第48話―暇になる―
ギルドの食堂へと向かうと、まだ俺一人だった。とりあえず飯を選んだが、なんと今日は白米があるらしい。聞けば、ミサキが置いていってくれたそうだ。
俺は取りあえず、米と、焼き魚と、汁物を手に取り、席へと着いた。
うん。やっぱりうまいな……リンネの方は魚に夢中だった。おいしそうにがっついている。
そして、しばらくするとマリーたちとロウガン、リンスも来た。そして、また一緒に飯を食べ始める……。
「あ、そう言えばムソウさん」
と、マリーが口を開く。
「なんだ?」
「昨日貴方が受けた依頼ですけど、一応、報告にあった魔物の数以上のものが査定に出されたみたいですので、今日からは調査隊を組み、改めてあの荒野の情報を集めますが……」
と、マリーは言ってきた。ロウガンの方を見ると頷いている。
「ベヒモスなんてものも実在していたみたいだからな。しばらくは調査だ。お前とハクビが一回行っただけで、精霊人の森からの魔物の問題が解決しそうなんてな。……お前、本当に普通の生活を送る気があるのか?」
ロウガンは疑いの目で俺を見てくる。
「そう言うなよ……襲ってきたから倒しただけだからな。しかし、そんな数になっているとは思わなかった……ということは荒野の魔物の討伐依頼は……」
「ええ、今のところ、もうありません」
マリーの言葉を聞いて、俺は悩む。う~ん、今日は暇になりそうだな……。何をしようか……。エリーに聞くと、まだ査定の方も終わってないということらしいからな。まあ、今日のことは後で決めておこう。
俺がそう言うと、皆は頷いた。おっと、そう言えば、ロウガンに確認したいことがあったんだ。
「そういや、ロウガン」
「ん? なんだ?」
「もうしばらくここに滞在した後、旅をしようと思うんだが、いいか?」
ロウガンはキョトンとした。
「ん? なんで俺の了承を得る必要があるんだ?」
「いや、一応こないだの頼みもあるし、いきなり行くのもどうかと思ってな」
「そんなことか。お前は意外と義理堅いんだな」
ロウガンはそう言って笑った。
「お前は冒険者だ。なら、自由に旅をするといい。……で、いつ行くんだ?」
「ああ、ミサキが旅立つのを待ってからだな。その間はハクビとの約束で、あいつと討伐依頼でもこなしていこうと思っている」
「なるほどな……で、ミサキ様が旅立つ、というのは?」
「ミサキが今回のデーモンの件でレインに呼び出されるとしたら、最低でもあと三日はかかると言っていたからな。その期間が終われば、とりあえずミサキの方は、いったん故郷に帰ってやることがあるというらしい。ちなみにウィズとレイカ、ハクビもついていくんだと……」
「ああ、弟子入りの話だな。十二星天の弟子になるのは良いぞ~。いろんな体験が若いうちにできるからな」
「あんたもそうだったな」
「まあな。……それで、レインからの指令についてだが、確かにそのくらいはかかるかもしれないが、今のところは俺の方にも何も来ていない。
まあ、どちらにせよあと3~4日か……」
「急か?」
「いや、問題はない。お前のおかげでこの辺りの超級以上の魔物はあまりいなくなったみたいだしな……。だが、どこへ行く気なんだ?」
「皆から聞いたんだが、サネマサの故郷の、クレナ領のトウショウの里だったか? そこへ行こうと思ってる」
俺が行き先を言うと、ロウガンは身を乗り出した。
「おお、あそこか! 確かにいいところだぞ! 俺もこの刀の精霊に会えたが、楽しかったな」
ロウガンは、笑いながら、机に立てかけている刀、「夏至・冬至」を眺めていた。
「ロウガンがそう言ってくれるなら安心なんだが、一つ気になることを聞いてな」
「ん? なんだ?」
ロウガンが首を傾げていると、横のリンスが不安そうに口を開いた。
「……あそこの支部長って確か、アヤメさん……でしたっけ? ほら、あの“暴れ姫武将”といわれていた……」
リンスがそう言うと、ロウガンも頭を抱えた。
「あ~、そうだったな。確か……」
先ほどまでとは一転して、苦々しい表情を浮かべるロウガン。これは、何かあるな……。
「なんなんだ、ソイツ。ハクビたちも何となく不安そうにしていたぞ……」
俺が二人に聞くと、二人は微妙な表情をして教えてくれた。
「アヤメっていうのはな、なんというか、一言で言えば自由な奴でな、自分の信念と違うことがあれば、セイン様やサネマサ様にも口を出すっていう奴だ。支部長の会議があった時でもたびたび問題を起こしているんだ……」
「しかし、その卓越した人間性と統率力で、荒くれ者が多いとされていたクレナ領をまとめ上げた偉大な方でもあり、ロウガンさんに匹敵する強さも持ち合わせ、クレナ領では信頼されている方なのです。
さらに言えば、あの方はクレナ領の領主でもあるのでレインもなかなか口が出せないという方でして。ゆえについたあだ名が“暴れ姫武将”なんです」
二人は俺を見て、そう言った。聞く限りは男勝りな女みたいな感じでいいのか? ハクビも似たようなものだが、領主というだけあって、なんか面倒そうな女でもありそうだな……。
だが、話だけ聞けば、どこかの頭領を思い出してしまい、何となく親近感も覚えてしまうところが、怖いな。
「う~ん……ただ、そこまで変な奴でもないってハクビも言ってたからな。まあ、そこは何とかするよ」
俺がそう言うと、ロウガンは疑いの目を向ける。
「……斬るなよ?」
「当たり前だ! お前は俺を何だと思ってるんだ!」
ロウガンの言葉につい怒鳴ってしまったが、これは仕方ないよな。まったく……。
「……まあいい。その辺りは俺も書状かなんか書いておこうか」
「ああ、すまない。そうしてくれたら助かる」
俺がロウガンに言うと、次はエリーが口を開いた。
「あの……ムソウさん」
「ん? なんだ?」
「昨日、お預かりした、素材の件なんですが、査定自体は今日中には終わりそうですが、ギリアンさんの作るものについては、やはりあと三日ほど必要になりそうです」
「あー、大丈夫だ。少なくとも五日はここに居るからな。それに、ギリアンにもできるだけ時間をかけて、納得できるものを作り上げてくれと伝えておいてくれ」
「はい、わかりました」
俺の頼みにうなずくエリーの頭を撫でてやる。エリーは頭に手を置いて、嬉しそうにしていた。
ロウガン、リンスはキョトンとしているが、マリーとリリーは笑っている。
……その後、ギルドで働く者たちが来て、俺達はまた別れた。
さて、今日はどうしようか。討伐依頼がないとはな……。調合でもしようかな。それとも、散歩でもしようかな……。
俺は背伸びをする。すると、リンネも真似して、肩の上で背を伸ばす……がそのまま仰向けに倒れた。
「きゅううぅぅぅ~~~……」
腹を上にしてじたばたするリンネの腹を思いっきり撫でてやる。リンネは笑って、ぱっと起き上がった……。
ホント、何しようか……。
しばらくの間、ギルドで依頼票を眺めたりしていたが、やはり討伐依頼は少ない。こないだからあったものもすでに達成されたのか、無くなっている。
今日はハクビも顔を見せない。ミサキの所で何かやってるのかな……。ウィズとレイカの修行に付き合っているのかも知れないな。二人も姿を見せないからな……。
暇だ。正直……。
……あ、そうだと思い、俺はギルドの休憩室の方へと行った。……誰も居ないな。これなら集中してできる。
俺は床に無間を置いて、異界の袋から、道具を取り出す。
この際に、無間の手入れをしとこうと思った。ジンランと闘った時に若干の暴走もあったからな。この世界では、あらゆるものに精霊が宿っている。武器も例外ではない。
あまりに手入れをしてなかったから、精霊が怒ったかな……今度、クレナにも行くし、その前に、本格的に手入れでもしよう……。
さて、道具を手に取る。と言っても、砥石と手ぬぐい、打粉ぐらいだがな。
まずは刃を見てみる。刃こぼれは……無いな。結構硬いものとか斬ってきたはずだが、一体どうなっているのかと頭を抱える。この分だと、砥石は要らねえか。
無間は本当に、大きな刀を想像してもらった方が早い。普通の刀と違うのは柄が無いということだ。そのまま持つと、汗や血で滑りやすくなるので、俺の場合は、さらしを巻いている。だが、あまり手入れをしておらず、気になったことがあったので、ふとさらしをほどいてみた。
……うわ、やっぱり固まった血や魔物たちの脂でべとべとだ。俺はそれを手ぬぐいで拭う。柄に当たるところが綺麗になったら、次は刃全体を磨いていく。
無間は大きい。一人でやるのは少々骨が折れる。俺が磨いていると、リンネが前足を使って、手ぬぐいを持った。
「ん? 手伝ってくれるのか?」
「キュウ!」
「ハハッ、ありがとうよ。では先からこの辺りまでを頼む。刃には気をつけろよ」
リンネは頷くと、雑巾がけをするように手ぬぐいで無間を拭き始める。
「あ~……リンネ。その方法だとやはり刃の方に行くと危ない。それに、細かくてもこびりついた汚れは取れないからな。こうやって、一つの汚れを強めに拭いてくれ」
俺はそう言いながら、汚れの一つを指先で強めに拭いた。リンネはそれを見て頷き、汚れがあれば、一つ一つ丁寧に拭き始めた……。
さて、俺も拭いていくか……。
ごしごしごしごし……
やはり定期的にこの作業はした方が良いな。スキルのおかげでスパッとは斬れるが多少の血はやはり着くみたいだ。それに、今までは気にしていなかったが、オオイナゴなどの、昆虫型の魔物や、スライムなどを倒すと、血の他にねばねばとした体液などもこびりつく。これがなかなか取れず、そのままにしておくと、少々匂いもきつくなる。しっかりと磨いておこう。
ごしごしごしごし……
リンネの方も上手くやっているみたいだ。時々綺麗になった無間の腹に自分の顔が映るのが嬉しいらしく、それを見て笑い、更にキュッキュと音が鳴るまで、磨いている。。
ごしごしごしごし……
「さて、だいぶきれいになったな。リンネ、もういいぞ」
リンネは頷き、俺の隣に来て尻尾を振っている。
次に取り出したのは打粉だ。俺はポンポンと、無間全体を打粉で叩く。リンネはそれを不思議そうに見ている。
「ああ、これはな、粉状にした砥石だ。これを付けて、この拭い紙で滑らせると……」
リンネが見ている前で、拭い紙を滑らす。すると、わずかに残っていた油が全て無くなり、刃全体が輝き始める。リンネはさらに綺麗になった無間を見て、目を輝かせる。
その後、また新しい油を塗り、無間の手入れを終えた。この刀を初めて手入れした時は悪戦苦闘したが、今ではすっかり慣れてしまった。最初の頃に比べると、俺の手入れもだいぶ早くなった。
俺は柄の所に、前も使っていたさらしを巻いていく。ボロボロのさらしを巻いていく俺を、またもリンネは不思議そうに眺めている。
「……キュウ?」
「……ああ、これか。これじゃないと駄目なんだ……」
そう言っても、リンネはまだ、どうしてだろうと、首を傾げるのを辞めない。
「……わかった。教えてやる……無間はな、ある人から貰った……いや、託された刀でな。そいつの血と汗が染み付いたこのさらしでないと、何となくなんだが、駄目なんだ」
「キュウ……」
リンネは俺の話に耳を傾けている。
「……この刀の前の持ち主はな、恐らく俺の知る限り一番強い奴だった。
そして……そいつが死の間際、こいつを俺に渡してきたんだ。だから、それを忘れないためにも、どれだけ古くなっても、俺はこいつを使ってるんだ。
……ほとんど願掛けだよな。そいつと闘っているみたいで、いつも戦いの時でも、俺に勇気をくれる……わかるか?」
俺が最後にリンネに尋ねると、しばらく下を見て、無間を眺めながら頷いた。
「キュウッ!」
さて、さらしも巻き終えて、俺は外に出る。日の光を浴びた無間は強く輝いている。
「おお、綺麗になったな~」
「キュウ~!」
無間の輝きをみて、俺もリンネも喜んだ。
……よ~し。ちょっとやってみるか。
俺は空めがけて、思いっきり無間を振った。
「大斬波ッッッ!」
無間から飛び出た斬撃は、そのまま空へと向かって行く。そして、浮かんでいた一つの雲を斬った。
お、届くとは思わなかったが、届いたな。やはり、手入れしてみるもんだ。関係あるのかどうかは分からないが、無間も綺麗になってはしゃいでいるのかも知れないな。
もしくは、俺自身の力も成長しているのか……。
リンネは俺の肩の上で、前足をポンポンと叩いている。……拍手のつもりか? 可愛い奴め。
斬れた雲を見ながら、あの時の言葉を思い出す。
無間を託されたあのときのことを……。
―お前は……本当に誇れる……俺にとって……仲間で……息子だ―
……親から棄てられた俺を“息子”と呼んでくれるなんてな……。
俺にとっても、本当に誇れる人間だった。だからあの時も、息子と呼ばれて、本当は……嬉しかったんだ。ようやく、認められたって思った。
あんなことがなかったら、また、ゆっくりと酒でも呑みたかったと今でも思っている。
俺は天に無間を向けた。
「……そこで見ていろ。テメエの子が、次こそ護りたい奴らを護り切るところをな……エンヤ……」
改めて誓いを新たにして、無間を仕舞った。
リンネは俺の肩に乗り、俺の頬に、頬ずりしてくる。そっとリンネの首筋を撫でて、俺はマシロの街の中を歩いていった。




