第96話 ムソウの過去―玄李の砦を落とす―
さて、城に戻ると、一応詐欺師の男についてタツイエに報告しておいた。タツイエは頭を抱えていたが、すぐさま兵に伝令を走らせ、その男を捕縛した。後で事情を聞いたら玄李の者ではないことが分かり、ひとまず安心した。
俺はというと、持って帰った桃大福もどきをこねて、一晩置き、それを焼くという作業をしていた。作業中ずっとツバキがジーっと見ていた。楽しみにしてるんだ、と思い、作業を急ぐ。
すると、城に仕えていた女中たちも手伝ってくれたので思いのほか、早く出来た。皆、これからの山越えのための食糧づくりに忙しかったのに、ありがたいことだ。
そして、完成した、「桃蒸餅」と呼ばれるものをツバキに渡すと、気に入ったのか、もぐもぐと食い始める。よし、うまくいって良かったな。
「にしても、ザンキ様、よくこんな調理法をご存じでしたね」
ツバキがおいしそうに食べているのを見て、桃蒸餅を私も私もと食べ始めた女中の中からそんな声が聞こえる。ちなみに、女中たちもおいしそうに食べていた。
「ああ。昔、桃が不作になった時にもどきの方を食ったんだが不味くてな。そしたら妻がそれを燃やしたんだ。こんなの食べれないって……。
だが、火の中からいい匂いがしてきて、急いで火を消して、口に入れたら美味かったってだけなんだがな。まあ、おかげで妻も子供も機嫌がなおったから、助かったんだが……」
俺がそう言うと、女中たちは、へえ~と感心していた。しかし、あの時も大変だったな。不作なんだから仕方ないだろ、と言ってもサヤは食べたい、食べたいと子供のように駄々をこねて、俺とエイシンは困り果てていたからな。エイシンが桃を盗んでくるって言ったときは、流石に慌てて、エイシンを殴っておいたが。
……さて、そんなことをしているうちにあっという間に出発の日になった。俺達は身支度を済ませ、城の前に集合する。今回敵方の砦に向かうのは少数だ。俺、ツバキ、アキラの三人に加え、タツイエ、タツイエ配下の兵士五十ほど、そして、アキラの動物たちである。狼のトウガ、猿、鷹、犬数匹がついてくる。
指揮官であるタツイエも行くのかと思っていると、ご自慢の薙刀を手にして、うずうずしているようだった。ああ、アイツも、俺と同じ様な人間なのか。腕は立つみたいだから、あまり気にしないでおこう。
「よし、では行くとしようか」
「ああ。タツイエ殿、よろしく頼む」
そして、俺達は挨拶も手短に、城から出発した。
◇◇◇
俺達は国境の山脈を進んでいく。先頭はアキラと動物たち、それにタツイエと配下の兵士の何人かだ。今回連れてきた兵士も元はマタギだったらしく、隊列のあちこちに分かれて、俺達の補佐をしたりして、山の中を進んでいく。
アキラと動物たちは主に索敵だ。先行し、罠や敵を警戒しながら進んでいく。俺とツバキは後方からの警戒だ。俺は下から、ツバキは木の上から辺りを見渡し、有事の際は敵に備えて闘うことになっている。
だが、特に罠などは無いし、敵の気配もないようだ。国境近くに入っても、何事もなく俺達は進んでいく。向こうも、こちらから侵入してくるとは思っていないらしい。
そうやっていると、取りあえず暇になったのだろう、兵士の中から、俺に声をかけてくる奴もいた。
「あんたが、あの闘鬼神の斬鬼ってのは本当か?」
「ああ、そうだが……」
「悪さした子供を食うっていう噂は本当なのか?」
などと、大変失礼なことを聞いてくる奴も居た。俺が違うと言って一睨みすると、そいつはおびえて隊列に戻っていく。
「どうだった?」
「ああ……噂は本当らしい……」
隊列の中からはそんな声が聞こえてくる。兵士の何人かがこちらをちらちらと見てくるので、無間に手をかけ一睨みすると、皆はパッと前を向き、歩いていく。玄李はともかく、安備の俺の印象とは一体……。
アキラはタツイエたちとうまくやってるみたいだった。タツイエも、周囲の兵士たちも、動物たちにはすぐに慣れたようだ。トウガめ……俺の時とは違って周りの奴にすぐさま尻尾振りやがって……。俺はそう思い、先頭の奴らに目を向ける。すると、
「なあ~、ザンキ!」
と、前からアキラの声が聞こえてくる。何かあったかと思い、すぐさま返事をした。
「どうした?」
「いやさ、お前、今怒ってる?」
俺の返事にアキラはそう答える。……ああ、トウガのことを考えていたからかな。なんで分かるんだよ。あいつ、人の心が分かる人間なのか……? いや、そんなわけないよな……。
「いや、怒ってないぞ~!」
「そっか、分かった~!」
アキラはそう言って、前を向くがタツイエと何やらぶつぶつと話をしている。
「怒っていると思ったんだがな……」
「うむ。私も背筋がぞくっとしましたぞ……」
などと、前の方から聞こえる。アキラはともかく、タツイエも何か感じたのか。少し、気をつけようと思った。
ちなみに、ツバキの方は、基本的に木から木へと飛び移っているので、特に絡みは無い。時々、何人かの兵士が娘を見るような目でツバキに笑いかけ、手を振る。ツバキの性格なら無視するだろう、と思っていたが、違った。
ツバキは兵士たちに木の上から手を振り返す。すると、兵士たちの中から歓声が上がった。
「お、今俺に手を振り返したぞ!」
「違う! きっと俺だ! ツバキちゃんは俺に手を振ったんだ!」
「何を言う! この中で一番若い俺に手を振ったんだ!」
などと言って、兵士たちは盛り上がっている。ツバキは満足そうにそんな光景を真顔で見ていた。
どこでそんな芸当覚えた? まるで……ああ、ナツメか……。ナツメが教えたんだろうな、と直感的に思う。しかし、なんだろうな、アキラとツバキに対する扱いと、俺への扱いの差って。確かに二人とも若い女だが、アキラは見た目男だし、ツバキは基本無表情だし……。何が違うんだ? と思いながら、俺は一人さみしく歩いていく……。
そうやって進んでいくこと二日後、目的の砦が見えてきた。砦というよりは要塞だな。さらに言えば小高い丘の上にある。あれではどこから攻めてもバレそうだな。
「さて……どうするか」
砦を見ていたタツイエがボソッと言う。俺達は砦から離れたところにある森の中で様子をうかがっている。もしも敵が近づいて来たらアキラが察知し、すぐさま隠れるようにだ。今の所、近くに敵兵が居ないのを確認する。にしても、あれだけ大きいとは思わなかったな。潜入するのにも一苦労か……。
そんなことを考えていると、そばの兵士が、あっと言って、砦の方を指差した。
「ん? どうした」
「いや、あそこから水を引くのが見えたんだが……間違いか?」
兵士は俺にそう言った。指の差す方を見ると、風車のようなものが回っていて、その下の方を差しているようだ。……よく見えたな、こいつ。言われるまで気づかなかったぞ。……で、下の方か……。こっちはよくわからんな……。
「……ツバキ、見えるか?」
ツバキに聞くと、ツバキは懐から遠眼鏡を取り出して、覗いた。そして、口を開く。
「うん……風車の下……桶が動いてる……多分あそこから……砦内に……水を入れている……」
ツバキがそう言うと、俺達は頷く。なるほど……つまりあそこからなら砦内に入れそうだな。ちょうど砦の真下にあるから見えづらいだろうし。
「よし……。じゃあ、取りあえず、俺とツバキ……後何人か泳ぎの得意やつが――」
「この時期に泳ぐのか?」
俺が作戦を言おうとすると、タツイエが言葉を遮った。……あ、そうだ。今は冬。しかも安備より北の玄李の方だから、寒いよな。最悪の場合、凍えて死にそうだな……。と、思っていたが、ふと思い出したことがあった。
「……なら、俺一人で行く」
俺がそう言うと、皆目を見開いて、俺の方を見る。特にツバキはすごく驚いた表情をしていた。
「な……ザンキ殿と言えども一人と言うのは危険だ! だいいち、この時期にどうやってあそこまで行くのだ!?」
タツイエは慌てて、口を開く。他の者達も心配そうな目で見ているが、俺はその場で、無間と鎧を置き、荷物の中から大きな水袋を何個か取り出して口の所を切り、それを縫い合わせ、一つの大きな袋を作ろうと作業をする。作業しながら皆に説明した。
「一人で行くって言っても、行って、敵の注意をひきつけ、なおかつ門を開けるんなら一人の方が俺は都合がいい。それから、この時期に泳ぐことには慣れている」
「な、慣れている……とは?」
「昔、闘鬼神の頭領に、特訓だ~! って、真冬の吹雪のなか川に突き落とされたことがある。あの地獄の特訓に比べれば、今日は波もないし、流れもないから余裕だな。
……あ、これは服を入れるための袋だ。濡れた服は重たいからな。闘うときに邪魔になる」
俺はそう言って、着物を脱ぎ、ふんどし一丁になった。皆は寒そうな目で俺を見ている。だが、この寒さなら……うん、問題ないな。あの時に比べればマシな方だ。
あの時は川から上がった瞬間に頭領をぶっ殺してやろうと思っていたのだが、疲れの所為ですぐに倒れたからな。目を覚ますまで、サヤが付きっ切りで看病してくれていたな……。
今日は……むさくるしいおっさんどもだな……。よし、気を引き締めて行こう
さて、じゃあ、そろそろ行くかな、と未だ心配しているタツイエをよそに思っていると、アキラと、ツバキが寄ってくる。
「気をつけろよ、ザンキ」
「ああ。……と、そうだ。敵を引きつけ門を開く前にはできれば砦内で火事を起こす。それが狼煙だ。それまでは待機してろ」
「……ああ! けど、本当に無理すんなよ! 今日はナツメ姉さんが居ないんだからな!」
「任せろ。無傷で帰ってやる」
「ザンキ……気を付けて……この兵糧丸……持って行って」
「おう、ツバキ、助かるよ。寒泳の後はすごく腹が減るからな。ありがたく貰っておく」
「狼煙……上がったら……すぐ行く……」
「ああ。それまでは、こいつらを護ってやれよ」
アキラたちとそんなやり取りをして、俺は湖の方に向かう。玄李との闘いの初戦だからな。若いこいつらの為にも派手にやらねえといけねえが……一番気になっているのは無間と鎧なんだよなあ……沈まなければいいが……。
さて、皆と別れた後、俺は湖に入り、泳いで砦を目指す。……うん、冷たいな、やはり。だが、昔の特訓と言う名の頭領のしごきに比べると幾分か楽だな。寒泳は体にも良いって聞くし、今度からやってみようかな……などと考えながら泳いでいる。
念のために、と無間と鎧を空気を入れた袋に括り付けたおかげで、この二つの重さは特に気にならない。革袋の方も問題ないな……。そう思いながら、泳いでいくと、段々、水が汲みあがっている場所に近づいていく。
さて、ここからどうやって砦に行こうか、と考えながら、ふと横を見る。お、岸が近いな。ひとまず上がるか。俺は岸に上がり、体を拭いて、着物を着た。
そして、兵糧丸を食べながら、上を見上げる。そこには水くみ場の足場が建てられている。足場は砦の下方に続き、その横は崖だ。崖の上には砦の外壁があり、それにはのぞき穴が見える。
「う~ん……あそこまで登ろうと思えば登れるが、砦の構造が分からないからな……どうしたもんか……」
俺は困り、しばらく色々と考えていた。やはり、足場を登り水くみ場から入るのが一番良いか? 中の敵は手練れといってもそこまででは無いだろうからな……。
……よし、決めた!
俺はとりあえず、足場を登っていき、水くみ場から侵入することにした。理由としては、兵力が分からないから、俺が取りあえず暴れることには変わりはない。ならば、崖を伝い、外壁を登り、のぞき穴から行くよりも、こっちの方が楽だと思ったからだ。
俺はぐんぐんと足場を登っていく。すると、風が出てきた。寒いなあ……。足場は手で触ると冷たいし……。ここは、早いとこ登っていこう……。
「……よし、着いたな。……しっかし、寒かったな~」
俺は体を震わせながら、砦内に侵入する。いや、予想以上に寒かった。ツバキの兵糧丸が無かったら危なかったな。ツバキに感謝、と。
さて、ここは水汲み場と言うよりは入水場だな。水が落ちているところは川のようになっていて、砦内へと続いている。ここから、砦内全体を水が流れているというわけか。いいな、ここ。制圧したらしばらく拠点にでも使うか。
さらに言えば、今なら敵陣に打撃を与えることも出来るな。俺はそう思い、懐からあるものを取り出す。タカナリの家出発前にナツメから貰ったしびれ薬だ。結構な量である。桶一つ分はあるな。
「……取りあえず、全部入れとこっと」
俺は貰った薬全て水の中に流し入れた。そして、しばらく待つ。
……暇だな……薬が砦内に行きわたるのにはかなり時間が経つみたいだな。特に騒ぎはまだ、聞こえないが……。
これだけ暇だと体が疼いて仕方ないな……。ハルマサがやっていたように素振りでもするかな。
俺はそう思って、敵陣で無間を振る。……あ、良いなこれ。何も考えたくないときとか、落ち着きたいときとかにやったらちょうどいいや。良い暇つぶしになる……。そう思って無心になり、無間を振っていた。
すると、ここで砦内が騒がしくなる。お、異変に気付いたか。さて、これで五百の兵力のうちどれだけ使い物にならなくさせたかな、と思い、砦内へと続く扉を斬った。
「ぎゃあっ!」
……ん? 何か叫んだか? ひょっとして……。
恐る恐る、扉の向こう側へ行くと、肩口から血をどくどくと流している男が横たわっている。こいつ、扉の前に居たのか……。なんて、不運な奴。
俺はそう思いながら、砦内に入っていった。
……うん。やはり、あの毒が効いてるみたいだな。姿を隠しながら歩いていると、何人かが運ばれていくのが見える。よし、作戦は成功だな。そう思って、取りあえず砦内を歩いていくと、一つの部屋を見つけた。
「あれ……ここは……おっ! 運が良いな、こりゃ」
そこは武器庫のような場所だった。槍や武具の他に、「火器」と書かれた箱まである。よ~し……
俺は懐から炸裂弾を取り出し、中に投げ入れようとする。……と、ここで
「おい! 貴様! 何者だ!」
後ろから声が聞こえる。振り向くと、明らかにならず者、と言われそうな男三人がそこに居た。例の部隊の奴らだな。俺はそいつらにニコッと笑い、炸裂弾を武器庫の中に投げ入れ、男たちに駆け出す。
「邪魔だ!」
「ガフッ!」
「ギャッ!」
「グウッ!」
俺は三人を叩きのめし、急いで武器庫から離れ、身を屈め、耳を閉じた。すると、
ドオオオオオオオン!!!
大きな音がして、衝撃が俺に届く。武器庫の破壊、及びボヤ騒ぎ一丁上がりだ。
武器から出る火は、あっという間に、付近に燃え広がっていく。それを確認すると、俺は門を目指して駆けだす。
「な!? 貴様――」
「なんだ!? てめ――」
何人か立ちふさがるが、ことごとく斬っていく。ふむ……やはり手練れと聞いていたが、大したことはない……か。
「邪魔だああああ! どけええええ!!!」
俺は時には斬り、時には死神の鬼迫をぶつけ、砦内を蹂躙していく。
「ひ!? た、たすけ……」
何人かはそう言って、俺から逃げていく。前までの俺ならそんな奴らも斬っていたが、今は、見逃していた。憐れみをかけているわけではないが、そうした方が良いと思ったからだ。
……あいつらに出会ったからかな。あいつらに出会って、俺の斬った者達に祈りを捧げ続けるサヤを思い出したからかな……。
「……はあ。余計な因果を背負った気分だな」
敵を助けると、後で苦労するのは目に見えているのだが、今回は、タツイエ達も後で控えているし大丈夫だろうと思いながら、門の方を目指して進んでいった。
そして、外に出た。広場になっているな。見回すと、周りは外壁で囲まれている。まずいな、弓矢で狙われ放題だ……。
そう思っていると、案の定、矢が飛んできた。俺は廻旋刀を使い、矢を防御しながら、なおも、わらわらと出てくる敵兵を斬っていく。途中、外壁の上目掛けて炸裂弾や、敵からうばった槍などを投げて、弓兵を落としたりもした。そうやって広場で闘っている最中に、砦の方を見ると、上の方で腕を組み、にやにや笑いながら俺を見ている男に気付く。
剥げ頭で両腕から肩、顔に駆けて、刺青をした、いかにも悪党という風貌の男だ。俺が見ていることに気付いたのか、男はスッと手を上げる。すると、周りの兵士たちの動きが止まった。
「フンッ! 流石、“死神斬鬼”殿だなあ~!」
男はそう言って、大声で笑っている。俺は男を睨みつけ無間を向けた
「なんだ? てめえ……」
「俺様の名は、ケンゴ。玄李の国、メッキ様配下“王の十本指”の一人だ!」
こりゃまた、ご丁寧な自己紹介どうも。メッキの配下ってことは、例の部隊の一員ってことか。さらに初めて聞く言葉も出てきたな。王の十本指か……。てことはメッキの下に十人こんなのが居て、それぞれで「夜」って部隊を率いているということか……。勉強になった。
「……で? そんな奴がなんで姿見せてんだ? 降参か?」
俺は頭を掻きながら、男……ケンゴにそう尋ねる。すると、ケンゴはキョトンとし、腹を抱えて笑い出した。俺の周りにいるならず者たちも笑い出す。なんだ、こいつら。頭やられてんのか?
「ハハハハ! 降参だと? 安備の負け犬の冗談はやはりつまらんな!」
……いや、笑ってんじゃねえか……などという突っ込みは辞めとこう。話が進まなくなりそうだ。
「俺の力はこの兵力! 五百もの強者を統べること! ここに居る奴らは玄李の正規軍ではない!かつて、“山賊王”だった頃の俺の手下だった者達だ!」
ケンゴは手を大きく広げてそう言った。へえ、五百の山賊か。それはすごいな。俺が相手してきた山賊なり盗賊なりは多くて八十、百行ったら大盗賊級だからな。闘鬼神なんて俺含め、六人だったし……。まあ、エンヤが一万人分くらいの強さだったからな……。数は問題じゃないか。
だがふと、周りを見る。俺が中で斬っていたとして、五百も居るか?ずいぶん少ないように見えるが……。
「おい、お前、本当に五百の兵力持ってんのか? ここに居るのはずいぶんと少ないように思えるが」
俺は挑発混じりにケンゴに尋ねる。すると、周りから聞こえていた笑い声がピタッと止む。すると、ケンゴが口を開く。
「フン! どこぞの負け犬が毒を流すなんてせこい真似しやがったからな……。だが、今ここに居るだけでも百人ってところか?」
ケンゴは忌々し気に俺にそう言ってきた。え、あの毒流し作戦でそこまで戦闘不能にできたのか? こいつら馬鹿か? なんでそこまで大打撃受けてんだ!? どっかで誰かが気づけよ……。妙に時間がかかるな、と思っていたが……。
「だが、まだ百は居る。お前は目の前の百人の兵を越えて、俺に近づけるかな~!」
ケンゴは再び笑い出し、俺にそう言って、挑発してきた。百人か……。よく百人斬りとか聞くけど一気にしたことないから出来るかどうかはわからないな……。
……あ、じゃあ……
俺は無言になり、無間を構えた。俺は目の前の男に声をかける。
「なあ……アンタ……」
「ん? なんだ? 降参か? さすがに百の兵力は荷が重いか? “負け犬ザンキ”さん?」
男は俺を笑いながらそう聞いてくる。とりあえず、挑発は無視して、俺は口を開く。
「お前らを倒さねえと、あいつの元へは行けねえのか?」
「話を聞いてなかったのか? これだから安備の者は……。そうだよ。だができるわけねえよな、負け犬!」
男はそう言うと、げらげら笑いだし、周囲の者達も笑い出した。
……なるほど……じゃあ……
俺はあることを思いつき、ニヤッと笑う。と、ここで、ケンゴの声が聞こえてくる。
「ハハハ! 何を笑ってんだ!? 死期を悟ったか!? そうだ! ここでお前は死ぬんだよ! 負け犬! この軍勢を相手にな!
……さあ……てめえら……その男を血祭りに――」
「ギャアアアアッッッ!!!!」
突然響いた叫び声にケンゴの言葉が遮られる。ケンゴはハッとして俺の方を見た。そして、驚愕の表情を浮かべる。
俺の目の前には無間に腹を貫かれ、血反吐を吐きながら苦悶の表情の男が居た。
「……こいつら倒したら、テメエの前に立てるんだよな……だったらすぐ終わらせてやるからそこで馬鹿笑い続けてろ」
俺はそう言って、無間を抜き、男を斬る。ドサッと倒れる男をみて、周囲からどよめきが聞こえた。
「何、今更怖気づいてんだ? 俺の前に立った時点で覚悟を決めとけよ」
俺はそう言って、敵軍に突っ込んで行く。
「て、てめえら! 何ぼさっとしてんだ! そいつを、ザンキを血祭りに上げろおおお!!!」
ケンゴがそう叫ぶと、我に返った者達が俺めがけて斬りかかってくる。
「フンッッッ!!!」
俺は無間を横なぎに一閃、すると、俺に斬りかかってきた男たちの首が跳んでいく。
「こ、この野郎~~~!!!」
すると、またも何人か俺に斬りかかってきた。
「あ゛?」
―死神の鬼迫―
「ひぃッッッ!」
「う゛!」
「うぁ!」
俺の殺意を浴びて、倒れる者、膝をつく者、固まる者など様々出てくる。俺はそいつらを切り伏せ、なおも敵軍に突っ込んで行く。
「玄李落としの初戦だ!“百人斬り”を反撃の狼煙にさせてもらう! こちらも暴れてやるから覚悟しなッッッ!!!」
俺はその後も、口を大きく開けて何も言わないケンゴの目の前で軍勢に突っ込んで行く。
敵勢の中で、無間を振り回し、向かって来る敵を斬っていく。確かに一般の兵隊どもよりは個人の強さは上だろうな。
さらに言えばこいつらは正々堂々なんて考えを持ち合わせていない。偶に後ろから思いっきり斬ってくることもある。何人かには斬られたが浅い。鎧のおかげで問題ない。
そして、後ろから迫ってくる奴には腹に蹴りを入れつつ対処できる。
それから、遠くからクナイや弓で攻撃を仕掛ける奴も居た。芸達者な奴が多いことで……。
「喰らえ! この野郎!」
「ん? あ、ちょうどいい。おい、お前」
俺はそばに居た敵を掴み、飛んでくる矢やクナイに向ける。そいつは俺の盾になり、全身に攻撃を浴びた。
「ぐあっ! て、てめえ――」
「お疲れだッッッ!」
血まみれで睨みつけるそいつを斬り、俺はそいつに刺さったクナイを手に取り、俺に投げてきた奴に向かって、思いっきり投げる。
「ギャッ!」
クナイは敵の眉間に刺さり、そいつは倒れる。そして、俺は眼前の敵に向き直り、再び無間を振るって敵を斬っていく。
最初は余裕綽々で構えていた奴らも、今では必死の形相で、ある者は刀を、ある者は槍を構えて、俺に挑んでくるようになっている。だが、俺にとってはどちらでもいい。
やはり兵力が大きいと言っても、0をいくら束ねても0のままだったな、とか思いつつ、敵を倒していく。
……そして、百人斬りまであと少しと言うところで、俺の周りに群がっていた敵は居なくなった。
「……さて……後はお前らだな……?」
俺はケンゴの方を向く。ケンゴは目を見開き、こちらを凝視したまま何もしゃべらなかった。ケンゴの横の側近っぽいガラの悪い男たちも同様だった。ジッと動かずただただ、茫然としている。
「お前らを倒した後は砦内の掃除でもするからよ。誰からでも良いからとっととかかって来いよ」
俺は無間をケンゴ達に向けて、そう告げた。すると、ケンゴは歯を噛みしめて俺を睨む。
「ちょ、調子に乗るなよ! 本国に行けば貴様は終わりだ! 圧倒的な兵力の前では――」
「黙れ……」
―死神の鬼迫―
「う゛……」
俺が睨むとケンゴは顔色を悪くして後ずさる。
「兵力、兵力うるせえんだよ。その兵力をうまく操れねえてめえは能無しだろうが。王の十本指だったか?
国屈指の指揮官がてめえなら兵力差なんぞはあっという間にひっくりかえせるんだ……それよりよ……俺の百人斬りがまだなんだ……。とっとと、すませてえからてめえら、かかって来い!!!」
俺はケンゴ達に向けてそう言った。すると、ケンゴはぶるぶると震えて、そばの大斧を手に取る。
「く、くそがああああ!!!!」
ケンゴは雄たけびを上げながら俺に向かって来る。ほう、最後は直接俺に向かって来るか。なかなか、良い度胸だな。よし……じゃあ、歓迎してやるか。
俺はそう思って、ケンゴに笑みを贈り、無間を構えて飛び出そうとした。すると突然、
ドオオオオオオオン!!!
という、大きな爆発音がした。何だ? と思い、慌てて立ち止まり、音のする方を見た。そこは砦の門で、煙を上げながら大きな穴が開いている。すると、外からタツイエを先頭に反乱軍の兵士たちとトウガに跨ったアキラとツバキが駆け込んできた。
「なっ!?」
ケンゴはその状況を信じられないという目で見ている。
援軍か……。狼煙を上げるって言ったからな。火事に気付いてきたのか。にしても今来ることなかったのにな……。
タツイエたちは入ってくるや、広場の状況に驚いている。俺が斬ったおかげで血の海だからな。周囲を見渡し、敵の返り血まみれの俺を目を見開いて、見ている。
「ザ、ザンキ殿! これは一体……?」
タツイエたちは俺に近づいて声を震わせた。俺は俯き、ため息をつく。
「はあ……タツイエ殿。今入ってくることもなかっただろうに……」
「な、なんの話だ?」
俺は広場に転がっている敵の死体を指差しながら、タツイエたちに言った。
「もう少しで……もう少しで、百人斬り達成だったんだぞ!」
俺がそう言うと、皆はぽかんとした。ツバキとアキラはトウガの上でお互い顔を見合わせて肩をすくめている。
「なんだ!? その顔は! 言ってることが分かんねえのか!?」
「すまない、ザンキ殿……わからない」
「あいつらが、ここに居る百人を斬らないとアイツの元へ行けねえっていうから俺頑張ったんだぞ!
あと少しで百人斬り達成だったのに、お前たちが来たせいでうやむやになってしまったじゃねえか!」
タツイエは俺がそう言うと、さらに困った表情になっていくが、しばらくして俺の肩を持つ。
「ザンキ殿……どうでもいい」
「あ、お前、今なんて言った? もう一回言ってみろ!」
タツイエの言葉にカチンときた俺はそう言って、睨む。するとタツイエは俺を突き飛ばし、声を荒げた。
「どうでも良いと言ったのだ! なんだ!? 百人斬りって! ザンキ殿は既に“死神”と呼ばれるほどの男だろう!」
「その呼び名気に入っているとでも思ってんのか!? 不吉だろ! 明らかに悪口だろ!どちらかと言えば嫌なんだよ!」
「最近では自分のこと“死神斬鬼”と名乗っているそうだが?」
「それ以外で言っても通用しねえからだよ! まったく……。“死神”よりも“100人斬りの斬鬼”の方がまだマシだろうが!」
「……話にならんな! 俺達が心配しているときにこんなくだらないことをしていたとは……」
「何だと!?」
「何だ!?」
俺達がああでもない、こうでもないと言い争っていると、ツバキとアキラが前に出る。
「ザンキ……敵の大将……あいつ?」
ツバキは落ち着いた声でケンゴを指差して聞いてきた。
「あ?……ああ」
俺が頷くと、わかった、と言って、アキラとツバキはトウガを走らせようとする。ケンゴの方を見ると、目の前で置いてけぼりにされたのが腹立ったのか、顔を真っ赤にして、大斧を振り回していた。……子供かよ。
「ザンキは……私が護る……」
「よ~しっ! ……トウガ、奴に向けて突っ込め!」
「ガウッ!」
俺がケンゴを見ながらそう思っていると、アキラたちがケンゴに向かおうとする。
―死神の鬼迫―
ぴくッと体を震わせ、トウガは止まり、アキラ、ツバキの二人は困ったようにこちらを振り向く。
「……おい、俺の獲物を奪うつもりか? ……あ?」
俺が二人にそう尋ねると、アキラとツバキは不満そうな顔をして、トウガに何か呟く。すると、トウガは俺に道を開けた。……分かれば良いんだ。
「……はあ~。それで、我々はどうすればよいのだ?」
何かをあきらめたようにタツイエは口を開いた。ケンゴに無間を構えつつ、砦を指差す。
「砦内にまだ四百ほどの敵兵がいるらしい。皆は砦の制圧を頼む。……中で水など飲むなよ。俺の仲間が作った特製のしびれ薬が含まれているからな……」
一応最後にそう付け加えといた。すると、皆は頷き、砦の方に向かおうとする。
「させるか!」
すると、ケンゴの取り巻きの二人が立ちふさがる。しかし、一人はタツイエに即座に斬られ、もう一人はツバキの放った鎖分銅が足に巻き付き、その場でズドッとこけた。
「案内……確保……トウガ……走って……」
「ガウ!」
「や、やめ! あああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!」
ツバキがトウガに命じると、トウガは思いっきり速度を上げて走った。敵の一人はそのまま引きずられる形になり、俺の味方達と共に砦内に入っていく。そいつの叫び声が、砦内へと入っていく光景は何とも間抜けな光景だった。
そして、広場には俺とケンゴの二人になる。ケンゴは顔を真っ赤にして、その場で地団太を踏んだ。
「クソッ! クソッ! クソッ! こんな奴らに~~~!!!」
そう言って、ケンゴは懐から小瓶を取り出し、中身をごくっと呑んだ。
「ん? 何だ、それ?」
「はあ……はあ……。ククク、これはメッキ様から賜った人体強化薬、「狂神剤」だ。これで、てめえも終わりだああああ!!!」
ケンゴはそう叫び、大斧を振り回す。すると、ケンゴの体からバキバキと音が聞こえ、体が一回りも大きくなっていく。全身の血管が浮き出て、力が漲っているようだ。
へえ……あんな隠し玉があったのか。メッキの配下っていう奴らはそれぞれ持っているかもしれないな。これから先、気に留めておくか……。
俺は目の前で、どんどんと強くなっているであろうケンゴを前にして、そんなことを思っていた。強くなるなら使えばいい。どれほど強くなるかは知らねえが、な。
「ククク……死ネエ! ザンキィィィ~~~!!!」
おっと、ケンゴがすごい速さで突っ込んでくるな。そして、大斧を振り上げる。俺はそれを受け止めた。ケンゴは大斧を振り回してくる。
だが、変に力がこもっている分大振りになっているので、受けやすく、避けやすかった。
「グッ……チョコマカト!!!」
喋り方が片言になってるな……。薬の影響だろうがな。で、元々の力が分からねえから、比べようもないが、すごい力だな。大斧が地面に行く度、そこだけ凹んで、辺りに破片が飛んでいる。
……が、特にそれくらいか? 一応、斬ってみる。
「うらあ!」
「グッ!」
……お、固いな。皮膚が固くなっている気がする。腕を吹っ飛ばすつもりで斬ったが、骨で止まったみたいだな。なるほど、すごい薬だな……。
俺に斬られた箇所を抑えながら、ケンゴは後ずさった。
「ククク! コノ程度カ! ……コノ程度カ!? 死神!」
ケンゴは俺に挑発するように口を開いた。先ほどよりも大きくなり、大斧をぶん回すさまを見ながら、死神はお前だろうと、ふと思った。俺は一つため息をついて、ケンゴに語りかける。
「お前なあ、兵力がどうのなんの言っていた割には最終的に頼るのは己の力だけってのはどうなんだ? 薬まで使って……」
「黙レ! アノ役立タタズ共ハ、知ラン!」
……おいおい、自分が自慢していただろう。山賊王だった頃の配下だって。薬の影響で若干馬鹿になっているみたいだな……可愛そうに……。
「まあ、そんなの使っても無駄だったってことを今教えてやるよ……」
「何ダト!? 負ケ犬風情ガ、調子ニ――」
―死神の鬼迫―
俺は今までで一番強い殺気をケンゴにぶつけた。ケンゴはグッと黙り、冷や汗をかきだした。俺はそんなケンゴを、ただただ睨みつける。
「……お前らは俺のこと、散々負け犬、負け犬って言ってるよな?
……じゃあ、犬にかみ殺される気分を味わってもらおう。
……ついでに質問にも答えてやる……この程度? んなわけねえだろ、馬鹿かよ。
五百の猛者たちが居ると聞いて意気揚々と来たにも関わらず、大半以上が俺のちんけな毒流し作戦で倒れたって聞いてよ……呆れを通り越して……怒ってんだよ!
そこで覚悟してろよ! 三下が!!! テメエには俺を怒らせたそのツケ、払ってもらうからな!!!」
俺は無間を振りかぶり、ケンゴに駆け出す。ケンゴはハッとし、慌てて大斧を構えて俺の攻撃を防ごうとする。
「しゃらくせえ!!!」
俺は無間に力を込めて思いっきり振り、ケンゴの大斧を叩っ斬る。
「何ダトッッッ!?」
柄が短くなり、ただのデカい斧と、棒を両手に持ったケンゴが驚愕している。するとケンゴは斧を振りかざし、俺に迫ってきた。
「フンッ!」
俺は無間を振り、斧を砕く。ケンゴの手元から破片がバラバラと地面に落ちた。唖然として、自らの手を見るケンゴ。
「……テメエには地獄を見せてやる!!!」
俺はそのケンゴの右腕に無間を振り下ろす。
「ギ、ギャアアアアアッッッ!!!」
無間はケンゴの腕を切り裂き、ボトッと右腕は地面に落ちて血が噴き出た。
「おら、まだだ!!!」
俺はさらに、ケンゴの左腕と、両足を叩き斬る。ケンゴは悲鳴を上げながらドサッと倒れ、四肢からは大量の血が噴き出て地面を赤く染めていく。
先ほどまで俺を見下していた大男は、今や地面から俺を見上げる形になった。
「終わりだ……」
俺は無間を振り上げ、ケンゴを見下ろす。
「ガッ! 俺ヲ殺シテモ無駄ダ! 本国ノ兵力ヲ舐メルナヨ!」
「ふん! どいつもテメエ並みの奴ってんなら、俺の前では意味ねえな! 一本一本、十本指とやらをもぎ落してやる」
「グヌ……貴様ハ必ズ! メッキ様ニ殺サレルンダ! 俺ゴトキニテコズルヨウダカラナ!」
「手こずる? ……ああ、まあ、そう言うことにしておこう。何にしてもテメエはここで……」
「グウ! ……畜生~~~~!!!!」
「死ね」
……俺は断末魔を上げるケンゴの首を斬った。ケンゴの首はそのまま地面に転がり、血が噴き出ていく。薬の所為で肥大化した体から出る血は勢いを止めることを知らず、どんどん当たりの地面を赤く染めていった。
そして、ひとしきり血が出た後、そこに残っていたのは、元の体よりも小さく細い、皮と骨だけだった。
「……こいつ自体は大したことないが、薬に関しては要注意だな……結構危険なものかも知れない。後で軍全体に連絡が行くようにしないとな……アイツら大丈夫かな……。
まあ、今気にしても仕方がない……か。さて、と……」
俺は砦の方に振り向く。制圧は……まだみたいだな。中から剣戟の音が聞こえてくる。一応、こちらに逃げてくる奴もいるだろうから、入り口付近で待っておこう。そう思い、入り口で無間を構えていると、何人かが逃げてくるが、俺が死神の鬼迫をぶつけると、皆怯えて、その場に座り込んだ。
すると、後から反乱兵たちがやってきて、挟み撃ちの形になると次々と武装解除し、俺達に降伏していく。
そして、しばらくすると、笛の音が鳴り響いた。それは制圧完了の合図だった。俺はその音を聞き、喜び合っている反乱兵を尻目に深呼吸して、その場に座り込む。
百人斬りは達成できなかったが、終わりよければ、もういいな。俺はそう納得して、一人笑っていた。すると、ツバキが水の入った竹筒を持って、アキラと共に俺に近づいてくる。
「お疲れ……ザンキ……」
「おう、お前らもな……」
「スッキリしたみたいで安心したぜ」
俺は水を受け取り、アキラとツバキを座らせて、ひとまず休んでいた。
こうして、玄李への反撃はひとまず俺達の勝利という形で始まった。まだまだ先は長いが、これなら、何とかなるだろうと思い、俺はツバキの頭を撫でながら、水を飲んでいた……。




