第88話 ムソウの過去―家に帰って風呂に入る―
俺達が家に帰ると、アキラとナツメは目を見開き、ツバキを見た。アキラはずっと、すっげーかわいい! とか言って、はしゃいでいる。恥ずかしそうにしている、ツバキの横で、俺が買ってやったことを説明すると、ナツメがなるほどと言って、俺の横に来る。
「それで……私の分は?」
「……え、なんだ? 聞こえねえな。それより先に風呂入りてえが沸いてるか?」
ナツメの意地悪な質問にそう答えると、はあ~っと言ってナツメは項垂れる。するとアキラが不思議そうな顔をしながら、
「風呂なら沸いてるけど……姉さん、どうしたんだ?」
とか言っている。よし、風呂が沸いていることは確認できたな。
「じゃあ、俺は風呂に入ってくる。……あ、アキラ、このかごの中身も運んどいてくれ。中に桃大福があるが、食うなよ。夕飯後にみんなで食うんだからな」
俺はそう言って、昼から貰ったものをアキラに渡す。アキラはわかった! と言って、それを抱えて土間の方に向かって行った。
アキラは本当に素直で、良い奴だな。周りの人間への気遣いもしっかりと出来ている。前までは、俺に近寄ろうとしなかったのだが、俺が目を覚ましてからは、積極的に近づいては、俺のことを気遣ってくれている。
以前は本当に、申し訳ないことをしていたんだなと、頭を掻いた。
さて、じゃあ風呂にでも入るか。
俺は風呂場に行き、着物を脱ぐ。ふと、手を見てみると、ハルマサと喧嘩した時に出来た傷も、ほとんど塞がっていた。これなら明日からは包帯を巻かなくても大丈夫そうだ。
そして、体中の傷も見てみた。ナツメの言う通り、こないだ斬られた傷も、もう塞がっている。明日からは包帯を巻かなくても良いだろう。
無数に刻まれている傷痕を見ながら、どれがどの戦いでついたものかは定かではない。印象的なものしか覚えていない。それだけ、この七年間、闘い続けていたんだなと感慨深くなった。
そして、ゆっくりと風呂に浸かった。
「あ~~~……♨」
うん。やはり気持ちいいな……。今日何かしたわけでもないんだが、一日の疲れと共に、今までの疲れもじわ~っと溶けていくようだ。
ふと、窓の外を見てみる。空はもうほんのり暗いところと朱いところが混じっていて、とてもきれいだった。そういや、この時期はすぐ暗くなるから、俺もこのくらいの時間には家に帰っていたな。
家に帰るとカンナが俺に跳びつき、頭を撫でていると、サヤが寄ってきて、二、三言何か話してくる。今日のカンナはどうだった、とか、自分はどうだった、とかだ。その間、エイシンは馬をつなぎ、俺の荷物を仕舞い、と身の回りの世話をし始める。
その後、カンナと遊んだり、エイシンと桃大福の取り合いなどをしながら、サヤの作る飯を待つ。晩飯は家族皆……と、エイシンで食べて、その後は風呂だ。
基本的に俺はカンナと入ることが多かったが、晩飯の後始末をエイシンに任せて、私も入る~! とサヤが乱入してくることもしばしばあった。うちの風呂場はなかなか大きかったからな。それくらいは余裕だが、サヤと風呂に入ることなど、それこそ出会った日以外はしなかったので、俺は恥ずかしくなり出ようとするのだが、それをすると、カンナが悲しそうな顔をするので、出れなかった。
サヤはそんな俺を意地悪そうに笑い、風呂から出ると、エイシンも俺を小馬鹿にしたような目で笑っていた。俺もいつかは怒ろうと本気で思っていたのだが、カンナの楽しむ顔を見て、そんな気もなくなっていったな。
「フッ……」
ふと、思い出した、家族で過ごした日々が懐かしくなり、俺は笑みをこぼす。そして、肩まで浸かって、あることを考え出した。
あれ……どうしようか。一応使い道はあるけどなあ。あそこにずっとってわけにもいかねえし。そもそも、元は俺達のものではないからな。後でタカナリにでも聞いてみるか……。にしても、あいつら、いつになったら帰ってくるのだろうか。
なんて思っていると、玄関のあたりが騒がしくなる。お、帰ってきたみたいだな。ハルマサの驚く声が聞こえる。ツバキを見たようだな。
そして、トウヤとタカナリの笑い声もだ。よしよし、喜んでくれたみたいで何よりだ。
……しばらくすると、誰かが走る音が風呂場に近づいてくる。この足音は……二人いるな。なんとなく足音から推察するに……
「おい、ザンキ! つ、ツバキが……ツバキに!?」
「ザンキ……皆……驚いた……嬉しい」
ああ、やっぱりハルマサとツバキだったか。窓の外から二人の声が聞こえる。俺は立ち上がり、窓から二人を見た。
「……ああ、俺が買ってやったんだ。似合ってんだろ? ……ツバキ、良かったな……」
俺がそう言うと、ツバキは嬉しそうにコクっと頷いた。……ん? ハルマサは黙ってるな。何だろうと思っていると、ハルマサは俺を指差して叫ぶ。
「この、この、浮気者~~~!!!」
……若干、イラっとしたので、桶で湯をすくい、ハルマサにぶっかけた。ハルマサはブンブンと首を振って、水気を落とす。横でツバキが嫌そうにしている。
そして、ハルマサは俺を睨んだ。
「何すんだ!」
「こっちの台詞だ! なんだ、いきなり! 俺のことを浮気者って!」
「そのまんまの意味だ! ……サヤさんというものがありながら……」
「世話になったんだ! そのくらいさせろ! ボケ!」
「あ、ボケって言った! 部隊長の俺にボケって言ったな!」
「だからなんだ!? 少しは年長者を敬え!」
「ぐぬぬぬ……よ~し、見てろ!」
ハルマサはそう言って、薪を次々と投げ入れ、火を大きくしようと、フーフーと竹筒で息を送り込む。
「へっ! このままゆでだこにしてやる!」
ハルマサは笑いながら、俺にそう言った。俺は、喧嘩のことを許してくれたこいつの器のデカさなどすっかりと忘れて、はあ、とため息をつく。だが、そんなことをしていると、湯がだんだんと熱くなってきた。
「……じゃあ、俺はそろそろ上がる」
俺はそう言って、風呂から上がる。すると、窓からハルマサの慌てる声が聞こえてくる。
「な!? 待て! ザンキ! 逃げるのか!?」
「……逃げるもまた兵法……」
「え、ちょ、ちょっと待てって!」
「さ~て、今日の飯は何かな?」
ハルマサは何かまだぶつくさ言ってるが、俺はそれを無視して着替える。
……ったく、何が浮気者だ。世話になった礼くらい誰だってするだろう。
……だが……そうだな……もしも今、サヤが生きていたら……。俺はふとそんなことを考えている。……いやでも、相手はツバキだし、サヤなら許してくれるだろうな。むしろ、礼しなかったら、逆に怒られそうな気がする。
……うん。俺の選択は間違ってなどいないな。
だが……仮に相手がナツメだったら……。
……それは……怒られそうだな。また、包丁でも投げつけられそうだ。……いや下手すりゃ槍? ……鉈? ……。
ぶるっと背筋が震えた。やめよう、こんなの……。
そう思っていると、どたどたと廊下を走る音が聞こえてくる。そして、風呂場の戸がガラッと開いた。そこには、びしょ濡れになり、俺を睨んでいるハルマサが居る。
「この……ザンキ! 何逃げてんだ! 正々堂々と勝負しろ!」
「……」
俺は呆れた目でハルマサを見る。なんとなく、戦で、逃げたふりをして、それを必死で追いかけさせ、罠にはめるという兵法を思い出した。
「……はあ~」
「な、なんだよ? ため息なんてついて……あ! まさか、降参したか!? そうだろう!? 俺の作戦に怖気づいたんだろ!?」
俺がため息をつくと、俺が観念したと思い込んだハルマサは調子に乗ってそんなことを言いだした。どういう作戦を立てていたのだろうか……?
「……ハルマサ」
「お!? なんだ!? 降参ですってか!?」
俺はハルマサの襟を掴み、そのまま持ち上げる。俺の肩の上でバタバタとするハルマサ。
「うわっ! ちょ、おい! ザンキ何すんだ!」
「……お前はやはり今後作戦は立てるな。せっかく拾った寿命が縮む」
俺は暴れるハルマサに、優し~くそう言って、先ほどハルマサが“温めて置いた”風呂の中に、ハルマサを投げ入れる。
「う熱っちいいいい~~~~!!!」
ハルマサは叫びながら、風呂から飛び出て、また落ちて、また飛び出てを繰り返している。俺は風呂場の戸を閉め、心張棒をはめた。ドンドンドンっと中から戸を叩く音が聞こえる。
「ザ、ザンキ~~~!!! 悪かった! 俺が悪かったって!」
ハルマサが今更俺に謝る声が聞こえるが、俺は優しくハルマサに言ってやった。
「ハルマサ、そんななりじゃ、風邪ひくだろ? せっかく誰かさんが温めなおしたんだ。存分に浸かれよ」
と、言いながら、俺は風呂場から出る。そして、外へと向かった。
「無理無理無理! 許してくれよ~! ……ってあれ? ザンキ……! お~い! ザンキ!」
俺が居なくなったと気づいた、ハルマサの叫び声が聞こえてくるが、俺は無視して、薪の所へと向かう。そこにはツバキが不思議そうに俺を待っていた。
「……ザンキ……お風呂は?」
「ああ、気持ちよかったぞ。今はハルマサが入っている。長旅を労わねえとな……」
俺はそう言って、薪を追加する。薪は勢いよく燃えて、風呂の温度をぐんぐんと引き上げる。窓から出てくる、湯気がそれを物語っていた。
「うお~い!!! 何してんだ!? ザンキ!!!」
「む!? このままだと、付近の住民に火事だと思われるな……よし、窓を閉めよう」
そうしたら、蒸し風呂状態だな! とは言わない。だが、ハルマサもそうなることは予測できていたのか、慌てる声が聞こえる。
「いやいやいや! ザンキ! それだけはダメだ! せめて、この窓だけは開けておいてくれ!」
ハルマサの言うことは取りあえず無視して、俺は窓に手をかける。そして、風呂場を覗きながら、ハルマサに言った。
「では、ごゆるりと……」
バンッ!
俺は窓を思いっきり閉めた。中からハルマサの、助けて~~~とかいう声が聞こえるが気にしない。ふと、ツバキが俺を見上げる。
「ザンキ……この窓……内側から……開けられる」
おお、ツバキ、こんな時でも俺の側についてくれるとはな。嬉しいぞ。そう思い、ツバキの頭に手を置く。
「大丈夫だ。この窓を開け閉めしようと思ったら、湯船に入らねえといけねえからな。その辺りは心配するな」
俺がそう言うと、納得したようにツバキは頷く。
「だが……まあ、ちょっとかわいそうだな……」
俺はそう言って、入れた薪のうち何本かを外に出した。そして、指を口の前に出して、ツバキを見る。そして、小声で、
「内緒だぞ?」
と言うと、ツバキは微笑みながら、頷いた。
「ザンキの……そういうとこ……好き」
ツバキはそう言って、俺を抱きしめる。俺はツバキを抱え、家の中に戻っていく。許してくれよ~というハルマサの声が聞こえてくるが、気にしない。途中、トウヤが居て、オロオロしていたので、しばらくしたら開けてやれ、と伝えておいた。
部屋に戻ると、タカナリが、ほどほどにな、という顔で俺に笑ってきたので、なんのことだ? と言うように手を上げると、タカナリはフッと笑い、俺が抱えているツバキの頭を撫でた。ツバキはまた、嬉しそうにした。
ナツメとアキラはまだ、飯の支度をしているようだ。俺はその場に座り、タカナリとどういう話をしてきたのか、本隊とどういう連携をとっていけばいいのか、という話をした。ついでに、村長から聞いた滅鬼の話もしておいた。
これについては、俺が無知だっただけで、タカナリはすでに把握していたことだ。ただ、タカナリも心配していたようだが、お前が居れば大丈夫だろう、と笑っていた。
いまいち、滅鬼って奴の脅威さが分からない。凶悪性を考えるなら、一般の民たちにとっては恐怖の対象と言うわけか。玄李の奴らにとっての、俺と言う考えで良いようだ。会敵したら、確実に斬っておかないとな……。
その後、タカナリとツバキと共に、こっそり持っていた桃大福を三人で分けて茶を飲んだ。二人とも美味いと言い、特にタカナリはこの村の特産品ということを知らなかったらしく、領主なのに、と落ち込んでいたが、あまりの美味さにすぐに笑顔になった。
……俺はそんなことをしながら、こういうのも良いなと思っていた。家に帰って、飯を待つ間にバカ騒ぎしたり、話しこんだり……。
ああ、幸せだな……俺は……。
さて、飯はまだかなとナツメたちの方を見る。まだ少しかかりそうだな。俺は何か手伝えることはないかと土間へと向かって行った。




