第81話 ムソウの過去―忘れ物―
「……ンキ……ザンキ君……」
……誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。妙に懐かしい声だ……。
「ザンキ君……ザンキ君……」
誰だよ……今眠てえんだ……。あまり耳元で騒ぐんじゃねえよ……。
「起きて! ザンキ君!」
「うるせえな! なんだよ!」
俺はガバっと起き上がる。そこは、俺の家の寝室だった。ふと横を見ると、サヤが、怯えた表情で俺を見ていた。何故だかサヤはいつもよりきれいな着物を着て、かんざしをつけている。うっすら化粧をしているようだ。
「……あ」
「ザンキ君……怖いよ~……」
「あ……いや、すまねえ!」
サヤは、も~うと言いながら俺に近づく。
「今日は大事な日でしょ!? 寝坊するなんて、ひどいよ!」
サヤは俺の顔をジッと見てそう言った。俺はキョトンとする。大事な日……何だっけ?
「え、今日、何かあったっけ?」
俺がそう言うと、サヤは信じられないという目で俺を見ている。
「何言ってんの!? 今日はカンナの誕生日でしょ! これからタカナリ様の所に行くんだから、早く準備して!」
サヤはそう言ってグイっと俺を引っ張った。あ、いけねえ……今日はタカナリの家でカンナの誕生日を祝うんだったな。
カンナが生まれてもう十年か……。てことは、サヤと夫婦になって今年で十年か……。
……色々あったな。
「……サヤ」
「え、何……」
俺はサヤを抱き寄せて、そのまま唇を重ねた。サヤは一瞬驚くが、すぐ俺に身を寄せる。最近、あまりやらないからこんな感じだっけ、と頭の中では思っていたが、表に出さず、そのままサヤを抱きしめた。
そして、俺達は顔を見合わせてお互いにクスっと笑う。
「……もう、いきなり何?」
「いや……なんとなくだ」
……うん。やっぱり、恥ずかしかったな。ただまあ、何にしても、コイツと十年夫婦でいれたことはとても嬉しいことで、幸せなことだと、改めて感じた。
すると、ここで、バタンッと大きな音がした。俺達は驚き、音のした方を見ると、襖が倒れて、闘鬼神の奴らが倒れている。後ろには、あ、という顔のエンヤが居た。
「痛ててて……だから押さないで下さいと言ったじゃないですか……」
「うるせえな! お前らが邪魔でよく見えなかったんだよ!」
「え、頭領も見たかったのか……?」
「何だよ……悪いのか?」
「いや、悪いというわけじゃないが……その……」
「何だよ……?」
「いやあ、やっぱり頭領にも女らしいところあるんだなと思――」
エンヤは最後の奴が言い終わらないうちに、前に居た、三人にげんこつをくらわせた。三人は、うめき声をあげて、その場で倒れた。
そして、エンヤは俺達を見て、ニッコリと笑って、手を上げた。
「よう! お二人さん!」
起き抜けに騒がしい奴だ。よう! じゃねえよ。俺はそんなエンヤを怒鳴る。
「てめえ! 何、人ん家壊してんだ! 大体、何で、ここに居るんだ!?」
「おいおい、久しぶりに会ったっていうのに怒鳴るなよ。それに俺達がここに居るのも、カンナの支度が終わったってのに、お前がまだぐーすかやってるから起こしに来たんだ。
……そしたら、二人が……面白いことやってるからな……ぐふふ」
エンヤは、いやらしく笑った。俺は頭を抱えて、はあ、とため息をついた。いつまで経っても、こいつは俺で遊びたいらしい。十年前とそんなに変わっていないようだが、頭の中も変わっていないんだなあと、半ば呆れを通り越して、素直に感嘆していた。
すると、サヤは無言でエンヤに近づいていく。
「頭領さん……」
サヤは、エンヤの前まで行くと口を開いた。……あ、背中を見てわかる。
……かなり、怒ってる。前に、家族で飯を食ってて、飯がまずいって言ったら、あんな感じになって、振り向きざまに包丁を投げてきた時があった。
その時、俺はとっさに手の甲で受けてしまったが、その時の傷を見る度に、俺はサヤに対する恐怖心が蘇るようになって、二度とこの女を怒らせないと誓った。だが、後にも先にも夫婦喧嘩はその時だけだった。その後は、いつもの優しいサヤしか、俺は知らない。
……そんなサヤが怒ってる。何が起こるかわからんがやばい! そう思っていると、エンヤがサヤの肩に手を置いた。
「おう、サヤ、なんだ?」
「やばい! 頭領、離れろ!!!」
俺がそう叫ぶと、エンヤはうん? と俺を見た。すると、サヤはエンヤの腕を掴み、そのまま一本背負いして、俺の方にエンヤを投げてきた。
「ばかあああああ~~~!」
「「うわあああああ~~~!」」
俺とエンヤはぶつかり、その場に倒れる。茫然としている俺達に、サヤはビシッと指差して、
「私、カンナと外で待ってるから! ザンキ君、早く着替えてね!!!」
サヤはそう言って、部屋を出ていった……。
……なんで俺も怒られているんだろう、と思ったけど、一応反省しておこう……。ふと、エンヤが怯えた目で俺を見ていることに気付く。
「……ザンキ」
「何だ?」
「お前も苦労してんだな……」
「……分かってくれるか」
「もちろんだ。俺はお前の親だからな!」
俺とエンヤはガシッと握手をした。エンヤに殴られ気絶していた闘鬼神の奴らはむくりと起き上がり、その光景を不思議そうな目で眺めていた。
こいつらは未だに俺とエンヤの一体感を理解できていないらしい。
その後、俺は身支度を済ませる。流石に今日ばかりは髭も剃った。闘鬼神の皆に、似合わねえと言われて、俺も奴らに拳骨をお見舞いすると、シュンっとなって、庭へと向かった。腹を抱えて笑うエンヤの横で、今後の闘鬼神が若干心配になった。
せめて、俺を驚かせたエイシンくらいには強くなって欲しいものだと感じる。
さて、近くの村の仕立て屋が、晴れ舞台なんだからと用意してくれた着物に袖を通していく。すると、エンヤが俺の羽織を持ってくれていた。え、と思い、エンヤを見ると、
「ほら、早く来いよ」
「やめろよ、恥ずかしい……」
俺はそう言いながらも、嬉しくなって、羽織に袖を通す。ついでに、エンヤは俺の髪を後ろで結んでくれた。
「……なあ、ザンキ」
ふと、エンヤが口を開く。エンヤの目はいつもと違い、だいぶ穏やかなものだった。
「あ? ……なんだ?」
「お前……今幸せか?」
何だ突然……。って、ああ、さっきのやり取りの所為で心配してくれてんのか?エンヤのこういうところは割と嫌いじゃないな。
「もちろんだ。さっきは苦労している、なんて言ったが、サヤとカンナと……あと、どうでも良いがエイシンと暮らす毎日は楽しい。お前らと居た時よりもな!」
俺が満面の笑みでそう言うと、エンヤは目を見開いて、フッと笑った。
「そうか……ならこれからも幸せなのか?」
またもこいつは何聞いてんだと思って、俺はエンヤに言ってやった。
「当たり前だろ? サヤが居て、カンナが居て、ついでにお前らが居れば俺はずっと幸せだ。
だから……これからも長生きしろよ」
エンヤはフッと笑い、おう、とだけ、頷いた。俺は心の中で、俺のこの幸せな状況を作ってくれた、目の前の“親”に深く感謝していた。
さて、俺の身支度が終わり、庭に出てみると、馬車と共に何頭か馬が居る。そしてその前には、闘鬼神の奴らにサヤ、そして、似合わないくらいきっちりとした格好のエイシンのそばに綺麗な着物を着たカンナが居た。
「父上~!」
「おお、カンナ! かっこいいなあ~!」
俺は駆け寄ってきたカンナの頭を撫でた。カンナは嬉しそうに俺に着物を見せてくる。
「師匠が、買ってくれたんです! はれぶたいでは格好よくしないと駄目だって言ってました!」
俺はそうか、と頷き、エイシンの方を見た。仕立て屋と同じことを言っただけのエイシンは誇らしげに胸を張っていた。だが、闘鬼神の奴らと、エンヤに茶化され、いつもの雰囲気に戻っていく。俺はエイシンに近づいた。
「エイシン……ありがとう!」
「まあ、良いってことよ。お前の方は……カンナに比べたら、見劣りしてんな!」
なにおう! とエイシンの胸を小突く。すると、皆から笑い声が聞こえてきた。カンナも楽しそうにしながら、俺に、カッコいいですと言ってきた。本当に、いい子に育ってくれたもんだ。
まあ、俺とサヤの子だからな。当たり前か。しかし、ここまでカッコいいと、今から嫁に来る子はどんな娘だろうかと、サヤと期待している。カンナの人を見る目だけは、きちんと養っていかないとな。エイシンじゃ駄目だ。そこは、俺とサヤで頑張ろうと、はしゃぐカンナを見ながら、サヤと頷いていた。
そして、皆が準備万端なことを確認し、さあ、出発だというところで、サヤが俺に近づいた。
「あれ……あなた、忘れ物してるでしょ?」
サヤの言葉にキョトンとする。忘れ物? 飯とかは持っていく必要ないし、着替えも持った。
後は……そうだ、小太刀! ……も、持ってる。俺の懐に入っている。俺は腹のあたりを押さえて確認した。……うん、大丈夫だ。ちゃんと持ってる。
「いや、大丈夫だが……」
「ううん……してるよ……忘れ物」
サヤは俺の目をまっすぐ見て、そう言った。俺が不思議そうな顔をすると、さっきまで聞こえていた皆の声がしなくなったのを感じた。
周りを見ると、皆、黙って俺を見ている。さっきまではしゃいでいたカンナも、バカ騒ぎしていた闘鬼神の奴らと、エイシン、それにエンヤも、俺の顔を見ながら、優しく微笑んでいることに気付く。俺は、何かおかしいと思った。
……ザンキ!……ザンキ!
……死なないで!……死んじゃ……いや!
ふと、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。それは若い男女の声だった。妙に聞き覚えのある声だなと思った。俺は声のする方を見る。そこにあったのは、家の母屋だった。
「ほら……やっぱり忘れ物あるんでしょ?」
サヤは俺の頬を触りながらそう言った。
あ……そうだ……俺……。
俺は家の方を見て、皆を見て、もう一度サヤを見た。サヤは相変わらずニコニコと俺を見ている。
そうか……忘れ物か……。
……やっぱり、未練っていうものはあるんだな……。
今度こそ……悔いが無いようにしねえとってサヤは言いたいのかな……。
全てを思い出し、俺は長い溜息をついた。納得してくれたと思ったのか、サヤはニッコリと笑う。
「……なあ……サヤ」
「ん? なあに?」
「……俺、まだやり直せるのかな……?」
サヤは俺の問いに、目を見開く。そして、俺の手を取り、自分の頬に当てた。
「もちろん! ザンキ君の手はまだきれいだもん! すっごく温かいんだもん!」
俺は嬉しそうにそう言ってくれるサヤに笑って口を開く。
「じゃあさ……ちょっとここで、待っていてくれないか?」
「もっちろん! ず~~~っと待っているよ! ここは、私達のお家だから!」
俺が頼むと、サヤはそう言って俺に抱き着いてきた。俺はサヤの頭をそっと撫でる。
「あ、母上ずるい! 父上、私も!」
カンナはそう言って、俺にすり寄ってくる。俺はカンナの頭も撫でてやった。
「うわ~~~! 父上の手、やっぱり温かくて気持ちいいです~!」
カンナは俺の手を掴んでそう言っている。
「そうね、お父さんの手はきれいな手。誰よりも強くて、誰よりも温かいからね~!」
サヤはカンナに優しくそう言っていた。俺はそんな光景を見ながら微笑んでいる。お前らも温けえよ。それに、何度救われてきたことか。
それに……きれいな手、か……。俺の手はまだ汚れていないんだな。じゃあ、今度こそ……次こそはあいつらを護ることもできるんだ……。
俺は手を握って誓いを立てた。そして、皆の方に振り返る。
最後の挨拶ってやつだな……。
「おい、コラ! エンヤにエイシン! それにてめえら! 俺が戻ってくるまでサヤとカンナを頼むぞ! でねえと、全員ぶっ飛ばすからな!」
俺がそう言うと、闘鬼神の奴らは、何だと! この野郎! とか言いながら、俺に怒鳴ってくるが、皆笑顔だ。
相変わらずの天邪鬼な奴らめ……。エンヤとエイシンは手を叩きながら笑って頷いている。
「任せろ! お前の家族は俺が護る!」
「“息子”の頼みを聞かねえ親は居ねえ! ザンキ! 安心して行ってこい!」
二人の言葉を聞き、俺も笑った。そして、次にカンナの方を向く。
「カンナ!」
「はい! 父上!」
「俺が帰ってくるまでに俺より強くなってろよ! そして、母さんと、お前の嫁さんって奴を護ってやれ!」
俺がそう言うと、カンナは手を大きく上げて、ハイっと笑いながら頷いた。
「もちろんです! “死神”は嫌だけど、“斬鬼”と呼ばれるように私もなってみせます!」
あ、死神は嫌か。俺だって嫌だよ。カンナめ、さすが俺の息子だな。
「そして、私も母上に負けない可愛い人と結婚して、父上よりも幸せになってみせます!」
カンナの言葉に、サヤはクスっと笑い、闘鬼神の奴らは、ほう、と感心したような顔になって、カンナの頭を撫でていた。
いつの間にか、だいぶ大人になっているようだな、カンナは……。本当に、嬉しいものだ。あれなら、きっと、俺よりも強くなれるだろう。
……さて、と
「最後にサヤ!」
「なに!? ザンキ君!!!」
俺はサヤに向かって大音声で叫んだ。
「お前のこと、絶対忘れない!!! ずっと愛してる!!!」
俺がそう言うと、サヤは顔を真っ赤にした後、涙をぽろぽろと流し始めた。そして、
「私も!!! ザンキ君のこと、大好き~!!! ず~っと愛してる!!!」
と、大きな声で叫んだ。カンナがニッコリと笑い、エンヤ達が見せつけんなあ~! と叫ぶ中、俺はフッと笑って、家の方に駆け出す。家からはなおも、声が聞こえてくる。
……ザンキ! ……死なないで!
ザンキ殿! ……私より先に逝くんじゃない!
……ザンキさん! ……もっと頑張って!
「はいはい、今行くよ……」
俺は玄関の戸に手をかけて家の中に入っていった……。




