第87話 ムソウの過去―傷が治ったから散歩する―
それから、二週間後、ナツメがいつものように朝、俺の傷の様子を診てくれている。包帯をとって、俺の傷があらわになると驚いているようだった。
「すごいですね……ザンキさんの治癒力は常人以上とは思っていましたが、ここまでとは……」
ナツメによると、もう俺の状態はだいぶ良いらしい。そりゃそうだろうな。目を覚まして、その翌日から歩く練習をしていた。
やっぱり体がなまるのは嫌だったからな。ツバキにも何度か手を借りたおかげで、一週間目にはすでに走れるくらいまでにはなっていた。傷の痛みももう、最初に比べてなくなっている。ここ三日くらいは、膝の上にツバキを乗せて本を一冊読めるくらいにまでは治ってきたからな。
ちなみに、無間ももう振り回すことが出来る。丸太を輪切りにしながら、薪を作っていくと、タカナリに、エンヤみたいだと笑われたほどだ。ほとんど、斬られる前の状態に戻ったと言っても良いだろうと、俺自身も思っている。
「もう、その辺りを散歩しても大丈夫だと思いますよ」
「そうか。ありがとうな、ナツメ」
ナツメに礼を言うと、ナツメはいえいえと言って部屋を出ていった。
というわけで、今日は村の中を歩くとしよう。俺は着替えて、無間を背負い、玄関へと向かった。ああ、ちなみにハルマサとトウヤとタカナリは五日ほど前から、本隊と合流して他の部隊との連携及び、トウヤは必要物資の調達に向かっている。
現在この家にいるのはアキラ、ツバキ、ナツメ、俺だ。
流石に女ばかりで、俺もやることがないなあと思っていたので、ちょうどいい気分転換にはなるかな。
そして、玄関で草履をはいて俺は外に出た。……ちなみに、ツバキはまだ寝ている。俺が目を覚ましてからも、俺に付きっきりだったからな。こそ~っとツバキを起こさぬようにし、俺はここまで来た。
偶には一人で居たいときもある……。何か土産でも買って来るとしよう……。
さて……と……。俺は辺りを見回す。ふむ……昔と比べてもあまり変化がないな。少し家が増えただけか……。俺達が今居る家も、昔はなかったな……。まあ、どこに何があるのかは頭に入っているから別に良いか。
「じゃあ、まずは村長にでも挨拶に行くか……」
俺は取りあえず、世話になった村長の家を目指して歩いていった。村の中を歩いていると、何人かの村人が声をかけてくる。その度に、野菜やら果物やら、干した魚やらいろいろ貰う。
こういうところも昔のままだな、と思い、俺も変わらず断れないので、取りあえずすべてを受け取り、抱えきれない量の荷物を両手で抱えながら村長の家に着いた。
「お、お~い! だ、誰かいるかあ~?」
俺は村長の家の前で大声でそう言った。すると、ガラガラっと戸が開いて、村長が出てくる。
「……む!? 誰かと思ったらザンキ殿ではないか!
けがはもう良いのか!? ん? ……その姿……どうしたのじゃ?」
村長は俺を見て驚きながらそう声をかけてくる。傷を心配してくれるのはありがたいが、俺の言いたいことは一つ。
「す、すまねえが、かご貸してくれ~~~!!!」
俺は唖然とする村長にそう言うと、村長は、おお、分かったと言って玄関に置いてあったかごを、ほれ、と俺の前に出す。
「い、いや、そうじゃない! 入れてくれって」
あ、そうかという顔をして村長は俺が抱えていたものをかごの中に入れ始めた。
そして、全ての荷物を入れ終えると、俺はドサッと村長宅の縁側に座った。
「あ~……疲れた~……やっぱりなまってるな……」
俺は項垂れて自分の体を眺める。体をならすために、しばらく山賊狩りでもするか……もしくはこの時期なら山へ行って猪でも相手にするか……ってどちらにしろ山へ行くのか……まあ、それも良い運動になるな……。
なんて思っていると、家の中から、茶を持って村長がやってきた。
「ほっほっほ……まさかザンキ殿が本気で困るところを見られる日が来ようとはな。長生きはするもんじゃ」
「昔は馬が居たからな……。今日も馬で来るんだったよ」
俺はそう言いながら、村長から茶を受け取ってすすった。そして、空を見る。ああ、もう秋空だな……。そんな季節か。もうすぐ冬が来るが、なんとかそれまでには玄李に……て無理か。向こうはここよりも北に位置しているから冬は辛いかも知れないが、まあ、何とかなるだろう。
ちなみに、村長に聞いてみたが、この村はタカナリの反乱軍の駐屯地も兼ねているということで、昔ほど、付近には盗賊も山賊も居ないという。
ということは、体ならしの山賊狩りも出来ないというわけか。安備の国に居た山賊や盗賊の中にも、傭兵制度を使って反乱軍入りしている奴らも多いからな。俺の偽物がいい例だ。
だが、あいつらと同じく、タカナリに反感を持っている奴らも多い。皆を纏め上げるという話だったが、なかなか難しいかも知れないな。
まあ、そこは俺が黙らせれば良いだけの話か……。
「……のう、ザンキ殿」
ふと、茶をすすっていた村長が俺に話しかけてくる。
「ん? なんだ」
「お主、滅鬼という人物を知っているか?」
「メッキ? ……いや……知らねえが……」
俺がそう言うと、村長は、キョトンとして茶をすするのを止め、俺の方を見てきた。
「何だよ……」
「お主な……反乱軍に居る以上、普通、敵軍で一番目立って安備に被害をもたらしている者のことぐらい頭に入れて闘うものではないのか?」
村長は呆れたようにそう言う。そんなこと、言われてもな……。基本的に玄李の強さは兵力が圧倒的に、他国よりも大きいことが起因していると思っているからな。
正直、雑魚ばかりが集まっただけの軍隊など俺にとってはどうでも良い。
「こないだも三奇衆も倒したと聞いたが、この数年の間に、“猛将”も“闇斬り”や“破軍”、他多数の玄李の強者を倒していたと聞いたが……違うのか?」
「んあ?何のことだ?」
村長のつぶやきに反応すると、さらに村長はガクッと項垂れた。話によると、俺がここ数年で殺してきた奴らの中にはそれなりに名が通った奴らも何人か居たらしい。俺は基本的に向かってきた奴らをただ斬っていただけなんだがな……。
で、そうやっているうちに玄李の軍力がガクッと落ちて、反乱軍が各地で決起する要因になっていったという。
「俺の知らねえところでそんなことになっているとはな……」
「知らない間に、玄李の国自体を弱らせるザンキ殿も大概だな……」
村長は、はあ、とため息をつき、俺にそう言ってきた。
「……で? そのメッキというのは何なんだよ?」
呆れかえっている村長をこれ以上見ていると、イラつきそうになるから、俺は話を戻す。村長は茶を一口すすり、メッキという男について語り出した。
「メッキはな、“狂神”と恐れられている、玄李の将だ。凶暴さで言えば、この大陸では一番の男だろう。そんな男、玄李も放って置くわけにはいかず、長く幽閉しておった」
「幽閉?」
「……ああ。奴は戦になると女子供、老人とて容赦しない。たった一人で街一つを滅ぼしたことも何度もある。それに見かねた玄李の上層部は彼を幽閉するために討伐隊を編成したが、彼はそれを一人で壊滅させた。
……だが、その後自ら国に出頭し、牢の中に入ることになったという」
と、言われても聞いたことが無いな。話だけ聞けば、確かに凶悪性は、俺でさえ胸糞悪くなるような内容だ。ただ、玄李の将と言われたら、それくらいはするだろうと感じているがな。
ただ、その男の行動については訳が分からないな。
「何故、自分から牢の中に?」
「……詳しくは知らんが、捕まった際に彼は言ったそうじゃ。「つまらない」と……」
ああ、これは明らかに自分に酔っている奴だな。そして、殺しを楽しんでいる感じの人間だ。人間的にも反吐が出るような奴らしい。
「へえ……で、そんな奴が何で今更外に出ているんだ?」
「お主のおかげで玄李の国も慌てたのじゃろう。さらなる軍力強化のためにこの男を解放したと考えられるな。……メッキはその後、同じく獄中に居た者達を束ね、殲滅特化部隊「夜」を結成し、各地に多大な被害を及ぼしているということじゃ……」
村長はそう言って項垂れながら茶をすすっている。なるほど、そんな奴らが居るのなら、この辺りも不安になるよな。しかし、殲滅特化部隊か……。村々を襲ったり、反乱軍を潰すことに特化した部隊というわけだな。
ただ、今まで俺を襲ってこなかったところを見ると、その程度も分かる気がする。俺はずずっと茶をすすった。
「へえ~……そんな奴らが居るんだな……」
すると、村長がパッとこちらを見てまたも呆れたように俺に口を開く。
「お主な……少しは危機感というものを持たんのか?」
「危機感? 持ってはいるが、この後、俺達が玄李を落とす以上は確実に会敵する相手だろ? どうするか、どう戦うかはその時に考えるよ」
俺はそう言って、村長をまっすぐと見る。村長は何やら口をパクパクとさせているが上手く言葉が出ないみたいだ。
そう……どうせいつかは闘うんだ。だが、今すぐに闘うわけではない。今、焦っても仕方のないことだからな……。というか、今までも突然襲われることが多かったからな。いきなり戦うことに慣れてしまっていた。
「あ、相手はあの“狂神”じゃぞ! もう少し慌てても……」
「俺は“死神斬鬼”だ」
俺は持っていた椀をトンっと置きながら村長に言った。流石の村長もハッとして黙る。
「村長、敵に驚異的な強さを持つ奴が居ることを教えてくれたのは感謝する。俺を気遣ってのことだろう? それは嬉しいよ。
だが、こちらには同じく敵から驚異的となっている俺が居るんだ。だからよ、もう少し安心してくれても良いんだぜ?」
村長はジッと俺の顔を見て、フッと笑った。
「……また、我々はザンキ殿に全て任せることになるが良いのか?」
「あ~……そうだな……。じゃあ、いつでも帰ってこれるように美味い野菜と果物は常に置いておけ」
「フッ……わかった。確かに承ろう。……しかし、儂の大きな心配事というのはザンキ殿にとっては本当に小さかったもののようじゃの……」
「心配してくれるだけありがたい。俺にはもう、ここしか帰る場所がないんだからな……」
俺がそう言うと、村長は目を見開き、何か言いたげだ。何を言わんとしているかは分かる。だが、首を横に振り、俺に口を開いた。
「約束しよう……。必ず儂はこの村を護っていく。ザンキ殿がまた、帰って来られるように、いつまでも、いつまでも、護っていくぞ」
村長はそう言って俺と握手をする。おお、老人だっていうのに力強いな……。それだけ決意は固いってことだ。なら安心して良いか。
その後、村長に別れを言って、俺は村長宅を離れていった……だが、後で気づく。
……あのおっさん、何歳なんだろうか……一度気にしたら気になってしょうがない。今度トウヤにでも聞こうと思いながら、空を見る。そろそろ昼だな……。
腹が減ったので何か食い物屋はないかと村の中を歩いていると、蕎麦屋があったので中に入った。
「あ、いらっしゃ……ザンキ様!?」
店の者は俺の顔を見るなり驚いて声を上げる。
「おう、ちょっと腹が減ってな。今大丈夫か?」
「は、はい! こちらへ……じゃなかった。向こうでお連れ様がお待ちになっております」
そう言って、店の者は奥の机を差す。ん? 連れ? 何のことだと案内されるまま席に向かうと……
「あら、ザンキさん、奇遇ですね」
そこにはナツメ、ツバキ、アキラの三人が居た。三人とも普段と違って、村や町などで情報集めをするときの普通の町娘の格好をして座っていた。あ、アキラは男の子ものの格好だが……。
「ん? 何だ? 何やってんだ?」
「ちょうどお昼ですからね、今日は皆で、外で食べようと思いまして……」
「この村は反乱軍の拠点の一つだから、意外と食べる所も多いからな!」
俺の問いかけにナツメとアキラはそう答えた。へえ、変わってない様に見えて結構変わっていたんだな。と、言いつつも、この蕎麦屋は確か昔からあったような気がする。さっきの店の奴も見覚えがあるからな……。
反乱軍の拠点になれば、そこに反乱軍の兵士たちも住むようになる。庇護を求めて国中から人も集まる。
その分、いろんな店も増えたりして、活気づくというわけだ。玄李に収める税も無いので、ここでは色んな奴らが自由に商売したり、生活したりしている。
そして、こういう場所は大陸中にあり、少し前に比べて、玄李の奴らから、元三国の民たちへの被害も段々と減ってきているらしい。度々目にしていた、暴行なども、このまま減って行けば良いなあと思っている。
ふと、俺の袖を引っ張る感覚があった。……横でツバキがジトっと俺を見上げている。
「……ザンキ……黙って……行った……さみしかった……」
ツバキは残念そうにそう言った。うぅ……そんな目で見るなよ。俺だって一人になりたいときくらいあるんだからよ……。
しかもこいつ寝てたじゃねえか。起こすのも悪いと思っていたしな。
ちなみに、目を覚ましたツバキは、俺が居ないことに気付き、また俺が出て行ってしまったとかなり慌てたようである。それをアキラが止めて、ナツメが諫めてもなお、ツバキはブスッとしていたので、気分転換にここに来たと語った。
流石に申し訳ないと思った俺は、持っていたかごをゴソゴソとする。さっき貰ったものの中で良いものがあるからな。
「悪かったな、ツバキ。ほら、これあげるから許してくれ……」
俺はかごから竹の皮で包まれたあるものを取り出す。それは桃大福といって、この村の特産品の一つだ。まだあったんだな、と思い、貰ったときは嬉しかった。
よく仕事の土産でサヤとカンナに渡すと二人はすごく喜んでいた。ちなみにこれは三個ずつで売っている。毎回、俺が食うかエイシンが食うか取り合いをしていた。
俺が桃大福を渡すとツバキはそれをパクっと食べて、無言になった。そして、袖から手を放し、自分の席に座った。
「……納得したみたいだな」
アキラはツバキを見てそう呟いた。なら、良い。その後、ツバキを止めてくれたらしい、ナツメとアキラにも桃大福を渡すと、二人もおいしいと言って食べてくれた。……俺の分がなくなったな。後で買おう。
そして、俺も三人と同じ席に座り、蕎麦を頼んだ。そして、机に頬杖をして外をぼーっと眺めている。
……そういや、俺はどうやって運ばれたんだろう。俺の家からここまでって結構距離あるよな。馬車でもあったか? などとどうでも良いことを何度も何度も考えていた。聞けば、傷の治療は、あの屋敷で終えて、その間に呼んできた村の若い衆や反乱軍によって、荷車で運ばれたという。本当に世話になりっぱなしだなあと思いながら、笑った。
すると、やはり昼飯時だからか、蕎麦屋の中は客でいっぱいになっていく。客は入ってくるなり、俺を見て驚き、何人かは声をかけつつ、俺にいろいろと渡してくる。俺はありがとうとそれらを受け取り、かごの中に入れていった。お、桃大福もあるな……。買う必要がなくなった……。
しばらくすると、三人の蕎麦が先に来る。ナツメとアキラはかけ、ツバキはもりだった。ツバキはワサビが苦手らしく、ネギとゴマだけをつゆに入れた蕎麦を食っている。
アキラは、まあ見た目通りだが、ナツメは意外にも割と豪快に蕎麦をすすっていた。大きな音を立てている。妖しさすら漂うような美女がそんな感じで蕎麦をすすっているということで、客の中にはちらちらとこちらを見てくる奴が多い。やはり、ほとんど男だ。女を連れている奴は、それぞれ、叩かれたり、耳を引っ張られたりしている。
何となく、心の中でそいつらに謝っておいた。
その後、俺の蕎麦も来た。持ってきてくれた女が、いつもの感謝です、と言って、野菜のてんぷらとおにぎりを置いていってくれた。俺はありがとうと、それらを受け取り、蕎麦を食い始める。
ちなみに俺も、ツバキと同じく、もりだ。ツバキがワサビを残していたのでそれも貰い、つゆに溶いて蕎麦を食べた。……ああ、美味いな。ついでにてんぷらもつゆで食ってみる。ワサビを多めに入れたおかげで、てんぷらなのにあっさりと食える気がする……。
そうやって食べていると、アキラが俺にもくれ! というので分けてやった。すると、アキラは涙目になり、鼻を抑えた。ワサビが強いところに当たったようだな。俺はアキラに水をやると、ごくごくと飲んで、アキラは落ち着いた。
「はあ、はあ、はあ……よくこんなの食べれるな」
「ん? 俺にとってはちょうどいいんだが……ツバキも食うか?」
「……嫌」
「……だよな。ナツメは?」
「では、いただきますね」
そう言って、ナツメはてんぷらを俺のつゆにつけて食べ始める。アキラが、慌てたようにナツメを止めようとするが、遅かった。ナツメの口の中にてんぷらが入っていく。だが、しばらく食べてもナツメは取り乱さない。
「ん~……ワサビの効いていて、とてもさっぱりと食べれますね」
「え、姉さんは大丈夫なのか?」
「これくらいは平気よ」
茫然とするアキラにナツメは優しくそう答えた。なるほど、お子様には刺激が強かったらしいな。
俺はそう思い、また蕎麦を食い始めた。
◇◇◇
「っはあ~食った、食った」
蕎麦を食べ終えて、アキラは満足そうだ。俺も食事を終わらせて、これから何をしようかと思いながら水を飲む。
「……さて、三人はこれから何するんだ?」
取りあえず、ナツメたちにそう聞いてみた。何か手伝えることがあるならそっちを優先したいからな。
「私達は家に戻って、晩御飯の準備です。先ほど頭領から文が届き、今日の夕方には戻って来られるそうなので」
ナツメはそう答えた。じゃあ、俺は薪割でもしようかと伝えると、大丈夫ですと言われたので、ひとまず、俺は自由にしておこうという話になった。
だが、ツバキが俺についていきたいと言って聞かなかったので、昼からはツバキと共に行動することになった。
ついでに、ナツメにかごを渡す。晩飯の足しにでも使ってくれというと、ナツメとアキラは買い物する必要がなくなったと言って、快く受け取ってくれた。
「じゃあ、そういうことでな。俺達も夕方前には家に帰るよ」
「分かりました。……では、また」
「じゃあな! ツバキ、ザンキ!」
俺達はそう言って別れた。……さて、昼からはどうしようか、と考えていると、やはり隣のツバキが気になった。ツバキはジッと俺を見ている。
「ツバキ、何かしたいこととかあるか?」
「……ザンキが……したいこと」
俺の問いにツバキはそう答える。思い浮かばねえから聞いてんだがな……。まあ、いいやと笑って、ツバキの頭を撫でる。……さて、どうしようかと思ったが、しばらくして、あることを思いついた。
「よし、じゃあ俺についてきてくれ」
「……分かった」
そして、俺とツバキは村の中を歩いていった。やはり、まだ声をかけられるな。俺は嬉しいが、ツバキはどうだろうと思って、ツバキを見るが、気にしていないようだ。むしろ、どこか嬉しそうにしている。
一日中ずっと、こいつと二人で居るとそういった些細なことも分かるようになってくる。
話しかけてくる者の中には子連れも居る。子供がツバキを見て手を振ると、ツバキも恥ずかしそうに手を振っていた。すると、手を振られた子供はニッコリと笑い、それを見ている子供の親と俺は何となくほっこりする。
カンナをここに連れてこられなかっただけにこういうことがあると少し嬉しくなった。
そうしているうちに目的の場所につく。そこはよろづ屋だ。やはり反乱軍の拠点らしく、日常でつかう鍋や着物から、武器や鎧兜まで何でもそろっている。
俺は、療養中ずっと俺に付き添ってくれていたツバキに何か買ってやろうと思っていた。中へ入ると、やはりなんでもある。
そして、予想通りというかなんと言うか、店主の男と奥さんだろうか、女が俺を見て驚き、話しかけてきた。
「あ、ザンキ様! ご回復なさったので?」
「ああ、心配かけたな」
「いえいえ、ご無事で良かったです」
俺の体を見ながら胸を撫で下ろす夫婦。反乱軍で使うものなどを売っているとは言え、この二人も昔からこの村に住んでいた者で合っていた。俺が覚えているこの店の店主はよぼよぼの爺さんだったが、あの爺さんの子どもか何かだろうか。
姿が見えないが、この間に死んだのだろう。だがまあ、これが売り物かよ、と思ってしまうようなボロボロの道具を売っていたあの店が、こんなにも立派になったというのなら、あの爺さんも、草葉の陰から満足そうにしているだろうと思い、笑った。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「ああ、ここに居るツバキに何か買ってやろうと思ってな」
俺はそう言って、ツバキの頭にポンっと手を置く。ツバキは驚いた表情で俺を見ている。
「ん、どうした? ツバキ」
「……いいの?」
「ああ、ここ最近の礼のつもりだ」
不思議そうな顔をするツバキにそう言うと、ツバキは薄く笑って、嬉しそうにした。
そんな俺達を見て、店主の奥さんの方がポンと手を叩く。
「それでしたら、ちょうど良いものがございますよ!」
そう言って、俺達を女は店の奥へと案内する。そこは女物の小物などが置かれた棚だった。
「えっと……こちらなどはいかかでしょうか?」
俺達は女が差した個所を見てみる。そこにはきれいなかんざしが幾本も置かれていた。かんざしか……確かにいいな。こいつの場合、潜入とかで変装するときにも使えそうだし……。
正直、何か良い武器があれば良いなと思っていたが、今考えると愚策だな。色気も何も無え……。
俺は女に頷き、ツバキに聞いてみる。
「さあ、ツバキ、どれがいい?」
ツバキはジッと並べられたかんざしを見ている。一つ一つ吟味するように見ている。時々、女のこういうところを見ると驚くことがある。何せ、俺には何が違うのかよくわからねえからな。どれも等しく、美しく感じるが……。そんなことを思っていると、ツバキがこちらを向く。
「……よくわからない」
ツバキは困ったようにそう言った。お前もかい……。心の中でそう思った。俺も困ったなと思い、奥さんに視線を移す。奥さんはわかりました、とでも言うように頷き、ツバキをじっと見つめ、並べられたかんざしを何本か手にとる。
「えーっと……ツバキ様、でしたね。少しこちらを見て、動かないでくださいね」
奥さんにそう言われ、ツバキは言われたとおりにする。ツバキに見つめられた奥さんは一瞬ドキッとしたみたいだが、すぐさま我に返り、手にしたかんざしをツバキの顔の横に並べて色々と考えている。
無理もない。ツバキは俺でさえ美少女と思うくらいだからな。あんな近くで見つめられると、同姓でも動揺してしまうか……。だが、それをかみ殺して仕事をするさまは立派だと思うぞ……。
それからしばらくして、奥さんは、よし、と言って、ツバキに一本のかんざしを渡す。
「こちらはいかがでしょうか。本体は木ですのでつけても重たくはないと思います。飾り部分には翡翠と紅玉を使って……このように、椿の花をかたどったものです。……貴女にぴったりと思いまして……」
ツバキはそう言われて、かんざしをジッと見た。ついでに俺も覗いてみる。おお、綺麗だな。それに椿の花の飾りか……奥さん、なかなか粋なことをするじゃないか。
よく手が込んでいるのが素人目にも分かる。……だが、翡翠に紅玉か。少し心配になり財布の中を見てみる。うん、問題ない。俺は基本的に金をあまり使わないからな。傭兵稼業で金は充分溜まっている。大丈夫だ……と思う。
すると、かんざしをジッと見つめていたツバキが口を開く。
「今……つけたい……」
ツバキはそう言って、奥さんの方を見た。奥さんはわかりましたと言って、ツバキをどこかへ連れて行く。俺の方はかんざしがつけられるまでは暇なので、取りあえず他のものを見ようと武具が置いてあるところを見ていた。
普通の刀も置いてあったので何本か手に取ってみたがやはり落ち着かないな。俺には無間で充分だ。あ、そうだと思い、防具の棚を見てみる。こないだ斬られたばかりだからな。俺もこういうのつけた方が良いのかと思っていた。
だが、店に置いてあるものはどれも俺には大きすぎて、付けたら動きづらそうになるものばかりだった。さらに言えば高い。まあ、その辺りはトウヤにでも頼めば何とかなるか。わざわざここで買う必要もないよな……。
そう思い、色々見ているうちに奥さんに連れられて、ツバキが戻ってきた。
「あ、ザンキ様、お待たせいたしました」
奥さんはそう言って、俺に頭を下げる。俺は奥さんの後ろに隠れるようにしているツバキを覗き込んでみた。
「おお……」
思わず言葉が出なかった。ツバキはいつも下ろしていた髪を上げ、そこにかんざしをつけていた。ツバキが動くたびに、かんざしはキラキラと輝いている。いつもと違うツバキに俺は言葉を呑む。
ツバキは恥ずかしそうに、
「ザンキ……どう?」
と言った。ツバキも嬉しいのか、恥ずかしながらも、どこか嬉しそうだ。……うん、可愛いな。サヤがすぐ仲良くなろうとした気持ちが良く分かる。
俺は同じくうっとりしている奥さんと、店主の方を向いた。
「よし、買った」
「「即答ですか!?」」
俺の言葉に、流石夫婦だ、二人そろって驚き顔を見せてくる。
「ああ、買う。こんなにツバキが可愛くなるんなら、俺は買うぞ!」
俺がそう言うと、ツバキが目を見開き、小走りになって俺に近づいてきた。
「ザンキ……嬉しい……」
ツバキはそう言って、ニコッと笑った。そして、俺は言われた額だけの金を出して、そのかんざしと、これに合う着物を奥さんに見繕ってもらってそれも買った。すべての買い物が終わり、嬉しそうにしているツバキを横目に見ながら、俺は店主と奥さんに礼を言うと、二人はこちらこそと言って、俺に頭を下げた。
そして、ふと、思い出したことがあったので二人に話しかける。
「あ、そうだ。頼みたいことがあるんだが」
「え、あ、はい、なんでしょう?」
「俺の家にあったサヤやエイシン、カンナの着物……ほかにも小物や家具などここで引き取って欲しいんだが……」
俺がそう言うと、二人は目を見開き、俺を見ている。
「……よろしいのですか? それは……」
「ああ、俺にとっては思い出の品ってことになるな……。だが……もう、良いんだ」
二人の俺を気遣う言葉に俺はそう答えた。いつまでもあそこに置いておいてこないだの奴らみたいな、わけのわからねえ奴らに使われるくらいなら、とっとと売ってしまった方が良いと考えていたからだ。
店主は俺の言葉を聞き、しばらく考え込んだが、
「かしこまりました。しかし、我々が回収に行くのは少々不安ですので、この村に居る、ザンキ様を慕っている傭兵や反乱軍の方々にでも頼んでおきます」
「ああ。……ありがとうな」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
頭を下げる俺に店主と奥さんはそう言って、俺に頭を下げた。
そして、俺はツバキを連れて店を出ていく。出ていく際に、奥さんがツバキに、私も撫でていいですか? と、聞いて、ツバキがそれに頷くと、奥さんは嬉しそうに、感慨深げにツバキを撫でて、ありがとうございます! と言っていた。おいおい、ツバキは縁起ものか何かか? と、俺と主人は笑っていた。
さて、村の中を再び歩いていると、村の奴らが、かんざしときれいな着物を着て嬉しそうに歩くツバキと、横の俺を見て、なにやら嬉しそうな顔をしている。
よく見るとほとんどが、この村の大人たちだ。若い者達や、反乱軍の者達はなんのことだかわからないという目でその者達を眺めている。
ああ、そう言うことかと思い、俺は笑っている奴らの方を向いて手を振った。
あの時の約束……これで果たしたことになったかな。
なんて思いながら、俺は歩いていた。さて……そろそろ夕方だな。ハルマサたちにもさらに綺麗になったツバキを見せびらかしたいなと思い、俺達は家へと歩いていく……。




