第92話 ムソウの過去―今後の予定が決まる―
死神の鬼迫を得て、しばらく経った後、タカナリが皆を集めた。何ごとかと思い、それぞれタカナリの部屋に集まってくる。
「皆、よく集まってくれた。今後の予定が決定した」
タカナリはそう言って、紙切れを数枚広げる。一枚はこの大陸の地図。もう一枚は血判状のようなものだった。
タカナリは地図を指差しながら、俺達に説明する。
「昨日、西部の反乱軍が興那の国を取り戻した。これにより、安備、玲邦、興那の三国の領地を取り戻すことが出来た。よって、当初の予定通り、三国の反乱軍を統合、総指揮官に私が着任することとなる」
「なるほど……つまり元の状態に戻ったってわけだな……」
「うむ。そして、我が軍はこれより、玄李の国に向け、反撃を仕掛けていくことになる」
タカナリはそう言って、俺達を見る。先ほどの血判状は、各地の反乱軍がそれに同意したという証だった。タカナリが“名君”と呼ばれるほどの器を持っているということは、玲邦、興那の二国にも知れ渡っている。長きにわたる三国の同盟もそれにより、成されてきた。
そして、今は俺と言う存在が、タカナリの庇護下に置かれているということも大きい。それにより、二国の反乱軍の長達や民衆たちまでも、総指揮官にタカナリを据えることに納得し、玄李滅亡を目的とした、大軍隊が誕生したことになる。
長かったな……カンナの誕生日会……タカナリの家の襲撃から7年。本当に長かった。俺はようやく、玄李にあの時の復讐が出来る……。
「で? タカナリ……俺はまず、どこに行けばいい?」
俺はタカナリに尋ねた。この軍に入ったときにタカナリが頼んだこと。反乱軍を統一した暁には、俺が先兵として闘うというもの。タカナリは頷き、地図の一部分を指差す。そこは、タカナリの屋敷があった場所から北に上ったあたり……国境となっている山岳を越えたところ付近だった。
「ここか? ここには何もなかったはずだが……」
俺が不思議そうにそう尋ねると、タカナリが口を開く。
「敵はここに砦を築いておる。安備からの進軍を防ぐためだろう。その砦を落とすことがお前の任務だ」
「ああ……国境付近だからな。さらにはタカナリの屋敷も近いから、ここに砦でも作ったら確かに安備からの守りは強くなるな……だが、玲邦、興那からの進軍はどうする?むしろ、あっちの方が重要じゃないか?」
何せ、そちら側はタカナリが整備した街道がすぐ横を通っているからな。あの付近を落とされたらヤバイはずだ。俺が言われた場所というのは、険しい山脈の向こうであり、作戦上では特に問題ないはずだが……。
「この砦は主に、安備の国への奇襲作戦用に使われているらしい。ザンキ殿……お主にも心当たりはあるじゃろう?」
重々しく語られたタカナリの言葉にハッとする。……なるほど。ではここに居る奴らが、山脈を越えて続々と安備に入り、結果、タカナリの屋敷を襲ったってわけか……。
当時も今と同じようにここの警備は手薄だったからな。なにせ、自然の要塞があるからと、タカを括っていた。その隙を突いたってわけか……。
「興那、玲邦の方は他の者達に任せる予定じゃが、興那の方は若干人手不足らしい。ナツメ、トウヤと、私はそちらに行く。
ハルマサは玲邦の者達と合流してくれ。そして、ザンキ、ツバキ、アキラの三人は私の屋敷があったところ……ここじゃな。ここに向かい、特別攻撃部隊と接触し、作戦を行ってくれ」
タカナリはそう言って、皆の顔をうかがう。ハルマサは、ザンキの闘いが見たかった、と喚くが、他の者達は、頷いた。それを見て、ハルマサも渋々という感じで頷く。
大体要領はわかった。俺が闘い、ツバキが援護。アキラは情報伝達のため、俺達と共に来るということか……。俺もタカナリの人選に納得し、頷く。
「皆、了承したようじゃの。では、ここを離れる日についてじゃが……」
と言って、タカナリは説明を続ける。三国を取り戻したのが昨日だからな。やはり、すぐ動くのは無理らしい。軍団の統合が知れ渡るのも、あと、三日~四日くらいはかかるだろう。タカナリ達やハルマサは別の軍と合流する運びとなっているから、最低でも一週間後の出発となるだろう。
一方、俺達は元となる、タカナリ軍の別働部隊と合流するわけだから、そこまで待つ必要はない。出発は五日後と言うことになった。
敵に攻撃を仕掛けるのは、部隊と合流した後で決めてくれ、ということなので、今のうちに武具の手入れなどをしておこうか。
「では……皆、そのようにな」
タカナリがそう言うと、皆はそれぞれ頷き、部屋を出ていった。
「ザンキ~、後で見せたいものがあるから庭に来てくれ~」
アキラが部屋を出る際にそう言った。俺は何のことだと思ったが、そこまで深く気にせず、おう、と言って手を上げた。そして、アキラはツバキを連れて、部屋を出る。
部屋の中には俺とタカナリだけが残っていた。俺はタカナリと自分用にと茶を入れて、お互いの前に置く。
「長かったな……タカナリ」
「ああ……」
俺達はそう言葉を交わして、茶をすすり始めた。俺はこの七年、本当に生きた心地はしていなかった。家族と仲間たちを奪われた怒り、悲しみは想像を絶するものだ。
だが、それはタカナリも同じ。タカナリは俺と再会してからというもの、いつもいつも、俺に頭を下げていた。タカナリもやはり、あの時のことをひどく後悔していたという。
けれど、タカナリが、俺と今の仲間たちを出会わせてくれたおかげで、俺は前のように、笑ったり、楽しんだりするようになったんだ。俺の方こそ、頭を何回も、何万回も下げても足りない……。
「なあ……ザンキ殿……」
「ん? どうした?」
ふと、茶をすすりながら、タカナリが声をかけてくる。その表情はとても穏やかに見える。だが、視線はまっすぐ、俺を見ていた。
「もしも、このまま玄李を落とすことが出来たら……私はこの大陸の王になることに、なっている」
タカナリは俺にそう言って、茶をすすり、コトッと茶碗を置いた。俺はタカナリの言葉を聞き、目を見開いて驚いた。ああ、反乱軍の総指揮官だからな。さらには玄李の国以外の小国最後の領主でもあるし……。やはり、そういう話にはなっているか……。
「……良いんじゃないか?……正直、俺もその方が良いと思っていた。……かつて、“名君”と呼ばれたその手腕を、今度は大陸全土にも奮って欲しいと思っているぞ」
「“名君”……か。確かにそのように呼ばれたことはある。私も皆が私のことを信じてくれているのが嬉しかった……じゃが……」
タカナリは俺の顔をまっすぐ見て、言葉を続ける。
「私は……お前の家族を護れなかった。旧友を護れなかった。……国を護れなかった……。そんな私に、“大陸王”など務まるじゃろうか?」
タカナリはそう言って、肩を落とす。反乱軍の総指揮官として、“大陸王”の後釜になることは決意したようだが、やはり、不安だ、と言いたいわけか。
だが、俺はタカナリを本気で頼っている。むしろ、タカナリにその任についてほしいと願っている。
俺は正直な気持ちをタカナリに語る。
「タカナリ……。お前は俺の為に、俺の家族のために泣いてくれた。怒ってくれた……俺はそれだけで充分だと思っている。
そして、領地を、領民を取り戻すために立ち上がった姿は、王と呼ばれる者にこそ、ふさわしいだろ」
「しかしだな……ザンキ……」
「しかしも何もねえよ。お前は……あの日以来、全てを憎んでいた俺でさえ受け入れてくれるほど器のデカい奴だ。もう少し、自信を持て」
「う、うむ……。じゃが、こんな私に出来ることがあるのじゃろうか? もう歳だしな……」
「一つだけ、俺はやって欲しいことというのはあるぞ」
「む? なんじゃ?」
不思議そうに顔を上げる、タカナリを見て、言った。
「もう、俺みたいな奴を作るな。サヤや、カンナみたいな奴を作るな。俺からの願いというのはそんなもんだ。……それでな、もし、お前がこの約束を守ってくれるというのなら、俺はいつでもお前の矛となり、あるいは盾となって、お前たちを護っていく」
俺はタカナリをまっすぐ見て、そう言うと、タカナリは俯く。そして、しばらくすると、フッと笑って、口を開いた。
「なるほどの……。お前が、この先も私のために闘うというのなら、“大陸王”になるのも悪くは無いか」
「大陸王直轄の傭兵というのも面白そうだしな……」
俺がそう言うと、タカナリは笑顔になり、優しく微笑む。
「では……ザンキ殿。私が王となるまで、よろしく頼む。もちろんその後もな」
「ああ、任せとけ」
俺達は以前やった、拳と拳を突き合わせる動作をする。そして、お互いにニッと笑った。……まあ、“親”の旧友を成り上がらせるだけの話だ。難しいことはないだろう……。
と言っても、出来ることは、目の前の敵をぶった斬っていくだけだが。タカナリもそれで、充分じゃ、と言ってくれているし……
俺はそう思い、茶をすすっていた。
◇◇◇
タカナリの決意を聞いて、俺は部屋を出ようとしたが、ふと思い出したことがあり、立ち止まる。
「あ、そう言えばよ、タカナリ、頼みがあるんだ」
「む? 何じゃ?」
俺は頼みごとをタカナリに話した。話し終えるとタカナリは真剣な表情になり、俺を見つめる。
「それは……構わんが……良いのか?」
タカナリはそう言って、少し、困っているようだ。まあ、その気持ちも分かる。やはり、こいつはいい奴だな、と思ってしまう。
「ああ、もう、良い……。俺には、すでに不要なものだからな……」
俺がそう言うと、タカナリはそうか、と頷き、
「……分かった。お前の自由にしろ」
と、言った。俺は、ありがとう、とタカナリに言って、部屋を出る。俺の背後でタカナリがため息をつくのが聞こえた。だが、もう決心したんだ。俺は、俺の思ったようにやる……。
……さて、会議の後にアキラが、庭に来てくれと言ったので、取りあえず、庭に来てみた。すると、アキラとツバキが立っている。そばには何やら布がかぶせられた何かがある。何だろうと近づいていき、二人に声をかけた。
「おう、待たせたな」
二人はこちらを見て、手を振った。妙にアキラが嬉しそうだ。何だろう。
「待ってたぜ! ザンキ! お前に見せたいものがあるんだ~!」
と、アキラは新しく何かを買ってもらったものを自慢する子供のように、俺にそう言ってきた。いや、子供だけれども……。
「何のことだ?」
俺が首を傾げていると、アキラはそばに置いてあったものの、布に手をかける。すると、ツバキが俺の袖を引っ張った。
「ザンキ……何があっても……怒らない……約束」
急に何言ってんだ? こいつ。アキラがあの布をめくると、俺が怒るようなものでも用意しているのか?
「ん? 約束? 別に良いが、何のことだ?」
「別に……」
俺がそう言うと、ツバキはそっけない返事をして、俺の袖から手を放す。
「じゃあ、行くぜ~……それ!」
アキラはそう言って、布をとった。
ガウッ!
布がめくれると、それは檻だった。そして、大きく吠えて、そいつが姿を現す。
「へへ~ん! どうだ、ザンキ!」
アキラは自慢げにそう言ってきた。俺は口を開けて目の前のそいつを見ている。
鋭い眼光、尖った爪、ちらほらと見える強靭な牙……俺の目の前には、大きな狼が居た。
「アキラ……これ……」
俺は狼を指差して、アキラに尋ねる。
「どうだ~! すごいだろ! この前反乱軍が捕獲したのをトウヤに頼んで連れてきてもらったんだ! 狼の嗅覚は犬を遥かに凌ぐっていうし、攻撃性も桁外れだ。良い戦力になるかなって!」
アキラは嬉しそうにそう言うが、俺は少し考え込み、アキラに尋ねる。
「だが、狼は人になかなか懐かないって……」
「そこんところは、だいじょーぶ! ……見てろよ~」
アキラはそう言って、檻から狼を放つ。俺はとっさに身構えたが、狼はのそっと檻から出てきて、アキラの前で尻尾を振っている。
「よ~し、トウガ、お手!」
「ガウッ!」
「おかわり!」
「ガウッ!」
「ゴロン!」
「クゥ~ン!」
狼はアキラの合図に合わせて、自分の腹をアキラに見せるように転んだ。俺はその光景を大きく口を開けて、見ていた。
「アキラ……これって……」
「そうなんだよ~、何故かこいつ、俺には懐いてるんだよ!だから、待ってろ!すぐにこいつに芸を仕込んで、戦でも活躍できるようにしてやるからよ!」
アキラはそう言って、狼を撫でた。狼は気持ちよさそうにしている。へえ、すごいな。こんなに人に懐いている狼は初めて見たな。
アキラめ、トウガなんて名前まで付けて喜んでいるな。狼が人懐っこいのか、アキラが凄いのか……。
しかし、でかいな、こいつ。馬ほどとはいかないが、アキラとツバキを背に乗せて走ることだってできそうなくらいデカい。虎よりもデカいんじゃないか……?
だが、これだと確かにアキラやツバキの活動の幅も広がるだろうな。狼だから機動力もあるだろうし。コイツと闘うのは何となく、楽しみだと感じる。
俺がそう考えていると、アキラはこちらを見て、ニコッと笑った。
「何考えてんだ? ……あ~! 分かった! ザンキもトウガを撫でたいんだろ!? そうだろ!?」
アキラはそう言って、さらに笑う。……確かに正直なところ、撫でてみたい。毛並みはきれいだし、毛は多そうだし、触ると気持ちよさそうだったからな。
「良いのか?」
「当たり前じゃん! ほら、トウガ、立って!」
「ガウ!」
「お座り!」
「ガウ!」
アキラはトウガを俺の前で座らせる。トウガは俺を見ていた。俺もトウガを見ている。……よくよく見ると、可愛いな。目つきは鋭いが、やはり、狼らしくぱっちりとしている。
そして、俺の前で舌を出し、へっへっへっへ、とまるで犬のように早く呼吸をしている。……おお、そうか、そんなに撫でられたいか……。
俺はそう思い、期待に胸を膨らませ、手を伸ばそうとする。
「ザンキ……絶対……怒らない……」
ふと、横からツバキが先ほどと同じ文言を俺に言ってくる。怒るわけねだろ、こんなかわいい奴……そう思って、俺はツバキを無視する。
そして、俺はトウガに手を伸ばした……。
「ガガウッッッ!!!」
ガブウッ!
突然、トウガはギラっと俺を睨みつけ、一声上げると、俺の腕を思いっきり噛んできた。一瞬何が起きたかわからなかったが、腕の痛みが襲ってくると同時に、俺は腕を噛まれたことを理解する。
「痛ってえええええ~~~!!! てめっ! この野狼ッッッ!」
俺は腕に噛みついている、トウガを思いっきり殴った。ギャヒンッ! と言いながら吹っ飛ぶトウガだったが、すぐさま、立ち上がり、俺に襲い掛かってくる。
「グルルルル……ガアアアア~~~!!!」
「何だッ! コラァッ!」
俺は飛び上がったトウガの腹を思いっきり殴ったあと、再度、トウガの顔を殴り吹っ飛ばす。トウガはよろよろと立ち上がり、その場で俺を睨みつけていた。
「あ~~~!!! ザンキ!何すんだ!」
そんな光景を見て、アキラが俺を指差し、怒鳴ってくる。隣のツバキは肩を上げて呆れているようだ。
「何すんだ! は、こちらの台詞だ! 何しやがる! この犬っころが!」
俺はトウガを指差し、アキラに怒鳴り返した。それでも、アキラはトウガをかばっているように、俺を睨む。
「ただ、じゃれていただけだろ! そこまで本気で怒るなよ!」
「じゃれてた、だと!? 見てみろ! この傷!」
俺はそう言って、袖をめくり、腕の傷を見せる。そこにはトウガの歯並びと同じように傷が出来、血がぼたぼたと落ちている。これが右手なら、出発も少し遅らせないといけない感じだ。流石のアキラも口をあんぐりと開けて、トウガと俺を交互に見始めた。
だが、アキラは、ぶんぶんと首を横に振り、違う、違う! と何やら喚いている。俺も、それに言い返していくが、段々と、うんざりしていった。
「……よぉ~し! 分かった! お前がそこまで、じゃれていたっつうなら、トウガに確認してみるか!?」
「上等だ!」
そう言って、俺とアキラはトウガに近づく。トウガはなおも、俺に唸り声を上げている。
「ほら、トウガ……お前はザンキにじゃれていただけなんだよな? 敵意があって噛んだわけじゃないよな?」
「ガウッ!」
アキラの問いかけに、トウガは一声上げて、大きく頷いている。こいつ、知能が高いな。アキラの言葉を完全に理解していやがる……なんてことはどうでも良い。この野狼……見え透いた嘘をつきやがって……。
「そうだよな~……ほら見ろ! トウガはお前とじゃれていただけだって! そんな悪いことする奴じゃねえって!」
アキラがそう言うと、トウガはぺろぺろとアキラの顔を舐め始めた。それでアキラは満面の笑みをたたえるが、俺は未だギロッとトウガを睨んでいる。
「チッ……わかった……じゃあ、もう一度、俺にじゃれてみせろ。……ただし、仲直りのつもりで優しく、な」
俺は怒りを押し殺し、笑顔になってアキラにそう言った。
「よ~やくわかってくれたか! 流石、ザンキ! 話の分かる大人はちがうなあ~! ……よぉ~し! トウガ、ザンキがお前に謝ったからよ、今度こそ、ザンキに甘えて来いよ!」
「ガウッ!」
トウガは元気に返事をした。……おい、俺は謝ったわけじゃねえぞ。むしろ謝るのはそっちだろう、と言おうとしたが、グッと我慢する。
そして、トウガが、尻尾を振って、俺の前に立った。俺はトウガを撫でようと、手を伸ばす。
「……さっきはすまなかったな、これで仲直――」
「ガアアアウッッッ!!!」
俺がトウガに話していると、言葉を遮り、トウガは俺の首に噛みつこうと襲い掛かってくる。俺はトウガの下あごを掴み、トウガを持ち上げた。
「ガッ!?」
トウガは俺に持ち上げられる形となり、前足の爪で俺をひっかこうとするが、俺には届かないみたいだ。……フンッ! 獣の分際で……。
「な!? おい、ザンキ! なにすんだ!」
アキラは俺の行動を見て、またも、俺を怒鳴ってくる。流石に俺も少々強めに怒った。
「て、てめえっ! この状況下で、まだ、こいつの味方するのか!? さっきの見てただろうが! 明らかにこいつは俺の首をとろうとしたぞ!」
「い、いや……それは……」
俺の言葉にアキラは少し、動揺しだす。そりゃそうだ。目の前で俺を食おうとしたところを見たんだからな。そうなってもらわねえと、俺はアキラの人間性を疑っちまう。
「で、でも! そろそろいいだろ! もう、放してやれよ!」
「い~や! 駄目だな! こいつはもう信用できねえ!」
「で、でも、トウガは俺達の――」
「仲間って言いてえのか!? いいか、よく聞けよ! こいつは明らかに俺に敵意を向けてきた! 俺を食おうとしてきた! そんな奴を、この俺が許してやるとでも?」
「だ、だけど!」
「俺の居た闘鬼神では仲間殺しは大罪だ! さあ~て……どうするかな……?」
俺はそう言ってトウガを睨みつけ、無間に手をかける。アキラはそれを見て、ハッとし、トウガは、途端に怯えた表情になり、唸ったり、じたばたするのを辞めた。
「そ、そんなことするなって! ほ、ほら! こいつも諦めて――」
「いるように見せて、解放するとガブリってか!? その手にはもう、乗らんぞ!」
「いや……でも! 何も殺すなんて!」
「俺はな! 俺を殺そうとする奴をいつまでも自分のそばに置いておくほどお人よしじゃねえんだよ! 俺の命を狙う「敵」は、やれる時にやるってのが俺の流儀だ!」
「だ、だけど……そ……れは……!」
アキラは俯き、泣きそうな面になっている。認めたくはないが、認めないといけないというような表情だ。しばらく、そうやって固まっていると、やがて、アキラの目からぽたぽたと、涙が落ちる。
「ご、ごめんって! ザンキ! 許してやってくれよ! トウガもきちんと世話するし、もう、ザンキには噛みつかせないようにするからさ! だから、こいつを敵って言わないでくれよ! 殺さないでくれよ!」
アキラはそう言って、俺に縋りつく。俺はそれを見て、ため息を一つつく。
「……約束できるか?」
俺がアキラにそう言うと、アキラは泣きながら、何度も頷いた。俺はわかったと言って、トウガを解放する。トウガは、アキラに寄っていき、ぺろぺろと舐め始めた。
「仕方がない……アキラ、そいつを仲間と認めてやるから、もう二度とさっきのようなことをしないように注意しとけよ」
俺は笑顔でそう言って、二人に背を向ける。二人は俺に深く頭を下げた。……流石に、俺も大人になったんだ。エンヤのようなことはするまいて。さらにエイシンのような奴もいるし、仲間にしたら改心するかもしれない。エイシンが出来たんだ。狼にもきっとできるはずだ。
それに、なんだかんだ言っても、こちらに狼が居ることの心強さは大きいからな。俺はそう思い、二人を許すことにした。
そして、二人から離れていく。今は、そっとしておこう。
……だが、背後からひそひそと声が聞こえてきた
「……いいか? 俺が合図したら……」
「グルルルルル……」
……なるほど……。
「あ、そうだ、二人とも~……」
俺は笑顔になって、振り返る。二人はぴくッとして、俺の方を見た。
「もしも、約束を違えるようなことになったらな~……」
俺は二人に歩み寄り、無間を抜く。二人はだんだんと怯える表情になっていき、ガタガタと震え出した。
「トウガの皮を剥いで、お前に着せるからな……わかったな!!!」
―死神の鬼迫―
「は、ハイ!!! わかりました!!!」
「ガ、ガウッ!」
俺が殺意をぶつけると、二人は涙目で頷き、どさっとしりもちをついて、その場で失神した。
……ったく。ちょっとは反省してくれた、と思っていた、俺が馬鹿だった。俺はため息をつき、無間を仕舞って、立ち上がる。
少しだけ、アキラの評価が下がった。良い奴だと思っていたんだけどな。動物に優しすぎて、俺の話を聞かない辺りは、やはりまだまだ子供だなと感じる。玄李に行く際は直して欲しいものだな。
ふと、周りを見ると、ツバキがこちらを見ながら、何かを描いている。俺が近づいていくと、ツバキはサッと、それを隠し、俺の方をジッと見た。
「なんだ? 今の」
「何でもない……それより……怒らない……約束……破った」
ツバキはふてくされたような表情をして、俺をジトっと見た。
「う……し、仕方ないだろ……あれは……」
「トウガ……噛みつくの……わかってた……ザンキ……怖い……動物の……本能……襲うの……仕方ない」
ツバキはそう言って、失神しているトウガを指差す。わかっていたなら、言って欲しかった……いや、怒らないでって言っていたか。もう少し、具体的に言ってくれると助かるんだがな。
……つまりあれか?俺から圧倒的な強者の気配を感じ、死にたくないという本能的なものを刺激されて、トウガは襲い掛かってきたということか? 賢いと言えども、その辺りは動物らしいな。理性が働かないようだ。
それなら、まだ良いか。今度は逆らったら次はないということを、奴の本能に叩きこんでやったからな。次からは大丈夫だろう。
「はあ……分かったよ……すまなかったな。約束、破っちまって」
「もう……良いよ……ん……」
俺がツバキに頭を下げると、ツバキが懐から何かを取り出す。例の軟膏だ。そして、俺の袖をめくり、トウガがつけた傷に、軟膏を塗った。俺は嬉しくなって、ツバキの頭を撫でた。
ツバキは嬉しそうな顔をして、ニコッと笑う。俺はふと、トウガを見ながら、この先俺が動物を飼うことがあったら、もう少し可愛くて、愛嬌のある奴にしようと、強く心に誓った。




