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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
はた迷惑な貴族を斬る
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第64話―少し遊ぶ―

 俺とツバキが、ミサキの頬から手を放すと、ミサキは頬を摩りながら、涙目でこちらを見てくる。


「もう……ひどいよ……」


 リンネがミサキに移り、頬をポンポンと叩く。ミサキは俺とツバキをジトっと見てくるが、俺達は無視し、その場を後にしようとした。

だが、ここでふと思い出したことがあったので、伝えることにした。


「あ、そうだ……ミサキ。明日、全部終わる頃に、俺の過去を話そうと思うんだが、ミサキも、聞いてくれよ」


 俺がそう言うと、ミサキは少し顔色を暗くした。そして、真剣なまなざしで俺を見る。


「……大丈夫?」


 ミサキは俺の目をまっすぐに見ながらそう言った。……こいつは俺の過去を覗き込んだらしいからな。俺の辛さを現状、一番よく知っているのはミサキだ。俺がその時のことを語りたくないということを一番理解してくれている。


 俺はミサキの頭に手を置いて、


「ああ。もう吹っ切れた。だから、もう良いんだ。それに、お前が視たという記憶の続き、お前も気になるだろ?」


 俺は笑ってミサキに尋ねた。ミサキはしばらく俯き、黙る。……だが、ゆっくりと顔を上げて、


「……うん。ムソウさんがあそこからどうやって、今のようになったのか気になっていたの。……私も、知りたい」


 と、遠慮がちに言ってきた。俺はそんなミサキに微笑み、頷いた。


 ……さてと、明日の件についてはもう良いな。俺はミサキに別れを告げて、ツバキとリンネと共に、その場を離れた。


 マシロの街は意外にも普通の状態だった。荒れているのは戦いのあった噴水広場だけのようで、少し安心した。あの時、住民たちはそれぞれ一人も家から出ていなかったみたいだったしな。


 それに、ミリアンを倒した時もそこまで破片は降らないようにしていたからな。その辺りも大丈夫らしい。そう思いながら、歩いていると、騎士団と訓練した広場に着いた。流石に、ここは何でもないな。強いて言うならば、俺達が闘った跡が、まだ少し残っている。次の訓練の時までに、綺麗にしないとと、ツバキと笑っていたが、あることに気付く。

 広場の中心に誰かが立っている。よく見ると、それはハクビだった。

 ハクビはぼーっと空を見ている。……あいつ、何やってんだ? あんなところで。確か、呪いの影響で状態があまり良くないと聞いたが。


 俺達はハクビに近づき、声をかけた。


「おい、ハクビ」


 俺が声をかけると、ハクビはうつろな目をして、こちらを向いた。


「……ああ……ムソウか」


 ハクビは小さな声でそう言った。流石に元気ないみたいだな。


「こんなところで何してるんだ?」

「……ギリアンから……貰ったものを……試したくなってな……だが……どう試したらいいのかわからないし……ここへ来て急に……やる気が無くなってしまった……」


 ハクビは力なく、ぼそぼそと呟いた。よく見ると、手に何かをはめている。それは手甲鉤のようだが、長い爪状の刃は備わっておらず、指の部分だけを護るように金属のようなものがついている。

……ああ、ハクビは爪で闘うからな。爪は必要ないか。ただ、あれだと拳で硬いものも殴れそうな感じだな……。

 そして、胸元には首飾りをしている。紫の水晶のようなものがついており、左右に何かの牙が数珠と一緒についたものだった。そう言えば、先ほどギリアンが持ってきたものの中にそんなのがあったような気がするな……。


 だが、ハクビは特に何かをするわけでもなく、茫然と立ち尽くしている。それを見ていると、俺の袖を何かが引っ張る感覚があった。振りかえると、ツバキが俺の袖をつかんでいる。そして、少し離れて口を開いた。


「ムソウ様……ハクビさんは呪いの影響であのようになっていると私は思います」

「……どういうことだ?」


 ツバキは、呪いとは他者が相手の意識を乗っ取るもので、呪いの影響下にいるうちは、呪いをかけた者に操られていると言っても過言ではない。ゆえに、その影響が無くなると皆、能動的でなくなり何をするにも手につかないことがあると語る。


「今のハクビさんは、私と闘っていた時のような覇気は感じられません」


 と、ツバキは言った。


 確かにな……こんなにも気だるげなハクビは初めて見るかも知れない。普段なら、俺を目にした途端、練習に付き合ってくれないか、とか言ってきそうなものなんだがな。


 ……もしかして呪いを受けた奴ら、皆こうなっているのか? 状態がよろしくないってこのことか? 

信頼していた奴に向けた本気の殺意の記憶、そして呪いのあとに残った喪失感、か。これは関係の修復は意外と難しいのかもしれないな。


「……どうすればいいと思う?」


 俺は困って、ツバキに聞いてみる。ツバキは微笑み、


「……ムソウ様のそういうところが私は好きです。皆さんを心配し、どうにかするために私などにも頼ってくださる……」

「からかうなよ」

「からかってなどおりませんよ」


 そう言って、ツバキは顔に手を当てて、考え始めた。


「そうですね……私なら……」


 すると、ツバキはハクビの前に立つ。何をする気なんだ?


「ハクビさん」

「……ん?……なん――」


 ツバキはいきなり、茫然とするハクビの腹に蹴りを入れた。ハクビは吹っ飛び、うずくまる。俺は突然のツバキの行動に驚いてしまい、何も言えず、ただその光景をみて呆然としていた。


 そして、ツバキは刀を抜き、ハクビに向ける。


「さあ、あの時の続きです! かかってきなさい!」


 ツバキがそう言うと、ハクビは腹を押さえながら立ち上がる。そして、ツバキをキッと睨みつけた。


「……貴様……何をする!」


 おお、怒ってる。そりゃそうだ、いきなり腹を蹴られたら俺だって怒ってしまうな。ハクビはギリアンからという手甲鉤を手にはめ、ツバキに凄い速さで近いていく。


「ガアアアアッッッ!」


 ハクビは雄たけびを上げながら、手を振りかざし、ツバキを切り裂こうとする。だが、ツバキは笑顔のまま、そこに立ち尽くしている。

そして、ツバキにハクビの爪が迫った瞬間、ツバキはその場で回転し、それを躱しながら、ハクビの背中を蹴った。


「ガッ!?」


 ハクビはそのまま吹っ飛んでいき、地面に突っ伏す。


「……遅いですね。これが刀を使った攻撃ならあなたは既に死んでますね」


 ツバキは地面に突っ伏しているハクビに嘲笑の笑みを顔に浮かべながら、冷たく言い放つ。

 ハクビは立ち上がり、なおもツバキに向かっていく。


「やれるものなら、やってみろおおおお!!!」


 ツバキはそう言いながら、またも爪を振り上げる。今度は気を纏わせているみたいだ。手の周りに大きな手の形をした気が纏わりついている。


「あ、斬ってもいいんですね? ……わかりました」


 ツバキは、刀を納刀し、居合の態勢に入った。ハクビはさらに速さを上げて、ツバキに近づいていく。


「狼爪斬!!!」


 ハクビの気がツバキに迫った瞬間、ツバキが刀を抜く。


「抜刀術・瞬花!!!」


 すれ違いの刹那、ツバキはハクビの気を斬った。そして、過ぎていくハクビの背中を斬る。……速いな。俺が初めてエイシンの居合を見て驚いたときと同じ衝撃だ。だが、ツバキの方が圧倒的に速い。


 なにせ、ハクビがまだ斬られたことに気付いていない。完全に技が決まったと思っていたハクビはツバキを見て、困惑している。しばらく、ツバキを見ていたハクビの背中から血が噴き出す。


「ぐあっ!」


 ハクビは痛みに声を上げてその場に倒れる。


「ふう……本当に軽いですね、この刀は。私の居合もさらに磨きがかかりました。……さて」


 ツバキはそう言って、ハクビに近づいていく。


「貴女は地面に倒れているのが好きな方の様ですね……ですがそれでは私が楽しめません……」


 そう言いながら、ハクビの背中に軟膏のようなものを塗る。すると、ハクビの背中の傷が塞がり、噴き出していた血が止まる。……どうやら、飲んだり、かけたりするものではなく、塗る回復薬のようである。


 ふと見ると、傷を治されたハクビは目を見開いている。

そして、ツバキの行動に理解が追い付いていないみたいだ。そんなハクビを見て、ツバキはさらに続ける。


「……さあ、早く立ち上がって私と闘ってください。地面にひれ伏すだけでは私は倒せませんよ? ムソウ様のお仲間なら、私ごときさっさと倒してしまいなさい!!!」


 なおも挑発するツバキ。……すげえな、今のツバキ。あんな一面もあるのか。

そして、俺と出会ったとき……と言っても一週間も経ってないが、あの時よりも強いと感じる。武器のおかげか……?


 いや、違うな……。あいつは今回の一件で何度も血を流しながら闘ったんだ。ということは、いずれもあいつにとっては強敵との連戦だったはずだ。あいつは強敵との戦いの中でぐんぐんと成長したのだろうな……。


 成長性で言えば俺以上だと感じた。だが、それはハクビも同じだ。この二人の闘いは見ていて楽しいな。こっちもうずうずしてくる。


 ……ああ……そういうことか。


 俺は一人納得しながら、二人の闘いを見ることにした。


 ハクビはよろよろと立ち上がりながら、ツバキを無言で見ていた。そして、ぽつりと口を開く


「……なぜ、怪我を治した? ……あのまま止めを刺せばよかっただろうに」


 ハクビの言葉にツバキは微笑んだ。


「先ほども申し上げましたとおり、私が楽しめないからですよ……」


 そう言ってツバキは刀を構えた。ハクビはなおもツバキを見つめて、口を開く。


「……思い出した。お前は呪われた私と闘った女だな?」

「ええ……それが何か?」


 ハクビの問いにツバキは刀を構えたまま、淡々と応える。ハクビは俯き、


「……すまなかった」


 と、言いながら頭を下げる。その言葉を聞いてツバキは薄く笑みを浮かべ、ハクビに言った。


「謝るのは良いですが、早く私を楽しませてください」


 その言葉を聞き、ハクビは真顔になった。そして、フッと笑う。


「……嫌いだ、お前」

「私もです」


 そう言葉を交わし、二人はお互いを見つめ合う。


 ……俺は、ハクビの目が先ほどまでとは違うと感じた。自我のない、喪失感のある目ではない。以前のような、闘気に満ちた強い目だ。そして、今のハクビからは強い覇気を感じる。


 ……帰ったな。


 俺はそう思い、静かにその時を待った。


 ツバキは下段に刀を構えたまま、動かない。ハクビは気を手に集中させているみたいだ。


 そして、二人はお互い攻撃の態勢を整えたまま、じっと動かなくなった。


 そのまま、時が経っていく。




 ……




 ……何も起きない。このままでは埒が明かないな。


 俺はそう思って、小石を手に取った。それを上に高く投げる。そして、小石は落ちていく。


 そのまま落ちて、小石は石畳の上にカンッと、良い音を立てて落ちた。


 次の瞬間、ハクビとツバキが動く。


「斬波!!!」

「黄狼波!!!」


 ツバキが刀を振り上げると、俺やリュウガンのものと比べると薄く鋭い斬撃が、ハクビの元へと向かう。そして、ハクビがその場で正拳突きをすると、拳から、狼の形をした気が放出された。

 両者の攻撃は二人の間でぶつかる……と、思ったが、ツバキの斬波は、ハクビの攻撃をすり抜けて、ハクビ本人へと向かう。切れ味が良すぎるゆえに、相手の攻撃を止めるわけでも、相殺するわけでもないらしい。

迫りくる斬波を、ハクビは躱そうと、横に跳ぶ。と、同時に、狼の形をした気が、ツバキへ向かう。ツバキはそれを体を回転させて、やり過ごした。


 そして、二人の背後で、お互いの攻撃が炸裂した。


 2人はお互いに目を合わせその場に立つ。そして、


「また、引き分けか……」

「……また、ですね」


 と、言い合っていた。


「それまでだ!」


 俺は立ち上がり、二人にそう告げて、闘いを終わらせた。二人はお互い息を吐き、ツバキは刀を鞘にしまった。


 ……なかなか、見事だったぞ、二人とも。特にツバキ。お前の闘いを見てて、俺はある決心が出来た。本当にありがとう。俺はそう思い、二人に近づいていく……。


「よお……気は済んだか?」


 俺はツバキに声をかけた。ツバキはにこりと笑い、こちらを振り向く。


「ええ、私は大丈夫ですよ」

「そうか……。で、ハクビ。気は晴れたか?」


 ハクビに声をかけると、まっすぐに俺を見た。


「ああ……」


 ハクビは頷き、しばらく下を向いた。そして、顔を上げ、


「ムソウ……すまなかった」


 と、謝った。


「……俺は別に気にしてねえよ。今回の一件は呪いをかけた奴がいる。そいつが全部悪い。呪われていた奴らに非はねえと俺は思っている。

……だが、それでも何か感じるものがあるなら、俺より、マリーとリンス……それからミサキにもちゃんと謝っておけよ」


 俺がそう言うと、ハクビは頷く。少し厳しいかなとも思ったが、ハクビの顔を見て大丈夫だと思った。ハクビの表情は、先ほどまでに比べてずいぶんと明るくなっている。もう、何も心配することは無いだろう……。


「ところで、ムソウ。こいつは?」


 ふと、ハクビがツバキを見て、俺に尋ねてくる。


「ん? 記憶はあったんじゃないのか?」

「闘った記憶はある。狂人化した私を止めたということだけだがな……」


 ああ、そうか。まともに会うのはこいつら初めてなのか。俺はツバキに自己紹介をするように促した。


「私はツバキと申します。マシロ騎士団団員を務めております」


 と、簡単に自己紹介をして、ツバキはハクビに一礼する。


「そうか。私はハクビ、冒険者だ。先ほどは良い戦いをしてくれたことを感謝する」


 ハクビはそう言って、礼をした。そして、


「しかし、騎士とはな。先ほどの闘いの様子からそうは思えなかったぞ」


 と、続ける。まあ、確かにな。ハクビを本気で怒らせてもなお、挑発を繰り返し、小馬鹿にした一面は俺も驚いた。最初の不意打ちにしたってそうだ。いきなり蹴りを入れるなんてな。街で喧嘩を売ってくるチンピラよりもたち悪いようにも感じた。


 ツバキはハクビの言葉に笑って、


「先ほども申しました通り、あのまま闘っても私は楽しくないので……」


 と言った。こちらも全力で戦うのならば、相手にも全力を出してほしいというわけか? 

……いや、今回の場合は、呪いの影響で空虚だったハクビの心を闘争心という形で呼び覚ましたと、考えるべきだろう。ツバキの態度で激怒したハクビはいつものような闘争心むき出しになり、闘っていた。こいつも闘いが好きそうだからな。良い手だと思った。


 ツバキが戦闘狂でない限りきっとそうだ。俺はそう思うことにした。


 ツバキの言葉を聞いて、ハクビはフッと笑い、


「……やはり、お前は嫌いだ」


 と呟く。


「ええ、私もです」


 ハクビの言葉に、ツバキも笑って返した。どんな仲だよと、心の中で突っ込む。

ふと、ハクビの装備に目が行く。


「……で? ギリアンから貰ったものの試しは済んだのか?」


 俺がそう聞くと、ハクビはこちらを向いて頷く。


「ああ。これはベヒモスの手甲。基本的な物理攻撃力と、気の力を上げるものらしい。つけていないときよりも、少ない気で大きな技を放てるようになった」


 ほう、あの手甲にはそんな効果がついているのか。まさにハクビが闘うのにぴったりなものだな。


「そして、こちらはベヒモスの核からできた、身体能力が上がる首飾りだという。まあ、簡単に言えば、足が速くなったり、高く跳躍することが出来たりする。それから、ベヒモスの核が素材ということもあり、こういうこともできる……」


 ハクビはそう言って、少し離れた。そして、体中に気を溜める。すると、首飾りが輝き、ハクビの全身を覆う体毛が総毛立つ。そして、バチバチと音を立て始めている。


「この首飾りの最大の効果は、これだ。ベヒモスが使っていた雷を纏うことが出来る。この雷はそのまま鎧となり、私の身を守ってくれる……そして……」


 ハクビは手を前に出す。すると、バシンッ! といって手から雷が放出された。


「この雷を攻撃にも使うことが出来るみたいだ……」


 そう言って、ハクビは力を抜いて雷を起こすのを辞めた。


「……すごいな、それ。攻撃というのはどれくらいのものを弾くのだ?」


 俺達に近づいてくるハクビに俺は尋ねた。


「ふむ……それは実際に使ってみないとわからないな」


 と、ハクビは答えた。こいつは普段、防具というものを身につけないからな。まあ、あれだけ早く動けばこいつに当たる攻撃というのも珍しいが……。さらにこいつの闘い方だと防具があると動きづらそうだからな。着ない防具というのは便利かも知れないな。


「……しかし、何故私の闘いでは使わなかったのですか?」


 と、ふとツバキが尋ねる。ああ、そう言えばそうだな。一回もこいつは雷らしきものを使ってなかったな。舐めてたってわけでもなさそうだが……。


「ああ、それは……忘れてただけだ」


 ハクビはバツが悪そうに俺にそう言った。……こいつ、頭に血が上ってて忘れていたのか……。俺とツバキは一つため息をついて、


「ハクビ、てめえの弱点はそこだな。カッとなりやすい性格は本当にどうにかした方が良い」

「その通りです。先ほど申し上げましたように、初撃が刀の攻撃でしたら、貴女はもう死んでいます。それに、頭に血が上った貴女の攻撃は力が入り過ぎて大振りになってしまっています。あれでは、私ごときでも簡単に躱すこともできますし、反撃も楽にできます」


 俺の言葉にツバキも続いて、そう言った。私ごときって……。こいつも充分強いと思うがな……。

 カッとなりやすい性格は本当に直した方が良いかもな。下手すれば、狂人化し、今後、ミサキ達にも被害が及ぶかも知れない。

 ……いや、どちらかと言えば、ミサキにコテンパンにされる回数が増えるかもしれないと思ったが、それを言うと、怒りそうなので黙っておこう。


 しかし、俺とツバキに短所を指摘されたハクビは、少しムッとしたような顔になり、俺達を、強く睨んだ。


「自分に足りないものと、必要なものくらい分かってる!」


 そんなことを言ってくるハクビに、俺とツバキは頭を抱えた。


「それだよ」

「それです」


 ハクビは俺達の言葉を聞き、目を見開き、ガクッと項垂れた……。ふと、気が付くとリンネが遠くの方で、蝶のような虫を追いかけて遊んでいるのが目に入った。項垂れているハクビと遊んでいるリンネ、それを眺める俺達……。

その光景は動乱のあった街とは思えないほど、間抜けな光景だったと思う。


 ◇◇◇


 ガクッと項垂れたままのハクビを起こし、俺とツバキは、しばらくハクビの鍛錬に付き合うことにした。と言ってもツバキが、俺が闘うのを認めなかったので、ハクビの相手はツバキがやっていた。


 俺は楽しそうに鍛錬をしている二人を遠くからリンネと共に見ているだけだった。


「……つまらないな」

「キュウ……」


 俺が聞くと、リンネも頷いた。そして、本当につまらなさそうにしている。リンネはあくびをしたり、その場で背筋を伸ばしたりして、退屈そうにしている。


 ……そういや、俺は丸一日寝てたんだよな。その間リンネは俺に付きっきりだったらしいからな。こいつだけでも遊ばせてやりたいものだ。


 ……よし。


「……リンネ、ツバキには悪いが……今日は俺と闘るか?」


 俺がそう言うと、リンネは後ろ足で頭を掻くのをやめて、俺の前に来た。そして尻尾を振っている。


「キュウッ!」


 リンネは笑って頷く。


 俺は何か言われたら面倒なので、ツバキたちから少し離れる。


 そして、俺はリンネの前に立ち、無間を構えた。


「……さあ、どこからでもかかって来い!」

「キュウッ!」


 俺がそう言うと、辺りの景色が変わっていく。……幻術か? 景色はだんだんと変わっていき、俺は森の中に立っていた。


「……へえ、これは便利だな。木の陰から奇襲をかけることもできる。……いい手だ」


 俺は目を瞑り、体の力を抜いた。そして、辺りの音を聞き、気配を探った。


 ……静かな森だな。だが、音はある。前にハクビがリンネの幻術は五感を惑わすと言ってはいたが、本当のようだな。葉っぱが風にそよぐ心地いい音が聞こえてくる。


 と、ここで俺の後方から、カサッと音が聞こえた。俺が振り向くと、小さな火の塊が飛んでくる。


 ―すべてをきるもの発動―


 俺はその火の塊を斬った。それは斬ると同時に霧散していく。

……狐火か。それを後ろからか。なかなかいい手だな。

そして幻術で出来た森ということもあり、距離感が掴めない。先ほど聞こえた音はそんなに離れては居ないみたいだが、俺の周りには木がうっそうと生えている。リンネは隠れ放題だな……。


「どこから飛んでくるのかを察知させない……か。なかなかうまいぞ、リンネ……だが……」


 俺はリンネに語りかけ、周囲を見る。すると視界の中に赤い線……「切れ目」が現れた。俺はそれを斬る。すると、切れ目から光が溢れ、すーっと幻術が解け、辺りの風景が元に戻った。そして、俺はリンネを探す。正面、左右……居ない。後ろか!


 俺が振り向くと、そこには何もなかった。


「……なわけないか!」


 俺は後方に跳躍する。すると、上から大きくなったリンネの爪撃が降ってきて、地面を砕いた。


「幻術が解かれた後、相手の死角に入りそのまま攻撃……やるな、リンネ」

「クワンッ!」


 俺が褒めると、リンネは笑った。


「……じゃあ、次は俺の番だ。気をつけろよ!」


 俺はリンネに向かって跳躍し近づく。そして、無間を振り上げた。その時、リンネは狐火を出し、自身に纏わせた。


 おっと……あれに攻撃するのはまずいな。俺は無間をそのまま仕舞って左手に気を集中させる。


「豪掌波!」


 俺は気を放出させ、リンネにぶつかる。すると、リンネの体から狐火が俺に向かって放出された。ふむ……あの状態になると遠距離からの攻撃も耐えて、なおかつ反撃もできるのか。とっさに思いついたのだが、やって良かったな。そのまま飛んでくる狐火を俺は斬り、リンネに無間を振る。


「クワンッ!」


 リンネは爪でそれを受け、俺の攻撃を弾いた。お、すげえなリンネ。俺の一撃を弾くとは。流石に驚いたぞ。


「やるな! 俺は嬉しいぞ!」

「クワンッ!」


 リンネは俺の言葉に喜んでいる。すると、リンネの体が輝き始めた。


「クウウウゥゥゥ……!」


 輝きはさらに強さを増し、リンネを包んでいく。


「なんだ!?」


 俺が驚いていると、リンネの体に変化が起こる。リンネのしっぽがもう1本生えていく。

そして光がぱっと消えた。


「クワアアアンッッッ!」


 リンネは吠えて俺を見つめる。リンネをよく見ると額、足、尻尾に赤い紋様が浮かび上がっていた。


 ……どうやら、リンネはまた一つ成長したらしい。俺の世界でも狐の妖怪は尻尾が増えていく毎に強さを増していくという話はあったな。……まあ、おとぎ話だけど。


「クウウウゥゥゥッッッ!」


 そんなことを思っていると、リンネは唸りながら、尻尾を開き、力を溜めている。すると、全てのしっぽがそれぞれ輝きだす。その光は体を伝い、リンネの口にまで届いた。


「クワアアアッッッ!!!」


 そして、リンネは大きく口を開けた。リンネの口から狐火が一直線に放出される。


「ッ!!!」


 俺はそれを無間で受け止めた。……強い。ワイバーンよりは明らかに上だ。だが、耐えられないことはない。ミサキの魔龍よりは下かな……。


「ハアッ!」


 俺は無間を振るい、リンネの攻撃を斬った。火の粉があたりに散らばっていく……。


「……よし、これまでだ」


 俺は無間を仕舞い、その中を歩いていく。リンネはそれを見ながら、何やら笑って、その場で跳びはねて喜んでいる。


 フッ……攻撃を斬られて喜ぶとはな。今までの敵には無い反応だ。


 俺はリンネの前に立った。そして、手を差し出す。リンネは自身の頬を俺の手に当てた。


「……リンネ。まだまだ、強くしてやるからな。約束……したからな」


 俺がそう言うと、リンネは大きく頷いた。そして、小さな姿に戻る。

ん?赤い紋様は消えないみたいだな。まあいっか。特に気になるものでもないからな。……本人はどう思ってるんだろ……。


 俺はそう思い、リンネを呼ぶ。そしてリンネに、無間の腹を向けた。


「キュッ!? ……キュ、キュウッ!」


 あ、自分の変化に気付いたみたいだ。額を見たり、尻尾を見たり、自分の足を見たりして、その都度驚いている。そして、しばらくその場で慌てていたが、俺と目が合うと、ピタリと辞めた。そして、


「キュウッ!」


 と言って、俺の前にピシッと立った。……自慢したいのか? もしかしてすごく嬉しいとか……。


「……嬉しいのか?」

「キュウッ!」


 俺の質問にリンネは大きく頷く。どうやら、赤い紋様はリンネにとって誇りのあるものらしいな……。じゃあ、ここは俺も、


「そうか。リンネ、カッコいいぞ!」


 と、リンネを褒めた。すると、リンネは目を輝かせて俺に跳びついてくる。


「キュウウウゥゥゥ~!」


 俺はそれを受け止め、リンネの頭を思いっきり撫でてやった。そして、肩に乗せる。リンネは俺の頬をぺろぺろと舐めた。俺が笑うと、リンネも笑い、空を見上げた。


 その視線は何を見ていたのか俺は知らない。……けど、分かるような気もした。俺も空を見上げる。もう、夕方みたいだな。空が赤い。リンネをオウガ達から預かったときもこんな空だった気がするな。


 ―もっともっと強くしてやる……約束だ―


 俺は前の世界の腕輪に手を当てながら、改めてそう誓った。




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