第97話 ムソウの過去―砦を散歩する―
砦を制圧した後、俺達は少数ということで生き残っていた者達を牢に運び入れたり、後処理に大変苦労した。そのため、本隊の方の応援を呼ぶことにした。アキラに鷹を飛ばせ、十日くらい後、本隊からの応援が千人ほど到着し、着くなり、砦の修繕や、捕らえた者達の護送など手分けして行うようになる。
一応、俺が流した毒は全て外へと排出されたみたいだったので、俺達はその間、制圧した砦を拠点に、周辺の様子を探ったり、敵軍について調査したりしていた。
これは、ツバキ、アキラが主に行った。俺はというと、血まみれになった砦内の掃除をやることになる。……俺は小間使いじゃねえってのに……。
さて、ケンゴが使っていた「狂神剤」についてもタカナリに伝えておくと、すぐに返事が返ってくる。タカナリは早急に反乱軍全部隊に薬の存在を通達したみたいだ。仕事が早いな、と思う前に、興那の方に行ったタカナリ達がまず無事なことを確認し、安堵する。アキラもナツメが無事みたいだと確認して嬉しそうだった。
ハルマサについても無事なことを確認した。玲邦側から攻める反乱軍も俺達と同様に初戦は勝利し、次なる戦に向けて準備中だという。
ちなみに、ハルマサ達が相手をした「夜」の中にも、ケンゴと同じように、王の十本指と呼ばれる一人が居て、そいつも「狂神剤」を使ってきたらしい。
だが、ハルマサが合流した部隊長が凄まじく強い奴らしく、あっさりとその敵を倒してしまったという。何者だろうか……後で確認してみようかな……。
そして、今は砦内でいろいろと作業をしながら、次の行動を待っているというわけだ。俺とツバキとアキラは一つの部屋を与えられ、今日はそこでのんびりとしている。
「さて、今日も掃除を……って昨日あらかた終わったんだよな……」
何しようか、と思いながらもそばに居たツバキの頭を撫でる。……お、俺が買ってやったかんざしをつけているな。気に入ってんだな……。せっかくまとめた髪がぐちゃぐちゃにならないようにしねえと……。
……こうやって、ツバキの頭を撫でながら一日中過ごすのも悪くないかな……なんて、思っていると、ツバキが気だるげな顔をして振り向く。
「……なに?」
「……あ、すまねえ。……なんとなくだ」
おっと……。少し怒らせたみたいだな。ツバキが俺に怒るとこ初めて見た気がする。しかし、これでは俺の暇つぶしが出来ないな……。
あ、そうだ。少し砦内を歩いてみよう。闘いに続き掃除ばかりで実はあまり見れていないんだよな……。
俺はそう思って、立ち上がり、部屋を出ようとした。しかし、後ろからツバキが声をかける。
「どこ……行くの?」
「今日は暇だからよ、砦内をすこし散歩するよ」
「私も……行く……」
ツバキは立ち上がり、てってってってと俺に駆け寄ってきた。アキラは? と確認すると、俺は行かない~と言いながら、トウガにもたれてあくびをしている。疲れてんだな……。
俺はツバキを連れて、部屋を出た。
この砦はやはり大きく、五百の兵どころか、俺達が呼んだ千人を超える応援も無理なく収まった。応援部隊には食料や武具の補充などの物資や、身の回りの世話をする女たちも居たが、それでも余裕があるくらい広い。まだ、立ち入ったことないところもありそうだな、と思い、ツバキと砦内を歩いていく。
と、ここで、ツバキが立ち止まって俺をジーっと見ている。
「ん? どうした?」
俺がツバキに声をかけると、ツバキは手を出してくる。
「手……つないで……」
「は?」
ツバキの言葉に困惑する俺。……え、手をつなげって何? こいつ何歳? 見た目はこれでも十八歳だったよな、確か……。え……何?
俺が困惑する中、何か期待するような目でツバキは俺をジーっと見ている。
「……はあ、仕方ない。ほれ」
俺は差し出されたツバキの手を握った。……仕方ないだろう。断ったらすごく落ち込みそうなのだから。ここはつなぐしかないだろう。
「ん……ザンキの手……あったかい……」
ツバキはそう言って、嬉しそうにする。先ほどまでは変なことを言い出すツバキに若干複雑な気持ちを抱いていたが、その言葉を聞いて嬉しかった。
何せ、サヤやカンナと同じこと言うんだもんな……。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
俺の問いかけにツバキは頷き、俺達は砦内を歩いていく。
砦内を散策していると、やはり、多くの人間がちらちらとこちらを見ている。ただ、特に気にしなかったのでそのまま歩いていく。
すると、大きな部屋に着く。確か、ここは大きな机と何個かの椅子があり、会議をする場所にうってつけの場所だった。俺達がそこに入っていくと、タツイエが何か書類を見ながら考え事をしているのが見えた。見ている紙の大きさから察するに、タカナリから届いた手紙だろうな。何かの報告かと思って、声をかける。
「何見てんだ?」
タツイエは俺の声にパッと振り向き、不思議そうな顔で、俺の手元を見た。
「ああ……ザンキ殿こそ、何を?」
「いや、今日は暇だったから砦内の散策をな……」
タツイエは、はあ、と言って俺とツバキのつないでいる手を凝視する。気になるなら言えって……。まあ、良いが……。
「……で、何読んでんだ?」
「ん? 反乱軍本隊からの通達だ。興那、玲邦側の戦についての詳細だな。なかなか、面白いことが書いてあるぞ」
タツイエはそう言って、読んでいた書類を机の上に置いた。へえ、少し興味があったんだよな。ちょっと覗いてみるか……。
俺が書類を読んでいると、タツイエが横から説明してくれる。
興那側の戦ではタカナリが直接指揮を執り、玄李の砦を落とすことに成功したらしい。砦での戦いでは、やはり「夜」の指揮官である王の十本指の一人が居て、そいつも「狂神剤」を使い、肉体強化をされて反乱軍は苦戦したそうだが、援軍にと駆け付けた者により、そいつを倒すことが出来たという。
そして、その者はそのまま、タカナリ達の軍門に下り、現在は玄李東部の新たな戦のために進軍中だという。
一方、玲邦の戦では、ハルマサが合流した後、すぐさま玄李に攻撃を仕掛けた。なんでも、ハルマサが合流した部隊の隊長というのが、元は玲邦一の知恵者であり、武芸が達者な奴だったという。そいつの作戦により難なく玄李の砦を包囲することが出来たという。砦内でも、そいつとハルマサの活躍により、多少の犠牲はあったものの、「狂神剤」を使った「夜」の指揮官を倒し、現在は次なる行動に向けて準備中だという。
現状、興那側、玲邦側の反乱軍は独自に行動しているみたいだ。何せ興那には総大将タカナリ、玲邦には先の戦で活躍した軍師が居るので、問題はないという。
一方の俺達は、指揮官も、参謀も居るわけではないので、本隊の指示を仰ぐ形になる。だが、タツイエの話によれば、もともとこの部隊は、「特別攻撃部隊」だから、指示を待たず、攻められるときに攻めろということらしい。
そこで、とりあえずこのまま進軍し、砦や城、あるいは、「夜」の部隊があれば落とし、相手の兵力を削ぎつつ、玲邦側と興那側で闘う奴らが動きやすいように、敵の目をこちらに向けさせることがこの部隊の方針となった。
「つまりは囮か?」
「早い話だとそうなるな。我々の総大将はタカナリ殿だ。彼に危険が及ぶことは出来るだけ避けないといけないからな」
俺の問いにタツイエは頷く。まあ、確かに総大将に死なれちゃ困るからな。正面で俺達が闘っている間に、興那、玲邦の奴らが玄李本体に近づけるならその方が良いか。
自分で言うのも何だが、正面から俺が攻めるとなると玄李軍もそれなりに本気を出して戦を仕掛けて来るだろうしな……。
そうなれば、相手方の強者を一気に潰せることだってできる。俺としてもこの作戦に文句はなかった。俺以外の奴らにはいい迷惑だなと、思っていると、ツバキも、タツイエも、何を今更という顔をする。俺が皆を護って、皆が俺を護れば良いだけの話だと言われて、それに頷いた。
というわけで、今後も俺達はそのまま、真っ直ぐ玄李の王が居る都を目指していくことになるとタツイエは語った。
すると、ここで、ふと思った。話に出てくる、興那側に合流した者と、玲邦の軍師というのが気になった。「狂神剤」を使った奴に勝てる奴が俺以外にも反乱軍に居たとはな。あの薬は俺にとっては何でもなかったが、そんじょそこらの者には結構きつい戦いを強いられる。実際、タカナリ達は苦戦したみたいだからな。何者だろう……。
「なあ、タツイエ殿。その、玲邦の軍師って奴と、興那に合流した者というのは何者なんだ?」
味方にそんな奴らが居たとなれば、こちらも把握する必要はあるな、と思った。俺の問いにタツイエは口を開く。
「うむ。ザンキ殿も名前は聞いたことがあるかもしれんが、玲邦の軍師とは、“智神”叡鬼殿、興那側に合流した者は“争神”剛鬼殿だ」
……
……
……
「……誰だ?」
タツイエが告げた者達の名前を聞き、しばらく考え込んだが、聞いたことが無い。だが、タツイエとツバキは俺の言葉に、目を丸くしている。
「な、ザンキ殿!? 知らぬのか!? この二人の英雄のことを!」
「ザンキ……ばか……?」
タツイエとツバキはそう言って、俺を凝視する。おい、ツバキ、傷つくぞ……。馬鹿ってなんだよ……。知らねえもんは知らねえんだ。有名人なのか? そいつらって……。
二人は、俺の様子を見て、未だ大層驚いている。とりあえず二人を落ち着かせ、叡鬼、剛鬼と呼ばれる者達について尋ねてみた。タツイエは深くため息をして、二人について語り出す。
“智神”と呼ばれる、エイキという男は、もともとは玲邦の将軍だったらしい。二刀流の使い手で、それまで多くの武勲を上げてきたという。
エイキの強さは剣の腕だけでなく、その知略も大きいとタツイエは語る。エイキは恐ろしく頭の回転が良く、彼の巡らせる戦略は常に敵の三歩、四歩先まで見通しており、これまで、全ての戦に置いて、彼の作戦が失敗したことはないという。
先の領主は、その武勇と知略を称え、彼に名を与え、宰相の位を授けていたと、タツイエは語る。
そして、もう一人の男“争神”ゴウキについては、元々は興那に居た力自慢の男だったという。素手で大岩を砕き、大きな得物を一人で軽々と扱い、山賊の一つや二つ、簡単に壊滅させていたという。
しかし、当のゴウキは優しく、また出世欲などには興味を示さなかったので、前の領主がゴウキを口説き落とすのに、五年もかかったという逸話がある。五年も拝み倒してくる領主にさすがのゴウキも仕方ないと言って、晴れて興那軍に加わる。その後、領主に名を貰い、常に戦では先陣を切り、敵を倒していったという。
「この二人はお主と共に“三国の三鬼”と称され、三人そろえば国の一つや二つ、三日で滅ぶとも言われた者達だぞ」
タツイエは最後にそう言って、話をまとめた。へえ、二人に並べられて俺もそんな風になっていたのか……。つまりは俺と並び称される者達ってわけだな。なるほど、若干興味は沸いてくるな。
ただ、やはりそこまで言われても知らない。さらに言えば、そんな奴らが居て、何で興那も玲邦も滅んだのかと疑問が残った。まあ、安備も同じだがな。
だが、二国と違い、安備は領主が不在という状況、さらに俺は正式な国軍に居たわけではなかったから、正直な話、滅ぼされても仕方なかったのではないかと思っている。
タツイエに、それについて尋ねると、重々しく口を開いた。
「……単純な話だ。二国の領主が戦を放棄したんだそうだ」
「放棄? 降伏したってことか?」
「ああ。“名君”タカナリ様と“死神斬鬼”、さらには最強の傭兵部隊、闘鬼神を破った玄李に敵うわけないとそれぞれの領主が戦を放棄……エイキ殿もゴウキ殿も玄李と闘うことなくそれぞれの国は滅亡したというわけだ」
タツイエはそう言って頭を抱える。かく言う俺もだ。しばらく考え込んだ。俺の所為……というのは考えたくないが、あの時、俺がどちらかの国に亡命していたら少しは何か変わっていたのだろうか、とは思ってしまう。
正直、あの時は国や他の者達のことなど頭になかった。ただただ、カンナのことだけを考えていたからな。
他のことをもう少し考えていれば、今のような状況にはなってなかったのか、と思い、しばらく何も言えなかった。
だが、ふと、ツバキが俺の袖を引っ張って、俺をジッと見ている。
「ザンキ……悪くない……領主……逃げただけ……ザンキ……逃げなかった……エイキも……ゴウキも……逃げなかった」
ツバキはそう言って、俺の顔を見ている。そして、その時の二国のことについて語り出した。
領主が闘いを放棄しても、先の二人は対抗しようとしていたらしい。だが、すっかり玄李に怖気づいてしまった領主たちはそれぞれ首を縦に振らなかったという。その後、興那の領主は密かに逃亡し、玲邦の領主は自室で自害していたという。
二国はその後、安備と同じく領主不在という状況にはなったが、玲邦の方は宰相であったエイキが仮の領主として軍を率いて、玄李に対抗したという。だが、圧倒的な兵力差、更には、長引く戦いによる疲弊からくる兵士たちの反乱に遭い、軍を追い出されたという。
そして、興那も領主死去という隙をつかれ、玄李が進軍してきた。ゴウキも最後まで闘ったが、領主が自害した影響はやはり大きかった。軍全体の士気が下がっていくのを見て、これ以上無駄なことをするのは皆に悪いと言い、降伏の道を選択。
興那はそのまま滅ぼされ、ゴウキは姿を消したという。
しかし、ちょうど今から四年前、エイキとゴウキはほぼ同時に反乱軍として立ち上がったという。エイキは周辺の反乱の意志のある者やかつて自分を裏切った者達でさえも迎え入れ、自らが一つの反乱軍の長に就いたという。
その後は、玲邦領を取り戻すべく闘っていき、ついこないだ、玲邦に居た最後の玄李軍を墜とし、自分たちの国を取り戻した。
ゴウキは俺と同じように傭兵制度を利用し、訪れた各反乱軍に置いて、力を示していったという。その後、元興那領にいた反乱軍を一つにまとめ、その長に就き、興那を取り戻すべく闘い続けたという。
「二人も知った……ザンキが生きていたこと……ずっと闘っていたこと……だから自分も戦うって……そう言って二人は……反乱の狼煙を上げた……」
ツバキは最後にそう言って、俺の目をまっすぐ見た。ツバキの言葉を聞いて、正直なところ複雑な気持ちにはなったが、嬉しかった。
なんで俺なんだよ。だが、会ったこともないのに何故だか二人には親近感が沸くな……。
「ツバキ、ありがとよ。少しだけ気持ちが軽くなった気がするよ」
「……ん」
俺はそう言って、ツバキを撫でた。昔のことを考える度に後悔というものは増えていくが、その度にツバキや皆は俺を励ましてくれる。その気持ちはすごくうれしかった。俺が心配していることも、ツバキや皆の言葉でいつも元気づけられるからな。
ふと、エイキとゴウキについて書かれた資料が目に入る。俺はそれを見ながら、タツイエに、
「こいつら、俺と違って国のためにずっと闘っていたんだよな……。こいつらに迷惑かけちまった分、俺もしっかりしねえとな!」
と笑って言った。すると、タツイエは頷き、口を開く。
「その意気だぞ、ザンキ殿。それに二人はお主に会いたがっておるらしい。自分達と比べられる“死神”とやらを一度この目で見てみたいと言っているらしい」
「何だよ、結局のところ玄李への反乱に名乗りを上げたのもそう言った理由ではないのか? ……だが、面白そうだ。俺も楽しみにしてるからきちっと進軍して来いって伝えておいてくれ」
「ハハハッ! 分かった! 三国の三鬼がそろえば我らも安心だからな! きちんと伝えておこう」
タツイエは俺の言葉に大きな声で笑いながら満足していた。そうだ。過去に置いてきたなら、今返せばいいんだ。それに、俺も二人に会ってみてえし、共に闘ってみたい。
楽しみが増えたなあと感じながら、タツイエと笑っていた。
◇◇◇
その後、タツイエと別れ、俺とツバキは散歩を再開させた。少し外の空気が吸いたい、というツバキに引っ張られ、俺達は建物を出て、広場についた。この前の闘いの跡はほとんどない。頑張って掃除したからな。
広場では何人かが鍛錬をしているのが見える。邪魔しては悪いなと思い、少し離れたところで休憩する。ちょうどいい具合に木箱が置いてあったのでそこに座った。
「よいしょ、と……」
俺が腰かけるとツバキも横に座って空をぼーっと見上げた。俺もしばらくぼーっとする。タカナリ達は今どのあたりだろうか、とか、ハルマサの奴、皆を困らせてないかな、とかいろいろ考えていた。
先ほど話した、エイキとゴウキについてもいろいろ考えている。良い奴だったらいいな、とか強いんなら手合わせしたいなと。不謹慎かもしれんが、闘うなら強い奴と闘ってみたいな。
先に闘ったケンゴがあれだと、メッキって奴の力も上手く予測することが出来ない。まあ、噂で聞く限りでは、戦ともなれば女子供、老人とて容赦しない凶悪さと、仕向けられた玄李の討伐隊を壊滅させるほどの力を持っているということぐらいか……。
討伐隊の壊滅は力の指標にはならないな。現に俺だって出来たぐらいだから。凶悪さも、強さには関係ないか。斬って来ない相手を斬ることなど余裕だからな。
はあ~……いまいち、メッキって奴がどれほどの者なのか見当もつかないな。弱すぎたらゴウキとエイキに気晴らしに付き合ってもらおう……。
なんてことを思っていると、ツバキが突然俺に引っ付いてきた。そして、手をぎゅっと握り直す。よく見ると、わずかに震えているようだ。突然のことだったので、慌てて声をかけた。
「ツ、ツバキ? どうしたんだ?」
「……寒い」
ツバキはそう言って、なおも俺に近づいてくる。……なんだ、寒かっただけか。外に出たいと言ったのはツバキだろうに。そんなツバキに、中に入ろうか、と言ったのが、中は騒々しいから嫌、と言われて困り果てる。……仕方ない。
「ほら、ここに座れよ」
俺は自分の股座を指差してそう言った。ツバキはコクっと頷き、俺の股座に座る。俺はその上から着ていた羽織でツバキを包んでやった。
「ほら、あったかいか?」
俺がそう言うと、ツバキはコクコク頷いている。ついでに持っていた温石をツバキに渡した。ツバキは暖かそうにそれを抱え、羽織の中に入れる。
「ザンキ……寒くない?」
「ツバキが暖かいから平気だ」
ツバキの問いにそう答えると、ツバキは嬉しそうな顔をして、またぼーっとしだした。前にも言ったが、無表情なのに、こいつの感情は何となくわかる。ちなみに、タカナリ達も分かっているようだ。
以前、タカナリ達になんで分かるのだろうか、と相談したことがあったが、その時皆は、仲間だから、と全員同じ答えを返してきた。それを聞いて、こいつらと俺は本当に仲間になれたんだな、と改めて嬉しく思ったな。
さて、と。俺は懐から本を取り出して読み始める。今はもう懐かしさすら感じるが、怪我の影響で動けなかったときは、こうやってツバキを膝の上に乗せて、本を読んでいた。俺は黙々と本を読み始める。
例の、お姫様と姫を想う青年の物語だ。ガキの頃にエンヤに聞かされ、ずっと忘れない話だったのだが、こないだ村のよろづ屋に寄ってみたら、なんとその物語を収めた本があったので、思わず買ってしまった。
内容は、この物語のような短編の物語がたくさん入っているというものだった。暇つぶしにはちょうどいい。
姫と青年の話の他に、闘争が好きな男は闘いすぎて最終的に虎になったという話や、空を飛ぶことを夢見ていた少年が努力し空を飛べるようになったが、いざ飛んでみると誰も居ないのでつまらないと言って結局地上に降りる話、いつも何かにつけて騒ぎ出し、周辺の者達に騒音被害を出していた男が、天罰で鈴虫に変えられた話など、意外と面白く、偶に読んでいる。
「ザンキ……この話……読んだ?」
ふと、ツバキが話しかけてくる。ツバキは俺が持っていた本の中ほどを差していた。何だろうと思い、そこを開く。それはまだ読んでいない物語だった。
「ん? 読んでいないが、なんだ、この話、面白いのか?」
「良いから……読んで?」
ツバキはそう言って、ジーっと俺を見ている。俺はツバキの言葉に頷き、取りあえずその話を読んでみた……。
……
ある所に、それはもう、凄いという言葉では片づけられないほど強い男が居ました。男は眼前の敵を倒し続け、いつしかこの大陸に置いて今も昔もこれからも最強という言葉はこの男にこそ存在するとまで云われるようになりました。
そんな男の武勇に憧れ、何人かの若者が男に師事するようになり、男には多くの弟子が出来ました。多くの弟子たちに囲まれ、男は幸せに暮らしていました。
しかし、男によって倒された者達が復讐として、ある一人の弟子を殺しました。男は泣き、怒り、弟子を殺した者達を斬っていきました。
それでも男の怒りは収まらず、男はただただ暴れ続けていました。
そのうち男は悪鬼と化し、国中を破壊し続けていきました。
そこで、立ち上がったのは、かつて男の弟子たちだった者です。苦戦の末、ようやく彼らは悪鬼を倒すことに成功しました。
しかし、弟子たちが見たのは、かつて自分たちが師と仰いだ男の死体。悪鬼の正体が怒りで我を忘れた男だと知った弟子たちは罪の意識から自らの腹を裂き命を絶ちました。
そして、残ったのは悪鬼が殺した夥しい数の死体の山と、そこに横たわる幸せだったころの男と弟子たちの死体だけでした……。
……
……後味悪いな、この話。そして、作者なのか、この本を編纂したやつの趣味なのか知らないが、姫様と青年の話に続き、この話も展開が急すぎるな……。もう少し、詳細をだなあ、と思うがな。
「……なんだ、この話」
俺はこの話を読ませてきたツバキに聞いてみる。ツバキは俺の目をジッと見つめて口を開いた。
「この男……ザンキにそっくり……怒りで自分を見失う……ザンキにそっくり」
ツバキの言葉に首を傾げる。怒りで自分を見失う? 何のことだ? ああ、アレか。
「死神の鬼迫が生まれた時のことか? あの時は暴走してないって――」
「違う……前の闘い」
俺の言葉を遮って、ツバキはそう言って続ける。
「前の闘い……ザンキは百人斬りという……自分の目的を果たしたかった……だから私達に……怒った……でも……私達の目的は……砦の制圧……ザンキの個人的な怒りで……私達困った」
何となく、怒っている様子でツバキは語っていく。思わず黙ってしまう。いや、確かにあの時は……怒っていたなあ。ちゃんと合図に合わせて援軍に来てくれたにも関わらず、俺の百人斬りを邪魔されたような気がして、ついタツイエやツバキ、アキラに対して不敬な態度をとってしまったのかもしれん……。
「私達は……仲間……一人の行動が……仲間の死につながる」
黙り込む俺の目をツバキはそう言って覗いてくる。だが、先ほどのような怒気は感じない。むしろ子供を諭すかのような目だ。返す言葉も無え。
結果的に大きなけがを負った者はいなかったが、今考えれば、毒が効いていたとは言え、四百もの敵が居る中に五十くらいしかいない増援を送り込むのはダメだな。あの場合、ケンゴを一緒に倒した後、俺も砦の中に入るほうが危険度は少なかった。
皆を護るって言ったのにな……。
「私は……ザンキを護る……でも……ザンキが居ないと……護れない」
「……そうだったな……分かった。今回は俺が悪かった」
俺はツバキに頭を下げた。もしもツバキたちが中に入って息を吹き返した敵に殺されていたら、と考えると、俺はまた、ただの人斬りに戻ってしまっていたからな。もう、悔いは残したくねえ……。
「約束するよ。次からは離れない。お前たちをきっと最後まで護ってみせる」
「ん……分かれば……良し」
ツバキはそう言って、俺の頭を撫でる。いつもとは逆の立場だな、こりゃ……。
少し、照れ臭くなり、プイっと顔を逸らす。すると、ツバキは嬉しそうに微笑んでいた。
ケンゴが弱かったから俺の心の中にも油断ってもんがあったかも知れない。次からは、気を引き締めていこう。
……さて、その後もしばらく広場で本を読んでいたんだが、温石も冷めてしまい、俺も寒くなってきたので、砦に戻り自分の部屋に戻った。アキラがトウガにもたれかかってグーすか寝ていた。
すると、ツバキがアキラの隣に行き、目を瞑りスースーと寝始めた。眠たかったのか。無理して散歩に付き合うこともなかったろうにな。俺は二人に羽織をかけてやった。
二人の寝顔を眺めていると、俺も眠たくなってきた。トウガにもたれかかるのは嫌だったから、少し離れて、俺も横になり、そのまま眠ってしまった。
俺も疲れていたのかな。部屋の外からは色々と音が聞こえてくるが、特に気にはならない。目を瞑り、意識が深いところに落ちていく……。
◇◇◇
……ふと、目が覚めてガバっと身を起こした。一つあくびをして部屋の中を見渡す。アキラとツバキは眠ったままだな。目を瞑ったままスースーと音が聞こえてくる。
だが、何かおかしい。部屋の外が静かすぎる。寝る前は色々と音が聞こえていたというのに……。
その時、背後に気配を感じた。パッと振り返った先に居た人物をみて目を見開く。
見慣れた艶やかな黒髪にまだ幼げだが端正な顔立ち、そして綺麗な着物を着て、そいつはこちらを見ていた。
「サヤ……?」
……そこにはサヤが正座して俺を見ていた。一言も喋らず、優しい目で微笑みながら俺を見ている。俺は何も言えないで居たが、フッと笑って、口を開いた。
「何してんだ? こっち来いよ……」
俺はいつものようにサヤを呼んだ。だが、サヤは首を横に振って、立ち上がる。
そして、ツバキたちの方に向かった。サヤはツバキたちに跪き、頭を撫で始める。その後、ツバキの鼻の頭を人差し指でツンっとつつく。ツバキは少し声を出して寝返った。サヤは、俺の方をみていたずらっ子のように笑った。
相変わらずだな。……だが、少し面白くなって、ツバキたちの方に近づき、俺はアキラの鼻をつまんでみた。アキラはハッとしたようでバタバタとして、また寝るのを再開した。それを見て俺とサヤは顔を見合わせて笑った。
ふと、サヤの頬をつつきたくなり、人差し指でツンツンする。サヤはハッとし、パッとこちらを向く。そして、俺の耳たぶを触ってきた。しばらくお互いにそうやっていたが、正解が分からなくなって、お互い同時にやめた。再び、俺とサヤは一緒に笑った。
二人で笑い合っているとサヤは俺の体をまじまじと見ている。その目は先ほどまでとは違って、真剣なものになっていく。
そして、最後に俺の顔を見て、頬に手を当てた。サヤは泣きそうな目で俺の目をまっすぐ見てくる。
何となくサヤが何を言いたいのか分かる気がした。……俺はサヤの手に触れて、
「……大丈夫だ……心配すんな」
と言ってやった。傷痕だらけの俺の体を見て心配になったってところだろうな。悪戯しながらも、からかいながらも、闘いの後サヤは、ずっと俺のことを心配したり、看病してくれていたりしてくれていたからな。
それにツバキの昔話を聞いて知ったんだが、夫婦になった後も怪我をして帰る度に、俺がどれだけ言ってもサヤは心配するのを辞めなかったみたいだったな。
俺の言葉を聞いてもやはり、サヤは悲しそうな顔を辞めない。はあ……俺は今も、昔もサヤに心配をかけてしまっているのか……。
サヤ……もう少し信用してくれたって良いだろう? だってここには……。
と、俺はそばに居たツバキの頭を撫でた。
「大丈夫だって……こいつに俺のことを頼むって言ったんだろう? じゃあ、大丈夫だろ。
……ツバキは強い子だ。……ツバキだけじゃない。他の皆も強い奴ばかりだ。だからよ……心配すんなって」
俺はサヤの目をまっすぐ見ながらそう言った。するとサヤはハッとし、優しく微笑んで頷いた。
そして、そのままスッと立ち上がりどこかへ行こうとする。俺は立ち上がり、サヤの肩を掴み、こちらを振り向かせた。
そのまま、唇を重ねた。そして、俺の目から涙が溢れてくる。あの日と同じく、涙が口の中に入って、ちょっとだけ、しょっぱかった。
その後、唇を離し、サヤの頭を撫でる。
「ありがとう……それから……」
俺はサヤの手をとって両手で包んだ。サヤの温もりがじわっと伝わってくる。サヤは微笑みながら俺の顔をジッと見ている。
「……温けえな」
すると、サヤは頷いて、俺を抱きしめてくる。俺もサヤを抱きしめた。
その後、サヤは俺から離れて、どこかへと駆けだす。駆けだした先には……何か、見覚えの奴らが居るな……。
俺はそいつらにも、サヤにも、そして、サヤの隣に居る小さな影に向かって手を振った。サヤたちは俺の方を見て手を振り返す。
なんとなく安心して、俺はふう、と胸を撫で下す。未熟な戦いだったもんで、皆、心配で見に来たのか。まったく……あそこで待ってろっつったのにな。
まあ、いいやと思い、俺は皆を見送った。皆はだんだん見えなくっていき、俺から離れていく……。
すると、辺りが光に包まれていく……眩しくなって、目を瞑った。俺の意識が、再び深いところに落ちていく……。
◇◇◇
ハッとして目を開けた。辺りを見渡す。ツバキたち……まだ寝てるな。おっと、若干暗くなっている。外を見ると夕方ごろだな……。俺は一つあくびをして、ぼーっとする。すると、トントンっと戸を叩く音が聞こえた。
「んあ? なんだ?」
「あ、ザンキ様、夕飯の用意が出来ましたので呼びにまいりました」
もうそんな時間か。俺はわかったと呼びに来た女に言って、ツバキとアキラを起こす。二人とも目を覚まし、背伸びを始めている。
「夕飯だとよ。さっさと行こうぜ」
眠そうな二人にそう言って、俺達は食堂へと向かおうとする。
夜になると、この砦はやはり寒かったが、俺の手にはまだ温もりが残っている感覚があった。俺は、今度は自分からツバキとアキラの手を握った。アキラは一瞬キョトンとしたが、へへっと笑って俺の手を握り返す。ツバキも嬉しそうに俺の手を強く握って笑っていた。




