第430話 海賊団を斬る ―“龍心王”と対峙する―
対峙する俺とエレナ。そのすぐそばで、嵐帝龍と水帝龍が着々と回復中……。
……最悪だ。なんで、コイツ、こんな時に限って来るのだろうか……。
次から、二体の龍族と同時にエレナの相手もしないといけないのか? いや……そうはさせない。
とりあえず、この状況になった怒りを抑えつつ、エレナと会話してみよう。
「……なあ……俺の話を聞く気は――」
「無いわ」
……なるほど……最悪だ。
「何故だ?」
「……もう、限界よ。あなたがやっていた事を許すわけにはいかない。カドルに続いて、ウェントとネプトを痛めつける真似はさせない」
恐らく、嵐帝龍と水帝龍の名前だろうが、この際、どっちがどっちとかは関係ない。
別に、俺だって好きで痛めつけていたわけじゃないんだけどな。カドルに関しては、確実に言いがかりだ。むしろ、俺はカドルを癒した側なのに……。
天上の儀での話から、エレナが龍族を慕っているがあまりに、俺を敵対視しているという事は、まあ、何となく納得していたが、実際相対すると、度が過ぎている気がする。
「痛めつけていたというか、弱らせていたんだが……このままだと、そこの二体は、海賊団の手先となって、大地を破壊するぞ。お前はそれで良いのか?」
「……」
エレナは黙って、嵐帝龍と水帝龍を見つめる。そして、二体の体内に変なものがあることに気付いたのだろうか、少し苦々しい顔をしながら舌打ちをした。
だが、すぐに首を振って、俺の方に向き直った。
「……構わ……ないわ」
「……あ? アンタは、大地を護る為に、俺を消したいって思ってると聞いたが……龍族が大地を破壊するのは良いのか?」
「それが……この子達の意志なら……」
……話にならない。というか、エレナの態度と、そこから伝わる気配で、本心のようなものが見えてくる気がした。
現在、エレナは激しく動揺している。言いたくない言葉を紡いでいるような気がする。
大地がどうの、龍族がどうのという言葉も、「俺を消したい」という思いへの言い訳の様に感じてきた。
コイツに絡んでいる問題は、想像以上に面倒で、複雑なのかも知れない。
もうしばらく、探りを入れてみよう。
「仮に、ここでアンタ達が俺を消して、そこの龍族が、海賊団の手先としてアートルムを攻めるとする。その後はコクロ、そして、人界全土……神帝龍とやらや、他の龍族が護ってきた大地を滅ぼすことになっても良いってのか? カドルやアティラが、お前らと敵対しても良いのか?」
「……ッ!」
エレナは黙ったまま、目を見開き、更に闘気を放出させ、俺を威嚇。凄まじい怒気を放ってきた。
分かりやすいな、意外と。結構、苛立っている。そんなに、俺の質問が鬱陶しいと感じたのか、動揺を誘ったのか……。
苛立ちを全て俺に向けるように、エレナは口を開いた。
「させない! させるものですか!」
「さっきは、こいつらが、大地を破壊することに賛同していたじゃねえか」
「龍族同士の争いなんて、起こさせないって言ってるの! そんなことには私がさせない!」
「なりそうだぜ? 現に今、カドルをここに呼んだら、アイツは、その二体をどうするか……何を以って「正解」とするか……その答えに向けて、どういう行動を取るか……付き合いが短い俺でも――」
「うるさいッ!」
俺の言葉を遮り、エレナが突っ込んでくる。鋭い爪を振りかざし、俺に斬りかかってきた。
俺は無間で弾くことは避け、迫ってくるエレナの手を掴み、動きを封じた。
離せとわめくエレナに、少しばかり我慢が解けていく感覚がする。
「何がうるさいってんだ? この状況、はたから見ても、こいつらがヤバい状態に居るってことは分かるだろ! 俺を消したい? 勝手にしろよ。ただ、それは、こいつらを止めてからだろうが! こいつらを元通りにして、コクロの安全が取れた後に、ゆっくり、俺を狙えばいい。今、この場で何が最適な行動なのか、考えろ!」
「うるさい! アンタは……もう黙れ!」
激高したエレナは、尾を使って俺を弾き飛ばし、更に魔法で雷の球を生み出し、それを放ってきた。
無間で斬っていくが、数が多い。跳躍して躱すと、今度はそこに、回復していた嵐帝龍が、口から暴風を放ってきた。
「グルルルアアアアッッッ!!!」
「チィッ!」
対処しきれず、防御の構えを取ったが、俺の体は風で吹き飛ばされ、岩山にぶつかった。
痛みは無いが、距離を取られた。急いで戻らないと更に回復させてしまう。
そんな事を思っていると、再びエレナの声が聞こえてくる。
「話は終わりよ! この子達の目的がアンタを倒すことなら、私もそれに従う! その後の事は私が何とか――」
内心、すげえ台詞だと思っている。エレナは冷静で思慮深いとサネマサやコモンから聞いていたが、何というか、こういったその場の勢いに任せた行動と言うものもするんだな。
兎にも角にも、エレナが、嵐帝龍と水帝龍と共に、俺に襲ってくるという事は決まった。
実質、三体の龍族との戦い。恐らく、先ほどの雷の球は、カドルの力を使ったのだろう。やりづらいなとは思いつつ、カドルやコモンがこの場に居なくて良かったとも思っている。
確かに、どうなるか分からないからな。
やれやれと思いながら、無間を抜き、三体の元に戻っていく。
すると、予想はしていたが、あまり起きて欲しくないなあと思っていたことが、目の前で繰り広げられた。
俺に対して臨戦態勢を整えるエレナ。その上空から嵐帝龍が竜巻を落とし、水帝龍がエレナに当て身を食らわせて吹っ飛ばした。
「がはっ!」
体中ボロボロになりながら吹っ飛んでいくエレナ。俺は、エレナの体を抱きとめて、すぐさま回復薬を与える。
それを行いながら、武者の形にした鬼火で、龍族の追撃を防いでいた。
体中の傷を癒しながらも、苦悶の表情を浮かべるエレナに、俺はため息をつく。
「……な? アイツ等、お前の事も分かってねえようだぞ。お前が、龍族を慕っているのは知ってる。俺を殺したいのも知ってる。今、ここで俺を殺したいのは伝わった。
だが、それはアイツ等をどうにかした後で良いんじゃねえか? その為に、アイツ等を傷つけることになっても、アイツ等が、人界破壊の罪を背負わないようにした方が良いと思うぞ」
「ハア……ハア……くッ……!」
「俺としても、アイツ等を無事なまま開放したいところだが、このまま、お前も俺を狙うんなら、容赦しない。龍族は肉体を失っても魂が無事なら、後で復活することも知っている。だから、アイツ等の肉体を破壊するつもりで、これから闘うつもりだ。
だが……龍族に詳しいお前が、俺の味方……いや、俺に協力してくれるってなら話は別だ。お前の言うように、俺も動く。別に俺は、龍族の事を嫌っているわけではないからな」
そう言いながら、カドルとアティラから貰った鱗で作った装備品を見せつける。
エレナは、悔しそうな表情を浮かべながら、俺の事を睨んでいたが、この状況に諦めがついたように、ガクッと項垂れて顔を上げた。
「……分かったわ。二人を抑えるまで、協力してあげる」
「最初からそうしてくれ」
「……でも……その後は――」
「分かってる。それまでで良い」
こうして、エレナと俺は協力して、嵐帝龍と水帝龍をおとなしくすることとなった。
ただ、エレナの所為で嵐帝龍も水帝龍も、完全に回復したようで、更に封印術も解かれたことになったので、辺りは再び大嵐となっていく。
「あいつらが暴れている原因……最初は、俺だけに闘志を向けていると思っていたが、さっきのお前の事を考えると違うようだな。手あたり次第暴れているって感じだが……」
「認めたくないけど、そのようね。リオウ海賊団が何か……そう、あの、頭と胸から出ている何かを仕込んだのは間違いなさそう」
「肉体を破壊せずに、あれを取り除く……出来そうか?」
「まずは原因の究明……そのために、二人を弱らせて、じっくり調べないと……」
「さっきは俺がそうしていたんだが?」
「あなたのあの力は、魂をも弱らせるんでしょ? 続けていたら、二人とも、無に帰していたわ。魂は弱らせずに肉体だけを弱らせれば良いのに……」
となると、鬼人化も使うわけにはいかないか。結構面倒だぞ、これは……。
鬼人化だと、アイツ等を弱らせて死なせてしまう結果となる。神人化だと、アイツ等を強くして、俺達がヤバい状態となる。
だから、出来るだけこれらの力は使わないで、とエレナに言われて、仕方ないと思い、俺は普通の状態に戻った。
ただし、これだけではヤバそうなので、ひとごろしは使う。
闘う準備が整ったところで、更に作戦を練った。
「で、俺はどうすりゃいい?」
「あなたは、ここでネプト……水帝龍の相手をお願い。私は、ウェントの相手をするわ。ある程度弱らせたら、アティラ、カドル、ルセアーレ……氷帝龍の力で、二人を拘束。何とか、二人の中の異物を、私が取り除くわ」
要はそれぞれで戦って、二体の龍族を弱らせた後、エレナが龍族の治療を行うということだ。
エレナは、龍族の力を同時に宿すことは難しいと聞いたが、その点については大丈夫なのかと聞くと、問題ないとのことだった。
「この際だから言うけど、私も、皆が知らないうちに成長してるから」
「……そうか。じゃあ、弱らせた後は、本当に任せても良いんだな?」
「皆の力があればいける。あなたは、せいぜいネプトに殺されないようにして頂戴」
そう言うと、俺の隣でエレナの体が輝いていく。何事かと思っているうちに、エレナを包む光はどんどん大きくなっていき、ぱあっと光が収まると同時に、そこから一体の龍が姿を現した。
姿かたちは、カドルや嵐帝龍ウェントと同じ様に、大蛇のようだ。紫がかった黒い鱗に全身を覆われ、首からは紅い鬣のようなものが流れている。
これこそ、龍人という種族のエレナが、龍化した姿のようだ。大きさは、ウェントの方が大きいが、現在エレナは、他の龍族の力も宿しているらしく、伝わってくる力は、カドルやアティラ以上の様に感じられた。
その姿に反応したウェントは、俺達に風刃を纏わせた竜巻を放ってくるが、俺が防いでいる間に、エレナは竜巻を躱しながら、ウェントに雷撃を放つ。
「グルルルアアアッッッ!!!」
「……ごめん……大人しくして!」
雷撃を受けても、勢いはそのままのウェント。再び、エレナに突っかかるが、エレナもウェントに向けて飛んでいく。
上空では、まるで二体の龍族が喧嘩しているような様相となった。
「大丈夫そうだな……じゃあ、こっちも……っと!」
とりあえず、エレナが大丈夫なことを確認し、俺は水帝龍ネプトに向き直った。
すると、向こうは既に、俺を狙っていたらしく、いくつもの水泡を自身の周りに展開させて、弾丸のようにして飛ばしてくる。
無間で弾いたが、弾かなかったものは俺の周りの地面や岩などを容赦なく破壊していく。
ただの水も、魔法で色々とやるうちにああなるのかと理解した俺は、絶え間なく続く攻撃を止めさせようと斬波を放つ。
俺の斬波は、まっすぐと水帝龍に向かっていき、ネプトの頭を弾く。
「グギャウッ!」
斬波が当たった所から血を流すネプト。技の手加減も難しいものだな。装備を一新させてきたのがあだとなった……とは思いたくは無いが、結構神経使うな。
やはり、最初の方法で良かったのではと言いたくなるが、エレナをイラつかせたくもない。このままで戦っていこう。
ネプトは顔の傷を癒した後も遠距離から俺を攻撃してきている。ウェントよりは苛烈じゃないが、魔法で水を生み出さない時は、海から大量の水を流し込んできたりと芸が細かい。
というか、ネプトの所為で島の大半が冠水しており、もはや、島と海の境も分からない状態だ。
こうなると、俺も動きづらい。神人化したい欲を抑えて、木に飛び乗ったりしながら何とかしている。
ただ、これだと弱らせることも難しい。どうしたものかと、ふと、上空を見上げると、嵐帝龍が体中に傷を作っている光景が目に入る。
全身から血を流し、巻き起こる風により、まるで血の霞が出来上がっていた。
それもそのはずで、嵐帝龍ウェントを攻めるエレナが結構苛烈だった。雷を起こしてぶつけたり、氷や岩を出現させては、ウェントにぶつけたりと、容赦なく攻め立てている。
とは言うものの、完全に破壊しているわけではなく、ウェントが自ら回復できるくらいのギリギリのところで止めてはいる。徐々にウェントの力が減り、付近の風も先ほどよりは弱まっているのは感じたが、どうにも腑に落ちない。
俺がやったら怒るくせに、自分はやるのかとまたしても、エレナに苛ついた。
それと同時に、俺もあそこまでやって良いんだなと、心のどこかで踏ん切りがつき、ネプトに向き直った。
要は、神人化せず、鬼人化もせず、このままの状態で、魂を弱らせることなく、こいつらの肉体を攻めていき、起き上がる気力も無くせばいいだけの事だ。
そうなるように、無間を振っていこう……。
「ウオオオォォォ~~~ッッッ!!!」
死神の鬼迫を放ちながら、ネプトに近づいていく。殺気に圧されて動きが悪いネプト。足元や海の水を操ったり、上から、栓を抜いたような大量の水を降らせたりして俺を阻むが、そのことごとくの切れ目を斬り、無効化に成功。
そのまま、ネプトの眼前まで詰め寄って、無間を振り上げる。
「オラアッ!」
「グルウアアアッッッ!!!」
首から胴体にかけて、一本の傷が入った。そこから大量の血が噴き出し、ネプトは回復に入る。
その隙に、次に尾を切断、次いで四肢を切り裂いていく。
「グギャオオオオッッッ!!!」
ある程度弱らせたところで、ネプトが回復するのを待つ。弱ったというのは、周りの水の動きを見れば明らかだ。
ひとまず、二体の龍族が天候を操れなくなるまで、俺はネプトへの攻撃を続ける。
斬り落とした尾が再生された途端に近づいて尾を落とす。四肢が再生されたら、同じく、手足を斬り落とす。
何度か続けて、更に水帝龍を弱らせていくうちに、暴風と共に降り注ぎ続けていた雨が止み、島を覆っていた水が引いていった。
と言っても、後の祭りだがな。元々、この海域特有の暴風雨でボロボロだった島だったが、最初見た光景が思い出せないくらい、ヴァン島は壊滅状態だ。
最初に決めたが、俺はジーンとかレオパルドに頭を下げることは無い。下げるのならウェントとネプト、それから、ややこしいことをしてくれたエレナだ。
そういや、エレナはどうなっているのだろうかと上空を見上げると、まさにその瞬間に、大量の切り傷を浴びて血を流すウェントが落ちてくるとともに、辺りを吹き続けていた暴風が止んでいき、ウェントが地面に激突した瞬間、雲の割れ目から、龍化したエレナが姿を見せた。
空高くからエレナは俺達の居る方へと近づいていき、ボロボロになったネプトを見つめ、そして俺を睨んだ。
「アンタ……!」
「嵐帝龍を見る限り、お前に言われたくない」
「クッ……まあ、今はそれどころじゃないか……」
そう言いながら、地上へと降り、人間の姿に戻るエレナ。
そして、倒れている息も絶え絶えな二体の龍族に手をかざすと、そこに、緑、黄、白の魔法陣が浮かび上がり、それぞれ、大量の土砂、雷、吹雪が飛び出て、ウェントとネプトの肉体を覆っていく。
どうやら、アトル達の力で動きを封じたらしい。再び、ウェント達に、小さくごめんねと呟いた後、その体に触れて、龍族に何が起きているのか、詳しく解析し始めた。
俺の方は、やることが無いので、今のうちに体力を回復するとともに、魔物とか来ないかと辺りを警戒する。
しばらくすると、ふう、と息を吐くエレナの声が聞こえる。
「終わったわ」
「何か分かったか?」
俺の問いに頷き、エレナは龍族に何が起きているのか説明する。
エレナによると、ウェントとネプトの肉体には、それぞれ寄生虫のようなものが侵入しており、ソイツの影響で自我を失って暴れているとのこと。
具体的には、その寄生虫は、魔物を操る操獣石のような魔道具から発せられる、呪いをかける際の思念を受け取り、その通りに魔獣……今回の場合は、龍族を操っているとのこと。
なので、龍族の肉体からその寄生虫を出せば問題ないのだが、気を付けなくてはならない点がある。
まず、その寄生虫のような存在も、魔物には違いないが、今は龍族の肉体と一体化している為、天界の波動は効かない。
かといって、冥界の波動を使おうにも、寄生虫が居るのは、二体の肉体の奥深くであるから、冥界の波動を寄生虫に当てて消滅させるという事は、龍族も消滅させるという事になるので、こちらも通用しない。
だから、それ以外の方法で、体内から寄生虫を出さねばならないという結論となった。
「……てことは、俺には何も出来ないってわけか?」
「一応、アートルムの戦いで、仮に海賊団の魔道具を破壊することが出来れば、ひとまず、二人は大丈夫よ。後は、ジェシカ……と一緒に寄生虫を取り除けば良いだけ。
でも、そんなには待てない。ここで治療しないと……」
そう言って、エレナは少しばかり緊迫した面持ちで、二人の体に手をかざす。
「……これから、この子達の体内に攻撃を仕掛ける。その勢いで、取り付いてるものを追い出すわ。
だから、貴方は、私が寄生虫を出した後、二人が死なないように、力を貸して」
つまり、寄生虫の方はエレナが担当するが、これから使う方法は、龍族二体をかなり弱らせる結果になるようだ。
だから、その時に俺が天界の波動を浴びせて、龍族の力になるようにする。
さっきまで戦っていた奴らと、これからまさに、俺の事を殺そうとする奴の力になるのは何となく癪だが、今はこの手しかないようだし、エレナからも龍族を助けたいという思いが伝わってくる。
仕方ないと思い、エレナに頷いた。
「分かった。こいつらを死なせたくなかったら、いきなり襲い掛かることはやめてくれよ」
「……分かってる」
鋭い目で、俺を一瞥した後、エレナは龍族に向き直る。そして、両の手に魔力を込め始めた。
俺の方は、すぐに天界の波動を与えられるように、神人化し、出来るだけ気を集めては、光葬針をいくつも生み出し、鳥の形に変えていく。
そうしていると、ついにエレナが、魔法を発動させる。
「ハアッッッ!」
恐らく使っているのは、氷帝龍とカドルの力だ。
まず、エレナが行ったのは、龍族の肉体の機能が止まるギリギリのところまで、肉体を冷やしていった。それが分かったのは、龍族の体の変化だ。末端の方から、霜のようなものが下り始め、龍族の呼吸が段々と白くなっていく。
鑑定スキルを使って、体内を視てみると、最初は体全体に行き渡っていた嫌な波動も、徐々に収縮し始め、最終的に、心臓と頭だけに留まるようになった。
どうやら、寄生虫は二体ずつ居るようである。寄生虫が力を失ったことを確認したエレナは、その波動の中心に向けて、カドルの電撃を放った。
「「グガウッ!!!」」
その瞬間、痛みから二体の龍族が苦痛の声を上げ、口や目、鼻から血を吹き出した。
やはり、寄生虫だけを狙うという事は難しかったようで、体内の何かを傷つけたらしい。
一瞬動揺した様子のエレナだったが、すぐに覚悟を決めて、更に電撃を放つ。
すると、エレナの電撃から逃れるように、波動の大元が動き始め、最終的に、吐血する龍族の口から血と共に吐き出された。
現れたのは、一抱えはありそうな、ダニのような魔物。鋭い牙と、六本の足を動かしていて、何とも気味の悪い見た目をしている。
現れたそいつらを見たエレナは、二体の龍族から手を放し、臨戦態勢に入った。
「アンタ達、よくも……八つ裂きにしてやるわ!」
寄生虫に吠えたエレナは、そのまま、駆除に入った。すると、寄生虫は、それぞれ四方に分かれて飛び去っていく。エレナはその後を追い、その場は俺達だけとなった。
俺の方は、寄生虫が離れた瞬間から、すぐに、光葬針を龍族に浴びせたり、回復薬を飲ませたりしながら、龍族の回復に専念している。
寄生虫の魔物を吐き出した時から、弱っていた呼吸が更に弱くなったからな。
割と急いで天界の波動と薬を与え続けた。
しばらくすると、嵐帝龍、水帝龍ともに、全ての傷が癒えてきた。
エレナはまだ、戦っているらしい。結構すばしっこかったからな。
俺は、傷が癒えたことを確認し、更に天界の波動を与えることに集中する。
さっさと目を覚ましてくれねえと、アートルムに戻れねえからな。
……ああ、その前にエレナをどうにかしないといけないのか。本当に面倒だ。レオパルド一人くらい、こっちに連れてきた方が良かったかも知れない。
まあ、今考えても無駄だったな。
そんなことを思っていると、ウェント、ネプトの体が僅かに動く。
そして、ずっと閉じていた目をゆっくりと開けて、その瞳に俺を映した。
「俺は……いや、俺達か……どうなっていた……?」
ウェントから声が聞こえてくる。どうやら、本当に正気に戻ったらしい。
「まだ、寝てろよ」
「神族……? いや……人間か……だが、この波動は……」
ネプトからも声が聞こえてくる。二体とも、何が起きているのか分からない様子だ。どうやら、操られていた時の記憶は無いらしい。
「後で説明する。それより、今は体を休めろ」
「……我らを屈服させたあの男は……リオウとギャンザという男はどこだ……今すぐにでも、奴らを……」
お……ネプトの口から凄い台詞を聞けた。海賊団の中に、どうやら龍族を屈服させた存在が居るらしい。
何か、弱みに付け込んだり、カドルの時の様に隙を突かれて、あの寄生虫を埋め込まれたのではなく、真っ向から戦って敗北して、弱った所を操られていたようだ。
本当に……アートルムは大丈夫なのだろうか……。エンヤや二人の十二星天も居るし、神獣達も居るから、安心していたが、今の言葉で一気に不安になってきた。
少し、急ぐとしよう。
「その二人については大丈夫だから、頼むから、おとなしくしていてくれ」
俺が、更に天界の波動を与えていくと、二体の龍族は驚いたように目を見開く。
「……人間……この力は……? お前は一体……?」
「だから黙っていてくれ……カドルやアティラの友だと言えば満足するか?」
「カドル……アティラ……あの者達の……友!? 確かに、お前から、アイツ等の力を感じる……!」
ウェントは、俺の装備を目にしながら、更に驚いた声を上げる。
「だ、だが、それだけでは……お前が何処の誰か分からない……」
「はあ……人界王シンラの父……ザンキと言えば、分かるか?」
もう良いやと思い、きちんとした自己紹介をすると、二体は、ついに口をあんぐりと開けた。
「シンラ様の……父!? な、何故、この時代に……!」
「だから、全部後で説明するから、おとなしくしていてくれ。お前らが元気にならねえと、エレナが怒るんだからよ」
「ッ! え、エレナも……ここに!?」
「ああ。今は、お前らに寄生していた奴を倒しに行っている」
そう言うと、龍族達は、ハッとした様子になり、段々と落ち着いた様子となっていった。
「……そうか……俺達は、あの者達に、操られていたのだな……」
「それを、貴公とエレナが止めた、と……シンラ様の父君というのは本当らしいが……この世界は、今、どうなっておるのだ?」
「……ちなみに、最後の記憶は何時だ?」
どうも話が合わないと思い聞いてみると、ウェント、ネプト共に、最後の記憶は、いつなのか分からないが、壊蛇襲来より十年ばかりが経った頃、壊蛇襲来で負った傷や弱った力を癒すためにこの辺りに居た時に、二人の人族の男に討伐された時が最後だという。
恐らく、その男達が、先ほど話していたリオウとギャンザって奴だという事を考えると、こいつら、二十年近く、海賊団の支配下に置かれていたという事になる。
なるほど。道理で、騎士団や冒険者達による海賊団討伐が出来ないわけだ。
「操られていた間の事は覚えていないんだな」
「うむ……だが、お前の様子を見るに、長い間、人界に迷惑をかけていたという事は分かる」
「まあ……お前らが直接手を下したわけじゃないから、皆もあまり気にしないと思うがな……」
実際、龍族が海賊団に操られて、人族に被害を及ぼしたという話は聞いていない。それの補助になるような力を使わされていたというのは分かるが、そもそも、海賊団の支配下に置かれなければ起きなかった話だ。誰も、何も言わないだろう。
ただ、今回の戦いで、海賊団に残党が出来た場合は、今まで海賊団がコクロ領を監視していたように、その力を使って、海賊団を根絶やしにすることを約束させると、二体は頷いた。
そして、この世界で、現在起きていることを話す。邪神大戦の頃から生きている龍族が何も知らないというのは少しまずい気もするからな。
話しているうちにエレナも帰ってくるだろう。帰ってきたらすぐに、アートルムに帰る。よくよく考えれば、エレナが俺を狙っていようと知った事ではない。
そう思い、ウェントとネプトに、とりあえず自己紹介と、クレナでの事件でカドルと出会ったこと、その後、シンキ達により、邪神大戦が勃発していた事、俺の、前の世界の知り合いが、過去に活躍したことを知った事、そして、この世界も邪神大戦の事を把握し、来るべき、邪神族との戦いに備えていることなどを話していった。
その一環で、今回の海賊討伐及び、この世界の裏で暗躍してる転界教の事を話していく。
ウェントとネプトは、黙って話を聞いていたが、俺が全てを話し終えると、少しばかり落ち込んだように項垂れた。
「なるほど……つまり俺達は、邪神族の末裔共に、まんまと操られたというわけか……」
結果的に、かつて戦った宿敵の手先となっていた二体は、そのことがどうも悔しいようで、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
先ほども言ったが、あまり気にすることではないと言うと、確実に海賊団を叩き潰すと決意を込めた目で頷いた。
「だが、あの頃よりこの世界にとどまっているのは、邪神族だけではない。エンヤ殿も、完全ではないが、戦えるのだな? その、ツバキという女騎士の力で」
「ああ。本人曰く、全盛期以上だと言っていたぞ」
「ふむ……ならば、アートルムという場所は大丈夫だろう。あの方は、我等の何十倍も強いからな」
「じゃあ、お前らの出番は無いかもな。だから、今はゆっくり体を休ませろ」
「う……む。しかし、貴公は本当に不思議な人間――」
「その台詞は散々聞き飽きた」
もう、何度も同じことを言われるのは、若干苛つく。少しばかり殺気を込めた目でネプトを黙らせて、龍族に天界の波動を当てていく。
二体とも、まだまだ聞きたいことがありそうな顔をするが、後でエレナなりカドルなりに聞いてくれと言うと、静かに頷いた。
その後、しばらくしてウェントとネプトが完全回復するまであと少しとなった頃、ふと、ウェントが顔を上げて、俺の背後に目を向けた。
「……む? お……エレナ……」
「エレナ嬢……」
ネプトもウェントが向いた方に気付き、少し申し訳なさそうな顔で目を見開いた。
チラッと後ろを見ると、ボロボロになった寄生虫の魔物を引っさげたエレナが、こちらに向かっていた。
エレナは、魔物を地面に置くと、俺の後ろからウェント達に、安どの色を浮かべた顔を向ける。
「良かった……二人とも……元気になったのね……ずっと……探してた……本当に……心配してた……」
エレナは、カドルの時と同じく、行方知れずだったウェント達の行方も探していたようである。
心の底から安心したという顔で、随分と穏やかな表情をしていた。そんな顔も出来るんだなというのが、正直な感想だ。
「う、む……心配かけたようだな、エレナ嬢」
「それだけじゃなく、迷惑もかけたようだ……」
「良いの。二人は、自分の意志で、海賊団に与していたわけじゃないことは知ってるから」
そう言って、エレナはウェントとネプトを撫でる。二体の龍族は、それはもう穏やかな顔で、エレナに何度も謝っていた。
良い光景だなと思ったのも束の間、エレナは、急に冷たい顔つきになり、俺の方に振り向く。
「それで……二人はもう大丈夫なの?」
「……さあな。お前が視た感じはどうなんだ?」
「ふん……問題なさそうね。あそこに、ウェント達を操っていた証拠があるから、持って帰って、レオにでも預けて、しっかり解析するように伝えなさい」
エレナは、魔物の死骸を指さす。解析しろと言われても、四体のうち二体は丸焦げ、一体は引き裂かれており、原型をとどめているのは一体だけだ。
これを持って帰ったところで、何が分かるのだろうかと首を傾げる。というか……
「持って帰れってことは、俺はこのまま帰って良いのか?」
ウェント達をおとなしくした後は、煮るなり焼くなり好きにしろと言って、エレナもそれに頷いていた。
だから、このまま大人しく返してくれるとは思っていなかった。
まあ、その際は鬼神化でも何でもして、全力で逃げる気ではいるがな。
龍族を助けたことで、少しは信頼されたかと期待を込めた質問だったが、エレナは更に冷たい目で俺を睨んだ。
「うるさいわね……何なら、ここで貴方もといきたいところだけど、アートルムに攻めてるのは、この二人を屈服させた力を持っているんでしょ。なら、貴方も帰った方が良いって判断しただけよ。この大地を護る為にね。だから、さっさと行きなさい。二人は、私がこのまま龍の里に連れていくから」
どうやら、許してくれてはいないようである。まだまだ俺を恨んではいるらしい。
だが、ここで俺を殺すよりも、まずは海賊団をどうにかするのが大地の為と言って、今日のところは俺を見逃すようだ。
そして、ウェントとネプトはこのまま龍の里で神帝龍への申し開きを行うとともに、療養の続きを行わせるとのこと。
二体は、何が何だかという顔で首を傾げていたが、俺とエレナの関係については、エレナ本人からでも、カドル辺りから聞くでも良いという事で、俺はエレナに従うことにした。
「……分かった。じゃあ、持っていくぜ」
俺は、ウェント達に天界の波動を与えることを止めて、エレナが持ってきた魔物に近づいた。
見た目は、本当に大きなダニと言ったところか。こんなのが、あの二体を操っていたと考えると、本当に恐ろしい。出来るのなら、レオパルドに期待して、対抗策でも対処策でも編み出して欲しいものだ。
転界教の力も未だ計り知れない。備えることが出来るものから、ひとつずつ備えることにしよう。
そんなことを思いながら、魔物を異界の袋に入れている時だった。
突如、俺の背後でネプトの慌てる声が耳に入る。
「え、エレナ嬢! 何をしておるのだ!?」
何事かと思い、振り返ると俺の目の前にエレナが近づいてきていて、自身の腕から伸びる、龍族の巨大な爪を振りかざしていた。
「……ッ!」
「あ? グハッ……!」
そして、エレナは思いっきり爪を振り下ろす。とっさの事で防御が間に合わず、それは俺の装備の耐久力を越えて、俺の体に強い衝撃を与えた。
それと同時に、体全体が熱くなり、エレナが斬った所から血が噴き出る。
血が出る度に、力が抜けてガクッと膝をつき、そのまま後ろへと倒れていく。
その瞬間、俺はあることに気付いた。そして、幾つかの疑問が解けていく感覚があった。
人間、死に瀕した時は頭がスッと冴えわたるものだという事は、前の世界からこの世界に来た時、クレナの戦いが終わった瞬間に、俺自身が味わっている。
今回も、やっぱりそうなったかと、こんな時だというのに、思わず笑みがこぼれた。
「やられ……たぜ……クソ……アマ……」
「……やっぱり……アンタは許せない……人界の為……大地の為……このまま死んで」
悪態をつくと、再び、エレナが爪を振りかぶり、俺の体を引き裂いた。更に傷を負ったことで、俺の体から、大量の血が噴き出る。
そして、血が流れる度に、俺の意識はどんどん遠のいていった……。




