第80話 ムソウの過去―ハルマサ、怒る―
ガキンッ!
男を八つ裂きにしようとした俺の無間は止まる。顔を上げると、ハルマサが俺と男の間に立ち、刀を抜いて、無間を止めていた。バタッとハルマサの後ろで倒れる男……。どうやら気絶したらしい。
「……!」
「へ……ザンキさん……もうおしまいだ……お疲れ様だ!」
ハルマサは笑いながらそう言って、刀を振り抜く、俺は後ろに後ずさった。
俺は倒れている男に止めを刺そうと近づこうとするが、ハルマサに刀を突きつけられ、動きを止められた。
「だから、もう、終わりだっ! もう、アンタが人を斬ることはない! 後は俺達に任せろ!」
ハルマサはそう言いながら、俺の腹を蹴ってくる。
「……!」
俺は後ろへ飛ばされ、腹を押さえて跪く。そして、ハルマサを睨みつけた。ハルマサもそんな俺を黙って睨みつけている。
「……ツバキ! こいつと、この女を縛り上げろ! 後でいろいろと聞き出すからな!」
ハルマサはツバキに、男と女を拘束するように命じた。だが、ツバキは動かない。俺と同様に、ハルマサを睨みつけている。
睨み合う両者。そこへ、タカナリが前に出てくる。
「……ツバキ、ハルマサの言うとおりにしてくれ」
タカナリがそう言うと、ツバキは仕方ない、と肩をすくめてハルマサと共に縄を手にしようとした。
俺は、ハルマサが目を離した隙をついて立ち上がり、男に斬りかかっていく。
「チッ……ザンキ!」
ハルマサは再度、俺の前に立ちはだかり、俺の一撃を受け止めた。
「……!」
「いい加減にしろよ!!! この男を殺して何になるっていうんだ!!!」
ハルマサは俺を睨みつけて怒鳴った。そして、刀を振り抜く。俺は押されて後ずさり、ハルマサは俺の眼前に刀を向けた。
「ハルマサ!」
ツバキがハルマサを怒鳴る。だが、ハルマサは刀を引かず、ツバキを無視して俺に話しかける。
「……ザンキ、俺はお前の苦しみ、怒り、悲しみは知らない。だが、今こいつを斬って何になる? それでお前は満足なのか? 納得するのか?
……いや、しないだろうな。こいつを斬ってもお前はまた、死に場所を求めるんだろ?」
「……」
ハルマサの言葉を聞き、俺はハルマサを睨みつける。
……コイツに何がわかる……あの日全てを失った俺の……何が分かるっていうんだ……。
……目の前に、俺が、生涯で一番愛していた女を……サヤを殺した奴が居るんだ……。
……俺は……もう……。
「だが、お前はもう一人ではないはずだ。周りを見ろ。俺も居る。タカナリも居る。ツバキも、ナツメもアキラもトウヤも居る。……俺達はお前の背負ったもの、一緒に背負う覚悟くらい出来ている!」
ハルマサはそう言って、目に涙を浮かべた。俺はそれを見て目を見開くが、首を横に振る。そして、突き出された刀の刃先を握った。
「ぬ! ……ザンキ殿!!!」
タカナリが俺を呼びかける声が聞こえる。ハルマサもツバキも、そして、いつの間にか庭に戻ってきたナツメたちも、俺の方を見ていた。刀を握った俺の手から血がぽたぽたと落ちていく。
「……駄目だ」
俺は口を開き、呟いた。ハッとした目でハルマサが俺の顔を見る。
「駄目なんだ……俺はもう……仲間も……家族も……喪いたくない……。
だが……見てみろ……俺の手は……血まみれだ……こんな手じゃ……護れない……誰も……救えない……。
ならいっそ……俺は……敵を斬る……サヤを……カンナを……闘鬼神を……俺のすべてを奪った奴らを……殺す……そして……俺も死ぬ」
……もう、俺がこの世に生きて良い道理はない。せめて最後は、アイツ達を殺した奴らをこの世から葬れれば……それで良い。そして、俺も……。
ハルマサはギリッと歯を食いしばり、刀から手を放した。そして、俺の顔を思いっきり殴りつける。
「この……分らず屋が!!!」
「グッ!」
俺はそのまま、地面に倒れた。そして、ハルマサは俺に馬乗りになり、俺の襟を掴んだ。
「もう誰も護れないだと!? 救えないだと!? ふざけるなよ!!!
お前はいつだって俺達を助けてくれているじゃねえか!!! 何、一人で勝手に決めてんだ!
なんだよ! 俺も死ぬって!!! 甘えたこと言ってんじゃねえ!!!」
「甘えだと……? 勝手だと……?
……テメエこそ、何様のつもりで俺に口聞いてんだ!!!」
俺はハルマサを突き飛ばし、殴り返した。
「ガッ!」
ハルマサの口元から血が垂れる。ハルマサはそれを拭いながらよろよろと立ち上がり、俺を睨む。俺も睨み返して、ハルマサに怒鳴る。
「勝手だと!? 俺のことを俺が決めて何が悪いっていうんだ! テメエらに俺の何がわかる!
もう少しだったんだ!もう少しで俺は皆を救えたはずなんだ!
……なのに、皆死んだ……。
俺に何が護れる!? 何を救える!? ガキが適当なこと抜かしてんじゃねえ!!!」
俺はハルマサを殴りつけながら、吠え続ける。あの日から今日まで、俺が何を思いながら過ごしてきたのか、何を思い、カンナを探して来たのか、そして、それが既に叶わない夢に過ぎないことだと知ったときの絶望と怒り、悲しみ。それをハルマサは知らない。ツバキも、ナツメも、アキラも、トウヤも、タカナリだって知らない。
知らないくせに、俺の癇に障ることを言ってくるコイツが、俺に近づいてくるコイツ等が、大嫌いだった。
もう、俺のことは放っといてくれと思いながらなおも、ハルマサを殴り続けた。
だが、ハルマサは俺の襟を掴み、再び、俺に頭突きを食らわせて俺の動きを止める。
俺は顔を押さえて後ずさった。俺達はお互いに肩で息をしながら睨み合った。
……コイツは、馬鹿だ。頭も悪い。俺の気持ちなんぞ、分かるはずもない。俺がどんな思いで、ここの偽物どもを皆殺しにしたいのか、理解できるわけがない。
俺は無間を拾い、背負った。
「……もういい」
俺は皆に背中を向ける。もう、こんな所に用はない。あいつらを斬れない以上、コイツ等と一緒に居る理由は無い……。
「ザンキさん!」
「……ザンキ!」
ナツメとツバキが俺を呼びかけるが、俺はそれを無視する。ハルマサは未だ俺を睨んだままだ。アキラとトウヤはさみしそうな目で俺を見ている。タカナリはどこか泣きそうな目で俺を見ていた。
本当に……最後まで……面倒くさい奴らだったな……
その時だった。
「ガアアアアアアアア!!!」
倒れているはずの男の雄たけびが聞こえた。振り返ると男は目を覚ましていて、そこらに落ちていた部下の刀を拾い、暴れている。
「殺す! 殺ス! 殺す! 殺す! コロシテヤルウウウゥゥゥ~~~!!!」
男は半狂乱になって、刀を振り回していた。ツバキがそれを止めようとクナイを投げるが、男の刀に阻まれ、落ちていく。
そして、男はクナイの飛んできた方向、すなわち、ツバキに突っ込んでいった。
「ツバキ! 逃げろ!!!」
ハルマサはそう言うが、ツバキは忍者刀を構えて応戦する。ツバキの後ろにはこの屋敷の女中たちが居た。ツバキは女たちを護ろうと、必死で闘おうとする。
「ゴアアアアアアア!!! 殺してやる!!!」
「くっ……!」
だが、ツバキと男の体格差は大人と子供以上の差だ。ツバキは徐々に押され、男が振るった強い攻撃により、忍者刀を弾き飛ばされてしまう。
そして、ツバキは男の拳に吹っ飛ばされる。
「がはッ……!」
ツバキは地面に叩きつけられ、うつぶせの状態で男を見上げている。
「コロシテヤル~~~!!!」
男はそう言って刀を振り上げた。
「ツバキ! 待ってろッ……うっ!」
ハルマサが駆け出してツバキの元に行こうとするが、俺との闘いの影響か、足に力が入らず、膝からガクッと倒れてしまう。
「……ッ!」
「……シネエエエエ!!!」
ツバキは観念したのか、目を瞑った。そして、男の凶刃がツバキへ振り下ろされていく。
ザシュッ!
「ツバキ~~~~!!!」
ハルマサはツバキが斬られたと思い、叫びながら項垂れてしまう。だが……
「……!?」
ツバキは斬られていなかった。一体何があったのかとツバキは目を開けた。
「……ぐうっ!」
「……ざ、ザンキ!!!」
俺は……ツバキが斬られると思った瞬間、何も考えず頭が真っ白になって、ツバキの前へと駆けだし、男の凶刃をその身で受けた。俺は左肩から袈裟懸けに斬られ、そこから血が噴き出る。
「……クッ!!!」
俺はガクッと跪いた。ツバキが立ち上がり、俺に寄ってくる。目には涙を溢れさせていた。
……俺に……寄るな……
「……ザンキ! ……ザンキ!」
ツバキは俺を心配して何度も呼びかけている。だが、その時、男がにやりと笑い、もう一度刀を振り上げた。
「今度こそ……今度こそシネエエエエ!!!ザンキイイイィィィ~~~!!!」
男は俺達に刀を振り下ろす。俺はツバキの懐からクナイを取り出し、男の喉元を突いた。
「ぐふっ……貴゛様゛アアア!!!」
男はじたばたとして、俺の腕を掴もうとするが、俺はクナイを抜いて、みぞおち、心臓、最後に眉間を突き刺した。
「ガッ……」
男はそのまま、絶命し、その場に伏せた。
「ア、アナタ……! ……よ、よくもおおお!!!」
すると、今度はこいつの妻が、小刀を抜いて、俺達の方へ駆け出してきた。俺は男からクナイを抜き、女の眉間を狙って投げる。クナイはまっすぐ飛んでいき、女の眉間に正確に当たった。
「ギャ……」
女は倒れて、そのまま死んだ。二人の死を確認すると、俺は力が抜けて倒れた。
斬られた所から血が噴き出して、地面を濡らしていく。段々と全身の力が抜けていき、身体が冷たくなっていくのを感じていた。
「おい! ザンキ! しっかりしろ!」
「ザンキ! ザンキ! 死なないで!」
ハルマサが駆け寄り、ツバキは俺の顔を覗き込んで、わんわんと泣いていた。ツバキはどこもケガしていないようだ。
……良かった。
そして、次々と皆が俺の周りに集まってくる。
「むう……アキラ! トウヤ! 近くの村々を回り、急ぎ医者を呼んでくるのじゃ!」
「了解!」
「お任せください!」
タカナリの指示に従って、二人が馬を連れてどこかへ行くのが聞こえる。視界にはナツメが映る。ナツメは、俺の傷口を診ているようだ。
「おい、ナツメ! どうなんだ!?」
「うるさい! ハルマサ! 静かにして!
……これは……ツバキちゃん! 手伝い頼める!?」
ナツメの問いかけにツバキはうんうんと頷く。そして、ナツメはいつものように白い布を胸に下げ、口元と頭に手ぬぐいを巻いて、ツバキから道具を受け取り、俺の傷の処置を行っていく。
「ザンキさん、私の治療で助からなかったら許しませんからね!」
ナツメは俺にそう言ってきた。何で、コイツに許されねえといけねえんだよ……?
……だが……もうどうでも良い……ようやく死ねるんだ……俺の家で……皆の家で……。
……皆で過ごした家で死ねるなんて……本望だ……。
……皆……
……今行く……
俺はゆっくりと目を閉じていく。
「ザンキ! ……ナツメ! ザンキが!」
「落ち着いて! ツバキちゃん! ……ザンキさん! しっかりしてください!!!」
「ザンキ殿! まだ、お主は逝くんじゃない! 戻って来い!!!」
ああ……皆の声が聞こえるな……。
ツバキ……無事で……本当に……良かった……
ナツメ……もういい……もういいんだ……
タカナリ……俺はな……ただ……帰るだけだ……皆の……所に……
……ハルマサ……何か言えよ……さみしいじゃねえか……。
……さみしい……ああ……そうか……ようやく……気づけた……俺は……お前らと……もう……す……こ……




