第431話 海賊団を斬る ―戦いが終わる―
エレナは、自身についた血を振り払いながら倒れているムソウを見つめる。
しばらく動かなくなったムソウを確認し、ふう、と一息ついた。
すると、ウェントとネプトが困惑した様子で声を荒げる。
「おいっ、エレナ! お前、何してんだ!? 何で、この男を!?」
「エレナ嬢、この者が誰なのか知っておるのか!? というか、この男は、我等を救ってくれた者だろう!? 我等の恩人でもあるムソウ殿を、何故……!?」
ウェントとネプトは、本気でエレナが何を考えているのか分からず、狼狽しながら詰め寄る。
エレナは二人の言葉を気にすることもなく、二人に向けて手をかざし、静かに口を開いた。
「……後で説明するから。二人は先に龍じいのところに行って……」
そう言って、エレナはウェントとネプトの足元に、転送魔法の魔法陣を起動させる。
「待て! 今、ここで――」
「エレナ嬢! エレナ嬢~~~ッッッ!!!」
転送魔法から逃れようとする二体だったが、エレナの魔法が完了する方が早かった。
魔法陣が輝くとともに、シュンッという音と共にウェント達は、エレナによって転送された。
倒れているムソウの他に、自分以外その場に誰も居なくなったことを確認するエレナ。
この後は、アートルムに向かい、ムソウの帰りを待つ者達に、ムソウが死んだことを伝えるつもりだ。
手をかけたのは自分だが、ムソウが死んだのは、二体の龍族との戦いで起こった事であると、ジーン達に伝える。
何故、この場に居るかは、龍族が関わっていたから。そう言えば、納得するだろうと考えていた。
そんなことを思いながら、ムソウの持ち物を確認し、無間を手に取るエレナ。
手の先から伝わってくる強大な力に、冷や汗が流れる。
「こんなものを使っているなんて……“規格外”というのは本当なのね……」
自分では扱えそうにない無間を、ムソウの異界の袋に入れ、寄生虫の魔物も収め、忘れ物が無いかと周囲を見回す。
すると、突然、エレナの目の前に白い魔法陣が浮かび上がり、そこから一つの人影が現れた。
それは、十二星天のみが使える転送魔法の魔法陣。だから現れたのは無論、十二星天である。
現れたのは、エレナより頭一つ分低い身長の男。鎧兜を身に着け、背中には大きな盾、腰には剣を携えている。
まだ幼さが残る顔は、どちらかと言えば女性的だった。愛くるしい顔で、エレナに微笑んでいる。
「やあ、エレナさん。上手くいったようだね」
「……リー……視てたくせに……」
現れたのは、全ての騎士団を統括する、十二星天の一人、“騎士団長”リー・カイハク。セインと共に、ムソウを嫌悪し、その存在を認めない人間の一人である。
リーは、倒れて血を大量に流しているムソウを眺めながら、フッと笑みをこぼした。
「そりゃ、視るよ。心配はしてなかったけど、万が一ってこともあるからね」
「悪趣味ね……」
「でも、これで僕たちの……セイン君の懸念材料も減った。本当に、よくやってくれたよ、エレナさん」
天上の儀にて明らかになった十二星天の確執。その中心は、ムソウを擁護する者達と、その存在を否定する者達。
その実は、この世界で、シンラに端を発する人界王から、政権を十二星天に移すというセインの考えに賛同するかそうでないかという構図となっている。
リーは、十二星天発足以前から、セインに心酔している。以前は、十二星天一人一人と親交もあり、それぞれとの仲も、他の者達と同様に良好なものだったが、セインとは別格である。
そんなセインの覇道を邪魔する存在であるムソウを、確実に葬る為、リーは今回、エレナを利用した。
リーは、EXスキル軍師の導きにより、自分が選んだ人間の五感を共有することが出来る。現在、一部の、セイン派閥の師団長と貴族、ギルド支部長、王城の重鎮、そして、十二星天内では、セイン、エレナとの感覚を共有しており、その者達の行動を監視したり、何かあればすぐに動けるようにしている。
今回、エレナは、海賊団に龍族が関わっているという連絡をジーンから受けた。その連絡は、ムソウ達により極秘裏に伝えられたものだったが、エレナの動向を気にするリーには筒抜けであった。
そして、リーは、龍族とエレナの関係から、今回、コクロ領以外のギルド、騎士団や、ジーン以外の十二星天は、冒険者ムソウのリオウ海賊団討伐に参与してはならないという決まりを自ら破り、エレナをコクロに向かわせるようにした。
その狙いは、海賊団の討伐ではなく、裏で龍族によるものと見せかけて、ムソウを始末する為である。
エレナは、嵐帝龍と水帝龍の事が気になっていたので、リーの提案に承諾。二体の龍族を見逃してもらう代わりとして、ムソウの始末を実行することにしたのだ。
「約束は守ってくれるのよね?」
「うん。例え、海賊団の力になっていたとしても、原因は分かったし、嵐帝龍さんと水帝龍さんを罰しようとかは思わないよ。セイン君も良いって言ってたしね」
こんな時にもセインの言う事に従うのかと、エレナはため息をついた。
「あ、それから、もう一つの約束も守るよ。これで、エレナさんが僕達の味方だって、分かったしね」
「ええ、お願い。一日中見張られっぱなしというのは、流石に気持ち悪いからね。私も女だし……」
「アハハ、そんなつもりは無かったけど……最後まで、エレナさんは怪しかったからね……」
リーがエレナと感覚を共有していたのは、信頼からではなく、龍族という後ろ盾を持つエレナの動向が分からなかったからである。
味方につければ大きな力となるが、敵対することになると、厄介なことは言うまでもない。
一応、セインが今のような考え方になった時には、セインの考えに賛同するそぶりを見せていたが、時折、ミサキやサネマサ達の話を聞いたうえで、折衷案のようなものを出すこともあり、本心ではどうなるか分からなかった。
そこで、セインはリーに、エレナの監視を命じ、以降約十年、エレナは二人に監視されることになったのである。
だが、今回の一件で、エレナは二人からの監視から外されることとなり、自由に動くことが可能となった。
スキルの力が解かれたことを確認し、エレナはため息をつく。
「怪しかったって……まあ、良いわ。これで、私の事は完全に信用してくれたってことで良いのね?」
「冒険者ムソウを討伐してくれたってだけで信用の材料にはなるよ。まあ、元々、エレナさんの事は信用してたよ。頑固なサネマサとか、レオパルドとかと違って、話も通じるし」
「それは、ありがたいわね……ところで、アートルムにはあなたも来るの? “騎士団長”の威光で、海賊団を討伐したって見せることが出来るわよ」
「いや、僕は先に王都に帰って、このことをセイン君に伝えて来るよ。これで、色々と“始める”ことも出来るしね」
ニッと口角を上げるリー。何か楽しいことが始まる前の、わくわくした子供のような顔をしている。
エレナは、再び、はあ、とため息をついた。そして、横たわるムソウの姿を写真の魔道具を使って撮影し、ムソウの冒険者の腕輪をリーに渡した。
「一応ね。セイン、疑り深いから」
「うん、ありがとう。でも、疑り深いというか、慎重って言って欲しいかな」
「ハイハイ。ほら、こっちの後の事は私に任せて、貴方は王都に向かいなさい」
「レオパルドとジーンには気を付けてね。何か仕掛けてきたら、すぐに王都に来るように。じゃあね」
リーはそう言って、転送魔法を起動させる。手を振るリーに、エレナは小さく頷き、王都に帰っていった事を確認した。
そして、龍陣を起動させて、再び辺りに誰も居ないことを確認した後、ムソウの体を肩に担いだ。
「さて、と……私もそろそろあっちに行こうかな。ジーンはまだしも、レオはうるさそう……でもないか。これなら、何も言わないでしょう」
静かに目を瞑るムソウを眺めるエレナ。この島に来た時から、常に荒々しく強大な気配を漂わせていた男が、今は、人形のように動かない。
再度、ムソウの様子を確認したエレナは、背中から翼を生やして、ヴァン島を飛び立っていった。
◇◇◇
アートルム。リオウ海賊団を退け、戦後処理を行っていたツバキ達の元へ、クレナからロロがやってくる。ジーンから連絡を受け取ったジェシカが、治癒院の治癒士数名と共に、転送魔法で送り込んできたようだ。
「連絡を受けてまいりました。お疲れ様です。ツバキさん、リアさん、それに……」
ロロは、ツバキの横で未だに大きな獣姿となり、ツバキとリア、二人のそばで、どんな状況にも対応できるようにしているリンネに目を向ける。
「ク~? (な~に?)」
リンネの姿が変わっていた事よりも、この状態のリンネの言葉が伝わったことに感激を受けるロロ。
そのまま、リンネの体に顔をうずめた。
「ウフフ~、気持ちいいですね~……リンネちゃんも、お疲れ様です~」
「クウ~(ありがとー)」
リンネもまた、嬉しそうにしている。ツバキとリアは、やれやれと言いながら、クスっと微笑んだ。
「お疲れ様です。早速ですが、ロロさん達には、この場の騎士や冒険者への手当てをお願いしたいのですが……」
「かしこまりました……あの、お二人や、ダイアンさん達、それに……頭領は……?」
辺りをきょろきょろと見回すロロに、リアが答える。
「私達は皆のおかげで大丈夫よ。ツバキさんは、エンヤ様の維持で少しばてているけど問題ないわ。ダイアン達は、向こうの船で海賊団に捕まってた人達の世話をしている。みんな無事よ。
頭領は……まだ帰ってないわ。私達も心配しているけど、まあ、大丈夫でしょう」
そう言いながら、フッと微笑むリアに、ロロも、それもそうですねと頷いた。
そして、一緒に来ていた治癒士達に指示を出していく。
「分かりました。では、私は保護された捕虜の皆さんの治癒に向かいます。皆さんは手分けして、こちらの冒険者、騎士の皆さんの手当てをお願いします」
「「「「「はい!」」」」」
「あ、あの、ロロさん! もう少し、こちらの神獣様に触れていてもよろしいですか?」
一人の治癒士がリンネの尾を撫で、顔を真っ赤にしながら、ロロに申し出る。
ロロは、その治癒士の肩を掴んで、首を振った。
「私も我慢しています。それは、全部終わった後に、私と一緒に楽しむとしましょう」
「ロロさん……すいません! 少し気が緩んでいました! 私、すぐに、ここの皆さんを癒していきます!」
そう言って、その治癒士は、道具箱をもって目についた騎士達を癒し始める。
他の治癒士達も、その者に続く様に、各自分かれて、けが人の容態を診て回った。
ふう、と一息吐くロロ。そんなロロの頭に、リアがポンと手を置く。
「凄いじゃん。ロロが治癒士に指示する側なんて」
「こちらでの全権は、私にとジェシカ様が仰るものですから……」
「十二星天の弟子って大変ね……」
「リアさんも、今日は大変だったのでは? 総指揮官って聞いた時は、家じゅうが沸き立って、ジゲンさんも流石に驚いていました」
「全くよ……でも、心配してくれて、ありがとう。おかげで、何とかなったわ」
「そこは、流石だと思います。では、そろそろ行きますね」
行ってらっしゃいと、ツバキとリア、それにリンネに背を押されたロロは、神具である錫杖を手にし、保護された者達の元へと駆けていった。
その後ろ姿が、何となく頼りになり、いつもに比べてかっこいいなと思ったツバキとリア。自分達も負けていられないと、気合を入れていると、リオウの遺体を騎士団に任せたエンヤが戻ってきた。
「リオウの遺体を預けてきた。こっちも、今のところは問題無さそうだな」
「はい。先ほど、治癒士の皆さんも到着されて、この場は何とかなっています」
「後はザンキだけ、か……嵐帝龍と水帝龍……アイツら相手に手加減は出来ないだろうし、かと言って斬るわけにもいかねえし……やっぱり、ザンキには難しかったか……?」
「頭領、そういう細かいことは難しそうだもんね……」
リアの言葉に、エンヤは頷く。恐らく、鬼神化を使えるムソウは、例え、相手が龍族二体だろうと、余裕で戦うことは出来る。
しかし、龍族は海賊団に操られているだけと考えると、嵐帝龍も水帝龍も斬る対象ではなく、救う対象になるわけである。
となれば、ムソウは普段の、闘鬼神との手合わせ以上に、力を抑えて戦う必要がある。だが、ムソウ自身が倒されないようにある程度の力を使わなければならない。
時間が掛かっているのは、そういうところから発生しているのではないかとエンヤ達は考えていた。
「こちらから、龍族を操っている大元を破壊すれば何とかなると思うのですが……」
「あ、そのことでお前らに一応伝えておくことがある。さっき、騎士団から聞いたんだが……」
そう言って、エンヤは二人にあることを話した。
海賊団の中には、殺した者達以外に、生きたまま捕らえた者達も居る。主に、ジーンが闘った者達だが、そちらは、ジーンの用意した毒により眠りについているが、その他の者達からは、いくらかの話を聞くことが出来た。
最初は抵抗していたが、リオウの遺体と、それを抱えていたエンヤの姿を見て、徐々にそれも治まっていった。
海賊達から得た主な情報は二つ。
一つは、海賊達が使っていた魔道具の出所。これは、想定通り、転界教からのものだった。どこで接触したかは定かではないが、転界教とのやり取りは、リオウと、最古参であるギャンザという男が直接行っていたようである。
ちなみに、海賊達は、リオウとギャンザが、迷い人であることは知っており、EXスキルを持っていたという事も知っていたという。だからこそ、この戦いも勝利する気でいた。
リオウが倒されても、ギャンザが生きていれば、まだ可能性があると思っていた海賊達。
しかし、ギャンザもやられたという、同じ海賊の言葉により、絶望に満ちた顔になっていった。
さて、海賊達から得た情報のもう一つは、龍族について。過去に、壊蛇との戦いで失った力を得る為、また、傷を癒すために、人が寄り付かないコクロの危険海域でその身を癒していた嵐帝龍と水帝龍を、リオウとギャンザが屈服させ、転界教から得た魔道具により、支配下に置くことに成功した。
その魔道具は、常にリオウが持っていたと、海賊達は話す。だから、今はどうなっているのか分からないという。
それを聞いたエンヤも、リオウの遺体を改めて調べたが、そのようなものが出てこず、もしかしたら、困ったことになったかも知れないと、ツバキとリアに語った。
「だから、こっちから龍族を止めるのは不可能と考えた方が良いだろう」
「そうですか……しかし、迷い人がもう一人いたとは……」
「海賊達は、どうやって、その、ギャッツって人が負けたってことを知ったのかしら?」
「それは、アイツ等専用のスマホを持っていたからだとよ。リエンからかっぱらったやつだな」
「なるほど……それで、トレイズ島の事が分かったりは……?」
「残念だが、無理らしい。こっちに残っているものは何ともないが、どうやら、向こうのものが全て破壊されているという」
仮に残っていても、生き残った海賊達が持っている可能性も高く、こちらのスマホでいくら連絡を取ろうとも、何の反応を示さないという。
これで、情報を得られても、この場は特に何も変わらないという事が判明した。
それと同時に、アートルムは勿論、トレイズ島付近に、海賊団の生き残りが居ることも示唆され、ツバキとリアは、各方面に、そのことを通達。
トレイズ島に向かっているジェイド達も、ギャッツと合流後、その者達を追うという返事を返した。
「ここで出来るのはこれまでですね……」
「そうだな。まあ、俺のやることは無くなった。後は、ザンキが帰るまで、エレナって奴を警戒すれば良いだけだったな?」
エンヤの言葉に、リアとツバキは頷く。
龍族が関わっていることが示唆された時から、エレナが海賊団討伐に介入してくる可能性は決して低くない。
ひょっとしたら、このアートルムに現れて、どんな経緯があろうと、「龍族を傷つけた」という事で、ムソウや、ムソウに与する自分達とぶつかる可能性がある。
仮にそうなった場合、互角以上に立ち向かえる存在は、エンヤくらいである。
レオパルドは、三体の神獣の力をその身に宿した影響で、体を動かすことが出来ない。ジーンは、魔法とスキルの使い過ぎで、今は、オリビアや麒麟の二人に見張られ……見守られながら療養している。
神獣は分担してレオや避難民のそばで、不測の事態に備えている。
よって、エンヤは、エレナに対する切り札として、未だその場に残っていた。
「向こうも、話さえできれば、分かり合えると思うのですが、万が一の時は、再び、よろしくお願いします」
「分かった。ちなみに、斬っちゃ、駄目なんだよな?」
「当然。頭領を恨んでいるとは言え、一応は、人界の英雄、十二星天様だからね」
幸いなことに、エレナは、ムソウ個人について嫌悪感を示しているだけであり、ムソウの元に居るツバキやロロを含めた闘鬼神については特に何も思っていないと、コモンたちから聞いている。
完全な敵対関係になるよりも、今の状態を維持することが大切と考えている二人は、エンヤに、こちらから、斬りかかるような真似はしないようにと、くぎを刺した。
「もしも、斬って欲しいと思えば、私が合図を出しますので、その時まではご辛抱を」
「はいよ。しかし……面倒ごとを俺に押し付けていた奴の後継者が、面倒そうな奴ってのは、何とも微妙な思いになるな……」
やれやれと頭を掻くエンヤに、二人は不思議そうな顔で首を傾げる。
「誰の事?」
「エレナって奴が持っているEXスキル結び付けるものの前任者、ルージュの事だ。アイツは、研究だ何だと言って、俺に面倒ごとを押し付けることが多かった。なまじ、頭も良いし、何も言い返せなかったのが、毎度腹立っていたんだがな……」
そう言えば、こいつの“親”の時もそうだと、エンヤは傍らのリンネの頭を撫でながら、ルージュについて語った。
アキラと共に魔物の生態や、魔法について調べていたルージュは、ことあるごとに、エンヤに対して、何かしらの厄介ごとを押し付けていた。
例えば、研究に使うからと、とある魔物百体分の内臓を取ってきて欲しい、あるいは、後年、自分が任された領地の統治に関する悩みを解決して欲しいなど言ってきては、エンヤを困らせていたという。
しかし、断ろうにも、外堀は既に埋めているといった具合に、理路整然と、脅迫まがいに説得し、エンヤは断ることが出来なかった。
常に冷静に、自分を上手く使いこなしていた存在が、ルージュだと話し、最後にエンヤはリアに視線を映した。
「そういや、お前にも似てたな。まあ、理屈っぽさでは、アイツの方が上だが」
「そんな、全然悔しくないこと言われても……エンヤ様も苦労したのね」
「いや……それが不思議なことに、頼まれたことをやっている時は、楽しいんだよな。俺が何をしたいのか見抜いていたところは素直に凄いと思ったものだ」
「基本的に、ムソウ様もエンヤ様も、頼まれれば、何でもいたしますからね……」
「……だから、ザンキもしょっちゅう、面倒ごとに巻き込まれるんだな……誰に……いや、完全に俺譲りか……」
苦笑いするエンヤに、つられて二人も苦笑いしながら頷いた。
ムソウもエンヤも、人から頼りにされるという感覚は、べつに嫌いではない。むしろ、好きに近いものだ。
自分の力が他人の役に立つという事を、この二人は何よりも嬉しく思っている。
エンヤのそういうところを、ルージュは見抜き、利用し、自分がやりたいことを優先する為に、エンヤに面倒なことを押し付けていた、もとい、エンヤを頼りにしていた。
そう考えると、嬉しいと言えば嬉しいのだが、何度もやるのは勘弁してほしいと、エンヤは頭を掻く。
「兎にも角にも、ルージュはそんな奴だ。アイツに似てるってんなら、エレナって奴も相当なタマかも知れない。現れた時は、少し用心しよう」
今度こそは、掌で踊らされないようにする。そう言ってエンヤはどっしりとその場で構える。
これなら大丈夫と、ツバキとリアは顔を見合わせて笑い、リアは海の方を眺めた。
眼力スキルを使い、何か異変は無いかと辺りを見渡す。
「……ん? あれ……は……え……ッ!?」
すると、リアの目に空を飛んでいる何かが見えた。最初は遠くて分からなかったが、近づいてくるごとに、それが空を飛んでいる人間という事に気付く。
そして、その瞬間、リアは自分の目が信じられないとばかりに動揺し、冷や汗を流し始めた。
「どうした? って、ん? あれは……なっ!?」
リアの様子に気が付いたエンヤは、そばに置いてあった遠眼鏡を使って、リアが目にしたものと同じものを見た。
その瞬間、リアと同じ様に、言葉を失いその場で固まる。
二人の目に映ったのは、空を飛ぶ、魔人のような女の姿。深紅の髪をなびかせ、背中の大きな翼を羽ばたかせてこちらに向かってきている。
女の肩には、見覚えのある紋章を付けた男がいる。その紋章は、刀を加えた鬼神の紋章。
徐々に近づいてくる女と肩の男を見ながら、エンヤとリアは、自分の心臓が早くなっていくことに気付く。
「え……?」
「クウ……?」
空を飛ぶ女がどんどんと近づいていき、その姿がはっきりと見えるようになった頃、ツバキとリンネからも、まるで、夢かのように自分の見たものが信じられないと言わんばかりに言葉を失った。
その男の背に描かれていたのは、毎日ツバキ達が目にする“家族”の証である闘鬼神の紋章。
その男の顔は、世界で一番愛した男の顔。
血まみれになり、ピクリとも動かない冒険者ムソウの体を、魔人……部分龍化した十二星天エレナは、ゆっくりとツバキ達の前まで来て、地面に置いた。
◇◇◇
「おししょーさま!」
「ムソウ様!」
横たわるムソウにリンネとツバキが縋り付く。リアはその場に立ち尽くし、言葉を失っていた。
ムソウを抱えたエレナが港湾内に入った瞬間から、その場に居た冒険者や騎士達がどよめき、騒ぎを聞きつけたジーンは、リチャードに支えられ、領主ノワールと共に、その場に駆け付ける。血まみれのエレナと、傷を負ってその場に倒れているムソウを見て、驚愕の表情を浮かべる。
ダイアン達も、レオパルドと神獣達を伴って、リアの元に駆け付けたが、その場に立ち尽くした。
何も語らないエレナを前に、ムソウのそばに居るツバキとリンネは泣き声を上げる。
すると、ギリッと歯を食いしばり、エレナに詰め寄る影が一つ。
それはエンヤだった。激しく怒気をまき散らし、エレナの襟首を掴む。
「オイッ! 何があった!? 説明しろ、テメエッッッ!」
片方の手で大刀を振り上げ、エレナを恫喝するエンヤ。エレナは少し面倒そうにため息を一つつき、その場に居るレオパルドとジーンに視線を送る。
「……誰? この人……?」
今にも自分に斬りかかりそうなエンヤを完全に無視して、エレナはジーンとレオパルドと話を進めようとする。
その態度に、エンヤは更に激高した。
「テメエ、無視してんじゃねえ!」
エンヤはとうとう、大刀をエレナに向けて振り下ろそうとした。
しかし、そこをダイアンとチョウシ、チャン、トウケンが止める。
「え、エンヤ様、落ち着いてください!」
「ここでエレナ様を斬っても駄目っす! どうかこらえてください!」
「黙れ、テメエら! テメエらも何してんだ! コイツが……コイツがザンキを殺したんだぞ!」
「まだ、そうと決まったわけじゃないっす! ロロも治療に入ってます! 今しばらくお待ちください!」
「やかましいッ! 良いから、どけ! ルージュの後任だろうと誰だろうと関係無えっ! 今ここで、ぶっ殺してやる!」
なおも止まらないエンヤ。闘鬼神三人に、神獣であるトウケンの怪力を振り払い、エレナに飛び掛かった。
すると、エレナはスッと手を前に出し、自身とエンヤの間に強固な障壁を出現させる。
ガキンッ、と音がしてエンヤの刀は障壁に弾かれた。
「龍族の多重鱗障壁か! 小癪な真似を……!」
エレナが使ったのは、龍族の鱗を何層にも重ねて作り出した障壁。一体ずつのものなら、エンヤも一撃で切り裂くことが出来るが、原初の龍族全ての鱗を組み合わせたものは、海王蟹の外殻の何百倍もの強度を誇り、エンヤを止めるには充分だった。
とは言うものの、エンヤは何度も大刀を振り、確実にエレナに近づいていく。エレナは再びため息をついて、レオパルドとジーンに説明を求めた。
「いい加減にして。誰、この人?」
「それより……エレナ、これはどういうことだ!? お前の方から説明しろ!」
「ムソウ殿はどうしたのだ!? 一体、何があった!?」
しかし、逆にエレナに対して、ムソウの身に何が起こったのか確認する二人。
まさか、こんな状態でムソウが帰ってくるとは思わなかった。全身が血まみれになり、全く動かないムソウ。ツバキとリンネと共に、トウガも寂しそうな、驚いたような顔でムソウの元に近づき、その場に伏せている。
必死な顔でロロが治癒魔法を使っているが、その効果は無かった。傷は塞がったようだが、ムソウに変化はない。
血を失い過ぎたことが原因だと横たわるムソウから読み取れる。もしくは、肉体の損傷は回復できたが、その身に魂が戻ってこないくらい、死んでから時間が経っていると、想像がつく。
間違いなく、ムソウは死んでいた。ふと見ると、伏しているツバキの簪と、その首から下げているコウカの人形、レオパルドが付けている髪飾りが、淡く光っている。
それぞれに宿る、ツバキ、ハルマサ、コウカ、ハルキも、依り代の中からこの様子を見て、感情を爆発させているようだった。
自分の疑問は置き去りに、説明を求めて来る二人に、エレナは再びため息をついた。
「何がって……見た通りよ」
「だから、どういうことだって、聞いてるんだ! テメエ……まさか、本当にムソウを!?」
「そんなわけないでしょ。私が来た時には、もう……」
「信じろと言うのか? 天上の儀で、あれだけムソウ殿を排そうとしたお主の言葉を!」
「信じられるかッッッ!!!」
エレナの言葉を全く信用しない様子のジーン、レオパルド、エンヤ。エンヤは、自分がこの場に留まることが出来る時間も、あとわずかという事を自覚している。
更に、力を使えば使うほど、それも更に短くなる。
しかし、エンヤの頭の中に、力を抑えるという考えはなかった。今持てる全ての力を使ってでも、エレナを斬るという思いで、なおも刀を振って、一枚、また一枚、とエレナの障壁を砕いていく。
ジーンとレオパルドは、話を聞かない。その間にも、エンヤが迫ってきている。
どうすることも出来ない状況に、エレナは苛立ったような態度で、コクロ領主ノワールに目を向ける。
「とにかく……冒険者ムソウはこの通りよ。でも、ウェントとネプト……嵐帝龍と水帝龍は海賊団から解放されたわ。今は、ゴルド領の龍の里に居るから、今後、この領に迷惑をかけることは無い。
あ、そうそう。トレイズ島も、私が手を貸してあげたから、安心して良いわ。まあ、ここより被害は大きかったようだけどね」
十二星天を無視して、アートルム以外の報告を受けるノワール。その場で畳みかける事象に困惑しつつも、頭の中を整理しながら静かに口を開いた。
「リオウ海賊団は壊滅……だが、冒険者ムソウは死亡……これが、人界にどのような影響を与えるか、エレナ様も分かってますな?」
「影響? 冒険者が一人死んだことで、何か影響が出るのかしら?」
「転界教なる組織の公表、将来的に発生するであろう邪神族の襲来。天上の儀からこのふた月余り、この人界は荒れました。
しかし、それと同時に、天災級を一人で倒し、貴女方十二星天と互角以上の力を持つ存在として、冒険者ムソウの名も、この世界に広まり、民達は安寧した様子を取り戻しております。ムソウ殿が、将来来るであろう“天災”に対する心の支えとなったのです。
ムソウ殿の死は、再び、そう言った者達の不安を煽ることとなる可能性がありますが、よろしいのですか?」
「問題ないでしょ。まだ、私達十二星天が居るから」
「……その十二星天様が、現在不穏なことが問題なのですが……まあ、良いでしょう。
それから、もう一つ、お聞きしたいことがございます。エレナ様は、龍族を人界の事情に巻き込んだムソウ殿を許さないと、領主会議で仰られておりました。そのような状況で、傷ついたムソウ殿を貴女が連れて来る……私めも、正直な話、ジーン様たちと同じく、ムソウ殿を手にかけた者は龍族だとは信じられません。ご無礼でしょうが、本当に、エレナ様ではないのですね?」
「しつこいわね……私が行った時は既に死んでいたって言ってるでしょ」
やれやれと言いながら、エレナは闘気を放出させる。言っても駄目なら力づくという態度に出たようだ。
ジーン、レオパルド、ダイアン達は身構えるが、今の状態では勝てそうもないと、瞬時に悟る。
圧倒的なほどの威圧感に耐えたのはエンヤだけだった。エレナに呼応するように、エンヤは更に力を込めて大刀を振りぬく。
「オラアッ! 龍鱗は越えた! 往生しろ、エレナあああァァァ~~~ッッッ!!!」
「ホント……誰よ、この人……仕方ない。龍爪ッッッ!」
大刀を振りかぶり、飛び掛かってくるエンヤに対し、エレナは腕を部分龍化し、巨大な爪を備える龍族のものにする。
「オラアアアッッッ!!! 奥義・天壊武――」
エンヤは、完全にエレナを、ムソウの仇だと思っている。未だムソウに縋り付く、二人の“娘”。
二人を泣かせたこと、ダイアン達を悲しませたこと、何より、自らの“息子”の死を見せつけられたこと。
今まで抱いたこともないような、強い怒りを以って、大刀を両の手に持ち、エレナに振りかぶる。
……だが、その瞬間、ついにエンヤが顕現できる時間が過ぎ、エンヤの体が輝き始める。
「なッ!? よりによって、こんな……こんな時に! クソッ! ザンキ! ザンキイイイイィィィ~~~ッッッ!!!」
無念の雄たけびを上げながら、エンヤは光の粒子となり、ツバキの刀へと還っていった。
斬鬼の中に戻っても、ここから出せと言わんばかりに、刀を輝かせるエンヤ。
しかし、ツバキはそれに気づかないのか、ムソウの体に突っ伏したまま、ピクリとも動かなかった。
突然、エンヤが消滅し、ハッとするエレナだったが、ツバキが持つ斬鬼を見て、なるほどと頷き、部分龍化を解いた。
「今の……そうか。クレナ領に伝わる、偶像術ってやつね……どういう精霊か知らないけど、死人が死人に関して口出してんじゃないわよ。この時代のこの世界は、今を生きる私達が護るのよ」
エレナは、ひとまずその場が落ち着いたことを確認し、闘気を収めて一息ついた。
とうとうエンヤも居なくなり、その場でエレナに敵いそうな人間は居なくなった。レオパルドは、せめてこの場でエレナから話を聞きだそうと、神獣達に念話を送り、再び、獣装体を行おうと伝えるが、トウガ以外の神獣達も、ムソウの元に向かい、無念の表情で項垂れていた。
ジーンは、エレナを叱責した衝撃で、ぜえぜえと息を荒げている。リチャードに背中をさすられるほど、疲労が溜まっているようだ。
ジーンも神獣も動けなくなった以上、レオパルド一人に出来る事は何もない。
その場は、エレナがやるようにさせるしかなくなった。
エレナは、髪をかき上げながら、冷たい目で、再びノワールに目を向ける。
「……まあ、信じようと信じまいと、冒険者ムソウは、龍族との戦いで命を落とした。それが事実よ。
でも、海賊団の事は解決した。これで、この人界に悪影響を及ぼしているのは、転界教と、その先の邪神族だけ。追って王城より、今後への通達があるから、それまで待ってなさい。
レオ、ジーンもよ。それまでは、自由にしているが良いわ」
レオパルドとジーンにも、ある程度の指示を下した後、エレナは転送魔法を起動させる。
足元に魔法陣が輝いた瞬間、その場から去ろうとするエレナを止めようと、レオパルドとジーンは手を伸ばす。
「待てッ! 説明になってねえだろ! 詳しく話せ、エレナ!」
「エレナッ!」
「……じゃあね」
しかし、二人の制止も聞かず、エレナはレオパルドとジーンに手を振って、シュンッと音を立てて、その場から消えた。
間に合わなかった悔しさから、レオパルドはその場に膝をつき、拳で地面を叩く。
「クソッ! 何で……何で、何も言わねえんだ! クソッ……」
ジーンは、エレナが去った悲しみと、ムソウが死んだという事実を未だに受け入れられず、ガクッと膝をつく。
結局、また、大事な人間の命を護れなかった。護りたい人間全ての命を、今度こそ、守り抜く。
海賊団と闘う前に、そう誓ったはずなのに。ジーンがそうする為に、ムソウは力を貸してくれた。
だから、ジーンも、ムソウを助ける為なら、倒れたってかまわないという気でいた。
だが、結果はムソウの死と、かつては、数少ない親友達の一人だったエレナとの、完全なる決別。
壊蛇の時と同じく、やりきれない思いとなりながら、その場に項垂れた。
十二星天の二人が、力なく項垂れ、悔しさと怒り、悲しみを露わにし、誰も何も言えず、その場が静まり返った時だった。
静寂に包まれ、そこに立ち尽くす者達の耳に、信じられない会話が聞こえてくる。
「……行ったか? リンネ、トウガ」
「「「「「!?」」」」」
聞こえるはずのない男の声に、項垂れていたジーンもレオパルドも顔を上げ、ダイアン達やノワールと共に、声のした方向に振り向いた。
「うん! においしな~い」
「ついでに言えば、近くにエレナ以外の十二星天も居ないぞ」
「気配もございません。ですよね、リアさん?」
「ええ。怪しげな感覚は無いわ。もちろん、コクロに来た時から感じていたあの違和感もね」
リンネ、トウガに続き、リアとツバキも平然とした様子で話している。
誰もが唖然とする中で、その男は、そうか、そうかと言いながら起き上がり、両手を上に伸ばしてニッと笑った。
「あ~、本当に体が固まるところだった。死んだふりってのも難しいな」
ジーン達が固まり、ただただ驚く前で、むくりと体を起こしたムソウは、ケラケラと笑いながら、リンネとトウガを撫で、リアとツバキに、小突かれていた。




