だ。いや、そういう話では無かった。

「ルデアお姉様……けれど……この男とわたくしだけで、あの竜を倒せるとは」

「手は……まだある。そういう事……でしょう? 名前を……ウォルドという名前は聞いたけれど……姓はまだ……聞いていなかったわね?」

 まだはっきりと喋る体力も無い様子のルデアであるが、それでもウォルドの方を見据えていた。

「考古学者のウォルド・リースと言うものです。ルデアさん。ええ、そう。まだ手はある。少しばかり、まだ賭けとしか言えぬものですが……」

「そう。なら、賭けに乗りましょう。ラミニ、あなたもそれで良いわね?」

「お姉様が……そうおっしゃるなら」

 ラミニはそれ以上を言えない。自分の判断なんかより、ルデアは何か、もっと大きな事を見据えていると思っているからだ。

「あー、もう、だから目は閉じててくださいってば。目を瞑って一、二、三。そうしてぐっする休む事が大切ですよ?」

「あ、あら……そう……かしら?」

 ルデアすらも戸惑う姿を見るに、このシレリアと言う女、相当に大物なのかもしれない。

 だとしたら、ラミニが話に混ざったところで振り回されるだけだろう。

 もっとも、ウォルドという少年を相手にしたところで、同じ様な物かもしれないが。

「さて、話が終わったのなら、出発の準備をしようか。今のところ、時間はあちらの味方をして居そうだ」

 まだ戸惑いを隠せないラミニに対して、彼は既に、次にすべき事を見据えている様だった。




「骨から肉が出て、肥大化したと言う話であったが、そういう方向性の兵器と言えるのかもしれん。鉄巨人はその圧倒的な剛性を強みにしているとすれば、竜の方は再生能力や周囲への適応を武器とする。方向性の違う二種の兵器が、互いの強みをぶつけ合う。そういう状況が古代にあったのだろう。ふぅむ。興味がどんどん湧いて来る」

『興奮しているところ申し訳ありませんけれど、少し黙っている事は出来ませんの?』

 トライホーンの内部に、トライホーンと並んで歩いている紅の三番からの声が響く。

 何時だって甲高い、ラミニ・ネイトの声だ。

「調整し、高機能化させた通信機能は問題ない様だ」

『こちらも、あなたの声が嫌ほど聞こえるのですけれど。あなた、本当に鉄巨人に手を加える事が出来るんですのね?』

「勘違いしないで貰いたいが、鉄巨人は謎が多いし、私が手を加える事なんてできやしない程に、既に完成している。これはただ、少しばかり、鉄巨人の機能について君達より知っていると言うだけの話だよ」

 砂以外何も無い砂漠を進むと言うのなら、相手の声が不快であっても話を続けてしまう。要するに退屈になるのだが、ラミニとウォルドはお互いの事を大して知らない。

 必然的に、話題はお互いの知識の共通点である鉄巨人についての話になっていた。

『機能……あなたが紅の二番の操縦席を触らせて欲しいなどと言った時は、何が狙いかと思ったものですけれど、こうやって普通よりも長距離で、高感度の話が出来ると言うのは、手を加えるとは言いませんの?』

 ラミニの言う通り、お互いの声を受け合う鉄巨人の機能を、ウォルドは幾らか弄りはした。トライホーンと紅の三番の連携が必須の戦いが待っているのだから、やっておくべき措置だったのだ。

 ただ、それでも、それは知識の問題だとウォルドは考える。

「これはね、元々、鉄巨人の機能として存在するものだ。それが出来ないと言うのは、単純にその機能を知らないと言う事だよ。君らに出来ず、私に出来ると言うのはその程度の事なのさ」

 ウォルドは学者であって技術者では無い。複雑な機構を適切な形にしたり、さらに高度な形に発展させるなどもってのほかだった。

『それでも、あなたはその程度の事で、わたくしに勝利しましたわ。そうして、次もそうするつもりですの?』

「さて、竜にどれ程の事が出来るか知らないし、その竜自体、私は良く知らないから……断定なんて出来んさ。だが、鉄巨人がその機能を十全に発揮できれば……」

 そうして、本当に昔、鉄巨人と竜が争っていたとするなら、戦う術はあるはずだと、ウォルドは考えていた。

『どれほどの事が出来るかは知りませんが、やる事は事前の取り決め通り。で、よろしいですわね?』

「ああ、勿論だ。君はその杖で牽制を続け、私は君の姉を助け出す。そうして、トドメはやはり君が刺せ」

 それだけ言って駆け出した。

 奇襲ならそうするべきだろう? 今やもう、ウォルド達が追っていた竜の姿がもうすぐ傍にあるのだから。

(確かに……見た目は膨れた肉だな。竜などと言いたくも無いが……それでも、もう少し観察に徹したかった!)

 肉の中に取り込まれたであろうリィン・ネイトを助ける以上、あまり時間を掛けてもいられない。だからこそ、急ぎ竜の後を追ったし、奇襲を仕掛けるタイミングの判断も、追い付けばすぐという事にしていた。

 しかし、いざ本番ともなれば、幾つも疑問が湧いて来る。

(その姿は何だ? 意味はあるのか? 丁度、鉄巨人が収まるくらいの大きさだが、元の骨はどこに行った? そも……この肉塊を制御しているであろう、ファンデ・オウルグと言う男はどこにいる?)

 頭の中に羅列される疑問の数々。それらは学者としての性であったが、それを押し留める事もせずに、ウォルドはトライホーンを竜の骨とももう呼べない肉塊へと急接近させる。

 走りながら、眼前に近づいて来る肉塊であるが、今も反応は無い。ただゆっくりとどこかへと移動し……そうして肉の幾つかから触手の様な物も数本伸ばして来る。

『その触手の先に気を付けなさい!』

 ラミニの声がトライホーンの中に響く。距離はさらに離れているが、それでも声の調子は良好だった。上手く調整できている。

 そうして、この触手が危険である事も十分に理解していた。

「触手の先の爪……これが!」

 黒い三日月の様な形のそれが触手の先についていた。その爪こそ、何者にも破壊出来ないとすら思える鉄巨人を、容易く傷つける事が出来る武器であった。

 触手は縦横無尽に動いている様に見えて、その先端をトライホーンへ向けていた。そうして、多数の方向から触手と黒い爪が襲い掛かって―――

「全方向から襲ってくる様に見えて、結局は前から来ているに過ぎん」

 トライホーンは前進をやめて、次の瞬間には後方へ引く。

 その急な移動の変更は、ウォルドに相応の負担を与えてくるものの、それでも今はやらなければならないから耐える。

 結果、触手が襲ってくるのは、トライホーンの前方のみに限られた。限られているのであれば、あとはその触手を切り払うだけ。

 トライホーンは既に、その両腕から光のレイピアを伸ばしていた。

「ふんっ……やはり鉄巨人が従来所持している武装であれば、良く効くらしい」

 触手を切り払う様に光のレイピアを動かす。結果、抵抗など殆ど無いが如く、触手の切れ端は砂漠の砂の上に落ちた。

 これで鉄巨人と目の前の肉塊が、互いに争い合う存在であるという可能性が高まった。

(それならそうで、つまりこの黒い爪は危険と言う事かな?)

 切り払った触手の代わりに、また別の触手が肉塊から伸びて来た。勿論、その先端には危険な黒爪。

 こちらの攻撃が良く効く様に、あちらの攻撃もダメージは必至だ。そうやって互いに傷つけ合い、争いを続けていたのだろう。

「だが、ここに及んでは鉄巨人の方が有利だ。何故ならば!」

 さらに伸びて来た触手を、トライホーンの後方より飛来する光の一線が焼いて行く。ラミニからの援護だった。

 ラミニの紅の三番が持つ、歪な形をした杖。鉄巨人本来の武装であろうそれは、出力を高めれば高火力で極太の光線を放つ事が出来、一方で出力を絞れば連射する事が出来ると言うもの。

 相手に寄りその出力の強弱を調整するのが上手い使い方だそうであるが、今のは恐らく、最小の、連射力のみを発揮している状態だ。

 それでも細い触手を焼くには十分であり、結果、ウォルドがトライホーンをさらに進ませるための空間を作り出してくれた。

『リィンお姉様に害が及ばない範囲であれば、これくらいは出来ましてよ?』

「頼もしい限りだ!」

 連携はにわか仕込みであるが上手く行っている。トライホーンはその光のレイピアが届く範囲まで進む事が出来たし、後はそのまま肉を切り開き、肉塊の中に取り込まれた紅の二番を引きずり出すのみ。

 そんな距離まで接近しながら、ウォルドは目を見開いた。

「そんなところにいたか!?」

 縦に長い肉塊の頂点。そこに人の形が、そのまま人間大のサイズで存在していた。

 全身は薄く肉に包まれ、足は完全に癒着しているその姿であったが、それでもその顔は、人間の男の顔であったのだ。

 ファンデ・オウルグ。恐らくはきっとそういう名前の男であるはず。

 そんな男が、こちらを見て口を開いた。

「「君は誰かな?」」

「!?」

 トライホーン内部に、反響する様に声が聞こえて来た。それは鉄巨人同士のクリアな声では無く、怖気を感じさせる不気味なそれに聞こえた。

 大凡、人間が出せる声では無い。そもそも、いったいあの肉塊からどうやって声を聞かせていると言うのか。

「「ほう? 鉄巨人が元来持つ武装を知っているか」」

 こちらに興味を持った。そんな声であったが、やはり不気味さが先に感じられる。相手は人間ではなく化け物の一部。

 そう思い込む事も出来たため、ウォルドはすぐさまに光のレイピアで肉塊を引き裂こうとするが、そこで止まる。

(これは、人間が相手だと躊躇した結果ではあるまいっ)

 だが、それでも光のレイピアは届かなかった。光のレイピアを突き出そうとするそのトライホーンの腕が動かないのだ。

 無論、今なお、ウォルドは動かそうという意思を持っていた。

 止められているのは精神的にでは無く物理的。肉塊から、触手より何倍も太いそれが二本伸びて、トライホーンの両腕を掴んでいたのだ。

 その輪郭は、不気味な肉塊の延長線でこそあったが、それでも肉塊から伸びた腕の様にも見える。

「「これに対する知識は薄いらしいな? 何者だ? 君は」」

 これと、肉塊を示すくらいには、冷静さがあるらしいファンデの姿。

 追撃を加えて来ないところを見るに、こちらへの興味はさらに増しているらしいが。

「私は……単なる考古学者だよ」

「「その鉄巨人……技王国では見ないな。聖王国の人間か? それがあの娘に手を貸すとは……いやはや、家族の愛情とは想像以上に深いものだ」」

(質問をしてくるなら、会話くらいはしてみせろ!)

 ただこちらへ話し掛けるのみのファンデ。自分の興味だけが本意になっているところを見るに、もしかしたらウォルドに近い性格なのかも。

「馬鹿を抜かせ!」

 自分は肉の塊と一緒になる趣味は無い。ウォルドはレイピアを光の鞭状にすると、掴んで来る肉塊の腕へと巻き付け、そのまま締め付けた。

「「やはり……鉄巨人の使い方は良く知っているな?」」

「そちらもやはり、こちらの武器には弱いらしい!」

 肉塊の腕に巻き付けた光のレイピアは、そのまま腕を絞り上げる形で、最終的に腕をバラバラにした。大した抵抗も無く、こちらの攻撃は相手へ通用しているのだ。

「「そうとも。私にとって、君らは脅威だ。少し話をしたい気もするが、それは君らを打倒してからにしよう」」

「まだ隠し玉があるかっ」

「「あるさ。あるとも。私はこれを、他の誰よりも知っている!」」

 使わせる隙を与えるものかと光に鞭を向けようとするも、相手が一歩早かった。

 こちらに武器がある様に、あの肉塊にも武器がある。その武器とは、足であった。腕をさっきバラバラにしたのだから、次に出て来るのは足だろう。

 その足はやはり触手の様に伸びるや、トライホーンの脚部へと絡みついてくる。

「足止めだとしても、すぐに脱せる苦し紛れだとは思わないか?」

「「ああ、思わんね。何せそのすぐの時間だけで私は構わないのだから」」

 足の方も、光の鞭で切り払ってやろうと思ったその瞬間。その動作の間だけで、肉塊は変化したのだ。

 まずは輪郭だけあったファンデの身体が、完全に肉塊の内に没した。

 だが、変化はそこで終わらない。ファンデが居た場所の肉が大きく盛り上がり、また違う輪郭を形作り始める。

 それは顔だった。先ほどと同じファンデの顔。違うところがあるとすれば、それが肉体の上部に丸々乗った、巨大な顔であった事か。

「「兵器であるならば、こちらの方が、遥かに人と混じり易い! その力を見てみるかね!」」

「ぐっ」

 ウォルドの口より漏れたその悲鳴は、その見た目の醜悪さから来たものか。いや、それもあるが原因はもう一つ。

 肉塊より大きく生えたファンデの顔がさらに変形し、鋭く、そして平たくなり、まるで爬虫類染みたそれへとなるや、口から炎が噴出したのだ。

『だ、大丈夫ですの!?』

 視界が炎に染まり、耳からはラミニの声が聞こえる。

 きっと彼女から見れば、肉塊から出る炎によって、トライホーンが包まれた様に見えているだろう。

 事実そうだ。苛烈な炎はトライホーンを目掛けて噴出し続けていた。

(まさに……火を吐く竜の姿だ。これはっ!)

 醜悪であったが、それでも神話を思わせる様な力を持ったそれ。鉄巨人に比類する質量から放たれる炎は、ひたすらに脅威となるだろう。

「私が乗っているのが神話の巨人で無ければ、危うかったろうな?」

 互いに並び立つ巨人と竜。ならば竜の炎程度で、トライホーンは簡単に敗れるだろうか? 答えは既に出ていた。

 竜から放たれる炎に、それでもトライホーンも、内部に乗るウォルドも無事のままだった。

「炎すらも、足止めにはならんさ、ファンデ・オウルグ!」

 トライホーンをさらに前へ。強靭なトライホーンの足は確かに砂漠の砂を踏みつけ、やはり前へと進ませる。

 炎により視界は塞がれてはいるが、その距離は既に光の鞭が届く範囲まで来ていた。

(待て、視界が……?)

「「足止めでは無く、これは目潰しなのだよ!」」

 ファンデの方からも、感情的な声が聞こえて来る。だが、頭が回っているのは向こうの方だ。

 吐かれた炎が噴出する先。漸く見えて来た肉塊の本体は、見えなくなっている内にさらなる変化を遂げていたのだ。

『逃げなさい、あいつ……またっ』

 ラミニの忠告は些か遅かった。ウォルドの眼前。トライホーンを通して見たその肉塊の姿は、まるで炎の中で産まれ変わったかの様に変異していた。

 触手の様に伸ばしていた腕と足にあたる部分は、短く、筋肉質になり、正に手足の形になっていた。

 触手の先端に付いた黒爪は指にしっかりと残っており、ますます手足らしい印象を与えて来る。

 四肢が伸びる胴体の方はスリムになって、単なる肉塊とはもう言えない。火を口から吐いている頭部は胴体とのバランスを取る様にやや小さくなっていた。

 だが、もっとも目を見張る変化が他に二つある。羽と尾だ。

「ドラゴン……か?」

 それがそう呼ばれる存在である事は理解していた。だが、その姿は、骨であった時と同じまさにドラゴンと呼べるものへと変化していたのだ。

 蝙蝠の様な羽を持ち、爬虫類を思わせる肉体に獣の如き鋭い牙と爪。伸びる尾の先端にもまた、黒い爪らしきものが付いており、全身が他者を傷つけるために存在しているような、そんな姿を形作っていた。

 いや、だがそのドラゴンは、それでもまた別の印象を持たせて来ていた。

「「ここまで回復させるのに時間が掛った。それでも、骨格となるものを取り込んで、再生をさらに促す事が出来て良かったよ!」」

 目の前のドラゴンの印象には、もう一つ、全体的な印象として巨大な人を思わせる部分があったのだ。

 鉄巨人。それを思わせるものに、ドラゴンの肉を纏わせた様な、そんな印象だ。

『リィンお姉様の鉄巨人を取り込んだのは……そのためですの?』

「「ではその力、味わって貰いたいなぁ!」」

 ドラゴンが動き出す。肉塊だった時とは比べ物にならない程の俊敏さで、まずトライホーンへと突進してきた。

「幾ら肉体と速度が変わったところで、その耐久力はぁ……ぐぅっ!」

 光の鞭をドラゴンに向けて伸ばすトライホーン。しかし、本当にドラゴンの素早さは脅威だった。光の鞭を器用に避け、次にはその羽を羽ばたかせて滑空した。

 そのままトライホーンの上部へと接近するや、その足に付いた爪をトライホーンの肩へと食い込ませる。

 黒い爪はやはり、鉄巨人の身体を傷つける事が出来る鋭さだった。しかしドラゴンの攻撃はそこで終わらない。羽をさらに羽ばたかせるドラゴンは、トライホーンごと中空へと連れ去って行く。

 高度は高く。さらに高く。

「「バラバラにしてやっても良かったのだが……鉄巨人を倒す方法にはこういうものもある。知っているかね?」」

 知らないが嫌な予感はする。

 今なお高度を上げるドラゴンとトライホーン。ここから叩き落とされれば、ウォルドはどうなるか?

 鉄巨人はまあ無事だろう。中にいるウォルドを除いて。

(くそっ。既に高さはかなりのものだ。迂闊に迎撃しただけでも振り落とされるっ)

 反応が遅れた。その遅れが致命的でさえある。

 これで襲われたのがラミニであれば、きっと掴まれたとしても持ち上げられない程度に抵抗したのだろう。

 だが、自分はウォルド・リースだった。既に自分はトライホーンと共に上空へ。挽回するならここからしか出来ない。

「まったく……最後の奥の手だったのだがね?」

「「何?」」

「困惑する時くらいは、その気持ちの悪い声を何とかできんものか?」

 ウォルドは操縦桿を握り込む。深呼吸は二回。それくらいをする時間はあるだろう。

 相手のファンデはどうだ? 相手の気分の話じゃあない。相手がどういう人間かを自身に問う。それを考えるのに後三秒。

 後は……最後に覚悟を決めたら叫ぶだけ。

「「なぁ!?」」

「おおおおおお!」

 目にもの見せたがその喜びには浸れない。

 鉄巨人は今、空を跳ねていた。トライホーン単体で、ドラゴンの黒爪を引き剥がし、そうして空を飛ぶのでは無く跳ねている。

(背部に噴出孔らしきものがどの鉄巨人にもあるから……こういう機能がある事は知っていたが!)

 鉄巨人は空を飛ぶ。まだ仮説の段階だったが、ドラゴンが空を飛ぶ姿を見て確信した。空を飛ぶ相手と戦う兵器なのだから、鉄巨人だって空を飛べるはずだ。

 そのための背部の機構だと予想していたが……やはり実践しなければ何も分からないものだ。

(こ、これは……空を飛ぶ機構では無く、本当に跳ねているだけだ!)

 いったい背部の穴から何を出しているのか。それは分からないが、その推進力は鉄巨人の巨体を無理矢理に跳ばす。それは後ろから爆発を繰り返えされている様なものだ。

 地面にぶつかった方がマシだったのではと後悔するくらいの圧迫感。それでも肉体的なダメージが抑えられているのは、鉄巨人がこの勢いの中で身体と乗り手を跳ばせる事に、機能を最適化されているからだろう。

 しかし、鉄巨人はやはり兵器だ。

「適切な訓練を受けていない私にぃっ!」

 適切に鉄巨人を跳ばせる事など出来やしない。ドラゴンの爪から脱したが、今は鉄巨人そのものの性能からどうやって脱するか。それが重要だった。

 深呼吸をしておいて良かった。胸が圧迫されて、碌に息も出来ない。まずは地上に目当てを見つけて、そこに着地しよう。それだけを考えればまだ何とかなるはずだ。

(目当て。分かり易い目的地。それは……この砂漠で……らしい場所は……ここだ!)

『ちょっ、ま、待ちなさい! あなた何を考えて!』

「受け止めてくれとまでは言わん!」

 砂漠のど真ん中に立つ紅い鉄巨人なんて、目当てとするなら丁度良い。

 ウォルドはトライホーンの推進力を、着地した時の衝撃力が最低限になる様にひたすら調整し続ける。操作の方法が禄に分からないし目測も出来ないので、まあ、大凡、勘だ。

 受け止めてくれたりしたら嬉しいがそれも期待できなかった。

「ぎぃっぐっ……!」

 歯を食いしばり、来たる衝撃に耐える。予想よりもほんの少しばかりそれが激しかったので、トライホーンの足を踏ん張らせる事が出来ず、バランスを崩す。

 そのまま砂漠の大地を二転、三転。視界がぐるぐると回る光景だけでも気分が悪いが、それ以上に頭がシェイクされている。

 大地が砂で出来ているのが幸いだ。転がって、そのまま寝転がれるくらいには砂に埋もれて止まる事が出来た。

 丁度、紅の三番の足元にだ。

『……大丈夫そうかしら?』

「どうだろう……な。あれはまだ空を飛んでいる」

 空を見上げる形で転んでいるので、飛行し、こちらを見下しているドラゴンが良く見えた。

『どうしますの? あの化け物がこのまま逃げれば、リィンお姉様は取り戻せない』

「頭がぐらぐらする中、頭の痛くなる事はあまり考えたく無いのだがね。ただそれでも、このまま見逃せば、危険な兵器を敵国に渡す事になるのは分かる。ふんっ、まだチャンスはあるさ」

 空のドラゴンは逃げ出そうとはしていない。こちらを見下ろし、徐々にその高度を落としている様に見えた。

『あの男……わたくし達と決着をつけるつもりですの?』

「いや、そんな人間では無さそうだ。戦士と言うわけでも無いし、今はもう人間とも言えない姿だが……彼は君らの国の研究者だったね?」

『え、ええ。技王直属の研究室。そこの研究者をしている人間ですわ。あの竜に関しても、そこからの情報と何らかの研究がされているらしいですけれど……』

 あれだけドラゴンという兵器を扱えるのであれば、技能は兎も角として、確かな知識があるはずだ。

 そういう知識を持てる人種だと言う事。

「彼は研究者だ」

『だからそれは知ってますわ』

「いいや、知っていない。私は知っている。認めたくないが認めよう。彼と私は同じ人種だ」

『それは……どういう?』

「興味を持った事柄に、目を離せない。自分の危険を顧みず、もっと知りたいと考える。学者だ。彼も」

 だから逃げない。あのドラゴンと、それを操っているファンデ・オウルグの狙いは、鉄巨人に未知の機能を発揮させているウォルドへの興味に他ならない。

『はぁ、そうですの。まったく、そういうの、何だか理解できませんわ。そんなものにリィンお姉様すら巻き込まれて……』

「愚痴られたところで私にはどうしようも無い。だいたい技王国というのは、そういう学者的な人間を優遇するとも聞いているが」

『してはいますけれど、受け入れている人間ばかりとは思わないでくださいまし』

「残念だ。どこに行っても、怪人を見る様な目を向けられる。あちらはまさしく怪物ではあるが……」

 ラミニとの話もそろそろ終わりだ。トライホーンを立ち上がらせ、気分の悪い頭も立て直し始める。

 高度を落として来たドラゴンが、こちらへと突っ込んで来る姿勢になったからだ。羽が生えたおかげか、積極的に空から襲って来るつもりらしい。

『それで? あれをどうにかする奥の手とやらはありますの?』

「さっき、空を跳ねたのがそうだ。他にはない」

『は?』

「だからここからは、真正面から受けて立つしか無いと言っている!」

 ドラゴンが羽ばたき、その腕の黒爪を構えながら、ウォルド達の方へと滑空してくる。最接近までは数秒程度の猶予。その猶予を使って、ウォルドもまたドラゴンへと接近する。

 接近の仕方は、先ほどの奥の手として使ったものだ。高めた推進力により、こちらの質量をぶつける。

 加速は十分。後はコンマ何秒かの接近で攻撃を当てられるか。

 結果はと言えば、碌に扱えない機構と、未熟な技能では空振るだけに終わる。いや、それでも上等だろう。一方でドラゴンの爪は避けられた。お互いにすれ違っただけと言われればその通り。

「ふむ? そちらも扱い慣れていないらしいな?」

「「何分、これを慣らす時間も無かった。だがね? それでも自らの身体としている分、こちらの方が上なのだよ!」」

 どうにも興奮しているらしいファンデ。ドラゴンと同一化しているという点を見れば、精神に何らかの変質が起こっているのかもしれない。

「この男、普段からこんな様子なのかね?」

『ええ、それくらいいけ好かない奴でしたわっ!』

 興奮しているのはファンデだけで無く、ラミニの方も同じだった。彼女は杖より発生させた熱光線により、ドラゴンを牽制しているも、やはり当たらない。

 直撃はさせられないというハンデが、彼女の腕を鈍らせているのだろう。

「「不慣れなら不慣れなりに、戦い方と言うものがある」」

 ドラゴンが再び下降し、トライホーンへと接近してくる。再び黒爪を突き付けてくるのかと思いきや、ドラゴンが向けて来たのは口だった。

 その牙で噛むのではない。ドラゴンが口を開くのは、炎を吐く時に決まっている。

「炎であれば確かに範囲は広いが、鉄巨人には通用しないっ」

「「さあ? それはどうかな? 通用しないとなれば、何故、この様な機能が存在している?」」

 言う間にも、ドラゴンは鉄巨人の周囲に炎を吐き続けていた。

 その熱量は鉄巨人には通用しない程度のものであったが、それでも砂漠の砂を焦がし、あちこちに火柱を立てて行く。

 何を燃やしているのかは知らないが、炎はその場に残り続け、尚も焦げ臭さを感じさせてくる様な黒煙を立てていた。

 ドラゴンが炎を吐く事を止めない以上、火の範囲は益々広がって行く。

(この炎……今は鉄巨人の装甲を痛めつけてはいないが、ここからさらに燃え上がればまた違ってくるか? 奴の狙いはそこか? いや……)

 明らかにこちらが試されている。いや、揺さぶられている。それが分かるから、ウォルドは考え続ける。咄嗟の判断なぞアテには出来ない。ウォルドの武器は思考し、正解に近い選択肢を取り続ける事だ。

「……馬鹿らしい。こうやって炎に囲まれる事で混乱するならば、そこから脱せば良い!」

「「なるほど? 確かに確かに。炎の焼かれるよりは懸命だ。正しい選択だとも」」

 ファンデの声は無視をする。どうせ聞いていて不快になる響きなのだからそれで良い。

 ウォルドはトライホーンを走らせる。周囲の炎はまだトライホーンを燃やすものでは無いが、それでも素早く脱した方が良い。そういう風に動く。

 そうして動いて、相手の狙いに嵌った。

「この炎……やはりただのっ」

「「そうとも! ただの目暗ましだよ! その目暗ましに君はまんまと嵌るのだ!」」

 炎の向こう側。そこには一部が炎により焼かれ、崩れやすくなった砂丘があった。ファンデの狙いはそこにあったのだろう。

 炎でトライホーンを焼くのではない。炎でトライホーンの足場を崩し、その行動を阻む。

「そうとなればぁ!」

 トライホーンの背中から推進力を発生させる。どうせ崩れる体勢なら、思いっきり崩してしまえ。

 ウォルドはその様にトライホーンを動かして、さらにその場を移動しようとするが……。

「「そこまでを! 私は読んでいたよぉ!」」

 進んだ先に、ドラゴンが降り立った。

 ドラゴンは尻尾を構えている。腕くらいの太さと、その倍はある長さを持つ柔軟な尻尾。さらにその先端には、鉄巨人に唯一、致命的な威力を発揮する黒爪があった。手や足の爪より野太く、鋭い、短剣の様な爪が、推進し続けるトライホーン目掛けて突き出された。

「で、この後はどうするね?」

「「なっ」」

 漸く、相手の方が驚愕してくれた。

 突き出された尾先とトライホーンの胴体。その間に輝く光のレイピアをしっかりと確認したのだろう。

「「馬鹿な!? 何故、咄嗟にそこを守れる! その様な技量があれば……」」

「ああ、もっと楽に勝てたかもしれんが、そんな事は私には無理でね。ならばと出来るのは、そちらと同じさ。相手の行動を先読みし続けるしかない」

 だから、あの炎はこちらへの目暗ましだと分かっていたし、そこから逃れようとするトライホーンを虎視眈々と狙い、隙を見せて推進力を発揮したその瞬間に攻撃を仕掛けられると、そこまでを予想していた。

「「馬鹿な馬鹿な! 行動を読まれていたのは私の方だと言うのかっ。私がそんな―――

「やはり、頭がおかしくなっているのではないかね? 狙うにしても、鉄巨人一番の弱点である、乗り手が存在する胸部をそのまま狙うなどと……守り易かったよ」

 鉄巨人の扱い方だとか、ドラゴンの操り方だとか、そんな技能についての優劣などウォルドは知らない。

 ただ、相手より思考で勝つ。相手のファンデもウォルドの同類だったから、そこについては勝負だったが……勝利したのはウォルドの方だ。

「「くっ……竜に精神を乱されるなどと言う機能は無いはずだ!」」

「ならば、純粋に、そちらの敗北だ!」

 ウォルドは逃げ出そうとするファンデに追撃を加える。

 まずは光のレイピアにより受け止めた尾を、レイピアを鞭にする事で巻き付け、そのまま寸断した。

 さらにもう片腕のレイピアでドラゴンの肩を切り裂く。光のレイピアは肉へと食い込むや、そこで抵抗を受ける。

(ここだっ!)

 光のレイピアは切り裂く方向を変える。肩から抵抗を受けたその線に沿って、何かを繰り抜く様に。

 それはドラゴンの肉の内側にある人型。ある程度を切り裂いたその内側に、トライホーンは手を突っ込んだ。

「「こ、こうなればっ! 貴様も取り込んでっ」」

「そうなるのは脅威だが……その判断は遅かったな!」

 トライホーンは確かに掴んだ。肉の内側にあるはずのモノを。あとはそれを引っ張るだけで終わるのだ。

 切り裂いたはずのドラゴンの肉が膨らむ。肉全体で、トライホーンを包もうとするかの様に。

 だが、先ほど宣言した通り、それをするにはもう遅い。ウォルドはただ、再び奥の手を使うだけで良いのだ。

 ただ全力で、推進力を全開にして、肉の内側にある、紅の二番を引き剥がすだけで良い。

「さあ! 最後の仕上げだ! やりたくも無い事をしようか!」

 本当に気が滅入るため、テンションだけは無理にでも上げて行きたい。

 トライホーンは加速する。巨体を宙に跳ばせるだけの圧倒的な推進力は、ドラゴンの肉の内側から、紅の二番を引きずり出し、尚も跳ぶ。

 それだけでは終わらない。全力での引き剥がしから、その次にはドラゴンから距離を置かなければならないのだ。

 結果、トライホーン単独でも禄に制御できない飛行を、紅の二番を抱えたまま行わなければならなず、非常に気分の悪い軌道を描いて宙を跳ねる事になった。

 今にも吐きそうである。

『ちょっと、ラミニお姉様は大丈夫ですの!?』

「いま話し掛けるなっ。本当に吐きそうだ……。うっ、そういう君は……大丈夫なのか?」

『ええ、勿論。この瞬間だけを待ちに待っていましたもの』

 ならばそれで良い。だからこそ、ひたすらに逃げているのだ。

 自信満々なラミニの声を聞いて、それだけを判断する。距離を十分に置いたと考え、ウォルドは再び砂漠を転がった。今度は紅の二番と一緒だが、乗り手の無事はまだ確認できない。

 それより先に、興味は別の方を向いていたから。

「「ま、待つんだ、ラミニ嬢! やめろ! この竜は、このドラゴンは、どれほど技王国に利益を与えるかを考えて―――

『あら? 命乞いも下手なんですのね? あなたったら?』

 骨格として利用していた紅の二番を引き抜かれ、再びただの肉塊に戻ったドラゴン。そのドラゴンを、極太の光線が包み込む。

 ドラゴン全体を超火力で焼き尽くそうとする様なものだ。遺跡の外壁や内壁をそのまま貫く威力は、やはり脅威と言う他無い。

「あちらの方が、ドラゴンより余程興味深くあるな……ふむ? そうして、あの光線に巻き込まれぬ様に助けた甲斐は、確かにあったらしい」

『……』

 声こそ聞こえないが、紅の二番から呻き声の様なものが聞こえて来た。息はある様子。

「と、そんな事を気にするくらいには……余裕が出て来たか……」

 身体全体で息を吐く。

 どうにも長かった気がする。長い間、慣れぬ戦いの場に身を置いていた。

 それもこれで、一旦は終わりだ。光線が砂漠を輝かせる時間はそう長く無く、そうなれば、ドラゴンとの戦いもそこで終わる事になるだろうから。




 戦いは終わる。ラミニにとっても長く感じた戦いは、それでも、どの様な形でだって終わる。

 戦いなんてものはそういうものだとラミニは知っている。

「例えばそう、なんだかこう、まんまと出し抜かれた気がしていても、終わりは終わり……ですわよね?」

 砂漠を抜けた先にある、技王国内のとある町。その宿で、姉二人がベッドにそれぞれ横になっている姿を見ながら、ラミニはぼんやりと呟いていた。

 独り言に近いその呟きであったが、しっかりと聞いていたリィンが答えて来た。

「仕方ない事さ。彼、名前はウォルド・リースと言ったか。彼には借りが出来てしまったし、その借りを返す理由が用意されてしまっていた」

 こうやって話すくらいには、リィンは無事だった。もっとも、長くドラゴンの肉塊に取り込まれていたせいか、随分と衰弱はしており、こうやってベッドに暫く横になる必要があるくらいには無事では無い。

 それに比べれば、初期の治療のおかげか、もう一人の姉であるルデアはまだマシな様子だった。

「確かに、あの骨が砂漠に残ったと言うのは厄介な事だったから、それを引き取ってくれるのなら、私達もどうぞと言う他無い。上手くどちらも得をする方向に持っていかれてしまったわ。もしかしたら彼、そちらの方が本分なのでは無いかしら」

 この様に、頭を働かせられるくらいには無事なルデア。それでも怪我人は怪我人だから、リィンの療養が終わる間までは、ルデアの方も休んで貰うつもりだった。

 その分、この町に居る間のあれこれはラミニが行う必要があるものの、それくらいは受け入れられる。

「わたくし、それでもあのウォルドという少年に関しては納得していませんのよ」

「ラミニにとっては、まんまと勝利を持っていかれた形になるからね? 強力なライバルの登場だ」

 笑うリィンの姿を見て、ラミニは頬を少しばかり膨らませた。

(そう、あいつは確かにわたくしのライバル)

 あの戦いの後、砂漠には竜の骨だけが残った。その竜の骨を見たウォルドは、ラミニ達の足元を見て来たのだ。

 ラミニ達三姉妹は、無事であるのはラミニだけ。戦闘行為などそれ以上は不可能な状況で、さらに竜の骨の存在は、ラミニ達にとって不必要な存在でもあったから、その提案を受け入れる他無かった。

「ファンデ・オウルグ。一応は探しましたけれど、その姿は竜の骨周辺から見つかりませんでしたわ。恐らく、わたくしが竜の肉ごと焼き尽くしたのだと思いますの」

 ファンデを殺した。一番の厄介事はそれなのだ。

 戦場に立つ身だ。今さら人殺しがどうとか言わない。そもそも、先にラミニ達に喧嘩を売って来たのはあちらだ。

 だが、ファンデの身分については無視できやしない。

「ラミニ。僕を助けるためとは言え、技王直属の研究者を亡き者にした。その罪を……君に背負わす事にボクは反対だよ。ルデア姉はどうだい?」

「ええ。背負う必要も無い状況を提案してきた人間がいた以上、そうなるわね?」

 ウォルドのその提案は、渡りに船でもあった。

 竜の骨の存在は、彼が引き取る事で、無かった事にするのだ。もしくは聖王国との戦いの中で失われたともすれば良いとウォルドは提案してきた。

 そうであれば、ネイト家は任務失敗の汚名を着る事になるだろう。だが、ファンデ殺害の罪は背負わなくて済む。

 ファンデは任務の途中で聖王国側の襲撃に遭遇し、戦場に良くある事として命を失った。そういう事になるのだ。

「私は彼の提案を受け入れた。だから話はそこで終わり。けどラミニ? あなたはそこで終わったからこそ、悔しがっているのね?」

「ええ。ええ! 勿論ですわ! だって、これじゃあやっぱり、わたくし達の敗北ですもの!」

 ウォルド・リースは、戦いの後の事も見据えていた。そういう事であり、彼の提案をそのまま受け入れると言うのは、その後の事を見据える思考能力について、ウォルドに劣っていたと言う事なのだから。

「ま、彼の方が、まだ聖王国と技王国の戦争に関わるつもりだって言うなら、また会う機会があるかもだよ。だったら、ラミニが感じてる借りも返せるってものだ。違うかい?」

「そりゃあまあ……そうですけれど」

 それはそれとして、ウォルドの方はどう考えているのだろうか。

 ラミニにはウォルドの考えなんてまったくもって知った事では無かったが、思うところは幾らでもある。

(そういえば彼、戦争を止めるための監査官役をしてるとか言っていましたけれど)

 戦争はまだ終わらない。ドラゴンを巡る戦いなど、戦場である戦いの一風景でしかない。

 この戦争はまだまだ続いていくのだ。その光景を、ウォルドはどう見ているか。ラミニは彼とまた出会う事があれば、その事について聞いてみようかなと考え始めていた。




「単なる出戻りとは言えんくらいには、成果を持って帰って来た。という事になるな、お前は」

 目の前の老人、ローマルド・ランドクリフは不愉快そうな顔を隠そうともせず、何時も通り自分の執務机に座りながら、ウォルドを睨んで来た。

「監査官としての役目は果たしたつもりですよ。まだ契約期間はありますので、今後も仕事は続けるつもりですがね?」

 相手の視線など、ウォルドは気にもしていなかった。

 自分を軍隊の監査役として任命したこの老人の眼力について、多少なりとも恐れた経験はあるが、それも過去のもの。ある程度の胆力は付いて来たと思う。

(だいたい、こちらを立ちっ放しにしているというのもどうなんだ? せめて椅子の一つくらい用意するべきだろう?)

 と、相手の話を聞きつつ、それほど関係の無い事に頭を働かせるくらいには、ウォルドの方にも余裕があった。

 それもこれも、仕事を頼まれた側として、期待されている以上のものを用意できた自負があるからだ。

「あの竜の骨……お前がまとめた報告書には、技王国も狙っていた、古代の兵器だとか言う荒唐無稽な内容が書かれていたが?」

「信じないつもりですか? じゃあ仕方ない。あれは私の家で預かりましょう。なかなかに興味深い代物ですし、古代の遺物である事は事実ですから」

 そう言って立ち上がろうとするウォルド。もっとも、単なるフリである。どうせ止められる。

「待て。ふんっ。そういう機微が分からん人間でもあるまいに。何かやる人間だとは評価していたが、それが予想外だったから、こちらも驚いているだけだ」

「で、評価した上で、どうですか? あの骨は。軍隊の管理地に置きっ放しにするには大きなオブジェですがね」

「あれは兵器であり、あんなものを掘り返して利用する様な風潮が生まれ始めていて、戦争が続けばそれが激化する可能性もある。今ですら鉄巨人という戦力を求めて戦争をしているなどと本末転倒な状況であるのに……と言った内容で、報告書の最後を締めていたな?」

「提出してからそれほど時間は経っていないのに、隅々まで読んでいただき光栄です」

 慇懃無礼に見える様に、恭しく辞儀をしておく。礼儀を以ってすれば、相手に反論をさせぬ形で不快にさせる事も可能であった。

 もっとも、ここからはウォルドが不快になる番であったが。

「感想を言えば、まだまだ叶わぬ願いであると言ったところだな」

 覚悟していたとは言え、やはりその言葉は嫌なものだった。戦争は、きっと、これからも続いて行く。

「戦争は止まりませんか。骨の一つや二つでは」

「上層部について言えば、警戒はするだろう。確かに戦争の管理なんぞ難しいという、当たり前の事には気付かされるだろうが、それはそれだ。もうちょっと慎重にすれば良いなどと、おかしな事を言い始める」

 そうして、世の中はそういうおかしな人間に動かされがちだ。何時の世だって、世の中を動かすのは思慮深い人間では無く、声を張り上げられる人間だから。

「……まだ色々と、働く必要がありそうだ」

「何かを諦めた様子は無いな? ならば上等だ。私とて、お前の事を評価する他無い。つまりは……また幾らかの権限や資材を与えられるという事だ。喜べ。もうちょっと大きい仕事が出来るかもしれんぞ」

「あー、嬉しい限りですねぇ。今後も励まないと」

「棒読みするくらいなら、いちいち喜ばんでも良い。ここで満足しない人間だからこそ、お前を選んだ……と言えば、幾らかやる気を出してくれるかな?」

 世辞のつもりでは無いなら、世辞なんて言わなくても良い。そう返さないくらいには、ウォルドの方にも理性はある。

「聖都に竜の骨を運ぶ作業と、その報告に時間を食いました。確かにそろそろ、また働き出すタイミングだ」

 実を言えば、ドラゴンと戦ってからもう一ヶ月程経過していた。その内、もっとも多くの時間を要したのが、竜の骨をどうするかと言う部分。

 聖都へと運び込む許可に、それがいったい何であるかの説明。目の前の老人の権力も使って、それでも漸く一ヶ月だ。

 随分と時間を掛けてしまった。その間も、戦争は続いていると言うのに。

「一週間以内に、お前さんの立場を明確にする書類と、現在の戦場の状況を軽くまとめた資料を発行しておく。今度も上手くやれよ」

「ええ、上手くやるしか道が無い」

 それだけ言って、ウォルドは部屋を出て行く。足ったままだったので、去るのにもそれほど時間は掛からない。

 そのまま歩き続けるわけだが、どこに向かうべきかを考えて、真っ先に行くべき場所を思い付いた。




 空が青い。太陽が眩しい。そうして、これはそろそろ慣れて来たわけであるが、高笑いも聞こえて来る。

「ハーッハッハ! どうしたかね、シレリア君! どうにも気分の悪そうな顔だが、朝の説教が終わって、これから昼の時間だと言うのに、そういう不景気な顔はいかん。そうだろう?」

「そーですねー。昼イチでそういう笑い声を聞かなければ、機嫌も良くなるかなと思うんですけどねー」

 聖都にいる間の働き口である修道院の前。そこでシレリアは、待ち構えていたらしきウォルドに捕まってしまう。

 一応、仕事中にちょっかいを掛けないという良識はあるらしいが、昼休みを潰されるというのは、それはそれで腹立たしい。

「で、何か用です? もしかしてもしかして、ほんとーに認めたくなんてありませんが、次の仕事が決まったとか、そういう話題だったりします?」

「話か早くて助かるな。そうだ。次は戦場のもう一つの端。国境沿いにある森林地帯に向かう事に決めたのだよ!」

 嫌な予感なんて、当たらない方が良いと言うのに、事態はシレリアの昼休みを不景気なものへと変える方向に進んでしまっていた。

 ただ、その不景気さをどうにも出来ないから、シレリアは大きな溜め息を吐くしかなかった。

「はー……前回のお仕事で、私も正式にウォルド君の付添人として、監査役の仕事には付き添わなくてはならなくなったっていう、とてもとても嫌な事実があるんですけどもー」

「そ、そんなに嫌かね? いや、だがね、今回はちょっと違うぞ? これから向かう森林地帯には、なんでも鉄巨人を襲う何かが出没するらしい。敵の兵士では無いという報告もあって、これはもしや第三勢力が関わってきているのでは無いかと……」

「いいですいいです。もういいですよー。どうせ断れませんし、せめて仕事に出発するまでは無関係でいたいっていうか。とにかく、別に言葉を重ねてくれなくたって、お仕事に行くなら付いて行きます」

 シレリアの内心において、ウォルドは面倒くさい人間である事は変わっていなかった。

 だがそれでも、この少年が何をどこまでするのかについては、多少、興味は生まれて来ていたのだ。

 だから、自分の安全が確保される限りにおいては、この少年の傍に立っていようと、そう考える様にもなった。

「あ、けど、前みたいにどこかの誰かの手当をさせられつつ、砂漠に放っておかれるなんていうのは嫌ですけどね」

「それはどうなるか分からん。だいたい、あれはあれで適材適所だったろう? 君を危険に遭わさず、それでいて、仕事もして貰う。良い判断だったと思うがね」

「認めますけど、余計な仕事が増えるし不安も増すっていうのは、面倒臭いですもん」

「まったく君は、相変わらずだな」

 そう思って貰って結構だ。シレリアだって相変わらずの、面倒な人間。そう考えてくれているのなら、これからだって、幾らか上手く行く関係を続けられるだろうし。

「で、次の出発は何時になるんです? こうやって話をしている時点で、近い内にって言うのは分かりますが」

 少なくとも、何週間も掛からない内に出発だと言われるだろう。それくらいにこの少年は行動が早いタイプだった。

「それなのだがね、とりあえず現在の上司からは一週間後に、向こうの準備が出来るとの話を貰った」

「でしたら、その一週間後にまた戦場に向かうわけですか」

「そうであれば丁度良いが……少し問題があってな」

 考え込む様子のウォルド。何時だって、何かの問題を抱えているだろうに。今さらその一つや二つが何だ。

「何か出発先に考える事でもあるんです? そういうのなら……え? 何? 今の音」

 爆発音。それがどこかから響いた。聖都では聞く事の方が稀なその音であったが、今は確かに聞こえて来た。

 街中に響いたかもしれない程の音だったのだ。聞き逃すわけが無い。

「む。しまった。これは予想外に早かったな」

「は? ちょっと、何を予想して何が外れたですって?」

「うむ。その話だがね、急ぐぞ、シレリア君。余計な疑いが掛かる前に、仕事に出発しよう。軍隊からの書類については、追って現地に送って貰うと言う事で」

 言いつつ、ウォルドはシレリアの手を取って走り出した。明らかに異常事態だ。いったいこの少年、何を仕出かした。

「書類が遅れるとか、すぐに出発とか、どういう事か気にならないわけじゃあないですけど! 何です? さっきの音に、何か心当たりがあるんですか!?」

「あまり大きな声で言えないがね、あの、聖都に持って来た竜の骨があるだろう?」

「え、ええ。あれ、聖都に持って来る前に、ウォルド君も幾らか調べて……それで……えっと……時間を掛けてた様な……」

 嫌な予感だ。また嫌な予感が頭の中に浮かんでくる。ウォルドが笑みを浮かべて来たのが、その予感を強くしていく。

「あれな、碌に調べは出来なかったが、ある機能が時間差で発生する事は突き止めた。その操作方法もな! おっと安心したまえ? その機能を発揮しても、特に変わった事をしなければ、周囲には無害で終わるはずだ」

「ええっと、ええっとぉ! その機能っていうのはもしかして?」

「あの竜の骨、周囲に肉を膨張させる機能があったろう? それだよ! それでこう、思ったよりも早かったが、さっきそれが発動した。発動するまでの時間については要調整と言ったところか?」

 叫びたい。いや、いっそ叫んでしまおうか。後先を考えず、シレリアはウォルドに向かって叫ぶ事にした。

「なんでなんでなんで! なんでいっつもそういう事をしちゃうんですか! ウォルド君はぁ!」

「いや何、あの竜の骨、万が一にでも兵器として利用されるとあれだなと思い、何時暴発するか分からない怪しげなものと認識させる事にしたのだよ! さっきも言った通り、肉塊は無害だ。すぐに収まるし、巻き込まれた人間がいたとしても、特に害は無い事は分かってる。うん」

 頷きながら、それでもウォルドは走り続けていた。

 一方、シレリアの方はもう、彼に引っ張られていない。何せ、今は自分の意思で走り出していたからだ。

「うわーん! 半ば国に喧嘩を売った様なものじゃないですかー! ばれたら色々と大変だって知ってますよねぇ!?」

「ああ、勿論だとも。だからこうやって、走って都から逃げている。騒動が治まるまでは、聖都の外で仕事を続けるとしようじゃあないか!」

 笑うウォルドを見て、またしても叫びたくなるシレリア。今はその衝動を抑えるつもりは無かった。

「次の仕事、次の仕事が終わったら、付添人を辞めさせて貰いますからね!」

「連れない事を言うな、シレリア君! 君にもとことん付き合って貰うつもりだよ! この戦争が終わるまでな!」

 少年の、馬鹿らしい夢を耳にしながら、ついさっき、本当に馬鹿らしい事を仕出かした少年を見つめて、シレリアは彼の背中を追った。

 今は期待よりも、不安だけを心の中でいっぱいにしながら。




 聖王国で巨人が発掘されたのは何時の頃だったろうか。

 地面より掘り起こされた、鉄の巨人。それが掘り起こされ、それが研究され、それが戦争に用いられる様になったのは、何時の頃からだったろうか。

 そうして鉄巨人が、地面より掘り起こされただけの、ただの遺物になるのは、何時の頃になるのだろうか。



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