第82話 ムソウの過去―ハルマサに謝る―
……目を覚ますと、どこかの家の天井が目に入る。どこだろう……。少なくとも俺の家ではないことは分かった。俺は起き上がろうとする。だが、身体に力が入らないし、特に、腹の所が重い。……あと痛い。そりゃそうか。斬られたんだもんな……。よくあれで生きられたものだな。……あれから、どのくらい眠っていたのだろうか……。
それで、腹の所を見てみると、長い髪の女の子が俺の上で寝ていた。……誰だ? と思ったが、そいつの寝言が聞こえて、ハッとする。
「ん……ザンキ……ザンキ……」
聞き覚えのある声だ。俺が斬られた際、いつにもまして喋っていた奴。
……え、こいつ、ツバキか? いつも顔を隠し、ぼそぼそと喋っているし、頭巾をとっても、大抵その時は変装しているときだから、素顔はあまり見たことなかったから、驚いた。……結構美少女じゃねえか。柄にもなく、ふと、そう思った。
こいつ……そんなんで俺の所に寝ていたら、俺が勘違いされるぞ。それに、俺の名前を呼ぶって、どんな夢見てんだよ。取りあえず、起こそうと思ったが、疲れてそうだったから、そっとしておいた。
ツバキを起こさないように、ゆっくりと体を起こして、改めて、自分の体を見てみる。斬られたのは腹だけだったので、それ以外は何ともなかった。以前に付けた傷には布が当てられ、その上から包帯を巻かれている。
最後に、俺は自分の掌を眺めた。まだ、あの温もりは残っているようで、全体が温かく包み込まれるような感覚になった。
……ありがとう……
そして、すやすやと眠っているツバキの体をよく見てみる。多少の傷はあるが、どこも、異常は無いようだ。少なくとも今の俺よりも、元気そうである。
本当に、良かったと安心し、ツバキの頭を撫でた。
ガタっ!
突然、何かが落ちる音が聞こえる。音がした方を見ると、女がお盆を落とした音だった。女は目を見開いて、俺を見ている。
……どこかで見た女だな……。どこだっけ?
「あ……あ……」
「……?」
女は俺と目線が合うと、うろたえているようだ。俺が不思議そうに首を捻ると、女は駆け出して、どこかへ去ってしまう。
「ナツメ様! 皆さま! ザンキ様が……ザンキ様が目を覚ましました!」
「本当か!!!」
すると、どたどたと大勢の足音と共に、先ほどの女と、タカナリ、ハルマサ、ナツメの三人が部屋に来た。
「おお! ザンキ! 元気にな――」
「……」
ハルマサが俺に声をかけようとしたので、俺は黙って口元に指をやった。ハルマサは黙り、不思議そうな顔をしている。俺は寝ているツバキを指差した。皆はぽかんと俺を見ている。
すると、ハルマサがフッと笑って、ツバキを抱えて、隣の部屋へと行った。
その様子を見ていたタカナリはふう、とため息をつき、少し抑えた声で俺に話しかけてくる。
「……気分はどうだ? ……ザンキ殿」
「……ああ……大丈夫だ」
タカナリの言葉に俺はそう言って頷いた。すると、タカナリとナツメは目を見開き、俺を見ている。
「ザンキ殿……お主……」
「ああ……もう……大丈夫だ……タカナリ……いろいろと……すまなかった……」
俺が話しているということに、驚いているタカナリは頭を下げた。
……タカナリには本当に迷惑をかけた。……かけ続けたんだと思う。だから、この際にきちんと謝っておこうと思った。
だが、タカナリは逆に、目に涙を浮かべて俺に近づいてくる。そして、俺の元で跪いた。
「私の方こそ……すまなかった……ザンキ殿……あの時……私が居たにも関わらず……私は……お主の……」
俺は泣き崩れるタカナリの肩に手を置いた。
「もう……何も言うな……後悔だけが……生まれるだけだ……お前は……俺みたいになるな……俺みたいにならなかったおかげで……俺は……お前に……
だから……もう大丈夫だ……お前の……おかげだ」
俺がそう言うと、顔を上げるタカナリ。そして、頷いて涙を拭った。
「……さあ、ナツメ、ザンキ殿の様子を」
「はい、頭領」
タカナリに促され、ナツメは俺の傷を診る。包帯が取れていくと、俺の偽物が斬った傷が良く見えるようになった。それを見て、俺は驚く。
傷が縫われているようだ。それにより、傷の周りは思ったよりも綺麗な状態だった。まだ、少し痛むが、とりあえず、意識ははっきりしている。
「これは……」
俺は傷を診ているナツメの顔を見た。
「こちらは、安備の国の東の国の医術の一つです。斬られた体の中を直接縫うことで傷を塞ぐものなのですが、ザンキさんの場合は、表面を斬られているだけでした。
内臓まで刃が届いていたら厄介でしたけどね……ですからそこを縫うだけで処置は終わりました。本当に……無事でよかったです。……さあ、こちらの薬を……」
ナツメはそう言って俺に粉薬と水を渡してきた。俺はそれを受け取り、口にした。かなり苦いが、それを水で流し込み、俺は一息ついた。
「すまないな……ナツメ」
俺がそう言うと、ナツメはハッとして、微笑む。
「……ザンキさんからお名前を呼ばれたのは初めてですね。……しかし、礼ならあの子に、ツバキちゃんにもお願いします……」
俺はナツメの言葉に首を傾げた。すると、タカナリが俺に教えてくれる。
「お前が斬られ、意識を失った後、六日も寝ずにお前の番をしておった。自分もケガをしておるというのにな……」
タカナリはそう言って、隣の部屋を見る。そうか……俺はそんなに長く寝ていたのか……。ツバキには悪いことをしたな……。
「……わかった。きちんと、伝える」
俺の言葉にタカナリとナツメは頷いた。
「よ~、それで、結局気分はどうなんだ?」
と、ここで、ハルマサが陽気に入ってきた。ハルマサを見ると、タカナリとナツメはため息をつく。俺はハルマサを見て、
「ああ……大丈夫だ……済まねえな……」
と、頭を下げた。ハルマサはそうか、と頷き、俺の前に座った。
……倒れる直前まで喧嘩をしていただけに、なかなかに気まずいが、しばらく部屋に沈黙が続いた後、俺は決心した。
「タカナリ……ナツメ……あと……そこの女……悪いが……外してくれ……」
俺がそう言うと、タカナリは何か言おうとしたが、ナツメに肩を叩かれ、しぶしぶと言った感じで出ていった。それを見て、女も出ていく。部屋を出る際にチラッと俺を見た後、胸を撫で下し、出ていった。……何だ? まあ、いいか。
そして、部屋には俺とハルマサの二人しかいなくなった。
「……ハルマサ」
「ん? なんだ? ザンキ……」
長い沈黙の後、俺は口を開いた。ハルマサは笑いながら、俺の方を見ている。
「本当にすまな――」
俺が謝ろうとすると、ハルマサは俺の前に手を出した。
「ザンキ、謝らなくていい。あの喧嘩のことを気にしているなら、謝らなくていい。
俺は気にしていない。あの喧嘩のおかげで、お前の本音ってやつを聞けたから、もういい」
「だが……俺はお前にひどいこと……」
「気にすんな……確かにお前は俺のことを知らない。皆のことを知らない。お前は俺達にどれだけ酷いことが、辛いことがあったのか、知らない。
だが、俺達だってお前のことは知らない。……知らないのに、俺の方こそ、お前に強く言い過ぎた。だから……お相子だ!」
ハルマサはそう言って、ニカっと笑った。俺はそれを見て、目を見開き、こいつの器のデカさに驚いている。そして、
「分かった。俺はもう、お前に謝らない。……だが、その代わりに……」
「……?」
キョトンとするハルマサに俺は手を差し出す。
「これからも……よろしくな」
俺がそう言うと、目を見開いて、俺の顔を見るハルマサ。そしてガシッと俺の手を握った。
「もちろんだ! こちらこそ、頼むぞ! ザンキ!」
ハルマサは笑顔でそう言ってくれた。
皆を喪ったあの日から七年あまり……。俺にまた、護るべき存在と、背中を預けられる仲間が出来た瞬間だった。
タッタッタッタ……
俺とハルマサが握手をしていると、廊下を走る音が聞こえる。何だと思い、俺とハルマサは廊下の方を見た。すると、ガラッと勢いよく襖が開いて、そこから小さな影が飛び込んでくる。
「うわっ!!!」
その影は、ハルマサを突き飛ばした。ハルマサは頭を壁にぶつけて気絶した。そして、俺の上に何かが乗ってくる。
「うおっ! ……あ、痛ててて!!!」
あまりの衝撃に、傷が痛む。俺が悶絶していると、そいつは泣きながら、口を開いた。
「ザンキ! 大丈夫!? 平気なの!?」
声の主はツバキだった。ツバキは俺の上に乗り、肩に手を置いて、揺さぶってくる。
「痛い痛い! は、離れてくれ~~~!!!」
「やっぱり、まだ痛むの!? ナツメ~~~!!!」
ツバキは廊下の方を向いて叫んだ。何ごとかと、ナツメ、タカナリ、アキラ、トウヤが入ってくる。皆は口を開けて、ツバキと俺を見ていた。
「ナツメ、ナツメ! ザンキが……まだ、痛むって!!!」
ツバキは俺を指差し、泣きながらナツメに叫んだ。俺はナツメにどうにかしてくれと、痛みに悶絶しながら、目で訴えた。ナツメは、はあ~とため息をして、アキラとトウヤに何か言う。二人は呆れ顔になり、ツバキを抱える。
「ちょ……二人とも! なにするの!」
「はいはい、ツバキちゃん、ザンキさんから下りような~」
「ツバキさんが下りるとザンキ様の容体が良くなるという療法です」
そう言って、二人はじたばたするツバキを俺から下ろし、ナツメの前に連れて行く。ナツメはツバキの額を指で突いて、
「おバカ! 傷口が開いたらどうするの!?」
と、詰問した。ツバキは俯き反省している。ナツメとタカナリはため息をついて、俺の方に近づいた。それに続き、アキラ、トウヤ、ツバキの三人も俺を囲うように座った。ハルマサはまだのびている……。
ナツメに再び傷口を診てもらった。傷口は開いては無いらしい。良かったと皆ほっとしているようだ。特にツバキは、良かった、良かったと泣いている。いや、泣きたいのは俺だ。危うくまた死にかけたぞ……。
……あ、死ぬのが嫌になってるな……当たり前か。生きているんだもんな……。
俺はそう思い、ツバキの頭を撫でた。
「ありがとうな、ツバキ。ずっと診ててくれたんだろ?……おかげで元気になった」
俺はツバキに礼を言って、笑った。ツバキはハッとして、俺の頬に手を当てた。
「ザンキ……笑ってる……初めて……話してる……嬉しい……」
ツバキはいつもの調子に戻り、片言で喋り出した。だが、表情は俺も見たことがない笑顔だった。俺ですら可愛いと思うツバキが笑うと、さらにかわいく見える。
皆はそんな俺達を見て、目を見開く。
「すげえ、ツバキちゃんが笑ってるとこ、初めて見た」
「僕もですよ、アキラさん。正直、ザンキ様がまた笑いながら話せるようになったことよりも驚きです……ナツメさんはどうですか?」
「ええ、私も初めて見ました……こんなに愛らしく笑うとは……」
「ふむ……私もだな。ツバキを笑顔にするとは……やはりザンキ殿はすごい人物だな。はっはっはっは!」
皆がそれぞれに話し、最後にタカナリが笑うと、皆も笑った。
あれ……俺が話し出したことは特に驚かねえのか……俺が笑ったことは特に驚かねえのか。なんとなく俺は微妙な気持ちになった。
「大丈夫? ……ザンキ……顔色……悪い」
ツバキは俺がそんなことを思っていると、心配して俺の顔を覗き込んでくる。近いな……。
「だ、大丈夫だ。大丈夫だからツバキ、そんなに寄らないでくれ……」
俺は照れてそう言うと、わかったと言って、ツバキは俺から離れていく。皆はそれを見て、また微笑んだ。
すると、部屋の外から声が聞こえた。
「失礼します……ザンキ様がお目覚めになったと知り、村長が参られております」
部屋の外からは女の声でそう聞こえてくる。タカナリが俺の方を見て、俺が頷くと、
「ああ、こちらは大丈夫だ。一人気絶している男が居るが、居ないものとして気にせず入ってこられよ」
と、言った。ハルマサ……いい加減目を覚ましてくれ……。
襖がガラッと開くと、先ほどの女と共に、白髪の老人が立っている。老人は俺を見ながら、目を輝かせた。
「おお、ザンキ殿……無事に目が覚めたのだな」
俺の正面に座る老人を見ながら、この爺さんもどこかで見たことがあるなあと思った。俺が首を傾げていると、トウヤが口を開く。
「この方はこの村の長老です。……この村は僕の故郷なんですが……ザンキ様……覚えてはいませんか?」
トウヤはそう言って俺の顔を見てきた。覚えてって……何のことだと思っていると、トウヤは、部屋のタンスを開けて、そこから何かを取り出す。
それは、一本の小太刀だった。鞘には炎の紋様が描かれ、柄や鍔には龍の細工が施されている。
俺がカンナの誕生日のために、仕事でよく来ていた村の職人に頼んで作ってもらい、その時から、ずっと持っていたものだった。
「……それ」
「……ええ、この小太刀は父がザンキ様の息子さんのために作ったものです。ザンキ様のお荷物の中からこれが出てきた時は驚きました……」
トウヤはそう言って、俺を見た。……そうか。トウヤはあの鍛冶屋の息子だったか……。確か、これを受け取った日に一度目にしたな。俺に小さく手を振っていて、俺はその時、またここに来るときはカンナの遊び相手になって欲しいなと思っていた。あれが、トウヤというわけか。
……ということは……
「……じゃあ、あんたは……あの時の……」
俺は村長の方を向き尋ねると、村長は頷いた。
「……あの日の、ザンキ殿の嬉しそうな顔は忘れもせん。……タカナリ様の家が襲撃に遭い、タカナリ様は行方不明、ザンキ殿も、サヤ殿もカンナ君も生死不明と聞かされた時は、儂らも悲しんだ……。
じゃが、きっと生きている、また家族でこの村に来てくれると、そう信じておった。その後玄李の国が安備の国を滅ぼしても、儂らはずっとお主らの帰りを待っておった……」
村長は俺の顔を見ながらそう言った。トウヤも隣で頷いている。
「そして、お主が生きていることを知ったときはどれだけ喜んだか。村の多くの人間がザンキ殿に会いたいと言って、次々に反乱軍に加わっていった。
儂も、何かできることはないかと思い、元安備の国の住民たちを集めるようになった。皆、ザンキ殿や闘鬼神の世話になっていた者達だ。彼らもまた、ザンキ殿に会うことを望んでいた」
村長によれば、この村は元安備の国の者達が、それぞれ住む場所を失い、大陸中をさまよっているところを、村長の呼びかけに応じて集まってきた者達により形成されているという。
玄李の者達により、親や兄弟、恋人や友達を失った者達も多いからな。
……トウヤもそうらしい。トウヤの親……カンナに渡すために、と小太刀を作ってくれた鍛冶屋のおっさんは、七年前、玄李の国の者達に、優秀な技術者として連れ去られたという。その腕を以って軍備強化をしたかったのだとか……しかし、
「……父は、「ザンキ殿を殺した玄李の者に手を貸すなどしない!」と言って、玄李の要望に応じませんでした。その後投獄され、獄中にて死んだそうです……」
トウヤは悲しそうにそう言った。おっさんが死んだのは三年ほど前……つまり、俺が生きているということが知れ渡った時、各地で反乱の狼煙が上がった時である。この村は、そのおっさんのおかげで、大陸統一時はまだ、玄李の者達も手を出せなかったという。
そして、反乱軍が立ち上がると、この村は反乱軍の庇護下に置かれ、この七年間、難を逃れ続けたという。
「トウヤの父親が居たから、儂らはこうして、この村で再び、ザンキ殿に会えたのじゃ」
村長は最後にそう言った。その後、トウヤは死んだ父親の無念を晴らすため、反乱軍に参加したという。
俺はトウヤを見た。トウヤは俺を見ると一礼した。だが、頭を下げるべきは俺だ。俺を信じてくれたこいつの父親が居たから、俺もここに来ることが出来たんだ……。こいつら親子にはいくら感謝しても足りない……。
「二人とも、今までありがとう。……トウヤ、お前たちのおかげで俺にも帰る場所ってのが出来た。……本当に礼を言う」
俺はそう言って、二人に頭を下げた。二人はほっとしたような、安心したような目で俺を見て、もう一度礼をした。
その時、どたどたと廊下を走る集団の音が聞こえた。何ごとかと皆は廊下の方を見る。すると、この村の連中だろうか、大勢の人間が入ってきた。
ん? その中には反乱軍の奴らも居るみたいだ。何人か見覚えのある顔が見える。タカナリや皆は口をあんぐりと開けて、その光景を見ていた。
「ザンキ様が元気になったって!?」
「お加減はどうですか!?」
「今朝採れたばかりの新鮮な野菜だよ!」
「おお! ザンキ殿が目覚めてるぞ! ザンキ殿、できることがあれば何でも言ってくれ!」
「部隊総出でお役に立ってご覧に入れます!!!」
などと、入ってきた奴らは口々にそう言った。どうやら見舞いに来てくれたらしい。何人かは手に、野菜や果物を手にしている。
……ああ、そう言えば、カンナの誕生日の時にも、この村の連中は、食料を届けていたな……。
ふと、部屋に入ってきた奴らの顔を見渡すと、昔見たそのままの……いや、少し老けたかな……ほとんど変わらない笑顔が見える。
生きていたんだな、と俺は心の中でホッとしていた。
「ほら! サキちゃんもそんなところで畏まってないで! こっちに来なさいよ!」
一人のおばさんが、先ほどから、村長の後ろで正座している女に声をかける。サキと呼ばれた女は、だ、大丈夫ですとか言いながら、そのおばちゃんに手を振っていた。
あ、思い出した。どこかで見たことがあると思ったら、俺の家で、飯を待っていた俺達を呼びに来た女中の中に居たな。俺と目が合うと、なんか様子がおかしかったが……。いや、でも以前にも見たことがあるんだよな……どこだっけ?
俺が不思議そうな顔でサキを見ていると、サキは俺に気付き、ニコッと笑った。
「……なあ、あんた……以前に会ったことあるか?」
俺がそう聞くと、サキは頷く。ああ、あるんだ。しかし、どこだ? いつだ? さっぱり思い出せない。そう思っていると、サキは口を開いた。
「私は小さかった頃、よくカンナ君と遊んでいた者です」
サキはそう言って、胸に手を置いた。
……あ、思い出した。昔、カンナが好きな子が出来たって言って花を贈ったけど、あくる日に、恋人を連れてきた女の子が居たっけ。カンナは相当落ち込んだらしく、俺とサヤが元気にするまで夕暮れ時までかかったんだよな。
「お前……あの時の女の子か?」
「はい! ……カンナ君からお花を頂いたことは今でもしっかり覚えています」
「ああ、やっぱりその時か。……恋人とは今はどうなんだ?」
俺がそう言うと、サキは笑って、群衆の中の一人の青年を差した。俺がそちらを向くと、青年は俺に一礼する。
「夫です」
サキはそう言ってニッコリと笑った。……まさか、夫婦になっているとはな……。あの時の、衝撃を受けて、硬直したカンナを思い出し、俺は少しおかしな気持ちになっていた。だが、まあ知り合いがそう言う関係になるのは嬉しかったからとりあえず、二人にはおめでとうと伝えておいた。
さて、なおもがやがやする群衆が見舞いの品を持って、俺に迫ってくると、突然、ツバキが群衆の足元にクナイを投げ、群衆の動きを止めた。
「騒がしい……ザンキ……寝起き」
ツバキはそう言って、群衆をキッと睨む。皆は、うっ、と言って、黙り込んだ。
「……くっ! ……はっはっはっはっは! って、痛ててててて……」
俺はその光景が面白くて、思わず、大きく口を開けて笑った。……何年ぶりに笑ったのだろうか……。ここまで声を上げて笑ったのは、本当に久しぶりだ……。
だが、笑っていると、傷口がひどく痛み、腹を抑える。俺は笑いをかみ殺そうとするが、出来なかった。この光景が楽しすぎたからな。
皆は、突然笑い出した俺に驚くも、痛みに悶絶すると、何やら慌てだした。ツバキはまたグイっと俺に顔を近づける。俺はツバキを止めて、頭を撫でた。
そして、顔を上げ、皆を眺めた。
「……ただいま」
皆は、一瞬キョトンとしたが、すぐに俺に頷いて、口々に、おかえりなさいと言ってくれた。中には涙を流している者も居る。タカナリも涙を流し、うんうんと頷いている。
……ようやく、ここに帰ってこれた。




