第6話―オオイナゴを斬る―
ギルドの受付の横には、この辺りに住む者達からの依頼が書かれた紙が貼ってあった。
冒険者は主にその中から自分に合った討伐や資源の調達依頼に挑むようだ。
鋼皮トカゲの討伐および皮の採取 報酬銀貨100枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
ミニデーモンの討伐 報酬銀貨30枚 素材の買い取り応談 (報酬は討伐数により変動) 要戦闘向きスキル
ナオリグサの採集 報酬一本につき銀貨50枚 実がついていれば銀貨100枚 要採集スキル、鑑定スキル
火炎鉱石の採集 報酬一個につき銀貨100枚 魔鉱塊ならば銀貨500枚 要採集スキル、鑑定スキル
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とある。
ロウガンから「好きにやれ」と言われたがやっぱりよくわからねえな。ただ、資源の採集向けの依頼には、鑑定スキルと、採集スキルが必須のようだが、討伐系の依頼には戦闘向きのスキルが必要とのことだ。
スキルについて、まだあまり理解できていないが、この二日間で、剣術と武術、それに気功スキルがどんなものか分かったので問題ない。とりあえず討伐からやってみるか。
あ、このミニデーモンというのはウィズが言われてたやつだな。初級の魔物だもんな……あのスライムと同じくらいか……なんか物足りないな……。鋼皮トカゲというのも居るが、トカゲか……こないだもトカゲを倒したばかりだし、目新しい奴を倒してみたいが……。
そんなことを思いながら、どれにしようかと依頼票を眺めていると、ここで気になるものを見つけた。
オオイナゴの大群の討伐 報酬銀貨300枚 さらに素材の売却金 (報酬は討伐数により変動) 大群撃破完全達成で金貨50枚 要戦闘向き上位スキル
オオイナゴの大群……たしかハクビとの試験の時にロウガンが言ってたやつだな。完全達成……つまり、大群の殲滅で金貨がもらえるのか。……良さそうだな。大群ともなれば俺も周りを気にせず、スキルや技の試しが出来るしな。
よし、これにしよう、と手を伸ばすと誰かと手が触れる
「……あ」
「ん? アンタは……ムソウか……」
ハクビだった。やっぱりハクビもこれを狙ってたか。ハクビは依頼票を手に取りながら、俺の方を見てくる。
「ムソウもオオイナゴの討伐するのか?」
「ああ、一番稼げそうだからな。お前は?」
「支部長に従うのは癪だが、強くなるためにこれを受けた方が良いならやるまでだ」
ハクビはビミョーな顔をしながら俺にそう話す。よく見ると手や足にはまだ包帯がついている。
「お前……けがは?」
「もう大したことないよ。あのウィズって奴はすごいな。たった二日であの傷を治してしまったからな」
聞けば、ウィズは試験が終わった後も翌朝まで治癒魔法をかけ続けたらしい。
そして昨晩、もう大丈夫ですね、と治癒を終えたという。
この世界には善人しか居ねえのか……。
ウィズはその後、こちらもロウガンに言われたようにミニデーモンの討伐をこなすため、エルフの娘レイカと一緒に依頼に出かけたらしい。
なんでもエルフの索敵能力と彼女の遠距離支援が必要になるかもしれないとのことだった。
「あ? 依頼って一人じゃなくてもいいのか?」
「必要とあればそうする奴もいるみたいだな。……で?」
「でって?」
「オオイナゴ、私と行くか?」
「いいのか? 報酬の分け前が減るぞ」
「私としては金よりも今は力がほしい。それにあんたが来てくれるならこれほど、喜ばしいことはない。強くなるには強い奴に付くのが一番だからな」
なるほど……自分が強くなるために俺を利用するってことか。なかなか、抜け目のない奴だな。正直、手の内見せることはあまり好きじゃないんだが……まあいいか。俺も、この世界の人間の戦法というものを学んでおこう。
「分かった。ではよろしく頼む」
俺たちは受付に依頼書を持って行った。
「これを頼む」
ハクビが受付の女に依頼書を渡すと、
「こちらは中級の魔物の大群、下手をすれば上級に匹敵する依頼ですがよろしいですか?」
「ああ、支部長に言われたからな。やらない道理はないだろう」
「……かしこまりました。ではこちらがギルドからの支給品と魔物オオイナゴの資料です。道中お気をつけて」
受付の女はそう言って俺たちにいろいろ手渡した。
まずは支給品。ハクビは次々とカバンの中に入れているが、俺は一つ一つ鑑定眼で確認しながら入れていった。
回復薬 10個
傷をいやす
干し肉 10個
食料。活力の回復
虫よけの香り 100個
殺虫成分の含んだ煙。人には無害
おお、ギルドはなかなかいいところだな。しかも余った支給品はそのまま貰ってもいいらしい。これはありがたく使わせてもらおう。
ただし、失敗すれば、支給品の代金と共に、罰金も払わないといけないようだがな。
少し、心配な顔をすると、ハクビが、私とお前なら、失敗という結果にはならないと言われたので、信じることにした。
さて、続いて討伐魔物の詳細だ。
オオイナゴ
突然変異で小屋ほどの大きさになったバッタの一種。非常に食欲旺盛で獰猛。群れを成し、あたりの食物や家畜、人を捕食し土地から土地へと飛び回る。彼らの通った後には何も残らない。外皮は軽く丈夫で鎧や武器の素材となる。
……なんかあぶねえ奴だな。これで超級じゃないんだからこの世界は恐ろしい。
いわゆる「蝗害」というやつか。俺の世界でも年に数回あったが、人を食うほどの奴は居なかった。あれの、更に上の被害となると、急いで止めなくてはいけないな。
「準備はできたか?では行くぞ」
荷物の準備をしている俺をハクビは急かす。色々と準備しておきたいが、被害のことを考えると、急いだ方が良いのかも知れないな。それに、先ほどからハクビの様子を見てみると、何だか、余裕そうだ。ひょっとしたら楽なのかも知れないと思い、俺達はギルドを出て、マシロの街から、依頼のある場所まで歩いて向かった。
◇◇◇
依頼の場所に行くと、特に何もなかった。まだここには来ていないのか、作物も家畜もまだ元気だ。
いい景色だなあ。……これから戦いが始まるってなると嫌になるなあ。それも、虫型の魔物らしいし、体液とか汚いんだろうな……。
「よし、このあたりでオオイナゴを迎え撃とう。まずは遠くから迎撃だ。攻撃された途端、奴らは私たちに敵意ありとみなし反撃しようとこちらに向かってくる。それをただ、迎え撃つだけだ。
なに、オオイナゴ一匹一匹はそんなに強くない。白餓狼に比べると雲泥の差だ」
ハクビは自信満々にそう言ったが、白餓狼が分からない
「ロウガンと比べると?」
「圧倒的にロウガンだ。奴は昔、一人で大群に立ち向かい半壊させた経歴を持つ。」
ああ、刃風あたりで薙ぎ払ったってところか。となれば、本当にオオイナゴ自体は大したことないのかも知れないな。大群には注意、それから戦えない者にとっては脅威と言ったところか。出来れば、殲滅しておこう。
しかしロウガンって改めて考えると、この世界でも強い人間の部類に入るのだろうな。また、いずれ手合わせしてみたいものだ。
「……討伐に入る前に言っておくことがある」
ふとハクビは、手首を回しながら、俺の方をジッと見てきた。
「なんだ?」
「私は逃げないし引かない。それを肝に銘じとけ」
「あ? ……ああ、分かった」
試験の時にも思ったがこの女は結構無理することがあるみたいだな。
こいつがまた、倒れた時どうしようか……。まあ、その時は、ハクビを引かせて、俺一人で大群の相手をすれば良いだけの話だよな。一対多勢は慣れている。
そう考えていると遠方のある一点が黒く染まる。それはだんだんと近づき大きな帯となってこちらに向かってくる。
なるほど……その名の通り、デカいイナゴだな。どうやら、目的のオオイナゴが襲来したみたいだ。オオイナゴは飛びながらあたりの作物や家畜を食い散らかしていく
「来たぞ! 剛掌波!」
ハクビが気の塊を手のひらから放つ。
「ああ! 斬波!」
俺も斬波を放つ。
俺たちの攻撃は大群の先頭近くにいたイナゴたちに当たり、その周囲のイナゴが倒れていく。
……チッ、もう少し威力を上げてれば、最後尾のイナゴまで貫通してたのだが途切れてしまったな。
しかし、目的は達成することが出来た。イナゴたちの目は明らかに俺たちを見据えこちらに飛んでくる。
「来るぞ!!! 気合い入れろよ!」
「おう!」
俺たちは大群へと飛びみ、目の前のイナゴを倒しまくった。外皮は確かに硬かったがすぐに慣れた。ワイバーンほどじゃない。確かに一匹一匹は大したことない。
だが、いかんせん数が多すぎる。さらにバッタらしく跳躍が半端ないのと中には翅を使い滑空している奴もいる。
俺は斬りながら虫よけの香を使いイナゴを弱らせて戦っていた。動きが鈍くなったり、空中で落ちていくイナゴにとどめを刺すのは容易だ。
ふとハクビの方を見ると、試験の時みたく気を爪や手足に纏わせて戦っている。試験の反省もあってか、最低限の動きで戦っているみたいだ。
疲労も少なそうだし、怪我もしていない。これなら大丈夫だな。
俺は安心して、自分の戦いに集中した。
◇◇◇
それからどれくらい経ったか、あたりを覆っていたイナゴの群れは数を減らして残り数十匹となったとき、それは起こった。
「があああああああああッッッ!!!」
ふいにハクビが叫んだ。
「どうした!?」
ハクビに近づくと何やら様子がおかしい。
体中の毛が逆立ち、爪や牙が鋭く、長くなっている。そして目の色が真っ赤に染まった瞬間……
フッ
ハクビの姿が一瞬消えたように感じた。
いや正確にはものすごい速さで移動している。
そしてそこらに飛び回っていたイナゴを力任せに引き裂いていた。
すげえ、あんな強化方法あったんだな。あれ使えばロウガンも圧倒できたんじゃねえかと思ったが、やはりおかしい。
最初と比べると動きが雑だ。手足に小手や具足のように纏っていた気も減って来たのか、上手く練れていないのか、殴るたび、体中から血が出ているように思える。
「おい! ハクビ!」
俺の問いかけにも応じる気配はなく、ハクビはイナゴを刈り尽くしていく。
そして、最後の一匹となったイナゴもハクビはその爪で細切れになるまで引き裂いた。
「があああああああッッッ!」
勝利の雄たけびと言わんばかりにハクビが咆哮する。
……だが
「おい、ハクビ! 大丈夫か! あんまり無茶するなとロウガンにも言われたろうが!」
洒落じゃないぞ。俺はハクビに注意した。
一応、残ってはいるが、回復薬もほとんど、コイツに使わないといけない感じだな。これは、次の依頼も、楽な奴の方が良いかも知れない。
「……」
ハクビは無言でこちらに向き直る。なんか口元を見ると微妙にに笑っているのが見えて、若干、不気味に感じた。
「おいお前……どうし――」
声をかけると、突然、ハクビが俺めがけて爪を振り上げ、近づいてきた。俺はとっさにそれをかわし距離をとる
「……ハクビ?」
ハクビは今度は飛び蹴りを仕掛けてきた。慌てて、無間の腹でそれを防ぐと、素早く身を翻し、俺の顔を殴ってきた。
「ぐッッッ!」
俺はそのまま後ろへ吹っ飛ばされ崖に激突した。
「カハッッッ!」
衝撃で、少しクラっとするが、ワイバーンの鱗の鎧のおかげか、身体に傷はない。
そして、吹っ飛ばされて、すっきりしたのか状況が大体わかってきた。
……こいつ、暴走してんな。俺も昔はそうだったが、偶にいるんだよなあ。敵を倒すことに快楽を覚え戦闘自体が楽しくなりやめられなくなる、ある意味やべえ病気状態になることが。
多分それだろうなと思い、ため息をつく。
―ったく……人が下手に出ていれば、調子づきやがって……―
「……わかった……てめえがその気なら、こっちだって容赦はしねえ! 問答無用でぶっ倒してやらあッッッ!」
「がああああああッッッ!」
ハクビは再び咆哮を上げながら俺に爪を振りかざす。だが大振りだ、当たらねえ。俺は避けるでもなく大きく開かれた腹を思いっきり蹴った。
「ガフッッッ!」
そのままハクビが吹っ飛ぶ。それに向けて俺は少し軽めの斬波を連続で打ち込んだ。
細かな傷がハクビを襲っていく。
「グウウウウウゥゥゥゥゥゥ……ガアッッッ!」
ハクビが気を込めた両手を大きく開くと、斬波の連撃がかき消された。へえ、あんなこと出来るんだな。だが、細かいと言えども、傷は傷。それも全身に刻まれ、そこかしこから、血がぽたぽたと落ちている。
息も絶え絶えになってきたハクビは爪と蹴りを合わせた連撃を俺に叩き込んでくる。
俺は無間でそれらを弾いていく
「オオオオアアアアアアッッッ!!!」
「ふんっ!」
受けながらも無間は刀だ。受けるたびにハクビにさらなる傷が増えていく。
「グゥッ!」
ハクビは何かを感じたのか一歩下がりそのまま後方へと跳躍する。
そう……この時、俺は仕掛けていた。
圧倒的な量の殺意をハクビにぶつけていた。
ーひとごろし発動ー
へえ、EXスキルにも反映するのか。ただの俺の特技なんだがな。いっぱしの戦士ですら圧倒的な死の恐怖を感じる俺の殺意。
前の世界でもよく使ったな。
―死神の鬼迫-
俺の殺意を受けたハクビは、俺が相手してきた敵と同じく、ぶるぶると震えている。全身から汗を流し、目に涙を浮かべながら呆然としていた。
……頃合いだな。
「奥義・無斬」
俺はハクビに無間による連撃を叩き込んだ……。
◇◇◇
「……ここは?」
「おっと、気づいたか?」
大量のイナゴの死骸の中でハクビが目を覚ます。ギルドからもらった回復薬がうまく効いたみたいだ。
「私は……どうなった?」
「イナゴを倒して、暴走して、俺に斬られた」
「ならなんで生きている? お前の刀はなまくらか?」
「減らず口が……何なら斬ってやろうか?」
「い、いや……」
「みねうちだよ、馬鹿」
ハクビにやった無斬はすべて峰打ちでやった。それでもハクビが完全に意識を失ったのは60連撃くらい食らわせた時だった。気を失うと同時に逆立った毛も元に戻り、爪や牙も通常通りとなったが、途端に血を体中から噴出させた。
俺は慌てて自分の回復薬を十個すべて使用し、傷を癒やした。
すると血の勢いは収まり、傷がふさがり、ハクビの呼吸も落ち着いていった。この世界の薬は凄いな。傷痕も残らないようだ。
寝てると意外と美人なハクビ。まだ、若いし、傷でも残ったらどうしようかと思っていたが、回復薬を3個くらい使った辺りから、血が止まり、傷がふさがり、身体が綺麗になっていくのを見て、全て使うんじゃなかったと、若干後悔した。
「……しばらく横になっとけ。今飯作ってるから」
起き上がろうとするハクビを寝かし、俺は料理を続ける。調理スキルの練習もかねて。
といっても干し肉を茹でてその中にイナゴの肉を入れた簡単なものであるが。
……そう。オオイナゴの肉は食えるみたいだった。鑑定眼でイナゴを視ると、
オオイナゴの外皮
固く薄い。
オオイナゴの翅
軽く薄い。
オオイナゴの足
固く分厚く重い
オオイナゴの筋肉
無害。固い
と出る。やっぱりこれくらいの情報しかまだわからねえよな。
筋肉が無害ということで食べても大丈夫なことを確認した。なんで食用かどうかまで、このスキルでわかるのかは正直どうでもいいので気にしないことにした。
それで、今に至る。
じっくり煮込めば肉も柔らかくなるだろうということで少々時間を置くことにした。
その間、オオイナゴの素材を剥ぎ取り、異界の袋へと入れていった。残ったものは一か所に集めて焼いた。
うわあ……香ばしい匂いがするなあ。
更に腹が減ってきたので、ふたを開けるといい感じに肉がほぐれている。少し味見をするとやはり塩気は少ないが美味かった。オオイナゴの肉は、もはや鳥の肉に近く若干固いが食えないほどではなかった。
俺は器にそれを移し、ハクビの元へと行った
「できたぞ。起きれるか?」
「ああ……」
「一人で食えるか?」
「問題ない」
ずずっと俺の作った汁をすする
「うん。うまい」
「それはよかった」
俺も早く食べよう。俺たちはしばらく食事に没頭した。
◇◇◇
「ごちそうさんっと。さてと……」
飯も食い終わった俺はハクビの暴走について問いただした。何も知らないまま、襲われたでは、気が済まないからな。一応聞いてみると、ハクビは、話してくれた。
ハクビの暴走の原因はハクビが獣人として持っている狂気というスキルだといった。
そもそもハクビは白餓狼というオオカミのような魔物と人の間に生まれたらしい。白餓狼は個体は少ないが非常に強く、ギルドの中では一匹でも超級かそれ以上と言われている一種である。
白餓狼は人間や他の生物を捕食するだけでなく、それらを攫い、交わることで、種の繁栄を築いてきたという。というか、魔物の中にはそういうのも居るらしい。
そして、ハクビもそうやって生まれてきた者の一人で母親は知らないという。しかし白餓狼によって育てられてきたと語り、幼い時は自身は白餓狼だ、と思っていた。
そんな白餓狼の凶悪さと人のスキルが合わさったのが狂気である。
このスキルは魔人や獣人に多く持つ者がいて、その効果は、親となった魔物の力を行使できるというものである。
ただ未熟なうちは魔物の血に人の体や精神が耐え切れず狂人となり、ただの獣に成り果て、暴走するという。
この問題は極める、つまり魔物の血に打ち勝つことで狂人になることを止めることが出来る。
ハクビが一番最初に狂人化したのは5歳のころだという。当時ある一匹の白餓狼との喧嘩の際に、自分の母親が居ないのは、自分が生まれてきたときに腹を爪で突き破り、死に至らしめたことが原因と知らされる。
その後、悲しみと怒りのあまり狂乱、そのまま、スキルによって狂人化し、その白餓狼をはじめ、一族の半数を屠ったハクビは、白餓狼の族長によって止められた。
この一件以来、一族から疎まれるようになったハクビは出奔、高い身体能力を生かし見世物小屋や、肉体労働の仕事をしながら生きてきたという。
「私の目的は、白餓狼を絶滅させることだ。そのためにももっと強くなって母や私のようなものを減らしていきたい……」
ハクビは俺にそう言った。何とも、悲しい話だな。一族の血によって、失った母親の為に、魔物の一族を滅ぼすってか……。もう、既に、ハクビにも、帰る場所というのはないのかも知れないな。
……なんて事は俺にはどうでも良い。
「……なるほど……それで俺が死にかけたわけだな」
「んなっ!?」
淡々と感想を述べる俺に、ハクビは間抜けた面で、間抜けた声を上げる。
「ん? なんだ? 同情でもすると思ったか? お前の話は確かに暗く重い。強くなろうとする理由もわかる。
だがこのままでは白餓狼と同じということに気付いてないのか?」
「どこが同じというのだ! あんな奴らと一緒にするんじゃない!」
「同じだよ。狂人となったお前は間違いなく俺を本気で殺しにかかってきた。俺を殺したらその後どうなるかとか考えていなかったのか?」
オオイナゴとの闘いは確かに、ハクビがケリをつけたようなものだ。
問題はその後。俺は、ハクビに殺されそうになった。また、無茶するなと言われたにもかかわらず、スキルを使って、狂人化し、俺を殺しにかかった。
無我夢中で、知らぬ間に、人を殺すあたりは、幼い頃のこいつと何も変わっていない。本能の赴くままに、爪を振り回すあたりは、白餓狼と何も変わっていないように思える。
「それはっ、その……」
俺が睨むと、ハクビはがっくりと肩を落とす。とどめとばかりに、俺は言ってやった。
「俺ならどうにかできるという余裕が心の中にあったんじゃないのか?」
「……」
ハクビは何も言い返さない。やっぱりそうか。
「その余裕がある限り、お前は強くなれない。まだ試験の時の戦い方のほうが良かった。お前は狂気を使わなかったんだからな。まずはそこから始めてみろ。そうして地道に強くなってから狂気スキルを使え。そうしない限り周りが迷惑する」
「……っ!」
ハクビはうつむいたまま震え始めた。どうやら泣き出したみたいだ。
気丈に振舞っているが、精神面はまだ子供みたいだ。
……そんなに、俺の言った言葉はきつかったか? 俺も今年で40……何だか、説教臭いオッサンになってしまったなあと頭を抱える。
ふと、前の世界の仲間達が頭に浮かんだ。こんな時、どうすれば良いのだろうかと思ったが、頭の中に居る、仲間達は、ニヤニヤしながら、俺のことを見ている。
……はあ、仕方ないな。
「……ただ、まあどうしてもというならお前の狂人化は今のところ俺が対応できるみたいだからな。スキル訓練に時々なら付き合ってやるよ」
「……え?」
ハクビが顔を上げる。単純かつわかりやすいやつめ。
「俺もこの世界に来て間もないし、下手な討伐よりはお前と一緒の方のほうが体がなまらなくて済みそうだ。それに、お前の強さは分かっている。これから、上級の依頼をこなす時には、一緒に居た方が良いだろう」
「……良いのか? また、アンタに迷惑をかけることになるのだぞ?」
「その時はまた、叩き潰してやる……一緒に強くなろうぜ、ハクビ」
ハクビはそのまま、俯いた。また、泣いてしまったかと思ったが、どうやら違うらしい。
そして、
「……よろしく頼む。ムソウ」
と、まっすぐ俺を見てそう言った。




