第65話―たっぷり遊んだから帰る―
俺はリンネを連れて、ツバキたちの元へと戻った。ツバキは腰に手を当ててムスッとしている。
「ムソウ様……何をしていましたか?」
ツバキは静かに俺に尋ねてくる。怒ってるようだ……。だが、そんなことは知らない。
「ああ、リンネと遊んでいたんだ」
「キュウッ!」
俺が笑って答えると、リンネも楽しそうに返事した。それを見て、ツバキは、はあ、とため息を一つこぼし、ハクビは頭に手を当てていた。
「……ムソウ様たちと遊びというのは、あれほどまでに過激なのですね……。分かりました」
ツバキはあきらめたようにそう言って、リンネを撫でる。
「ですが、今度から遊ぶときはここのように広い場所でお願いしますね」
ツバキはそう言って、にこりと笑った。
「ああ。分かってるよ……さて、そろそろ帰るか?」
俺がそう言うと、ツバキはそうですね、と言ってついてくる。そこでハクビと別れた。ハクビはこの後、ミサキの家に行くそうだ。
そして、きちんとミサキに謝ると言っていた。俺とツバキは頷き、ハクビが帰っていくのを見届けた。
その後、リンネの背中に乗り、帰ろうとしたが、ふとツバキが口を開いた。
「……そう言えば、帰ると言ってもどこへ行くのですか?」
「え、ワイツ卿の家じゃないのか?」
俺がポカンとしていると、ツバキは、何を言っているのかという顔になる。何のことだろうかと聞いてみると、ツバキは口を開いた。
「ワイツ卿の家は一時的な療養所になっていて、もう部屋はいっぱいだと思いますよ。……というかムソウ様が寝ていた場所が空いたので、代わりに他の方が今は使っていると思います」
え……そういうことは早く言ってほしいものだな。てっきりワイツ卿の家に泊まれると思っていた。俺が文句を言うと、
「え、私はてっきり自分の家がすでにあるものかと……」
と、返してきた。
「あるわけねえだろ。俺がこの街に来てからまだひと月も経ってないんだぞ」
「そう言えばそうですね。
しかし、困りましたね……いつもはどうされていたのですか?」
「ギルドに泊まっていたな」
「う~ん……今、ギルドはお忙しいようですし、邪魔になるかもしれませんよ」
「邪魔って……まあ、良い。じゃあ、この街の宿屋にでも泊まるかな」
「宿屋も療養所になっておりますので難しいかと……ミサキ様の家はどうですか?」
「あいつの所は……嫌だ」
「そう……ですか……どうしましょう?」
ツバキの言葉に俺も頭を抱える。いつもはギルドに泊まっていたから、この街に俺の家というものは無い。ミサキのように買おうかとも思っていたが、そんな時間はなかったような気がする。というか、この街の土地と、家の相場が分からない……。
しかし、宿屋の部屋までも療養所の代わりになっているとはな。そこまでの被害だったのか……。宿も開いていないとなると……ミリアンの家という手もあるか? ……いや、あそこは現在騎士団の調査中らしいからな。それこそ邪魔になるか。
ミサキの家に関しては、リンネは乗り気だが、あそこにはレイカとウィズも居る。そこに、俺が入っていくのは、何とも居づらい気がするから、行かないことにした。
だが、そうなると、どうすれば良いのか分からない。また、野宿でもしようかなと、俺が悩んでいると、ツバキが思いついたように口を開く。
「あ、でしたら今日は私の家に来ませんか?」
ツバキは笑顔でそう言った。……こいつ、家あったのか。ギルドの職員のように寄宿舎のようなところでもあるのかと思っていたが……。
「良いのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。もともと、私が騎士になってマシロに配属になった際に師団長から賜ったものなのです。騎士団の寄宿舎は男ばかりなので……」
そう言って、ツバキは頬を掻いている。ああ、それでこいつを心配したコウカンが家を用意したというわけか。
だが、コウカン殿……俺は女の一人暮らしも危ないものだと思うぞ。それにツバキは男が目の前で着替えようとしても、特に気にしない女だ。そもそもそういう心配はいらないと思うぞ……。
俺がそんなことを考えていると、ツバキが覗き込む。
「何か考えていますか?」
「……いや、別に」
「それで、どうします?」
正直悩むが、今日はまあ、仕方ないか。ここはツバキに甘えるとしよう。
「そうだな。よろしく頼む」
俺はそう言って、ツバキに頭を下げた。すると、ツバキは笑って、
「はい。よろしくお願いします」
と言った。
そして、俺達はツバキの家へと向かった。
しばらくマシロの街の中を歩いていく。辺りは既に日も落ちて、暗くなっていた。家々の明かりをぼんやりと見ながら歩いていると、ツバキが立ち止まった。
「こちらが私の家です」
ツバキの家は騎士団支部のすぐ近くにあった。やはり一人暮らし用のものなのか、他の家々に比べると、少し小さめだ。
「では、ムソウ様。少し狭いですがどうぞ」
そう言って、ツバキは俺を家の中に入れる。中は、俺の世界にあったものとよく似ていた。やはり、サネマサの影響らしく、クレナの家を参考にしたという。釜戸があり、玄関を上がると、畳の部屋があった。
なんか久しぶりに見た気がする。この世界の家の足元はほとんど木か石だからな。俺は懐かしい畳のにおいを嗅ぎ、少し落ち着いた。
部屋は居間のようなところと、寝室のようなところ、物置のようなところと3つある。俺は居間に寝ることになるのかな。
そして、机の前に座布団を置くツバキ。
「どうぞ、ごゆっくりなさってください」
「ああ、ありがとう」
俺が座布団の上に座ると、ツバキは茶を出してくれた。
「リンネちゃんには、こちらを」
そう言って、ツバキは色鮮やかな菓子を出す。リンネはそれを嗅ぎ、舌で舐めた。
「キュウウウゥゥゥ~!」
リンネはそう言って、菓子をもぐもぐと食べ始めた。……気に入ったらしいな。
「お喜び頂けてうれしいです」
ツバキはリンネを見ながらそう言って、席を立った。そして、隣の部屋へと行く。
俺は茶をすすり、装備していたものをとり、異界の袋へ入れた。
そして、ベヒモスのたてがみで作ったという着物を取り出す。ギリアンから貰ったもののうち、何枚かは長着のようなものだった。俺はそれに着替え、ひとまず落ち着く。
部屋の中を見てみると、らしいというかなんと言うか、何にもない部屋だった。だが、こんなもんでいいな。着飾ってるわけでもないし、むしろ何もない分落ち着くな。
ふと、ツバキが向かった部屋の方を見た。そこは障子で隔たれている。それを見ながら、カンナが3歳くらいになったときに、穴を開けまくり、俺とエイシンで直しているときにサヤがカンナを叱っていた時のことを思い出した。
あの時から家の中ではカンナは大人しくしてたな。……家の中では。一歩外に出たら、大きな木に登ったり、崖を登ったりしてサヤをあたふたさせてたっけな。
サヤは後で、家の中でも遊んでも良いから~! 危ないことしないで~! とか言っててカンナはさらに困っていた。
俺はその光景を見るだけで幸せだったな。エイシンも一緒にその光景を見ながら俺と笑っていた……。
……エイシンか。ガキの頃はあいつが鬱陶しくてうんざりだったが、今思えば、俺達が結婚してからのあいつの忠義は素晴らしいものだった。……最後の時まで、な。
……俺があいつを思い出して懐かしむとはな……。少しはあいつに優しくしてやっても良かったのか?
……いや、アイツにはあれでちょうどよかったのかもな。
そんなことを思っていると、ガラガラと障子が開いて、そこから長着に着替えたツバキが現れた。お、騎士の鎧を身に着けた時と、袴をはいた時しか見ていないからこういう、なんというか女らしいツバキは初めて見るが、なかなか綺麗なものだ。
淑やかで、清楚な感じだ。どこかの“魔法帝”とは真逆だな。
「どうされました?」
ツバキは俺と目が合うと、そう尋ねてきた。
「いや……綺麗なものだと思ってな」
俺がそう言うと、ツバキは少し顔を赤くし、微笑む。
「フフッ。ありがとうございます」
そう言って、俺の前に正座して、自分にもと茶をいれる。
「足……崩していいぞ。今日は疲れただろう?」
「ありがとうございます。どなたかの所為でクタクタです」
クスっと微笑み、ツバキは足を崩して座った。そして、茶をすする。まったく、ハクビの所為で俺もツバキもクタクタだな。
ツバキの言う「どなたか」はきっとハクビだ、うん。俺は目を泳がせながらそう思った。
「……さて、先にお風呂にでも入りますか?」
ツバキは俺にそう聞いてきた。
「え、風呂があるのか?」
「はい。浴槽はあって以前は薪をくべていたのですが、すこし面倒になりギルドに火炎鉱石を依頼していたのが最近手に入ったので……」
そう言って、ツバキは魔法陣の描かれた手袋をはめて、釜戸の近くにあった何か石を手に取る。それは精霊人の集落でみた火炎鉱石と同じだった。ツバキの付けている手袋は、火炎鉱石の熱を遮断しているみたいだ。
そう言えば、ここ最近ギルドの依頼の中に、火炎鉱石の採集依頼があったな。……それかな?
まあ、風呂があるなら入りたい。デーモン討伐の折に露天風呂に入ったのが最後だったからな……。
「では、リンネと風呂にでも入ろうかな」
「かしこまりました。では、ついてきてください」
ツバキはそう言うと俺を手招きする。俺はリンネを肩に乗せてツバキのあとについていく。その際に、菓子で汚れたリンネの口周りを綺麗にした。
ツバキについていった先にあったのは、大きな釜のようなものだった。中にはすでに水が張っている。ツバキは仕事に出る前に一度釜に水を溜めて出るそうだ。そうすれば、帰って来た時すぐに温めることが出来るかららしい。
「この、火炎鉱石をこの中に入れます。すると……」
ツバキは火炎鉱石を水の中に入れた。するとジュワっといって火炎鉱石が入っていく。そして、ブクブクと泡を発生させている。すこし時間が経つと釜の中から湯気が出てきた。指を入れてみると、ぬるくなっている。
「……もう少しお待ちいただくと、暖かいお湯になるはずです。ちょうどいいお湯かげんになりましたら、火炎鉱石を出してこの袋に入れて置いてください」
そう言って、ツバキは俺に手袋のものと同じと思われる魔法陣が描かれた袋を渡す。どうやら、この袋にも耐熱の効果があるようだ。
俺は頷き、袋を受けとる。
「では、私はお夕飯の用意をしておりますので、どうぞごゆるりと……」
ツバキは、風呂場から出ていく。俺はもう少し時間を置いて、着物を脱いだ。そして、今日ギリアンから貰った小手を異界の袋から出し、お湯に手を入れた。うん、ちょうどいいな。
そして、火炎鉱石を手でつかむ。ギリアンの小手のおかげで火炎鉱石からの熱は感じない。本当に熱いものなのかと思い、顔に近づけると、結構な熱気を感じる。素手で触ったら危ないんだな……リンネにも気を付けるように言って、そのまま袋に入れて、俺は湯に足を入れる。
その後、風呂桶に湯を入れ、リンネを入れると同時に俺も肩まで浸かる。
「ああ~~~♨」
「キュウ~~~♨」
久々に入る風呂はやはり気持ちよかった。疲れが一気に取れていく……。リンネも気持ちよさそうだ。目を瞑ってうっとりとしている。俺はうっとりしているリンネの顔目掛けて、お湯をかけた。
「キュッ!」
リンネは驚き、俺を見た。
「キュ~~~~!!!」
リンネは笑って、顔をブンブンと振る。すると、リンネの顔から水しぶきが飛んでくる。
「ハハッ! 悪い悪い!」
俺が謝ると、リンネは満足げにまったりとし始めた。俺はそれを眺め、浴槽から出て手ぬぐいで体を洗う。一通り洗い終わった後は、リンネに石鹸をつけて洗った。リンネはおとなしく俺に洗われている。こういうところは他の動物とはやはり違うな。
前に仲間が連れていた狼を洗ったときは暴れて大変だったがな。まあ、そいつは初めて会ったときに俺に噛みついてきて俺が殴った奴だからな。それは、仕方ないが。
ちなみにそいつの傷は今でも残っている。俺に傷を残すなんてな。ふと、その仲間と狼を思い出し、懐かしい気持ちになった。
……やはり、周りが前の世界に似た雰囲気だからかな。先ほどといい、ここは俺に昔を思い出させるな。明日、皆に聞かせるために、一つでも多く思い出しておくとするかな……。
俺はそう思い、リンネを洗っていく。そして、一通り洗い終え、リンネの体の泡を一気に流した。
「キュウウウ~~~!!!」
「わぶっ!」
リンネは体を震わせ、辺りにお湯を飛ばす。すると水しぶきが俺の口の中に入ってきた。
俺は水が散ってきた腹いせに、リンネの頭を人差し指で小突いた。
「キュウ?」
リンネはこちらを見て、首を傾げている。俺はため息を一つついて、リンネを風呂桶に戻して俺も浴槽につかった。
いや~……やっぱり風呂っていいな。家は良いから風呂だけでも旅に持っていきたいな。あ、でも入っている最中に魔物に襲われるのも嫌だな……。よし、風呂は街に着いた時の楽しみとしてとっておこう……。それか、死神の鬼迫を使いながら……って、風呂くらいはゆっくり浸かりたいな……。
「……ムソウ様ー! ご飯の準備が整いましたよー!」
ふと、ツバキの声が聞こえてきた。夕飯が出来たらしい。俺はリンネを連れて風呂から出ると体を拭き、リンネを扇いで毛を乾かしてやり、浴衣に着替えて居間へと向かった。
居間からは美味そうな匂いが伝わってくる。ああ、腹減ったな。そういや最後に食べたのは粥だったか。あれも美味かったからツバキの飯はさぞおいしいのだろう。楽しみだな……。
◇◇◇
居間につくと、ツバキが机の上に料理を置いていた。白飯、汁物、焼き魚、野菜の煮物とツバキは次々に料理を置いていく。そして、最後に赤い、生肉のようなものを置いた。
俺が不思議そうにそれを眺めていると、
「あ、ムソウ様。こちらはクーマという馬のような魔獣の肉です。刺身で食べるとすごく美味しいんですよ」
と、ツバキが教えてくれた。すると、リンネが近づき臭いを嗅ぐ。そして、前足でそれを触ろうとしたが、ツバキが皿をリンネから離す。
「いけませんよ。まだ、準備が出来ていないので……」
「キュウ……」
リンネはしょぼんとした様子で俯く。俺は畳に座り、リンネをつついた。リンネは振り向き、俺の膝の上に乗って、一緒にツバキの作業を眺めはじめた。
「……ふう、これで良し、と。……お待たせいたしました。さあ、食べましょうか」
「ああ。ありがとうな」
そう言って、俺は手を合わせる。リンネも俺を真似して、前足を合わせた。
そして、まずは煮物を食べた。うん、美味いな。野菜にはしっかりと味がついている。その割に崩れていない。柔らかすぎない適度な硬さだ。次に汁をすすり、焼き魚を口に運ぶ。
おお、これも美味いな。良い塩加減だ。本当にちょうどいい。俺は美味いおかずと一緒に米も口の中にかきこむ。よくご飯に合うな。
ふと、リンネを見ると、先ほどのクーマという肉に夢中になっている。俺も気になり、箸でとった。隣にはしょうがのようなものも置いている。俺はそれをつけて口に運んだ。……美味かった。少し硬いが気になるほどではない。動物臭さもほとんどなく、あっさりとした味わいだ。しかし、これは白米に、ではなく酒が飲みたくなる味だ……。
ああ、酒が飲みたい。
俺がそんなことを思っていると、ツバキが戸棚から何かを取り出して、俺の前に置いた。それは「水神花」と書かれた紙が貼ってある酒瓶だった。
「クーマを食べるとお酒が飲みたくなりますよね。さ、どうぞ」
ツバキはそう言って盃に酒を入れて、俺に渡した。
「……すまない。が、良いのか?」
俺がツバキに聞くと、ツバキはにこりと笑って、
「はい。誰かとお酒を飲むのは私も久しぶりなので……」
そう言って、ツバキは自分の盃を用意し、酒を入れ始めた。
「では、ムソウ様。本当にお疲れさまでした」
「ああ。お前もな」
俺達は乾杯した。そして、一緒に夕飯を食べていく。
「この煮物どうでした? すこし煮詰めすぎたと思うのですが……」
「そうなのか? 俺はおいしいと思ったんだが」
「それは良かったです。ではこちらの魚はどうでしたか? これは自信があるのですが」
「ああ。これも美味いぞ。塩加減が完璧だ。……しかし、このクーマの肉も美味いな」
「ありがとうございます。……ふふっ、リンネちゃんも喜んでくださっているみたいで嬉しいです」
「キュウ!」
俺達の晩飯は楽しく続いている。ふと、リンネを見ると口の周りを盛大に汚していた。俺は手ぬぐいをとり、リンネの口の周りを綺麗にした。
「あ、ムソウ様も……」
ツバキはそう言って、俺の口元を手ぬぐいで拭き始めた。
「うお、恥ずかしいぞ、ツバキ」
「そのまま、汚れた口周りで居る方が恥ずかしいと思いますよ」
むう……そう言われると、そっちの方が恥ずかしい気もしてくる。俺は仕方なく、ツバキが俺の口周りを拭くのを待っていた。
そう言えば、先ほどからツバキの様子が変わっていない。というのも少し多く酒を飲んでいたように見えたが……。この世界の女は、今まで下戸ばかりだったからな。流石に心配になる。
「……ツバキ、酔っているのか?」
なおも俺の口周りを拭いているツバキに尋ねてみると、不思議そうな顔をする。
「いいえ、酔っていませんよ。昔から酔うということがどういうものなのか私には理解できません」
おおう……俺の前に蟒蛇が居る……。
なんでも騎士団の同僚や、コウカン、リュウガンと呑んでも周りの奴らが先に酔いつぶれ、自分が介抱することが多いという。それくらい酔いつぶれたという経験はないらしい。
「ロウガンさんとお酒を飲んだ時は大変でした。酔って暴れていたのを止めるのは流石に骨が折れましたよ」
「……ああ、やっぱりロウガンも下戸か?」
俺が聞くとツバキは頷いた。何度かロウガンとも酒を飲むのだが、ロウガンは酔うと最近の若者はなんだかんだと怒鳴り出し、最終的にはそこらの冒険者や騎士に剣を抜くことも多いという。
そういう時はリンスやツバキが止めに入ることも珍しいことではないらしい。そう言えば、この前マリーと呑んだ時に、酒場の店主もそんなことを言っていた気がする。
ロウガン……見た目通りの奴だ。
「……はい。綺麗になりましたよ。ところでムソウ様は酔ってはいないのですか?」
俺の口周りを拭き終えたツバキはそう尋ねてくる。
「ああ。まだ酔ってはいない。……俺も昔から酒に酔うということは無かったな」
俺がそう言うとツバキはフフッと笑って、そうですかと頷いた。
そして、また飯を食べ始める。ツバキは食事の所作も綺麗だ。箸の持ち方、姿勢など、どれをとっても美しいと言えるものだった。
「なあ、ツバキ。お前、どこでそんな所作を習ったんだ?」
「武王會館ですよ。ムソウ様が感嘆するほどのものですか?」
俺の問いにツバキは首を傾げてそう言った。武王會館でっていうことはサネマサの所だよな。あいつはそこまで綺麗な所作だったとは思えないぞ。ワイツ卿にも叱られていたし……。
俺が頭を捻っているとツバキは言った。
「……やはりムソウ様の前ではサネマサ様も砕けた感じなのですね……」
「ん? ああ。どうもお前の師とは思えないほど、どちらかと言うと、粗暴な印象だったな。だが、人間味の良い奴だとも感じていたが……」
ツバキは俺の言葉にため息をついて、箸を進めていく。
サネマサはツバキたち弟子の前では毅然とした態度で過ごしていたらしい。だが、普段はそんな様子は一切見せず、たまに他の十二星天たちと過ごすときのサネマサを見ることがあってその時あいつは、普段は見せたこともないような砕けた感じで過ごしていたという。
ツバキはそれが嫌だったらしい。弟子であるからこそ、少しは自分たちにもそういった態度で過ごしていて欲しかったという。
「……あいつもいろいろ大変なんだな」
「大変だからこそ、私達にも頼って欲しかったものです」
ツバキはそう言って箸を進めていく。
……こいつらも大変だったんだな。いまいち、俺は弟子というものを持ったことが無いが、それは何となく、カンナの前では父親らしくしないといけないと思っていた、俺に似ていて、何となく、サネマサの気持ちも分かった気がした。
俺はそう思い、飯を食べ、酒を飲んでいく。
「ふう、ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
その後、しばらくして、俺達は飯を平らげた。ツバキは空になった食器を下げていく。
「あ、洗い物は俺がしておくからよ、お前は風呂にでも入ってろよ」
俺がそう言うと、ツバキはキョトンとした。
「え……お任せしてもよろしいのですか?」
「何を不思議がっているんだ?まさか、俺が家事の一つもできないとでも……?」
「……では、お任せしてもよろしいですか?」
「ああ」
俺の言葉に、ツバキはわかりましたと言って、風呂場へと向かって行く。
その後、俺は食器を洗った。昔はサヤと一緒に洗っていたからな。これくらいなら大丈夫だ。リンネは俺が洗った食器をどんどん拭いていく。こいつもえらいな。……いや、というか磨いた食器がキュッキュと音が鳴るのが楽しいみたいだ。
まあ、楽しくやっているのなら良いか。
「……ふう。終わったな……さて」
俺は、リンネを連れて、居間へと上がる。そして、異界の袋から毛皮でできた簡易的な布団を敷く。しわを伸ばしていると、リンネも手伝ってくれた。時々、ぽてっとこけることもあるが、リンネはうまいこと雑巾がけでもするようにしわを伸ばしていく。
そして、寝床が完成し、リンネを撫でてやった。すると、リンネは俺を見つめ、肩へと駆けのぼり、俺の頬をポンポンと叩いた。
「ん? お疲れって言っているのか?」
「キュウッ!」
俺の問いにリンネは頷く。おお、今日は体も成長するばかりか、心もだいぶ成長したみたいだな。いつもは撫でられて喜んで終わるだけだったが、俺にまで気遣いできるとは驚きだ。
「ハハハッ! ありがとうな」
「キュウッ!」
俺が礼を言うと、リンネは喜んだ。
そして、しばらくするとツバキが風呂から上がって戻ってきた。
「あ……今日はここで寝るんですね……」
ツバキは俺が用意した寝床を見てそう言った。
「ん? ああ。流石に一緒の部屋だと……な」
俺がそう言うと、ツバキは何やらがっかりしたようだ。
「私は一緒の部屋で寝ようと思ったのですが……」
「……は?」
「いえ、ムソウ様と一緒に寝ようと思っていたのですが……ダメですか?」
俺が唖然としていると、ツバキは残念そうにそう言った。こいつは時々すごいことを平然と言うからな。俺言わなかったっけ? 俺には妻も居たし、息子も居たっていうこと。それでもなお、そういうことを言うとはな。
そんなこと思っていると、リンネがツバキに寄っていく。そして、尻尾を振った。
……ああ、一緒に寝たいのか。リンネ、俺のこともしっかりと考えてくれないか……?
「あ、リンネちゃんは私の部屋で寝たいみたいですね?」
ツバキは笑顔で俺にそう言ってきた。意地悪そうな笑顔だ……。サヤがよくやっていた顔にそっくりだ。ああなると、俺も従うしかない……だが、それは夫婦だったからだ。それに、俺もあれから成長したんだ……。
「そうか、わかった。では、リンネ、今日はツバキと一緒に寝てやるんだ。俺はこっちで寝るからな。じゃあ、おやすみ、二人とも」
そう言って俺は布団にくるまう。
……疲れもあってか、今日はすぐに寝れた。……よし、これなら大丈夫だろう。
ツバキは茫然としているようだが、いいや。気にせずに、もう寝よう……。
◇◇◇
ムソウ様が眠るところを見ながら、私は茫然としてしまいました。まあ、妻子も居たらしいですからね。仕方ありませんか……。何となく、残念な気持ちになり、ため息をつくと、リンネちゃんが肩へと駆けのぼり、私の頬をポンポンと叩く。私を気遣っているみたいです。本当に、リンネちゃんはえらいですね。
「あ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
私はリンネちゃんの頭を撫でる。そして、私の肩の上でリンネちゃんは尻尾を振り、また、下へと降りた。すると、私の布団を前足で差し、ムソウさんの所まで行って、トントンと床を叩いた。
「キュウ」
「……そこで寝ようと言いたいのですか?」
「キュウッ!」
私の問いにリンネちゃんは力強く頷いた。……あ、そうか。ムソウ様が動かないなら、私が動けばいいのですね。
私はリンネちゃんの行動に納得して、布団をムソウ様の方に寄せる。そして、布団の中に入りました。リンネちゃんは、私とムソウ様の間に入って、寝ようとしています。
本当に賢い子だな、と感心しますね。私はリンネちゃんの首筋を撫でました。リンネちゃんは嬉しそうにして、ムソウ様の肩に頬を預けるようにして眠り始めました。
……ムソウ様のお顔がすごく近くにあります。少し寄りすぎたかな……。ふと、ムソウ様の鼻をつつきたくなって指で突いてみました。
「ん……」
ムソウ様は一瞬反応したみたいですが、またスヤスヤと寝息を立て始めました。
……本人は大丈夫だと言っていましたし、ミサキ様の鑑定でも問題なしということでしたが、やはり疲れていたみたいですね。
……この街全体で起こった事件を、ムソウ様はたった一日で解決した。本来なら我々騎士団の仕事なのに。それでもムソウ様はそんな私達を一切咎めず、むしろ弱い私達を頼ってくださった。
そして、私に武王會館の門下生として、騎士として、どうするかということを示してくださった。
だから……私は……。
……もしも、これからムソウ様に何かあるとしても、私がきっと力になる。力になりたい……
私はそう決意して、眠りに落ちていった……。




