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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
はた迷惑な貴族を斬る
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第72話―宴が始まる―

 俺とミサキは、ロウガンたちが待つ方へ歩いていく。俺はまだしも、ミサキはフラフラだったので、リンネに大きくなってもらい、ミサキをその上に乗せてあげた。ミサキはフカフカだ~とか言いながら、リンネを撫でている。俺は、回復薬などを飲んで、傷を癒していた。

 皆の方まで来ると、レイカ、ウィズ、ツバキの三人が近寄ってくる。ツバキは手ぬぐいを俺に渡した。


「お疲れ様です、ムソウ様」

「ああ、ありがとう、ツバキ」


 俺はそれを受け取って、ツバキに礼を言う。ふと、ミサキを見ていると、レイカとウィズが、ミサキに魔法回復薬を渡していた。


「ミサキ様……これを」

「ミサキちゃん……大丈夫?」


 二人の心配する言葉に、ミサキは頷いて、回復薬を飲みだした。すると、ウィズとレイカはミサキに頭を下げている。


「ミサキ様……この度は……」

「ミサキちゃん……あのね……」


 二人はぼそぼそと呟き始めた。それを見て、ミサキはリンネから降りる。そして、二人に優しく微笑んだ。


「おかえりなさい! 美味しいものあるから、いっぱい食べよ!」


 そう言って、ミサキは二人の手を引っ張り、席の方に向かう。途中で、俺の方を振り向いて、ニコッと笑った。


「……ミサキ様、良かったですね」

「ああ」


 俺とツバキは三人の背中を見ながら、そんな話をしていた。ウィズとレイカも、元に戻って良かった。

 すると、今度は俺を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、ロウガンが立っていた。ロウガンは俺に気まずそうな目を向けている。


「あ~……ムソウ……この度は……本当にすまな――」

「待て、ロウガン」


 今にも謝ってきそうなロウガンの言葉を俺は遮った。


「な、なんだよ……」

「お前は俺に何を謝ってる? 闘いの最中に聞こえてきたお前からの言葉については、もういい。俺が勝ったんだからな」


 俺がそう言うと、ロウガンは、あ、とか言って、俺の顔を見る。ひょっとして、忘れていたのか? まあ……その件についてはもう良い。

 ロウガンが何を言いたいのかは分かる。……が、それは俺に対してではないだろう……。


「あ~……いや……それもあるが……今回の事件については……」


 ロウガンはそこまで言って、なおも俺に謝ろうとしていた。


 俺はため息をついて、ロウガンに言った。


「あいつらには謝ったのか? あいつらの許しが無いのなら、俺はお前を許す気はない」


 何のことだという顔をしているロウガンの背後を、俺は指差す。そこには、マリーとリンスが立っていた。二人を見て、目を見開くロウガン。すると、リンスとマリーは口を開いた。


「ムソウさん、私たちはもう気にしてないですよ。呪いにかかった所為で私達を本気で襲ってきたことなど忘れていましたからね。

 ……支部長には今後も部屋に引きこもって仕事をしていただきますから」

「そうですね。私を糾弾し、ギルドから追い出そうとしたことなんて、少~~~~~しも気にしてないようです。ですから私も気にしないことにしました」


 二人は意地悪そうな笑みを浮かべて俺にそう言った。ばっちり気にしてるじゃねえか、というのは辞めておこう。俺は、


「おお、そうか! よかったな~、ロウガン。二人はお前のことを許す気らしいな~。今後はあいつらみたいな若い奴に任せてよ、お前は隠居でもしたらどうだ?」


 と、茶化すように言ってみた。


 俺達の言葉を聞き、ロウガンはプルプルと震えている。あ、やり過ぎたか? ロウガンの顔が真っ赤になっている。俺は何となく耳を塞いだ。それに続き、リンネとツバキも嬉しそうな顔をして、耳を塞ぐ。


「……てめえら……もういっぺん言ってみろおおおおお!!!」


 会場内に響き渡るロウガンの怒声。観客たちの歓声はピタリとやみ、何事かと皆こちらを見ている。先に席に戻っていった、ミサキ達も同様に、こちらを見ていた。しかし、驚いた様子のウィズやレイカ、それにハクビと違って、ミサキやコウカン、それにワイツ卿などは、やれやれと言った感じで苦笑いしている。

 そんな中、ロウガンは俺に詰め寄りながら、怒鳴り散らしてきた。


「この俺が隠居だと!? 寝言は寝て言え! ムソウ!」


 おお、怖い怖い。俺が、ハイハイといったかんじに頷くと、更にロウガンは、キッとリンスとマリーを睨みつける。


「てめえらもだ! 俺が部屋に引きこもってデスクワークだ? 言っとくが、今日やるべきことはもうすでに終わっている! 明日の分もだ! あまり俺を舐めるなよ!!!

 俺にもう少し休んで欲しけりゃな……てめえら、もっと強くなりやがれ!」


 ロウガンはリンスとマリー、それから、観客席にいた冒険者たちを指差して叫んだ。ロウガンの迫力に何も言えなくなり、しんとする会場内。だが、しばらくするとリンスとマリーが笑みを浮かべて拍手をする。


「……それでこそ、マシロの“闘将”ロウガンです。今の貴方からは前のような凄まじい覇気を感じます。

 ……よくぞ、戻って来られました。私は嬉しいですよ、支部長!」

「ええ。私達の長は貴方しか居ません。これからもどうかよろしくお願いします、ロウガンさん!」


 二人はそう言って、涙目になりロウガンに頭を下げた。すると、観客席からも拍手が鳴り始め、皆、ロウガンに頭を下げている。

 ポカンとするロウガンに俺は横から肩を叩いた。


「ロウガン、二人とも待っていたんだぜ。呪いの影響で腑抜けてしまったお前が、帰ってきてくれるのをよ。

 ……もちろん、俺としてもお前に隠居して欲しくはない。俺含め、マシロの全ての冒険者や、若い奴らの手本となって欲しいと思っている。二人はお前に本当に帰ってきて欲しかっただけだ。今回の一連の騒動については気にしていない。

 ……さあ、お前はどうするんだ?」


 俺がロウガンにそう語りかけると、ロウガンは黙って俯く。そして、俺を見て、


「……ありがとう」


 と言って笑った。俺はそれに応えるように、ロウガンに頷く。

 そして、ロウガンはリンスとマリーに近寄っていく。


「……二人とも、すまない。今回は俺の不手際が原因だ。今後はこういうことは無いように尽力する。

 ……だから、これからも俺に力を貸してくれないか?」


 ロウガンはそう言って手を出した。二人は笑って、ロウガンの手を握る。


「もちろんです! 支部長!」

「ともに参りましょう!」


 二人がそう言うと、ロウガンはニカっと笑った。ふと、三人にリリー、エリー、ギリアンが近づき、他のギルドの職員たちも近づいていった。


「三人で盛り上がっているところ悪いんだけど……」

「私達のことも忘れないでくださいね!」


 と、リリーとエリーが三人の手に自らの手を重ねる。


「俺達もだ。最近は面白い仕事ばかりだからな。退屈にならねえよう、しっかりしていこうぜ、ロウガン!」


 そう言って、ギリアンも手を重ねた。それに続き、ギルドの職員がロウガンたちに手をかざす。


「今回のようなことはもう、起こさせませんよ、支部長!」

「私達、“闘将”の元で働けることが、何よりの自慢なんですから!」

「これからもよろしくお願いします!」


 職員たちの言葉を一つ一つ聞きながら、ロウガンはニカっと笑い、大きく頷く。


「皆、ありがとう! これからもよろしく頼む!!!」


 ロウガンの言葉に、皆は、ハイ! と頷いて、ロウガンに応えた。その瞬間、会場内は大きな拍手に包まれていく……。


 俺も拍手をしながら、その光景を見守っていた。すると、ミサキがウィズ、レイカ、ハクビを連れて、俺の隣に来る。コウカンとリュウガンもだ。二人も俺達に並んだ


「これで、いっけんらくちゃくだね~!」


 ミサキは満面の笑みでそう言った。


「短いようで、長かったですな」


 コウカンも頷きながらそう言っている。俺は二人に対して、


「そうだな……」


 と、頷いた。日にちにすれば、一週間も経っていない。だが、色々あり過ぎて、ここに来るまでに結構な時間がかかった気がする。ミサキの言うように、全部片付いて、本当に良かったと、胸を撫で下ろした。

 すると、ロウガンが俺達の前に来た。リリーとエリーも一緒だ。さらに、ウィズ、レイカ、ハクビの三人も、俺達の前に立つ。


 それを見て、観客席の奴らの中にも、ちらほらと立っている奴がいるのが見えた。なんだ? と思い、皆を見た。皆は穏やかな表情をして、俺達を見ている。


 そして、皆を代表するようにロウガンが口を開く。


「……改めて、ムソウ! ここに居る奴ら、全ての呪われた者達を代表して俺が言おう!

 今回の一件、本当にすまなかった!……そして、俺達のためにここまでしてくれて、本当にありがとう!!!」


 ロウガンがそう言うと、他の奴らも一斉にありがとう! と言って、俺達に頭を下げた。正直、こういうのは苦手なんだが、まあ、受け取っておこう。

 ミサキたちを見ると、皆も嬉しそうだ。こいつらが居たから出来たことだからな。俺一人では何もできなかったかも知れない。俺は心の中で、皆に感謝した。

 ふと、隣を見ると、ツバキがこちらを見て、ニコッと笑った。俺も笑い返してやった。そして、頭を下げている連中の方を見る。


「ああ……気にするな」


 俺がそう言うと、ロウガンは頭を上げて、続けて言った。


「あ、だからよ……さっきみたいなやつはやめてくれよな」


 ん? 何のことだ? 突然変なこと言いやがって。ミサキたちの方を見ると、何故だか、苦笑している。何のことかわかるのか?


「何の話だ?」


 俺が尋ねると、ハクビが口を開く。


「ほら……あれだ。呪われた私達を気絶させたり、先ほどロウガンや他の観客たちに罵声を浴びせられたときにお前が使った……」


 そこまで言われて、俺も分かった。ああ、あれか。確認のために……


 ―死神の鬼迫―


「……これのことか?」


 俺が会場全体に少し弱く殺気をぶつけると、皆ぶるっと震えて、


「「「やめろって言っただろ!!!」」」


 と、一斉に叫んだ。


 怒るロウガンたちに対して、コウカンとリュウガンはやれやれといった感じで肩をすくめ、リンスとマリーとツバキは笑い、俺とミサキは腹を抱えて大笑いした。


「ギルド支部長ロウガン! マシロ師団長コウカン殿! それからミサキ様に、冒険者ムソウ殿! 用事が済んだのなら、そろそろ食事を始めようではないか?」


 突然、俺達が笑っていると、ワイツ卿の声が会場に響く。領主を待たせてしまったと思い、顔を向けると、ワイツ卿はニコニコと笑っているが、シロンが、目の前のご馳走を早く食べたそうな目で、うずうずとしているのが見えた。

 再び、俺達は笑い、頷いて、ワイツ卿たちの横の机についた。リンネは小さくなり、シロンの元へと行く。俺の隣にはワイツ卿で反対側にツバキが並んでいる。皆もそれぞれの席についた。

 ツバキの横にはコウカン、リュウガンと続き、騎士団の連中が座っている。ミサキとウィズたちは近くの同じ机についていた。ロウガン達、ギルドの連中も同様だ。


 そして、皆がそれぞれの盃を手に取ったところで、ワイツ卿が立ち上がる。なんとなく、この後の展開は読めた。


「皆のもの、此度は――」

「なあ、ワイツ卿……」


 俺はワイツ卿の言葉を遮り、口を開く。どうせこのあと、長ったらしい話をして、乾杯とかやるつもりなんだろう。……させるか。


「そんなのは良いからよ。アンタの言うように、さっさと食おうぜ」

「しかしだな、ムソウ殿。それでは私の領主としての面目が……」

「お父様……」


 俺と、ワイツ卿が話していると、シロンが口を開く。


「どうしたのだ? シロン……」

「お腹……空いた」


 シロンの言葉を聞き、オロオロするワイツ卿。やはり、娘というのは偉大だな。……好機だ。

 俺はそばにあった酒瓶を手に取り、勢いよく立ち上がった。


「こ、これ! ムソウ殿!」


 隣でワイツ卿が何か言っているようだが、俺は気にしない。大音声(だいおんじょう)で皆に言った。


「皆、お疲れだ! 乾杯ッッッ!!!」


 俺は酒瓶から直接酒を飲み始める。ポカンとする皆。俺は酒を飲み続け、酒瓶を口から離し、瓶を逆さにしてまた叫ぶ。


「ハハハッ! さっさとしねえと、俺がここの酒飲みつくしてやるぞ!!!」


 そう言うと、皆、歓声を上げる。そして、思い思いにそれぞれ、乾杯をして飯を食い始めたり、酒を飲み始めた。ふと周りを見ると、ミサキは腹を抱えて笑いながら、ウィズたちと楽しく飯を食べていた。

 ロウガンは何か頭を抱えているが、リンスに肩を叩かれながら、飯にありつき始めた。マリーはリリーとエリーと共に乾杯している。コウカンも頭を抱えているが、リュウガンに盃を出され乾杯していた。

 ワイツ卿は、はあ……と、俺の横でため息をついたが、シロンに盃を出されて、嬉しそうに乾杯している。


 ふと、隣を見ると、ツバキが酒瓶を二本持っていた。一本を俺に渡して、ツバキは微笑みながら、俺に酒瓶を向ける。


「お疲れさまでした」


 ツバキはそう言って、俺の持っている酒瓶にカンッと乾杯した。


「……ああ」


 そして、ツバキも俺を真似て、酒瓶から、直接酒を飲み始める。隣で俺も酒を飲んだ。俺達は、ドンっと同時に酒瓶を置いて、口を拭う。


 俺の横からワイツ卿が、ツバキの横からコウカンが目を丸くしてその様子を見た後、はあ……と頭を抱えて項垂れた。しかし、シロンと、リンネが俺達に手を叩き、俺とツバキは顔を見合わせて笑い合い、飯を食い始めていく。


 楽しい宴になりそうだ……。


 ◇◇◇


 俺は目の前に出された飯を一心不乱……というわけではないが、夢中で食べている。どれも美味いからな。魚から、肉から、野菜から何でもある。肉の方は変わった味だなと思っていたが、普通の牛や鳥に混じって、魔物の肉もある。多いのはワイアームだったが、一番大きな更に盛られている肉の正体を聞いて驚いた。

 どうやら、俺が狩ったベヒモスの肉らしい。少し硬いが、食えないほどではない。猪のような味で、癖はあるがなかなか美味かった。

 肉を食べているうちに、先ほどの闘いでに疲労もどんどんとれていく。骨付き肉をわし掴み、大きく口を開けてかぶりつきながら、酒を呑み、俺は礼儀というものを知らないという感じで、食べている。

 ふと、横からの視線に気づく。それはワイツ卿だった。ジトっと俺を見ている。


「何か用か? ワイツ卿。先ほどのことをまだ怒っているのか?」


 乾杯の音頭を台無しにされたこと、まだ咎めようとしているのかと思い、首を傾げる。


「いや……ムソウ殿。もう少し、綺麗に食べることは出来ないのか?」


 ワイツ卿はそう言って、俺の手元を見てくる。ああ、なるほど。確か、精霊人の森でもサネマサとかにそう言っていた気がする。

 だが、そんなこと言われても、出された食器に箸がなかった。銀色の、小刀のようなものと、手のひらに載るくらい小さくした、三つ又の槍のようなものしか置いていない。使い方を知らないのだから、礼儀も何も無いだろう。


「少しはツバキ殿を見習ってほしいものだ」


 ワイツ卿はそう言って、ツバキの方を見る。ツバキはその二つの食器を丁寧に使い、槍のようなもので肉を刺して支え、小刀のようなものを使い、一口で食べれる大きさに肉を斬り、丁寧に口に運んでいた。

 そうか、ああやって使うのか。俺はそう思い、ツバキの様にやってみたが、上手くいかなかった。そして、段々と面倒くさくなってくる。


「チッ! 食い辛えな! ……面倒だ!」


 俺は槍のようなものを肉の真ん中に刺して、肉を持ち上げ、端からガブリと食いついた。うん、美味い。やはり肉はこうやって食いつくようにして食うのが一番だな。俺が肉をむしゃむしゃと食べていると、ワイツ卿は頭を抱える。

 ふと、その様子をシロンが覗き込んできた。


「おじちゃん……おいしい?」

「ああ、美味いぞ。やはり肉はこうやって食うのに限る」


 俺がそう言うと、シロンは自分の所にあった肉を見つめる。そして、食器を手に取り、ズドンッと肉の真ん中を刺した。それを見て、驚くワイツ卿と、俺。


「シ、シロン! 何をやっておるのだ!?」

「おじちゃん……言った……美味しくなる」


 シロンがそう言うと、ワイツ卿はキッと俺を睨む。俺も余計なことをしてしまったと思い、慌てて、シロンに言う。


「いや……シロン。人によって味の感じ方は違うぞ? そうだな……シロンはツバキの真似したらどうだ? 俺よりも美味しく感じるかもしれないぞ!」


 俺がそう言うと、ワイツ卿もうんうんと頷いている。すると、シロンはツバキを見つめた。ツバキはシロンの方を向いて、


「こうやって食べると、ムソウ様に綺麗だなって言われますよ」


 と言った。すると、シロンは少し考え事をはじめ、ツバキの様に、丁寧に肉を食べ始めた。そして、


「美味しい……おじちゃん……どう?」


 と、聞いてきた。ワイツ卿を見ると、祈るような、怒っているような目で俺を見ている。分かってるよ。俺も人の親だからな。


「ああ、綺麗だぞ、シロン」


 俺はそう言って、シロンの頭を撫でた。シロンは嬉しそうにして、肉を食べ続ける。ほっとした俺とワイツ卿。そして、俺はツバキの方を向いた。


「すまないな……」

「いえいえ、お役に立てられて良かったです」


 俺の言葉にツバキはにこりと笑ってそう言った。すると、ツバキは思い出したようにどこかへ走っていく。どうしたのだろうかと、ツバキの後姿を見ていると、後ろから声をかけられた。


「ムソウ様……」

「あ?」


 振り返るとそこに居たのは、女中の格好をした女だった。化粧をしているようだが、女の肌は雪のように白く、とてもきれいな顔をしている。年のころは二十歳よりすこし上というところか……。なんとなく、シロンに似てる気がするな。


「誰だ? あんた。何の用だ?」


 女は俺にクスっと微笑み、小さく頭を下げながら、口を開いた。


「私はマシロ領主ワイツの妻、シーロ・マシロと申します。此度は主人に力を貸してくださり、ありがとうございました」


 ……妻? すごい歳の差だと思ってしまった。ワイツ卿はもう、初老だと言ってもいいくらいの年齢だろう。ほとんど娘と父親くらいの年齢はあるぞ。この歳でシロンくらいの娘がいるとは、大変な夫婦だなと思っていたが、妻の方は年相応な感じだ。


「なあ、シロン。こちらの女性は本当にお前の……」

「……うん」


 俺の問いにシロンは頷いた。間違いは無いらしい。俺が微妙な思いでワイツ卿を見ていると、


「何かな? ムソウ殿」


 と、ワイツ卿は平然と言ってきた。俺は少し笑いながら、


「いや、何でもない。……え~っと、シーロさんだったか。わざわざ済まないな」


 すると、シーロは、いえ……と言って、再度俺に頭を下げる。う~む、年齢差というのにいささか驚いたが、良い家族だな。ワイツ卿も幸せそうで何よりだ。


 ふと、シーロの格好に目をやる。この世界の女中がしているような格好を何故、領主の妻がしているのだろうかと思い、聞いてみる。


「なあ、アンタ、なんでそんな恰好をしてるんだ?」

「主人の趣味です」


 俺の質問に予想外の答えが返ってきた。ワイツ卿は、飲んでいた酒をブッと噴き出している。俺はそんなワイツ卿を、今度は疑いの目で見つめた。


「アンタ……」

「いや、違う!違うぞ! シーロがな、この格好が好きだというものだからな……」


 ワイツ卿は慌てて弁明している。だが、後ろから、リュウガンの声が聞こえてきた。


「あ~、やはりムソウ様も気になりましたよね? 私達がワイツ卿の家に駆け付けた時もシーロ様はその恰好をされていたんですよ。そしたら、ワイツ卿は、敵を欺くためにと言っていましたね」


 リュウガンの言葉を聞いて、さらに疑り深くワイツ卿を見た。ワイツ卿は、違うんだ、ムソウ殿と言ってきているが、俺はワイツ卿を信じる気はさらさらなかった。


「コ、コウカン殿~!」


 ワイツ卿は半泣きになって、コウカンに助けを求めている。コウカンはやれやれと言う感じで肩をすくませ、笑いながらシーロを見た。


「シーロ様、そろそろおやめになったらどうです?」


 コウカンがそう言うと、シーロはくすくすと笑った。


「流石、コウカン殿ですわ。ムソウ様、私は元々ワイツ卿の家に使える女中でしたが、二人で恋に落ち、そのまま結婚いたしました。けれど、領主の妻という肩書に溺れぬようにという願掛けのために時々こうして、この格好をしているのです」


 と、シーロは述べた。なんだ、と思いワイツ卿を見る。ワイツ卿はほっとしたような顔だ。


「それで……ワイツ卿の趣味というのは?」

「ただの悪戯です。これを言ったときの主人の反応がおかしくておかしくて、偶にするのですよ」


 俺の問いにシーロは微笑みながら応えた。ワイツ卿は目を見開き、驚いた様子でぐったりとした。


「……アンタも大変だな」

「分かってくれるか……ムソウ殿」


 俺がワイツ卿の肩を叩くと、ワイツ卿は項垂れたまま、俺の方を向いてそう言った。

 俺もよくサヤに悪戯されていたからな。気持ちはよくわかる。だがこういう時は……。


「父上と……母上のやり取り……私……好き……楽しい」


 ふと、シロンは俺に向かってそう言った。ワイツ卿もシーロも顔を真っ赤にして、お互いを見て恥ずかしそうに目線を逸らした。


 そう、サヤが悪戯をする。俺が驚く。すると、小さかったカンナはキャッキャと楽しそうにしていた。それを見ると、俺もサヤを怒る気をなくし、二人と一緒に笑って過ごしていた。この家族も一緒か。ワイツ卿たちの子供のようなやり取りは、やはりシロンも嬉しいのだろうな。

 だが、このままだとワイツ卿は疲れそうだし、せっかくなら、シロンもこの夫婦で楽しくしているところに加わりたいだろうな……。


 よ~し、少し面白いことにしてやろっと。俺がサヤに対してやった悪戯への報復だ。これをやると、サヤはしばらく、おとなしくしていたからな。


「……なあ、シロン。ちょっと……」

「なに……おじちゃん……」


 シロンは俺の近くまで来た。俺はシロンの耳元でこそこそと話をする。


 ワイツ卿たちが俺達を不思議そうに見る中、俺が話し終えると、シロンはニコッと笑った。


「……面白そう」

「できるか?」


 シロンは、頷いて、シーロの前に立った。

 そして、リンネを呼ぶ。リンネは夢中で料理を食べていたが、シロンに呼ばれたことに気付くと、食べるのをやめて、シロンの肩に上る。


 そして、シロンはシーロに、


「母上……」

「なあに? シロンちゃん」


 シーロは娘からの問いかけに笑顔で答える。


「今度……父上に……悪戯したら……め!」


 笑顔のシーロにシロンはそう言って、指を差す。肩の上のリンネも前足でビシッとシーロを差した。


 シーロとワイツ卿はぽかんとしていたが、シーロは慌てて、シロンに駆け寄っていく。


「シ、シロンちゃん!? 今、なんて?」

「悪戯したら……め!」

「そ、そんな~!」


 シーロの言葉を聞いて、大きな声を上げて笑うワイツ卿。そして、シロンを抱きしめる。


「よくぞ言ってくれたな! シロン! 私は嬉しいぞ!」


 そう言って、ワイツ卿はシロンを抱き上げた。シロンは嬉しそうにしている。そして、俺の方を見て、微笑んだ。

 これぞ、子供を味方につけて、夫婦間の上下関係を無くして幸せな家庭を作ろう作戦だ。俺もカンナに頼んでサヤにそう言ってもらい、よくサヤをからかって楽しんでいたな。


 ワイツ卿は俺に目線で、よくやった、と語りかけてくる。良いってことよ、という気持ちで俺は手を上げて、それに応えた。


 だが、思いもよらないことが起こる。次の瞬間、シロンは項垂れているシーロに近づいていき、今度は、


「でも……時々で良いから……またやって……次は私も……一緒」


 と言った。それを聞いてシーロの顔がぱっと明るくなる。ワイツ卿は愕然とした表情で俺を見てくる。いやいや、知らないぞ。俺はそんなこと言っていないぞ。俺は首を横に振った。


「ありがとうね! シロンちゃん! 流石、私達の娘だわ!」


 シーロはそう言って、シロンを抱きしめる。シロンはニコッと笑い、シーロを抱きしめた。ワイツ卿はやれやれという感じで、頭を掻きながらも、少しばかり嬉しそうだ。それを見て、何となくこれでよかったのかも知れないと思った。


 家族で過ごす幸せな時間が、いたずらという形で増えるのならいいかな、と。俺はそんな、かつて、俺も経験していた幸せな家族の形である、ワイツ卿たちを見て、この家族も無事に救い出せて良かったと感じていた。


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