第432話―アートルムに戻る―
時は少々遡り、ヴァン島での出来事。
ネプトの声に振り返る俺の眼前に迫るエレナ。腕を龍族のようにして、鋭い爪を振りかざしてきた。
とうとう、この時が来たかと、無間を握ろうとしたが、この時、俺はあることに気が付いた。
エレナから殺気を感じない。無論、それまで感じていた怒気のようなものは感じていたが、本気で俺を殺すという意思は感じられなかった。
それどころか、爪を振り下ろすことへの、何か、迷いのようなものを感じる。表情も、怒りをにじませているどころか、何かに懇願するような、必死そうな形相だった。
何がしたいのだろうかと思い、一瞬、警戒を緩んだ。その隙に、エレナは俺に爪を振り下ろす。
「ッ!?」
しかし、エレナの爪は俺の体に当たるギリギリのところを通り抜けた。その瞬間、俺の体は真っ赤に染まっていく。
どうやら、赤い木の実をすりつぶしたようなもの、ちょうど、マシロでミリアン邸に乗り込むときに、ミサキから貰った、血を偽装したものに似たようなものを、エレナは爪を振り下ろした瞬間に、俺にぶつけたようだ。
その時、俺はエレナが、俺を本気で殺す気はないことに気付いた。
だが、血糊まで用意して、俺の死を偽装したいという魂胆は理解した。
何が何だかという気持ちだったが、とりあえずエレナに合わせることにし、一つ悪態をつくと、エレナはとどめとばかりに二撃目を加えるふりをし、更に血糊を俺にぶちまける。
やはり、俺には死んだ真似をして欲しいんだなと思い、そのまま目を閉じて、その場に倒れた。
これから、一体、何が起こるのだろうかと思っていると、龍族の二人が、エレナを叱責する声が聞こえる。先ほどまで殺し合っていた奴らに、心配されるというのは、なんだかむず痒い気持ちがするが、エレナがウェント達に転送魔法を施す音が聞こえて、二体の声と気配はその場から消えた。
話を聞くに、ゴルドの龍の里に送られたらしい。早く元気になって欲しいものだ。
さて、俺の方はというと、まだ、何かあるかも知れないと踏み、そのまま死んだふりを続ける。
エレナは、寄生虫の魔物を俺の異界の袋に詰め、更に無間も袋の中に入れている。どうやら、ここからアートルムに移動するようだ。
丁寧にしてくれているのは分かるが、忘れ物とか確認する前に、この状態になったので、少しばかり目を開けて、その場を確認しようとした。
その時、俺達の近くの地面に、白い魔法陣が浮かぶ。それは、転送魔法の魔法陣。これから、ここに誰か来るようである。
慌てて目を閉じて、あまりしたことは無いが、自分の気配を押し殺した。天栄の国、隠密機動統括だったツバキ直々に習った方法だ。
自然と同化するように気配を鎮め、出来る限り呼吸もしない。これで大丈夫だろうと思っているうちに、すぐ近くで、エレナと少年が話す声が聞こえる。
声は少年だが、伝わってくる力はかなり大きい。
話の内容から、その者は世界中の騎士団を統括する、十二星天“騎士団長”リー・カイハク。セインと共に、俺を排そうとし、先だって行われた天上の儀にて、レオパルドと衝突して謹慎になったほど、過激な考え方をする奴だという事を知る。
リーは、俺が死んだという事を既に知っており、そのことについて、エレナを褒めていた。
目を閉じているから分からないが、声の感じから、見た目の歳は、十代前半だろう。実年齢は分からないがな。
そう考えると、何となく偉そうだという印象を受ける。
そして、どうやらエレナは、コイツに、俺が死んだという事を分からせるために、ここまで手の込んだことを行ったという事に気付いた。
そうしている間にも、エレナとリーの会話を盗み聞く。リーは、今回の海賊団討伐において、海賊団の支配下に置かれた龍族を罰することは考えないと語る。
曰く、セインの覇道を邪魔する俺を、ついに殺すことが出来たエレナの功績に報いるためだそうだ。
そして、エレナにもう一つ約束したことがあったと言って、そちらも叶える。
後で聞いたが、エレナは、セインに四六時中監視される立場に居たらしく、リーの能力によりそれを可能にしていた。
エレナは、十二星天の中でも、常に中立の立場に立っており、十二星天に亀裂が入っている今の状態でも、基本的には大地の為に動いている。
だから、セイン達の事を裏切る可能性もあり、龍族の後ろ盾もあって、セインにとっては「都合のいい」存在ではなかったようだ。
なので、何かは分からないが、エレナの弱みを握り、この十年あまり、常に監視し、その行動を抑制していたという。
それが、「冒険者ムソウを殺す事が出来れば、一定の信頼を得たという証拠として、監視を解く」というセインやリーの申し出を受諾。
龍族が関わっているという理由で、俺達の海賊団討伐に介入し、現在に至ったとのことらしい。
そして、無事に俺を殺すことが出来たエレナは、リーの監視から逃れることに成功する。
リーの方は、倒れている俺の姿を見て、俺の死亡を確認した。近づいてきたらどうしようかと思ったが……馬鹿な奴め。
その後、エレナにより俺が本物のムソウである証として、冒険者の腕輪を剥ぎ取られ、リーはそれを受け取り、満足げに帰っていった。
その後、監視も解かれ、その場に俺達以外誰も居なくなったことを確認したエレナは、俺を担ぎ上げて、話しかけて来る。
「……もう少し、そのままで。私は大丈夫だけど、リーの報告を受けたセイン、もしくはジーナかミーナが、こっちに来るかも知れない。アートルムに行って、貴方の安全が確保されるまでは動かないで」
その声に、今まで感じていた怒気や、面倒そうな感情は伝わってこなかった。薄く目を開けると、尖った様子もなく、龍族達に向けていたような、年相応で、少し穏やかになったエレナの顔が映る。
「……分かった。だが、ここから向こうに行くまでに――」
「ええ……全部、話すから、おとなしくしてて……」
申し訳なさそうなエレナに、俺は頷き、そのまま、エレナに抱えられて、ヴァン島からアートルムに帰還した。
街が見えてきて、既に戦いが終わっていることに安どしているのも束の間。俺達の姿を見て、動揺する声が聞こえてくる。
まあ、当たり前か。突然現れたエンヤが、血まみれの俺を担いでいるんだからな。
港から伝わってくる強い気配……これは、エンヤか。いつもとどこか違う様子だが、こんなにも力強い気配はアイツしかいない。
そんなエレナも、困惑しながら、悲しみのような怒りのような、様々に絡み合った、複雑な感情を感じる。これは確実に後で怒られるなあと思い、一応、エレナにエンヤの事を教えておいた。
エレナは、信じられないというものと、大変なことになりそうという切迫した顔で頷きながら、リア達の元に降り立つ。
そして、俺を地面に置いた途端、泣きじゃくりながら、ツバキとリンネが駆け寄ってきた。
「おししょーさま!」
「ムソウ様!」
二人は、俺の体に縋り付き、そのまま泣き出す。
だが、この時、俺の体についているものが、血ではないことに気付いたのか、ハッとした様子で動きを止めて、俺の顔を覗き込んできた。
何故、それが分かったか。それは、この時、俺もどうしても我慢できず、目を開けていた。
港に近づくたびに見えてきたエンヤの姿は、俺が、かつて夢の中で出会った、リンネの母親らしき者にそっくりだった。
いつもの鬼族のような姿ではなく、大人の妖狐の獣人のような姿だったのである。
という事は、ここでの戦闘中に、リンネに何かあったのかと思い、リンネが近づいた途端、思わず目を開けて確認した。
すると、アートルムを出る前は、六本だったリンネの尾が、八本となっており、その先には常に狐火が灯っていた。緑色に揺らめているが、熱くはなく、寧ろ暖かい、安らぎを覚えるような温度だった。
そして、リンネの額には、冠のような赤い文様のようなものが浮かび上がっており、僅かではあるが、背も伸びたようだった。
よく見ると、内在する魔力も格段に上がっている。どうやら、戦闘中に、また、成長したようだ。
俺にとっては嬉しいことだが、この状況では、少し面倒な状況となった。
俺がリンネに驚くのと同時に、がっつり、リンネ、ツバキ、そして、俺を治癒しようと治癒魔法をかけるロロと目が合ってしまったのである。
「おし――」
驚愕した顔で話しかけようとして来るリンネ。もうしばらく、安全が確認されるまで、死んだふりをしないといけない。
エレナに助けを求めようと視線を送るが、エレナの方は、激高したエンヤや、その場に駆け付けたレオパルド達の相手をしている。
エンヤが俺の為に怒ってくれるのは、“子”としてはありがたいが、事実は何もしていないエレナに、申し訳ない思い出いっぱいとなった。
そして、この状況でエレナには助けを求められないという事に気付き、例え、セイン達に俺が死んでいないことがバレても何とかしようと思った時だ。
何かに気付いた様子のツバキが、リンネの口をそっと塞いだ。
『何か……事情が……?』
『あ、ああ……すまないが三人とも、そのままでいてくれ。大丈夫。けがは全くしていない』
『あ……それで、魔法に手ごたえが……かしこまりました、頭領』
『しばらくくっついています……』
―ほんとうに……よかった~……―
俺の頼みにツバキとロロは薄く笑みを浮かべながら頷き、リンネは皆に笑った顔が見えないように、皆の視線を背に、ニコッと笑いながら、念話を送ってきた。
芸達者な奴だ、と思わず撫でようとしたところで、別の声が頭の中に響く。
―トウガだ。血の匂いがしないからおかしいと思ったが、そう言う事か……―
それは、ツバキ達と同様、俺を心配して近づいてきていたトウガだった。話は聞こえていたらしく、現在、俺が死んだふりをしていることに気付き、やれやれといった顔で、そばまでやってくる。
―心配かけて悪かった。だが、エンヤが収まるまで……エレナが、ここから居なくなって落ち着くまで、付き合ってくれ―
―分かった。このことはトウケンとトウウにも伝える。レオは……あれは駄目だな。疲れているうえ、頭に血が上っている。恐らく聞こえないだろう―
トウガからそう言われて、レオパルドに視線を向ける。
今なお、エンヤに便乗し、ジーンと共に、エレナに詰問している。確かに落ち着くまで待った方が良いようだ。
そう思っていると、今度はリアとも目線が合った。
しかし、そこは流石リアである。その瞬間から、全てを理解したような顔で、任せて、と頷いた。
そして、何とも言えない顔で、その場に立ち尽くすという演技に入る。大したものだと、少々可笑しな気持ちとなったが、笑いたい衝動を抑えて、とりあえず、その場が落ち着くのを待っていた。
◇◇◇
それで、現在に至る。驚いた顔を向けるのは、その場に居る大半の人間。レオパルドは勿論、ダイアン達も、目を丸くしている。ジーンまでも、驚いて何も言えない状態となっている。
どうやら、未来を視たわけではないらしい。というか、そんな力も無いようだ。リオウの事は、龍族達から聞いたが、やはり壮絶な戦いとなっていたようだな。
ともあれ、俺の知っている人間達は無事なようだ。そこは安心する。
だが、エレナに担がれてここに来るときに見た、トレイズ島の防衛線はひどい状態だった。ギャッツとヴィクソンの姿は確認したが、行くときには居たはずの人間の数も、かなり少なくなっていた。
リオウ海賊団には、リオウ以外にもEXスキルを宿した迷い人が居た。確か、名前はギャンザだったか。
ギャッツ達が耐え、エレナが行った時に倒したとのことだったが、それまでに、結構な数がやられたようだな。
まあ、今更考えても、どうにもならない。やられた奴らの事は、きちんと供養するようにしよう。
さて、これ以上、皆を固まらせておくわけにもいかない。とりあえず事情を説明しようと立ち上がる。
しかし、ここでリンネが俺についている血糊を舐めようとし、ツバキが汚いからと止めた。説明する前に綺麗にした方が良いかと神人化して、体を浄化する。
汚れが落ちてスッキリしたが、リンネがもったいないとつらそうな顔をしていたので、頭に手を置いて慰めた。
姿かたちは変わっても、中身は一緒らしい。何となく安心する。リンネの事も含めて、こちらで起こった事も色々と聞きたいが、まずは、俺からの説明だよなと思い、皆に笑った。
「……まあ、というわけで俺は生きている。だから、そろそろ元に戻ってくれ」
「……え……あ……え……エレナが……お前を襲わなかった……てことか……?」
最初に口を開いたレオパルドに頷く。
「ああ。まあ、その辺りの事は後で必ず説明する。とりあえず今は、この戦いの事後処理だ。お前とジーンは、体を癒すことに専念しろ。ダイアン達は……体の調子は大丈夫か?」
そう言うと、ぽかんとしていた闘鬼神の皆は、リアに小突かれてハッとし、目を白黒させながら口を開く。
「す、すげえ……龍族と闘った後だってのに、結構元気っすね、頭領……」
「血まみれだったから、本気で心配したっすよ……」
「悪ぃ、悪ぃ。さっきから言ってるが、色々と事情があったんだ。で、体の方は問題ないか?」
「ええ、大丈夫よ。レオさんが来てくれたから、どこも怪我をしてないわ」
「戦いのケガよりも、さっきのエンヤ様から受けた怪我の方が痛いっす……」
ダイアン、チャン、チョウシは、それぞれ胸や腕を抑えながら、苦い顔をしている。チョウシに至っては、胸が凄く腫れている。
どうやら、エンヤが振り払う際に、肘鉄でも食らったようだ。ロロが慌てて、治癒魔法でけがを癒す。
「ハハハ……ま、まあ、元気そうなら、このまま、騎士団、冒険者達の手伝いに戻ってくれ」
「了解っす~」
「ロロも、そのまま治癒院の仕事を続けていてくれ」
「かしこまりました!」
「リアとツバキも少し休んでろ。とりあえず、もう戦いは終わった」
「そう……でも、まだまだやることが残ってるから、後にしとくわ」
「私も、一応、今は騎士としてここに立っておりますので」
「……そうか。俺だけ休むようで悪いな」
皆に少しばかり頭を下げたが、帰ってきたばかりだし、龍族二体も相手をしたのだからと、寧ろ休んで欲しいと言われて、存分に甘えることにした。
その後、それぞれが俺の指示通りに動き、ダイアン達は解散する。リンネも、オリビア達の所に行って、ゆっくりしていても良いと言ったが、ツバキ達を手伝いたいと言ってきたので、任せることにした。
すると、リンネが、あ、と言ってその場に立ち止まり、くるっと俺に振り返ってから、ぱあっと笑顔になって口を開いた。
「わすれてた~! おししょーさま、おかえりなさい!」
今朝、俺がアートルムを発つ前に、俺が帰ってきたら、リンネが俺に、その言葉を言ってくれると約束してくれていた。
帰ってから色々とあって、忘れていたようだが、きちんと言ってくれたリンネに、俺と、その場に居たツバキ達はほっこりとした気持ちになる。
俺は近づいていき、リンネの頭を撫でた。
「ああ。ただいま、リンネ。見たところ、お前にもいろいろと聞きたいことがあるが、それは後にしておこう。家に帰ったら、たくさん聞かせてくれよ」
「うん! それまで、リンネ、まだまだがんばる!」
ふんっと胸を張るリンネに、おう、と頷くと、リンネはツバキの元に駆けていき、手を繋いで、その場を去っていった。
さて、現在のアートルムの街は、騎士団のルーカスと、リエン商会からの援軍に参加したシルバ師団長ジャンヌが中心となり、避難民達への説明や、捕らえた海賊達の処理などを行っているそうだ。
リエンも、ジーゴやバッカス達と共に、壊れた建物や、戦場となった場所の復旧を行っているという。
そう言えば、トレイズ島に、リエン商会の旗を掲げた船が向かっていたのを見たが、あれは防衛線で戦うギャッツ達と連絡が取れなくなり、確認のために、ジェイドやツルギを中心とした船団を向かわせたとのことらしい。
俺の安否についても、何か分かるかと思い、連絡を取り合う魔道具スマホを持たせているので、俺が無事なことを伝えて、そのまま向こうの作業に入らせるという。
なら、トレイズ島の方は、何の心配もないか。
さて、この場に残ったのは、領主ノワールと、十二星天の二人、それに神獣だけだ。
俺が生きていたことに驚くだけだったジーンとレオパルドも段々と落ち着きを取り戻し、安心したように、深く息を吐いた。
「はあああぁぁぁ~~~……安心したら、疲れが戻ってきたな……横になりてえ……」
「ああ。だから今はゆっくりしていてくれ」
「しかし、ムソウ殿……エレナの事について説明して欲しいのだが……」
「落ち着いた時に聞いた方が良い。結構、切迫した状況になっているようだからな」
そう言うと、二人は訝し気な顔つきになり、領主ノワールも困惑したような顔を向けてきた。
「それは……この、人界に大きく関わることか?」
「ああ」
ノワールに頷くと、しばらく黙り込んだ後に、口を開く。
「では、戦後処理が終わった後、場を設けて、何があったのか説明してもらおう。ジーン様、レオパルド様は、ムソウ殿の言うように、今は体を休めてください。
ムソウ殿も、今は十分に休養を取ってくれ。約束通り、コクロでの面倒ごとは、全て俺が責任を以って請け負う」
ノワールの言葉に、ジーンとレオパルドも、仕方ないといった感じに頷き、俺も、分かったと頷いた。
すると、満足げな顔で、ノワールが笑みを浮かべる。
「それから……改めて、海賊団討伐ご苦労だった、冒険者ムソウ殿。コクロ領を代表し、礼を言わせてもらう」
そう言って、深く頭を下げてくるノワール。俺が、ああ、と頷くと、満足げな顔で、ジーンとリチャードと共に、避難場所へと戻っていった。
普段はアヤメのように、どこか砕けた態度の人間だが、決める時は決めるんだなと、感心する。ノワールもまた、人の上に立つ人間なのだろうと、素直に感じた。
その後、神獣達に連れられ、療養しているというリエン商会の船に向かうレオパルドを見送り、俺は港に置かれた資材の上に腰かけて、しばらく体を休めながら、作業する冒険者や騎士達を眺めていた。
先ほどまでの一件から、俺が死んだと思っていた人間達は、俺の姿を見るなり、ホッとしたような顔になったり、中には話しかけてきて、俺の無事を直接確認したりする人間も居て、俺なりに忙しかった。
しばらくすると、それも段々と減っていき、今日あった事や、エレナから聞いたことを頭の中で整理しながら、目を瞑って一息ついていた。
すると、再び、俺に近づいてくる足音が聞こえる。またか、と思ったが、そこから伝わってくる気配に覚えがあった。
目を開けると、リエン商会のリエンが、見知らぬ女を連れて、こちらに向かってきていた。
「お……死んだと聞いたり、生き返ったと聞いたり、何事かと思ったら、やはり生きていたんだな、ムソウ殿」
「しばらくぶりだな、リエン。商売の方は順調か?」
「ぼちぼち、だ。っと、それより、ムソウ。お前に会いたいって人間を連れてきたぞ」
軽くあいさつした後、リエンは下がり、後ろに居た、甲冑を身に着けた女が前に出てきた。
「貴殿が冒険者ムソウ殿か。私は、ジャンヌ。シルバ領の騎士団と冒険者を率いている」
「ああ、アンタが噂の。話は聞いている。ここまでご苦労だったな」
わざわざ、ツバキに会いたいというだけで、俺達の海賊団討伐について、セイン達が掲げた、コクロ領以外の領は手出し無用という決まりを、民間から援軍に来るというリエン商会の船に乗ることで掻い潜ってきた女騎士。
“戦乙女”と言われるほどの武勇を誇ると聞いていたが、一目見て、なるほどと感じるくらい、勇猛さを感じさせるような、凛とした顔つきをしている。
手を差し出され、それに応えるように握手を交わした。
「シルバの方は問題ないのか?」
「ああ。ギルドは副支部長に、騎士団は、私の右腕の者に任せている。領主アルギュロス様にも、許可は取っているからな。問題は無いはずだ」
「そうか。シルバも海賊団に苦労したと聞いたが、これですっきりしたんじゃないか?」
「そうだな。客船も輸送船も、安全に通らせることが出来る。リエン殿も満足か?」
ジャンヌの言葉に、リエンはニカっと笑いながら頷いた。
「もちろんだ。この辺りの商人達にも、漁師達にも活気が戻るだろう。また、護衛依頼をシルバに出すこともあるからよろしく頼む」
「うむ」
「そして、ムソウ。俺の依頼に応えてくれたこと、感謝する。きっちり、報酬は払うから期待していてくれ」
「ツバキとリアには多めにな」
「当り前だ。大したもんだよ、本当に。ここまで被害が少ないとは思わなかったからな。俺達が来た時にはほとんど解決していたよ」
リエンによると、援軍がここに到着した時には、既にリオウ海賊団は壊滅状態で、残すは、海上で戦うリオウと、ツバキが出現させたエンヤだけだったという。
その二人の戦いも、リエン達が来た瞬間に、一瞬で片付いたとのことで、こちらに来てから、戦闘と言うものは行っていないそうだ。
「俺達が闘ったのは、迎撃してきた奴らだけだったな……」
「そして、到着してみたら、ここで壮絶な戦いがあったことは確実だが、死人は無しとのことだからな。まったく、あの二人の采配は見事なものだったのだろう」
「随分と、ツバキとリアの事を褒めてくれるんだな。俺のことではないが、嬉しいもんだ。ジャンヌは、ツバキが目的だったようだが、満足したか?」
「ああ。大したものだよ、本当に。マシロ師団長のコウカン殿が羨ましい。これから頼み込んで、我が師団に招待したい人材だな」
「やめとけ、やめとけ。ツバキさんは、ムソウの所に居るのが一番良いんだ」
リエンの言葉に、ジャンヌはそれもそうだなと頷いた。
事情があって、マシロ師団員でしかないツバキは、俺専属の護衛という事になっている。だから、どこに居ようと、ツバキは俺の側に居るようになる。本人もそれを望んでいるとリエンが言うと、少しばかり悔しそうにしながらも、ジャンヌは仕方ないなと納得していた。
よほど気に入ったようだ。先ほども言ったが、仲間を褒められるというのは、やはり、俺も嬉しくなる。
近々、ゴルドには、確実に行くことになるし、その際に、シルバにも少しばかり寄っていくとしよう。
また、リアの方も随分と気に入られたようだから、声を掛けてみるか。まあ、本人は嫌がりそうだがな。
だが、総指揮官になることを渋っていた割には、戦後処理が終わるまで、その任を全うしたいと言ってきたあたり、やはり、根は真面目なのだろうと感じる。
クレナに帰ったら、他の奴らともども、しっかりと労わないとな。
「さて……じゃあ、俺達はまた、作業に戻るとする。色々と落ち着いたら、ゆっくり話すとしよう。あ、ちなみに、俺とジャンヌ殿も、エレナ様の話とやらは聞くつもりだ。それまで、ここに残るからな」
「ああ。分かった」
エレナの話は、ノワールも気にしていたように、人界全土に関わる話だからな。リエンも、ジャンヌも知っておいて損は無い。
少し衝撃が大きいかも知れないから、覚悟しとけと言うと、先日の天上の儀より衝撃が大きいことなどあるのか、と言った顔で、リエンもジャンヌも苦笑いを浮かべながらも頷いた。
そして、二人はその場を離れようとするが、ふと、何かに思い出したかのように、ジャンヌが、あ、と言って、再び俺の前に戻ってきた。
「すまない、ムソウ殿。これを預かっていたのだった」
「ん? 何だ?」
首を傾げる俺に、ジャンヌが渡してきたのは、一枚の紙きれだった。
「何だ、これ?」
「ここに来る前に、サヤという少女から預かったのだ。ムソウ殿に渡してくれと言われてな。知り合いだったか?」
「ああ。ちょっとな。わざわざありがとう」
うむ、と頷き、エレナはリエンと共に、俺の元から去っていった。
サヤから手紙か。わざわざ、何だろうなと思い、その場に座って開くと……
「おじちゃん、おかえりなさい! おじちゃんが帰ってきたのは聞いたけど、お父さんとかお母さんとかが、おじちゃんの事を聞いて、変な顔してたから、心配になっちゃって……。
でも、騎士のお姉さんが、間違いなく無事に帰ってきたって言ってて安心した! 悪い人、やっつけてくれたんだよね! ありがと~!
おじちゃんもお仕事終わったから、これで、また遊べるね! リンネちゃんとか、おじちゃんとかといっしょに、また、木登りとか、鬼ごっことか、あと、海で遊びたい! 今度、遊ぼうよ! 約束だからね! サヤ」
手紙にはこう綴られていた。意外と字が綺麗なんだな、と最初に思って、可笑しくなった。
さり気に、約束を取り付けるとはなかなかだな。戦後処理が終わって、エレナについての話し合いが終わったら、すぐにクレナに帰ろうと思ったが、大事な予定が出来てしまった。
どこか、無理矢理な感じがするのは、流石、アイツと同じ名前なだけの事はある。
しっかりと、この“約束”は守ろうと思い、手紙を大事に仕舞って、俺は資材の上に寝転がり、目を閉じた。




